流、十狼太、希華はリリー人形を倒し、千舞を救った。
しかし、リリー人形は千舞を守るために彼女を呪ったと明かす。
千舞の家系である御神楽家は生贄の血筋で、魂絡繰に狙われやすいという。
リリー人形は他の魂絡繰から彼女を隠し、守るために千舞を呪ったのだ。
それを知った千舞はリリー人形を友達として受け入れ、一緒にいる事を選ぶのだった。
「ところで千舞殿、さっき三年前に怪我をしたって言いましたよね。
どうしてなのか、自分に分かりやすく教えてほしいのであります」
希華が千舞に、彼女が怪我をした理由を問いただした。
リリー人形から千舞を助けた後、流は千舞が三年前に怪我をしたと言っていた。
希華はそれが気になって、問いただしたのだ。
千舞は「いいよ」と言うと、希華に事情を話した。
あの事件が起きたのは、今から三年前の夏休みだった。
千舞の母が死に、千舞の父も忙しく、千舞は「早く大人にならなくちゃ」と一生懸命だった。
そのため、千舞はあちこちを探して、
わざと「子供は近づいちゃいけません」と言われている場所を選んで遊んでいた。
もちろん、今はそんな危ない事はしていないが、
その時は「危ない事をするのが大人への近道」だと思い込んでいた。
その日も千舞は、呪いアパートの貯水タンクを見に行くために、朝から大張り切りだった。
しかし、呪いアパートの前で泣いている流と、
彼を囃し立てている五人くらいの男の子を見つけて、千舞はぽかんとしてしまった。
「呪いがウソだって言うなら、一人で貯水タンクまで行ってこいよ!
それで、中を覗いて帰ってこい!」
五人の中で最も体が大きい、リーダーらしき男の子が流を突き飛ばした。
流は転んで、声も出さずに泣きながら、ふるふると首を左右に振る。
「ねぇ、あなた達。今すぐいじめをやめないと、わたしのお父さんがここに来るからね」
千舞はそう言いながら、流が転んだシーンから撮影した、スマホの動画を突きつけた。
男の子達はあれこれ言い訳しながら、大急ぎで逃げていく。
「逃げるくらいなら、最初からいじめなんてしなきゃいいのに」
千舞はそう言って、転んだままぼんやりしている流の手を掴んで、
立ち上がるのを手伝ってあげた。
「大丈夫? ケガしてない?」
「うん……ありがとう。でも、危ないよ」
「え?」
「動画撮っても、スマホを取り上げられて、壊されてたかもしれないし。
怒ったあいつらに殴られてたかも」
「うーん、そうかも。……でも、無視はできないでしょ?」
「じゃあ、大人を呼ぶとか」
「大人が来る前に、あなたがケガさせられちゃったら意味ないでしょ? 大丈夫!
だって、もしスマホを壊されたりしたら、
あの子達のおこづかいがなくなるまで、一生弁償し続けてもらうから!」
「あはは……そっか。それ、いいね」
流はくすくす笑って、服の袖でごしごしと涙を拭う。
「ねぇ、あなた、呪いがウソだって言ったの? それでいじめられてたの?」
「うん」
「どうしてウソだって思うの?」
「だって呪いアパートの噂って、貯水タンクに落とされた子供が溺れ死んで、
その霊が子供を貯水タンクに引っ張り込むって奴だろ?」
「そう、それ!」
「バカバカしいよ。貯水タンクを覗き込むと、水面に自分の顔が映るんだ。
でも暗くてよく見えないから、身を乗り出しすぎて落っこちる。
そういう事件が続いたから、呪いアパートなんて噂になっただけ」
「そっかぁ!」
呪いの真相がわかって、千舞は大喜びした。
「あなたって物知りなんだね! ねぇ、他の怖い噂についても、詳しく知ってたりするの?」
「まあ……うん。詳しいよ」
「すごい! ねぇ、お友達になってくれる? わたし、御神楽千舞。
みんな、ちぃって呼ぶから、あなたもそう呼んでいいよ」
「オレはリュウ。流れるって書いて、集堂流」
その日から、千舞と流は親友になった。
流と千舞は、毎日公園で待ち合わせして、色んな心霊スポットに行った。
千舞が怖い噂を聞かせると、
流は必ず「それは、実はこういう事で、全然オバケとは関係ないんだよ」と教えてくれた。
そうやって怖い噂の正体を知るたびに、
千舞は一つずつ大人になっていく気がして、嬉しかったし、楽しかった。
「でもリュウ君って、オバケは信じてないのに、怖がりだよね。
暗いところで大きな音とかすると、すぐにわたしの手を引っ張って、泣きながら逃げ出すし」
千舞がからかうと、流は、恥ずかしそうに真っ赤になる。
「人が少ないところには、悪い大人がいるかもしれないだろ?
