Blue Archive 〜藍の外典〜   作:roimi_mark2

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「されど、人には各々の命ある如く、各々の終焉あり。汝らはその最後の時まで、信仰を捨てず、主の下に堅く信じ続けなさい」


 ー「藍の外典」語り部(teller)から七つの古則へよりー








第10話 「それぞれの──」

 

 

 

 

 

 

 機械仕掛けの白蛇、ビナーとの戦闘は静かに幕を下ろした。セリカ、そして一時的に連合を組んだヘルメット団員の攻撃によってビナーは目を潰され、忌々しそうに砂に潜っていく。私たちはその様子を静かに眺め、辺りに静寂が訪れるまでピリピリとした空気を纏っていた。

 

 

「先生!!!」

 

「大丈夫ですか先生!怪我とかは!!?」

 

 

 ビナーが去っていってからしばらくして、セリカ以外の対策委員会も合流した。シッテムの箱がダウンしたからドローンも墜落したのではないかと心配していたが、血相を変えて走ってくるあたり、どうやら大きな怪我はないようだった。

 

 

「大丈夫だよ。みんな、心配かけて済まない」

 

「ホントだよ〜。セリカちゃんなんて『先生がホントに死んじゃう〜』って大泣きだったんだから〜」

 

「はっ!?ちょっ!?そんなこと一言も言ってないんだけど!!?」

 

 

 ホシノの唐突なカミングアウトに、セリカが顔を真っ赤にして反論する。更には他のメンバーを微笑ましそうにセリカを見つめているので、それがかえってセリカの羞恥心を煽っていた。

 でも実際、助けに来てくれた時のセリカには涙の跡があったのを覚えている。それにセリカ自身、"大泣きした"ことは否定していないしね。

 

 

「ごめんね、セリカ。心配させちゃって」

 

「いや!先生──。……ふ、ふん!!別に心配なんかしてないわ!!ただここで先生に死なれたら、寝覚めが悪いってだけの話だから!本当に!」

 

 

 私の謝罪にセリカは一瞬なにかを言いかけたようだったけど、すぐにいつもの強気な態度に戻る。その様子からは以前の疑心に満ちた感情は見えず、ただただ私のことを心配してくれていたんだなとわかった。

 攫われてからの数時間で、セリカが何を経験したのかは私には分からない。でも、今の彼女は、以前の彼女よりかはいくらか心の余裕ができたみたいだ。そうして辺りが安堵の雰囲気で包まれる中。新たな仲間たちがこちらに近づいてきていた。

 

 

「あぁ〜と。お取り込み中のところだけど、少しいいかい?」

 

 

 複数の足音と共に、申し訳なさそうな声が聞こえる。声のした方を見れば、そこには色とりどのヘルメットを被った生徒たちが立っていた。持ってきていた重戦車は砂に埋もれたままなのか、その姿はどこにもない。

 彼女たちには、さっきのビナーとの戦いで色々と助けて貰った。もし彼女たちの援護がなければ、対策委員会はこうしてみんな無事では居られなかったと思う。

 

 

「カタカタヘルメット団の子たちだね。さっきは手伝ってくれてありがとう」

 

「礼はいいさ。私たちは、そんな仲じゃないだろう?」

 

 

 私の礼にそう返すヘルメット団のリーダー。やはりヘルメット団を従えるだけあって、その雰囲気から並の生徒とは違うカリスマ性のようなものが見える。

 

 

「門守セキの入院先の話だったね。ちょっと待ってね……」

 

 

 そう言って懐を漁ってから、用紙とペンを取り出してつらつらと必要な情報を書いていく。病院の名前、住所、病室番号。そしてその裏にある情報を書いてから、それをヘルメット団のリーダーへと手渡した。

 リーダーはそれを受け取ると、ジッと書かれている文字に目を通していく。それからは互いの間には沈黙が続いていたが、しばらくするとリーダーが「ふむ」と声を漏らし、紙に落としていた視線をこちらへと向けた。

 

 

「……確かに受け取ったよ。これで取引完了だ」

 

「でもいいのかい?セキは今日の夕方には退院する手筈になってる。交換条件に出した私が言うのもだけど、ビナーと戦わせたことの報酬にしては少ないとも思うんだけど」

 

 

 満足そうなリーダーに対して、私は自分の感じた疑問をぶつける。相手は命を張ったというのに、得た情報がまもなく意味の無くなるものだったとなれば、私なら文句の一つや二つは言いたくなる。だが当の本人は「そうでも無いさ」と言い、あまり気にしてないようだった。

