ガールズ&パンツァー 女神達のメッセージ(再投稿) 作:熊さん
砲手の訓練指導を受け持つ五十鈴華は、浦田かなえを含む砲手担当のメンバーを学校の大食堂へ移動させた。
大食堂のテーブルに各自順番に座らせてから、五十鈴華は話はじめた。
「こちらの皆さんで、砲手の担当の方は全員ですか?」
「はい。全員です!」
浦田かなえが、元気よく返事をした。
静かな、しかし威厳に満ちた声で五十鈴華は、砲手のメンバー全員に聞いた。
「わかりました。……それでは訓練を始める前に、皆さんにお聞きしたいことがあります。『戦車で果たすべき砲手の役割』とは一体なんだと思いますか?」
ここでも浦田かなえが先に手を挙げて発言をした。
「はいっ! 自分が照準を合わせ、自分が主砲を撃つ役目です」
「……他のみなさんはどうですか?」
五十鈴華は浦田かなえの顔を見たあと、砲手メンバー全員の顔を見て聞いた。
「ハイッ! かなえちゃんと同じく主砲を撃つのが役目だと思います」
その全員の答えを聞いた五十鈴華は、寂しそうな悲しそうな顔になったのである。
そしてしばらく考え込んだあと、砲手全員にむかって驚くべき事を言ったのである。
「……わかりましたわ。ここに居る皆さん方全員『砲手の資格』はありません。このままここで解散します!」
この発言にもちろん浦田かなえを含め、砲手メンバー全員が絶句した。
「えっ……」
「なんで……」
そんな反応に対しても五十鈴華は動じないし、さらに彼女達に追い討ちをかけた。
「……遠藤隊長に報告して、他のメンバーから砲手の適性のある方を選抜させていただきます。それでは解散です……」
そう言うと五十鈴華は、さっと立ち上がり、大食堂を出ていこうとしたのである。
浦田かなえは驚いてあとを追うように立ち上がると、大声で五十鈴華を呼び止めた。
「五十鈴先輩! ちょっとどうしたんですか? 私達全員が砲手の資格がないとは思いません。……なぜ、砲手の役目は私達じゃダメなんですか?」
呼び止められて歩くのを止めた五十鈴華は、浦田かなえの方に振り向いた。
そして、いきなり彼女に向かって厳しい言葉をかけたのである。
「遠藤隊長は言っていました。『私達は今まで試合に勝ったことがない』と……。私は、初めて遠藤隊長にお会いしてから『あの遠藤隊長でどうして勝てないだろう』と不思議に思っていましたが……。今、わかりました!……試合に勝てないのは、あなた達が砲手をやっているからです!」
「五十鈴先輩! どうして私達が砲手だから試合に負けるんですか!」
浦田かなえは、いきなり五十鈴華に食ってかかったのである。
いきなり五十鈴華にダメ出しされ、しかも試合が勝てない原因と決めつけられて、浦田かなえは黙っていられなかった。
しかし、五十鈴華はなおも言葉を続けるのである。しかも、今度はとても悲しそうな声で……
「……あなた達は戦車道をする時、どうして砲手を選んだのですか? 砲手を担当する者が『絶対持っていてはいけないもの』……。よりによって皆さん全員がそれを持っているなんて……」
「砲手をする者が『絶対持っていてはいけないもの』ってなんですか?」
浦田かなえは、なおも懸命に食い下がる。
負けん気が全開である。
五十鈴華は大きくため息をついて、浦田かなえの目をまっすぐに見て話はじめた。
「……皆さんはもう砲手ではないので意味がないとは思いますが、今後のために伝えておくべきでしょう」
五十鈴華から華道の家元として身につけた威圧感。今、そのオーラが全身から溢れ出てきた。
「砲手を担当する者が『絶対持っていてはいけないもの』!」
そこで少し間を置いた五十鈴華は、浦田かなえに言い聞かせるように言った。
「……それは、自分が照準を合わせ自分が主砲を撃つのだという『自分が中心であるという心』です」
