ひろがるスカイ!プリキュア Imaginary Episodes 作:パイシー
……コ!リコ!
リコは自分の名前を呼ばれた気がして目を覚ますと、不機嫌そうなみらいの顔が目の前にあった。
机の上に置かれた時計を見ると、既に昼前の時間を指しており、部屋から帰ってきてそのまま寝てしまったのだと思い知らされる。
「嘘!?私、寝ちゃってた!?」
「思いっきり寝てたよ。もう、そのままの格好で寝ちゃって……。髪もボサボサだし、ほら起きて」
みらいがここにいる事はおかしなことではない。彼女の強い希望もあり、2人分の部屋を手配してもらったのだ。普段は使わないが、みらいもこの部屋に入るカギを持っている。
みらいに言われるがままベッドから起きると、後で片づけようとそのままにしていた書類や手紙をモフルンが片づけているのが目に入った。小さな体で器用に書類をまとめているが、時折飛んでくる視線が痛い。
「ごめんなさいみらい。最近色々と立て込んでたものだから……」
昨日、ましろのスカイランド行きの段取りを付けた後、リコはホテルまで帰ってきたところまでは覚えている。
書類の整理は後でやろうと思っていたのだが、ましろの事がひと段落したこともあって、今までの疲れが一気に来てしまったのかもしれない。
正直みらいがこの部屋に来るとは思っておらず、部屋の惨状を見られるとは想像すらしていなかった。
「流石にもう慣れっこだよ。最初リコの研究室に行った時はビックリしたけどね」
ついつい考え事をしていると周りがおろそかになってしまう。魔法学校の教師を志し、必死に勉強したり研究に没頭するようになってから、気が付くと部屋が散らかっていた。
リコはどこに何を置いたか分かっていたし、ちゃんと1人分が通れる分には片づけていたので不便はしていなかった。
そもそも自分が片づけられない性格になっていたと気付いたのも、散らかった研究室を訪れたみらいに片付けるよう言われてからである。
「ねえ、その紙って魔法学校の入学申込書、だよね?もしかしてましろちゃんを魔法学校に入れるの?」
リコを備え付けの椅子に座らせ、ほどいた髪をまっすぐにしながらみらいが尋ねてきた。
昨日魔法界から届いた一通の手紙。中身はましろの魔法学校への編入を認める旨の手紙と、入学申込書だった。
ましろが宇宙人から狙われているという話をした時、リニアでしか行き来ができない魔法界に匿った方が安全なのでは?という話を校長から切り出されたのだ。
「まだ話すかも決めてない。今はスカイランドに行くのを楽しみにしてるんだし、帰ってきてからでも遅くはないわ」
リコはできるだけましろの進路に干渉しないようにと、魔法界の話は極力しないようにしてきた。
必要になった時だけ、最低限度の説明に留めて、魔法界に招待しようとは微塵も考えていなかった。
「でもリコはこうして行き来してるんだし、私は話しても良いと思うんだけど……」
「ましろさんの場合は都合がちょっと違うの。目的はましろさんを保護する事なんだし、魔法学校を出るまでだとしても3年、それでもほとぼりが冷めないなら、ずっと向こうで暮らすことになるわ」
リコがこの話を切り出すのをためらわせていた原因はそれだった。
親友との別れが辛いのは自分が一番分かっている。だからこそ魔法界側の都合だけで、ソラやあげはからましろを取り上げるような事をしたくはなかった。
「はいできた。替えのブラウスってまだあったよね?」
「この前洗濯したばかりだから大丈夫よ。ましろさんの前ではちゃんと『リコ先生』でいるって決めてるもの。だらしない所は見せられないわ」
少ししわになっているブラウスのボタンを外しつつ、立ち上がってクローゼットの方へ向かう。
ふと視線を感じてみらいの方を向くと、みらいが何か言いたそうな不安げな表情を向けている。
「どうしたの?」
「……やっぱり、気にしてるんだよね?ましろちゃんの記憶を消しちゃったこと」
やはりみらいの前では隠し事はできない。
ましろを魔法界で保護するという話も、元を正せば自分がホープダイヤなんて物を作ってしまったことが発端なのだ。
リコが魔法界の話を積極的にましろにしないのも、できることなら何も知らないまま、ましろは元の生活に戻ってほしいという身勝手な思いからだ。
「当たり前よ。闇の魔法に頼るならもっと慎重になるべきだった。クシィさんだって、闇の魔法の全部を知っていたわけじゃないのに」
