Blue Archive 〜藍の外典〜   作:roimi_mark2

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 注意:これから語る物語(Tale)には、ブルーアーカイブにおける重大なネタバレが含まれています。未プレイ勢の方、ネタバレを避けたい方は、この序曲を読み飛ばしてくださっても結構です。
(読み飛ばしても問題ないようになっています)

 また、本作品全体を通して稚拙な文章や、作者の独自設定が余すことなく登場します。それでも受け入れてくれる方は、どうぞ読み進めてください。





「この物語を朗読する者と、それを読んで、その中に書かれていることを想像する者たちは幸いだ。何せそれは、自分と『物語(Tale)』とを引き剥がす行為なのだから。」





 ー「藍の外典」語り部(Teller)からの初めの言葉よりー








Vol.0 :外典の始まり(プロローグ)
序曲:親愛なる 始まりの███へ


 

 

 

 

 

 それは、どこから始まっていたのか。

 

 一体どこから、変わってしまったのか。

 

 

 透明で、鮮やかな色彩を湛えていた学園都市。

 

 良くも悪くも騒がしい、キヴォトスの日常。

 

 円環を持つ少女達と、1人の大人が創る物語。

 

 正しく"青春"と呼ぶにふさわしい、奇跡と絆に彩られた「青の正典(ブルー アーカイブ)」。

 

 

 

 

 

 それらが途絶えたのは、いつだっただろうか。

 

 

 

 

 

 止まった時計を見やり、支度する朝。

 

 かつて笑いあった学友の姿を重ねる通学路。

 

 他愛のない会話を交わした、ボロボロの教室。

 

 くすんだ灰の降る、冷ややかな夜。

 

 

 それらを五感で感じる度に、思い出すものがある。

 

 

 聡く、仲間思いで、誠実だった後輩達を。

 

 

 冷静で暖かく、人をよく見ていた同級生を。

 

 

 のんびり屋で、その実誰よりも大人な先輩を。

 

 

 明るく、人の弱さに寄り添える心を持つ親友を。

 

 

 

 そして、私たちに手を差し伸べてくれた救世主(メシア)を。

 

 

 

 ……でも、その手が私たちに向けられることは無い。

 

 

 救世主(メシア)はもう、動くことは無い。

 

 

 かくして、奇跡と青春を紡ぐ物語は、

 誰にも語られずに静かに幕を下ろした。

 

 

 

 語りきれないほどの悲劇も、

 

 そこに至るまでの多くの喜劇も。

 

 誰にも知られないまま、静かに朽ちていく。

 

 

 

 嗚呼、なんて惨い物語(Tale)なんだろう。

 

 一体どこで、こんな未来になってしまったのか。

 

 

 暁に囚われ、破滅が始まったあの時だろうか。

 

 

 仮面を被ったあの人が、ここに来た時だろうか。

 

 

 条約と共に失落した、あの事件の時だろうか。

 

 

 

 

 

 それとも、あの"大人"が来た時だろうか。

 

 

 

 

 

 ……違う。

 

 ……違う。違う。

 

違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。

 

 

 

 

 

 …………………………違う。

 

 

 

 

 

 …………本当は、とっくにわかってる。

 

 変わってしまったのはきっと、あの瞬間。

 

 あの瞬間に、この未来は決まったんだ。

 

 

 

 黒く濁った、正典のなり損ない。

 

 あらゆる悲劇の出発点。

 

 

 その元凶は…………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パパンッ!! 

 

 

 何かが破裂する音をきっかけに、少女の意識が戻ってくる。うたた寝をしていたような、フワフワとした感覚。そんな状態だと言うのに、心の奥底で蠢くモヤモヤとしたものだけは、気味が悪いほど明確に感じ取れる。しかし、それを気にしていられたのも束の間で。

 

 

 

『先生、お誕生日おめでと──ー!!!!!!』

 

 

 

 次の瞬間には、それらを掻き消す程の大合唱と拍手の音が部屋中に響き渡っていた。

 

 

 

 

 

「ん。先生、改めてお誕生日おめでとう」

 

 "███もありがとう。なんかこうしてみんなに祝われるの、やっぱりちょっと恥ずかしいや"

 

「でもそれだけ、先生がみんなに慕われてるってこと。先生はもっと誇るべきだと思う」

 