 

 

「これはいわば先生(あなた)の人となりを証明するものだ。あなたは誠実で、言ったことに嘘はつかないと示すためのね」

 

 

 ……なるほど、私は試されていたらしい。やはり彼女も、一筋縄ではいかない優秀な子だ。団員たちの練度も並のヘルメット団とは違うあたり、補給のなかったとはいえ対策委員会がこれ程までに追い詰められたのにも納得がいった。

 だがそれも、彼女達の絆の力で成し得たことなのかもしれない。過酷な砂漠で生きる上で、お互いに助け合いながら生きてきた証。その力が、アビドスの子たちを追い詰めていたのかもしれなかった。ただ今は、その力を私たちに貸してくれたことに感謝しかない。

 

 

「本当にありがとうね」

 

「こちらこそ。情報のことについて礼を言わせてもらうよ」

 

 

 そう言うと、彼女は静かに頭を下げた。

 

 

「ありがとう、先生。おかげで私は、もう一度あの子を見つけてやれる」

 

 

 それにならうように、後ろのヘルメット団のメンバー達も勢いよく頭を下げた。その様子に私含め、対策委員会のメンバーは呆気にとられる。まさか、かつて敵だったヘルメット団に感謝を伝えられることがあるとは思わなかった。でもそれは、私の先生としての理想に1歩近づけたような気もして、なんだか少し胸が暖かくなった。

 そんな長いような一瞬が過ぎて、ヘルメット団達が顔を上げる。そして今までとは少し違った惜しむような口調で、彼女はこう言った。

 

 

「でも、私たちの協力体制はここまでだ。ここから先は、元通りの敵同士。次に会った時は容赦しないよ、先生」

 

「そうだね。でも、何か困ったことがあれば、遠慮なく頼ってくれていいよ」

 

 

 そう言って私は、リーダーの持つ紙を指さす。怪訝そうに紙をひっくり返した彼女が見たのは、さっき追加で書いたシャーレへと繋がる連絡先だった。

 

 

「……それはせめて、私たちの関係が少し改善されてから……だね」

 

 

 驚いた様子のリーダーだったが、最後は呆れた様子でため息をつく。そして私たち背を向けると、そのままこの場を後にする。

 

 

「それじゃ、帰るよお前たち。今から帰れば、夜までにはセキを出迎える準備ができるだろう。そっから先は忙しくなるから、覚悟しておきな!」

 

「「「「「「はい!!リーダー」」」」」」

 

 

 リーダーの命令に元気な返事をしてから、カタカタヘルメット団は撤収していった。最後に1番後ろにいたスナイパーの少女がペコリとお辞儀をして、砂の丘の向こう側へと消えていく。その様子を静かに見送ってから、私は背後の対策委員会の方へと声をかけた。

 

 

「それじゃ、私達も帰ろうか。特にセリカは──」

 

 

 その言葉を言い終えるよりも先に、目の前の人影がグラりと倒れた。

 

 

「「セリカ!!?」」

「「「セリカちゃん!!?」」」

 

 

 力無く倒れる彼女の身体を抱きとめて、他のメンバーが彼女の名前を呼びかける。脳裏にかつてのシロコの姿が重なるが、幸いにも今回は血みどろでもなく、あの時ほど重症でもないようだった。

 

 

「……大丈夫。ちょっと緊張が解けただけみたいだ」

 

 

 すぅすぅと小さく呼吸する彼女を見て、他のメンバー達もそっと胸を撫で下ろす。よく考えれば、昨日の夜からヘルメット団に拉致され、今朝まで監禁状態だったのだ。その上ビナーとの戦闘もあったとなると、セリカにはかなり無理をさせてしまった。ならせめて、この子が少しでも休めるようにしなくちゃね……。

 

 

「セリカは私が抱えて行くよ。アヤネは車の準備をお願い」

 

「了解しました……っ!」

 

 

 眠る彼女を起こさないように、背中と膝裏に手を回してそっと身体を抱き上げる。この状態は確かお姫様抱っこと言うやつだった気もするが、まぁ、気にしたら負けな気もするので今は素知らぬ振りをしておこう。

 

 

「よく頑張ったね。しばらくおやすみ、セリカ」

 

 

 腕の中で小さく呻く彼女を抱え、私たちは帰るべき場所への1歩を歩み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────っ」

 

 

 深い眠りから、私の意識が覚醒する。なんだか最近は気絶することが多いわね……。そんなことを考えれるくらいには、今の私の調子は良い。確かあのビナーとか言うでっかい蛇と戦って、先生の無事だったことに安心した所までは覚えてるんだけど……。

