Blue Archive 〜藍の外典〜   作:roimi_mark2

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 セツナ「書類が1枚……書類が2枚……」
 シロコ「先生が虚ろな目で書類を数えてる」
 アヤネ「まるで眠る前の数え歌みたいですね」

 セツナ「8枚……9枚……。あれ?1枚足りない……」
 シロコ「ん、まさかの怖い話だった」
 アヤネ「それ無くしたら不味い書類じゃないですよね……?」








第17話 「心からやりたいこと」

 

 

 

 

 

 

 セツナ「書類が1枚……書類が2枚……」

 シロコ「先生が虚ろな目で書類を数えてる」

 アヤネ「まるで眠る前の数え歌みたいですね」

 

 セツナ「8枚……9枚……。あれ?1枚足りない……」

 シロコ「ん、まさかの怖い話だった」

 アヤネ「それ無くしたら不味い書類じゃないですよね……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星の落ちた夜からしばらく経ち、アビドスにはしばらくぶりの平穏が戻ってきていた。あれから便利屋の襲撃もなく、ブラックマーケットの件もバレている様子がない。対策委員会のメンバーは、久しぶりに訪れた安息を謳歌しながら、変わらず借金返済へと勤しんでいた。

 

 それが嵐の前触れだとも知らずに。

 

 

「ん、みんなおはよう」

 

「おはようございます〜」

 

「おはよう!シロコ先輩!」

 

 

 早朝のアビドス高校で、活気のある挨拶が交わされる。いつもの時間に登校してきたシロコが部室に入ると、そこにはノノミとセリカ、そしてタブレットから視線を上げたアヤネの姿があった。シロコは肩に下げていたカバンをそっと下ろして席に着くと、周囲を見渡して不思議そうに首を傾げた。

 

 

「……あれ?ホシノ先輩と先生は?」

 

「ホシノ先輩は今日はオフみたいです。どこかで昼寝してるので、何かあったら呼んで〜と」

 

「セツナ先生の方は、今日は用事でD.U.まで戻るそうです。お昼頃には戻ってこられるみたいですが……」

 

 

 この場に居ない2人について、ノノミとアヤネがそれぞれ補足する。ホシノに関してはたまにこうして来ない日があるので特に思うことは無いが、セツナに関しては初めての出来事だった。

 セツナがアビドスにやって来てからそろそろ1ヶ月が経つが、その間に彼がアビドスを空けることは全くなかった。そもそも高校の一室をほぼ自室同然に使用しているので、ここがほぼ家みたいなものなのだ。そんなセツナがわざわざD.Uに戻る程の用事とは、一体何なのだろう?まぁ、直接聞いたところで答えてはくれないだろう。

 

 

「はい!少しメンバーが居ませんが、これより定例会議を始めたいと思います」

 

 

 そんなこんなで、今日も対策委員会の定例会議が始まった。2人欠席の状態で議論される今日の議題は、相も変わらず借金返済の手段について。だいぶん前のように全員が好き放題すればアヤネの胃が持たなかっただろうが、今回は2人居ない分、対応する案の数はかなり減るだろう。その分、ツッコミ役とストッパー役も減ってしまったが……。それでも、ここはやるしかないのだ。

 ……とアヤネが静かに覚悟を決めていたところで、いざ会議といったような雰囲気に水を差すように、校門に備え付けられていたインターホンが「ピンポーン」と音を鳴らした。

 

 

「ん?もしかしてお客さん?」

 

「インターホンが鳴るなんて珍しいですね」

 

「先生が荷物の配送先をここにしたとか?」

 

「先生からは特に聞いてませんが……。とりあえず確認してみます」

 

 

 アヤネがタブレットで確認している間にも、3人はそれぞれ憶測を飛ばしていた。人のいないアビドス高校に来訪者が来るのは大変珍しい。セツナの時だってかなり驚かれていたのだから、それがどれほど稀な事態であるかは容易に想像が着くだろう。

 しかし逆に言えば、何かこちらからアクションすれば、お客さんが来ることもある。例えば救援依頼だったり、荷物の送り先をここに指定したりとか。今回の場合、恐らくは後者のパターンじゃないかとその場にいたみんなは予測していた。

 

 

「はいぃ!!!?な、何で!!!!??」

 

 

 だからこそ、アヤネの絶叫混じりの言葉に一同は耳を疑ったのだった。

 

