千舞と菊乃は学校で始業式に出席するために体育館に向かった。
しかし、菊乃は射守矢タケミツという人物を全く覚えていなかった。
十狼太はこれが呪いのせいだと説明し、千舞と菊乃はタケミツの部屋を訪れる。
しかし、部屋は空っぽで、他の生徒もタケミツの存在を知らなかった。
その後、千舞は迷路のおもちゃの中に引きずり込まれてしまった。
「まずいな、希華。十狼太がちぃを探しに行ったっきり、いない」
「え、それはどういう事でありますか?」
希華は、鬼気迫る流の表情を見て不安になる。
「十狼太がいないという事は、サクリエルもいなくなっている可能性がある」
「はぁーっ、それは大変であります!」
サクリエルも十狼太に同行した以上、同じく行方不明になっている可能性が高い。
早めに見つけなければ、手遅れになるかもしれない。
焦る流と希華だが、希華は目を閉じて首を振った。
「集堂殿、パニックになってはいけないのであります。
千舞殿は絶対に、自分達で見つけるのであります」
「そ、そうだな」
年上の希華の助言で、流は慎重に、十狼太を探しに行った。
しばらく二人が十狼太とサクリエルを探して歩いていると、
目の前に魔物が現れ、流達の行方を阻んだ。
見た目は鬼だが、その鬼よりも二回り大きい身体を誇り、棍棒まで持っている。
鬼に何とやらと言っていいだろう。
二人は物怖じせず、希華は銃を構えて巨大な鬼を撃ち、流は木刀で鬼を打ち払う。
これくらい、千舞が抱えている恐怖に比べればなんて事はないからだ。
数分後に鬼は撃退され、希華と流は走り出す。
大切なヒトを、見つけるために。
「さっき、わたしに話しかけてきた男の子……きっと魂絡繰だったんだ……」
一方、視点は千舞に戻る。
千舞には普通の男の子に見えたが、考えてみれば、おかしかった。
学校の制服を着ておらず、千舞が知らない男の子と話しているのに、
菊乃は会話に交ざってこなかった。
まるで、千舞が誰かと話している事に、全く気づいていないようで――
「って事は、キクノちゃん……タケミツ君と同じようにわたしの事も忘れちゃうのかな……?」
しかし、十狼太や流、希華はどうだろうか。
流と希華が覚えていたとしても、
十狼太と菊乃が何も覚えていなかったら、千舞がここにいると流と希華は気づけない。
つまり、誰も千舞を助けに来てくれないかもしれないという事だ。
千舞は泣き出しそうになる。
―コツコツ、ズズ……コツコツ、ズズ……
その時、ふと、廊下の向こうから音が聞こえてきた。
重たいものを引きずっているような音だ。
廊下の向こうから、少しずつ近づいて、角を曲がって。
この音は、千舞の方に向かっていた。
何が近づいてきているのかは分からない。
しかし、このまま迷路のスタート地点に立っていたら、大変な事になると千舞は思った。
千舞は咄嗟に、すぐ近くの横道まで走った。
だが角を曲がった瞬間、長い廊下の向こう側にも「それ」がいて、
千舞は一歩も動けなくなってしまった。
「それ」は黒い、イモムシのような化け物だった。
ずんぐりした体からは、クモのような細い脚が何本も生えているが、
頭の部分に髪の長い女の人の顔がついている。
目は開いているが中は真っ暗な空洞で、大きく開いた口からはぼたぼたとよだれが滴っている。
「何、あれ……!」
細い脚が動くたびに、コツコツと床をハイヒールで歩くような音がした。
化け物が前に進むたびに、ずんぐりした体が引きずられて、ズズズズと音がする。
―コツコツ、ズズ、コツコツ、ズズ……
化け物は同じ場所を、ずっと行ったり来たりしている。
後ろからも、コツコツ、ズズ……と、あの音が確実に近づいてきている。
この化け物は迷路の中にたくさんいるだろう。
もしも食べられたら、千舞はもうこの隠世から出られず、
皆に忘れられたまま消えるかもしれない。
このままここに立っていたら、前と後ろを化け物に挟まれて、どこにも行けなくなってしまう。
(早く何とかしなきゃ)
十歩くらい歩いた先に、横道がある。
あの横道まで行ければいいが、走れば化け物に気づかれるかもしれないし、
ゆっくり歩いていたら間に合わないかもしれない。
千舞が悩んでいる間にも、足音は近づいてくる。
彼女が勇気を振り絞って一歩を踏み出した……その時だ。
「ちぃ! どこだ! オレの名前を呼べ!」
銃砲の音と共に、どこかから流の声が聞こえた。
返事をしようとして、しかし千舞はぐっと言葉を飲み込んだ。
今、叫んだら、化け物に気づかれるからだ。
千舞は横道を目指して、一気に走り出した。
その途端、同じところをうろうろしていた化け物が、大きく体を仰け反らせる。
カツカツ、カツカツと、助走をつけるように、細い脚が地面を叩いた。
千舞は急いで、横道に飛び込んだ。
「リュウ君! 希華さん!」
二人の名前を呼びながら、千舞は振り向かずに、前だけを見て走った。
迷路は道があちこちに分かれていて、千舞が横道を通り過ぎるたびに、
化け物が飛び出してきて千舞を追いかけ回す。
音がカツカツカツカツカツカツと、ずっと追いかけてくる。
千舞は息が苦しくて、足がもつれる。
「リュウ君、希華さん、助けて!」
「「――ちぃ(千舞殿)!」」
鉄格子の向こうに、流と希華の姿が見えた。
「こっちは行き止まりだから引き返すのであります!」
鉄格子を挟んだ、向こう側の道で、希華は叫んだ。
「無理だよ! だって後ろに……!」
振り向いて、千舞は「え?」と声を上げると、“何も”いなくなっている。
「……あれ? 何も……」
「ちぃ! 上だ!」
流の言葉通りに、千舞は上を見る。
数え切れないほどの化け物が左右の壁に張りついて、首を長く伸ばして千舞を見下ろしていた。
「きゃああああ!」
千舞が叫ぶと、ずらりと並んだ化け物の顔が、一斉に、全く同じ動きで口を開く。
「みぃつけた」
目の前が真っ暗になって、千舞は気を失った。