とある少女の呪物回収(ノロイアツメ)   作:アヤ・ノア

5 / 36
~前回までのあらすじ~

希華達は千舞を探すため、屋敷の罠をかいくぐりながら先に進む。
一方、千舞は見知らぬ家で目覚め、自分の足が戻っている事に気づく。
しかし、彼女はナイフを持ったマネキンに追い詰められ、その恐怖から逃れるため家を逃げ出す。
その瞬間、千舞は少女の声と共に眩しい光に包まれ、現実世界に戻るのだった。


4~人形の魂との邂逅

 千舞の全身が、嫌な汗でぐっしょりと濡れていた。

 はあはあと呼吸を整えながら、千舞は目の前でニコニコしている、

 彼女と同じくらいの大きさの人形を見た。

「……リリー人形?」

「そう! ビックリした? 驚いた? 怖かった?」

 リリー人形は、興奮した様子で手足を振り回した。

 明るい笑顔や、派手なピンク色のドレスは、

 この夢の世界には非常に不似合いで、千舞は安心するどころか不気味に感じる。

 千舞はリリー人形をほとんど無視して、ぐるりと辺りを見回した。

 パステルカラーの、華やかなティールームだ。

 丸く白いテーブルがあり、その上にはお菓子がたくさんある。

 千舞はそのテーブルの周りに並べられた座り心地の良い椅子にリリー人形と並んで座っている。

「どうなってるんだろう?

 さっき、マネキンに追いかけられて家から飛び出してきたところなのに。

 それに……またわたしの足がなくなってる! これ、どういう事……? どうなってるの?」

「あのねぇ、さっきちぃちゃんが見たのは、わたしの思い出なの。

 ちぃちゃんの足が戻ったわけじゃないの」

「思い出? あんな怖い思い出なんて……!」

「聞きたい?」

「き、聞きたくない!」

「じゃ、話すね」

 人形は、千舞の言葉を聞く気がないように、勝手に思い出を話し始めた。

 

 昔々、かなちゃんという女の子がいました。

 お父さんとお母さんが忙しくて、かなちゃんはいつも独りぼっち。

 だけどある日、かなちゃんにはお友達ができました!

 そう! このわたし! リリー人形です!

 お母さんがリリー人形を、

 お父さんがドールハウスをプレゼントしてくれて、かなちゃんは大喜び。

 まるで妹ができたみたい!

 かなちゃんは毎日、リリー人形に話しかけました。

「おはよう」

「今日もかわいいね」

「何して遊ぶ?」

「おやすみ、あしたも遊ぼうね」

 知ってる? 人形って、話しかけると魂が宿るんだって。

 わたしはどこかのおもちゃ会社がたーくさん作った、

 どこの家にでもあるようなリリー人形だったけど、

 かなちゃんが話しかけてくれたから、特別な、たった一つの存在になれたの。

 さて、そんなある日です。

 その日もかなちゃんは、家で一人でお留守番。

 夜になっても、お父さんもお母さんも帰ってきません。

 わたしと一緒にテレビを見ていると、ギシ、ギシ……二階から音が聞こえてきます。

 誰だろう? かなちゃんは二階を見に行く事にしました。

 そこに強盗が待っているとも知らずに!

 ナイフを持った男の人が廊下に立っている事に気がついて、

 かなちゃんはクローゼットに隠れました。

 わたしをぎゅっと抱きしめながら、「助けて、助けて」って、

 心の中で神様に何度も何度もお願いして。

 だけど、神様は助けてくれません。

 かなちゃんが持ってるのは、何の役にも立たないリリー人形だけ。

 そして、かなちゃんは殺されてしまいました。

 警察だ、助けに来たよって言葉に騙されて、返事をしてしまったせいで。

 