 

「わわっ!?アヤネちゃん何があったの!?」

 

「もしかして、銀行強盗の件がバレた……?」

 

「そうだったら、もっと別の反応をするような……」

 

 

 三者三様の反応を見せながら、アヤネの方へと視線が集まる。当の本人はと言うとずり落ちそうになったメガネを直しながら、手元のタブレットをくるっと回して3人へとカメラの映像を見せた。

 

 

「えぇ!?」

 

「はぁ!??」

 

 

 目を大きく見開き、ありえないといった表情を浮かべるノノミ。頭部の猫耳を横にピンッと伸ばし、警戒心を露わにするセリカ。そしてシロコも眉間にしわをよせながら、静かに口を開くのだった。

 

 

「……カタカタヘルメット団」

 

 

 インターホンのカメラには、赤いヘルメットを被った少女の姿だが映されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほいよ。柴関ラーメン、お待ち!」

 

「ありがとうございます。大将」

 

 

 時刻はお昼を少し回った頃、D.Uでの用事を済ませた私は、昼食を取るために柴関ラーメンを訪れていた。最初こそ生徒達に連れられて来る程度のお店だったが、今になっては一人でふらっと寄っていく程、このお店の味の虜になっていた。

 それに柴大将の人柄も良いのも、ここに来る要因の1つだ。こうして一人で訪れた時には、よく色んなことを相談していた。ここアビドスに関することや、それ以外のこと。色んなことを相談する度に、大将は真摯に答えてくれるし、的確なアドバイスをしてくれる。

 アビドスの子供たちと同じように、私にとっても、ここは心の拠り所の1つになっていた。

 

 

「どうだい、アビドスにはだいぶ慣れたかい?」

 

「そうですね。ようやく地理を把握できました。生徒たちもそうですが、アビドスに住む方々は皆さん逞しいですね」

 

「おうとも。砂嵐はちょっと辛いが、そんな中でも子供たちが頑張ってるんだ。なら、俺たちも頑張らないとな。先生もそうだろ?」

 

 

 今日もそんな雑談を交わしながら、大将が作ってくれたラーメンを啜る。優しさがスープに溶け込んでいて、芯から心が温まっていく。1度食べれば、食べた人の胃と心をガッチリ掴む。まさに病みつきになる味だ。

 1度この味を再現できないかと試みたことはあったけど、その時にできた物は本物には遠く及ばない代物だった。やはりこの味は大将の工夫と研鑽、それに真心が作り上げるものなのだ。そんなラーメンを堪能していると、頭の中にアロナの声が響いた。

 

 

《先生。セキさんの位置、近くまで寄ってきてます》

 

 

 その言葉に、私の麺を運ぶ手がピタリと止まる。そして残り少ない具と麺を一気に口の中に放り込むと、「失礼します」と一言断りを入れてから『シッテムの箱』の画面を点けた。

 そこには自分の現在位置を示す点を中心に、このアビドス市街区のマップが表示されている。そしてそのすぐ近くでは、セキの位置を表すノイズ混じりの白い点が点灯していた。普段は距離が遠いせいかノイズが多くて機能していなかったが、今はあの時と同じようにはっきりとみてとれている。

 

 

(アロナ。いつ頃から近づいてきてたの?)

 

《ついさっきです。朝から距離を詰めてきていたのですが、ここまで接近してきたのは初めてです》

 

(朝から?まさかD.Uまでずっと?)

 

《いえ!駅で一旦追跡は途切れていますが、その後アビドスに戻ってきてからまた再開しています》

 

 

 アロナの言葉に、私は内心顔を顰める。実は最近、セキがこんな行動をとることが増えたのだ。私と一定の距離を保ちながら、話しかけたり攻撃する素振りも見せず、ただこちらを観察するようにその場を動かない。

 1度こちらから寄って行った事はあるが、その時は向こうから離れていったので、こちらと話したいことがあるという訳でもないらしい。

 しかし、朝からずっと尾行されているということは、目的は確実に私だと思うのだが……。セキと接触できない現状では、彼女の目的が何なのかを推測できずにいた。

 

 

「……随分と険しい顔だな。先生にしては珍しいじゃないか」

 

 

 考えていたことが顔に出ていたのか、目の前の柴大将から怪訝そうな声が聞こえてくる。

 

 