「でもあれは事故で―――」
「校長先生も同じ事を言ってくれたわ。『アレは不幸な事故だった、リコ君がやらなくても必ず誰かが同じことをしていた』って」
みらいの言葉を遮って返す。魔法界でもリコをかばおうとする声は少なからずあるが、自分が教えている生徒たちと同じぐらいの少女の人生を台無しにしてしまったのだ。本当だったら、魔法界から追放されていても反論できない。
「ねえみらい。もしましろさんに本当のことを話しても、ましろさんは変わらず私をリコ先生、って呼んでくれるかしら」
その問いに対して、みらいは呼んでくれるよ、と返したかったようだが、言葉に詰まってしまった。
本格的に魔法界と関わるのなら、記憶を失くした真相を隠したままにはできない。
実際問題、もう一人のましろは交通事故で記憶を失くしたという話が嘘だと気づいてしまったと聞いている。
ましろが真相にたどり着いた時、ましろはそれでも自分を受け入れてくれるのか、それともすべてを奪ったことに怒りを燃やし、自分たちと決別する道を選ぶのか。
「いつか全部を話して、ちゃんと謝らなきゃいけないのは分かってる。でもね、怖いのよ。ましろさんが私の敵になってしまう事が。また黒いキュアプリズムが敵になった時、私は説得できる自信がないの」
一度だけ訪れたましろの部屋で真っ先に目を引いた、新品同然の空きだらけの本棚が脳裏をよぎった。
作った絵本をしまう為に購入したらしいが、結局たったの十数冊から増える事の無かったただの棚。
ソラ達がフォトフレームを入れたり小物を置いたりして空白を埋めようとはしているが、それでも目立っている空いたスペースが、自分が奪ったものの大きさを告げているように見えた。
「だからね、私は今のまま、ましろさんの前で『リコ先生』を続けようと思ってるの。魔法界は逃げたりしないんだし、ましろさんが受け入れられるまでは黙っているつもり」
シワになっていた服を替えて、鏡の前に立って身だしなみを整える。昨日と変わらないしっかりとした服装の自分を見ていると、自然と気持ちが切り替わる。
「さあ、行きましょうみらい。ましろさんが待ってるわ」
これが最善の選択ではないと頭では理解しつつも、今日も自分は『リコ先生』としてましろの前に立つのだ。
リコ達がましろの家に到着すると、家の前に宅配便のトラックが停まっていた。
ちょうどインターホンを押そうとしていたところだったようなので、代わりにリコが声をかけて宅配員から荷物を受け取った。
「プリティホリック……。みらいが買ったっていうのはこれね」
「そうそう。もう届いたんだ。てっきり明日になると思ってたんだけど」
段ボールに書かれたロゴを見て、先日購入した荷物がもう届いたことに感心していると、家のドアが開けられた。
リコ達の話す声が聞こえていたのか、家の中からユニが姿を見せた。
「いらっしゃい。もうすぐましろも帰ってくるわ」
そのままユニに続いて中に入り、テーブルの上に届いた段ボールを置く。
後少しすればましろが帰ってきてこのダンボールも開封されるのだが、ユニは中身が気になるのか段ボールに耳を当てた。
「そんなに中身が気になるの?別に腐ったりするわけじゃないんだし、もう少し待っても良いんじゃないかしら?」
「なんか中から音が聞こえてくるのよ。音、っていうより人の声みたい。それに、なんていうのかしら。塩みたいな匂いも少し混じってるわ」
「もしかして、誤配送かも。宛名はましろちゃんだけど、店員さんが間違えて別の商品を入れちゃったとか。在庫が少ないから、隣の棚の商品を入れちゃったりしたのかもしれないし」
「悪いけど中を見させてもらうわね。爆弾とかが入ってたらたまったもんじゃないもの」
ユニがナイフを取り出してダンボールのテープを切る。そのまま封を開けて中を取り出そうとしていると、いきなりみらいとリコが大きく下がり、ソファを遮蔽物にして隠れた。
「ちょっと!離れなくたっていいじゃない!」
「だって、本当に爆弾が入ってたら私たちも危ないし……」
「ほら、何かあっても私たちが無事なら魔法で何とか出来るじゃない?」
「まったく……。じゃあ、開けるわよ」
このまま何もしないわけにもいかず、そのまま段ボールのテープを最後まで切って中身を取り出す。
