ひろがるスカイ!プリキュア Imaginary Episodes 作:パイシー
穴の開いた屋根からわずかに光の差し込む廃教会。その中央で牛の頭骨だけが光を浴びていた。
「……来たか」
重い教会の扉が開かれて、黒い外套をまとった少女が姿を現す。フードを深々と被っているが、隙間から覗く顔は、ヴィニーが待ちわびていた少女の物だった。
「決心はついたのだな」
「うん。私を受け入れてくれるのはあなただけ。結局、私の居場所なんてどこにも無いから」
ましろはゆっくりとヴィニーに近づく。牛の頭骨が持ち上がり、隠していた手を引き寄せてヴィニーが姿を現す。
「歓迎しよう。もう迷うことも、悩むことも無い。我々の庇護の下で、その神秘を存分に振るうといい」
一歩一歩と踏みしめ、ましろはヴィニーの下へ足を運ぶ。その間に阻むものは何もない。ヴィニーの表情は分からないが、その気分が高揚しているのは遠めからでも見て取れた。
「ではこれから洗礼を執り行う。古い君はここで死に、新しい君が始まるのだ」
外套のフードに指をかけ、花嫁のヴェールを取り去るようにゆっくりと外す。徐々にましろの顔が露わになる。
だが、ある一点の違和感を感じてヴィニーの手が止まった。ましろはヴィニーの動きが止まったのを見て口元を歪めた。
「残念、ハズレニャン♪」
外套に隠していた右手には星空界で流通しているはずの小型拳銃が握られており、ヴィニーへ向けて3発の弾丸が撃ち込まれる。
あまりにも一瞬の出来事でヴィニーはたじろぎ、弾丸は致命傷をそれて頭骨の中に潜んだ『何か』に命中した。
それでもヴィニーを仕留めるには不十分で、大きく下がってましろを睨む。
「貴様......!」
初めて動揺を見せたヴィニーに対し、ましろはフードを取り去り、
まもなくして元のユニの姿に戻って正体を現した。最初から教団に入信する少女など存在しなかったのだ。
「あなたみたいな下っ端についていくわけないじゃない。大層な教えを説いてる暇があったら、女の子の誘い方でも勉強したら?」
もしここにソラやあげはといったましろの人となりをよく知るがいたならば、顔が見えにくい状態で教会に足を踏み入れた時点であからさまな違和感を覚えただろう。
だがヴィニーはそうではなかった。ましろの能力にのみ着目し、彼女の内面に興味を示さなかったヴィニーには気付けなかった。だからこそ、簡単にユニの接近を許してしまった。
「出てきていいわよ」
ユニの合図で足元の影からツバサとましろが出てくる
ましろに化けたユニが入信するフリをして近づき、不意打ちに近い形で終わらせる。最初からそういう作戦だったのだ。
「あの、その骨が宇宙人ですか……?」
「違うわよ。どうせ本体はどこかで様子見してるんでしょ。牛のお化けっていうから何かと思ったけど、ま、教団がどんなとこか考えれば対策は楽だったわね」
ヴィニーの頭を構成していた頭骨の隙間から、黒いガスのようなものが漏れている。ノイズ交じりの音声を出しながら、ましろを確保しようとしているのか、必死に手を動かして呻いている。
ユニはそんなヴィニーを無視して、床に落ちた頭骨を持ち上げ、中に手を入れると、裏に張り付いていた機械を引きはがし、ピッキングツールを使って分解していく。
「どうやってエネルギーを確保してるのか謎だったけど、これが使われてたのね。本当、腹が立つわ」
ヴィニーが操作していた機械を分解し、中から虹色の光を放つ小さな石を取り出した。ブローチに使われるような大きさだが、ユニは苦虫を嚙み潰したような顔で宝石を睨んでいる。
ユニがそれを懐にしまおうとした時、ましろがすかさず黒い腕を伸ばしてユニから宝石を取り上げた。
「ちょっと、返しなさいよ。それは私の戦利品よ」
「嫌だよ。だって機械を動かせるほどのエネルギーがあるなら、私はもっと強くなれるんでしょ?」
