ひろがるスカイ!プリキュア Imaginary Episodes 作:パイシー
何もない空間に、自分と同じ顔をした琥珀色の瞳をした少女が立っている。
「まずはおめでとう、かな」
もう一人の自分は自分を見て優しく微笑んだ。
「前の私はね、色んな事を経験したの。楽しいこともいっぱいあったけど、辛い思いもいっぱいした。自分の事でいっぱいいっぱいな私に全部の記憶を渡したら、きっとあなたは壊れちゃう」
だからね、と続けてもう一人の自分は1枚の鏡を差し出す。
綺麗に復元されたその鏡には、病院の上であげはと会話している光景が映されている。
「少し前を向けたあなたにこの思い出をあげる。前の私がプリキュアになった時の思い出。今のあなたには、知っておいて欲しい事だから」
差し出された記憶を受け取ると、それが自分の中に溶けていき、空虚だった自分の中に何かが満ちていくような感覚がやってくる。
「思い出せた?」
「うん。何にもないなんて言うな、か……。前の私も、大事な人に励ましてもらったんだね」
いつも明るくて、誰にでも優しい。絵本作りが好きな女の子。前の自分はそんな人間だと思っていた。
しかしこうして始まりの記憶を見てみれば、それは苦悩してたどり着いた結果に過ぎないのだと実感する。
「ねえ、もし全部の記憶を戻したら、あなたはどうなるの?」
記憶の一部を取り戻し、ふと疑問に思ったことを口にする。
もう一人の自分が普段は記憶の修復を続けていることは知っている。
それが終わればどうなるのか、ふと疑問に思ったのだ。
「分からない。私が消えてあなたの中に還るかもしれないし、ずっとここであなたを見守ってるかもしれない。でも大丈夫」
このままではもう一人の自分が消えるかもしれないと言われ、不安の色を見せた自分の手を取って笑う。
「私はあなたで、あなたは私。こんな風にお話が出来なくなっても、私はあなたを見守ってるから!」
そう言って、もう一人の自分は自分を現実の世界へと送り出した。
アンドレの逮捕の翌日、あげははミラーパッド越しにララと通話をしていた。
「っていうことがあってさぁ。ましろん、ユニちゃんのこと気に入っちゃったみたいだし、未だにどんな風に接して良いか分かんないんだよねー。ララルンからも何か言っといてくれる?」
あげはを悩ませているのはユニとましろの事である。
ユニがましろに何を言ったのかは知らないが、ましろが立ち直ってくれたのは純粋に嬉しい。
しかし初対面の時点でましろを誘拐していた挙句、今回もましろを連れ去ると言い出したのだ。ユニの存在を手放しには歓迎できない。
話を聞いていたララもユニの自由奔放さに手を焼いているのか、乾いた笑いを浮かべる。
『私からもユニに言っておくルン……。ユニも悪気があった訳じゃないと思うけど、流石に今回はやりすぎルン……』
「お願い。毎回毎回あんな風に解決されてたら、私たちの気も持たないよ……」
好き勝手振舞うユニにお互いが頭を抱えていると、ララが何気なく口にした物があげはの目に留まった。
「それ、マカロン?」
あげはに言われて、ララが画面の外から簡素な袋に入ったマカロンを持ってきてあげはに見せる。
一見するとなんてことないお菓子だが、あげは達にとってはそうではない。
『まどかが持ってきてくれたルン。ゆかりと会ったみたいで、お土産にってくれたみたいルン』
「へぇ~。ゆかりちゃん、今何してるのかなぁ」
『高校を出て留学をして、それから海外を回ってるみたいルン』
琴爪ゆかり、シュプリームの1件であげはと共に旅をした仲間の一人だが、あの事件以降の足取りはあげはも把握していない。
何かと器用にこなすので苦労はしてないだろうが、知らない仲でもないのでその後の消息が少し気になっていた。
「……って、まどかちゃんとゆかりちゃんって会ったことあるの?」
『ユニと会うちょっと前に、みんなで天体観測したことがあったルン。さあやもその時一緒だったと思うルン』
ララの説明に相槌を打ちながら、意外な所で繋がりがあったとは思わなかった。
自由気ままな性格の彼女が、生真面目そうなまどかと仲良くしているところはあまり想像できないのだが。
