Blue Archive 〜藍の外典〜   作:roimi_mark2

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 しあわせは 歩いてこない
 だから歩いてゆくんだね

 一日一歩 三日で三歩
 三歩進んで 二歩さがる

 ー 水前寺 清子「三百六十五歩のマーチ」より ー








第14話 「喧騒と少女たちと銀行」

 

 

 

 

 

 

 スケバン達からヒフミを救出した対策委員会一同たちは、それからもパーツの出処調査を続行していた。その後は特に追撃なども起きなかったため、のびのびと調査に集中することができた。さらには「助けて頂いた礼を」ということで、何故かブラックマーケットに詳しいヒフミのガイド付きという超優遇対応だ。

 しかしそれだけしても、パーツの出処に関しては全く進展がなかったのである。これにはヒフミも集めた情報を見つめながら、険しい表情を浮かべていた。

 

 

「うむむ……おかしいですね。ここまで情報がないなんて……」

 

 

 はむっとホカホカのたい焼きを口にしながら、ヒフミが唸り声をあげている。その周りには、同じく出来たてのたい焼きに舌鼓を打ちつつ、ヒフミの話へと耳傾ける対策委員会一同の姿が。彼女たちはブラックマーケットに入ってからずっと歩いていたので、セツナの提案でしばしのブレイクタイムをとっていた。

 

 

「でも、それって異常なことなの?」

 

「そう……ですね。普通ここまでやります?って感じです。ブラックマーケットは特性上、開き直って悪さをする所がほとんどですから」

 

 

 そう言ってヒフミが指差したのは、すぐ近くにあったビルの1階部分。曰く、あそこはブラックマーケットでも有名な闇銀行らしく、犯罪盗品の15%があそこにあるとも言われているらしい。

 手に入れた盗品を武器に変え、それが世に出て犯罪に使われる。そしてその犯罪で得た盗品や金品が、またあの闇銀行に流れる……。そう言った悪循環が行われているのだと、ヒフミは悲しそうに語っていた。

 

 

「それじゃ、銀行が犯罪を煽っていることに……」

 

「はい。銀行も犯罪組織というわけです……」

 

「酷いじゃない!連邦生徒会はなにやってんのよ!」

 

「ま、色々事情があるんだろうねぇ〜」

 

 

 ブラックマーケットに来たところで、自分たちの知らない「汚い世界」が見えてくる。自分たちのことで手一杯だった対策委員会にとっては、まさに未知の世界と言っても良かった。

 そしてそんな世界を知った後だからこそ、自分たちの周りの状況が、どれだけ策略に塗れていたかを知ることが出来る。そのきっかけとなったのは、アヤネから入ってきた1本の報告だった。

 

 

『お取り込み中失礼します!そちらに武装集団が接近中です!気づかれた様子はありませんが、身を潜めた方がいいかと!!』

 

 

 その一言で、全員が近くの物陰へと身を潜める。そしてしばらくして姿を現したのは、数台の武装トラックに護衛された現金輸送車だった。

 

 

「……!あれはマーケットガードです!」

 

「マーケットガードって、例の治安機関の?」

 

「はい!ただ、この規模の警備は見たことがありません。それほどまでに守りたいものとは、一体なんなんでしょうか……」

 

 

 困惑した様子のヒフミの言葉を聴きながら、対策委員会は現金輸送車の方へと注目する。どうやら輸送車は闇銀行に用事があったようで、護衛を連れ立ったまま銀行の敷地内に入った。そして輸送車から出てきた人物を見て、その場にいた全員が静かに息を飲む。

 

 

「あれって……!!」

 

「ん、今朝の銀行員!」

 

『間違いありません!輸送車も今朝のものと同一のものです!!』

 

「なんで!?まさか闇銀行と繋がってるの!?」

 

「うへ、そういう事かぁ」

 

 

