Blue Archive 〜藍の外典〜   作:roimi_mark2

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 しかし、その時ときに起る患難の後、たちまち日は暗くなり、月はその光を放つことをやめ、星は空から落ち、天体は揺り動かされるであろう。


 ーマタイによる福音書 第24章 29節よりー







第16話 「ホシノ オチル ヨル」

 

 

 

 

 

 

 ブラックマーケットでのいざこざを終えて、対策委員会とヒフミとセツナは無事に部室へと帰還した。予想外の出来事が多々あったが、その分成果も予想以上だ。そしてその成果である集金表を確認していくうちに、セツナ達は衝撃の事実を知ることとなる。

 

 

「なっ何これ!?一体どういうことなの!?」

 

 

 対策委員会の部室に、セリカの絶叫が響き渡る。その原因は、集金表に書かれていた内容だ。手に入れた集金表には、アビドスから788万を受領したとの記録があった。これは先月、彼女たち対策委員会がカイザーローンに対して支払った金額と一致するため、あのトラックがいつもアビドスに来ていたもので確定する。

 そして問題はここからだ。アビドスからお金を回収したその後、すぐにカタカタヘルメット団に対して任務補助金500万を支給したとの記録があったのだ。この2つの記録の間には何も記されておらず、日が改められた痕跡もなかった。

 

 

「……つまり、それって……!?」

 

 

「私たちから回収したお金を、そのままヘルメット団に流してたってことだよね!?しかも回収してからすぐに!!」

 

 

 怒髪天を衝く勢いのセリカが、それが意味することを口にする。要するに、カタカタヘルメット団とカイザーローンはグルだったのだ。ヘルメット団の装備がやけに高性能だったのも、持てないはずの重戦車を持っていたのも、全てカイザーローンが支援していたからだとすれば辻褄が合う。

 

 

「任務……。つまりカイザーローンが、カタカタヘルメット団に対して任務を依頼していた…ということでしょうか」

 

「……私たちの学校を襲えって?」

 

「……どういうことでしょうか。仮にもしあのまま私たちが破産していたら、貸していたお金の回収もできないでしょうに……」

 

「……これ、明らかにカイザーローン単独の仕業じゃない。カイザーの本社が控えてるとしか思えない」

 

「……はい、そう見るのが妥当だと思います」

 

「でも、なんでカイザーローンだけじゃないの!?本社は関係なくない!?」

 

「……………………」

 

 

 ヒフミも交えて意見を交わすが、一向に納得のいくものは出ない。集金表のおかげで、今自分たちが誰と敵対しているかはわかった。でもカイザーローンだけではなく、カイザーコーポレーション自体が関わってきているのは完全に予想外だ、それにローンの行動自体にも納得がいかない。謎が謎を呼ぶ、まさにそんな状態だった。

 

 

「……よし。今日のところはもうお開きにしようか。ヒフミも帰らないといけないし、そろそろ日も落ちて暗くなっちゃうしね」

 

 

 パンッ!と手を打ち合せながら、セツナはそう呼びかけた。時刻はまもなく17時になろうという頃。日の光もすっかり傾いて、教室には茜色が差し込んでいた。問題はまだ一切解決していないが、これ以上話し合うには圧倒的に時間が足りない。

 それだけではなく、今日は銀行強盗をしたりマーケットガードの追撃と交戦したりと、普段していないことを多くした。その分疲労も蓄積するだろう。さらに言えば、今はヒフミだって居る。ここからトリニティまでは距離があるし、彼女もそろそろここを出なければあちらに着くのは夜中になるだろう。

 

 

「この件に関しては、私の方で引き続き調べておくよ。今日1日色々と大変だったし、みんなゆっくり休んでね」

 

 

 セツナのその一言を皮切りに、今日のところは解散することとなった。それぞれが複雑な感情を抱えたまま帰路に着く様子を見届けてから、セツナもまた自室へと戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(夜の学校って、こんな寂しかったかな)

 

 

 そんな事を思いながら、私──小鳥遊ホシノは暗い廊下を歩いていた。既に校内に人の気配はなく、ただコツコツと、私が廊下を歩く音だけが寂しく木霊する。その音をBGMにしながら、私は今日あったことを振り返るのだった。

 