「何か隠し事をしてるように見える。あの子たちにも、言えないことかい?」

 

「……言えないこと、と言えばそうなるんでしょうかね」

 

 

 大将の言葉に、私は困ったように笑う。隠し事と言えば聞こえは悪いが、実際隠しているのには違いないのだから反論のしようがない。

 今のあの子たちの敵は、多額の借金と便利屋の子たちだ。これ以上、彼女たちに負担をかけさせたくはない。それにセキの狙いが自分である以上、それはこちらで対処するべき話でもある。自分の中で解決できるうちは、あの子たちにいらない心配はさせたくない。

 

 

「……ま、先生が来てから、あの子たちも少し余裕が出来たみたいだ。ここに来てくれる度に、前よりも笑顔が増えていってると思うよ」

 

 

 煮え切らない返事を返す私に、大将はポツポツと言葉を零していく。そこから語られたのは、私がアビドスの子たちに与えていた"変化"について。どうやら私のやってきたことは、少しづつ彼女たちのためになっていたみたいだった。

 ……私は自分勝手な人間だ。自分のやりたいことを優先して、他人の感情を顧みない。だからいざ自分の一連の行動を振り返ってみて、他人にどう思われていただろうかと思い返すことも多い。だからこうして他人から言葉として伝えられると、その時取った自分の選択が、どんな影響を与えたのかがよく分かった。

 そしてその影響が良いものであるなら、尚のこと嬉しい。自分のような人間でも、何か他人のためになることができたんだから。

 

 

「だからなんだ。その笑顔を、裏切らないでやってくれよな」

 

「……ありがとうございます。その言葉、身に染みる思いです」

 

 

 大将のその言葉を胸に、私は深くと頭を下げる。アビドスの子達の抱える問題は、まだ解決の兆しを見せていない。それでも私があの子たちにできることがあるなら、これからもずっと……手を差し伸べてあげたいと思う。

 ふと視線を落とすと、ラーメンはすっかり空になり、丼の底の模様が顔を出していた。時間が経つのもあっという間のようで、そろそろアビドスに戻る時間だ。大将に「ご馳走さまでした」と伝えると、大将も「あいよ!」と返事を返す。そうして席を立とうとした直後、入口の扉がゆっくりと開かれ、扉の向こうから気弱そうな声が聞こえてきた。

 

 

「ごめんください……」

 

 

 声の主は便利屋68の伊草ハルカだった。よく見ると、その後ろには他メンバー3人の姿もあるようで、ハルカの背中を押しながらぞろぞろと入店してくる。

 

 

「あ、先生じゃ〜ん」

 

「奇遇だね。先生もお昼?」

 

「お、お食事中失礼……します」

 

 

 そして向こうも私に気づいたようで、会釈したり手を振ったりと、三者三様の反応を返してくる。ただ、最後尾のアルだけはぼんやりとした様子で、皆と一緒にテーブル席へと案内されていった。

 ……なんだか、アルの様子がおかしい。心做しか顔色も悪いし、おまけにいつも彼女から感じる覇気がまるで感じられない。その顔に笑顔もなく、明るさも6割減といった感じだ。一体何があったんだと考えるよりも先に、アル以外のメンバーがぞろぞろとこちらに近づいてきた。

 

 

「やぁ、便利屋のみんなもお昼ご飯かな?」

 

「そ〜なんだけどね〜。ちょっと今大変なことになってるって感じ?」

 

「少し先生に相談したいこともあるからさ、ちょっと付き合ってくれない?」

 

 

 彼女達の心配そうな表情から、相談したい事というのは間違いなくアルのあの状態に関してだろう。この打診はこちらとしてもありがたい。どうしてアルがああなったのか知りたかったから、私は早速彼女達を隣の席へと座らせて、詳しく事情を聞くことにした。

 

 

「早速だけど大変なことっていうのは、もしかしなくともアルのこと?」

 

「うんうん。アルちゃん、今回の依頼はすっごいやる気だったんだけどね?ココ最近色んな壁に当たっちゃって、かなりヘコんじゃってるんだ〜」

 

 

 ムツキが言うには、今回の襲撃依頼……即ち、アビドス高校の占拠依頼を受けたはいいものの、失敗だったり自分の理想との板挟みで精神的にかなり参ってきてるとの事だった。

 資金繰りの難しさや、対策委員会の戦闘力。そこからさらに依頼主からの圧力や『白鯨』ことセキからのプレッシャーも相まって、アルは日に日にやつれていっているらしい。

 

