希華達は、子供達の舌を奪うオシエテさんという霊を倒す。
オシエテさんは自分の子供を勉強させるために問題を出していた母親の霊で、
死んだ後もその執着から子供達に問題を出し続けていた。
彼女は別の霊から力を借りて強くなっていたが、十狼太に食べられて消滅する。
流のクラスメイトの一人はオシエテさんに舌を奪われて入院していたが、
舌を取り戻して感謝するのだった。
土曜日の事だった。
「わたし、人間のふりして遊園地に行きたい」
千舞が希華とリュウと遊園地に行くために服を選んでいると、
リリー人形がいつものように千舞の髪を梳かしながら、ぽつりとそんな事を言い出した。
「人間のふりするってどうやって?」
「ちぃちゃんが力を貸してくれたら、わたし、人間と同じサイズになれるもの」
「え! そうなの!?」
千舞が驚いて振り向くと、リリー人形は少しもじもじしていた。
「呪いの人形って色んな種類があるでしょ?
髪が伸びる奴とか、歩き回る奴とかは有名だけど、
人間と同じように成長する呪いの人形もあるんだから」
「わたし、どうしたらいい? いつもみたいに呪文言ったらいい?」
「ちぃちゃんの髪の毛、ちょっともらっていい?」
「ブラシについてる奴でいいの?」
「うん」
リリー人形は千舞の髪の毛を一本取ると、それをぱくりと口に入れた。
「それから?」
「わたしに向かって、おまじないをかけてほしいの。『大きくなーれ』って」
「そんな事で、大きくなれちゃうの?」
「なれるよ! ちぃちゃんは生け贄の血筋だもの!」
千舞は霊に狙われやすいが、それは彼女の魂が霊にとって大きな力になるかららしい。
彼女はまだ半信半疑だったが、リリー人形の手を取り、目を閉じて祈った。
「ちぃちゃん、見て!」
元気よく名前を呼ばれて、千舞は目を開ける。
そこには、千舞と同じくらいの身長になったリリー人形が立っていた。
「す……凄い! 人間みたい!」
「凄いのはちぃちゃんよ! ビックリしちゃった! まさか本当にできるなんて!」
「え!? どういう意味!?」
「いやあ、ちょっと言ってみただけで
『なーんちゃって、できませんでしたー』ってなると思ってたんだよね」
リリー人形は惚けた調子でそう言った。
肌の質感は陶器のようで、表情もぺたっとしていて動かないが、
千舞と同じサイズというだけで人間に似ていた。
「これって、どれくらいの間大きくなっていられるの? ずっと?」
「髪の毛一本なら、夜までが限界じゃないかなぁ……」
「あ、そういう感じなんだ。じゃあ……」
千舞はブラシをじっと見た。
ブラシの細い毛に、千舞の髪が何十本も絡まっている。
「これ、いる?」
「いらなーい。小さいサイズに戻れなくなったら面倒くさいもの」
「あ、そっか」
「それより早くお出かけしよ!」
リリー人形は、千舞の手を握って引っ張った。
「わたし、ずっとこうやって、ちぃちゃんと手を繋いで歩きたかったの!」
「こ、これは……」
「なんでリリー人形が大きくなってるんだ!?」
待ち合わせの駅前につくと、希華がライフルを構え、流が驚いた。
サングラスとマスクで顔を隠すと、リリー人形はひらひらの服を着た人間にしか見えない。
「どうやったんだ? オレはそんなおまじない教えてないけど」
「何か良からぬ事を……」
「リリー人形が言った通りにしただけ。髪の毛をあげて、おまじないして」
「それが危ない事だって、思いませんでしたか?」
「危ないって、何が?」
「何がって……リリー人形は魂絡繰であります。
力を与え過ぎたら、ちぃを傷つけるかもしれないのであります」
「そんな事しないよ。友達だもの」
「千舞殿を呪った事もあります! 忘れたわけではありませんよね?
リリー人形にマネキンにされて、隠世に閉じ込められそうになった事」
リリー人形と千舞の出会いは最悪で、
リリー人形は千舞とずっと一緒にいたいという気持ちが強すぎて、
千舞を隠世に引っ張り込んで、マネキンに変えて着せ替え人形にしようとした事がある。
「あれは、リリー人形なりの優しさだったって知ってるでしょ? それに、今のリリー人形は、ちゃんと何がわたしにとって一番いいか、わたしと一緒に考えてくれてるもの」
「ちぃ。どんなに分かり合えたと思っても、リリー人形は人間じゃない。
信じすぎるのは危ないんだ」
「自分も、いつかサクリエルとは別れるのであります」
「じゃあ、リュウ君は十狼太さんの事どう思ってるの? 信じてないの?