 それぞれが口々に感想を漏らす中、見つめる視線に気づかない銀行員は、そのまま銀行の護衛とやり取りをしてから中に入っていった。これはもう……確実に"黒"だろう。つまるところ、自分たちが汗水垂らして稼いだ金が、犯罪資金に使われていたのかもしれないのだ。

 ただ、それを証明する証拠がなければ、それも結局妄言になってしまう。どうにかしてあの輸送車のルートを確認したいところだが……。

 

 

「アヤネちゃん、あの輸送車のルートを割り出せる?」

 

『……ダメです。どうもオフライン管理らしく、全然ヒットしません』

 

 

 どうも、壁はかなり分厚そうだ。この壁を突破するには"あの方法"が1番効率的だが、それをするにはまず顧問の大人の許可が必要になる。しかし、果たしてあの大人がこの案を許してくれるかどうか……。

 

 

「先生……どうすれば──ん?」

 

 

 シロコがそう訪ねるが、一向に返事が返ってくる様子は無い。先生もこの状況に思うところがあるのだろうか。そう思って辺りを見回したシロコだったが──

 

 

「ねぇ。先生はどこ?」

 

「「『「「……え?????」」』」」

 

 

 その視界に、セツナの姿はどこにもなかった。

 

 

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 吸って、吐いて。少し重たいブラックマーケットの空気で、体内の酸素をゆっくりと循環させる。そうして薄暗い裏路地の壁に背中を預けながら、私──門守セキは息を殺して身を潜んでいた。

 

 

「あいつ、どこに行きやがった?」

 

「この裏路地に入ったのは見たぞ」

 

 

 やがて遠くの方から、誰かを探すような声が聞こえてくる。ノイズ混じりの、緊張した声色。その声は徐々に近づいてきていて、そして足音ともにその姿も見えてくる。

 やってきたのは、黒く塗られた2体のオートマタだった。確かマーケットガードとかいう武装組織の一員だけど、今日1日だけでも飽きるほど見た。武装もアサルトライフルだけで、グレネードといった小物は持ってない。その2人は私に気づかないまま、私の真下(・・)で歩みを止める。

 

 

「…………行き止まりだぞ」

 

「おかしいな、ここから逃げれるルートは無いはずだが」

 

 

 目の前に立ち塞がる壁を見ながら、オートマタ達は首を傾げている。確かに、自分たちが追い詰めた獲物がいきなり消えたら、首も傾げたくなるよね。周りはビルの外壁で囲われてるし、空を飛ばない限りは逃げれないと私も思う。

 だから、私は上に逃げた。幸いにも外壁には室外機とかパイプとかで足場には困らなかったし、翼はケープで隠してたからバレてない。まぁ、そのケープももうボロボロなんだけど。

 

 

「……やるか」

 

 

 そう小さく呟いてから、私はゆっくりと足を踏み出し、空中へと身を投げる。そのまま翼で小さく制動をかけながら、混乱する2人のオートマタの間へストンと着地した。

 

 

「お前──ぐあっ!?」

 

 

 目の前のオートマタが何か言い終わる前に、その喉元へとライフルのストックを叩き込む。バチバチとスパークを散らす首の機構を横目で確認してから、今度はお留守の脚部に脚払い。するとあっという間に片方のオートマタは倒れ、そのディスプレイを消灯させた。

 

 

「貴様、上に隠れてたのか!!」

 

 

 仲間がやられたでようやく認識したのか、背後のオートマタが激昂しながら銃を構える。その声に振り返った私が見たのは、こちらへと向けられるライフルの銃口と、そこから迸るマズルフラッシュの炎だった。

 

 

 タタタタタタッ!!!!!!

