とある少女の呪物回収(ノロイアツメ)   作:アヤ・ノア

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~前回までのあらすじ~

菊乃は手術室で目を覚ますと、蜘蛛のような怪物がいる事に気づく。
彼女は恐怖で身動きが取れず、怪物が彼女に近づくのを見守るしかなかった。
しかし、千舞が現れて菊乃を救出し、二人は怪物を倒すために薬品棚を倒す。
菊乃の機転で怪物は倒れ、菊乃と千舞は安堵の涙を流すのだった。


21~遺体安置室

 

「キクノちゃんにも、オバケ退治の才能あるのかも。

 キクノちゃんもリリー人形みたいな魂絡繰と契約して、

 リュウ君と希華さんとオバケ退治とかする?」

「もー! からかわないでよ! 必死だっただけだって!」

 やっと泣きやんだ菊乃と共に、千舞は狭いダクトをずりずりと這って進んでいる。

「ねぇ、ちぃ。さっき、ちぃが話しかけてくる前、ガンガンガンって凄い音がしてたけど、

 あれ、どうやったの?」

「隣の部屋で、ダクトの蓋を、思いっ切り蹴って外したの。

 そうすると、蓋が落ちて凄い音が鳴るでしょ?」

「うん、鳴ってた」

「その間に、手術室に繋がってるダクトの蓋をそっと外して、

 キクノちゃんのところに行ったってわけ」

「凄い……スパイ映画みたい」

「わたしもそう思った」

 この作戦を考えてくれたのはハルヤだ。

 ゲームでそういう作戦をやった事があるらしい。

 ハルヤとナツキは、シズカと会う前は、ずっとダクトに隠れていたらしい。

 だから、ダクトがどこに続いているかよく知っていて、おかげで菊乃を助ける事ができた。

 後は、来た道を戻って倉庫に帰れば、流と希華の助けを待つばかりだが……。

 

「ちぃ、どうしたの?」

 千舞は、目の前にある別れ道をじっと見て、首を傾げた。

「なんか……道、間違えたかも」

「え?」

「このダクトを真っ直ぐ進めば、階段のところまで行けるはずなんだけど……

 左右の別れ道になってて、真っ直ぐ進めないの」

「じゃあ、引き返す?」

「そうだね、一旦引き返して……」

「やだ、ウソ!」

 来た道を確認しようと、後ろを振り向いた菊乃が小さく叫んだ。

 千舞も肩ごしに振り向いて、ぎくりとする。

 

 道がない。

 さっきまで進んできたはずの道がなくなっている。

「なんで? この換気ダクト……道が変わるの……!?

 ハルヤ君はそんな事、言ってなかったのに……!」

 急に、千舞は不安になった。

 今、千舞達は後戻りする事ができなくなった。

 このままでは、千舞と菊乃は、このダクトの中に閉じ込められてしまう。

 そうなったら、いつ出られるかも分からない。

 

「出よう、キクノちゃん!」

「う、うん!」

 千舞はとりあえず、すぐ傍にあるダクトの蓋を目指して進んだ。

「ちぃ、どうしよう……!

 これ、行き止まりの壁が近づいてきて……どんどん狭くなってく……!」

 菊乃が慌てて、じりじりと迫ってくる壁を押し戻そうと、ダクトの中でもがいた。

「ちぃ! 急いで! 閉じ込められるっていうか、つぶされちゃう!」

 千舞はやっとダクトの蓋を掴んで、外に向かって思い切り押す。

 外れたダクトの蓋は、落ちてまた大きな音を立てたが、そんな事は気にしていられない。

 千舞は、ダクトの外に飛び出した。

 壁に押し出されるように、菊乃もダクトから飛び出してくる。

 先程まで千舞達がいたダクトを見上げると、そこには鉄の板で塞がれた入り口があった。

 