 

 誕生日席に座らされ、色んなパーティグッズを被せられる先生を見て、少女は静かに笑みを零す。ここはD.U シラトリ区の外れにある、連邦捜査部『S.C.H.A.L.E(シャーレ)』が入るビル。今日は目の前の先生の誕生日を祝おうと、多くの人がこの場所に集まっていた。

 ゲヘナ学園、トリニティ総合学園、ミレニアム・サイエンススクール、そして──アビドス高等学校。様々な学校の生徒が入り乱れるこの光景は、学校が"国家"としての様相を持つ学園都市キヴォトスにおいても、早々見れるものではないだろう。これこそ、『シャーレ』が紡いできた絆の奇跡といえる。

 そもそも『シャーレ』は、キヴォトスを取りまとめる連邦生徒会──そのトップだった連邦生徒会長が、突如として失踪した際に残した謎の独立組織だった。あらゆる場所での戦闘行為が認められ、各学校への干渉でさえ容易にできる超法規的機関。それが『シャーレ』だ。

 しかしその強大な力故、力の使い方を誤ればキヴォトス中に大混乱を巻き起こしかねない。そんな組織の責任者としてキヴォトスにやってきたのが、今目の前で恥ずかしそうに頬をかく大人の女性だった。

 

 

「あっ、先生! ███良い髪型を思いついちゃったから、ちょっと先生で試してみてもいーい?」

 

 "え〜〜? いいけど、髪の毛抜いたりしちゃダメだよ? "

 

「あっははっ! 流石にそこまではしないよ〜」

 

 

 そう言うやいなや、彼女は先生の背中に回り込むと、後ろで結んであった亜麻色の髪を解いてそのまま弄り始める。しかし結んであった分、開放された先生本来の長髪に苦戦しているようで、少々呻くような声も聞こえてきていた。

 

 

「いやぁ〜、いつ見てもすごいねぇ。先生、その髪のお手入れいつも大変じゃない?」

 

 

 こちらの様子を見ていたのか、遠くのソファーで眠っていた███先輩が声をかけてきた。███先輩も先生に負けず劣らずのピンクの長髪だから、年頃の女の子として気になっているんだろう。

 

 

 "うーん。お手入れって言っても、シャンプーを気にしたり、しっかり乾かしたりするぐらいだし……。むしろ最近忙しかったから、あんまりしっかりできてないかも"

 

「忙しいって、先生はいつも忙しそうだよ?」

 

「ん、今も目の下のクマがちょっと濃い。お化粧しててそれなら即刻休むべき」

 

 "大丈夫だよ。今日の分の仕事は死ぬ気で終わらせたから、今は全力でのんびりするよ"

 

 

 "まぁ、その後が地獄なんだけどねぇ"

 ボソリと先生がそう呟くのを、少女の耳は聞き逃さなかった。事実、先生の仕事量はとても多い。少女を始めとする生徒達が当番として代わる代わる先生の仕事を手伝っているが、それでも紙の山が低くなることは少なかった。むしろ山が高くなることの方がザラで、先生も放っておけば徹夜上等で片付けようとするため、今日みたいに目元のクマが濃い日が大半だ。

 しかし今回の様子は、普段のものより数倍酷く見えた。『シャーレ』の──と言うよりかは先生の性格上、生徒からの支援要請や、困った人を見かけると直ぐに首を突っ込んでいく癖がある。もちろんこれは彼女の美徳ではあるが、それと同時に弱点でもあるのだ。だからきっと今回も、そういう類のことが起きたんじゃないかと考えていた矢先。

 

 

「ま、みんなのお察しの通りだよ〜。ただ今回はちょっと大きめなものだったから、先生も中々疲れが抜けてないんだと思う」

 

 

 少女の考えを肯定するように、背後から声が聞こえてくる。くるっとそっちの方を見れば、そこには白に身を包んだ少女が、ジュースの入ったコップを片手に歩いてきていた。

 

 

 "そういうなら、██もそろそろ休暇を入れた方がいいと思うんだけど……。いくらシャーレ専属とは言え、土日返上で仕事してもらうのは……"

 