 

 

 軽快な音ともに放たれた5.56x45mm弾が、私の方に飛んでくる。ただその動きも予想していた私は、隠していた自分の翼を広げて無理やり射線を遮った。

 

 

(…………っ)

 

 

 決して軽くない衝撃が、立て続けに翼を襲った。薄汚れた白い翼が、染み出てきた暗い赤に塗り変わっていく。痛い、痛い、痛い。前までは何ともなかったはずなのに、今はそれが心に、体に、じくじくと痛みを残していく。

 でも、それでも私は動きをとめない。翼で相手の視線と射線を遮りつつ、私は両手の武器を手放す。そして相手の武器が弾切れになると同時に、私はその両手をオートマタの腕へと伸ばした。

 

 

「ほい」

 

「うがっ!!」

 

 

 そしてそのまま腕を掴んで、背負投げの要領で地面へと叩きつける。そして間髪入れずにハンドガンを拾い銃身を持ち直すと、そのままこちらを見つめるディスプレイへと銃床を叩きつけた。

 

 

 ゴッ!!ガンッ!!ゴスッ!

 

 

 2度3度と、鉄を殴るような音が立て続けに裏路地に響く。相手が動かなくなるまで、何度も、何度も、何度も。やがて掴んでいた腕が力無く倒れるのを見て、私は殴るのをやめてその残骸を見下ろした。物言わぬ残骸となった2体のオートマタ。もう見慣れたこの光景に、私は小さくため息をつく。

 

 

「……鬱陶しいなぁ。君たちのせいであの子たちを見失っちゃったんだけど?」

 

 

 元々今日は戦闘するつもりなんてなかった。ただあの便利屋の子たちがどこかに行くと言うから、気になって着いてきただけだった。そしたらいきなりスケバンの子たちに絡まれるし、それを返り討ちにしたら今度はマーケットガードが追ってきた。

 しかもそれがあまりにもしつこいものだから、もう様子見なんてしてる場合じゃなかった。それを返り討ちにしていたら怪我もしたし、便利屋の子たちも見失ったりと踏んだり蹴ったりだ。

 一応、ブラックマーケットにはリーダー先輩の付き添いで何度が来たことはあった。でも、それも数える程の回数しかなくて、私一人じゃ何も分からなかった。そんなんだから、見失ったあの子たちを追いかけることも出来ない。この入り組んだ道を抜けて、帰り道を覚えるので精一杯。それも忘れたら、きっと私はもう帰れないだろうなぁ。

 

 

「…………先輩。どうしたらいいですか」

 

 

 助けを求めるか細い声が、風にさらわれて消えていく。普段ならすぐに気づいて来てくれる人は、今はもうどこにもいない。その現実が痛くて、辛くて。私は目を背けるように次の計画を考え始めた。

 

 背後に近づいてきている、人影に気づかないまま。

 

 

「……まぁいいや。もう見てるだけじゃ埒が明かないし、こうなったら直接────」

 

「……やっぱり、君だったんだね」

 

「ひえっ!?」

 

 

 唐突に背後から聞こえてきた声に、思わず素の声が出てしまう。でもその声は聞き覚えのある声で、振り返ってみればそこには1人の男が立っていた。その白い上着と灰色のスーツはよく知っている。以前お世話になった、連邦捜査部の天守セツナ先生だ。

 

 

「あ……、お久しぶりです、先生。こんな広いブラックマーケットで出会えるだなんて、まるで奇跡でも起きたみたいですね?」

 

 

 見られたくない。何故かそう思った。

 このボロボロの身体も、泣きそうな顔も。それにさっきまでのドス黒い自分も。全部を覆い隠すように、私は傷だらけの翼で自分を抱き寄せる。あくまで私は「たまたまここに居ただけ」。先生に変な不安を抱かせないよう、明るい声と笑顔を振りまき、努めて平静を装う。

 

 

「そうだね。でもそういう割には、セキは私に会いたくなかったりする?」

 

「…………………………っ」

 

 

 でも、先生にはそれもお見通しみたいで、少し悲しげな顔でそう問いかけてきた。嘘や仮面が通じない。以前会った時とは違う。こちらを追い詰めるような先生の雰囲気に、私は静かに警戒心を滲ませる。

