御神楽千舞はある日突然自宅で不思議な声を聞き、見知らぬ西洋風の屋敷に迷い込む。
千舞は恐ろしい追跡者から逃れようとするが、追いつかれて彼女の足が消えてしまう。
それから二週間後、千舞の足は現実でも動かなくなるのだった。
その頃、こちらは病院。
人形を抱え、車椅子に乗った一人の少女が、医者から診察を受けていた。
「どこにも問題はありませんね。やっぱり何か、精神的な問題かと。
足がなくなる夢を見てから、足が動かなくなったんでしょう?」
医者が、千舞と彼女の足と、彼女の隣に座っている父を見た。
足が動かなくなった少女――御神楽千舞が膝に抱いているリリー人形は、
最近の彼女のお気に入りで、どこに行くにもいつも一緒だ。
ヒラヒラした桃色のドレスを纏っており、
世界中の「綺麗」と「可愛い」が全てこの人形に詰まっているらしい。
そして診察に付き添ってくれている千舞の父は、とある大企業の最高責任者だ。
「娘の心は至って健康だと、既に精神科医の診断が出てるんです!
心にも体にも問題がないのに、どうして急に足が動かなくなるんですか!」
千舞は車椅子に座ったまま、じっと自分の足を見下ろした。
力を入れてみても、膝から下は少しも動かない。
「そうは言っても、検査の結果は何もないんです」
医者は困ったように眉毛を下げる。
千舞は車椅子に座ったまま、父の服を引っ張った。
「お父さん、もう行こう。次の患者さんに迷惑だから」
「ああ……ごめんな、千舞。検査ばっかりさせて、原因を見つけられなくて」
「大丈夫だよ。まだ夏休み中だし」
父はガックリしょげ返って、千舞の車椅子を押して診察室を出た。
しかし、何故か千舞は自分でも不思議なくらい平気だ。
落ち込んでも解決しないからだ。
「大丈夫だよ、お父さん。急に動かなくなったんだからまた急に動くようになるかもしれないし」
「千舞は本当に前向きだなぁ」
「――それ、病院じゃ治せないよ」
「はーい、助けるのでありまーす」
病院から出るなり、千舞は一組の男女に声をかけられる。
男性は中学生くらいで、腰のベルトから、布に入った長い物を提げている。
女性は高校生くらいで、帽子を被り、銃を携えている。
「君達は?」
「集堂流。【ギャラリー】から派遣されたコレクターだ。その足を治すためにな」
「同じく、橘希華、【ギャラリー】の戦士であります!」
「足を治すって……君達みたいな子供が?」
「信じられない? 大人ってみんなそうだよな」
「そうでありますよ、自分達は助けに来たのにおかしいのであります」
「――あ」
千舞に近づいてくる流の顔をじっと見て、彼女はある事に気がついた。
右目だけ、金色だ。
「ねぇ。あなた、どこかで――」
「すみませんがその人形、いつから持ってるのであります?」
千舞の言葉を遮って、希華はリリー人形を見た。
「ええと……二週間くらい前に、倉庫で探検してたら、見つけたの」
「それで、二週間前から足が動かなくなっただろ?」
「だったら、自分達には分かるのであります。犯人はその人形であります」
千舞と千舞の父は、驚いて顔を見合わせた。
流と希華の言う通りだったからだ。
「すみませんが、呪いは信じますか?」
「……これを見るんだ」
流は、腰から下げている袋から、その中身をすらりと引き抜いた。
木刀で、それも、漆黒と言うほど黒い。
流はその木刀を、千舞が膝に抱いているリリー人形に突きつけて、こう言った。
「その人形が、ちぃの事を呪ってる」
その瞬間。
千舞の腕の中で、リリー人形の目がぎょろりと動いた。
―バン!
大きな音が鳴って、足元の地面が割れる。
そして、千舞達は何もない、真っ暗な空間を、真っ逆様に落ち始めた。
「ひゃっほーぅ!」
「地面が割れた!? これ、どうして!? どういう事!?
地面ってこんな風に割れるものだっけ!? わたし達、どうして落ちてるの!?」
「落ち着け、ちぃ。隠世に引きずりこまれたんだ」
「カクリョって!?」
「怪異が作るダンジョンであります、ここで千舞殿の足を取り戻すのであります」
「取り戻すってどういうこと!?」
慌てふためく千舞の横で、流と希華も一緒に暗闇の中を落ちていく。
しかし、流と希華は全く慌てておらず、
逆さまになっている千舞と違い、ちゃんと真っ直ぐに落ちている。
千舞は飛び方を知らない鳥のように、じたばたと、もがいた。
「っていうか、こんな高さから落ちたら、わたし達、死んじゃう!」
「隠世では、このくらいの高さから落ちても死なない」
「何でもありのダンジョンでありますからね」
「けど、そうだな……十狼太、出ろ!」
「サモン・サクリエル!」
流が鋭く命じると、流の腰の鞄から、狼のぬいぐるみが飛び出してきた。
希華も呪文を唱えると、天使が現れた。
ぬいぐるみはみるみる大きくなって、恐ろしい姿をした狼男に変身する。
身長は成人男性くらいで、両手にはギラギラ光る爪がある。
「ごよーけんは?」
狼男は牙がずらりと並んだ口を開くと、ぶっきらぼうに言った。
「それ、喋れるの!?」
「ああ、ちゃんと命令も聞く。オレの『コレクション』だ」
「サクリエルは自分のパートナーでありますよ。索敵が得意でありますよ」
「コレクションって……変身して喋るオオカミのぬいぐるみみたいなのを、
たくさん集めてるって事!?」
「まあ、そんなとこ。十狼太、ちぃを頼む」
「おうさ」
十狼太は、人の頭くらい簡単に握り潰せそうな大きな手で、
千舞の体をひょいとつまみ上げると、灰色の体毛に覆われた肩に座らせた。
「……毛深いであります」
十狼太の毛深さに、希華が愚痴を吐く。
「ありがとう。えっと……十狼太さん?」
「着地するぞ。口閉じてろ」
それからほんの何秒かで、流、希華、千舞を肩に乗せた十狼太がスタッとキレイに着地する。
そこは、王族が住んでいるような、西洋風の屋敷だった。
千舞は何だか見た事がある気がして、まじまじと辺りを見回し、ギクリとした。
希華は千舞の顔をじっと見た。
「わたし、ここに来た事ある……」
「夢の中で?」
「う、うん」
「それはただの夢じゃない、のであります」
希華は、鋭い目で屋敷をぐるりと見回した。
「そうです、千舞殿は実際にここに来て、あの人形に足を取られたのであります」