泥の塊が宝石の下に集まり、別の物へと姿を変える。
やがて宝石はクリアブラックのスカイトーンへと姿を変えた。以前ましろが手にした漆黒のスカイトーンとは違って光沢があり、教会の天井からわずかに差した光を反射して光を放っている。
「リコ先生が言ってたことなんだけどね、私の魔法って強すぎるんだって。全力で使ったら、私にも悪影響が出るらしいの。それってつまり、外からエネルギーを持ってこれればいくらでも使い放題ってことだよね」
ましろが腰に下げていたミラージュペン手に取ると、プリキュアへの変身資格を失っているはずなのにもかかわらず、スカイミラージュへと姿を変えた。
「ちょっと、さっき言ってたことと違うじゃ―――」
「ひろがるチェンジ、プリズム」
ましろの身体は闇に包まれ、かつてツバサたちを全滅寸前まで追い込んだ最悪の敵の姿へと変わった。
「湖の向こうの廃教会、っていうとここだと思う。この前閉鎖が決まって、来月取り壊される予定の場所」
ひかるの案内であげは達が廃教会にたどり着くと、いきなり目の前の教会の扉が爆ぜて、中からウィングに抱えられたユニが飛び出した。
「ユニ!」
ひかるの声でユニ達もこちらに気付き、ウィングが自分たちの近くに着地した。
「ましろちゃんは?」
「あの中よ。まったく、最悪の事態だわ……」
教会の中から誰かが歩いてくる。あげは達は教団の誰かかと思ったが、その姿は非常に見おぼえるのある姿だった。
「あげはちゃんに、ひかるちゃん……?なんで来たの?」
ユニ達が逃げ出してきた教会から黒いキュアプリズムが姿を現した。
「ましろが友達の為に教団の追手を片付けたいっていうから、さっさと片づけたわ。でもレインボー鉱石を見た途端、ましろは私から奪ってあの姿に変身したのよ」
ウィングに降ろされたユニが状況を伝えた。
逃げて来た負荷がすぐにユニの身体を襲い、ふらついた体をウィングが支える。
「あのまま帰ればよかったのに」
琥珀色の瞳が恨めしそうな顔でこちらを見ている。姿形こそ以前の黒いプリズムと似通っているが、見境も無く襲ってくるような狂気は感じない。
「聞いてよましろん!私、ましろんに聞いてもらいたいことがあって―――」
「そんな馴れ馴れしく呼ばないで!」
プリズムはあげはの言葉を遮り、足元に転がっていた牛の頭骨を拾い上げた。
「言ったよね?私はあなた達の物じゃないって。今度はどんな嘘を私に言いに来たの?結局あなたもあの宇宙人も一緒。私を都合のいい器としか見てない癖に!」
プリズムは乱雑に牛の頭骨を投げ捨て、教会の中に放置されていた長椅子の上に乗せた。
それと同時に廃教会の床に魔法陣が広がり、頭骨と長椅子を呑み込んで、怪物の姿へと変わっていく。
≪ヨクバァァァァルゥッ!≫
牛の頭に長椅子が蛇腹のように連結され、竜のような異形の怪物が現れ、ひかる達を睨むように見下ろす。プリズムの合図で頭を地面近くまで降ろすと、プリズムはよじ登ってその頭部に腰掛けた。
「あのまま帰れば放っとくつもりだったけど、ついてきちゃったなら仕方ないよね。行こう、ヨクバール」
プリズムの命令でヨクバールが飛び上がる。あげは改めてプリズムから拒絶され、ミラージュペンを握る手がぶれるが、それでもましろを連れ帰るんだと自分に言い聞かせ、立ち止まりそうになる自分を奮い立たせる。
「ひかる、ましろのこと、お願いしてもいいルン?私たちはましろを連れ戻してからの準備を進めるルン!」
「うん、わかったよ。任せて!」
ララとユニがその場から離れ、あげは、事は、ひかるの3人の姿が変わる。
既にプリズムの操るヨクバールはバタフライを狙っており、変身完了したのと同時に食らいつく。
咄嗟に展開したバリアのお陰で嚙み砕かれることはなかったが、顎の力に負けないように踏ん張るので精いっぱいである。
