千舞は全身をベルトで固定された車椅子に座らされ、首のないバラの看護師に押されていた。
彼女は診察室に連れて行かれ、一つ目の院長に「大変な病気」であると診断される。
千舞は手術を受ける事を恐れ、叫び続けるが、口を塞がれてしまう。
しかし突然、謎の少女が現れて千舞を救出する。
彼女は彼らと一緒に安全な場所に連れて行かれ、息を整える。
千舞が彼らの正体を尋ねると、彼らもまたこの病院に連れてこられたと答えた。
答えてくれたのは、小学校低学年くらいの女の子だ。
綺麗な黒髪を腰まで伸ばしていて、目つきはキリッと鋭く、
どう見ても千舞より年下なのに、千舞は年上のように感じる。
しかし一番目立つのは、左目を覆っている眼帯だ。
黒い布で作ってあるしっかりとした眼帯で、何となく、怪我や病気でつけるものと印象が違う。
「何? あなたもシズカの目を変だって言って笑うの?」
「え!? あ、ごめん……! じっと見ちゃって……!
こう言ったら失礼かもしれないけど……オシャレだなって思って」
「あ、そう」
千舞がへらりと笑うと、女の子は少々照れたように眼帯を触って、そっけなく言う。
「ええと……シズカちゃん、で、いいのかな? 四年生くらい?」
千舞の質問に、シズカは首を左右に振った。
「まだ二年。お姉さんは?」
「わたしは千舞。ちぃって呼んで。ちなみに五年生」
千舞が自己紹介すると、子供達は次々に前に出て、自己紹介をしてくれた。
「あたしはカズハ。中学三年だから、この中では一番年上。
さっき、車椅子を押して走ったのはあたし。乱暴にしちゃってごめんねぇ」
「ボクはハルヤ。こっちは弟のナツキ。ボクが十歳で、ナツキが五歳。
さっきバラの看護師にタックルしたのはボクだよ」
自慢げに胸を逸らしたハルヤの後ろにそっと隠れ、
ナツキは「ナツです。よろしくお願いします」と礼儀正しく挨拶してくれる。
「ちぃは一人でここに来たの?」
カズハの質問に、千舞は首を左右に振った。
「多分、どこかに友達がいると思うんです。
一緒に救急車に乗ってて、それがぶつかって、気がついたらここだったから……」
「敬語なんて使わないでいいよ。
あたしは年上ってだけで、あたし達を守ってくれてるのはシズカだから」
カズハは少々困ったように笑って、逆に全く笑わないシズカの肩にそっと両手を置いた。
「シズカには霊能力があるの。オバケがどこにいるか分かるし、オバケの弱点が分かるんだって。
マジでシズカがいなかったら、あたしらとっくに終わってたわ!」
「……別に、あなた達を守るためにここに来たわけじゃない」
シズカは突き放すように言って、俯いた。
「どういう事……?」
「もう一人いたんだ、本当は。
マヤちゃんていう女の子で……シズカのちょっと前に病院に来て、
手術室に連れて行かれちゃった」
「手術室って……」
千舞はバラの看護師と、院長の言葉を思い出した。
無意識に首を撫でると、子供達も同じように首を撫でる。
シズカはぎゅっと唇を噛んで、ぽつぽつと話し始めた。
「院長は、ここに来た人を、手術で化け物に変えちゃうの。
手術されるまでは人間でいられるけど、手術されたら院長の手下になっちゃう。だから――」
シズカは、千舞達全員に背中を向けた。
まるで、誰にも顔を見られたくないように。
「マヤちゃんはもう、助けられない。助けられたって、この病院から出る方法も分からない!
シズカの目を怖がらないでいてくれた、たった一人の友達なのに……!
みんなの事だって、いつまで守れるか……」
「だ……大丈夫、助かるよ!」
千舞の言葉に、シズカは顔を上げた。
だが、振り向いたシズカの表情は険しい。
「どうしてそんな事言えるの?