 今日は色んなことがあった。ブラックマーケットに行って、銀行強盗をして、カイザーの企みの糸口を見つけて。今までアビドスのことに付きっきりだったから、外の世界に赴くのは新鮮な体験だった。ブラックマーケットを問題なく抜けられたのも、ヒフミちゃんのガイドがあったおかげだろうね。

 ヒフミちゃんはいい子だ。今日知り合っただけの私たちに付き合ってくれて、別れる時なんかはトリニティの生徒会(ティーパーティー)に報告するとまで言ってくれた。こっちが巻き込んじゃった側なのに、私たちのために何かをしてくれるのは、ちょっとだけ嬉しかったな。

 ただそれ自体はありがたいんだけど、その場では気持ちだけ受け取らせてもらった。今のアビドスは三大学園のようなマンモス学校からのおせっかいを、全部コントロール出来る状況じゃないんだよね。アビドスのためにも、これ以上「万が一」を見逃す訳にはいかないから。

 

 ……そう。これ以上、「万が一」を見逃す訳にはいかない。不確定要素は、何も外の勢力だけじゃないから。私たちの内側、アビドス廃校対策委員会の中にも、不確定要素が潜んでいる。その不確定要素に会うために、私はある部屋を訪れていた。

 

 

「先生〜、ちょっとお邪魔してもいい〜?」

 

 

 扉を2度3度とノックしてから、そう問いかける。「先生の部屋」と書かれたボードが吊るされたその部屋は、セツナ先生がアビドスにいる間に利用している部屋だ。以前、セリカちゃんが攫われた時に入ったこともあるけど、あの時は先生に対する不信感でいっぱいだった。

 その不信感は、今でもずっと燻っている。だからこうして、みんなが居ない間に訪れたのだ。他のみんなは先生のことを信頼してるみたいだけど、私はまだ信用できない。今夜はセツナ先生に話したい事があるので、そのついでに先生が信用に足る大人なのか、それを見定めに来たのだ。

 しかし、呼びかけてからしばらく経っても、先生からの返事は帰ってこない。もしかして、どこかへ出かけてるのかな?そう思って扉に手をかけると、鍵はかかっていないようで、扉は抵抗なくスっと開いた。

 

 

「……?いない?」

 

 

 先生の部屋はもぬけの殻だった。書類の山やホワイトボードのメモなどはそのまま……いや、むしろ増えてるみたいだけど、肝心の先生はどこにも見当たらない。普段ならタブレットや書類と睨めっこしてるはずなのに、今日に限ってどこかへ出かけているみたいだ。

 さて、こりゃ困ったね。あの先生が行きそうな場所なんて皆目見当もつかないや。一応先生はまだアビドスに不慣れだからそう遠くには行かないだろうけど、それでも候補地は沢山ある。

 そこをしらみ潰しに探していくよりかは、ここで先生が返ってくるのを待ってた方が良いかな。そう思って来客用のソファーに腰掛けたその時だった。

 

 

 ジジジジジジジジジジ・・・

 

 

 私の耳が、奇妙な音を拾う。それは虫の羽音にしては大きく、やけに機械的な音をしていた。その音がする方──即ち、この部屋の入口の方へと目をやると、そこには1機のドローンが、こちらを見つめるように静かに浮遊していた。

 4基のプロペラに、4つの四角い箱のようなものがぶら下がっているドローン。機体は薄汚れた白に包まれていて、その姿に私は既視感を覚えていた。

 あれは以前セリカちゃんが攫われる前に、私たちの後を尾行していたやつだ。どうも相変わらず、私たちのことを監視しているらしい。

 叩き落としてやろうかと愛銃のショットガンを向けてやれば、ドローンはそそくさと壁の向こう側へと退散して行った。だけど、しばらくするとまたこちらの様子を伺うように、不快な音と共に扉から半身を覗かせる。

 何がしたいんだとソファーから身体を起こしてみれば、ドローンは再び姿を消した。そして後を追うように廊下に出ると、ドローンは廊下の突き当たりに移動して、こちらのことをジッと見つめているようだった。

 

 

「……付いてこい、ってこと?」

 

 ジジジジジジジジジジ・・・

 

 

 その言葉を聞き届けたように、ドローンはゆっくりと旋回すると、静かに移動を始めた。まるでどこかへと導いているような様子に、私は疑問に思いながらも警戒しながら後を追う。