「私、ずっと苦しかったんだよ?色んな人達から同じ顔した知らない女の子の話ばかり聞かされて、思い出して思い出してって。じゃあ『私』って誰なの!?この気持ちは誰の気持ちなの?この力を持ってる私って誰なの!?答えてよ、ねえ!」
押しつぶされないように必死にこらえているバタフライを見下し、プリズムは堰を切ったかのようにまくしたてる。
だがバタフライに注目しすぎるあまり、自分を捕まえようと手を伸ばすウィング達に取り付かれる寸前にヨクバールから飛び降りて距離を取る。
すぐにバタフライを解放してヨクバールを呼び戻す。プリズムの追撃が来るのかと身構えたが、プリズムはヨクバールの頭に再度腰掛けて空へ舞い上がり、ウィング達を睨みつける。その様子にウィングは眉をしかめた。
「ウィング、何か気付いたの?」
フェリーチェがバタフライの傷を癒している傍ら、不思議そうにプリズムを見上げるウィングにスターが話しかけた。
「1つだけ気がかりなんです。どうしてプリズムは何もしないんだろうって」
黒いプリズムに再度変身する前から、ましろが繰り出してくる攻撃手段はすべて魔法頼りで、基本的にその場から動かなかった。
バタフライに対して怒りをぶつけている彼女だが、ヨクバールで動きを止めている間、一方的に攻撃することだってできたはずだ。だが彼女はそれをしなかった。
元々キュアプリズムは能力を使った中遠距離での戦いを得意とするが、格闘戦が一切できないというわけではない。
しかし今の彼女は自分からは動かない。魔法に頼ってばかりで、自ら戦うことを放棄しているような戦い方だ。
「そういえば教団の人に襲われた時もそうだった!ましろちゃんはゆっくり歩いてただけで、全部あの黒い腕でノットレイ達をやっつけちゃった」
スターとウィングが情報を交わしている間に、プリズムの操るヨクバールの巨体が迫る。
スターがバリアを張りつつヨクバールの軌道を逸らし、すぐにウィングがスターを抱えたまま飛び立って回避する。ヨクバールは体を鞭のようにしならせてウィングを叩き落とそうとするも、急加速をかけて回避する。
黒いプリキュアを含め、隙を見つければ浄化できることは分かっているが、こうも動きが激しくては狙いが付けられない。
何故か見ているだけの黒いプリズム、矛盾だらけの言動に突拍子もない行動。それらの不可解な点にプリズムを攻略する糸口がひそんでいる気がして、ウィングは必死に答えを探す。
焦る自分を落ち着かせ、いくつかの考え方を試し、見落としている情報を探す。
動かない、ではなく動けないのだとしたら。
発現が矛盾しているのではなく、そもそもツバサ達がプリズムの目的を見誤っているのだとしたら。
突拍子もなく行動しているのではなく、ウィング達がプリズムの計画を把握していないだけだとしたら。
「スター、フェリーチェ!ヨクバールの足止めをお願いできますか?少しの間だけでいいんです!」
「できると思うけど、どうするの……?」
「試してみたいことがあります。あのプリズムの秘密を暴きます」
「分かったよ!じゃあお願い!」
ヨクバールの攻撃をかいくぐり、着地したウィングが他のメンバーに呼びかけた。
ウィングの考えが読めなかったスターは首を傾げたものの、プリズムの秘密を暴くと聞いて、後をウィングに託す。
「まだ私も動けるよ、狙いは私みたいだから、良い囮になってくるね。後はよろしく!」
バタフライも立ち上がり、フェリーチェ達に続いてヨクバールに向かっていく。案の定回復したバタフライを目にしたプリズムは、ヨクバールに指示を出して攻撃対象をバタフライに絞った。
スターとバタフライがヨクバールの体に蹴りを入れて動きを鈍らせ、フェリーチェが目くらましのような魔法でヨクバールに指示を出しているプリズムの注意を引く。