 でも私が横たわっていたのは砂漠じゃなく、カーテンで区切られたベットの上。いつの間にか私は、砂漠からここまで運ばれたみたい。最初こそまた拉致されたかと思ったけど、この落ち着く雰囲気には覚えがった。試しにカーテンの隙間から外を覗いてみると、見慣れた学校のグラウンドが見える。

 

 

「ここ……アビドスの保健室……?」

 

「そうだよ」

 

「わぁ!?先生!?」

 

 

 私の独白に返ってくる声。それに驚く私。この光景もなんだかデジャブを感じるけど、あの時とは違って、その声からは安心できる温かさがあった。

 そして案の定、その声の主はセツナ先生。私が起きたのに気づいたのか、カーテンを開けながらこちらの様子を確認している。先生曰く、私はあのビナーとの戦いの後に気絶しちゃったみたい。その事に先生は終始謝っていたけれど、許すも何も別に気にしてなかった。

 

 

「……とりあえず、目が覚めてよかった。結構無理をさせちゃったから、もう少し、ゆっくりしていってね」

 

 

 時刻はまもなく17時を過ぎようとしていた。たしかビナーと戦ったのがお昼前のことだから、どうも私は半日くらい寝ていたみたい。そんなことをぼんやりと考えていると、私の視界にあるものが映り込んできた。

 それは医務室の椅子に座り、何かに集中しているセツナ先生の手元。その手には林檎みたいなのが握りられていて、器用に皮を向かれながら次々と近くのお皿へと切り分けられていた。それだけだったら、私も気にすらしなかったんだけど……。

 

 

「……先生、何それ」

 

「林檎で作った兎だよ」

 

「嘘でしょ……?明らか触覚の生えたなんかでしょこれ……」

 

 

 その見た目は、言葉を選ばないのであれば正しくクリーチャーか何かだった。確かに言われれば兎のように見えなくもない。耳っぽいのが2つあるし。でもその耳が異様に長く、まるで虫の触覚みたいに見えて気持ち悪かった。

 ただ、悪いのは見た目だけだった。手渡されたそれを口にした私は、美味しさのあまり目を見開く。そんな私を見て、セツナ先生は微笑ましそうにこっちを見ていた。その顔を見ていると、私の中でチクっと何かが痛む。

 

 

「その……先生……」

 

「ん?なんだい?」

 

 

 私のおずおずとした様子に、先生は優しげな眼差しでこちらに視線を向けてくれた。そしてその"痛み"を忘れないうちに、私は言葉を切り出す。

 

 

「ごめんなさい。私この前、先生に酷いこと言っちゃった。それに、柴関でも先生の触れてほしくない事も聞いちゃって……」

 

 

 言葉に詰まりながらも、私の言いたいことが次々と口をついて出てくる。ただ文章にもならず、ポロポロと零れるだけの言葉たち。柴関の時とは違う、形にならない核心をつく言葉たちが、私の口から次々と溢れてきていた。

 

 

「最初は先生のことを信じきれなくて、拒絶して、疑り深くなっちゃって……。でも、先生があの時『"先生"を信じて欲しい』って、『生徒の味方でありたい』って言った時から、謝りたくて……」

 

 

 ……なんで、あんなやつなんか助けたの!

 

 

 借金の存在を知られた時、私が思わず言いかけてしまった言葉。それは、シロコ先輩に大怪我を負わせた"敵"なんか助けて……と、そう言う意味の籠った言葉だった。それにはもしかしたら、『私たちだけの味方だと思ったのに』という子供っぽい我儘も混ざっていたかもしれない。

 でも、セツナ先生は違った。例え敵でも味方でも、怪我を負ったのは"生徒"の1人。だからシロコ先輩だけを助けることはせず、逆にヘルメット団の子だけを助けることもせず、両方を助ける選択をしたんだと思う。

『生徒全員の味方』。それを掲げる先生に、私は何を言いかけたんだろう。その言葉は先生にとって、きっと苦しい思いをさせたに違いなかった。

 

 

「ごめんなさい。先生を信じきれなくて、否定するようなことを言っちゃって」

 

 

 私が言いたかったのはそれだ。ようやく言えたその言葉に、セツナ先生は静かに目を伏せる。

 

 

 

「大丈夫だよ。人を疑うのは、決して悪いことじゃない。その結果で他人を否定することになっても、最後に互いを笑って許せるようになれば、それは互いを知るための過程になるからね」