「またみんなで集まりたいよねー。アスミンとも会いたいし」
『私もいつまで地球にいられるか分からないし、またみんなで会えたら楽しそうルン!』
また4人で会えたら楽しいかもしれない。
そんな話で盛り上がっていると、遠くの方でエルが手招きしているのが目に入った。
「ごめん、そろそろ行かなきゃ。じゃあララルン、お土産楽しみにしててね!」
『わかったルン!ましろにもよろしくルン!』
ララのと通話を終えて、ミラーパッドを持ってエルに返す。
「あげは、そろそろ準備できたって!」
「オッケー、じゃあましろんを呼んでくるね!」
ましろは王城の客間で休んでいる。
大量のアンダーグエナジーを受け入れ、立て続けにユニとの融合を行ったことでましろには非常に負荷がかかってしまった。
変身解除後はまだ意識はあったものの、その後すぐに倒れて眠ってしまったのだ。
2度も国を救ってくれたましろに礼を言いたいとスカイランドの国王からの招集があり、ましろを起こしに向かう。
あげはがましろの部屋の近くまでやってくると、扉の向こうから誰かが話しているような声が聞こえた。
聞こえてきたのは、どこか聞き覚えのあるような少女の声。何かましろに話しかけているようである。
「誰!?」
あげはが声を上げると違うもう一つの声も聞こえた。
ここに来るまでに何人か衛兵とは会ったが、誰かが通ったとは聞いていない。
ユニが仲間を引き連れてくることも考えにくい。
つまり、何者かがましろの部屋に侵入していることになる。
(ヤバ!今ましろんは一人じゃ戦えないのに!)
ユニも今はましろの傍を離れている。侵入者の目的は不明だが、ましろを連れ去るのにこれほど好都合なタイミングは無い。
あげはが急いで部屋に駆け付けると、開け放たれた窓から風が吹き込むだけで、侵入者の姿は無かった。
幸いましろは無事で、身体に傷が付けられているような様子もなく眠っている。
(やっぽり逃げられちゃったか……。声を上げたのがまずったかな……)
窓から下を覗きこむが誰もいない。窓から地面までは10メートル以上離れている。
普通の人間が飛び降りて平気な高さではないし、内も外も衛兵が巡回しているのでそう簡単に誰かが入り込める場所ではない。
「気のせい、だったのかな。考えすぎかも……」
ユニにましろは貰っていくと言われ、ましろを失いたくない自分の聞いた幻聴だったのかもしれない。
自分たち以外のプリキュアが関与している可能性も考えたが、異世界を自由に行き来できるプリキュアがいるとは聞いたことが無い。
仮にいたとして、何もせずに帰っていった意味が分からない。一瞬で姿を消せるのだから、強引にでも連れ去る事だってできたはずだ。
「……ん」
まるで狐につままれたような気分でいると、自分が入ってきた音を聞きつけたのかましろが目を覚ました。
「あ、ごめんましろん、起こしちゃったかな?」
寝ぼけ眼をこすりながら起き上がり、まだ眠気が取れないのかましろはあくびをしてベッドから降りる。
「ううん。丁度起きようと思ってたから」
ましろは大きく伸びをしてあげはに歩み寄る。
あげはも開いていた窓を閉じると、ベッド脇の机の上に、見覚えのある手帳が置かれているのが目に入った。
「ねえそれってもしかして……」
「うん、ソラちゃんがくれたの。大事なことが書いてあります!って」
机の上に置かれていたのは、ソラがヒーロー手帳と称してよく持っていた手帳だった。
表紙を見ただけでもよく使いこまれているのが伝わってきて、それがましろからプレゼントされた2冊目ではなく、ましろと出会った当時に使っていた古い方であると分かる。
「ソラちゃんって強いけど、こんな風に悩んだり、つまづいたりしたんだね。前の私がいたから、今の強いソラちゃんがいるんだって、これを読んでると分かるよ」
あげはも1度だけ見せてもらったことがあるのだが、確かにソラの手帳にはましろの描いた絵が載っていたり、ましろへの思いが書かれている。
そのソラの足跡に触れられて、ましろも満足そうに微笑む。
「それじゃ、行こう。みんなが待ってるんだよね」