ウィングはプリズムの目線に着目し、3人に釘付けになったのを確認した後、一気に加速してヨクバールの頭頂部へ飛ぶ。
フェリーチェとウィングとでは空を飛ぶ能力に微妙に差異がある。空中での制御ではフェリーチェに分があるが、加速度で言えばウィングの方が上だ。
全身に力を貯めて、プリズムめがけて飛びたつ。
プリズムの背後に回り、彼女が反応するよりも早く彼女の身体を捉えてヨクバールの頭上から引き離す。
「放してよっ!」
腕の中のプリズムはウィングから逃れようとするが、ウィングの腕はびくともしない。
(やっぱりだ……)
弱い。あまりにも弱すぎる。
通常プリキュアに変身した場合、その腕力は同年代の少女より増強される。だから重い物も簡単に受け止められるし、ランボーグやヨクバールのような怪物を殴り飛ばせるほどの怪力を発揮する。
だが今のプリズムの腕力は、その必死さとは裏腹にウィングを振りほどくにはあまりにも弱かった。ユニの正体を暴いたあの晩、自分を引きはがそうとしてきたユニの方が強いと感じるほどである。
元々のキュアプリズムは格闘戦を得意とするタイプではない。今の黒いプリズムに変化したことで、よりそっちの方へ能力が特化したと捉えることもできる。
だがそれを考慮しても今のプリズムの身体能力は低すぎる。
ヨクバールの召喚、使役能力との代替で身体能力が向上しないと捉えることもできるが、今のプリズムは近距離では何もできない。
プリズムの攻撃範囲を整理すると、ぽっかりとプリズムの周辺だけが穴が開いている。まるで誰かに守ってもらうことを想定しているような、そんな空間が存在するのだ。
(そうか……!)
自分を守ってもらうとなった時、プリズムが自分の身を預けるとしたら、たった一人しかいない。
そしてその人物はプリズムの周りに空いた空間を埋める事ができる。今のプリズムになったことでどこまで記憶を取り戻したのかは分からないが、虹ヶ丘ましろという人物を考えれば、答えは一つしかない。
(何も矛盾はしていない、プリズムは最初から―――)
真相にたどり着き、ほんの僅かに拘束を緩めてしまった隙にプリズムはウィングの拘束を抜けて、宙へ身を投げた。
「ヨクバール!」
プリズムの声を聞いたヨクバールが足止めをしていたスター達を無視してましろの下に舞い戻る。
落下するプリズムを包み込むようにヨクバールは彼女の身体を受け止め、プリズムは怪我一つなく着地した。
ヨクバールの注意を引いていたバタフライ達も、一度体勢を立て直すためにウィングの近くへ戻る。
「ウィング、何かわかったの?」
「ええ。あのプリズムもやっぱりましろさんです。そう考えれば、最初から狙いは一つです」
プリズムは再度ヨクバールに腰掛け、ウィングに捕まらないようにこちらの出方を伺っている。その目には敵意が宿っているが、また捕まる事を恐れてか、迂闊に向かってくる事はしない。
「プリズムはソラシド市に帰ろうとしている。新しく覚醒したプリキュアの力を使って、ソラさんと一緒に戦う事。それが今のプリズムの目的なんです」
支離滅裂に見えたプリズムの真意。それは、ソラのところに帰ること。
彼女の周りに不自然にできたスペースは、キュアスカイに自分を守ってもらう為。
プリキュアの力を求めたのも、キュアスカイの隣に立って戦う為。
そして空を飛べるヨクバールを呼び出したのも、それに乗ってソラシド市に帰る為。
すべての点が繋がった。プリズムが自分たちのところを去る時に放った言葉。あれは教団のところではなく、ソラのところに行くという意味だったのだ。
「では私たちと戦う理由はないはずでは?」
「そうだよ、一緒に帰ろうよ!私たち、プリズムを迎えに来たんだよ?」
「なんで嘘つきと一緒に帰らなきゃいけないの?」
目的を看破され、その真意に同意したにも関わらず、プリズムは敵意を緩めずにヨクバールを操って、再びその頭に腰掛ける。