丁寧に施されたラッピングを剥がして中身を取り出すと同時に、ラッピングされていた『何か』が飛び出し、驚いたユニも中に入っていた『モノ』を思わず放り投げてしまった。
床に落ちて粉々に砕け散るかと思われたソレは床へは到達せず、代わりに宙に浮いたまま少女の上半身が飛び出した。
「やっと出られたわ……。さんごったら、後で覚えてなさいよ……」
「くるるん……」
小瓶のようなものから飛び出ている少女の腰から下は鱗のようになっており、明らかに人間のソレではないと分かる。
「っていうかどこよここ。一体どんなところにおく、られて……」
少女が周囲を確認していると、何が起こっているのか分からないユニと目が合ってお互いに硬直する。
ユニは少女の下半身に目が良き、少女もユニの頭から生えている猫の耳に目が行った。
「人魚だ!リコ、人魚だよ!」
リコと少女がお互いに見つめ合ったまま硬直していると、いきさつを見守っていたみらいが声を上げた。
「本当だわ。魔法界から迷い込んだのかしら。まさかこっちで人魚を見るとは思わなかったわ」
同じくソファの裏に隠れていたみらいとリコも出てきて、少女に近寄る。
人魚というあり得ない存在を目の当たりにしても、平然としていられるリコに少女が眉をひそめていると、玄関のドアが開けられた。
「ただい、ま……?」
丁度ましろが帰ってきて、リコ達が人魚の少女を取り囲んでいるという状況に戸惑っていた。
少女もましろの姿を見ると、送られてきた小瓶から飛び出して着地する。一瞬完全に尾ひれの部分が見えたが、着地すると同時に人間の足に変わっていた。
「なんだ、ここましろの家だったのね。良かったわ、知り合いの家で」
少女はましろの知り合いだったようで、安心したようにましろに歩み寄る。
対するましろは何も答えられずに目が泳ぎ、少女はましろを睨む。
「ねえ、もしかしてだけど、私の事、忘れてるとか言い出すんじゃないわよね?」
「えっと、私、記憶が無くて……。その通りっていうか……」
「なるほど、記憶喪失なら仕方ないわね」
ましろの記憶が無いという事実を、少女はすんなりと受け入れた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?記憶喪失!?記憶喪失ってどういう事よ!なんで私の事忘れてるのよ!思い出しなさい!今すぐ、早く!」
なんてそんなことがあるはずもなく、一呼吸を置いて少女の絶叫が家中に響き渡った。あまりにも大きな声だったのか、部屋にいたツバサとことはまで出てきてしまった。
「ツバサ、あれって……!」
「ローラさんです!でもなんでここに?」
ツバサ達は人魚の少女が誰だか知っているようだが、少女はそれよりもましろが記憶を失くしている事の方が気になっているようだった。
「私よ、ローラよ、ローラ!ローラ・アポロドーロス・ヒュギーヌス・ラメール!一緒に冒険したでしょ!」
「えっと、ローラ・アポロピロピロ……?」
「どっかの誰かみたいな間違いしてんじゃないわよ!」
声を張り上げ、ローラはましろの肩を掴んで揺らす。いきなり知らない相手にものすごい剣幕で迫られ、ましろはすっかり縮こまってしまい、それ以上何も言えなかった。
「……記憶がない、って言うのは本当なのね。仕方ない、ちょっと待ってなさいよ」
ローラはアクアポッドの中に戻ると、少しして紙芝居を持って出てきた。
「私たちの冒険を紙芝居にしたものがあるから、それで説明してあげるわ!」
「なんでそんなものがあるのよ……」
「グランオーシャンの新名物よ!」
それからローラは紙芝居に合わせてましろとの冒険について語り始めた。
ローラ目線で話が進行しているが故に、一緒に冒険していたましろ達以外の活躍こそほとんど描かれていないが、ましろ達は何も言わずに黙って最後まで聞くことにした。
「こうしてグランオーシャン
『おしまい』の文字が書かれた最後のページが出てきて、ましろは小さく拍手しているが、それ以外の面々は一様に首を傾げている。
「……こんなんだったっけ?」
「全然違うよ。私、いきなり出てきた空気が読めない人みたいになってるし」
「これ、プリンセスが見たらカンカンになって怒りますよ……。影も形も無くなってますし……」
ローラ達の冒険をよく知らないみらいが周囲に問いかけるが、ことはやツバサはあまりにも事実とかけ離れた内容に苦言を呈していた。
