アビドスの黒い鳥   作:全智一皆

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第一章「いつかの日常」

 

■  ■

 時間は数年前に遡る。

 場所はアビドス学区。季節は冬に入り、白く淡い雪がぱらぱらと曇天から降り落ちている。

 もはや砂に侵略されつつある学校―――アビドス高等学校のグラウンドで、アビドス高等学校の制服であるシャツの上に黒いジャケットを着た少年が、銃を構えた少女と対峙していた。

 少年の名前は、小鳥遊(たかなし)ワタル。

 このアビドス高等学校に在校している3年生であり、アビドス生徒会に所属している男子生徒だ。

 それに対峙する様に立っている少女の名前は、小鳥遊(たかなし)ホシノ。

 彼の実の妹であり、このアビドス高等学校において彼と並んで重要かつ強力な戦力として数えられている生徒である。

 

 この光景だけを見れば、まるで……と言うか、完全に兄と妹が銃を構えて殺し合う場面以外の何者でもありはしないのだが、その表現は少し異なると言わざるを得ない。

 別に彼と彼女の間に殺意は無いし、殺し合うつもりもない。今から行うのは、あくまでも朝のウォーミングアップ。要するに、軽い運動だ。

 それ以上の事はない。決して殺し合いなどではない。断じて、だ。

 

「……!」

「―――」

 

 例えそれが、兄妹という血の繋がった関係の相手に容赦なく鉛玉を放とうものであろうとも、しかし殺し合いではないのだ。

 ワタルはストライクプレートと呼ばれるオプションパーツが付けられた拳銃(ハンドガン)を、ホシノは『Eye of Horus』という名前のコンバーティブルショットガンを構え、その引き金を躊躇無く引き、それを合図として戦闘を開始する。

 

 一声も始まった銃撃戦の先手は、若干の差こそあるがホシノが取った。

 散乱する小さな銃弾。初速において凡そ人の目では見切る事も出来ないであろうそれを、しかしワタルはさも当たり前の如く見切り、容易く回避する。

 バンッ、と。回避と同時に引き金を引き、銃弾を発射する。研ぎ澄まされたナイフの様に鋭い狙いに則り、ホシノの脳天―――否、鼻腔を銃弾は走った。

 

「くっ!」

 

 苦しむ声を上げながらも、ホシノは僅かな動作だけで必死の攻撃を躱す。

 間一髪。あと少しでも反応が遅れていたならば、あの銃弾は確実にホシノの鼻腔を捉え、その意識を断っていた。

 

「……」

 

 睨む様に自らの兄を警戒しながら、地面を蹴って、短く宙に浮いて大きく距離を離す。

 離した距離にして約16m。前を向いていた訳でも身振りをした訳でもないにも関わらず、平然と叩き出されたその数値は、想像以上のものだ。しかし、それでも―――まだ間合いだ。

 死中の地に彼女は立っている。この程度の距離ならば、ワタルは呆気ない様に距離を詰めて来る。それを彼がしないのは、ひとえに実の妹を警戒しているが故である。

 

()()様子見か……。いつもそうだ、兄さんなら直ぐに攻め切れる。それなのに攻めて来ない……)

 

 このアビドス高等学校に入学し、兄と訓練をする様になってから既に数年。

 それだけの訓練を重ねれば、嫌でも分かる。―――兄が自分を相手にして、本気ではない事に。

 ぎりっ、と奥歯を噛み締める。ふつふつと腹の底で湧き上がる怒りで冷静さを欠けそうになる。

 自分は未だ、兄に認められていないのか―――と。

 

「気を抜くな、ホシノ」 

「ッッッ!!!」

 

 静かだが、どこか鋭さを持った声に、思わず身を強ばらせる。

 紅い目――――――まるで夕焼け色の空を思わせながらも、無機質さが籠った瞳がホシノを捉える。

 構えもせず、しかし握り締めた銃を手放しもせず―――小鳥遊ワタルは、一歩踏み出す。

 それを、ホシノは許しはしなかった。

 

「…っ!」

 

 バババッッッ!!!! と、銃声が連続する。

 それは、もはやショットガン(散弾銃)と言うよりはマシンガン(機関銃)と言った方が正しいだろう。そう表現せざるを得ない程の連射が、ワタルの五体へと襲い掛かった。

 咄嗟の判断というか、無意識的な行動と言うか。ワタルの一歩が、ただ前に踏み出すというだけのその行為が、しかしホシノの第六感に危険信号を発信させた。だからこそ、近付けさせない為の連射だった。