 そもそも、この広大なブラックマーケットで、たまたまこの大通りから外れた裏路地で出会うこと事態がありえない話だ。きっと、どこかのタイミングで私を尾行()けてきたんだ。ピリピリと警戒オーラを放つ私を見ながら、先生は変わらない様子で話を続ける。

 

 

「セキ、ちょっと話そうか。少し行ったところに座れるところがあるから、そこでたい焼きでも食べながらさ」

 

 

 先生そう言いながら、片方の手に持っている袋をこちらに差し出してきた。袋には焼きたてのたい焼きが入っているみたいで、その香ばしい香りがこちらにまで漂って来る。

 

 

 ぐうぅぅぅぅぅぅぅ………………

 

「っ!?/////」

 

 

 暗い裏路地に、奇妙な音が盛大に響く。その発信源は……私のお腹だ。たい焼きの美味しそうな匂いに当てられて、私のお腹がそれを食べたいと唸っている。そういえば、昨日は何も食べてなかったな……。その空腹感を思い出して私の心もあっさりと折れる。

 

 

「…………では、お言葉に甘えて」

 

 

 真っ赤に火照る顔を俯かせながら、消え入りそうな声でそう呟いた。

 

 

 

 

 

「……美味しいですね」

 

「だね。ブラックマーケットだからと甘く見てたけど、表と遜色ない味だ」

 

 

 それから少し離れた公園で、私たちはベンチに腰かけて、静かにたい焼きを食べていた。温かさの残る生地は柔らかく、中にはつぶつぶのあんこがぎっしりと詰まっていてボリューミー。少し口の中がもっさりするけど、さっき先生に買ってもらったペットボトルのお茶でそれを流してしまう。久しぶりに食べた甘味を、私はゆっくりと味わった。

 ただ、その間にも先生は何も言わない。ただ私の事をニコニコと見つめているだけで、私に何かを聞くこともない。それがなんだか気恥ずかしくて、ついに私の方から話を切り出した。

 

 

「…………聞かないんですか。カタカタヘルメット団のこと」

 

 

 一言、たったそれだけ。それだけでも、きっと先生は理解してくれる。だって先生は、カタカタヘルメット団がどうなったかを知ってるはずだから。私の居場所を奪った人達と一緒に居たのに、あれだけ便利屋の子たちに信頼されてるのに、知らない方がおかしいと思う。

 そして実際それは当たりだったようで、先生は悲しげな表情を浮かべながら、どこか遠くを眺めていた。

 

 

「そうだね。でも、それはセキにとって辛いことでしょ?私は辛いことを、あんまり掘り返したくないよ」

 

 

 手に持った缶コーヒーを口に含みながら、先生はそう言っていた。そして飲み終えたらしい缶コーヒーをそばに置きながら、まるで独り言のように言葉を零していく。

 

 

「ただ、セキは今何してるのかなって。ちゃんと眠れて、ちゃんとご飯を食べれて、生きてくれているのかなって」

 

「…………そうですね。私は元気ですよ。こんな終わりのない、生き地獄のような世界でも」

 

 

 先生の言葉に、少し意地悪く答える私。でも、本当に生き地獄なのだ。帰る場所もなく、生きる意味もなく、ただただ生きるだけ。惨めに生きる私に、失った家族の声が呼びかけてくる。

 

 

 助けて!!痛い!!

 

 セキ!!なんとかしてくれ!!

 

 

 助けを求める声がする。

 聞こえないはずの、助けを求める声が。あの時誰かが叫んでたかもしれない言葉が、私にずっと呼びかけている。それは私の罪で、罰だ。あの場所で、あの人たちに生かされておきながら、あの人たちを、あの場所を守ることが出来なかった私への罰。

 

 ほら、今も聞こえるでしょ?

