ある日、千舞と菊乃はカフェテリアで、オシエテさんという問題を出す霊の噂を聞く。
オシエテさんは勉強熱心だった生徒の霊で、問題に答えられないと舌を取られるという。
前日にオシエテさんに会った人が何人もいて、一人は難しい問題を出されたという。
女の子は千舞と菊乃に警告した後に別のグループに話しに行き千舞と菊乃は授業に急ぐのだった。
「こんにちは、であります!」
放課後、希華は流と共に、千舞とキクノがいる学校の中庭に向かった。
十狼太はカバンからひょっこりと顔を出して、流より先にぱたぱたと千舞達に手を振った。
「よー、お嬢ちゃん達。生きてたか」
「生きてたかってどういう意味?」
千舞がきょとんとして聞き返すと、流は顔をしかめて十狼太をカバンの奥に押し込んでしまう。
十狼太がカバンの奥で「おい、おーぼーだぞ!」と文句を言う。
「カラスの写真、見ましたよ」
希華は携帯電話をちらっと見た。
画面には、千舞が朝送ったカラスの写真が映っている。
「どうだった?」
「自分にはさっぱりー、であります。集堂殿、御説明をお願いします」
「ああ、えっと……確かに霊障だったよ。写真に数えきれないくらい、雑霊が映ってた」
「雑霊って?」
「雑霊っていうのは、どこにでもいる、力の弱い霊の事。
こいつらは強い霊の気配に集まってくるんだ。
で、弱い霊でも、数が集まるとこんな風に、動物に被害が出る。
もしかして何か、ちぃの周りで『怖い話』が流行ってないか?」
「は、流行ってる……」
「オシエテさんのウワサ?」
「え!?」
千舞と菊乃は、驚いて顔を見合わせた。
一方、希華はそんな噂は聞いておらず、顔をしかめていた。
「……オシエテさんって、一体何であります?」
「舌を取られて入院したやつがいるらしい」
「え!? と、取られたって……舌が動かなくなっちゃったって事?」
「いや、そうじゃない。口の中から舌がなくなったらしい」
彼によれば、朝、学校に行ってみると、クラスが妙にざわざわしていた。
どうやら、オシエテさんに舌を取られた人物がいるらしい。
オシエテさんがどういうものなのか、流はクラスの皆に聞いてみたが、
「簡単な問題を出されて、答えられないと舌を取られるらしい」としか分からなかった。
そこで、流は学校を早退して、その被害者のところまでお見舞いに行ったらしい。
「学校は、転んだ拍子に舌を噛み切って、
飲み込んでしまったのかもしれないってクラスのみんなに説明してた。
まぁ、そういう事故は実際にあるからな」
「ですが、その様子だと、事故ではありませんでしたね」
「ああ、転んだにしてはどこもケガしてなかったし、
舌の断面を見せてもらったけど、少しも血が出てなかった。
それで、何があったのか直接聞いてみたら、
紙に書いて『オシエテさんに舌を取られた』って言ってきたんだ。
誰も信じてくれないけど、絶対にオシエテさんだったって」
流は溜息をつく。
「ウソをついてるようには見えなかった。
そして、ウソじゃないとすると、このオシエテさんって奴はかなり危険な存在だ。
入院した奴も凄く怖がってたから、早く祓って安心させてやりたくて」
「じ、自分も頑張るのであります」
「リュウ先輩、希華先輩、優しい……!」
「えっと、そうじゃなくて、恐怖心は、さらに霊を呼び寄せる……のであります」
「元々は、初等部で流行ってるウワサ話なんだって?」
「うん。初等部の二年生とか、三年生とか。
よくある学校の怪談みたいな感じで……高学年になると、
みんな飽きて話さなくなる系の怖い話って感じかなぁ」
「そうなんです。
正直、今回みんなが『オシエテさんが出た』って言ってたのも、
わたしは実はそんなに信じてなくて……」
菊乃は不安そうに希華を見た。
「ほら、オシエテさんって『答えられれば何もされない』って霊でしょ?
だからちょっと目立ちたいだけの子が、『オシエテさんに会っちゃった』って言い出して、
そこからみんなが『わたしも、わたしも!』って言い出す事、前にもあったんです」
「わたしも、そんな感じかなって思ってた。
だって、朝ご飯の時に話しかけてきた子だって、凄く楽しそうだったし……
まさか、本当に舌を取られちゃうなんて」
「いや、正直オレも不思議に思ってるんだ。知ってるだろ?