「……あのまま中にいたら、わたし達、潰されちゃってたのかな……?」

「怖い事、言わないでよぉ……!」

 千舞がぽつりと呟くと、菊乃は千舞の腕にしがみついてくる。

「ご、ごめん。でも……なんか変だなって思って」

「変って?」

「このダクトの道、実は人に教えてもらったの。

 わたし達以外にも病院に連れてこられてる子達がいて……

 ハルヤ君って男の子は弟と一緒にしばらくダクトに隠れてたんだって」

「あんなに危ないダクトに?」

「ね? 変でしょ? なんでわたし達だけ潰されそうになったんだろう」

「まぁ、後でハルヤ君に聞いてみよう。確か違いがあるのかもしれないし。

 とにかくここを出なくちゃ……ひっ?」

 落ち着いて部屋を見回してみて、千舞はやっと、

 自分達がどんな部屋に飛び出してきたのか気がついた。

 壁に、十個くらいの、大きなロッカーが並んでいた。

 ロッカーには名前が書いてあって、

 名前の下に「失血性ショック死」とか「心臓マヒ」などが書いてある。

 このロッカーの中身が何なのか、千舞には分かってしまった。

 

「ここって……遺体安置室?」

 菊乃も気がついて、千舞にさらに強くしがみつく。

 部屋の真ん中には、手術室にあったのと同じような作業台が二つある。

 そして、一つの作業台には“何か”が横たわっていた。

 人間と同じくらいのサイズだが、白い布がかけられているせいで、その下は見えない。

「ちぃ、早く出よう……」

 菊乃が千舞の腕を引っ張る。

 

「……ひっく……うぅ……ひっく……」

 その時、ロッカーの中から女の子の泣き声が聞こえた。

 千舞と菊乃は足を止めて、じっとロッカーを見つめる。

「出して……お願い、出して……」

 千舞と菊乃は顔を見合わせた。

 だれかが、ロッカーに閉じ込められている。

「ねぇ、聞こえる? ドアを叩いて! わたし達が出してあげるから!」

 菊乃が声をかけると、泣き声はぴたりと止まった。

 そして、コンコン、コンコンと、ロッカーの内側を控えめに叩く音。

 真ん中の、一番下の段のロッカーだった。

 名前は「ヤマザト カエ」、死因は「誰も知らない」になっている。

「……カエちゃん? 聞こえる? この中にいるの?」

 菊乃の呼びかけに合わせて、千舞はロッカーをコンコンと叩いた。

 すると、中から叩き返す音がする。

 千舞と菊乃は頷き合って、ロッカーをロックしているハンドルを回した。

 ロッカーを開いて、中を見るが、誰もいない。

「……ウソ。でも、確かにこの中からノックが返ってきたのに……」

ちぃ、見て!

 菊乃が叫んだ。

 千舞は顔を上げて、弾かれたように立ち上がる。

 

 全てのロッカーが、ひとりでに開いている。

 

 それだけではなかった。

 遺体が……部屋の中央に並んだ作業台に横たわっていたはずの死体が、

 起き上がってこっちを見ていた。

 布をかぶったままなので、顔の位置は分からないが、確かに千舞達を見ていると分かる。

「ふふ……うふふ……あははは、あは、アハハハハハハ!」

 耳をつんざくような、けたたましい笑い声が部屋にひびいて、千舞と菊乃は耳を塞いだ。

 その腕を、急に誰かに掴まれる。

 咄嗟に、千舞は菊乃に掴まれたと思い、彼女を見た。

 しかし、違った。

 菊乃も、千舞を見て、何も言えなくなっている。

 ロッカーの中から伸びてきた手が、千舞と菊乃の腕を掴んでいた。

 

 引っ張り込まれる。

 

 千舞は咄嗟にそう察して、腕を振り払ってロッカーから離れた。

 菊乃も同じようにして、千舞と菊乃は揃って床に倒れる。

 立ち上がろうと顔を上げた千舞達の前に、裾を被った遺体が立った。

 ずるりと布が滑り落ちて、その下の姿がうす暗い照明に照らされる。

 目だ。

 先程手術室にいた怪物は目がなかったが、この怪物は、全身に数え切れないほどの目がある。

 べろりと伸ばした舌の先にも、おどけたように開いた両手のひらにも、

 赤く血走った目がぎょろりと動いて、千舞達を見つめている。

 