 

「こんな話をアビドス側の先生にするのも何だけど、社長の調子を戻すにはどうしたらいいのかなって」

 

「先生、どうかアル様を元気を取り戻してくれませんか……?」

 

 

 ムツキを始め、カヨコやハルカも、アルの調子をかなり心配しているらしい。そして今の話を聞いて、私は彼女がどうしてああなったのかを理解した。それと同時に、あの状態が彼女にとってどれくらい悪いものなのかも。

 アルは人柄が良い。優しくて、仲間思い。それこそ、アウトローなんて理想が似合わないほど。でも、それが彼女のやりたい事だと言うなら、それをどうにかしてあげるのが"経営顧問(わたし)"の役目だ。

 

 

「なるほどね……。じゃ、ちょっと話してみるよ」

 

「うん。お願い、先生」

 

 

 そう言って私は席を立つと、そのままアルの座るテーブル席の方へと移動していく。3人はその背中を見送りながら、それぞれが大将へと注文を通していくのだった。

 

 

「やぁ、アル」

 

「……先生?」

 

 

 まずは何気なく声をかけると、アルからは明らかに元気の無い声が返ってくる。普段の様子ならいつの間にか居た私に驚いていただろうに、やはりムツキの言う通り、今のアルは相当気が病んでいるらしい。

 

 

「ムツキ達から話は聞いたよ。最近、元気ないんだって?みんな心配してるみたいだよ」

 

「……な、なんの事かしら……!?私はこの通り……その……元気そのものだけど!?」

 

 

 あくまで私は元気。そう言い張るアルだけど、その言葉の節々からは、やはりいつもの元気が感じられない。むしろどうにかして誤魔化そうとする空元気が、余計にアルの余裕の無さを強調する。普段から感情豊かである分だけ、今の虚勢との違和感が分かりやすくなっているんだろう。

 なら、どうにかしてあげなくちゃ。元の明るくて太陽のような、陸八魔アルに戻ってもらうためにも。

 

 

「私なんかでアルの抱えるものを解決できるか分からないけど、もし良かったら私にも教えてくれるかな?」

 

 

 アルの様子を伺いつつ、手を差し伸べるように問いかける。するとアルは何か葛藤するように顔を歪めてから、「はぁ……」と小さくため息をついてから口を開いた。

 

 

「……先生。少しだけ、話を聞いてくれるかしら」

 

「もちろん」

 

 

 そうしてアルは語り始める。

 自分が何に苦しんでいるのかを。

 

 

「私たち……この前、例の『白鯨』……門守セキと会ったの」

 

「……そうだったんだ。何か怪我をしたりとかは?」

 

「いいえ。みんな無事よ。あの子はただ、話をしに来ただけだったわ。私たちから依頼主の情報を聞き出そうとしてたみたい」

 

 

 曰く、便利屋の事務所を訪れたセキは一瞬戦闘態勢にはなったものの、結局銃を抜くことなく話をしていたらしい。私の見てきた彼女は戦っている姿が殆どだったから、この話には少しだけ驚かされた。

 そして聞かれたのは、主に依頼人について。どんな人物なのか、具体的な所属を明かしていたのか。さらには関係者と接触したことはあるのかや、普段はどうやってやり取りしているのかなど。どうにかして依頼人の正体を特定しようと、根掘り葉掘り聞かれたらしい。

 

 

「その過程で私は聞かれたの。『どうしてこんな依頼を受けてしまったの』……って」

 

 

 そう聞かれたアルは、何も答えれなかったそうだ。だってそれが、便利屋68の社長として当然の判断だったから。依頼を受けて、それを達成し、その名を轟かせていく。そうしていけば、自分の理想にアウトローに近づけると、そう思ったからだ。

 ただ、その反応を見たセキは、冷たいため息と共にこう言い放ったそうだ。

 

 

『……そっか、何も考えてなかったんだね』

 

 

「……その言葉を聞いてハッとしたわ。見透かされた気分だった。私は自分の理想だけを見て、それ以外の事が見えてなかったんだって」

 

 

 アルは知ってしまったのだ。自分たちの行動によって何もかもを奪われ、生き方さえ狂ってしまった人を。こちらを冷たい目で見下ろすその人物こそが、自分たちの行動の"結果"だ。そしてそれが今、アルに現実を突きつけにきたのだ。