「ソラちゃんには私だけいればいい。あなた達みたいな嘘つきはいらない。ソラちゃんを守れるぐらい私が強くなれば、他の仲間なんていらないでしょ?」
ヨクバールは再び浮き上がり、ウィング達を見下ろす。プリズムの敵意に呼応するかのように喉を鳴らし、今にも向かってきそうである。
「それじゃダメだよ。ましろちゃん」
全員が身構える中、スターが口を開いた。
「私はソラちゃんって子がどんな子かは知らない。でもこんなやり方は良くないよ。いっぱい人を傷つけて、自分だけ安全な場所にいて、それでソラちゃんは喜んでくれるの?」
「黙っててよ。結局その人達は私ってお人形がほしいだけ。いなくなったましろちゃんの穴埋めをしたいだけなんだよ?そんな人達、ソラちゃんの近くに置いてたら、ソラちゃんがかわいそうだよ」
スターの発言にプリズムは怒りをあらわにし、ヨクバールが長い胴体を薙ぎ払うように振るう。
その場にいた4人全員を薙ぎ払おうとするも、スターたち3人が貼ったバリアに簡単に防がれた。
「ソラちゃんのところには行かせない、このままあなたを行かせたら、きっと悲しい結果にしかならないから!」
「そっか、夢も思い出もなんでも持ってるスターには分からないよね。今の私を受け入れてくれるのはソラちゃんしかいないの。邪魔をするっていうなら、あなたも敵」
ついにヨクバールは押さえが利かなくなったのか、空気を振動させるような咆哮を上げ、その巨大な口から泥の塊を吐き出した。
まるで自分と異なるものを塗りつぶすかのごとく吐き出されたソレは、ウィング達のいたところを狙うも、でたらめな狙いではウィング達を捉えることはできない。
「ねえ、あれって……!」
「えぇ。前と同じです。プリズムとして復活したのと合わせて、『泥』も復活しています」
触れた者の精神を侵し、呪われた黒いプリキュアへ変貌させる『泥』。以前のように泥そのものが怪物になるようなことは無いが、ウィング達の立っていた場所が次々とシミのようなモノで塗られていき、徐々にウィング達の立っていられる場所が奪われていく。
「スター!あの泥に触ると危険です!心の闇に体を乗っ取られて、敵味方の区別もできなくなります!」
ウィングの警告が耳に届いたスターは最初こそ反射的に泥を避けたが、すぐにその場で立ち止まってヨクバールを見上げた。
「次が来ます!早く避けて!」
ウィングの制止も空しく、スターはその場から一歩も動かず、自分に向けて降り注いだ泥の塊を浴びた。
警告が届いたにも関わらず、信じられない行動をとったスターを前に全員の足が止まった。プリズムもスターが抵抗を止めるとは思わなかったようで、ヨクバールへの攻撃命令も止まった。
「なんで避けなかったんですか!」
「こうしないと、ましろちゃんに届かないって、思ったから」
かつてのバタフライやスカイのように触った、なんて生易しいレベルではない量の泥を浴びたスターの身体は既に変異が始まっており、履いているブーツや髪飾りが黒く変色し始めている。
「ウィングの推理は正しいよ。ましろちゃんの目的も、多分私じゃ分かんなかった。でも、それだけじゃましろちゃんには届かなかった。だったら、ましろちゃんの全部を受け止めてあげないとダメかなって」
黒く変色していく自分を抑えながら、スターはプリズムを見上げている。
お陰でちょっとだけましろちゃんの気持ちが分かったかも。とつぶやいたスターは優しい笑顔を必死に取り繕ってプリズムを見上げる。
「ましろちゃんの話を聞いて、この魔法を浴びて、分かったよ。居場所が無くて寂しいんだよね?安心できる人が近くに居なくて不安なんだよね?」
正気が削られていく中で、一歩踏み込んでプリズムに告げる。他人を寄せ付けない彼女の心に、自分の気持ちを届かせるのだ。
「私、ましろちゃんの気持ち、わかるよ」