ましろは手帳をポケットにしまって歩き出す。
長い長い遠回りをして、ようやく踏み出せた一歩。
初めて踏み出せた一歩を、ましろはしっかりと踏みしめた。
「何よこれ……」
ユニは大サソリの残骸の前に立って唖然としていた。
今回の顛末をララに伝えたところ、大サソリの中枢チップだけでも回収して欲しいと頼まれた。
本来は専門のスタッフの仕事なのだが、見知らぬ宇宙人が大勢で押し掛けて不安を煽るのは星空連合としては不本意らしい。
そこで、現地にいるユニにAIが作った指示書にしたがって解体作業をさせることになったとのことである。
今回の件で一番の疑問点は、純粋なスカイランド人であるアンドレが、星空界で製造された兵器を操れたのか、という点だ。
ソラや他のスカイランド人に話を聞いたが、そもそも人の手で動かせるものだという認識すらなかった。
「滅茶苦茶になってるじゃない……。中のパーツとか壊れてるんじゃないかしら?」
結論から言えば、大サソリは破壊されていた。
元々暴走したましろが大斧を振り下ろしたり、自分がブラックホールを開いて大破させたせいで、コックピットを除いてほとんど原型を留めていなかった。
しかしそれとは明らかに別で、真正面から殴りつけて破壊しようとした痕跡があるのだ。
今回スカイランドに来たメンバーで、結局大サソリに有効打を与えられたのはキュアスカイとマジェスティの2人。
「まさかね……」
故郷を滅茶苦茶にされた恨みをぶつけた。よくある動機だが、ありえないとは断言できない。
ツバサから借りた工具箱を足元に降ろし、ため息をついて振り返ると、手伝いに来てくれたのかソラが立っていた。
「その、大丈夫ですか……?」
少し気が立っている自分をソラは気遣う素振りを見せているが、ユニの疑念は晴れない。
「ねえ、アレ、見事に壊されてるんだけど何か心当たりはないかしら?」
後方の残骸を指さして尋ねる。ソラは何を言われたのかしっくり来ていないようだったが、残骸の姿が目に入ると驚きの声を漏らした。
「いえ、あれから皆さん忙しかったですし、誰も近づいてないはずです。私もエルちゃんも怪我した人達の手当で手一杯でした」
ソラが嘘をついてる様子も無く、ユニは一旦納得して改めて大サソリの残骸に目を向ける。
(キュアスカイと同じぐらいの力を持ったプリキュア、もしくは別の誰かがここに来た、って事よね……)
とてつもなく強い腕力を持った誰かがいた事だけは確かだが、それ以上の事は分からない。
色々と可能性を考えてはみるが、あまりにも情報が少ないのでどれもユニの想像の域を出ない。
「それで、あなたは何しに来たの?」
「手伝いにきました!ユニさん一人で解体作業をしてるって聞いたので!」
てっきり嫌味でも言いに来たのかと思ったが、ソラはその予想を裏切って手伝いを申し出たのだ。
カイゼリンの店であれだけ言い合いをしたのだから、当然ソラ達には嫌われたとユニ自身も思っていた。
しかし目の前のソラはそんな様子は見せず、友好的な態度を見せているところが少し鼻につく。
「いいの?私、あなた達からましろを取り上げるって言ったのだけど」
「ええ。だって、ユニさんがいなかったら、ましろさんは別の人に取られてましたから。この辺を剥がせばいいんですか?」
別の人、という表現が少し引っかかるが、終わり良ければすべて良しというつもりらしい。
大サソリの装甲の亀裂に指をかけ、剥がしても良いかとユニに聞いてくる。
「そうね。その辺から頼むわ。中の部品もうっかり壊さないように気を付けなさい」
「分かりました!」
ソラが残骸に足をかけて力を入れると、大サソリの装甲が植物の皮むきのように剥がれていく。
その間、指示書をめくり、AIが予測した目的の部品が設置されている個所を再確認する。
回収を命じられているのは、操作ログなどが入っている
ユニが指示書にじっくりと目を通そうとした時、ソラが装甲を剥がし終えて、装甲の下から無数の機械部品が姿を現す。
「相変わらずすごい怪力ね。格闘家にでもなれるんじゃない?」
「小さい頃から鍛えてましたから!それにしても、中ってこうなってたんですね。もっといっぱい歯車が付いてると思ってました」