 だが所詮、それは"結果"でしかない。あるいは、余波とも言える。便利屋の仕事は依頼を遂行する事であり、その後の事までは対象外だ。だからセキの言葉は彼女の行き場のない怒りの発露とも言えるが、それを冷酷に切り捨てれないのが、アルの天性の優しさだ。そしてその優しさこそが、今アルの心を蝕んでいる最大の要因でもあった。

 

 

「このまま私たちが依頼を達成しちゃったら、アビドスの子たちはどうなってしまうのかしらって……。そう思ったら、頭からその事が離れないの……」

 

 

 一度受けた依頼は、必ず遂行する。それが便利屋68のモットーだ。そのモットーを胸に、彼女たちはここまで進んできた。色んな依頼をこなし、時に失敗し、成功した時はみんなで喜びを分かちあった。だからこれからも、アルはこのモットーを貫くと心に決めていた。

 でも、アルは知った。自分たちがそのモットーを貫いた結果、門守セキがどうなってしまったのかを。そして気づいたのだ。これからそれと同じことを、アビドスの子達にするのだ。セキの時とは違い、アルは彼女達の置かれた状況も知っている。それが余計に、アルの心を苦しめているのだ。

 

 

「……アルはどうしたい?」

 

「……分からない。ずっと悩んでるの。どうすればいいのかしら……?」

 

 

 私の問いかけに、泣きそうな声で返すアル。本当に、随分と苦しめられてきたようだった。便利屋68の社長である陸八魔アルと、ゲヘナ学園の2年生である陸八魔アル。どちらも彼女であるがために、ここまで気に病んでしまった。

 だから、彼女は選ばなければならない。どちらが自分が本当にやりたいことなのかを。"冷酷なアウトロー"になり、アビドスの子たちの人生を狂わせるのか。"理想の便利屋"となり、自分の良心に従って動くのか。アルは今、その選択を迫られていた。

 でも、きっとアルにはその選択は重荷なんだろう。だからこうして、私に悩みを打ち明けてくれたのだ。だったら私は自分の持てる手段を使って、彼女の心からやりたいことを引き出す。

 

 

「そうだね……。じゃあこうしようか」

 

 

 そう言って私は懐の財布の中を探ると、そこからある物を取り出した。それは黄金色をした円形の硬貨で、中央には"500"と刻印された──ただの500円玉だ。

 

 

「ここに500円玉がある。それをアルが弾いて、表が出れば『アルは依頼を遂行する』、裏が出れば『アルは依頼を放棄する』。それで全てを決めてみよう」

 

 

 要するに、今からやるのはコイントスだ。500玉を投げて、出た面に予め決めておいたことを実行する。たったそれだけの、シンプルな仕組みだ。もちろん500円玉に細工はしていない。故に、出た面の内容には誰の意志も介入できない。

 その事をアルもわかっているのか、何やら不安そうにこちらへの目配せしてくる。でも私が特に表情を変えずに力強く頷くと、観念したかのように右手を構え、その上へと500円玉を乗せた。

 

 

「い、いくわ……!えい!」

 

 

 可愛らしい掛け声とともに、アルの手から500円玉が打ち上げられる。綺麗に垂直に打ち上がった500円玉は、やがて重力に引かれて落下を始め、コンっと音を立ててテーブルへと落下する。くるくるとその場で回転していた500円玉だったが、やがて回転の勢いを落としていき、カタンという音と共に静止した。

 

 そして、肝心の出た面はと言うと──

 

 

「……『』だわ」

 

「……『』だね」

 

 

 桐の植物が描かれた表の面だった。

 

 

「……それじゃあ決めた通り、アルはこのまま依頼を頑張る。それでいいかい?」

 

「そ、それじゃ……」

 

 

 淡々と告げる私に対し、アルは何か言いたげな表情を浮かべる。コイントスの結果は絶対。無論私もアルも、特定の結果に導くために干渉などはしていない。つまりこの結果は、完全にランダム。まさにケチのつけようのない結果だ。

 でも今のアルの様子は、まるで"コイントスの結果に文句がある"とでも言いたいような態度。言い換えれば『迷い』だ。その様子を見ていた私は、自身で考えていた仮説が正しかったことを確信した。やっぱり、アルという少女は優しすぎるのだ。だからこそ、その優しさを大切にして欲しいと、私はそう思う。

