【月村手毬】
メッセージを送る。これで何件目だろうか。一切、既読はつかない。手毬は寮の自室で、スマホをぼんやりと眺めている。
プロデューサーがいなくなった。
そう、いなくなったのだ。きっかけは、彼女も分かり得ない。昨日まで普通に話していたプロデューサーと連絡が取れなくなったのだ。
「はあ……」
手毬は何度目かのため息をつく。
この日の日中は、すべてプロデューサーを探すために奔走した。プロデューサーの同級生や、あさり先生を始めとする教職員に相談した。しかし何一つとして情報は得られなかった。
通知が一つ来る。とうとう来たか!と思ってすぐに見るが「花海咲季」と通知上部に書いてある
内容は『大丈夫?無理しないでよ?』と、いつものテンションとは違い、心から心配しているようだった。
返信しようと手毬は思ったが、手がそのようにうごかない。返信する気力すら出てこない。
ぼんやりと、そして少しづつ増大していく不安な気持ちに押しつぶされそうになりながら、机に突っ伏すようにして睡魔に襲われていった。
──
翌朝、彼女はいつも通りに支度し、登校した。
今日は来ているかもしれない、そういう淡い希望を抱いているというのもあるが、もしプロデューサーが帰ってきたときに、いつも通りにレッスンができるように、いつかえってきても大丈夫なように、最低限のことはやりたいというのが彼女の思いだった。
「おはよう……ございます」
帰って来るかわからない挨拶をする。
プロデューサーとの共同で使っていた部屋には、誰もいない。
今日も来なかったと、落ち込む気持ちもあったが、それでもやるべきことはやらないと、というある種の強迫観念的なものに突き動かされるように、その足で部屋を後にした。
──
日中は、最初の方はいろいろな人から心配そうな表情をされたが、自慢の「本音とは違う言葉を言う」という能力が発揮したお陰で、なんとか過ごすことができた。
放課後は本来は一人でレッスンをする予定だったが、学園の人がプロデューサー──彼の寮の部屋を開けるということで、何か手がかりがないかと探すことにした。
足早に教室を後にしてから、駆け足でプロデューサー寮に向かった。
5分もしないうちに伝えられた部屋にたどり着き、扉の前で直立不動になった。
今まで一度も踏み入れたことのない彼の部屋に入るのを少し躊躇った。なぜか「怖い」ことを知ってしまうかもしれない、というのが頭に浮かんできていた。しかしそんなことは考えないように頭を軽く振ってから、ドアノブに手をかけた。
部屋は、アイドル科の使っているものとほぼ同じ作りであり、ほとんど見慣れているはずなのに、彼女はプロデューサーの部屋には少し不気味さを感じた。
生活感がまったくないのだ。
キッチンや風呂場は新品同様で、ほぼ未使用の状態で保存されているままだった。
冷蔵庫には何一つ入っておらず、ベッドはシワなくぴっちりと揃えてあった。
まるで【彼はこの世界で、この部屋で生活をしていない】と思ってしまうくらいには生活感がなかった。
唯一生活感のあるデスクにはノートや書類が開きっぱなしになっていて、ノートにはびっしりと細かくレッスンやライブの予定について書き込まれている。
手毬はそれをおもむろに手にとる。その時、ノートに挟まっていた一枚の紙が抜けて落ちる。
その紙には【月村手毬を最高のアイドルにする!】と毛筆で、決意表明のような形で書いてあった。時折彼がノートを睨むようにして見ていたのは、これのことかもしれない。少し合点がいった。しかし、それを何処かに張り出すのではなく、持ち歩けるようにノートに挟んでいたのは彼らしいなと、手毬は思った。
それと同時に、心臓をぎゅっと掴むような苦しさが彼女の全身を襲う。
ノートを胸に抱えたまま、その場にへたり込む。いっぱいになったコップから水が溢れ出すように、悲しさ、不安、喪失感、ありとあらゆる灰色の感情がぐるぐると彼女の身体を渦巻くように循環し、表にでようとしてくる。
発声をするのはこんなにも難しかったのかと錯覚してしまうくらいに、声を絞り出すようにして、ようやくまともな大きさになり、部屋全体に響き渡るように口を開く。視界が滲んで、膝に水滴が何粒も垂れ落ちる。
「こんな私でもプロデュースしてくれるって言ってたのに……プロデューサー、戻ってきてよ」
その言葉は、皮肉にも彼のの前ではほとんど言えなかった【本音】であった。