「助けてくれ」って、叫ぶ声が。

 

 ……正直、もう何が現実かも分からない。私が1人取り残されていて、みんなが呼んでるのかもしれない。目を閉じればみんなの怒った顔が浮かんで、涙が溢れて眠れない。たまに身体が動かない日もある。身体の傷も治せないから、日に日に自分が弱くなっているのがわかる。他の人から見た私の身体は、きっと壊れてしまっているんだろう。

 

 それでも、私は生きている。

 たった一つの目的に、私は生かされている。

 

 

「……先生。先生は前に私たちの味方になってくれるって、言ってくれましたよね」

 

 

 "みんな"の声に背中を押されて、私はいつかの話を口にする。あの病室で先生が言ってくれた言葉。私の心を軽くしてくれた、あの言葉。あの時はまだこんなことになるなんて、想像もしてなかったな……。

 この話を持ち出せば、きっと先生はお願いを聞いてくれる。本当は私の夢のために使おうと思ってたけど、もう夢を見れないから。あの時とは少し違うけど、もしもあの言葉が生きているなら──

 

 

「──1つ、私のお願いを聞いてもらえますか?」

 

「……言ってみて?」

 

 

 少し間を開けてから、静かに頷くセツナ先生。私はまた笑顔の仮面を被りながら、たった一つの願い事を告げる。

 

 

「でしたら、応援して貰えると嬉しいです。私のやりたいことを、私の………………」

 

 

 ……私の、復讐を。私の、贖罪(Buße)を。

 きっと先生なら、私のことをわかってくれる──

 

 

「……ごめん。そのお願いは聞けないよ」

 

 

 でも、先生から返ってきた言葉は、予想外の拒絶の言葉だった。苦しそうに顔を歪ませながら謝る先生に、私は短く「……そうですか」とだけ呟いた。

 

 

 ………………嘘つき。

 嘘つき。嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき。

 

 

 助けてくれるって言ってたのに、私を頼っていいって言ってたのに。

 

 

「……嘘つき」

 

 

 私たちの味方だって、言ってくれてたのに。

 それとも、これも私の思い上がりだったのかな。

 シロコちゃんの時みたいに、また私が勝手に期待して、勝手に失望しただけなのかもね。

 

 

「………セキ、私は曲がりなりにも先生だ。生徒がやりたいことをやれるよう、精一杯サポートするのが私の役目」

 

 

 黒い私が漏れていたのか、先生がこちらを諭すように語りかける。スーツの膝上に置いた手をきつく組んで、まるで割れ物を持つみたいに。私の心を探るように、ゆっくりと言葉を選んでるみたいだった。

 

 

「セキの選択は尊重したい。でも、その選択の先で、セキは幸せになれる?」

 

「………幸せって、なんでしょうね」

 

 

 先生の問いかけに、私の口からポツリと本音が零れる。

 

 

「私には分かりません。リーダー先輩はいつも、『セキのしたい選択をして欲しい』って言ってくれてました。私はみんなと話すのが好きで、みんなと一緒に居られるのが嬉しかったです」

 

 

 だから、みんなを守れるくらい強くなろうって思えたの。いっぱい強くなって、みんなとずっと、一緒にいられたらって。でもそれも、結局は夢だったのだ。どれだけ努力しても叶えられない、手の届かない理想だった。

 

 

「今になって気づいたんです。あの素敵だった日々が、先輩やみんなと会えた事が、小さな『奇跡』の積み重ねだったんです」

 

 

 それが、私の幸せだった。私の全てだった。

 

 

「……でも、みんなはもう居ません。リーダー先輩も、佐山先輩も、白河先輩も。飛葉ちゃんも、桐谷ちゃんも、三上ちゃんも、稲山ちゃんも……。気づいた時には、幸せは私の手から零れていたんです」

 

 

 苦しい……。苦しい……苦しい。

 でもきっと、あの襲撃の時に怪我をした子は、もっと苦しかった。私が守れたはずの命だった。それが悔しくて、膝に置いていた手をぎゅっと握りしめる。

 

 

「先生、私の幸せって、なんですか?こんなのが、私の幸せなんですか?」

 

