希華、千舞、流は、千舞の足が動かなくなった原因を探るために隠世に向かう。
そこで彼らは、千舞の足を奪ったとされるリリー人形と対峙する。
しかし、千舞は突然見知らぬ声に呼ばれ、その声の主に引き寄せられてしまう。
流と希華は千舞を助けるために、彼女が再び自分達の名前を呼ぶのを待つ。
千舞は気を失いながらも、彼らを信じて待つ事を決意するのだった。
「さて、千舞殿を探さなければなりませんね……」
希華はふむ、と顎に手を置いて言った。
千舞は何者かにさらわれたが、彼女がどこにいるかは、この隠世では分からない。
無闇に進むと道に迷うため、慎重に進むしかなさそうだ。
「集堂殿、千舞殿はどこにいるか分かりませんか?」
「ちぃの気配……ちぃは、どこにいるか……」
流は精神を集中し、千舞の気配を探った。
十狼太もその鋭い嗅覚で微妙な空気を感じ取り、千舞を探していく。
やがて、三人は目的の通路を歩くが、その通路は今にも崩れそうな煉瓦で組み上がっていた。
「ここはこういう風に通った方がいいのであります」
流と十狼太が希華の言う通りに道を通ると、通路は崩れずに済んだ。
「やるじゃないか、お嬢ちゃん」
「これくらい、余裕であります」
三人が屋敷の中を歩いていくと、目の前に巨大なマネキンが立っていた。
十狼太はにおいを辿ってマネキンをかわして先に進む。
だが、三人が進んだ先は無数のマネキンが完全に塞いでいて、迂回するしかない。
「な、なんでこんなにマネキンがあるのであります……?」
「多分、ちぃを探そうとしてるオレ達を足止めするためだろう」
「それでじょーちゃんが呪われたら、もう手遅れだな」
ごくりと、希華は唾をのむ。
もし、自分達が隠世を攻略している間に、千舞が呪われたとしたら……。
希華は首を左右に振って、そんな考えを払拭しようとした。
「集堂殿っ……!」
突然、周囲の光景がぐにゃりと歪むと、三人は別の場所に飛ばされてしまった。
幸い、三人に怪我はなかったものの、
通路には無数のマネキンが倒れていて、どかさなければ先に進む事ができない。
「まさかこんなにマネキンがあるとはな。……どかすか?」
「やってみるしかないのであります。自分は、力仕事、苦手ですが」
「ああ、どかすしかないだろう」
何とか三人で協力して全てのマネキンをどかした後、希華は背後を振り返る。
「……これ、動きますか?」
「分からん……だが、できるだけ離れた方がいいだろう」
「じょーちゃんを早く助けなくちゃな!」
希華達は早足になり、千舞を探すのだった。
一方、テレビの音で千舞は目を覚ました。
仰向けに寝転がったまま、首だけで辺りを見回すと、知らない家のリビングにいるようだ。
床に転がっていたせいか、千舞は腰や頭がズキズキ痛んで苦しい。
テレビの明かりでぼんやりと見える壁掛けカレンダーの日付は、
何十年も前の、1990年になっている。
「……あれ? わたし、足がある!」
気を失う前まではなかったのに、ちゃんと足が生えている。
不思議に思いながら、千舞はそろりそろりと立ち上がり、
テレビの光を頼りに、薄いリビングを出た。
廊下には電気がついていなくて、真っ暗だったが、
少しずつ目が慣れてくると、少しだけ周りが見えるようになってくる。
先程までいた洋風の屋敷と違い、この家は、よく遊びに行く友達の家という感じだ。
「おーい、リュウ君、希華さん……? いるのー?」
―しーん
返事はない。
「リュウくーん! 希華さーん!」
千舞は、さらに大きな声を出してみた。
ギシ……何かが軋む音がして、千舞はぎくりとした。
千舞は恐る恐る二階に上がる。
廊下の突き当たりに人影があった。
しかし、流にしては大きすぎるし、真っ白で服を着ていない。
壁の方を向いて立っている、大人のマネキンだった。
洋服売り場などでよく見るマネキンだが、それが家の中にあるのも意味が分からず、