スターは思い返す。プリキュアになる前のクラスでの自分の姿を。どう思って過ごしていたかを。
「ララが来る前はね、クラスのみんなは太陽系の外で新しい準惑星が見つかったとか、新種のUMAの話とか、そんな話は誰もしないし、面白いって言ってくれない。かわいいな文房具を買ってもらったとか、昨日出たマンガが面白かったとか、そんな話ばっかり」
自分の身体が黒く染まり始めたのを必死にこらえ、困惑しているプリズムに訴えかける。きっと届くと信じて言葉を紡ぐ。
「私らしさを捨てるぐらいなら、仲の良い友達なんていらない。プリキュアになってからも、ララだけいてくれればいいとか、そんな風に思ってた。でもね、ララが来て、それは違うんだって、話したことのない先輩と話したり、色んな星の人と話して、分かったんだよ」
スターは駆け出し、一気にヨクバールの頭めがけて跳ぶ。プリズムが自分たちとの間に作った最後の壁を打ち壊すために拳を握り、ましろの心に伝える。
「自分らしく生きるっていうのは、周りと壁を作って、他人を寄せ付けない事じゃないんだよ。私がどういう人かっていうのを、人に知ってもらうことなんだよ!」
思い起こされるのはプリキュアとして戦い抜いた1年間。5人の仲間と共に宇宙の平和を守った1年。全員の価値観はバラバラだが、かけがえのないの仲間だと胸を張って言える。
「だから私、ましろちゃんのことをもっと知って、もっと仲良くなりたい!ましろちゃんが寂しくないように、ましろちゃんが安心できる居場所になってあげたいよ!」
助走をつけて飛び上がり、スターは拳を握る。相手を撃ち倒すための拳ではなく、相手が出られなくなってしまった心の壁を打ち壊すために。
「スター・パンチ!」
スターの拳がヨクバールの頭を殴り飛ばし、同時に乗っていたプリズムの身体が放り出される。宙に放り出されたプリズムはヨクバールを呼び戻そうとする。
だがスターの最後の一撃を受けたヨクバールの身体は既に崩れ始めており、すぐに元の牛の頭骨と長椅子に戻ってしまった。
「プリズム!」
ウィングはプリズムの身体を心配して向かう。
今のプリズムは恐らく体の耐久力も普通の少女と変わらない。ウィングが怪我をしないようにと必死に手を伸ばすも、一足届かずプリズムの身体は地面にたたきつけられてしまった。
一方のスターはプリズムのところへ行こうとしたが、ついに変異を抑えられなくなりその場にうずくまる。その呼吸は荒くなり、瞳もわずかに琥珀色を帯び始めている。
「スター!なんて無茶をするんですか……。早くこれを!」
正気を失いかけてるスターにフェリーチェが駆け寄り、リコから託された小瓶を渡す。ましろの魔法の効果を無効にする薬。本来であれば、ましろが暴走した時の保険として渡されていた薬である。
「ありがとう。呪われる、ってこういう感じなんだね……。キラ、やば……」
消えかけている正気を振り絞り、フェリーチェから受け取った瓶のふたを開けて、中に入っていた薬を一気に飲み干す。既に荒くなっていた呼吸も、薬を飲んで少しすると落ち着いてきた。
それと同時にスターはせき込んで口から体内に溜まった泥を吐き出した。薬の副作用か、変身も同時に解除されてしまい、本人の疲労も相まって、これ以上戦闘に参加することはできなさそうだった。
「まったく、あのまま私たちに襲い掛かってたらどうするつもりだったんですか……」
「だって、あなた達はアレが何なのか知ってたんでしょ?じゃあ、何があっても解決してくれるかなって」
フェリーチェの肩を借りて立ち上がり、ひかるは弱弱しく笑った。
「でも思った以上に辛い……。立ってるのもやっとだし、私にできるのはここまでかな。後は、あの2人に任せるよ」
もう戦える状態ではないのにもかかわらず、ひかるはプリズムの方を見る。