人間の体に直接危害を加えるのは、余程強い力を持った霊じゃないと無理だって」
「例えば、オレみたいにな」
流にカバンに押し込まれた十狼太が、いつの間にか流の頭の上に座っていた。
「オレやリリー人形みたいに、『物質』としての体を持ってる魂絡繰は、直接人間を攻撃できる。
けど、普通の霊が人間をどうこうしようとしたって、
『ちょっと具合を悪くさせる』くらいが関の山なんだ」
「じゃあ、舌を取っちゃう霊っていうのは……?」
「普通に考えりゃ、あり得ないな。思い出してみろよ、お嬢ちゃん。
おまえ、リリー人形に呪われて、隠世で足を取られた時、どうだった?」
「え、それは……足が動かなくなったけど」
「そうだ。普通はそういう風に、魂への攻撃が体に影響してくる」
「な、なるほど……」
「あ、あの! でも、神隠しとかありましたよね? 人間が丸ごと消えちゃう奴!」
菊乃の質問に、十狼太は流の頭の上で尻尾を揺らした。
希華は真剣に話を聞いている。
「いい質問だ。そうだな……今回のオシエテさんは、神隠しと同じかもしれねぇな。
人間の体全部を神隠しする力はねぇから、体の一部だけ隠したんだ」
「そ、そんな事できるの?」
「できてるなら、できるんだろうよ」
「結論が投げっぱなしであります」
流は不満そうに顔をしかめて、頭の上の十狼太をまたカバンに押し込んだ。
「昔からあるウワサなのに、
急に、実害が出るレベルで危険な存在になったっていうのがどうも気になりまして。
こんな風に、急に霊の力が強くなる時は、大抵別の大きな問題が隠れてるのであります。
そう、ゲームみたいに」
「大きな問題ってどんな?」
「それを調べるために、みんなでオシエテさんを探しに行くのであります」
希華は千舞達と共に、オシエテさんを捜索するのだった。
「陸上クラブの子は、本屋さんの帰りに会ったって言ってたよね」
千舞が朝、カフェテリアにかけこんできた子の話を思い出してそう言うと、
菊乃はうんうんと頷いた。
「曲がり角の向こうから声をかけられたって。
リュウ先輩、入院してる中等部の人は、どこで襲われたんですか?」
「多分、同じ曲がり角だ。近くに本屋がある交差点」
「こっちでありますよ」
希華達は交差点に立つ。
車があまり通らない、細い道の交差点だ。
「十狼太、何か感じるか?」
流は、カバンから十狼太を出す。
希華もサクリエルを召喚した。
「あぁ、感じるな。何かいるのは間違いねぇが……」
「リリー人形は?」
「確かに、何かいるけど……どこにいるか分かりにくいわねぇ。
気配も弱いし……普通の地縛霊程度の力しか感じないけど」
「だなぁ。
人間の舌を引っこ抜けるほど強い霊力持ってりゃ、一発でどこにいるか分かるはずなんだが」
「向こうから出てくるのを、少し待つのであります」
流はやれやれと溜息をつき、希華は身構える。
「あ! 待って! オシエテさんて、一人でいる時じゃないと話しかけてこないんだった!」
「では、皆さんには帰ってもらった方がいいかもしれないのであります」
「うぅ、ごめん~」
「人通りが多いところまで送ります」
希華が交差点を背にして、彼らの方に振り向いた、その時だ。
「5×8の答えが何かオシエテくれる?」
問題を出す声が、曲がり角の向こうから聞こえてきた。
長い影が地面に伸び、角の向こうに誰かが立っているようだ。
「四十であります」
流は交差点に飛び出して、曲がり角の向こう側を見た。
「……何もいない」
「BTB溶液が何かオシエテくれる?」
「び、びーてぃーびーようえき……!?」
続けて問題を出されて、菊乃がひっくり返った声を出す。
「なんだっけ? 酸性とか中性とかアルカリ性調べる奴だっけ!? ちぃ、分かる!?」
「えーと、理科の実験でやった奴……リトマス試験紙の変化と同じだから、
確か……青はアルカリ性!」
「鉄と硫黄の化合の化学反応式をオシエテくれる?」
また問題を出された。