 

 

 

 そして優しく諭すように、私を受け入れて、許してくれた。先生のその言葉に、私の心が少し軽くなる。それと同時に、チクチクとした痛みもどこかへと消えてしまったみたいだった。

 でもそんな私とは違って、先生は何かを考えているみたいだった。腕を組んで虚空を見つめていた先生だったけど、しばらくして二度三度頷いてから、先生は椅子から立って私の寝てるベットのそばの椅子へと座り直す。

 

 

「でもそうだね。今回の原因に私の秘密が関わっているなら。…………じゃあ、私の秘密を1つ教えるよ」

 

「え!?いいの?聞かれたくない事じゃなかったの!?」

 

「セリカが秘密にしてくれるなら、言ってもいいかなって」

 

 

 ナイショ話をするように、先生は小さな声でそう言った。あれだけ嫌そうな顔をしてたのに、あっさりと話してくれるみたい。その事に少しだけ違和感を持ちつつも、私は先生の言葉を聞き漏らさないよう2対の耳をそばだてて先生の言葉を待った。なるべく、私たちだけの秘密になるように。

 先生も私の行動で意図を察したのか、私の顔の傍まで顔を近づける。互いの吐息が聞こえそうな距離に少しドキドキしながらも、私はその時をじっと待っていた。

 

 そして遂に、先生は囁くように自分の秘密を告白した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「実は私はね……みんなよりも身体が弱いんだ(・・・・・・・・・・・・・)

 

「────えっ?」

 

 

 聞こえてきた内容に、私の口から素っ頓狂な声が出る。体が弱い……。それはつまり病弱的な意味だと思うけど、あれだけ動き回って指揮をする先生が病弱だとは思えない。なら先生の言ってることは必然的に、キヴォトスの人(わたしたち)外からの人(せんせい)の身体能力の差になるはずだけど……。

 

 

「……秘密を教えてくれるって言ったのに、その答えはなんだかズルくない……?先生は外の世界の人なんだから、それは当たり前──」

 

 

 そう言いかけたところで、私はきゅっと口を閉じる。先生は「秘密」を教えてくれると言ってくれた。そして明かされたのが「身体が弱い」と言うことなら、もしかしたらこれは重要なことに繋がってくることなのかもしれない。

 

 

(例えば、あの黒い大人のカード……とか?)

 

 

 先生が持ってた、あの黒く焦げた大人のカード。やっぱり今思い返してみても、あれは普通に日常生活を送っていたらつくものじゃない。ならやっぱり、「先生の身体が弱いこと」と「焦げた大人のカード」には、何か関係があるんだと思う。

 そんな私の推察を知ってか知らずか、先生はなんだか怪訝そうな表情を浮かべたまま、その先の話を語り出した。

 

 

「うん……まぁ、そうかもしれない(・・・・・・・・)。でもよく考えると、それも秘密にしておきたい情報だと思わない?例えば……」

 

 

 そう言うと先生は片腕を上げて、その手を銃の形にしてから私の方へと突きつけた。さながらガンマンと言った雰囲気だけど、私には先生の意図が読めない。そんな私にヒントを与えるように、先生が口を開いた。

 

 

「ここで私がこんな風に銃を向けて、セリカも銃を私に向けていたとしよう。それで撃ち合いになれば、怪我をするのはどっちだと思う?」

 

「それは……先生の方……」

 

「そうだね。じゃは次は……」

 

 

 私の答えに満足そうに頷くと、次に先生は「ごめんね」と一言謝ってから、両手で私の肩を勢いよく掴んだ。急に掴まれたことに反射で体が跳ねるけど、先生の真剣な瞳に射抜かれて、私は落ち着きを取り戻す。私が落ち着いたのがわかったのか、先生は再度「ごめんね」と呟くと、次のヒントを出した。

 

 

「こうやって私がセリカを掴んで、そのまま押し倒して襲おうとしたとしたら、セリカはどうする」

 

「…………全力で抵抗するわ」

 

「そう。そして私は君たちに抵抗されれば、為す術がない。君たちは私を先生として慕ってくれるけど、その気になれば、私を従わせようとすることだってできるわけだ」

 

 

 私の答えにまたも満足そうに頷いて、先生は私の両肩から手を離す。そして「はぁ……」と溜息をついて、その視線を虚空へと向けた。その顔には、どうしようもないもどかしさと、やるせなさが張り付いてるように見えた。

 

 

