ガールズ&パンツァー 女神達のメッセージ(再投稿) 作:熊さん
季節は4月の中旬である。
陸の上では、あちこちから桜の便りが聞こえている。
『学園艦』
「世界に羽ばたく人材を育てる」という目的のために作られた、空母によく似た外観で飛行甲板部分に、学園都市が形成されている船である。
その一つ、大洗女子学園の学園艦が、ゆっくりと大海原を進んでいる。
空を流れる雲が、白から赤銅色に変わり、あたりが茜色に染まっていく。
今、太陽がゆっくりと西の水平線に沈んでいこうとしている。
学園艦の左舷デッキ公園からみる夕日である。
左舷デッキ公園の中央噴水のそばにあるベンチに、大洗女子学園の制服を着た女の子が、ひとり、ポツンと肩を落として座っている。
肩より少し長い黒髪をひとつに纏めていて、よく見ると端正な顔立ちである。
しかし、とても寂し気に見える。
女の子はいつから座っているのだろう?
もう辺りは薄暗くなり、ついに水銀燈に明かりが灯った。
女の子は、自分の右手につけた時計を見た。
そして、大きなため息をつくと独り言を呟いた。
「……もう、澤隊長にしか頼める人がいない。私の力じゃもうどうにもなりそうにない……」
そう言ってまた肩を落とした女の子は、膝に置いた自分のカバンをじっと見ている。
そうしていると、左舷デッキ公園艦首方面入口からまた女の子がやってきた。
活発そうな黒のパンツスタイルにニットの明るい色のセーター、髪は長めのショートカットにジャギーを入れている。
歩いてきた女の子はベンチに座っている彼女を見つけると、大きく右手を振りながら声をかけた。
「おーい! 祐子ちゃん」
祐子ちゃんと声をかけられた女の子は顔を上げると、呼びかけた女の子を見るなり直立不動の体勢で立ち上がって斜め45度の角度でおじぎをした。
「……澤隊長。ご無沙汰しています。突然電話して申し訳ありません」
「気にしなくていいよ、祐子ちゃん。ほんと久しぶりね! ……でも、隊長はもうやめてよ。もう戦車道は引退したんだから……」
澤隊長と呼ばれた女の子は、少し照れくさそうに答えた。
「……いいえ。私にとって、澤隊長は永遠の隊長なんです。憧れなんです!」
直立不動のまま女の子は、力を込めてそう言い切った。
「わかった、わかったわよ。相変わらずねえ。祐子ちゃんは……」
そう言うと、ベンチに座るように女の子を促して自分もその隣に座った。
ベンチに座ると、顔だけ女の子の方にむけて訊ねた。
「ところで、祐子ちゃん一体どうしたの? 元気ないようだけど……。何か相談したいことがあるんだって?」
「……はい。実は……」
制服の女の子は、ポツリポツリと話をはじめた。
水銀燈の下、ベンチに並んで座る二人の女の子。
向かって右側に座る『澤隊長』と呼ばれた女の子。
『澤梓』
19歳。元大洗女子学園戦車道チームの2代目隊長である。
快挙となった戦車道全国大会、初出場初優勝と翌年の2連覇の経験者である。
彼女達が3年生になった時、戦車道チームは「うさぎさんチーム」と「あひるさんチーム」の2チームだけだった。
しかし同じ3年生の「あひるチーム」は、元々はバレーボール部である。
戦車道の履修目的は、廃部になったバレーボール部の復活であった。
そこへ待望の新入部員が入り、目的だったバレーボール部が復活した為、戦車道を続けることができなくなってしまった。
つまり、大洗女子学園戦車道チームは1チームしかなくなり、存続の危機を迎えてしまったのだった。
しかし、隊長チームの証である「あんこう」マークを引き継いだ「元うさぎさんチーム」は、諦めなかったのである。
残った6人全員で懸命にメンバーを集めて回り、新入生を勧誘して回った。
その結果、新しく40人ほどの1年生が戦車道を履修してくれたのである。
メンバーのほとんどが1年生という大きなハンデを背負いながらも、彼女達は諦めることなく後に「奇跡の進軍」と呼ばれる全国大会準優勝を成し遂げたのである。
澤梓の隣に座り相談している、大洗女子学園の制服を着た女の子。
『遠藤祐子』
17歳。大洗女子学園の2年生で、現大洗女子学園戦車道チーム3代目の隊長である。
澤梓達3年生が学園を卒業すると、2年生のいない戦車道チームは必然的に1年生だけなってしまう。その1年生の中から澤梓が「次の隊長」として指名したのが、彼女だったのである。