 

 なら、私はこんなの欲しくない。私の事なんてどうでもいい。世界がどうなってもいい。ただ先輩を、みんなを、返してください。それが私の世界(すべて)、私の幸せなんです。

 

 

「…………セキは優しいんだね」

 

 

 私の言葉を黙って聞いていた先生が、変わらない暖かな声で私を慰める。

 

 

「ごめんね。今の私じゃ、セキを救うことはできない。その代わりに、少しだけ私の話を聞いてくれる?」

 

 

 どこか必死そうなその言葉に、私はコクリと頷く。それを見た先生は少し満足そうな表情を浮かべると、その言葉の続きを語り始めた。

 

 

「私は、運命って言葉が苦手でね。こうなる運命だったとか、これは必然の結末だったとか……。そういうコトバが、私は苦手なんだ」

 

 

 だって、最初から何もかも決まってるんだったら、私たちの選択に意味はないじゃないか。

 

 そう語る先生は、どこか遠い世界を見ているみたいだった。ただその瞳には、確かに誰かの姿が映っている。それが誰なのかは分からなかったけど、ただ、それが先生の在り方を象っているように見えた。

 

 

「だから私は信じない。そんな面白くない結末は、絶対に認めない。カタカタヘルメット団の壊滅が事実としても、みんながセキを置いていったなんて絶対にない。私は、そう信じたいと思う」

 

 

 そう断言する先生の姿に、私は静かに胸を打たれた。

 

 

「セキはどうかな。君は、この結末を受け入れるかい?」

 

 

 

 私は……、どうしたい?

 私はこんな結末を受け入れたいのかな?

 

 私の罪過を否定して?

 

 

 

「君の本音を、聞かせて欲しいな」

 

 

 

 私は……、私は……。

 私は、自分の罰から目を背けれるのかな?

 

 みんなの声が、少し遠のく。

 

 この声が、また聞けるなら。

 

 もしみんなが、生きているなら……。

 

 

 

「先生、私は────」

 

「先生、ちょっと話が──っ!?」

 

 

 私がその続きを紡ぐよりも先に、公園の入口の方から先生を呼ぶ声を聞こえてきた。そちらの方を見てみると、そこには目を見開きながらも、こちらに向けて銃を構えるシロコちゃんの姿があった。

 

 

「セキ……だよね?」

 

「……シロコちゃん」

 

 

 そうだよね。先生が居るなら、シロコちゃん達もここに来てても不思議じゃないよね。ただシロコちゃんは、私が門守セキだという確信がないみたい。やっぱり今の私は他人の目からすると、以前までの私とは全然違うように見えるのかもしれない。

 でも、それはシロコちゃんも同じだ。以前までの少し疲れていた表情は明るいものに代わって、最近は以前と比べてとても生き生きしてるように見える。それに実力も、便利屋の子たちとの戦いを見てれば、その急成長ぶりが目に見えてわかった。

 

 それがなんだか、私の中をぐるぐると掻き混ぜる。

 

 

「先生。次の機会までには、答えを出せるようにしたいと思います」

 

 

 それだけ先生に伝えてから、私は逃げ去るように公園を出ていく。誰かが呼び止めるような声が聞こえた気がしたけど、今はあの場所にいることが耐えれなかった。

 

 

 ……なんだか、とっても気持ち悪い。

 でも、こんなことで止まれない。

 

 

「セキ、みんなを守ってやりな」

 

 

 みんなの声が、私を呼んでるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の予想通りだった。アロナから《近くで戦闘中の生徒さんが居る》と報告を聞いて現場に向かってみれば、そこにはマーケットガードを封殺したセキの姿があった。その姿は痛々しく、姿を見せなかった数日間に、彼女がどれだけ苦しんだかを容易に想像させられた。