「私は君たちよりも身体が弱い。だからちょっとした事で、すぐに死にかけるかもしれない。銃と兵器の横行する、このキヴォトスでは特に。だから、私は君たちの力を頼りたいんだ」

 

 

「大人としては、不甲斐ない限りだけどね」。そう言って、セツナ先生は困ったように笑う。それは見た目だけでは分からない、私たちとの決定的な差。先生は戦闘に介入することはできない。だって銃で撃たれれば普通に死にかけるし、さっき言ったみたいに力でも私たちには勝てない。

 先生が指揮やドローンという形で支援してくれるのは、きっと少しでも私たちの力になりたいからなんだと今更ながら思い至る。それだけでも私たちはありがたいけど、先生からしたら、大人(じぶん)1人の力で助けられないことが辛いのかもしれない。

 

 

「私のこの言葉を信用しなくてもいい。ただ、君たちのことを、信じさせて欲しいんだ。じゃないと、私は自分の理想を実現できないから」

 

 

 最後にセツナ先生はそう言った。先生の『理想』。それはきっと、あの時砂漠で言った「生徒全員の味方」の理念のことだとわかる。

 やっぱり、先生はどこまでも真っ直ぐだ。誰かの為に、親身になった動いてくれる。今までの大人とは違う、本当に信頼できる大人。やっと肩を預けることができる人が、アビドスにもやってきてくれたんだ。

 

 

「……ふん。仕方ないわね。なら私の力、貸してあげてもいいわよ」

 

 

 しんみりとした雰囲気を払拭するべく、私は胸を張ってそう宣言する。私の突然の宣言に先生は驚いてたみたいだけど、そんなの関係ない。その顔に勢いよく指を指しながら、そんなのお構い無しに追撃する。

 

 

「その代わり!!もうあんな無茶な真似はしないでよね!!本当に死んだかと思ったんだから!!」

 

 

 自分は身体が弱い。先生が自分でそう言っていたってことは、自分がどれだけ脆い存在なのか自覚はある。ならあの時、ビナーの起こした砂の津波に飲まれた事とか、ヘルメット団の前に堂々と姿を晒したりとか。あれらの行動は一体どう説明するのか。

 先生は自分がどれだけ危ないことをしていたか、きちんと理解して欲しい。じゃないと、本当にいつ死んでしまうか分からない。この人を喪ってしまえば、アビドスは今度こそ本当に終わってしまうかもしれない。それに、命の恩人が死ぬところなんて、私は見たくないから。

 

 

「……やっぱりホシノの言う通り、私のために泣いてくれてたの?」

 

「ち〜が〜う〜わ〜よ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!本当にどれだけ危なかったかわかってるの!!?」

 

 

 なのにこの人ときたら……。しんみりした雰囲気は無くなったけど、代わりにいつものふざけた調子で私をからかい始める。でもセツナ先生の笑顔を見ていたら、自然と口元が綻び、いつの間にか私も笑ってしまう。

 

 それからしばらく、保健室には私たちの笑い声だけが響いていた。

 

 

 

 

 

「もうこんな時間ね。私もそろそろ、家に帰らなきゃ」

 

 

 それから先生としばらく雑談していたが、ふと時計を見てそう呟く。時刻は18時半と言ったところで、夕日もすっかり落ちて辺りは徐々に暗くなり始めていた。

 

 

「もう大丈夫なのかい?」

 

「うん。学校のこともあるし、バイトもね。いつまでもこうして寝てらんないわ」

 

 

 心配する先生に向けて、私は元気な姿を見せつける。疲労は熟睡したおかげですっかり無くなったし、殴られた時の頭痛も気にならないくらいに治まってきてる。そのままベットから起き上がってみると、体もすんなりと言うことを聞いてるみたいだった。

 それから先生が準備してくれていたカバンと愛銃(シンシアリティ)を受け取って、私たちは保健室を後にする。この後先生はどうするのと聞いたけど、私を校門まで送ってくれるみたい。その後は何か調べ物があるらしくて、暫くは学校で寝泊まりをするみたいだった。

 

 

「調べ物もいいけど、ちゃんと寝なさいよね」

 

「セリカこそ、お昼寝したからって夜更かしちゃだめだぞ?」

 

「もう!!そんな子供じゃないんだから!」

 

 

 最後にそんな軽口を叩き合いをしながら、私は学校を後にする。ただその前に言いそびれたことを思い出した。

 

 

「それじゃ、また明日ね──セツナ先生!!」

 

「うん、また明日ね。セリカ」

 

 