1週間前の出来事である。
大洗女子学園の入学式も無事に終わり、選択科目の書類提出の時期となった。
2年A組に進級した遠藤祐子は、履修科目に「戦車道」を選び、丸を付けた。
「祐子!ちょっと話がある……」
そういって同じクラスの大森翔子がちょっと怖い顔で廊下からクラスに入ってきて、遠藤祐子の席にやってきた。
『大森翔子』
17歳。大洗女子学園戦車道チームの隊長チームである「3代目あんこうチーム」の操縦手である。
髪をベリーショートにカットしてあり、スカートを履いていなければ、男の子と見間違うぐらいである。
性格も口調も男の子に近いものだから、後輩達にとても人気があるのだ。
その大森翔子の表情がすこぶる怖い。
「どうしたの? 何かあったの?」
「祐子、大変だ! 恵とかなえ。それに亜希子まで『戦車道をしない』って言ってるらしい!」
「えっ……、ど、どうして?」
「わからない……。ちょっと、確かめに行こうぜ!」
そう言うと遠藤祐子の手を引っ張り大森翔子は、今言った3人のいるクラス、2年C組に向かった。
2年C組に入った2人は、クラスの後ろ方にある浦田かなえの席で探している3人が集まって、なにやら談笑しているのを見つけた。
「かなえ、恵、亜希子! 戦車道を履修しないって本当なのか?」
「ちょっと、翔子ちゃん! いきなり喧嘩腰に……」
そう言うと、遠藤祐子はキョトンとしている3人にむかって、静かな物腰で質問した。
「ねえ、かなえちゃん達、戦車道を続けないって聞いたんだけど……」
「うん、そうだよ! 今年は3人で書道を選択することにしたんだ」
あっけらかんとした言い方で、浦田かなえが答えた。
『浦田かなえ』
17歳。大洗女子学園戦車道チーム「3代目あんこうチーム」の砲手である。
髪をポニーテールにまとめ、黄色のシュシュで止めている。
性格は良い風にいえば、単純明快。何事にも悔やまない性格である。
「ごめんね、祐子ちゃん。3人で決めたのよ、戦車道はやめるって……」
そう言ったのは、浦田かなえの双子の妹である、浦田恵である。
『浦田恵』
17歳。大洗女子学園戦車道チーム「3代目あんこうチーム」の装填手である。
姉のかなえとは一卵性の双子のため、あまりに良く似ている。
それで区別をつけるために姉のかなえはポニーテールに髪をまとめ、妹の恵はお団子結びにしている。
顔は似ている姉妹だが、性格は真反対で消極的でくよくよ物事を悩むタイプである。
「どうしてだよ! 恵、かなえ、亜希子! どうして辞めるんだよ! 『今度こそ、みんなで試合に勝とう』って言ってたじゃないか!」
大森翔子は辞めると言う3人の顔を見渡しながら、激昂した様子で問い詰めた。
「落ち着いてよ、翔子ちゃん。ほら、今年から選択科目の重複ができなくなったじゃない。だから、戦車道じゃなくて書道を選んだのよ」
静かに説明したのは、2年C組のクラス委員でもある、北川亜希子である。
『北川亜希子』
17歳。大洗女子学園戦車道チーム「3代目あんこうチーム」の通信手である。
黒髪を2つに分けてまとめている。黒縁メガネの、いかにも秀才という感じの女の子である。
浦田かなえ、恵、北川亜希子の3人は、小学校時代からの友達である。
常に冷静に、落ち着いて物事を見ることのできるので「3代目あんこうチーム」の影のまとめ役でもあった。
「それじゃあ、みんな、戦車道が嫌になったわけじゃないんだよね?」
遠藤祐子は、静かにみんなに向かって質問した。
「そうだよ、嫌になったわけじゃないけど……」
「ほら、私たちの代になって、まだ1回も試合に勝ててないじゃん!」
「勝てない試合をするための練習は、あんまり意味がないんじゃないのかな?」
浦田恵、かなえ、北川亜希子の順に遠藤祐子の質問に答えたのである。
遠藤祐子は平静を装いながら、非常にショックを受けた。
特に、最後に北川亜希子の言った言葉。
『勝てない試合をするための練習に意味がない』
これには、さすがに言い返す言葉がなかった。
大洗女子戦車道チームの練習メニューは、基本的には隊長である遠藤祐子が決める。
これを同じ「あんこうチーム」の仲間から否定されたのである。
しかし遠藤祐子はもう一度3人に確認した。
「もう一度、戦車道に戻る考えはもうないのかな?」