その手に大きなキャンピングナイフを持っているため、ますます不気味だ。
千舞は非常に嫌な予感がして、下の階に戻ろうと、くるりと方向転換する。
だが、その時――
―ギシ
足元で、廊下が軋んだ。
千舞は心臓が飛び出しそうになって、咄嗟にマネキンの方を振り返る。
先程までは壁の方を向いていたマネキンの顔が、千舞の方を向いていた。
マネキンはナイフを持った腕を持ち上げると、
関節をギシギシ言わせながらゆっくりと歩き出した。
千舞は咄嗟に、すぐ傍のドアに飛び込んで、震える手で鍵をかけた。
次の瞬間、どん、と大きな衝撃があって、
ドアを貫通してきたナイフの刃が、千舞の頬を少しだけ切った。
マネキンが、外からドアにナイフを突き刺したらしい。
「いやぁぁぁぁぁぁっ!」
千舞は悲鳴を上げてドアから離れ、何かにつまずいて転んでしまう。
床に、様々なおもちゃが散らばっていた。
壁にはクレヨンで描かれた絵が貼ってあるため、恐らく子供部屋だろう。
だが、誰もいない。
千舞は腰が抜けて上手く立てず、床を這ってどうにか膝立ちになると、
ふと、千舞の腰くらいまで高さのある、大きなドールハウスが目に入った。
布張りの豪華なソファの上には、ピンクのドレスを着たリリー人形がゆったりと座っている。
千舞は立ち上がってドールハウスに駆け寄ると、リリー人形を抱き上げ、揺さぶった。
「どうしてこんな事するの? あなたがわたしを呪ってるの?
あのマネキンも、あなたが動かしてるの!?」
リリー人形は答えない。
ガチャガチャ、ガチャガチャ、部屋のドアノブが激しく回されて、
せっかくカギをかけたドアは、今にも壊されてしまいそうだ。
千舞はリリー人形を放り出して、クローゼットに逃げ込む。
それと同時に、バキッとカギが壊れる音がして、マネキンが部屋に入ってきた。
千舞がクローゼットの隙間から、じっと部屋の様子を見ていると、
マネキンは彼女を探すように、部屋の中を行ったり来たりしている。
よく見るとマネキンのナイフは赤黒く汚れていて、ぽたぽたと血が滴っている。
悲鳴を上げそうになるのを、千舞は堪えた。
声を出してはいけないからだ。
もしも声を出したら、千舞がここにいると気づかれる。
「おーい、どこだぁ? いるんだろう? 一緒に遊ぼう」
―バン! バン! バン!
マネキンが、クローゼットを叩いた。
まるで、中に千舞がいると気づいているように。
千舞はクローゼットの内側から、必死にドアが開かないように押さえた。
返事をしてはならないと、千舞は自分に言い聞かせる。
千舞がじっと黙っていると、急に静かになった。
マネキンが、クローゼットのドアを叩くのをやめたのだ。
「あっそ。遊びたくないなら、かーえろ」
マネキンはそう言って、部屋を出ていった。
千舞の心臓はドキドキと脈打っている。
それから、どれくらい待っただろうか。
部屋の外から、大きな声がした。
「おーい! 誰かいないか!? 警察だ! 助けに来たよ!」
「――ここです! ここにいます!」
千舞は警察が助けに来てくれたのだと思い、クローゼットから飛び出した。
部屋から廊下に走り出ると、相変わらず辺りは真っ暗で
、廊下の向こうに、先程の白いマネキンが立っている。
ナイフを手にしたマネキンは、目も鼻も口もないのにニタリと笑っているように見えた。
どうやら警察のふりをして、千舞が返事をするように仕向けたらしい。
「ヤッパリ、ソコニイタ」
マネキンがナイフを振り上げて、千舞に向かって走り出した。
「いやああああああああああああああああ!!」
千舞は悲鳴を上げて階段を駆け下り、玄関に向かって全力で走ると裸足のまま外に飛び出した。
その、瞬間。
「ぱんぱかぱーん! 生還おめでとーう!」
甲高い女の子の声が響いて、眩しいほどの光が降り注いだ。