 今までは遠巻きから見てるだけだったのに、今回は一体どういった風の吹き回しだろう。そう悶々と考えるが、ドローンはそんなこと気にもとめずに先へと進んでいく。

 そうして辿り着いたのは、学校の屋上へと続く階段だった。見上げてみるとどうやら屋上への扉は開かれているようで、ドローンは一気に上昇すると、その扉から外へと出ていってしまった。私もそれに続いて階段を登っていく。

 

 そして、扉をくぐった先に広がる光景に、私は思わず息をのんだ。

 

 

「……きれい」

 

 

 開け放たれた扉の先には、満天の星空が広がっていた。真っ黒な夜を埋めつくすほどに、星々がまるで宝石のように瞬いている。普段から夜間のパトロールで星空を見ることはあるけど、ここまで綺麗なのは久しぶりだった。きっとここら辺には明かりがないから、その分市街地よりもはっきりと輝いて見えるんだろう。

 

 

「やぁ、ホシノ。こんな夜遅くにどうしたの?」

 

 

 そして、その星空に魅力されているのは、何も私だけじゃなかった。声のした方を見ると、そこにはいつもの白衣を着たセツナ先生の姿があった。近くにはさっき私を導いてきたドローンが置いてあって、どうも先生がここまで案内してくれたみたい。

 ただ、その周囲にはドローン以外にカメラや3脚のほか、小さなコンロやコーヒーケトルのようなものまで置かれていて、まるでキャンプを満喫しているみたいな状況だった。その状況があまりにもミスマッチすぎて私の反応がワンテンポ遅れる。

 

 

「お、いたいた〜。先生こそ何してるの?」

 

「今日は流星群の日だって聞いたから、ちょっと星を眺めようと思ってね。ホシノもどう?」

 

「うへ、じゃあお邪魔させてもらおうかな〜」

 

「コーヒーは甘め?それともブラック?」

 

「ん〜。じゃ、ちょっと甘めで〜」

 

 

 私が近づいていくと、先生はゴソゴソと私の分を用意し始める。先生が空けてくれたスペースに腰を下ろして、手渡されたブランケットに身を包めば、砂漠特有の寒さはたちまち遠のいていった。お昼の時とはまた違う温かさに、少しだけ瞼が重くなる。

 その間にも、先生はテキパキとコーヒーを作っていた。流石に豆からではなくインスタントだったけど、それでもあっという間に作られるコーヒーに、私は素直に感心していた。まぁ、先生の部屋の有様を見るに、きっと夜の相棒として作ってるうちに慣れてきたんだろうなぁ……。

 

 

「ホシノは私に用があるんだよね?」

 

 

 コーヒーを作る手を止めずに、先生は私にそう問いかける。やっぱり、先生にはなんでもお見通しみたいだ。いや、きっとあのドローンで私のことを見てただろうから、そう考えない方が不自然かな。

 ただ実際、先生に用があるのはその通りだ。じゃないとわざわざ、ここまで足を運ぶことは無かったろうしね。

 

 

「じゃあ早速本題なんだけどね。今回のカイザーローンの件、先生はどう思う?」

 

 

 私が話したかった事はこれだ。今日の一件で、一連の事件の裏側にカイザーコーポレーションが関わっていることはわかった。相手にカイザーが居るなら、カタカタヘルメット団があれだけ重装備だったことにも納得がいく。

 けど、同時に納得いかないこともあった。それはカイザーの目的だ。私たちに借金を返させることが目的なら、何度もヘルメット団をけしかけることはしない。他に考えられるのはこの校舎が欲しいとかだけど、カイザーくらいの大企業なら、校舎くらい自分たちで勝手に作れそうだしね。

 

 

「……ちゃんと整理できてる訳じゃないけど、なんだか妙な感じがするってところかな。ホシノはどう思う?」

 

「そうだねぇ。私も同じ考えかな〜」

 

 

 先生も、私と同じ違和感を感じているみたいだった。何かを考えている表情は至って真剣で、私たちの問題に、真摯に取り組んでくれていることがよくわかる。

 セツナ先生が来てから、私たちを取り巻く問題が少しづつ解決していっている。ただ、今日の1件で謎はさらに深まった。問題の黒幕を突き止めたはいいものの、相手は自分たちよりも強大で、まだ目的も分からない。