 ただその戦闘力は健在なよう。避けるべきとヒフミが忠告していたマーケットガードを倒し、ほぼ無傷で勝利した彼女はまさに『白鯨』の異名に相応しい威圧感を放っていた。

 しかし、私にとっても予想外だったのは、彼女がアビドスにまつわる一連の騒動で負った傷は、セキの心を壊すには十分すぎるほどの深手だったことだ。

 

 

「待って!!セキ!!」

 

 

 シロコの呼ぶ声も聞こえないのか、セキは️‍ボロボロの翼を羽ばたかせて去っていく。見るからにやつれた表情に、傷だらけの身体。もうとっくに限界は来てるだろうに、セキは止まることなく"どこか"へと進み続ける。

 

 ……どこか。その行先は、きっと破滅だ。

 先生として、絶対に阻止しなければいけない結末だ。

 

 

『でしたら、応援して貰えると嬉しいです。私のやりたいことを、私の………………』

 

 

 その言葉の裏に潜んでいたものを、私の"瞳"は正確に読み取っていた。読み取れてしまったからこそ、私はあの言葉を肯定する訳にはいかなかった。例えそれが、セキを傷つけることになったとしても。

 あれは、子供が抱いてはいけないものだ。夢ある子供が背負うには、あまりにも重すぎる虚無。それが彼女を押し潰してしまう前に、何とかして彼女を救い出さないといけない。

 

 

「アロナ。セキのモニタリングはできてる?」

 

《はい!しかし、セキさんとは一度も接続(リンク)していないので、あまり精度は高くないです……》

 

「それで良い。少なくとも、手遅れになる前に接触できれば……」

 

 

『シッテムの箱』にはここから離れていくセキの位置情報と、激しく脈打つような心臓の鼓動が表示されていた。だが先にアロナが言っていたように、時々ノイズによって情報が掻き消されている。こればかりは、今の状況ではどうにもならない。でも少なくとも、これで何かあった時にはすぐ気づけるだろう。

 

 

「先生……」

 

 

 私が『シッテムの箱』に視線を落としている中、シロコが不安げな顔で私へと声をかける。シロコは私や対策委員会を含めて、1番多くセキと関わってきた生徒だ。その分、彼女に思うこともあるだろうし、今も彼女の事が心配なんだろう。

 きっと以前のシロコなら、きっと心配はしなかっただろう。でもあの前哨基地での戦いの後から、シロコはセキのことを気にかけている気がするのだ。あの戦いで何があったのか。私には知る由もないが、セキとの間でシロコの心を変える何かがあったのだろう。

 

 

「大丈夫だよ、シロコ。セキの事は私が何とかしてみる」

 

「……うん。お願い、先生」

 

 

 そう言うと、少し安心したような笑みを見せるシロコ。例え最初は敵同士だったとしても、何度も顔を合わせればまた違う感情が芽生えることもある。いわゆる単純接触効果というやつだ。それはシロコだけの話ではない、きっとセキにも、何か心の変化を与えただろう。セキはシロコに執着している様子を見せていたし、何か特別な思い入れがあるのかも。

 ただ、さっきのセキの反応を見る限りは、それが良いものばかりとは思えない。でも、それが逆に彼女を虚無から救い出すヒントになるかもしれなかった。

 

 

 セキを救い出す鍵は、きっとシロコにある。

 

 

 でも今は、まだその時じゃない。まずはセキが私の問いの答えを、自分で考えれる状態になってからだ。そう考えた私は一旦セキに関することを思考の端へと移しながら、先程シロコがやって来た理由の方へと話題を移す。

 

 

「ところで、何か話があるんじゃないの?」

 

「ん、実は先生のいない間に──」

 

 

 そう言ってシロコの口から飛び出してきたのは、どれもこれも衝撃的なものだった。見つからない戦車のパーツに、今朝に今月の利息を回収しに来た銀行員と、ブラックマーケットの闇銀行の関係。そして借金先のカイザーローンに関する怪しい話など。ここに来て怪しげな要素がこれでもかと出てきたようだ。