「私は大丈夫です! 書類仕事はちょっとダメですけど、外回りの小さな支援くらいなら全然行けますし、それで先生の負担を減らせるのであれば一石二鳥? ってやつですよ」

 

 

 そう得意げに言って胸を張れば、彼女の腰から生える一対の大翼がパタパタとはためく。穢れを知らない銀髪や、星々が輝いて見える2重の円環(ヘイロー)。それらにマッチした白い連邦生徒会の制服なども相まって、まるで古いお話に出てくる天使のような姿だった。

 彼女の名前は、████。つい最近シャーレに配属され、先生のボディガード兼お手伝いを担う少女だ。誰にでも分け隔てなく接し、そのやや浮世絵離れした姿やボディガードとしての実力から、『██████』というあだ名まで着くくらい既に親しまれている。しかしその経歴は不明で、どこの学園に所属していたか……何をしていたのかは誰も知らない……。というのが、一般的に(……)言われていることだ。

 でも少女たち──アビドス高校のメンバーは知っている。『██████』になる前の彼女を。ヘルメットを被り、少女とも何度も戦い、その度に笑顔で帰っていく後ろ姿を……。

 

 

 

「それで〜、結局先生は何してたの? 噂でトリニティの生徒と水着で集まってたなんて話も聞いたんだけど〜?」

 

 

 

 しかしそんな懐かしい記憶も、突如告げられた情報に強制的にシャットアウトされる。

 今、なんと言った? 

 生徒と水着姿で集まっていた……? 

 

 生徒と? 

 

 水着で? 

 

 

 

 "███…………それ一体どこで………………"

 

「あははっ! 先生の顔、今とっても面白いことになってるよ〜!! あはっ! あははっ!」

 

 

 まさに顔面蒼白。冷や汗を流しながらそう問いかける先生を見て、耐えきれないとばかりに笑う███。そして案の定、周囲の温度が徐々に冷えていくような感覚に陥る。先程までの和気あいあいとした雰囲気はどこへやら、今この場にいるほぼ全ての生徒の視線が、話の主である先生へと集中しているのだ。

 ある者はジトッとした視線を送り、 またある者は光を失った目で見つめている。またまたある者は顔を真っ赤にして今にも何か叫び出しそうだ。だが少女の隣に立つ騎士様だけは、いまいち何が起きてるのか分からないと言った表情だ。

 

 

「うわぁぁぁぁん! この面のボスが全然突破できません!! 先生! ███のクエストに助っ人に来て欲しいです!!」

 

 

 そろそろ室温が氷点下になるかと思われた中、テレビゲームに夢中になっていたミレニアムの子が悲鳴にも近い声を上げる。どうやらプレイ中のゲームでなにやら行き詰ってしまったらしい。それを聞き付けた先生は一瞬パッと顔を綻ばせると、「今行くよ〜」と言ってから、いそいそと椅子から立ち上がってテレビの方へと向かった。

 

 

「…………逃げたね」

 

 

 誰かがそう呟いたのを皮切りに、冷えきっていた部屋がいつもの調子に戻り始める。一瞬だけこの部屋が爆発するかもと危惧したが、結果は杞憂に終わった。

 ちなみに、先生の髪の毛は███に弄られたままだ。頭頂部でクリスマスツリーのように仕上げられた先生の髪をみて、███はついに過呼吸寸前になるまで笑い転げていた。

 

 

「にしても、先生も大変だねぇ。まさか水着で集会なんて噂を流されるなんて」

 

 

 空気の変わったタイミングを見計らって、███先輩が口を開く。そう、さっきのもあくまで噂だ。先生は生徒を導いてく存在なのに、どうしてそんなことをしているのか。普段の先生の生真面目さを知ってる身からすると、突拍子にも程があるものだった。

 しかし、さっきの話は全く突拍子のない話でもない。実際、先生の噂に関しては色々なものが出回っているし、その中にはさっきのと似たようなやつもいくつかある。

 

 やれ、メイドの生徒を連れ回しているだとか。

 やれ、シャーレの地下には秘密の部屋があるとか。

 やれ、生徒の足にしゃぶりついたことがあるとか。

 やれ、夜な夜な奇妙な声が聞こえるだとか。

 