「精密機械なんて大体こんなもんよ」
ユニは工具箱から電動ドリルを取り出して、解体作業に取り掛かる。
ソラも次の指示を待ってユニの手元を見ているが、ここから先は個人作業だ。
「……まどかに会った時、何か言われた?」
大サソリの部品を解体しながら、隣にいるソラに話しかけた。
ソラはまどかの名前がいきなり出てきて困惑し、誤魔化すように苦笑いする。
「分かっちゃいましたか?」
「ええ。だって観星町にいるあなたの知り合いで、ましろを欲しがるとしたらまどかしか思い浮かばないわ」
ソラがわざわざ別の人、という表現をした理由はユニを気遣ったからと分かるが、それが逆に答えにたどり着くきっかけになった。
元々、まどかがましろ達に接触したのも、身元不明のリコについて調べる為だったのだ。
「大方、ましろをちょうだいとか言われたんじゃないかしら?まあ、まどかがあなた達に付き合う義理はないものね」
まどかの父親がソラシド市周辺の調査を進めていて、ましろの存在に迫ろうとしていると言っていた。
当然ましろの存在が明るみに出れば、芋づる式でひかるの存在にたどり着いてしまうだろうし、それはまどかの望むところではないだろう。
「ユニさんの言う通りです。管理できないなら、譲ってほしいと言われました。その時は断ったんですが、あの状況だと、まどかさんに渡す以外に選択肢が思い浮かばなくなってしまって……」
「そう。まどかも意外と大胆な事をするのね」
まどかの立場はユニもよく分かっている。
宇宙の危機を救ったプリキュアにして政府高官の娘。そんな人物がましろを必死になって確保しようとすれば、それこそましろの危険性を宣伝するだけだろう。
だからこそ、まどかはこの問題には直接関与しないと思っていたのだが、まさか直接譲ってほしいと頼んでくるとは思わなかった。
「ですから私、あの場にユニさんがいてくれて助かりました。私だったら、あんな風に強くは言えませんでしたから。あっ、でもエルちゃんには謝ってくださいよ!すごい怒ってましたから!」
ユニがリコ達と言い争いをしている時、ソラだけは口を挟んでこなかった。
気にも留めていなかったが、彼女の中で葛藤があったのだと初めて知った。
「はいはい。気が向いたらね」
投げやりな口調でお礼を返す。
ここに来る前、リコにも観星町の話をされたが、ソラの話を聞いて何があったのかは察せた。
作業を進めながら、もしましろを観星町に送っていたらと考える。
ひかるの家に泊まれれば最善だが、広いからとまどかの家に泊まっていたら何をされていたか分からない。
(そこまでしてひかるを宇宙に上げたいのかしら……。まどかも変わったわね)
もしまどかに操られ、ましろがソラ達と敵対すれば確実にひかるはソラ達側に回る。
そうなれば、まどかとひかるは対立することになるのだが、それも織り込み済みなのか、それさえ分からないほど何かに追い詰められているのか、ユニには想像もつかなかった。
「さてと、
作業を進めてユニが取りだしたパーツは、四角い金属の箱だった。
元々は綺麗な形をしていたはずなのだが、殴られた衝撃で歪んでしまっている。
こんな変形してしまってはデータが取り出せるかは分からない。持ち帰って確認するしかないだろう。
「それが今回探していた部品ですか?」
「これともう1つよ。こっちはアンドレが誰から買ったとか、叩き壊したのが誰かとかが記録されてる部品ね」
続いて制御チップを探して分解を進める。
AIの予測では、この場所から近く設置されているはずだ。
「これって……」
制御チップの捜索にはあまり時間はかからなかった。
ユニが触っていた基盤のすぐ下、コックピットにかなり近い部分に目的のチップは設置されていた。
やはり純粋なスカイランド人であるアンドレが使いこなせていたのは、AIによる補助のお陰だったようだ。
「その部品は何に使うんですか?ユニさん達の宇宙で使われてる文字、ですよね?」
「ええ。星空界で使われてる標準言語の文字だわ。操縦する人の補助をしてくれる部品、アンドレがあんなに操縦できたのはこれのお陰ね」