 振り返って笑顔をで手を振れば、先生も同じように笑って手を振ってくれる。その笑顔を瞼に焼き付けながら、私は早足で自宅への帰路を辿っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アビドス街区にある、とあるビルの一室。そこでは2人の大人が集い、何やら言葉を交わしていた。

 

 

「……ふん。格下のチンピラごときではこの程度か。主力戦車まで送り出したというのに、情に絆された挙句アビドスに手を貸すとは」

 

 

 特にキャスター付きの椅子に座ってる人物は、何やら不機嫌な様子でそう呟く。高級そうなスーツを身に纏った身体は機械でできており、キヴォトスでもよく見るオートマタタイプの中でも大柄な部類。そしてその見た目に違わぬ態度は、彼が高い地位にある人物であることを想像させた。

 大柄なオートマタは1枚の資料を手に取ると、若干の煽りを含んだ声で向かい側に座る人物へと声をかけた。

 

 

「貴様の言う『白鯨』とやらも、そこまでの実力ではなかったようだな?────

 

 

 

 

 

 ────黒服

 

 

 

 

 

 黒服。それはその大人を示す名であり、その容姿を表すのに適切な形容詞だった。黒いスーツに黒いネクタイ。手には黒色の手袋をはめ、靴までもが黒に統一されている。更には手袋の隙間から除く肌も黒い。顔は目の辺りにぽっかりと白い孔が空いていて、口の辺りからは薄ら笑いを浮かべるように白い亀裂が走っている。

 

 

「ふむ……そうですね。あの者であれば、アビドスと互角に渡り合えると思っていたのですが……」

 

 

 オートマタの煽りなど意に介していないのか、黒服と呼ばれた黒い大人は資料のただ1点を見つめている。「これは習合神聖の影響……。いや、そもそも喪われた者に神聖は存在しえるのか……」等とぶつぶつとつぶやく様子は、さながら研究に没頭する研究者のようだった。オートマタには黒服の言っている意味は分からないので、呆れた様子でため息をついていた。

 

 

「まぁいい、それならば目には目を……"生徒には生徒を"……だな」

 

 

 そして目の前の机に備えられた受話器を手に取ると、ある場所へと電話を繋げる。その電話の相手が出るまでに、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『敵襲!!敵襲だ!!!』

 

 

 月光に照らされるカタカタヘルメット団本拠地に、見張りの子からの報告が響き渡る。その時私たちはセキを迎える用意に勤しんでいて、誰もがその報告に耳を疑った。

 だが、それでも迎撃準備は迅速だった。直ぐに全員が武器を取り、招かれざる客を追い返そうと殺到する。見張りの子曰く、相手は4人組らしくヘルメット団全員で連携すれば追い返せる手はずだった。

 

 ……そう、その手はずだったのだ。だが相手は連携を分断し、孤立したところから次々と撃破していった。特にショットガンを抱えて突っ込んでくるヤツに全員掻き乱され、それによって生じた隙に的確に敵スナイパーの狙撃が突き刺さる。更には仲間2人が前衛の隙をカバーし、爆弾による撹乱やハンドガンによる牽制を挟み、見事なチームプレーを見せつけられていた。

 

 

「ぐ…………うぁ…………」

 

 

 そして私も彼女達の一撃を貰い、仰向けになって夜空を仰いでいた。口から漏れるのは、言葉にもならない呻き声。体は全身から悲鳴が聞こえ、口の中はさっきからずっと鉄の味がする。

 少し前から聞こえていた爆発音と戸惑いの声も、今はもうほとんど聞こえない。どうやらもう、生き残りもほとんど居ないらしい。

 

 

「こっちは終わったよ〜」

 

「こっちも制圧完了だよ、社長」

 

 

 しばらくして、横たわる私の耳に誰かの声が聞こえてくる。視線だけで声のする方を見ると、そこには大きなバックを持った小柄な少女と、ダボッとしたパーカーを着た整った顔の少女の姿があった。たしかこの2人は前衛のカバーをしていて、その連携ぶりには舌を巻くものがあった。

 

 

「よくやったわ。ムツキ室長、カヨコ課長」

 

 

 そしてその2人から報告を受けているのは、ロングコートを夜風にたなびかせ、得物のスナイパーライフルを抱えている少女。その雰囲気からはほかの2人とは違い、別格の強さが滲み出ているようだった。恐らく雰囲気だけで言えばセキと大差ないように思える。

 そんな彼女は1度2人の方を見ると、続いて誰かを探すように周囲を見渡し始めた。

 

 

「ところで、ハルカ社員はどこにいるのかしら?」

 