 そしてそれは、隣に座る大人も同じだ。なんで私たちのことを助けるのか、私たちに何を求めているのか。この大人が、私たち(アビドス)にどんな変化を齎すのか。それはまだ分からないけど、今の所は悪い方向に向かっている感じはしなかった。

 

 ……でもなんで、ここまでしてくれてるのに、これまでの嫌な大人たちと同じ気配がするんだろう。

 

 動機も、目的も、この大人を突き動かす信念(モノ)も。私には、セツナ先生の"内側"がどうなっているか分からなかった。あるいは、これも私が捻くれすぎてるのが原因だったり?

 

 

「見てホシノ、綺麗だよ」

 

 

 そんな時、空を見上げていた先生がそう呟いた。それにつられて再び夜空を見上げれば、流れ星が幾つもの光の筋を描いていた。それはまるで星のシャワーみたいで、途切れることなく色んなところから降り注いでいるみたいだった。

 

 

「……ほんとだ。やっぱり、ここなら結構はっきりと見えるね」

 

「今日が新月なのも幸いだね。月明かりが少なくて助かるよ。はい、ホシノの分」

 

「あ。ありがと、先生」

 

 

 手渡されたコーヒーを手に、私はしばらくこの夜空に見入っていた。赤っぽかったり、白っぽかったり、色んな色で輝く星に、その間を走り抜けていく流れ星。大迫力の天体ショーに、私は息をするのも忘れて見つめている。

 ……昔は、私もよく星空を見ていた。世界にはこんな綺麗なものがあるんだって、目を輝かやかせていたのを思い出す。

 

 少なくとも、あの話を知るまでは好きだった。

 今は……どちらかと言うと嫌いだ。

 

 

「……先生、流れ星の伝説って知ってる?」

 

「伝説?」

 

 ふと、脳裏によぎったある話を、先生に問いかける。先生は少し驚いたような表情を浮かべると、何かを思い出すように小さく唸りながら口を開いた。

 

 

「私が知ってるのなら、『流れ星が光ってる間に願い事を3回言えば、願いが叶う』みたいなのはあるけど」

 

「へぇ〜、私の知ってるのとは少し違うんだね」

 

 

 どうやら外の世界にも、流れ星にまつわる話は色々とあるみたい。ただやっぱり、私の知っている話とは全然違う。私も教えてもらうまでは知らなかったから、もしかしたらアビドスにだけ伝わる話なのかも。それはちょうど、こんな話だ────

 

 

「流れ星は、天国にいる神様が、地上の人がどんな風に暮らしてるかを知るために落としてるんだとか。だから地上での事を教えると、お礼に願いを叶えてくれるんだって〜」

 

 

 それは、かつて私が聞いた話。あの夜も、こんな風に星が綺麗な夜だったことを覚えてる。頭上に広がる満天の夜を、幾つもの流れ星が駆けていく。私と当時の先輩は今みたいに屋上からそれを眺め、ありふれた他愛もない話をしていた。その途中で先輩が話し始めたのが、さっきの流れ星の伝説だった。

 

 

 ホシノちゃんも何か願い事してみたら?

 

 

 その話を語り終えた後、先輩はそう言った。あの時はなんて答えたんだっけ。確か「先輩がもっと賢くなりますように」だったかな。それを聞いた先輩が隣で「ひぃん……」と嘆いていたのをよく覚えてる。

 今ならどうだろう。色んなことを知って、色んなことを経験して。今の私なら、どんなことを願うかな?しばらく夜空を眺めて考えてから、私は心に決めた願いをポツリと零す。

 

 

「……『みんな(・・・)が何事もなく、平和に過ごせますように』」

 

「それが、ホシノの願い事?」

 

「うん。こんなアビドスだからね。みんな怪我とかなく過ごせればいいな〜って」

 

「大丈夫。私から見れば、みんな強かだよ。何よりホシノがみんなを導いてくれるなら、きっと上手くいく」

 

「うへ。そう言われるとおじさん照れちゃうな〜」

 

 

 ノノミちゃんにシロコちゃん、セリカちゃんにアヤネちゃん。それにアビドスの借金に、止まらない砂嵐。抱える問題は多いけれど、それでも色んなことをみんなで楽しくやってきた。そんな日常が、みんなの青春がずっと続いて欲しいと、心の中で強く祈る。