この問いに対しては、3人は一緒の考えのようだった。
「ほら、選択科目って、体験期間みたいな時間があるじゃん!」
「うん、だから、もし書道が私たちに合わなかったらもう一度考えてみるからね」
2年A組に戻った遠藤祐子と大森翔子は、黙ってお互い自分の席に座った。
大森翔子は怒りが収まり、今度は落胆の表情でボーッとしている。
遠藤祐子はさっき3人に言われた言葉が、頭から離れずにいた。
澤梓は、下を向きながら歯を食いしばって打ち明ける遠藤祐子に対して、元気を出してもらおうと思い、少し明るい口調で話しかけた。
「……そっかあ、かなえちゃん達、『戦車道』辞めちゃったのかぁ」
「……はい。履修科目は、1年たてば新しく選び直す事ができます。戦車道を履修してくれていた新2年生の大半が、別の履修科目を選んでしまったんです」
遠藤祐子は、とても悲しそうに呟いた。
そうなのである。
その日の放課後の練習開始時に、集まったメンバーを見て、遠藤祐子と大森翔子は愕然とした。
新入生はずいぶん戦車道を選んでくれていたのだが、逆に新2年生になった戦車道の仲間の4分の3が消えていたのである。
人数の合計は30数名なのだが、経験者がほぼいなくなり戦力がさらに落ちてしまった。
「……澤隊長達が卒業されたあと、親善試合や交流試合を5回やったんですけど、全部負けてしまいました。……澤隊長達のおかげで、新しい戦車も増えたのに、私が全然試合に活かしきれなくて……」
遠藤祐子は、さらに深く頭を下げて元気がなくなっていく。
「今では練習の時でさえ何をしていけばいいのか分からなくなってしまって……」
遠藤祐子の声が、だんだん小さくなっていく。
澤梓は、遠藤祐子の話を黙って聞いている。
遠藤祐子は下げていた顔を上げて澤梓の方をまっすぐに見ると、震える声で彼女に尋ねた。
「澤隊長! 教えて下さい! ……私は、一体どうしたらいいんでしょうか? 隊長を辞めたほうがいいのなら、それでも構いません! ……でも、負け続けても、私を信じてついてきてくれる友達を、自分勝手に放り出したくないんです!」
遠藤祐子は繰り返し訊ねてくる。
「澤隊長、助けてください……。私……どうしたら……いいんですか?」
澤梓を、真っ直ぐにジッと見つめる遠藤祐子。
遠藤祐子の目が涙で濡れている。
しかし、決してこぼしたりはしない。
仲間を思いやる気持ちに満ちた、責任感の強い女の子である。
澤梓は、そんな彼女の本質を見抜いて3代目隊長に指名したのである。
澤梓は、今の辛い状況に必死に耐えている遠藤祐子をじっと見ていた。
そして、静かに口を開いた。
「祐子ちゃん……、前隊長として、はじめに言っておくね。『絶対に諦めないこと!』……必ず最善の手段はあるのよ。そして、みんなの力を借りるの! 1人じゃ無理でも、みんなの手を借りれば絶対上手くいける!……それが、大洗女子学園戦車道なの!」
澤梓の優しさの中にも厳しさのこもったアドバイスだった。
遠藤祐子は、その言葉に助けられた気がした。
「……澤隊長……ありがとう……ございます……」
震えるような声で、遠藤祐子はお礼を言った。
それに対して澤梓は、遠藤祐子の右肩に手をかけて、明るい口調でもう一度話しかけた。
「いいのよ。今言ったばかりでしょ。みんなの力を借りなさいって。私の力を貸してあげるから……。ほら、祐子ちゃん、もう泣かないの! いいね」
「……はい」
遠藤祐子は、今にもこぼれてしまいそうな涙を手で拭うと返事をした。
「祐子ちゃん、ちょっと考えさせてね……」
「はい」
澤梓は、遠藤祐子に少し時間をもらうと、頭の中で思案を始めた。
(さてと、とは言ったものの、どうしたらいいかなあ……。励ましてはみたけど、こんな相談だったなんて思いもしなかったからなあ……。とりあえず、今の戦車道チームがどうなっているのか確認しないといけないわね)
そう考えた澤梓は、遠藤祐子の方を見ると、彼女に質問した。
「祐子ちゃん。明日は戦車道の訓練はあるの?」
「はい。放課後4時からを予定しています」
「じゃあ、その時間に合わせて、戦車道の訓練を見に来るね」
澤梓の提案に、少し驚いた表情になった遠藤祐子が、今度は質問をした。
「隊長! 私達の指導訓練をしてくれるんですか?」
「ううん、違うわ!」