制御チップにはこちらでは珍しい星空界の文字が刻まれていて、ユニは丁寧に外していく。
つい握りつぶしてしまいそうになったが、自分をぐっと抑えてチップを取り外す。
「なんでこれが書いてあるのよ……」
「どうかしました?」
チップに書かれた文字を見て眉をひそめたソラが自分の手元を覗き込む。
書かれている内容は読めるはずもないが、ユニはすぐにチップをしまって残骸から離れる。
「なんでもないわ。必要な部品は回収したし、一旦の作業は終わり。そろそろましろ達と落ち合う時間じゃないかしら?」
「えーっと……。そうですね!行きましょう!」
結局大サソリの残骸を殴りつけた犯人は分からずじまいだった。
中の部品は損傷こそすれ、破壊できたとは言い難い状態だ。あたりも付けずにそれらしい部分を適当に殴りつけたとしか思えない。
(私たちは、一体『何』と戦っているのかしら……)
ユニは今回の件はただのテロ事件だと思っていたが、ここに来て背後に何かの思惑が見え隠れする。
何故ならば、ユニが回収したチップには『ソレイユ』と書かれていたのだから。
ましろがあげはに連れられて野営地にやってくると、既に全員集まっていて、自分たちの到着を待っていた。
「ましろさん、身体の方は大丈夫ですか?」
ユニと一緒にいたソラがましろに気付くと、すぐに駆け寄ってきた。
「うん。平気。でもソラちゃん達の街が……」
「街はまた直せばいいんです。幸い、街の人達に犠牲は殆ど出なかったそうですから、また立ち直れます」
アンダーグ帝国との決戦からそう時期が経っていないのが幸いし、住民の避難は非常にスムーズに進んだ。
逃げ遅れた人も少数で、その人たちもソラシド市のあちこちで保護されているという。
「さて、王様たちも待ってます。行きましょう!」
ソラと並んで王たちの待つテントの中に足を踏み入れる。
中に入ると国王夫妻と見覚えのある赤ん坊が待っていて、続いてツバサがことは達を連れて入ってきた。
「エルはいないのね」
エルの姿が見えないことに気が付いたユニがつぶやいた。
一緒にいる赤ん坊はましろの記憶の中であげはが抱えていた赤ん坊とソックリだが、一体彼女が何なのかは思い出せていない。
ましろもエルの不在を気にして周囲を見渡していると、国王夫妻の横に控えていた赤ん坊が自慢げにこっちまでやってきた。
得意気に胸を張り、さも自分がエルだと主張しているようにも見える。
「えっとね、あなたのお姉さん?を呼んできてほしいんだけど……」
いきなり赤ん坊が出てきて戸惑っているようで、しゃがみこんでエルを呼んでほしいと頼む。
すると赤ん坊の姿が一瞬で変わり、見慣れたエルが目の前に現れた。
「じゃーん!私だよ!ましろ、スカイランドを救ってくれてありがとう!」
赤ん坊がいきなり自分たちと同じぐらいの少女に成長し、ましろをはじめとしてユニ、リコ、みらいやことはまでも目を丸くする。
「その、僕は止めたんですが、プリンセスがどうしてもと……」
驚きのあまり声を失っていると、後ろにいたツバサが補足してくれた。
「プリンセス、本当はまだ3歳ぐらいなんですけど、色々あってましろさん達と同じぐらいにまで体を大きくできるんです。あくまで体だけなので、中身はそのままなんですが……」
「こっちの方がスムーズにお話できるから、普段はこの姿でいるようにしてるんだよ!」
困惑するましろの手を掴んで飛び跳ねるエル。
ましろも自分に何か隠しごとをされていると薄々感じてはいたが、まさかこんな風に隠されているとは思わなかった。
「なるほど、どうりで見た目と言葉遣いに違和感があるはずだわ……。魔法みたいな力で身体を変化させてたのね……」
「はーちゃんも似たような事はできるよね?」
「できるけど、ずっとは無理かなぁ。しかも私の場合、今のまま大きくなったら……っていう想像だから、赤ちゃんぐらいの子ってなると毎回違う姿になっちゃうかも」
エルの姿が変わったことに全員が困惑する中、ユニだけはすぐに状況を受け入れてエルの前に立つ。
上流階層に対して良いイメージを持たないユニだが、エルの事情を知った以上、言わなければならないことがある。