「……走って!」

 菊乃の声で、千舞達は遺体安置室を飛び出した。

 後ろを振り向かずに、どこに向かっているかも分からないまま、長い廊下をひたすら走る。

 大勢の足音が、千舞達を追ってくるのが聞こえた。

 あの目だらけの怪物や、ロッカーの中にいた「何か」が、一斉に千舞達を追いかけているのだ。

 捕まったら終わりだが、千舞は足が上手く動かなかった。

 まるで水の中で走っているようで、足音はどんどん近づいてくるのに、少しも前に進めない。

 菊乃はもう、千舞よりかなり前を走っている。

 しかし、千舞が追いつけていない事に気がついて、菊乃は立ち止まった。

 そして千舞のところまで駆け戻ってくると、彼女の肩を支えた。

「ちぃだって!」

「キクノちゃん、先に行って! わたし、全然走れない……」

「そうじゃないよ! わたしの足が速いから、後ろを走ってると遅く感じちゃうだけ。

 ほら、わたしが一緒に走れば速いから!」

 ぐいと肩を押されて、千舞は菊乃に合わせて走り出す。

「ほんとだ……なんか、速くなった気分……!」

「この日のために、走る練習してるからね」

 菊乃に勇気づけられて、千舞は必死に足を動かし続けた。

 しかし、千舞は息が上がって、心臓が爆発しそうなほど痛く、もう、走れない。

 千舞が諦めかけた、その時だ。

 

「ちぃ、あれ見て!」

 急に、菊乃が明るい声を上げた。

 もう足元を見る事しかできなくなっていた千舞は、顔を上げてもう少しだけ走る力を取り戻す。

「シズカちゃん、カズハさん――リリー!」

 リリー人形を抱えたシズカとカズハが、廊下の向こうから走ってくる。

 保管庫に閉じ込められていたリリー人形を、取り戻してくれたらしい。

 リリー人形は、シズカの腕から千舞の方へ思い切りジャンプすると、千舞の肩にしがみついた。

「ちぃちゃん! よかった! 大丈夫だった!?」

「追いかけられてるの! なんとかできる?」

「あったりまえでしょ?」

 リリー人形は自慢げに胸を反らした。

「呪文を唱えて、ちぃちゃん!」

 千舞は頷き、そして叫んだ。

 

「呪言をもって命じる! 呪術封緘……解!」

 これは、リリー人形の封印されている力を解放する呪文だ。

 千舞がこの呪文を口にすると、リリー人形は全力で戦えるようになる。

 そして流曰くリリー人形はそんじょそこらのオバケや怪物じゃ相手にならないほど強いらしい。

 千舞の呪文によって、リリー人形は口の中にずらりと鋭い歯を並べて、

 廊下の天井に頭がつくほど大きくなった。

 千舞達を追いかけていた怪物達は、そんなリリー人形を見て、慌てて回れ右をして逃げ帰る。

 リリー人形はそれを追いかけて、怪物達を両手で掴むと、

 お菓子のようにバラバラと口の中に放り込んで丸呑みにしてしまった。

 

「な……何、あの化け物!? シズカ、あんなの抱いて走ってきたの?」

 シズカが目を見開いて、両手で口を覆って叫んだ。

 千舞はそんなシズカに笑いかける。

「頼りになるでしょ?」

「ここに来るまでも十分頼りになったけど、あれはぶっちゃけ引くレベルって感じ」

 千舞の言葉に、カズハは困ったように、口元を引きつらせた。

 リリー人形が怪物達をぺろっと平らげて、

 小さな人形の姿に戻って、静々と千舞のところに戻ってくる。

 千舞はリリー人形を抱き上げて、抱きしめた。

 後は、流と希華を待つだけだったが……。

 

―ザ、ザザザ……ザ……

 

 マイクのノイズのような音が廊下に響いて、千舞達は凍り付いた。

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