 上げ始めるとキリがないけど、その多くはあくまで噂だと言われている。少女も先生のことは信頼してるし、そんな事をするような人ではないと信じている。

 ……いや、もしかしたらするのかもしれない。先生は時々様子がおかしくなる時があるから。

 

 

「ん……やっぱりウワサはホンモノ……?」

 

「……まぁ、先生もエデン条約絡みのことで最近忙しかったし、多少の奇行は大目に見てあげて欲しいな〜というのが、私からの感想だね」

 

 

 そう零す██の目は、どこか遠い所を見ているようだった。そんな██とは対照的に、███先輩はすっと辺りを見渡すと、何か納得したように頷いてから口を開いた。

 

 

「エデン条約かぁ。なんだかゲヘナやトリニティの人が思ってたより少ないなと思ってたけど、もしかしてそれ絡みだったりする?」

 

「そうですね〜。一応両校ともエデン条約を目前に控えているので、あまり刺激を増やしたくないのが本音みたいです。その代わりと言ってはなんですが、祝電とかお祝いのお手紙が届いたりしてますね」

 

「おぉ〜! もしかしたら、その中に██ちゃん宛のものもあるかもよぉ? ██ちゃんの人気は、今うなぎ登りみたいだからねぇ」

 

「ひぇっ、それはそれでなんか怖いです。というかむしろ、今トリニティからのヘイトがスゴイんですよね……。ちょっと紆余曲折あって、あっちの生徒会長をぶん殴っちゃったんで……」

 

「わっ、結構大胆なことするね。おじさん普通にびっくりしちゃった」

 

 

 そんな会話を続ける███先輩と██。それを眺める少女はと言うと、少しモヤモヤしたものを抱えていた。先程も感じていた、言葉に言い表せない、少しむず痒いような感覚。それがなんなのが分かるより前に、██の水色の瞳と目が合う。

 

 

「███ちゃん、大丈夫? 体調悪い?」

 

「ん……? いや、そんなことは無いけど」

 

「そっか……。なら良かった。なんだか一瞬、███ちゃんがすごく苦しんでるように見えたから」

 

 

 そう語る彼女の表情は、慈愛に満ちた優しい表情だ。きっとその表情で、その声で、色んな人を助けてきたんだろうと分かる。彼女から溢れる安心感は、まるで優しく包まれるように身体に染み渡る。それはまるで母親からの抱擁のような、心から安心できるものだった。

 だからなんだろう。一定数、彼女に堕ちる(……)人がいるのは。その優しさを受け取ったのがきっかけで、彼女に夢中になる人がいる。『██████』というあだ名も、もしかしたら堕ちた人たちから広まっていったのかもしれない。

 しかし現実は残酷だ。当の本人にはその気なんて全くないし、悪意なしの善意100%の行動。もし仮に堕ちてしまっても、彼女に振り向いてもらえるかは未知数なのだ。しかも当人に自覚がないのが、この問題をより難しくしている。1度この話をした時、先生は苦虫を潰したような表情を浮かべていた。だが実際は先生も同じくらいのクソボケ度合いだ。全く人の事を言えたものでは無い。

 

 

「もし何か辛いことがあったら、いつでも言ってね。███ちゃんのためなら、私なんでもできるから」

 

 

 そう言ってにこやかに微笑むと、██はすっと少女の傍を離れて、別の人の所へと向かう。その後ろ姿を眺めていると、不意に███先輩が大きなため息をついた。

 

 

「はあ……██ちゃんも罪な女だねぇ。そこら辺は先生とそっくりだよ」

 

「ん、あれを攻略するのは骨が折れそう」

 

 

 そうボヤく少女を見て、███先輩は何か少し驚いたような表情を浮かべる。それを見た少女が首を傾げていると、やれやれと言った様子で███先輩が再び大きなため息をつく。

 

 

「はあ……██ちゃんも大変だねぇ」

 

 

 そう呟く███先輩。

 何か憐れむような視線を向けられたような気がしたが、今の少女にはあまり分からなかった。たださっきの██の言葉で、あのむず痒い感覚の正体に辿り着く。大勢の人、徐々に熱を帯びる空気感。そして何より、███先輩や██、大切な仲間達との最高の出来事を共有している。

 

 

 そう、その感情は、

 

 抱えきれないほどの『███(しあわせ)』────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────……………………。

 

 