 でも、私は知っている。この願い事は、決して叶うとは限らない。叶ったとしても、それが望む結果(・・・・)にならないこともある。流れ星は、きっかけを作るだけだ。望む結末を迎えるには、結局のところ私の努力が重要になってくる。

 

 

「ま!先生が居るなら、きっと何とかなるっしょ〜」

 

「……そうだね。きっと、上手くいくさ」

 

 

 アビドスの事も、後輩ちゃん達の事も。私が守らなきゃダメなんだ。みんなが借金なんかに苦しめられず、普通の学生生活が送れるように。でもそのためにはまず、セツナ先生の本心を見抜かなきゃいけないんだけど……。

 

 

「先生は、私たちのことを信頼してくれてる?」

 

「もちろん」

 

「そういう割には、まだドローンで私たちのこと見てるでしょ?おじさん、ちょっと感心しないな〜」

 

「君たちの事を、もっと()りたいからね。もちろん、プライベートは覗かないよ」

 

「ほんとぉ?」

 

「ほんとだとも。ホシノに嘘はつけない」

 

「うへ〜。じゃあ、そういうことにしといてあげる」

 

 

 この通り、打ってもまるで手応えがない。でも実際、いつもの監視も家の近くに来ると無くなるし、何かしらのラインはあるっぽいんだけど……。先生の言葉には何か裏の意味があるのではと勘ぐってしまう。

 どうしようかと天を見上げると、流れていた流星群ももう間もなく終わりを迎えようとしていた。あれだけ流れていた流れ星はまばらになり、星空が僅かに寂しくなる。その光景を眺めていた私は、ふと気になることを思い出して隣の先生へと問いかけた。

 

 

「先生はさ、流れ星に何をお願いするの?」

 

 

 まだ、先生のお願い事を聞いてなかった。

 

 

「願い事か……。そうだね、どうしようかなぁ……」

 

 

 いきなりの質問に、先生は少し悩んでいるみたいだった。先生の事だからきっとすぐに出てくるんだろうな〜と思っていたけど、案外先生も悩んだりするみたいだ。それが少し意外で、私の中の先生の影が少し形を取り戻し始める。

 それから先生はしばらく夜空を眺めていたけど、私のコーヒーカップが空になると、ようやくその重い口を開いた。そして、まるで独り言のようにボソッと呟くのだった。

 

 

「『私の欲しいものが、全部手に入りますように』……とかかな?」

 

 

 大人らしくない、わがままな願いを口にする先生。あまりにも子供っぽい内容に、私の思考も少し止まってしまう。でもその時の先生の表情が少しだけ気の緩んだようなものだったのが印象的だった。

 

 

「うへ、先生は欲張りだねぇ。それはちょっとズルいんじゃないかなぁ?」

 

「あはは……。まぁ、大人はズルいくらいがちょうどいいんだよ」

 

 

 先生はそう言って、困ったように笑うのだった。

 

 

「この世の中には色んな制約があるから、その分大人もまた不自由なんだ。だから欲しいもののためなら、ルールの範疇でどんな手を使ってやる。……と、私はそう思うんだ」

 

 

 遠くの星空を見上げながら、そう語るセツナ先生。なんだか、いつもの皆を前にした先生とは違う。まるで自分たちとそう歳の変わらない子供のように振る舞う先生は、少しだけ本心を晒している気がした。

 でも、それでもまだ全体は見せてくれていない。先生の(イメージ)は前よりもハッキリとしたけど、まだ靄がかったように不明瞭だ。せめてもう少し知れたなら……、その考えが顔に出ていたのか、先生は藍みを帯びた"眼"を細めると、再び夜空を眺めてから──。

 

 

「でもそうだね。一つだけあげるとするなら、『みんな(・・・)が心から笑えるようになりますよう』かな」

 

 

 ──まばらになった流れ星に祈るのだった。

 

 

「みんなの抱える悩みが全部片付づいて、生徒(きみ)たちが心から笑って青春の日々を送れますように。それが、"天守セツナ(わたし)"の叶えたい願い事……かな」

 

 

