ひろがるスカイ!プリキュア Imaginary Episodes 作:パイシー
ましろの家は広い。
ことは達がここを訪れるようになって賑やかにはなったが、人がいない時間帯ではその広さを実感する。
ソラがスカイランドへ、ましろやあげはが学校へ出かければ、普段の賑やかさがウソのように静かである。
いつか鳥人間コンテストに出る為にも、この静かな時間を利用しない手はない。
ツバサは大きな机の上に模造紙を広げて、鉛筆を手に取って設計図を描いていく。
大きさ、材質、形、それらを組み合わせた時の重さを考えて、主翼、尾翼、本体を考えていく。
ましろの一件もひと段落し、幼すぎるエルはスカイランドへ帰すことになったが、それ以外の面々はこちらで暮らしている。
ソラはましろの世話をするためにこちらに残り、定期的にスカイランドに通っている。ツバサも帰るかどうか問われたのだが、保留していた空を飛ぶ研究に専念する為にこちらに残った。
自分の考えたグライダーで空を飛び、いつかはあげはやエルも乗せて空を飛ぶ日を夢見て、グライダーの設計を進める。
「ねえツバサー、ツバサって鳥さんに変身できるんだよね?」
「うわっ!」
いきなり後ろから話しかけられ、驚いた拍子に持っていた鉛筆が足元に落ちた。
声の主は分かっている。花海ことは。神出鬼没という言葉を体現したような彼女は、前触れなく現れるので、正直心臓に悪い。
目印を知っていればどこにでも行けるらしく、丘の上に建ってるこの家は分かりやすい目印になるらしい。
「ことはさん……。来るならせめて玄関から入ってきてくださいよ。ビックリするじゃないですか」
「ん?あっ、そうだった。ごめんね!みらいやリコに会う時の癖でつい……」
この家にやってくるようになったみらいやリコ。あまり話したことは無いので、2人がどういう人物なのかは分からないが、いきなり目の前に彼女が現れても平然としていられるとしたら、とんでもない大物ではないかと邪推する。
「でさ、ツバサに聞きたかったんだけど、ツバサって鳥さんに変身できる人間なの?それとも人間になれる鳥さんなの?」
ことはが持ち出したなんてことない質問。だがそれを聞いて、鉛筆を拾おうとしていたツバサの手が止まった。
「……考えたこと、無いですね。僕の故郷でも、人間になれる鳥っていう人と、鳥になれる人間っていう人がいますし」
普段は便利だからと人間の姿を取っているが、プニバードとしての姿もまぎれもなく自分。正直服を着替えるのと変わらないので、どっちが元の姿なのかは考えたことが無かった。
こちらの世界と比べて、スカイランドの教育水準は決して高いとは言えない。そもそもプニバード族にどういう歴史があって、どういう経緯で人間になる能力を手にしたのかさえも分かっていないのだ。
実際ツバサも困っていなかったので、こちらの世界に来るまではそういうことを調べようという気すらなかった。
「ふと思ったんだよね。私、魔法で見た目とかいくらでも変えられるけど、じゃあ私って今何歳ぐらいなんだろーって」
ことはがどういう存在かはみらい達から大体聞いていた。見た目こそましろ達とそう変わらないが、まだこの世界に生まれて10年も経っていないという。エルとそう変わらないのかもしれないが、彼女がそんな複雑な悩みを抱えているとは思わなかった。
「まあでも、今すぐ決めなきゃいけないって訳でもないですし、僕たちらしい答えでいいと思います。僕の場合、プリキュアになれる鳥さん、とかでしょうか」
「じゃあ私はオトナな5歳?あっ、なんかカッコいいかも」
ツバサは時計に目をやると、スマホを取り出して画面を操作し始めた。
「なにそれ?」
「ましろさんの位置が分かるアプリです。そろそろ学校が終わって、帰ってくる時間なので」
数日前にあげはが感じた違和感。一応何かあっても駆けつけられるようにと、ましろにはGPSのタグを持たせている。いくらましろの記憶が無いからとはいえ、心配のし過ぎでは?と思っていたが、ただましろに持っててもらうだけなのでツバサも強くは止めなかった。
「今日、久しぶりに学校に行ったんだっけ。リコもだけど、心配しすぎじゃないの?」