 目が覚めた…………、そう言うべきだろうか。時間にしたら一瞬の"追体験"だったが、まるで甘い夢を見た後のようだった。だが瞼を開けようとするも、視界は相変わらず暗いまま。即ち、この現状は夢でもなんでもない、間違いなく現実であった。全身が軋むような不快感や、雨が体を打つ感覚も、これが現実であることを告げている。

 

 

「…………先生、大丈夫?」

 

 

 急に立ち止まった大人を心配してか、少し先を歩いていた狼の少女が心配そうに寄ってくる。気遣いのできる、優しい娘だ。大丈夫だよと伝える代わりに彼女の頭を撫でてやれば、垂れていた狼耳が少しだけ元気を取り戻す。そして手を離してやれば、「……無理はしないでね」とだけ呟いて再び先を歩き始める。

 その姿に先程の記憶が重なり、感じなくなったはずの痛みがじわじわと蘇ってくる。とても、とても優しい娘だった。仲間を想い、学校を想い、忙しい日々を強かに生きる普通の生徒。それが彼女だった。それをこうなるまで何もせず、あまつさえ幸せな記憶(思い出)奪う決断をした(・・・・・)のがこの大人だ。それでも自分(おとな)を慕ってくれる少女を見て、大人は何を思うのだろうか。

 一向に動き出す気配のない大人。先を行く少女は心配そうにそれを見つめていたが、再び大人の方に戻ってくると、苦しそうな表情で大人に問いかける。

 

 

「先生、どうしてあれが必要なの? わざわざミレニアムまで行かなくても、方舟ならあっちの方を使えば……」

 

 

 そう提案する彼女の視線は、沈黙する大人の背後へと向けられている。その視線の先、学園都市キヴォトスの中心地区とも言えるD.Uシラトリ区は、まさに地獄の様相を呈していた。建物は全て崩れ落ち、辺り一面は全て炎に包まれ、現状に抗う人々の悲鳴さえ聞こえてこない。かつての活気が嘘だったかのように、全てが為す術もなく崩れていく。

 そしてその上空。曇天が覆う空の下で、3隻の黒鋼がその地獄を見下ろしていた。その3隻はまるで踊るようにサンクトゥムタワーの周囲を泳ぎながら、時折「瞳」らしき機構を瞬かせる。するとその視線の先で爆発が起こり、再び炎の柱が立ち上った。そう、彼女(・・)たちこそが、この地獄を作った元凶。今もキヴォトスの全てを焼き尽くさんと、破滅を齎す瞳をギョロギョロと動かしている。

 しかしそんな彼女達もまた、救済を執り行う『方舟』だ。ならばこれから向かう先にあるものよりも、『箱の主』である大人が彼女たちを統制した方がリスクは少ない。そう少女は提言するが、大人の持つタブレットから発せられた声がそれを否定する。

 

 

《否定。あの方舟はそもそも建造目的が違うため、「玉座」の起動には適していません。仮に起動しても、数分程しか維持できないと推測》

 

「そっか……。なら仕方ないね」

 

 

 少女の言葉を否定する無機質で機械的な声。それは彼女がAIであることの証明であるが、その実体が浮かべる表情は、目の前の少女と同じ暗いものであった。

 大人を補佐する身でありながら、今の大人を救う術を持っていない少女。今の彼女には、大人の目と耳となり、大人の目的のために手助けをすることしかできない。彼女にとって、それは何よりも歯がゆく、悔しいものだった。

 それを聞いた狼の少女も納得したのか、表情をさらに沈めながら先へと進んでいく。それを見た大人も表情を変えることなく1歩を踏み出し、少女の後を追って行く。そうして2人と1人の旅路は、しばらく続くことになる。そして歩き始めてからしばらくたった時、沈黙を保っていたタブレットの少女が緊張した声色で告げた。

 

 

《周囲に敵性反応が多数。しかし、まもなく旧ミレニアム自治区に入ります。ここは交戦を推奨》

 

「ん…………」

 

 

 その声に答えるように、狼の少女の銃を持つ手に力が入る。右手には黒塗りのアサルトライフルを、そして左手には、同じく黒色の小さなハンドガン。それらを構えながら、少女は背後の大人にスっとハンドサインを送る。