 清廉とは、このことを言うのかもしれない。ポツポツと願いの言霊を紡ぐセツナ先生は、小さく組んだ手のひらを静かに握りしめながら祈っていた。

 その姿からは軽薄な雰囲気は感じられず、普段の飄々とした態度とも違う、切実な想いが伝わってくる。そしてその横顔をジーっと見つめていた私に向けて、先生は優しげな声色と共に問いかけた。

 

 

「ホシノはどうかな?心から笑えてる?」

 

「うへ、どうだろうね?」

 

 

 なんだが誤魔化す気も起きず、素直に思ったことを口にする、私、ちゃんと笑えてるかな。ちゃんと"先輩"をできてるのかな。ちゃんとみんなを守れてるのかな。ちゃんと、正解の道を歩んでいけるのかな……。私には分からない。いっそ、誰が教えてくれないかな……?

 視線を地に落としながら、私は自問自答を繰り返す。そうこうしている内に、ずっと続いていた天体ショーは終わってしまったみたいだった。輝いていた流星群は姿を消して、キラキラと輝く夜空だけが残されている。

 

 

「流星群、終わっちゃったね」

 

「……そうだね。夜も更けてきたし、ホシノもそろそろお家に帰ろうか」

 

「先生はまだしばらくこうしてるの?」

 

「うん。もう少しでアビドスの地図が作れるから、それだけ終わらせておかないと……」

 

 

 それだけ言ってから、先生はいつものタブレットを起動させる。どうもココ最近はこうしてアビドスの情報を集めているみたいで、覗き込んだ画面には大まかなアビドスの地形図が記されていた。

 しかも建物やランドマークだけじゃなく、前のヘルメット団の活動範囲やビナーのナワバリまで記されていて、まるでアビドスの地理に特化した百科事典みたいだ。もしかしたらこれも、私たちの支援のためにやってくれているんだろうか。そう思うと、私の胸中になんとも言えない感情が広がる。

 ……今日はもう帰ろう。ここに来た目的も果たせたし、先生の事も少しだけわかった。今日はこのまま、布団に入ってゆっくり眠りたい。

 

 

「じゃ、おやすみ〜先生。夜は冷えるから、風邪だけひかないようにね〜」

 

「うん。おやすみ、ホシノ」

 

 

 先生の言葉を背中に受けながら、私は屋上を後にする。本当はこれからパトロールをしようと思ってたけど、今日はなんだかそのまま眠りたい気分だ。少しスッキリしたような、まだモヤモヤするような。曖昧な感情を抱えたまま、校門を抜けた私は振り返りざまに屋上を見上げる。

 今日話してみて、少しだけセツナ先生の輪郭を捉えることが出来た。正直、まだあの大人のことを信用しきった訳じゃない。相変わらず何かを隠しているし、私たちを監視していることを悪びれもしない。でもこれまでの私たちへの態度も、さっきの願い事も、全てが嘘だとも思えない。

 

 

 あいつは悪い大人だ(あの人は良い大人だ)私たちの問題に付け入り(私たちのために動き回り)自分のために私たちを利用している(私たちの事を手助けしてくれている)

 

 

 相反する2つの結論が同居する奇妙な感覚。まだ結論は出ていないとも思えるけど、私の中ではこれが答えになっていた。あの人は異質だ。 黒いあいつ(・・・・・)と同じ底知れない感じを纏いながら、私たちのことを助けてくれる。善とも悪とも言いきれない、中途半端な大人だ。

 

 でも、あの大人は、今までの大人とは違う。

 少しは信用してもいいのかもしれない。

 

 一体何が目的なのか分からないけど、とりあえず、これだけははっきりした。そう思いながら夜空を見上げれば、さっきとは違う黒い夜が私のことを見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 









 ▽天守セツナ
 キヴォトスにおける不確定要素。
 ホシノを相手に、嘘をついたことは無い。

 ▽小鳥遊ホシノ
 自称・汚れちまったおじさん。
 流れ星に少し苦手意識がある。



あとがき

お久しぶりです私です
相変わらずエミュに時間がかかりましたが、何とか納得がいくレベルのものが出来ました。少し冗長な部分も多いかと思いますが、前から描きたかったアビドス編の転換点の1つなので、楽しんでいただけたらと思います。┏○ペコッ



 次回 第17話「心からやりたいこと」


「未来ある君たちに、後悔のない選択を」




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