大きな音がしたら、とりあえず逃げるべきだよ!」
「そうかなぁ?」
「それより、今日はどこに行くの?」
「えーっとね。H坂の途中にある、オバケ廃墟!」
「そこはダメだ」
流が急に怖い声を出したので、千舞は非常に驚いた。
今まで流は、どこにだってついてきてくれたはずだが。
「どうしてダメなの?」
「そこは……危ないんだ。オバケじゃなくて、悪い大人が出る」
「大丈夫だよ。まだ朝だし、誰かがいたらすぐ逃げれば」
「ダメだよ。オレは行かない。違うところにしよう」
「じゃあいいよ。わたし、一人で行くから」
「ちぃ、ダメだよ! そこは本当に危ないんだ!」
千舞は流が止めるのを聞かずに、オバケ廃墟までどんどん歩いていった。
オバケ廃墟は、上るのが大変なほど急なH坂の、ちょうど真ん中くらいにある。
ずらりと並んでいるビルのうち、子供達がオバケ廃墟と呼んでいるビルだけが、
窓に全て新聞紙を貼ってあって、柵もパイプも茶色く錆びている。
学校でも有名な心霊スポットで、オバケ廃墟だけで怖い噂が百個くらいあるほどだ。
破けた新聞紙の向こうから、誰かがこっちを見ていたとか。
夜に誰かがおいでおいでをしていたとか。
イタズラで中に入った子供がいなくなったとか。
流と探検するうちに、怖い噂は全てウソと信じられるようになってからは、
オバケ廃墟も大丈夫なはずだと千舞は思った。
オバケ廃墟は、昼間なのにとても暗い。
外から見ても、その周りだけ暗く感じるくらいだ。
三階建てのビルで、壁は灰色のコンクリート。
ドアはなくなっているのに、中は真っ暗で何も見えない。
入り口には鎖があり、「立ち入り禁止」の紙が、お札のようにずらっと並んでいる。
千舞は、その鎖を乗り越えて、中に入った。
窓を全部新聞紙で塞いでいるせいで、光が全く入ってこない。
そのため、千舞は窓の新聞紙をバリバリとはがした。
これで、少し光が入ってくる。
千舞がぐるりと見回すと、大きな木の板や鉄パイプが、壁に立てかけてあるのが分かった。
段ボール箱も五箱くらい積み上げてあるが、中に何が入っているのかは分からない。
千舞は段ボール箱の中が気になって、足場になるものがないか、きょろきょろ辺りを見回した。
その時だ。
「ちぃ! 待ってよ、オレも行くから!」
後から追いかけてきた流が、ぎゅっと千舞の手を握った。
「ちょっと見るだけだよ? 一階だけ少し見て回って、すぐに帰る。二階や地下には行かない」
「怖いなら、来なくていいのに」
「このビルの噂、知ってるだろ?」
「色々ね。子供がいなくなっちゃうとか」
流はごくりとツバを飲む。
「それ、ほんとなんだよ。ここには、人さらいが住んでるんだ。
気に入った子供を連れ去って、コレクションにしちゃうんだよ」
「そんなのウソ。じゃあ、なんで警察に捕まってないの?」
「――人間じゃないから」
千舞は流を見るが、流は千舞を見ていなかった。
じっと、まっすぐに、床の黒いシミを睨みつけている。
「呪いやオバケなんてウソだって、言ってたじゃない」
「ほとんどは、ただの作り話だよ。でも、ウソじゃない事もある。
呪いも、オバケも、本当にあるんだよ」
じわじわ、じわじわ、オバケ廃墟に暗さが戻っている。
千舞は急にドキドキと鳴り始めた胸をぎゅっと押さえて、窓の方に振り向いた。
先程、千舞が新聞紙を剥がして、光を取り入れた窓。
「……嘘。どうして?」
剥がした新聞紙がひとりでに集まって、どんどん窓が塞がっていく。
あっという間に、オバケ廃墟は真っ暗になった。
隣にいるはずの流の顔すら見えない。
「逃げよう。見つかった……!」
流がそう言って、千舞の手を引っ張った。
千舞は流に手を引かれるままに、無我夢中で走り出す。
―ガラガラガラ!
鉄パイプが崩れる音がして、千舞はとっさに流を突き飛ばした。
「リュウ君! 危ない!」
―がつん!
鉄パイプが千舞の頭にぶつかって、千舞は倒れてしまう。
その足を、誰かが掴んだ。
「ちぃ! ちぃ、大丈夫!?」
流の声は、千舞のすぐ正面から聞こえてくる。
つまり、千舞の手を掴んでいるのは……。
「ちぃ! 立って! 走って!」
流は泣きながら、千舞の上にのしかかっている、重い鉄パイプをどかしてくれる。
千舞は足をバタバタさせて、彼女の足を掴んでいる、
見えない誰かの手を振り払って立ち上がった。
流は千舞の手を掴んで、オバケ廃墟の出口を目指して走る。
ずっと、彼女のすぐ後ろから、誰かが追いかけてくる気配がしていた。
立ち止まったら肩を掴まれて、オバケ廃墟の中に引っ張り戻されそうで、
千舞は振り返らずに必死に走った。
オバケ廃墟から飛び出して、H坂に出て、H坂を下りても、千舞達は走り続けた。
人がたくさんいる公園に戻ってきて、ようやく千舞と流は走るのをやめて、
へたへたとその場に座り込む。
そして、悲鳴が上がった。
公園に集まっている子供達の親が、千舞と流を見て大騒ぎする声だった。
「あなた! どうしたのそのケガ!?」
「え……?」
「ちぃ、頭から血が出てる」
「あ……多分、鉄パイプがぶつかった時の……」
千舞が頭を触ると、温かくてぬめっとする。
しかし、そんなに痛くないし、ちょっと切ったくらいだと思った。
だが、公園の大人達がざわざわしているのは、頭のケガのせいだけではなかった。
千舞の足首に、くっきりと、人の手の形にアザが残っていたからだ。
千舞の父に連絡が行って、救急車が呼ばれて、
病室には警察までやってきて、本当に大騒ぎになった。
流は救急車に乗る千舞を見送りながらずっと「ごめんね、ごめんね」と謝りながら泣いていた。
どんなに探しても流はどこにもおらず、流をいじめていた男の子達を見つけて話を聞いて、
やっと海外に引っ越したと教えてもらえた。
「……というわけ。だからリュウ君は、わたしを守るために戦う事になったんだよ」
「へぇー、そういう事でありますか。自分も、頑張らなきゃいけませんね」
希華は千舞からオバケ廃墟の思い出を聞いて、頷いた。
彼女は部外者だったが、千舞と流の力になりたいと思うのだった。