 それを見た大人はゆっくりとした動作で、手元のタブレットから戦闘支援システムを起動させる。すると狼の少女の持つ円環(ヘイロー)が淡く発光し、彼女の思考に様々な情報が流れ込んできた。敵の数、そして配置。大きな攻撃の予兆や、敵への有効打に至るまで。戦場の全てを網羅するような全能感を感じながらも、少女たちの表情が綻ぶことは無い。

 

 

《敵性個体数、24。識別名「眷属」。目標が射程内に入ると同時に突撃し、そのまま掃討戦に移行します》

 

「ん……わかった」

 

 

 タブレットの少女が大人の言葉を代弁し、狼の少女もそれに頷く。それと同時に前方から薄汚れた白磁を纏った人型が、隊列を組みながらこちらに向かってきているのが見えた。それは、全員が統一されたデザインを持つ機械人形(オートマタ)。使えるべき主を喪った機械達が、侵入者を排除すべく接近する。対してこちらは動かずに、相手が来るのを待つ構え。そして相手がこちらに向けまた1歩踏み出したその時、少女たちが動き出した。

 

 

《目標、射程内に接近。これより戦闘を開始します》

 

 

 その言葉を皮切りに、狼の少女がオートマタの群れへと一直線に突っ込んでいった。オートマタ達は僅かに動揺を見せるも、向かってくる銀狼に向けて直ぐに射撃を開始する。しかし少女はそれらを全て躱すと、敵の集団のど真ん中に躍り出た。

 そこからは周囲を薙ぎ払うように射撃する。アサルトライフルの乱射とハンドガンによる精密射撃によって次々と倒れるオートマタ。彼らも反撃を試みるも、自分の向かい側の味方を誤射するリスクを恐れ、射撃命令を下せずにいる。そう躊躇っているうちにどんどん数が減っていき、そうして数分もしないうちにオートマタ部隊は全滅したのだった。

 

 

《戦闘終了。こちらの損耗は軽微。目的地まであと30km程、一度休憩を推奨します》

 

 

 タブレットの少女が状況を伝える中、大人は1人前へと進み始める。その様子を見た狼の少女も、より表情を陰らせながら、自分を追い抜いていく大人の背中を見つめていた。

 

 

「…………先生、ごめん。……ごめんなさい」

 

 

 雨音に掻き消されるほどの、小さな謝罪の言葉。それが聞こえているのかいないのか、大人は誰よりも先頭を、ゆっくり、しかし確実に進んでいく。それは何を思ってのことなのか、その言葉に何を想うのか。それに答える声はなく、大人はただただ前へと進んでいく。

 

 

 

 

 

 その身体を贖罪と神秘に蝕まれながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




▽███
 トリガーとなった少女。
 まだ幸せな夢は覚めていない。

 ▽██
 シャーレの新入り。███の親友。
 周囲に安息と呪いを振りまく少女。

 ▽███先輩
 おじさん。
 未だ夜が明けない少女。

 ▽███
 ムツガキ。
 一度先生の髪の毛を引っ張った前科がある。

 ▽███
 見習い勇者。
 まだ自分が何者かを理解していない。



 ▽狼の少女
 本質を理解した少女。
 後悔と呪いを抱え、生かされている。

 ▽タブレットの少女
 役割を理解した少女。
 度重なる自己崩壊(フェイタルエラー)を修正しながら生きている。

 ▽大人
 大人、それ以上でもそれ以下でもない。
 懺悔と贖罪を背負い、ただ目的地へと進む。

 ▽
 全てを視る者。





 『あとがき』

 長々と駄文にお付き合いいただき、ありがとうございました。本作は作者の浪漫とやりたいことを全てつぎ込んだ二次創作小説となります。現在pixivの方で別シリーズを並行して連載してたり、自分自身遅筆なところがあるので、次回の更新が1ヶ月くらい空いたりするかもしれませんが、それでもよろしければ、最後までお付き合いをお願いします。
 また、読み手の意見などを参考に読みやすい文体に変えたりしたいしたいので、誤字報告をはじめ、もしよろしければ感想や忌憚なき意見もよろしくお願いします┏○ペコッ



次回「At the very beginning



「役割を全うしたその先で、貴方の求める『解』を差し上げます」


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