 それにしては、ホシノの射撃は正確だった。胸元、足首、腕関節、顔面、腹部。ショットガンの連射によって発生する強烈なリコイルを制御し、それらの部位に的確に全弾狙いを定めていた。

 だが―――

 

「遅い」

「なっ…!?」

 

 それら全て、躱されていた。

 既に距離は詰められ、もはや眼前に敵が構えている状態だ。これでは銃は使えない、どうやっても撃つ事など不可能だ。

 距離を取る? いや、それこそ愚行にして愚考。距離を取ろうとした瞬間に撃たれて終わる。

 ならばすべき事とは何か? 答えは単純―――格闘戦だ。

 

「チッ!」

「まだ遅い」

 

 股ぐらを蹴り上げる様にして、鋭い蹴りを放つ。が、片手で止められる。

 するりと膝の関節に手を加えられ、ぐっ、と力を込められて振り上げられれば、たったそれだけでホシノの体が宙に舞った。

 

「くっ!」

 

 逆さになった体でも、しかしホシノの戦意は決して消える事はなく、片手で地面を掴み、空いた足でワタルの顔面へと蹴りを穿つ。

 チッ、と靴先がワタルの頬を掠る。だが、直撃はしなかった。僅かに首を動かして、ワタルはそれを躱した。

 そして―――

 

「ホシノ」

「前々から思っていたが、蹴りをするならせめてスパッツを履け。それでは下着が見える」

 

 と、手を離さないまま、無表情に言った。

 

「……」

「…………」

「………………」

「……………………なっ、はっ、はァァァァァァァ!?!?!?!?!?!?!?!?!?」

 

 朝早くから、キヴォトス最高の神秘とも評される少女の絶叫が響き渡った。

 

 

 

 

「ありえないありえないありえないありえないっ、ほんっっっっっ当にありえないッッ!!!!!!!」

「ワタルくん……流石に今回は庇い切れないよぉ……」

 

 アビドス高等学校、生徒会室。

 その部屋の中で、顔を真っ赤に染めて激怒しているホシノに若干怯え気味なのは、このアビドスの生徒会長にしてワタルと同級生の少女―――梔子(くちなし)ユメ。

 普段ならばホシノの実の兄に対する冷たい口調と態度から、たった一人のお兄ちゃんなんだからそんな言い方はいけないと諌める事が多い彼女だが、事の顛末を聞いては流石に庇い切れずにいた。

 

「……忠告しただけなんだが」

「その忠告の仕方が有り得ないと言っているんですッ! 言うにしてもあの状況で言いますか!? しかも私の足を掴んだまま! 私の、その……し、下着を見たまま!」

 

 ホシノの制服はスカートである。

 決して短いとは言わないが、しかし長いとも言えない。相手を蹴るつもりで足を上げたならば、中身が見えてしまうくらいの長さだ。

 当然、実の兄を蹴るつもりで足を上げたホシノの下着―――もう特に隠そうともしないのならばパンツは、見えても何ら不思議はない。

 実の兄であるとは言え、自分のパンツを見られるなど恥ずかしい以外の何ものでもありはしなかった。

 

「しかも、前々からって事はずっと見てたんでしょ!? 変態っ、気持ち悪い! 本っ当にありえないっ! 最低です!」

「(洗濯で)見慣れている。何ら問題はない」

 

 違う、そうじゃない。言葉が足りない。

 そんな言い方では、誤解が発生してしまうではないか。

 

「見慣れてるって、えぇ!? やっぱりホシノちゃんとワタルくんって、そういう感じ!?」

 

 ほら見た事か。うんざりした様に、ホシノは声を荒らげて否定する。

 

「違います! 洗濯物の話をしているだけですから! というか、やっぱりって何ですか!? 私がこんな人と!? 先輩まで気持ち悪い事言わないでくださいっ!」

「……とは言え、やはりスパッツか何かを履くべきだ。機能性が良いものを見繕って……」

「自分でやるから! 何時までも子供扱いしないで、クソ兄貴!」

「……そうか」

 

 少年は、表情を変えなかった。

 だが、何処か嬉しそうではあった。

 それがその日常に対するものなのか、はたまた自らの妹が反抗的になっている事に対するもなのかは、まだ彼女達には分からなかった。

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