 そして対策委員会は、銀行にある集金表を回収できれば、カイザーローンとブラックマーケット、そしてアビドスの借金の関連性を掴めると考えた。だからどうにかして集金表を確保したいらしいが……。

 

 

「──なるほど。確かにいい案だと思うけど、どうやってそれを回収するの?聞いた限りだと、正直に渡してくれるとは思えないけど」

 

 

 話が出た際にその場でアヤネが調べたらしいが、どうも完全にオフライン管理をしているらしく、電子戦ではどうにもできないらしい。となると、いくら高性能神×3AIであるアロナでも太刀打ちできそうにない。

 かと言って直接乗り込んで「集金表を確認させてください」と言っても、きっとシラを切られて手に入らないだろう。ここはブラックマーケットだし、限りなく黒とはいえ銀行も一応は体制側。その場で暴力に訴えればマーケットガードが飛んできて面倒なことになる。

 

 

「大丈夫。策ならあるよ、先生」

 

 

 だが、どうやらシロコには何か作戦があるらしい。きっとシロコも正攻法では手に入らないと分かってはいるだろう。なら一体どんな策が出てくるかなと期待していると、シロコは何かを探していたカバンからあるものを取り出した。

 それは、2号と番号が振られた青の目出し帽だ。しかもよく見ると、取り出したカバンからはカラフルなバラクラバがいくつも飛び出ていた。そして突然現れたそれに私の理解が及ぶより先に、シロコは清々しい程の微笑を浮かべ、力強く自らの(プラン)を宣言するのだった。

 

 

「ん、銀行強盗する」

 

「…………ん?銀行強盗??」

 

「ん。銀行強盗」

 

 

 オウム返しで聞き返す私に、コクリと頷くシロコ。どうも、私の聞き間違いではないらしい。そういえば、以前の対策会議でシロコが銀行強盗を提案してたなぁ……。

 

 いやぁ……、銀行強盗かぁ……。

 

 でも実際、結構有効な手ではある。以前に聞かせてもらったシロコの計画は、緻密に練られていて無駄がなかった。ものによっては、マーケットガードが来る前に決着をつけれる可能性もある。それに、ここはなんでもありな無法地帯(ブラックマーケット)。闇銀行が襲撃されたところで、外で騒ぎになることはきっとないだろう。

 

 

「先生。銀行強盗、する?」

 

「……そうだね。一応みんなにも話をしてみようか」

 

「ん、みんなはもう準備できてる。ヒフミも参加してくれるって」

 

「みんな準備が早いなぁ……」

 

 

 キヴォトスの子供たちの行動力、恐るべし。そう感想を漏らしながら、私はみんなの元へと合流するのだった。

 

 

 

 







 ▽天守セツナ
 大事なものは、経験ではなく選択。
 そして何より、自らの意思と想い。

 ▽門守セキ
 奇跡か、あるいは贖罪か。
 どちらにせよ、堕ちていくだけ。

 ▽砂狼シロコ
 羨望と嫉妬、その対象。
 良くも悪くも、セキにとっての核。

 ▽対策委員会
 たい焼きはセツナの奢りだった。
 ブラックマーケットに来てからは、世の中の薄汚い世界について知ることが多くなる。

 ▽阿慈谷ヒフミ
 何故かブラックマーケットに詳しい。
 曰く、贔屓のお店があるとかなんとか……。



あとがき

ちょっとまた構成がごちゃつきました。
もしかしたら今回は、読んでてだいぶ気が重くなるタイプなのではないかな?僕とか読んでて気持ちが引っ張られるタイプなんで、書いてるうちに少し引っ張られすぎたかなと思ったり。

P.S 多くは語りません。
ただ、ティーパーティーの水着を書いてくださった絵師さんとは、いつか酒を酌み交わしたい。


 次回 第15話「無いはずの6番目」


「ワタクシの事は、Clown(クラウン)とお呼びくださいマセ」




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