さっきだって車椅子に縛り付けられて、何もできなかったじゃない!」
「それは……」
「シズカ達だって、今まで何度もここから逃げようとした。でも、出られないの。
外に続くドアも窓も、全部カギがかかってて開けられない。
カズハが棒で叩いても、椅子を投げつけても、窓を割る事もできないんだから!」
「それ、本当……?」
シズカがウソを言っているようには見えなかったが、
千舞はどうしても聞き返さずにいられなかった。
カズハも、ハルヤも、ナツキすら、千舞の質問にこくりと頷く。
シズカは泣き笑いのような表情で千舞を見た。
「ほら、ね? 何も知らないのに、助かるなんて簡単に言わないで。
シズカ達にできるのは、逃げ回る事だけ。いつか捕まって、手術されるまで」
一瞬、千舞まで絶望しそうになってしまった。
しかしすぐに、そんなに悪い状況ではない事を思い出す。
昨日、流と話した事を思い出す。
だから、千舞はやはり言い切れた。
シズカには、無責任な言葉に聞こえるかもしれないが――
「そんな事ない。絶対に助かる」
「いい加減にして! シズカ達は助からない!」
「そんな事言っちゃダメ! 言葉には力が宿るの。
そんな風に“助からない”って言ってたら、本当に助からなくなっちゃう。
大丈夫。助かるから。助けが来るから!
わたしがここにいるって、外にいる友達が気づいてくれるはずだもの!」
「助け? そんなの当てにならない! シズカの事だって、誰も助けに来てくれなかった!
ずっと待ってるのに……お兄ちゃんは、シズカがここにいるって知ってるはずなのに!」
その時だ。
―ザ、ザザザ……ザ……
マイクノイズのような音が、天井の方から聞こえてきた。
見上げると、壁には古いスピーカーが張りついている。
「何……? 放送……?」
千舞が呟くと、急に、わっとナツキが泣き出した。
ハルヤはナツキを抱き寄せて、その両耳を塞いでいる。
何か、良くない放送が始まるらしい。
『これより手術を始めます』
そんなアナウンスが流れ始めた。
これは、院長の声だ。
『可愛いお花でいっぱいにして、綺麗でみんなに愛される病院を目指しましょう。
それでは、お花を咲かせたい医師と看護師は、手術室に集合してください』
ブツリと、耳障りな雑音を残して、放送が終わった。
全身から、さぁっと血の気が引いていく。
「ちぃ……あんたさっき、友達と一緒に病院に来たって言ってたよね?」
カズハの質問に、千舞は頷く。
院長が診察室で千舞の手術を決めた時、「今日は別の手術がある」と言っていた。
つまり、今日はキクノを手術する予定だったらしい。
「助けに行かなくちゃ……! 手術室ってどこにあるか知ってる!?」
「む、無茶だよ! 手術室の周りには、どんな小さな物音にも反応する化け物がいるの。
とてもじゃないけど近づけないって! それに、どうせ……」
「どうせ、何?」
千舞はカズハを真っ直ぐに見た。
カズハは「どうせ」の続きが言えなくて、困ったように俯く。
「わたしは助けに行く。守ってあげるって約束したもの。
だから絶対にキクノちゃんを見捨てたりしない!」
千舞は、倉庫の子供達を見回した。
「お願い、手術室の場所を教えて。わたしが一人で行くから」
「ううん。シズカが案内する」
「え?」
急に、シズカが倉庫の外に向かって歩き出した。
千舞は慌てて、シズカの手を掴む。
「待って! ダメだよ、シズカちゃん。手術室は危ないんでしょ?
