千舞は、自分が呪物のせいで呪われた事を希華に伝える。
しかし、窓から見える怪物に気づき、慌てて希華に連絡するが、通信が途切れてしまう。
その後、怪物が部屋に侵入し、十狼太とサクリエルが現れて怪物を追い払うが、
千舞の大切なリリー人形が奪われてしまう。
十狼太は千舞に明日まで待つように助言し、千舞は不安ながらも、その助言に従うのだった。
千舞は制服に着替えて、菊乃と共に始業式に出るために体育館に向かった。
最初、千舞と一緒にいる十狼太とサクリエルを見て、菊乃は驚いたが、
大きくてモフモフしている狼の幽霊と、小さな天使なら、怖がりな菊乃も全然怖くないようだ。
十狼太は、怖がってもらえなくてショックだったみたいだが……。
「ねぇキクノちゃん。タケミツ君と仲いいんだよね?
ちょっと、射守矢先輩の事で聞きたい事があるんだけど……」
「タケミツ君?」
きょとんとして、菊乃は千舞を見る。
「誰それ?」
「え!?」
聞き返されて、千舞はぎょっとした。
「射守矢先輩の弟だよ! キクノちゃんと同じ陸上クラブで、背の高い……」
「ごめん……誰の事? 射守矢先輩に、弟なんていないと思うけど」
「でも、昨日、射守矢先輩をわたしに紹介してくれたじゃない!
タケミツ君のお兄ちゃんだよって」
菊乃は首を傾げる。
本当に、何も覚えていないようだ。
千舞が困り果てていると、十狼太の尻尾が、わさっと千舞の顔をくすぐった。
「わ、わ……! 十狼太さん、何……!?」
「呪いの臭いがする」
「え?」
千舞も空気のにおいを嗅いでみたが、何も分からない。
サクリエルは、ふるふると首を振る。
「どこから? リリー人形と関係ある?」
「分からん……だが、かなり強いぞ。――キクノの記憶を書き換えちまうくらいにな」
千舞は驚いて菊乃を見た。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
菊乃は慌てて言った。
「わたしは本当はタケミツ君って子の事を知ってるのに、知らないって思い込んでるって事?
そんなのあり得ない!」
「だったら実際見に行けばいい。
どっちにしろ、そのタケミツって奴に話を聞きに行く予定だったんだろ? ――こっちだ」
十狼太はくんくんと鼻を動かしながら、千舞達の先に立って、ゆうゆうと空中を歩いて進む。
サクリエルは、翼を羽ばたかせて飛んでいる。
「でも、もしこれが呪いなら、どうしてわたしは覚えててキクノちゃんだけ忘れちゃってるの?」
「お前は呪いへの耐性が強いんだよ。逆にキクノは呪いに弱い」
「わたしが弱いから、友達の事、忘れちゃってるって事?
それって、なんか凄く嫌だし、凄く怖い」
悲しそうな菊乃の手をそっと握ると、菊乃も握り返してくれる。
「そうじゃないよ。キクノちゃんがいたから、
タケミツ君に何かあったのかもって、すぐに気づけたんだよ!」
「うん……ありがとう」
二人で手を繋いだまま、千舞達は男子寮の階段を上った。
十狼太が、一番奥の部屋の前で立ち止まる。
ネームプレートは……「射守矢タケミツ」。
「……この部屋だ」
千舞が呟くと、菊乃は苦しそうに胸を押さえた。
「わたし、本当に忘れちゃってるんだ……!」
「十狼太さん、サクリエル、どうするの?」
「リュウと希華を待つ。今、こっちに向かってる頃だろうしな」
十狼太はくあっと大きく欠伸をすると、
タケミツの部屋の前で丸くなって、ぐうぐうと眠り始める。
サクリエルは、ふわふわと浮いている。
「――おまえら、空き部屋の前で何やってんの?」
向かいの部屋から出てきた男の子に声をかけられて、千舞は振り向いた。
「ここ、空き部屋なの? いつから?」
千舞の質問に、男の子は不思議そうに首を傾げた。
「え? 知らないけど、ずっとじゃない?」
「でも、ネームプレートがあるよね? 射守矢タケミツって」
「それよりさぁ。オレ、面白いもの持ってるんだ。ちょっと見てくれよ」
「面白いもの?」
今はそんな場合ではない。
そう思っていながら、千舞はどうしてか、男の子が差し出したものを見てしまった。
男の子が差し出してきたのは、迷路のおもちゃだ。
本体を傾けて、銀色のボールを転がして、真ん中の穴に入れたらゴール。
「オレと友達になってよ。一緒に遊ぼう。――この迷路の中で、ずーっと」
「――え?」
「千舞! ダメだ、そいつは――」
十狼太の声が聞こえて、千舞は慌てて振り向いた。
しかしそこにはもう、十狼太もサクリエルも菊乃もおらず、
どこまでもどこまでも続く、長い廊下だけがある。
天井はないが、空は真っ黒で何もない。
廊下にはたくさんの横道があって、後ろは行き止まり――つまりここは迷路の中。
「……どうしよう」
一人、たった一人だ。
十狼太も、リリー人形もいないのに、
千舞は迷路のおもちゃの隠世に引きずり込まれてしまった。