「僕もそう思いますけど、何かあってからじゃ遅いですし」
画面に表示されている赤い点は、しっかりとこちらに向かってきている。これで同じ場所から動かなかったり、明後日の方向に移動をし始めたなら、ミラーパッドで更に追いかける必要があるが、その心配もない。
(やっぱり心配しすぎなのかな……)
ましろが再び学校に通うことが決まった当初は、あげはやソラが学校の送り迎えをするという話で進んでいた。だがあげはやソラにも都合はあるし、ましろもそれを受け入れるとは思えない。
確かに記憶を失くしてからのましろは口数も減り、基本的にソラかリコの傍から離れない。そんなましろを長時間一人にするのは不安だが、いつまでも傍にいてはましろの為にならない。
「それでどうするの?このまま待つ?」
「もしかしたら疲れてるかもしれませんし、家の前ぐらいなら迎えに行っても良いかもしれません。ちょっと出てきます」
広げていた模造紙をたたみ、あちこちに置いていた道具を片付ける。ましろが帰ってくれば、少し後にリコもやってくるだろう。そうなれば今日の作業はここまでになる。
「それじゃ、ましろさんを迎えに行ってきますね。ことはさんも来ます?」
「ううん。私はリコを待とうかな」
ことはに送られてましろの家を後にする。若干の誤差はあるが、今から行けば丁度家の前でましろと会えるはずだ。
少し丘を降りた辺りで、遠くにましろの姿が見える。
「ましろさん、お帰りなさい。学校、どうでした?」
「えっ、う、うん。何ともなかったよ」
ツバサが迎えに来るとは思っていなかったのか、ましろは少し戸惑っていたようだが、ツバサは気に留めずに家へ歩き出す。
「学校、どうでした?」
「みんな優しくしてくれたよ。知らない人ばっかりだったけど、あんまり浮いたりはしなかったかな」
学校での様子を話すましろに日ごろ見え隠れする不安はなく、ツバサ達が考えていたような心配は結局は杞憂に終わったのだと分かる。
ありふれた会話の中で、ツバサはとある変化に気が付いた。
「あれ、ましろさん、香水か何か付けてます?」
ほんの少しだが、ましろから甘い匂いが漂っている。あげはが使うようなアロマオイルとも違う、人工的な匂い。ツバサの思い過ごしかもしれないが、何故かそれを聞かれたましろは動揺して冷や汗をかいている。
「そ、そう!友達がね、ちょっとだけ分けてくれたの!」
苦し紛れの言い訳のように聞こえたその答えに、ツバサが眉をひそめる。少し顔を近づけてましろの顔を覗き込む。念の為に顔のあちこちを確認するが、瞳の色、顔の輪郭までよく見るましろのそれである。
一瞬、誰かが変装をしているのかとも疑ったが、肌にフェイスマスク特有のゴムっぽさも感じない。そもそも、ましろに変装して自分たちに近づく動機が想像できなかった。
「そう、ですか。普段付けないですから、ちょっと気になっちゃいました」
胸の中に若干の違和感を感じながらも、ましろの家の前まで戻ってくる。家の前では、ましろの帰宅に合わせて来たリコと、別ルートから来たあげはの車が見える。
「あ、ましろん。おかえりー!学校、大丈夫だった?」
少し近づくとあげは達もこちらに気付き、ましろの下に集まってくる。
「うん。大丈夫だったよ。みんな優しくしてくれたし、これなら明日からも頑張れるよ」
「よかった。何かあったら駆けつけるつもりだったけど、要らない心配だったみたいね」
リコやあげはは無事に帰ってきたことを喜んでいたが、ことはだけは不思議そうな顔で首を傾げている。
「ねえねえツバサ、あれってましろ、だよね?」
「えぇ。そのはずですけど……」
ことはもましろに対して違和感を感じているようだったが、上手く説明できないようだった。
「あ、もしかしたら香水のせいかもしれません。お友達に少し分けてもらったそうです」
「うーん、そうかも。なんか、ぱっと見ましろなんだけど、なんかましろじゃない感じ」
改めてましろの姿を見てみるが、よく知っているましろとあまり変わらないように見える。学校に行ったことが自信につながったのか、少しだけ元気になったようだ。
だが、ましろがリコからあげはに目線を移した一瞬、頭頂部で『何か』が揺らめいたのが見えた。
(今のは……?)