「……でも五十鈴先輩『それが事実だ』と思いますけど」
「お黙りなさい!」
いきなり五十鈴華のカミナリが、浦田かなえに炸裂した。
浦田かなえを含む砲手のメンバー全員が縮み上がるほどに威厳が満ちたカミナリである。
浦田かなえのこの不用意な発言は、五十鈴華がずっと心で守ってきた『大切な事』に対して傷をつける事になってしまった。
五十鈴華の逆鱗に触れてしまったのである。
「いいですか、よく聞きなさい! それでは逆に私の方からあなたに伺います!」
とても厳しい口調で、たて続けに五十鈴華は浦田かなえを問い詰めていく。
「一体誰のおかげで、敵戦車が主砲の射程圏内に入るまであなたを運んでもらっているんですが? 一体誰のおかげで、砲身に砲弾を詰めてもらい主砲が撃てるようにしてもらっているんですか? 一体誰のおかげで、迫ってくる敵の砲弾に気を配ってもらい集中しやすい状況を作ってもらっているんですか?」
そこまで言った五十鈴華は、今度は砲手のメンバー全員を睨みつけて怒鳴ったのである。
「まさか、砲手を担当する皆さん『みんなが勝手にやっている』などと思っていないでしょうね!」
五十鈴華のこの厳しい指摘に、浦田かなえと砲手担当のメンバー全員がうなだれて下を向いた。
「目立つから」「かっこいいから」という気持ちで砲手をやっていたのである。
五十鈴華は静かな口調に戻り、浦田かなえを席に戻らせて話を続けた。
「皆さんには、ちょっときつい言い方だったかもしれません。でも、これだけは絶対忘れてもらいたくはないのです。主砲を撃つ砲手である以上、絶対に忘れてはいけないもの。……それは『自分の発射する砲弾1発1発に同じ戦車に乗っている仲間全ての思いが詰まっている』ということです」
五十鈴華は自分がずっと守ってきた、この『砲手の心構え』を皆に教えている。
「さっきいったように『自分以外の同じ戦車に乗る仲間全員が協力して、あなた達の撃つ砲弾1発の為に、手はずを整えてくれている』のですよ。皆さんは、その全員の思いを砲弾に込めて発射しているのです。……ですから、1発足りとも砲弾を無駄にしてはいけないのです」
そして、うつむいたまま話を聞いている浦田かなえを見て、優しく言った
「あなたがもし砲弾を外しても、戦車の他の仲間はなんといってくれますか?……決して責めるような言葉は言わないと思います」
ここまで話した五十鈴華は、砲手担当のメンバー全員を見渡して話を続けた。
「皆さん全員は、それに甘えているのですよ。……主砲を撃つ役目の砲手は、確かにかっこいいようにみえます。でも、一番責任を感じなければならない役目なのです。……皆さん全員、わかってもらえましたか?」
五十鈴華の『砲手としての心構え』を厳しい言葉ながらもわかりやすく説明してもらい、浦田かなえを含む砲手のメンバーは、新たな決意を持って五十鈴華の目をまっすぐ見ながら全員が大きな声で「ハイっ!!」と返事をした。
五十鈴華は全員の顔を見渡したあと、満足そうな表情でニッコリと微笑んだ。
「わかってもらえたなら結構です。……先ほどの私の発言を撤回します」
五十鈴華は、凛とした口調で訓練開始の宣言をした。
「これから皆さんに、砲手担当としての私の訓練指導を行います。皆さん、頑張ってついてきてください。いいですか?」
「ハイッ」
浦田かなえを含む砲手担当メンバー全員が席を立ち上がって直立不動になり、五十鈴華に向かって頭を下げた。
五十鈴華は、砲手のメンバー全員を椅子に腰掛けさせると、静かに話を始めた。
「……先ほどの『鬼ごっこ』訓練で、私はあなた達の技量を見ていました。確かに、あなた達はいいものを持っていると思います。……しかし、それは最初の5分間だけでした。……残りの15分間は、私達からいえば全く怖くなかったのです。……なぜなら、あなた達の攻撃が『Ⅳ号』に当たる気がしなかったからです」