澤梓には、即座に否定した。
「今の戦車道チームを見に行くだけ。今、チームがどんな状況なのか知らないとアドバイスできないからね」
「そうですね、確かにそうです。まずは澤隊長に知ってもらわないといけないですね」
「みんなの様子をこっそり見るからね。練習が終わってから、また明日、ここで、今日の時間に会いましょう」
澤梓は、そう言って遠藤祐子と明日の約束を交わした。
「今日は、本当にありがとうございました」
大きく頭を下げ、お礼を言って遠藤祐子は帰っていった。
その後ろ姿を見ながら、澤梓は、ひとつのアイデアを思いついていたのである。
翌日の夕方4時、澤梓は展望台と呼ばれている訓練監視塔の上にいた。
戦車道チームの訓練の様子がひと目でわかる場所だからだ。
無線傍受機もあるので戦車の中での会話もわかる。
澤梓は訓練が始まる前に遠藤祐子に全ての無線を開放して、無線傍受ができるようにしておくように連絡しておいた。
戦車道訓練場のブリーフィング広場に集合した『3代目大洗女子戦車道チーム』
訓練開始前の全体ブリーフィングが始まった。
整列したチームの前に対峙した遠藤祐子は、訓練の内容説明を始めた。
「それでは、今から今日の訓練を行います。まずは、走行訓練から行います」
ところが……である。
「えーっ、走行訓練からやるのー」
「全然、面白くないよーっ!」
澤梓は思ってもみなかったことなので、一瞬何が起こったのかわからなかった。
(えっ……いきなり、なんなのこの会話)
遠藤祐子は、それでも何とか反問するチームを説得しようと試みている。
「でも、走行訓練は、すべての基本だから……徹底しておいていいと……」
「そんなこと聞いていないって。やっぱ、砲撃っしょ。砲撃! ドッカーンと」
「うんうん、そうそう。私、今日授業中に嫌なことあったんだ。むしゃくしゃしてっから、大砲ぶっぱなしたいって!」
澤梓は、怒りを通り越して悲しくなってきた。
(隊長の話を最後まで聞かない。自分のことしか言わない……。一体どうなっちゃってるの……)
ついに、隊長に対して、その反抗的な会話にキレた大森翔子が怒鳴った。
「いいかげんにしろ! 隊長が走行訓練をすると言っているんだ。ちゃんと従え!」
「じゃあ、それでもいいや。走行訓練のあとに、砲撃訓練ね!」
「隊長! 宜しく!」
遠藤祐子は、それに返事すことなく、力が抜けたような声で指示を出した。
「……それでは、走行訓練に入ります。全員、戦車に乗り込んでください」
『はーい!』
バラバラと、広場の横に止めてある戦車に乗り込んでゆく戦車道チーム。
澤梓は双眼鏡を覗くのを止めると、大きくため息をついた。
(よく祐子ちゃん、我慢をしてるわね。……あっ、そうか、これ以上戦車道の人数を減らしたくないんだわ。今だって、6両しか動いていないし……)
澤梓は再び双眼鏡を覗きこんだ。
(でも、戦車はいいものが入ったわね。『ティガーⅠ』が1輌、『ティガーⅡ』が2輌に、『M4シャーマン』が3輌か……。私達が戦車道やっていた頃とは戦力は桁違いにあがっているけど……。メンバーがこんな風じゃ戦車が可哀想だわ……)
澤梓は走行訓練の様子を、じっと観察していた。
確かに、綺麗に走っているように見える。
しかし、なんとなくだが違和感を感じていた。
(なんだろう。このもやもやした気持ちは……1輌1輌が、お互いを気遣っていないような感じだわ。周りを気にしていないっていうか……)
澤梓が感じたその違和感は、次の行動ではっきりわかった。
「全車輌、一列縦隊へ!」
隊長車「ティガーⅠ」から、全車輌へ無線連絡が飛んだ。
ところが、いきなり各車輌はバラバラに動き出したのだ。
お互いの車間距離も把握しないものだから、危うくぶつかりそうになった車輌もある。
澤梓は、さっきよりも、さらに大きなため息をついた。
(はあっ、一体なんなのよ。これは……特にあの2輌の『ティガーⅡ』の操縦手。自分が操縦がうまいとでも思っているのかなあ……)
「全車輌、一列横隊へ!」
再び隊長車から、隊列変更の命令が出された。
またバラバラと動き出す。
「よくぶつからないものだ」と、澤梓は妙なところで感心してしまった。
走行訓練が一通り終わったようで、次は砲撃訓練に入るようだ。
各車輌がバラバラに射撃訓練場に移動し始めた。