「確か、あっちの方の制圧に──」

 

 

 カヨコと呼ばれていた少女が言い終わるよりも先に、近くの部屋の窓ガラスが割れ、部屋の中から誰かが吹き飛ばされてくる。そのまま1度バウンドしてから、私と同じように地面に倒れた。

 

 

「っ!?ハルカ!?」

 

 

 ハルカと呼ばれた少女は、地面に横たわったまま反応がない。傷だらけでヘイローも消失しているあたり、恐らく誰かと戦って気絶してしまっているようだった。そしてそのハルカと戦っていた相手が、粉々に割れたガラスを踏み締めて姿を現す。

 

 

「……リーダー。すみません、守りきれませんでした」

 

「……ヨ……ミ…………」

 

 

 スナイパーライフルを携えて現れたのは、いの一番に防衛に出ていたヨミだった。だがその姿は血まみれで、左腕も力無く垂れているだけで、誰が見ても間違いなく満身創痍と言える状態だった。

 だがそれでもヨミは進み続ける。その瞳には今だ闘志が燃えていて、 とっくに限界は超えているだろうにまだこの場所を守ろうとしていた。

 

 

「君たち……この子のお仲間……ってことでいいよね?」

 

 

 スナイパーライフルを引きずりながら、ヨミは襲撃者たちに問いかける。その様子に傍に居た2人がハンドガンとマシンガンを向けるが、リーダーらしき少女は一切動じない。しかし沈黙は肯定と受け取ったのか、愛銃を握るヨミの手にどんどん力が籠っていく。

 

 

よくもやってくれたな……!先輩が帰る場所を……よくも!!」

 

 

 その絶叫と共に、ヨミがスナイパーライフルを片手で構える。こんな状態では得意の精密射撃ができないが、そんなのお構い無しとでも言うように狙いを定め、引き金へと指をかけた。

 

 

 ダァン!!!!

 

 

「────ぁが」

 

 

 しかし、ヨミが引き金を引くよりも先に1発の銃声が轟く。そしてヨミの手からスナイパーライフルが零れ落ちる。そのまま力無く倒れたヨミの頭上のヘイローは、細かな明滅を繰り返した後に完全に消失した。

 

 

「……ヨミ────っぐ!!」

 

 

 呼びかけようとする私のお腹を、ヒールを履いた足が思いっきり踏みつける。そして激痛に苦悶の声を漏らす私の眼前に、硝煙を吐くスナイパーライフルの銃口が向けられた。

 どうやら今のは敵のリーダーが抜き打ちでヨミを狙撃したらしい。あの一瞬で狙いをつけて撃ち抜く技量から、私は彼女達が並大抵の集団では無いことを再認識した。

 

 

「この子が噂の『白鯨』ちゃんなのかな?」

 

「いや、情報じゃ『白鯨』は翼を持つ天使族のはず。どういうわけか知らないけど、今はいないみたいだね」

 

「そうなんだ?結構強かったのにね。ハルカちゃーん!大丈夫〜〜!?」

 

「すみ……ません……アル様……」

 

「……ダメだね。完全に伸びてる。まさかヘルメット団相手にここまでやられるとは思わなかった」

 

 

 一方、傍付きの2人はヨミに近寄って何かを話していた。その内容から『白鯨』……つまりセキのことについて話しているらしいが、それ以上考える前に腹部を押さえつけるヒールに力が籠り、再び声が出る。

 

 

「……っ」

 

依頼者(クライアント)から連絡よ。『現時刻をもって、アビドスの相手は私たちが引き受ける』……あなたたちは用済みよ」

 

「クライアント……そうか。支援者(パトロン)め、仕事が早いじゃないか」

 

 

 敵のリーダーの言葉を反芻し、彼女達が差し向けられた理由を察する。確かに、私たちは依頼を受けてアビドスを襲撃していた。その依頼者が支援者(パトロン)になってくれたおかげで、私たちの戦力も十分に増強されて、アビドスとの交戦も想定通りにいった。

 だが私たちは、今日の戦闘でそのアビドスに手を貸した。これは依頼者からすれば契約違反なのは明らかだし、何かしらの処罰はあると覚悟していたが、現実は依頼者によって差し向けられたこいつらによって、カタカタヘルメット団は壊滅という結末に辿り着いてしまった。

 

 

「……そのエンブレム……悪魔の特徴……。名前は……聞いた事ある……」

 

 