五十鈴華はメンバー全員の顔を見渡して質問した。
「皆さん……どうしてだと思いますか?」
浦田かなえの他メンバー全員から返事はなかった。
それに対して五十鈴華は「じゃあ教えてあげる」といった口調で話を続けた。
「1つは、戦車の動きと砲塔の動きが全く合っていなかったことです。そして、もう1つは、時間が経つにつれて砲撃が雑になっていったことです」
五十鈴華は、メンバー全員に諭すように口調を変えた。
「砲手は常に考えなければなりません。自分達の戦車が何をしようとしているのかを感じなければいけません。……『鬼ごっこ』訓練は目標がはっきりしています。そして『照準器から目標がいなくなっても、砲塔は回転させられるので問題ない……』そんな風に思っては決していけません。砲塔が回転している間は、何もできないのですよ。……つまり、逃げる私達から言えばそこで余裕ができるのです」
ここで五十鈴華は、再度『砲手の心構え』について話した。
操縦手の人は目標に向かって、まっすぐにあなた達を運んでくれます。ですから、できるだけ砲塔を動かさずに済むように、みんなが準備してくれているのです。だから皆さん、操縦手の方だけでなく、車長や装填手、通信手の方を信じて照準器の中に絶えず敵戦車を捉えつづけるよう心掛けてください」
「ハイっ!」
メンバー全員の返事を満足げに聞いた五十鈴華は、次にいよいよ訓練内容を発表した。
「攻撃が雑になってしまった理由は、ただ一つ『集中力がなくなった』……この一点に尽きると、私は思います。……これから集中力の強化と持続の為の訓練を行います。」
五十鈴華はそういうと、自分の財布から10円玉を一人につき、4枚ずつ配った。
自分の前にその4枚を並べさせると、五十鈴華は話を続けた。
「今から、私がすることをよく見ておいてください。そして、見終わったら、今度は皆さんにその通りにやってもらいます」
五十鈴華は、1枚目の10円玉の1と0の文字の間に別の10円玉を立たせた。
そして3枚目の10円玉を、今度は立っている10円玉の上から静かにのせた。
横から見ると、ちょうど『工』の形になっている。
なんだか簡単そうである。
これが集中力アップにつながるんだろうか?
「……分かりましたか? では、皆さん始めてください」
五十鈴華の呼びかけに、一斉に砲手のメンバーの全員が挑戦し始めた。
しかし、自分達でやり始めてこの訓練の大変さが分かったのである。
ムズイ…なんとムズイのだろう。
10円玉を立てることは、なんとかできる。
しかし、その上に10円玉が乗ってくれないのである。
10円玉の1と0の間に挟める感じにのせることはわかる。
だが、その位置がよくわからない。
裏からは、その1と0の間が見えないからだ。
五十鈴華は、軽くやってみせたのだが、とんでもないことだったのだ。
小さく「よし」「できた」の声があちらこちらで上がってきた。
しかし……浦田かなえは、まだできずにいる。
浦田かなえは、だんだんと焦ってきた。
仮にも浦田かなえは、隊長車の砲手なのである。
砲手の他のメンバーが続々と出来ていく中で、自分だけが取り残される焦りで手が余計に震える。
半分涙目になってきた浦田かなえをジッと見ていた五十鈴華は、優しく声をかけた。
「確かあなたは『隊長車の砲手』の浦田かなえさんでしたわね」
「……はい、そうです」
「……目を閉じて深呼吸しなさい。そして、気持ちが落ち着いたら目を開けて、ゆっくりと息を深く吐きなさい」
「……息を深く吐くんですか?」
「そうです。深く吐いていく中で集中力が徐々に上がります。……そして、吐ききる直前で、息を瞬間的に止めて一気にのせてみなさい」
