キクノは不安そうに千舞に付き添ってもらいながら学校のクラブ活動に参加する。
しかし、彼女は突然倒れてしまい、救急車で病院に運ばれる。
千舞も一緒に救急車に乗るが、救急隊員と運転手が人間ではない事に気づく。
それに気づいたリリー人形が彼らを攻撃し、救急車は事故を起こす。
千舞は衝撃で意識を失い、最後に何者かの声を聞くのだった。
キィ……キィ……と、金属が軋む音で、千舞は目を覚ました。
ずきりと頭が痛くて、頭を触ろうとしたが、何故か腕が動かせず、
千舞はようやく自分の状況に気がついた。
千舞は車椅子に座らせられていて、両手も、足も、胴体も、
全てがっちりベルトで固定されていて、少しも動く事ができない。
そんな千舞の車椅子を、誰かが後ろから押している。
「な、何これ……? あの、どうなってるんですか!?」
千舞は何とか首を回して、後ろを見ようとするが、
辛うじて車椅子を押す女の人の手が見えるだけで、顔までは分からなかった。
だが、その手の爪の色がどす黒く変わっていて、肌の色は真っ青だ。
とても、生きている人の手に見えない。
「あの、下ろしてください! 自分で歩けます!
わたしをどこに連れていくの? リリー人形はどこ? キクノちゃんは?」
千舞が何を聞いても、返事は返ってこなかった。
だが、車椅子が角を曲がった瞬間……。
返事が返ってこない理由が、分かった。
廊下の突き当たりに、大きな鏡がかかっていて、
千舞と、彼女の後ろに立っている人の姿を映している。
千舞の車椅子を押している人には、首がなかった。
その代わり、花が咲いている。
人間の頭と同じくらい大きなバラが、首から茎を伸ばして。
「いやぁああぁ!」
千舞は叫んだ。
叫んで、車椅子の上で必死に暴れたが、どうしても降りる事ができない。
お守りを取ろうとしたが、お守りは胸ポケットに入れてあるため、
手を固定されたままでは握れない。
「リリー人形! どこにいるの!? キクノちゃん! リュウ君! 希華さん!」
千舞の声が、長い廊下にわんわんと響く。
彼女は不安で、怖くて、涙が滲んだ。
ここは血まみれ病院。
救急車が事故を起こして、千舞達は血まみれ病院に運び込まれたのだ。
千舞が泣いているうちに、バラの看護師は急に立ち止まった。
目の前のドアには「診察室」のプレートがかかっている。
「いや! 診察なんて受けない! 受けたくない!」
千舞がどんなに叫んでもお構いなしでバラの看護師は千舞の車椅子を診察室の中に押し込んだ。
照明が古く、チカチカと瞬いているせいで、薄暗い診察室の中はよく見えない。
それでも、天井に届くほど背が高く、頭と体の大きさがほとんど同じ、
不気味な雪だるまのようなシルエットは、嫌でも千舞の視界に飛び込んできた。
足はほとんど見えないほど短いのに、腕だけは異様に細長く、
部屋のあちこちを忙しく行ったり来たりしている。
熱心にカルテを見つめるその目は、大きすぎる頭の真ん中に、
一つだけギョロリとついていて、口は楽しそうににっこりと笑みを浮かべていた。
白衣を着ていて、胸のネームプレートには「院長」と書いてある。
これが、血まみれ病院の院長なのだ。
「新しい患者さんだねぇ」
院長は、一つ目をぎょろりとして千舞を見た。
長い腕がぬっと千舞に伸びてきて、彼女の目を開かせたり、口を大きく開けさせたりして、
「なるほど、なるほど」と呟いている。
「これは大変な病気だ。すぐに入院しなければ」
そして、カルテに何か書き込んだ。
「そんな……! わたし、病気なんかじゃない!」
「悪いところは、目と、口と、耳と、脳みそだ。
大丈夫、首ごと切除してしまえば、悪いところは全部なくなるからねぇ。
それで……君は何の花が好きだい?」
院長は、両手にたくさんの花のタネを載せて、千舞の顔の前に差し出した。
「説明しなくても分かると思うが、君をここに連れてきた看護師が好きな花はバラだよ。
その人も病気だったのを、わたしが治してあげたんだ。とっても幸せそうだろう?」
「いや! いや、いやああああ!」
「ダメだよ、大騒ぎしたら。他の患者がびっくりする。
大声を上げる悪い子は、口を塞いでおかないとねぇ」
そう言って院長は、動物の革でできたマスクをデスクから取り出した。
バラの看護師はそれを受け取ると、千舞の口に押し当てて、頭の後ろで固定してしまう。
千舞は口を完全に塞がれて、鼻だけでどうにか息をしながら、それでも悲鳴を上げ続けた。
この声が、リリー人形や菊乃や希華や……もしかしたら流に届くかもしれないと思いながら。
「今日は別の患者の手術があるから、君の手術は明日になる。今夜は病室でゆっくり休むといい」
バラの看護師が千舞の車椅子を押して、診察室を後にした。
車椅子は長い廊下を通って、古いエレベーターを目指して進んでいく。
廊下の右側には窓があった。
窓の外には、バラの看護師と同じように首から上が花になった人達が立っている。
花壇の花のように、ただその場に立って、ゆらゆらと揺れている。
自分もあの花の一つにされてしまうのだと思うと、千舞は体がガタガタと震えた。
エレベーターが降りてきて、鉄の扉がゆっくり開く。
――その時だ。
「今だ! 行けぇ!」
どこかから女の子の声が聞こえて、急に車椅子が大きく揺れた。
千舞の車椅子を押していたバラの看護師がエレベーターの中に倒れて、
誰かが代わりに車椅子を押して走り出す。
誰が助けてくれたのか、千舞には分からなかった。
しかし、菊乃の声でも、希華の声でも、リリー人形の声でもなかった。
女の子の声だったため、当然、流でもない。
がたがた揺れる車椅子は、今にも倒れそうだ。
ぶつかりそうだし倒れそうだしケガをしそうで千舞は死ぬほど怖い思いをした。
「こっちに! 早く!」
長い廊下の真ん中で女の子が「こっちこっち」と手を振っていた。
開け放ったドアの中に女の子が飛び込んで、車椅子もそこに押し込まれる。
後ろで勢いよくドアが閉まって、ようやく車椅子も止めてもらえた。
ここは恐らく、倉庫か何かだろう。
電気がついていないため、千舞には暗くてよく分からない。
すると、ぽつぽつと部屋のあちこちでロウソクが灯った。
ゆらゆらゆれる炎に照らされて、人の姿が浮かび上がってくる。
幼稚園児から中学生くらいまでの子供達が、全部で四人。
そのうちの二人が、千舞を車椅子に固定しているベルトを外してくれて、
千舞は転がり落ちるように車椅子から離れた。
口を覆っていた革のマスクも外して、千舞は深く息を吸い込む。
埃っぽく、ざらっとしていて、ちっとも美味しくない空気だが、
自由に息が吸えるだけで千舞は少し気分が落ち着いた。
子供達は何も言わずに、千舞が息を整えるのを、ただ黙って待っていてくれた。
十分に息を整えてから、千舞は質問する。
「あなた達は……?」
「お姉さんと同じ。この病院に連れてこられたの」