ことはもましろの頭に見えたモノが見えていたようで、不安そうな目線をこちらに向ける。
「ねえツバサ、やっぱり今日のましろ、なんか変だよ。誰かに操られてたりするのかも」
「そうですね。ましろさんが狙われているのは確かなようです」
ツバサ達も知らない内に、異変は静かに始まっていたのだ。
その晩、ましろ達が夕食の支度をしている途中、ツバサ達はミラーパッドでソラと連絡を取っていた。
『すみません。任務の都合でしばらくそっちには帰れなさそうです。折角のましろさんの初登校なのに……』
残念そうに告げるソラ。ましろの事情はスカイランドにも伝わっているので、助けを求めれば融通が利く。だがツバサは敢えてそれをせず、ソラを励ました。
「大丈夫です。ましろさんは無事に帰ってきましたし、学校でも上手くやれてるみたいです。きっとソラさんが戻ってきたら、色々聞かせてくれますよ」
『そうですか!じゃあ、私も任務を頑張りますから、ましろさんにもよろしく伝えておいてください!』
ましろが元気にしていると聞いて、ソラも元気を取り戻し、ツバサは通信を終えた。これでソラがスカイランドから飛んでくるという事態は避けられた。
「ねえツバサ、ましろの事、言わなくてよかったの?結局リコやあげはにましろの事言って無いし……」
「はい。まずは相手の出方を伺います。あげはさん達には悪いですけど、今ここで相手を刺激すれば、尻尾も掴めなくなるかもしれません。向こうから仕掛けてきている以上、確実に追い詰めないと僕らの負けです」
「ドラマとかで言う、泳がせる、ってやつだね。ツバサ、名探偵みたい!」
リコやあげははましろが元気にしているのが嬉しいようで、ましろの異変には気付いていない。やはり、昼間見たましろの頭に付いている『モノ』は見間違いではなかったようで、たまに周囲の景色と同化しきれずにそこだけがピンポイントで揺らぐ。
相手を確実に捕まえる為にも、相手が雲隠れするような隙を与えてはいけない。相手の逃げ場を断った上で、確実に追い詰めなければならない。
「ことはさん、お芝居、って得意ですか?」
「ごめん、ちょっと苦手かも……」
まだ今のましろとことははそこまで会話をしていないので、彼女に頼んでましろの隙を作ってもらおうと考えたのだが、純粋なことはでは下手な嘘は見抜かれてしまうかもしれない。
下手にリコやあげはの不安を煽れば、向こうはそれを察して逃げてしまうかもしれないし、みらいがこの家に来るのは明日である。
頼れる味方が少ない中で、ツバサはどうすればあのましろを出し抜けるか考える。一刻も早くましろの無事を確認しなければという焦りが、冷静な判断を鈍らせる。
狙うとすれば、ましろが誰とも会わないと確信している瞬間。表面上いくら取り繕えるといっても、不意を突かれれば必ず尻尾を出す。
「ことはさん、1つ、お願いしていいですか」
ツバサは限られた時間の中で、ましろの正体を掴む作戦をことはに伝えた。
ましろが風呂から上がり、長い髪をバスタオルで拭いて出てくると、次の順番だったのかことはと鉢合わせした。
「あれ、お風呂の順番、次だったっけ」
「ううん。洗面所に忘れ物」
少し表情が硬いが、ことはは何食わぬ顔でましろとすれ違う。そして、すれ違いざまに立った一言だけ告げる。
「ましろ、まだ耳濡れてるよ?」
「ああ、ありがと」
その一言を聞いたましろは、ごく自然な動作で、
その直後、ましろも自分がとった行動の意味を理解して、次第に顔が青ざめ始める。
バスタオルに覆われて、ようやくましろの頭頂部についていたモノの正体が、猫耳のようなシルエットをしていたと分かる。
表面上はいくらでも取り繕える相手でも、無意識の癖だけは隠せない。周囲の揺らぎからましろの頭に付いていたものがリボンではなく、耳のようなものと気づいたツバサは、水滴が残らないように気に掛けると踏んでいた。
自分のやったことの意味に気付いたましろは、急いでことはと反対方向に走り出す。
「ツバサ!」
ことはの合図で、物陰に隠れていたツバサが飛び出して、ましろの体を取り押さえようと飛びかかる。
だがましろはその体に似つかわしくない俊敏さでツバサをかわし、一気に家の外へ走り出す。
「ことはさん、追ってください!あのましろさんは偽物です!」
ツバサの心配をしてことはが駆け寄ったが、ツバサに指示されてすぐにましろの後を追う。
住むには広い家だが、駆け回るには狭い。すぐに騒動を聞きつけて、リビングで一休みしていたリコやあげはもましろの異変に気付いたようだった。
「リコ、あげは!そのましろを捕まえて!」
何が起こっているのは分からなかったようだが、とりあえずことはの言うことを聞いて、2人はましろに近づくも、今度は2メートルほど高く跳びあがり、軽々と2人の頭上を越えていく。
「ましろん!?」
「なんか変だと思ってたけど、本物じゃなかったのね!」
リコは杖を構えてましろに化けた何者かに備えるが、ましろに化けていた誰かは懐から香水の入った瓶を取り出して自身に振りかける。
ましろの姿をしていたその体は、猫耳を頭に備えた青い少女のモノへと変わり、懐に隠し持っていたフックショットで天井に張り付く。
「惜しかったわね。虹ヶ丘ましろさんは怪盗ブルーキャットがいただいたわ。返してほしかったら私を追ってくることね!」
高らかに名乗りを上げた彼女は、天窓を蹴り開け、夜の闇へ飛び出した。
花海ことは
みらいやリコと共に戦った魔法つかい。
神出鬼没、天真爛漫という言葉が非常に似合う性質で、音もなく唐突にその場に現れるので、ソラからは魔法つかいの幽霊か何かだと思われている。
大人になったリコやみらいが忙しいのを察し、特に何もない日は新しくできた友達のツバサと過ごしている。
魔法を使わずに空を飛べる技術に興味を示し、ツバサから講義を受けていたり、一緒に公園でツバサお手製の輪ゴムの飛行機を飛ばして遊んでいる。