「……はい、五十鈴先輩、やってみます」
浦田かなえは、五十鈴華に言われたとおり、目を閉じて、静かに深呼吸を始めた。
しばらくして意を決したかのように目を開いて、今度は深く息を吐き始めた。
ゆっくり、そして深く、息は吐き出されていく。
そして、最後にそっと、10円玉を上にのせてみた。
10円玉は、しっかりと上にのって、動かない。
それを確認した浦田恵は、フーっと息をついた。
五十鈴華は、その様子をみて、ニッコリと微笑んだ。
「浦田さん……よくできましたわ」
「五十鈴先輩。……私もできました」
「砲撃も一緒なのです。いかに自分が冷静に落ち着いて引き金を引けるかなのです」
見渡せば、砲手のメンバー全員の前に、10円玉が『工』の形に立っている。
一同を見渡した五十鈴華は、満足そうな表情で言った。
「……みなさんそれぞれできたようですね。……では、これがスタートです。次は、その乗っている10円玉の上に、また10円玉を重ねてもらいます」
「えっ……」
五十鈴華の驚きの指示に、砲手メンバー全員が絶句した。
「最終的には5枚までのせてもらいます。また、私が見本を見せますね」
そう言うと五十鈴華は自分の席に戻った。
そして、手招きをしてメンバーを呼んだのである。
五十鈴華の席のまわりに、砲手メンバー全員が集まった。
五十鈴華はまず目を閉じた。そして、しばらくして目を開けると、ゆっくり息を吸い、そしてゆっくり吐き出しながら集中力を上げていく。
そして、1枚目の10円玉をゆっくりと重ねた。……微動だにせず10円玉は重なった。
そして、1枚重ねたらまた深呼吸を始める。
それを繰り返して、ついに5枚の10円玉を重ねた。
砲手のメンバー全員が、思わず拍手をした。
重ね終わったあと五十鈴華は「フーっ」と息をして微笑んだ。
そして見学していた砲手のメンバーに言った。
「皆さん! 今日中に2枚のせられれば上出来です。さあ、頑張ってください。」
「ハイっ!」
自分の席に各自もどると、一斉に10円玉を重ね始めた。
挑戦し始めた砲手のメンバーは、あちこちで「あっ……」「うわあ……」の声を上げている。
そして一度失敗したら、また『工』の形を作らなければならないのだ。
五十鈴華は頑張って挑戦している後輩達を見ながら、優しく言ったのである。
「皆さん、最初のスタートの形! これは主砲を発射するまでの準備で、他の仲間達が作ってくれているものと考えてみてください。一度失敗すると、また最初に戻ってしまうのです。私が何を言いたいのか、もうわかりますね……」
浦田かなえは、力強く頷いた。
(そうだ、このスタートの形を作るために、皆が力を合わせてくれている。その上で、初めて、私の力が生きてくるんだ……。 もう一発の無駄玉も打てない)
砲手担当のメンバーは、五十鈴華の気持ちを心に刻み込み、厳しい集中力の訓練を続けた。
時間はもう4時を回っている。
五十鈴華の訓練終了の指示が飛んだ。
「はい、今日はここまでにします」
砲手担当の全員が「フーっ」とため息をついた。
緊張から解かれた砲手担当メンバー全員を微笑みながら見て、五十鈴華はにこやかに笑った。
「みなさん、よく集中して取り組めましたね。この訓練はいざという時に、必ず役に立ちます。頑張って続けて5枚乗せるまでいってください。……それでは、時間が来ましたのでブリーフィング広場に移動します。……全員、駆け足!」
五十鈴華の号令に「ハイ」と返事した一同は、急いでブリーフィング広場へ向かった。
浦田かなえは五十鈴華の姿に「お姉さんが出来た」みたいな暖かい感情を持った。
優しく、時に厳しい。でも暖かく見守ってくれる人。
尊敬と憧れを同時に、浦田かなえは、五十鈴華に持ったのである。