わたしが友達を助けたいだけなのに、あなたまで危ない目に遭う事ない」
「別にあなたのためじゃない」
シズカは、拳をぎゅっと握り締めて、廊下に向かうドアを睨みつけた。
「ただ、こう思ったの。
危ないって分かってるのに、あなたが友達のために手術室に行くって言うなら……。
あなたが待ってる『友達』も、もしかしたらほんとに助けに来てくれるのかもって。
だったら……ほんとに助けが来るなら、あなたの友達を助け出して、
ほんの少し逃げ回るくらいなら、できるかもしれないって」
「でも、それってやっぱりわたしのためじゃない?」
「違うよ」
シズカは、少しだけ微笑んだ。
「本当はシズカだって、みんなの事、助けたい。
無駄じゃないなら……無意味じゃないなら……少しくらい怖くても、
つらくても、大変でも頑張れる」
「ありがとう、シズカちゃん。じゃあ、一緒に――」
「一緒に行こう」と言おうとして、千舞はぐっと言葉を飲み込む。
シズカは、そんな千舞を不思議そうに見上げた。
「ちぃ?」
「シズカちゃんは、オバケの位置が分かるんだよね?」
「え? うん」
「それじゃあ……もしかして、今日増えたオバケのいる場所って、分かる?」
シズカは首を傾げる。
「分かるよ。凄く強いのが一体増えた。
じっとして動かないみたいだから、そこに近づかなければ大丈夫だと思うけど……」
恐らく、それがリリー人形だ。
シズカは、霊の居場所は分かるが、流と違って戦えない。
霊感が無いが戦える希華とは、正反対だ。
今、何よりも必要なのは、リリー人形の戦う力だ。
「シズカちゃんにお願いしたい事があるの。
もしかしたら、わたしと一緒に手術室に行くよりも、危ない事かもしれないんだけど……」
「何? 言ってみて」
「信じてもらえないかもしれないけど、わたしを守ってくれるオバケがいるの。
リリー人形っていう、ピンクのドレスを着た可愛いお人形。
でも、気を失った時に、どこかに行っちゃって自分で動き回れる子だから、
わたしを探しに来ないって事は、どこかに閉じ込められてるかもしれない」
「それを、シズカなら見つけられるんじゃないか……って事?」
「できる?」
千舞が期待を込めて見つめると、シズカは少しも千舞を疑っていない目で見つめ返してくれる。
「閉じ込められてるなら、保管庫で間違いないと思う。
院長は、この病院に連れてこられた子から、『大切なもの』を取り上げるの。
カズハさんはシールブックを取られたし、ハルヤ君はおもちゃの車を取られてる。
ナツキ君は猫のぬいぐるみ」
「シズカちゃんは?」
「……お兄ちゃんの写真」
「そっか……お兄ちゃんと仲良しなんだね」
シズカは、こくりと頷く。
「お兄ちゃんは、危ないからこんなところに入っちゃダメだって、シズカの事を止めてくれたの。
でも、シズカは言う事を聞かなかった。シズカなら友達を助けられるって、そう思って……」
シズカは少し黙って、すぐに気を取り直して顔を上げた。
「だから、謝らなくちゃ。
この病院から逃げ出して、またお兄ちゃんに会って、ごめんなさいって言わなくちゃ」
シズカは二年生とは思えないほど、本当に心の強い人物だ。
千舞は力強く頷き返す。
「みんなで一緒にここを出よう。
リリー人形さえ取り返せば、絶対にみんなを守ってくれるし、助けてくれるから!」
すると、今まで黙っていたカズハが、シズカの隣に立って、その肩を抱き寄せた。
「あ、あたしがシズカと一緒に行く!」
「え? カズハさんが……?」
千舞は驚いて、目を瞬《しばたた》いた。
「でも……」
千舞が疑いの目でカズハを見ると、カズハは少々気まずそうに肩を竦めた。
「年下のシズカとちぃが頑張ってるのに、
あたしばっかり“怖いから何もしたくない”なんて言ってられないよ。
それに、保管庫にはいつも化け物がうろついてて、
あたし達から取り上げた『大切なもの』を守ってる」
「そ、そうなの?」
「だから、あたしが化け物の気を引いて、その間にシズカがリリー人形を取り返す。
そういう作戦でどう? シズカ」
「まぁ、悪くないんじゃない?」
シズカはカズハの提案に、ぶっきらぼうに返した。
しかし、一緒に行くと言ってもらえて嬉しそうだ。
「じゃあ、ちぃはボクが案内する! 手術室まで行ける秘密の道があるんだ」
ハルヤも挙手したが、千舞は首を左右に振る。
「ダメだよ。ハルヤ君は、ナツキ君を守ってあげなきゃ。
連れていくのは危なすぎるし、置いてはいけないでしょ?」
「そ……そうだけど……女の子を一人で行かせるなんて……」
思わず、千舞は噴き出してしまった。
「なぁに、その昔のマンガみたいなセリフ。オバケ相手に、男の子も女の子も関係ないよ」
「む、むかしのマンガじゃないよ! マンガの主人公はみんなそうだよ!」
ハルヤは唇を尖らせて、ぷいとそっぽを向く。
そして、ナツキをそっと抱き寄せてこう言った。
「でも……ここにいるよ。ここでナツキを守ってる」
「うん、お願い」
そして、千舞達はハルヤとナツキを残して、倉庫から飛び出した。