 

 

「アル、その想いは別に悪いことじゃないよ」

 

「……先生?」

 

「アルの心の中では、自分がどうしたいかわかってるんだよね?社長としての責任が、その声を押し潰しちゃってるだけで」

 

 

『迷った』ということが何よりの証拠だ。本当に自分がしたいことなら、コイントスの結果に文句は出ないはず。でもその選択を迷ったということは、その結果に不満があるのだ。

 なら彼女が心の奥底で願っている結果は……、必然的にこの結果とは逆のことになる。アルの心は、これ以上誰かの居場所を奪うことを良しとしていない。彼女は"冷酷なアウトロー"よりも、"理想の便利屋"になることを選んでいたんだ。

 

 

「アル、これはあくまで1つの答えだよ。さっきはああ言ったけど、実際このコイントスで決めるつもりは無い。ただ今回の"答え"を見て、少しだけ自分の気持ちにも気がついたんじゃないかな?」

 

 

 少し顔色の良くなった、それでもまだ迷いの見えるアルへと、私は優しく言葉をかける。諭すように、気づかせるように、アルの心を解すように。先駆者(おとな)として、私はゆっくりと言葉を紡いでいく。

 

 

「君たちはまだ子供だ。青臭く、がむしゃらに、自分のやりたいことに全力になっていいんだよ」

 

 

 子供は自由だ。自分のやりたいことをやるのが、子供の特権であり本分。それが便利屋であろうと、ヘルメット団であろうと、借金返済であろうと。その子がしたいと思うことを選択して欲しいと、私はそう思うのだ。

 

 

「未来ある君たちに、後悔のない選択を。そのために、私がいるんだから」

 

 

 もしかしたら、その選択を後悔することもあるだろう。人は必ず、後悔する生き物だとも言う。2つの選択肢を提示させられて、選ばなかった方を悔やむ日も来るだろう。

 だからせめて、選んで良かったと思える方を。その選択のために、私ができることを。それが私の救い方。未来を歩んだ(大人になった)私が、過去を歩む(子供である)君たちにできる事だから。

 

 

「先生……」

 

「うん?」

 

「ありがとう」

 

「……どういたしまして」

 

 

 しばらくして、アルはポツリとお礼の言葉を零す。その声色には少し前までの虚ろな気配はなく、何かを決心したような硬い決意が感じられた。そして彼女が浮かべる表情も、以前にも増してスッキリとした様子だった。

 ……きっと、アルの中でも答えを見つけたんだろう。いや、もしかしたら最初から決まっていたのかもしれない。ただその選択する自分の背中を、誰かに支えて欲しかったのかも。ただ、見栄っ張りな自分が邪魔をして、仲間達にも言い出せなかっただけで。

 ともかく、もう前までの暗いアルは居ない。今ここに居るのは心優しいそのカリスマで少数精鋭を従えるアウトロー、ゲヘナ学園2年生の陸八魔アルだ。きっともう、以前の暗い彼女が帰ってくることは無いだろう。現に今でさえ、やや上機嫌に財布の中を覗いている。

 

 

「話を聞いてもらったお礼に、先生の分は私が払うわ」

 

「大丈夫だよ。それにアルは今お金あるの?」

 

「大丈夫よ!先生達が置いていったお金がまだあるから!」

 

「……?……あ、あぁ……なんの事かな〜?」

 

 

『先生達が置いていったお金』

 最初こそなんの事だか分からなかったけど、すぐにブラックマーケットでの1件のことだと気づいた。確かにあの時は緊急事態だったとはいえ、アルを欺く形で離脱して、そのまお金を置いていってしまった。今思えば、あれから回収するのをすっかり忘れていた。

 でも、あの時の演技は完璧だったはずだ。それに完璧に騙せていたはず。あの時のアルの様子は、明らかにこちらに気づいてる様子じゃなかった。だったらなんで、今アルは私が置いていったお金だと知っている──

 

 

「くふふ……」

 

「…………っ!」

 

 

 直後、カウンターの方から特徴的な笑い声が聞こえてくる。その声の主は顔を真っ赤にして、口を手で抑えながら笑いを堪えている様子だった。だが実際その効果はないに等しく、こちらと視線が合うと彼女の顔が余計に赤くなり、ついにはあっちから視線をそらされてしまった。