「その、あの時は言いすぎたニャン……。ぬるま湯育ちとか言ったこと、謝るわ」
エルと言い合いになった時、つい出てしまった一言。
あの時点でのユニは、エルはきれいごとの中で育ち、現実を見ようとしない分類の人間だと思っていた。
それが自分の思い込みに過ぎないと知った今、必要以上に悪く言ってしまったことは謝罪しなければならない。
対するエルも、ユニの事をすんなりとは受け入れることはできないが、せめて謝罪は受け入れようとユニの手を取っる。
「じゃあ、もうソラ達の事、悪く言わないって約束して」
「……善処するわ」
自分も大人げなかったと反省し、ユニは少し目線をそらす。
エルとのあいさつが済むと、静観していた国王が口を開いた。
「この度の王都を守ってくれたこと、感謝する。形だけとなってしまって申し訳ないが、スカイランドの国民を代表して礼を申し上げたい」
国王が指で合図をすると、控えていた従者がましろたちの前に羊皮紙が差し出される。
羊皮紙には何やら文字が書かれているが、スカイランドの言語で書かれている為かましろ達には読めない。
「本当は勲章を用意したい所だが、あいにくこの国も酷く傷ついている。その代わりとして、スカイランドの名誉国民の地位を与えたい。今後はそこに書かれた場所を好きに使ってくれて構わない。場所は後で案内させる」
差し出された羊皮紙を受け取り、国王の話を踏まえてじっくりと目を通す。
やはり話のニュアンスから書いてある内容は理解できなくもないが、詳細は理解できない。
「それとね!パパがまたましろ達と一緒に暮らしても良いって言ったの!ソラ達もいいよね?」
「私は反対したのだが、プリンセスがどうしても聞かなくてな……。寂しくなるが、また君たちにお願いしたい……」
荘厳な雰囲気を保っていた国王の顔が少し崩れる。国王としての顔ではなく、父親としての顔が垣間見えた。
「もちろんです!エルちゃんは大きくなってからは殆ど一緒にいられませんでしたし!」
また一緒に暮らせることに舞い上がり、ソラやあげはは喜んでいる。
「君たちに伝えたい事は以上だ。下がってよいぞ」
国王はこの場を締めて、ましろ達も一礼をして国王たちのテントを後にする。
「ましろさん」
テントの外に出ると、ずっとましろ達を待っていたのか、そこにはましろの祖母であるヨヨが立っていた。
ましろは一瞬『ヨヨさん』と彼女を呼んでしまいそうになって、口を紡ぐ。
今まではそう呼んでいた。前の自分がヨヨをなんと呼んでいたのかも分からないし、自分は虹ヶ丘ましろではないという気持ちがどこかにあったから。
けれども、それでは何も変わらない。
例え前と同じにはなれなくても、前へ進むと決めたのだ。
「久しぶり……。おばあちゃん」
おばあちゃん、と呼ばれて一瞬ヨヨの目に涙が浮かんだ。
それでもヨヨは平静を装って話を続ける。
「私ね、少し旅に出ようと思うの。ましろさんの記憶を戻す手がかりが、こちらの世界のどこかにあるかもしれないわ」
みらいやリコ達が出入りするようになってから、ヨヨはスカイランドにいる事が多くなった。
1人スカイランドに帰ったエルの教育係をしていたらしいのだが、そのエル本人がソラシド市に移ることになったので、ましろを元に戻す研究に専念するつもりのようだ。
「……そう、なんだ。じゃあしばらくは会えなくなっちゃうね」
「そうなの。だから、旅に出る前に聞いておきたかったの」
ヨヨは優しいまなざしでましろを見据える。
今のましろを見れば、これから聞く質問の答えは分かる。けれどもヨヨはましろの口から答えを聞きたかった。
「ましろさんは、今幸せかしら?」
ヨヨの問いかけに対して、ましろはこれまでの事を思い返して答えを探す。
こうしてスカイランドに来るまでの道のりは決して楽なものでもなかったし、スカイランドに来てからも辛い事ばかりだった。
しかし、あのまま部屋に閉じこもっていたら何も始まらなかったし、今のように。
だからこそましろは答える。
「うん。私、幸せだよ!」
ましろの答えに対し、ヨヨは優しく微笑み返した。