「どう? とっても怖い話だったでしょ?」

 リリー人形は、にっこりと微笑んだ。

「強盗はね、かなちゃんをからかって遊んでたの。怖がって、逃げ回るのを見て楽しんでた」

「そんな、ひどい……」

「うん……でもね。だからこそ、もしかしたら、本当は逃げられたのかもしれないなって。

 さっきのちぃちゃんみたいにさ。

 でも、強盗に追いかけられてる最中に、大事なものを落っことして、

 拾おうとして立ち止まって……間に合わなくなっちゃった」

 リリー人形は悲しそうに俯いた。

 子供部屋にあったリリー人形のドールハウスは、

 そんなに広くない部屋に不釣り合いなほど大きくて、

 床に散らばっているおもちゃも全て人形用の服や家具だった。

 “かな”にとって、リリー人形がどんなに大事だったのかあの部屋を見ただけで千舞は分かった。

 強盗に襲われても、“かな”はリリー人形を置いては逃げられなかった。

 そうして、“かな”は強盗に殺された。

「……前の持ち主が強盗に殺されたから、あなたは呪いの人形になっちゃったの?」

「わたし、ちぃちゃんの事が大好きなの」

 千舞が首をかしげると、リリー人形は明るい笑みを向けた。

「ねえ、わたし達の出会い、覚えてる?」

「で、出会い……?」

「倉庫の奥で、独りぼっちで、誰にも気づいてもらえなかったわたしを、

 ちぃちゃんが見つけてくれたの、覚えてる?」

 リリー人形は身を乗り出して、千舞の答えを待っている。

 千舞が何度か頷くと、リリー人形は満足そうに頷いた。

「感動的な出会いだったわよね。

 ちぃちゃんは、迷わずわたしを抱き上げて、あの暗い倉庫から連れ出してくれた。

 嬉しかったなぁ……」

 千舞の父は、おもちゃ会社の社長だ。

 家の庭には二階建ての大きな倉庫があって、

 そこにはいつも、様々なおもちゃがたくさん入っている。

 探検するたびに置いてある物が替わるので、月に一度程度、千舞は家の倉庫に忍び込んでいた。

 そこで見つけたのが、このリリー人形だ。

 倉庫の床に、ポツンと座り込んでいるこの人形が、

 千舞にはとても寂しそうに見えたため、彼女は迷わずリリー人形を連れて帰った。

 盗聴器やカメラなど、怪しいものは何も仕掛けられておらず、

 晴れてリリー人形は千舞の友になった。

「そんな風に思ってくれてるなら、どうしてわたしを呪ったの?」

「だって足が動かなくなれば、ちぃちゃんはずっとわたしと一緒にいてくれるでしょ?

 どこにも行かないで、誰とも遊ばないで、わたしとだけいてくれるでしょ?」

「そんな理由!? 酷い!」

「酷いのはそっちじゃない」

 千舞が怒ると、リリー人形は微笑んだ。

「大きくなったら、ちぃちゃんもわたしの事を捨てるでしょ?

 古くなったから、もういらないって。ネットで誰かに売っちゃうかも。

 それか、倉庫の奥に入れたまま、もう見つけてくれないかも」

「そ、それは……」

「わたし、そんなの嫌なの。愛してほしいの。ずっと一緒にいてほしいの。

 わたしだけのお友達でいてほしいの」

―キラキラ、キラキラ

 リリー人形が千舞を見る目は、眩しいくらいに輝いている。

 彼女は、ぎゅっと千舞の両手を掴むが……。

 

「そんな事、できないよ……」

 千舞は首を左右に振った。

「色んなところに遊びに行きたいし、友達だってたくさんほしい。

 あなただけの友達になんてなれない」

 リリー人形は、期待していた答えがもらえず、傷ついたように俯いた。

 千舞の手を握る手に、痛いくらいの力がこもる。

「じゃあ、しょうがないね」

 そう言って顔を上げた時、リリー人形は先程までと全く違う、

 ぞっとするような不気味な笑みを浮かべていた。

 三日月形になった目の中は真っ黒で、耳まで裂けた口の中には、鋭い牙がずらりと並んでいる。

「お友達になれないなら、お人形にしなくっちゃ」

 かくん、と。

 リリー人形の首が真横に倒れた。

 生きている人間では絶対にできないような、その動きが不気味で、

 千舞は慌てて立ち上がろうとする。

 しかし、足がないのに、立ち上がれるはずがなく。

「逃げられないよ。ちぃちゃんの足はわたしが持ってるんだから」

 リリー人形は、ニタニタと笑いながら、ティールームの壁を指差した。

 そこには、膝から下だけのマネキンの足が二本飾ってある。

 あれは、千舞の足だ。

「返して! わたしの足、滅してよ!」

「だぁーめ。ちぃちゃんはわたしのお人形になるの。ほら、見て。もう腕も人形になっちゃった」

 リリー人形の言葉に、千舞は震え上がった。

 全身が、ガクガクと震える。

 震えるのに、自分の意思では、指の一本も動かす事ができない。

 全身が、動かない。

「こ、れ……何、が……」

 目だけを動かして、千舞は自分の体がどうなっているのかを見ようとした。

 リリー人形に握られている千舞の手は、白くてつるつるとした、マネキンの手になっている。

 手首も、きっと服の中も恐らくそうだろう。

 首から下の全てが、人形にされてしまったのだ。

 リリー人形はご機嫌で、鼻歌交じりに立ち上がると、

 千舞を椅子ごと部屋の中央まで引きずっていった。

「どうしようかな、どうしようかな。ちぃちゃんはどんなお人形にしようかな」

「ねぇ、友達になるから! お願い、こんな事やめて!」

「首から上だけ残しておいて、お喋りできる人形にしようかな?