澤梓は先ほどと同じように双眼鏡で訓練の様子を見ていた。
「打ち方用意!」
各車輌の車長が号令をかけた。
各車輌の砲塔が動く……動く……まだ動いている。
……やっと止まった。
「照準良し!」
澤梓はこの様子を見て、今度はがっくりきてしまった。
(遅い! 遅すぎるわ! 一体どうなってしまったの。本当に彼女達と一緒に準優勝したのかな……)
びっくりしすぎて思考回路が停止しそうになってしまった。
「撃て!」
『ドッガーン』
「きゃはは、外れちゃった!」
「もう一発、もう一発!」
この会話を無線傍受で聞いた澤梓は、無線のスイッチを無言で切った。
一連の訓練を終えて、戦車達が戦車倉庫へ戻ってくる。
先頭で帰ってくる「ティガーⅠ」の砲塔側面に描かれている隊長車の証である「あんこう」マーク。
でも、この「あんこう」が、とても悲しそうに見えるのはなぜだろう。
澤梓は、なんとも言えない感傷的な気分になった。
下手なのは構わないのである。
訓練すれば上達するのだから……
しかし、これは一体どうしたものか。なんとかなるものなのか。
澤梓は、思いついていたアイデアが、砕けていきそうな感覚に落ちいっていた。
昨日と同じく、夕焼けがとっても綺麗だった。
学園艦の左舷デッキ公園のベンチに、昨日と同じ二人が座っていた。
先に公園についた澤梓が下をむきベンチに座って、遠藤祐子を待っていた。
あとから来た遠藤祐子は、一礼をしたあと澤梓の隣に座った。
遠藤祐子が一礼をしても、澤梓は返礼しなかった。
遠藤祐子は、黙って、澤梓の隣に座った。
(澤隊長、さっきから黙ったまんまだわ……。そうよね、今の私達の訓練風景を見ちゃったらそうなるよね……)
遠藤祐子は何も話しかけられずに、ただうつむいていた。
そこへ、ヒョイと顔を上げた澤梓が遠藤祐子に声をかけた。
「ねえ、祐子ちゃん?」
いきなり声をかけられて声がうわずりながら、遠藤祐子は返事をした。
「ハイっ! 澤隊長!」
澤梓が、いくつか質問をしてきた。
「今日の訓練のメンバーは、どういう編成なの?」
「……はい。ほとんどが1年生です」
「隊長車のメンバーも?」
「いえっ、隊長車のメンバーだけは2年生です」
「じゃあ、新しく「あんこうチーム」は、編成し直したってこと?」
「……はい。1年生に隊長車メンバーとしての役割を背負わせるのは、さすがにかわいそうなので」
そこまで訊ねた澤梓は、遠藤祐子に一番聞きたかったことを聞いた。
「じゃあ、準優勝した時のメンバーは、今何人残っているの?」
「……はい、準優勝した時、選手として出場したメンバーで残っているのは……私と翔子ちゃんだけです」
戦車の数が少ない大洗女子学園は、いくら人数がいても試合に参加できるメンバーは限られている。
準優勝した時に一緒だった現2年生の内、戦車道に残ってくれた12名が今それぞれの車輌の車長や操縦手などに回ってくれて、新入生の技術指導にあたっている。
しかし、自分がやってきた担当とは違うことをしている者が大半でまだ慣れていないのである。
澤梓は、今の大洗女子学園戦車道チームがいかに大変な状況なのかを理解したのである。
そして、遠藤祐子の方を真っ直ぐに見て、静かに語りかけた。
「……祐子ちゃん」
「はいっ……」
「今日までよく心を折らずにがんばってきわね。……本当によくがんばってきたわ……」
遠藤祐子は思いもよらない澤梓の言葉に、ずっと我慢していた気持ちが爆発してそれが涙となってしまい一気に泣き出してしまった。
そうなのである。
準優勝経験メンバーが一気に消えてしまい、残ってくれたメンバーには無理をさせてしまっているのである。
1年生が履修してくれたはいいが、まるで戦力にならない。
隊長としてこの戦車道チームを自分の手で何とかしなければ……と、遠藤祐子は一人孤軍奮闘してきたのだ。
一度我慢し続けてきた涙が溢れ出ると、それが感情と一緒になってもう止まらなくなってしまった。
泣き続ける遠藤祐子を見ながら、澤梓は静かに話を続けた。
「祐子ちゃん……。もう心配することはないよ。私も決心したからね。……きっと助けてくれるはず……。『女神達』が、きっと力になってくれるから」
「『女神達』……?」
泣きながら聞き返した遠藤祐子の前に、ニッコリと笑っている澤梓がいたのである。