「いいこと?グランオーシャンじゃ私が一番有名なプリキュアなの。だから私が一番目立つようにアレンジを入れたのよ」
一方のローラは事実と異なる紙芝居を作ったことに全く後ろめたさしておらず、それどころか誇らしげに改変を加えたことを語った。
ここまでの流れを見守っていたリコだが、ローラが勝手にアレンジした紙芝居よりも、ローラの存在そのものに興味が向いていて、眉をしかめたままじっとローラを見つめている。
「グランオーシャンなんて魔法界じゃ聞いたことないわ。魔法学校に来てる生徒はみんな人魚の里出身だし、まだ見つかってないだけであるのかしら……」
「一体どこの話よ、それ。私はこの世界の海で生まれたの。魔法界なんて縁もゆかりも無いわ」
リコもこちらの世界に人魚がいるとは想像すらしておらず、ローラの身体をまじまじと見つめている。
ローラも自分の見た目によほどの自信があるのか、恥ずかしがったりせずに自分の身体を見せつけるような仕草をした。
「そういえばさっきの紙芝居、ましろさんを乗せて泳いでたけど、空を飛んだりはしなかったの?」
「リコ、ローラは空を飛ばない人魚なんだって。私も同じこと言ってビックリされた」
「……そうなの?」
「人魚が空を飛ぶわけないじゃない。あなた達の中の人魚ってどんな生き物なのよ……」
不思議そうな顔をしているリコを前に、ローラは呆れてため息しか出なかった。
「それではお嬢様、いってらっしゃいませ」
「はい、行ってまいります」
時を同じくして、ソラシド市にやってきたまどかはましろの家より少し離れた所で車を降りた。
まどかに続いてひかるも車から降りて、初めて訪れた町の景色を眺めている。
「ララも来られれば良かったのにね」
「仕方ありませんよ。定期健診が今日だったのですから」
星空界で研究中の不完全なワープ航法のせいで軽い後遺症の残ったララは、日夜事後処理や後遺症の治療などで忙しく、今日も医療スタッフがやってきて定期検診を受けている。
まどかの予定が合う日が今日しかなく、やむを得ずララを除いた2人でソラシド市までやってきたのだ。
「では、ここから少し歩きましょうか。近くにいいお菓子屋さんがあるそうですから、寄らせてください」
元々予定していた通りにまどかが和菓子屋へ行こうとすると、いきなり肩を強い力で掴まれ、プリキュアらしき少女の顔面が目と鼻の先に現れた。ここまで必死に走ってきたのか、彼女の鼻息は荒く、肩で息をしているような状態である。
「ぜえ……ぜえ……。あ、あのぉ、この辺でぇ、にじがおか、っていう家、知りませんか……?」
流石のまどかもプリキュアがいきなり現れるという状況を想定しておらず、思わず顔が引きつって後ずさりしてしまった。
丁度これからその虹ヶ丘さんの家に向かおうとしているところなのだが、戸惑ってしまって言葉に詰まる。
「サマー……待って……どっかで、休もう……」
少し遅れて、もう一人プリキュアがやってくるが、そっちは既に体力の限界を迎えているらしく、サマーと合流すると同時に変身が解けてしまった。
「えっと、私たちはこれから向かおうとしているところですが……」
「やったよさんご!この人達、虹ヶ丘さんの家に行くんだって!すっごい大当たりだよ!」
「それは、良かったけど、一回休ませて……。もう、限界……」
さんごはその場でへたり込んでしまい、サマーも変身を解除してさんごに肩を貸す。
「あっ、私、夏海まなつで、こっちは涼村さんご!うっかり宅配便で送っちゃった友達を迎えに来たんだ!」
まなつの言う、友達を宅配便で送るというのがどういう状況なのか呑み込めなかったが、ひかるはそんなことも気にせずに自己紹介をして話を進めている。
「まどかさん、このまま放っておくのもかわいそうだし、どこかで休めないかな?」
「そうですね……。これから行くお菓子屋さん、休憩所も併設されているそうですから、そこで休めると思います」
「分かった!じゃあましろちゃんにも連絡しておくね!」
「ましろ……?」
まなつはひかるが口にした名前に引っかかったようで、その場で少し考えこむ。
「ましろ、ましろ、にじがおか……。虹ヶ丘ましろ……。あぁぁぁぁぁっ!虹ヶ丘ましろ!前ローラと一緒にいたあの子だ!」
ずっと探していた少女のフルネームを思い出したまなつはその場で声を上げた。