自分の思いはきっと届いたはず。そう信じて、ウィング達に後を託した。
地面にたたきつけられたにもかかわらず、未だプリズムの戦意は衰えていないようで、おぼつかない足取りで立ち上がりながら、残っているバタフライ達に向けて手をかざす。
「あれ……」
また闇の魔法を使った攻撃が来るかと予測していたが、何も起こらずその場にいた一同全員が困惑した。
「魔法が、出ない……?」
プリズムは何度も魔法を出そうと試みるも、結局は不発に終わり、その表情から怒りが消えて戸惑いと絶望に染まっていく。
「そんな、なんで、どうして……」
必死に魔法を出そうとする手が、少しずつ震え、向かってくるバタフライ達を倒せないという事実だけが頭を支配していく。
バタフライ達が眼前に迫り、完全に怯え切った目で逃げ出そうとするも、バタフライがとった行動はプリズムが想像してるものとは違った。
「もう、やめようよ」
変身を解いたあげはは怯えるプリズムを抱きしめて、優しく頭をなでて落ち着かせる。
「ましろんの事、何もわかってなくてごめん。私ずっと記憶が無くて苦しんでるんだと勘違いしてた。教えられたましろんと同じになれなくて、それでずっと悩んでたんだよね。分かってあげられなくてごめん」
優しく、諭すようにあげはは語り掛ける。3ヶ月もの間苦しめ続けてきた重圧をこれだけで取り除けるとは思ってもいないが、それでもあげははましろを信じて語り掛ける。
「だから、私ましろんが思ってることを知りたい。嫌なら嫌って、したくないならしたくないって言ってよ。言ってくんなきゃ分かんないよ」
肌で触れているからこそ分かる。強張っていたましろの身体から徐々に力が抜けてきて、自分に身を委ねてくれているのを感じる。
「私たちはましろんが必要だからここまで来たんじゃない。ちょっとぐらい嫌われても気にしないぐらい、ましろんの事が大好きだから、ましろんに元気で笑っていてほしいから、ここまで来たんだよ?そんな辛そうな顔であっち行けなんて言われたら、みんなついてきちゃうって」
もうプリズムが抵抗するようなことはしない。もう少しで届く、あげはは確信して最後の言葉を告げる。
「だからさ、もう一度私たちの事、信じてくれないかな?お願いだから、一緒に帰ろう?」
信じてほしい。溢れそうになる感情を必死に押さえてましろに伝える。これがあげはにできる唯一の賭けだった。閉じこもっているましろの心にも届いてほしい。そう祈りながら、あげはは伝えた。
「うん、わかったよ。あげはちゃんやみんなの気持ち。今は信用してあげる。やっぱりダメって思ったら、その時は本当にさよならだから」
じゃあね。と小さくつぶやくとプリズムの変身が解除され、元のましろの身体に戻る。まだもう一人のましろは表に出てきていないのか、安らかな表情で眠っていて寝息を立てている。
「良かった……。もう1度信じてくれて。また怒られないように頑張んなきゃね、ウィング」
「……はい」
腕の中で寝息を立てているましろを見て、あげはは肩の荷が下りたような疲労感が一気に襲ってきた。
ましろを巡る争奪戦は、あげは達がましろを取り戻す形で決着した。すれ違いこそあったものの、今度こそましろを取り戻したのであった。
キュアプリズム(Reboot)
ヴィニーの動力源として使われていたレインボー鉱石を奪い、裏のましろが変身したキュアプリズム。
能力面はホープダイヤ融合時とほぼ同じになった反面、身体能力が一切向上せず、接近戦ではただの少女と変わらない。
ヨクバールを召喚して自衛することもできるが、基本的にはキュアスカイの攻撃が届かない範囲のみにしか攻撃できない。
『ソラと一緒に戦いたい』という思いこそ本物だが、ヒーローガールとしてのアイデンティティを確立していない為、キュアスカイに依存し、またスカイにも依存を強制させる存在にしかなれなかった。