一緒に悪い霊やっつける仕事してるのに」
「信じてるよ。でも警戒はしてる」
「そんなの、信じてるうちに入らないと思うけど」
「……お互いに考えが違うのであります」
千舞がぷいと顔を背けると、彼女の頭の上に柔らかい物が乗っかってきた。
「なーにむくれてんだよ」
「十狼太さん……!」
「人間と魂絡繰の関係なんて、これくらいがちょうどいいんだ。
オレだって、いつリュウに祓われてもおかしくないって思ってるからな」
「……そうでありますね」
「まあオレは、リュウだってお嬢ちゃんの事言えねぇと思うがな」
流はきょとんとして、「なんでオレが?」と十狼太に聞き返す。
「リリー人形が人間になりたかったのは、リュウのせいだからな」
「どういう意味だ?」
「昨日、リリー人形に『生き物だった事がない』って言っただろ?」
「あれはバカにしたわけじゃないって説明したじゃないか!」
十狼太は鼻で笑った。
「あぁ、よかったよな。
リリー人形が『だったら生き物になってやる』って思わないタイプの魂絡繰で。
千舞を食って人間に成り代わろうなんて思いもしないで、
髪の毛一本もらって人間ごっこするだけで満足してる」
「に、人間に成り代わる……?」
千舞は驚いて十狼太に聞き返した。
「魂絡繰って、人間になれるの?」
「別に魂絡繰に限った話じゃねぇよ。人間になりたがってる選中は大勢いる。
人間に取り憑いて、その人間のふりをしようとする霊もいる。
死んじまった事に耐えられないで、どうにかして生き返ろうとするんだ。
オレだって、なろうと思えば人間の姿になれる」
「えぇ!? い、いつものモフモフした感じじゃなくて!?」
「人間に化ける動物の昔話はよくあるだろ?」
「あ、あるかも……」
「ツルの恩返し、狐の嫁入り、でありますね」
「っていうか、なんでリリーは何も言わないの!? 疑われてるのに!」
「え? だってわたしが黙ってたら、
ちぃちゃんがいっぱいわたしの事かばってくれるから、黙ってた方が楽しいなって」
「な、なにそれ……! 怒ってないの?」
「まぁ、ちょっとくらいはムッとするけど……
リュウの心配はもっともだから、怒らないでいてあげる。
わたしだって、わたし以外の魂絡繰がちぃちゃんに同じお願いしたらぜーったいに止めるもの」
「え? そうなの?」
「当たり前でしょ!」
リリー人形が、ずいと千舞に顔を近づけた。
希華は、ふむと顎に手を置く。
「ちぃちゃんは優しすぎなの!
わたしはそんなちぃちゃんが好きだけど、世の中には悪い奴もいっぱいいるんだからね」
「えー……リリーの事庇ったのに、
リリーにまで責められるなんて、なんか納得いかないなぁ……!」
千舞が半泣きになると、リュウが小さく噴き出した。
希華は相変わらず、真面目な顔だ。
「ちょっとリュウ君! なんで笑うの!? 助けてよ、希華さん!」
「そんな感じでありますから」
「あ、ごめん。けど、なんか……そうだな。
オレが警戒しすぎだったのかもって気がちょっとしてきた。ごめん、ちぃ。あとリリー人形も」
「あら? いいの? そんなに簡単に信用しちゃって。
実は裏では、ちぃちゃんを食べようと企んでるかもよ?」
「そしたらオレが祓うだけだから」
「……千舞殿!」
「え? 何?」
希華が言うと、ぐいと、誰かが千舞の服を引っ張った。
彼女のワンピースの裾が、不自然にピンと伸びている。
どうやら、千舞のスカートを、何か――無数の手が引っ張っているようだ。
手は地面からたくさん生えている。
「う、うわ! わたし、引っ張られてる!」
千舞はぐいと、道路の方に強く引っ張られる。
希華も不意を突かれてしまい、たくさんの手の襲撃を受けてしまう。
「不意打ちでありますか……!」
希華は銃を構えながらたくさんの手を睨みつける。
「だったら倒すまでだ! おらっ、おらっ、おらっ!」
十狼太は爪を振るい、たくさんの手を薙ぎ払う。
希華は銃を構えてたくさんの手を撃つが、鞭のように希華をたくさんの手が叩く。
流は木刀で薙ぎ払ったが、まだたくさんの手は蠢いていた。
手は希華を引きずり込もうとするが、希華は銃で攻撃を防ぐ。
そして、流が木刀で薙ぎ払って全ての手を切り裂いた。
「ちぃちゃん! 大丈夫!?」
リリー人形が、地面に倒れた千舞を助け起こしてくれた。
「う、うん。何とか。今の、なんだったの……?」
「銃が効いた?」
「分からない……けど、強い霊の気配は感じなかった。……十狼太」
希華と流は、訳が分からないという感じで十狼太を見た。
「何か感じたか?」
「いや、何も。……あちこち雑霊はいるけどな」
「今のが雑霊? 人間を引きずるほど力があったのに?」
「そういう事になるな」
千舞は立ち上がって、ワンピースの汚れをぱたぱたとはたいた。
すると、リリー人形が「あ!」と声を上げた。
「ちぃちゃん、服が……」
霊に掴まれたところに、赤黒い手形がついている。
「これ、血……?」
「うっ」
「酷い! これからお出かけなのに!」
「気にするところってそこかなぁ……?」
殺されかけた事よりも、服を汚された事の方が、リリー人形にとっては我慢ができないらしい。
「しょうがないよ。でも、途中で着替えを買いたいかも」
「それ大賛成! わたし、ちぃちゃんのコーデ選びたい!」
リリー人形がはしゃいで飛びはねる。
その間、希華と流はじっと道路を睨んでいた。
道路の真ん中では、いくつもの手が地面からにゅっと生えて、「おいでおいで」をしている。
「まだ元気に動いてんな……」
「あれって、わたし以外の通行人も襲うのかな……? だとしたら戻っておいたら危なくない?」
「だな。――ちょっと脅しかけとくわ」
そう言って、十狼太が威嚇するように唸ると、
「おいでおいで」は隠れるように、すーっと地面に吸い込まれていった。