 でも、友達になる、なんて心にもないウソを言う悪い子だから、

 頭も人形にして着せ替え人形にしちゃおうかなぁ!」

 だんだん、千舞は息ができなくなってくる。

「助けて……! お願い、助けて!」

 千舞は泣き出していた。

 リリー人形はそんな彼女を抱きしめて、大事な人形にそうするように頬ずりをしてくる。

「怖がらないで。人形になっちゃえば、何も怖くないし、悲しくないよ。

 わたしがずーっと可愛がってあげる。

 綺麗な服を着せて、お茶会ごっこして、たまーに八つ当たりで壁に叩きつけたりして!」

 リリー人形はケタケタと高笑いする。

 千舞はもう、唇まで人形に変わってしまって、喋る事ができない。

 

(……助けて、リュウ君、希華さん!)

 千舞が心の中で叫んだ、その時だ。

 ティールームの窓ガラスが、一斉に何かに撃たれたように穴が空いた。

 千舞とリリー人形は、その衝撃で吹き飛ばされ、床に倒れてしまう。

 しかし、床に倒れた千舞を、誰かが抱き起こしてくれた。

 

「悪い、遅くなった」

「あんなに敵がいるなんて信じられませんでした」

 流と、銃を構えた希華だ。

 千舞は安心しすぎて、また泣き出してしまう。

 すると流は大慌てで、まだ人形になっていない千舞の目元を指で何度も拭ってくれた。

「もう大丈夫。大丈夫だから。ちゃんと聞こえてたよ、ちぃの声」

「触らないで!」

 吹き飛ばされたリリー人形が、黒い目と、裂けた口で叫んだ。

「わたしのちぃちゃんに触らないで! 触らないで! 触らないで!!」

 リリー人形が一声叫ぶたびに、その体はみるみる大きくなっていく。

「まったく、千舞殿への執着心が強すぎるのでありますね!」

 希華は呆れながら、リリー人形に銃身を向ける。

 頭が天井につくほど大きくなると、

 リリー人形は天井からぶら下がっていたシャンデリアを掴んで千舞達に投げつけた。

 希華は銃をシャンデリア目掛けて撃つと、シャンデリアは僅かに宙に浮いた。

 そして十狼太が全身の体毛を、怒った猫のようにざわざわと逆立てて、

 大きくなったリリー人形を睨んでグルグルと唸り声を上げた。

「リュウ。想像以上だ。あの人形、オレと同格の呪力がある。ちと、本気出さねぇと厳しいぞ」

「問題ない。【呪核】は見えてる」

「えーと……手っ取り早く終わらせるのであります!」

「行くぞ、十狼太、希華!」

 流は、千舞の体を片手で軽々と抱き上げると、十狼太の背中に飛び乗った。

「呪言をもって命じる! 呪術封緘……解!」

 流の金色の目が、きらりと光って「解」の文字が浮かび上がった。

 それと同時に、十狼太の体が、みるみる大きく膨らんでいく。

 先程までは二本足で歩いていたが、今は完全に狼の形だ。

 流は千舞を抱えたまま、象のように大きくなった十狼太の背中に跨っている。

 希華は銃を構えて弾丸を撃つが、リリー人形は希華の攻撃をかわす。

 流が刀でフェイントをかけた後、十狼太は二回、リリー人形を爪で切り裂いた。

「ソリッド・バレット!」

 希華が放った銃弾がリリー人形に命中し、その隙に十狼太はリリー人形を投げ飛ばし、

 リリー人形は転倒する。

「リュウ! 【呪核】はどこだ!?」

「右目の奥! 頭を噛み砕け!」

「やめて! やめて! やめて! やめて!」

 リリー人形は悲鳴を上げる。

 十狼太は、人間を何人も丸呑みにできそうなほど大きな口をガバッと開けて、

 リリー人形の頭を噛み砕いた。

 こちらの耳が痛くなるような悲鳴が上がって、

 リリー人形の目や口から、ダラダラと黒い水が流れる。

 噛み砕かれた頭の中に、キラリと光る透明な球が見えた。

「十狼太、希華、ちぃを頼む!」

「了解であります!」

 流は、十狼太の背中に千舞を置いて走り出す。

 希華は銃を構えて距離を取り、リリー人形を撃つ。

 そして流がリリー人形の頭の中に飛び込むと、刀を透明な球に突き刺した。

「六根清浄! 俯仰天地に愧じず!」

「やめてぇえええええぇ!」

 リリー人形の叫び声があまりに大きく、ティールームの壁に罅が入ってバラバラと崩れ始めた。

 千舞がきつく閉じた目を開くと、そこは彼女がマネキンに襲われた、

 あのドールハウスがある子供部屋だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。