 ロングコートに刻まれたエンブレム、そして彼女やメンバーの一部に見られる角から、私は彼女達の所属を看破する。確かゲヘナ学園には、学生でありながら起業して追われてる部活があると聞いた。

 確か、そいつらの名前は────

 

 

「そうね、冥土の土産に覚えておくといいわ」

 

 

 その声が聞こえた直後、私の頭に激痛が走る。至近距離での7.62mm弾の直撃。それは私の意識を吹き飛ばすには十分な威力を持っていた。団員の心配も、セキへの謝罪も想う余裕もないまま、私はどんどん暗闇へと落ちていく。

 

 

 

「──私たちは『便利屋68』。金さえ貰えれば何でもする、何でも屋よ」

 

 

 

 

 最後にそう名乗る声を聞いてから、私の意識は完全に途切れた。

 

 

 

 

 

 














「それではお大事に〜」

「はい!お世話になりました〜!」


 まもなく日付が変わろうかと言う頃、アビドス街区のとある病院から、1人の少女が退院した。もう夜更けだと言うのに、その少女の周りだけはまるで太陽のように明るく、見送った看護師も思わず「うおっ、眩し!」という程だった。
 二パーといった擬音が似合う笑顔を振りまきながら、少女はキャリーケースを引きながら鼻歌を歌う。彼女は怪我によって数日間入院していたのだが、今日の夕方にようやく医師から退院の許可がおりたのだった。
 医師は「今日は遅いから明日でいいよ」と言っていたが、少女は「大丈夫ですよ!暗くても帰り道くらいは分かるんで!!」と豪語し今に至る。実際、アビドス自治区は彼女にとって庭のようなものだ。今更迷うことなんて、例えば砂嵐に会いさえしなければ大丈夫だろう。そんな楽観的なことを考えながら、少女は上機嫌で歩みを進めた。


「帰ったらまずはリーダー先輩に謝らないと。それと飛葉ちゃんにも声をかけて、それとそれと────」


 ゆさゆさと腰の翼を揺らしながら、少女は次々とやりたいことを口に出す。そのほとんどは、ヘルメット団の仲間とのこと。彼女が大怪我を負ってでも護りたかった、大事な大事な仲間たちの事だ。


「病院食は質素だったし、久しぶりに桐谷ちゃんのおにぎり弁当も食べたいな〜!あとは三上ちゃんに入院していた間の勉強を教えて貰って……あっ、そうだ!戦車長の佐山先輩から、整備の手伝いを言われてたっけ」


 自分が入院してた間にできなかったことが、彼女には沢山あった。ただベットの上から外を眺め、仲間たちの事を想う日々。そんな窮屈な世界からはおさらばして、彼女は今、久しぶりの開放感を味わっていた。
 だがその開放感を楽しむよりも先に、彼女の足が2歩3歩と前に出る。ステップを踏むように跳ね、鳥のように優雅に舞う。文字通りに浮かれる彼女の行く先はもちろん、自分を暖かく迎えてくれる仲間たちがいる彼女の家。今の自分にとって、唯一の居場所でもあるその場所へと、少女は歩みを進めていた。


「ふふ〜ん!早くみんなに会いたいな〜!!」


 彼女の太陽のように明るい声が、夜の街へと木霊する。皆に会えるのを心待ちにしながら、彼女は家路へとつくのだった。





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 ▽天守セツナ
 嘘は言ってないけど、真実は言っていない。
 本当の秘密は、子供たちに言うつもりは無い。

 ▽黒見セリカ
 セツナを十分信頼できるようになった。
 翌日、お姫様抱っこの件を知りブチ切れることとなる。

 ▽リーダー先輩
 セキが戻ってくるのもあって気が緩んでいた。
 その代償は、高くつくことになった。


 ▽対策委員会
「「「「見なよ……うちのお姫様を」」」」
「だ──か──ら──!!お姫様じゃな──い!!!」

 ▽カタカタヘルメット団
 原作通り壊滅。
 ただヨミがハルカをダウンさせたりと、カヨコをして手こずらせたと言わしめるくらいには抵抗した。














 ▽門守セキ

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あとがき

 セリカ……好きなんすよ(唐突な告白)
 またまた長くなりましたが、これにて対策委員会編の序盤の山場が終わりました。
 次からは便利屋や例の黒い人も登場して、いよいよアビドスの謎に突入していきます。
 どうぞお楽しみに……。

 P.S
「ニヤァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
「ゥナァグサァァァァァァァァァ!!!!!」







 次回 第11話「再来の便利屋」


「殺してやるぞ……陸八魔アル……っ!!」



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