 

 

(……なるほど、ムツキか……)

 

 

 確かに、彼女なら納得だ。あの時の反応的に気づいていただろうし、アルにネタバレして反応を楽しみたいという動機が簡単に考えられる。というか、さっきの反応から見てほぼ確だろう。今この場でイジられなかったのが奇跡だ。

 多分、ムツキは安心したんだろう。アルが立ち直れたのを見て、少しホッとしたのかもしれない。よく見ると隣に座るカヨコやハルカも、心做しか纏う雰囲気が柔らかくなったように見える。彼女たちも、アルの優しさ(カリスマ)に魅せられた子達。アルの復活を、心の中で喜んでくれているのだろう。

 

 きっとこれからの便利屋68は、より一層硬い絆で結ばれた組織になる。そしてその絆の力で、彼女たちは最高の青春の1ページを、次々と刻んでいくことだろう。

 

 

 

 

 

 

 そんな良い雰囲気で話が締められようとしていた最中、私の中で絶叫にも似た声が響き渡った。

 

 

 

《先生!500m遠方からの砲撃です!》

 

 

 

 アロナの声から間髪入れずに、私の耳がドォォォォォォォン!!というくぐもった爆発音を捉えた。それと同時に店の入口のガラス戸がビリビリと揺れ、地面を伝わった衝撃波が私たちの足元を揺らす。

 

 

「うおっ!?なんだ!?」

 

「ッ!?何の音?」

 

 

 これには便利屋や柴大将も驚いた様子で、近くのものへと掴まって身を守っていた。どうやら相当近距離で爆発したらしい。かなり心臓に悪かったが、私の中では既に冷静な思考が戻ってきていた。

 

 

「……アロナ。状況報告をお願い」

 

《えっと…。爆発の原因は恐らく榴弾砲。種別の詳細は不明。弾道から見るに、狙いはここです。さっきの爆発は、セキさんが防いでくれたものみたいですが……》

 

 

『シッテムの箱』を覗いてみれば、確かにセキの位置が大きく変わっていた。さらには表示されているバイタルも、普段より若干乱れている。恐らく、荒い呼吸を繰り返してるせいだろう。だがすぐに安定してきたようで、どうやら命に別状はないらしい。

 それにしても、砲撃か。アロナの分析だと敵は榴弾砲を使っている。壊滅させられたヘルメット団でもなく、今この場にいる便利屋68でもない。ましてや門守セキでもない。誰の差し金かは知らないが、またきな臭い匂いが漂ってきていた。

 

 

「爆発……?でも爆弾じゃない。それにこの聞き覚えのある音は……っ!!」

 

《同じく500m先より砲撃!2射目が来ます!》

 

 

 カヨコが何かに気がつくと同時に、アロナから第2射の警告が飛ばされる。恐らくセキは動けない。1射目の精度からして、恐らく撃ってきているのは熟練兵だ。セキの妨害がないなら、次は確実にここを吹っ飛ばす。

 

 

「砲撃が来るよ!みんな!伏せて!!」

 

 

 便利屋のみんなにそう呼び掛けながら、私は厨房に回り込んで柴大将を保護する。ドローンは今ないが、2人くらいならアロナの『防壁(バリア)』で守り切れるはずだ。もし無理なら……それはその時考えよう。

 

 

「考る頭が残ってたらいいね……っ!!」

 

 

 そう呟いた私のすぐ隣で、熱い何かが弾けたような感覚がした。

 

 

 

 

 

 








 ▽天守セツナ
 自分勝手で、欲張りで、わがまま。
 子供達に自由であって欲しいと願う。

 ▽陸八魔アル
 アウトローに向かない善人。
 それでも夢に向かって進んでいく。

 ▽便利屋68
 アルの理解者たちによって構成された組織。
 だからこそ、みんなアルが心配だった。

 ▽対策委員会
 セツナとホシノ不在の中
 シロコ達はある真相を知ることとなる。



あとがき

遅くなりました┏○ペコッ
リアルの予定が立て込んで、投稿予定日から大幅に遅刻することになってしまいました。それでも待ってくださった読者の方に、改めて感謝を伝えたいと思います。





 次回 第18話「刹那、想いを重ねて」


「戦闘開始。62秒でケリをつけよう」





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