「おかしいよ、リュウ君、希華さん! オシエテさんは、一回答えたら逃げられるはずなのに!」
「っていうか、やばいよちぃ! 答えないと! でも化学反応式なんて分かんない!」
「鉄と硫黄の化合の化学反応式は、Fe+S→FeSだ」
流が答えてくれたが、どこかからクスクスと笑い声が聞こえる。
「化学反応式なんて、中学生の範囲だ。小学生じゃ習わない。
オレに合わせて問題を出してるのかも」
「四人いるから、その中で一番頭がいい人に合わせてるって事……?」
「tan60度の値をオシエテくれる?」
「ルート3であります」
「希華さん!」
「三角関数は高校生の範囲であります。
こいつは、自分達が答えられなくなるまで問題を出し続ける気であります」
「そんなのズルじゃない!」
「……希華の言う通りだ。多分、入院した奴も、コレをやられたんだろう」
「これが最後の問題。円周率を正確にオシエテくれる?」
「無理ゲーであります!!」
希華は、いきなり大声を出した。
「3.14じゃないの?」
「だからぁ、人間は正確な円を書けないのであります。コンピューターも人間が作りましたから」
「じゃあ、オシエテさんは、答えられるはずがない問題を出してきてるって事ですか?
そんなのずるい!」
「オシエテくれないの?」
霊相手に「ずるい」は通用しない。
曲がり角から伸びる影が、急に大きくなった気がした。
しかし、どんなに探しても、角の向こうには何もいない。
急に、千舞は舌に違和感を覚えて口を押さえた。
「ちぃ、どうしたの? 大丈夫!?」
菊乃が、心配そうに千舞の顔を覗き込む。
「じゃあ、代わりに、舌ちょうだい」
霊は凄まじく強い力で、口の中から千舞の舌を引っ張り出そうとしていた。
千舞は必死に抵抗するが、食いしばった歯の隙間から、舌が引っ張り出された。
「あ! リュウ、希華! 地面見て! 影がちぃちゃんを襲ってる!」
千舞の腕の中で、リリー人形が叫んだ。
リリー人形が言う通り、曲がり角から伸びた影が千舞の影に重なって、
舌を引っ張り出そうとしているように見えた。
「十狼太、出ろ!」
流が短く命令すると、十狼太が、ぬいぐるみの体から飛び出してきた。
十狼太は狼の霊で、普段はぬいぐるみに封印されているが、
流が許可を出した時だけはそこから出てこられる。
四本の足で地面に立って、大きく口を開くと、十狼太の影がオシエテさんの影に重なった。
十狼太が、がぶりと歯を噛み合わせると、
凄まじい悲鳴が辺りに響き渡って、急に千舞の舌が楽になる。
「わ……た、助かったみたい……」
十狼太がもぐもぐごくんと何かを飲み下すと、悲鳴もぴたりと聞こえなくなった。
「じゅ、十狼太さん、オシエテさん食べちゃったの?」
「ああ。大して食い出のねぇ奴だった。スッカスカで食ったのか食ってないのかも分かんねぇや」
「もういいぞ、十狼太」
「礼くらい言えよな」
流に命令されて、十狼太は渋々、ぬいぐるみに戻っていく。
「助けてくれて、ありがとう。十狼太さん」
「一時はどうなる事かと思いました」
当然、千舞と希華はきちんとお礼を言った。
十狼太はぬいぐるみの腕を軽く振って答えて、もそもそと流のカバンに戻っていった。
千舞の耳元で、囁き声が聞こえたのはその時だった。
「次は君の番だったのに」
「……千舞殿?」
ゾクッとして、千舞は振り向いた。
希華は首を傾げるが、オシエテさんの声ではなかった。
千舞が夢で見たピエロの声だ。
「今の、聞こえた?」
「いえ、自分には……。千舞殿、何が聞こえましたか?」
「じつは、ちょっと良くない夢を見て」
千舞は希華に、夜の遊園地にいた事、抜けられない列の事、不気味なオバケ屋敷と、
ピエロに「次は君の番」と言われた事を話した。
「どう考えても普通ではありません」
「いや……ていうかわたし……その話、知ってるかも」
「えっ」
希華は菊乃を見る。
菊乃は、オバケ屋敷のウワサを話し始めた。