Blue Archive 〜藍の外典〜   作:roimi_mark2

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 全身はすべての節々の助けにより、しっかりと組み合わされ結び合わされ、それぞれの部分は分に応じて働き、からだを成長させ、愛のうちに育てられていくのである。

 〜 エフェソの信徒への手紙 第4章 16節より 〜







第18話 「刹那、想いを重ねて」

 

 

 

 

 

 

「……なるほど、それが君たちの覚悟なんだね」

 

「そうよ。でも、それで貴方達のことを傷つけたことには変わりないわ」

 

 

 誰かの会話する声が聞こえる。ただ、覚醒したての頭では、それがどんなものなのかは理解できない。その代わりに思考が再起動するにつれ、自分が何者で、どんな状況に置かれていたかを鮮明に思い出す。

 私は天守刹那。柴関ラーメンで便利屋68と合流していたところで、何者かの砲撃を受けて今まで気絶していたらしい。咄嗟に大将を庇って巻き込まれたが、瞼の裏に日の光が射すあたり、どうやらお店までは守れなかったようだ。

 徐々に戻ってきた感覚を慣らしながら、私は身体を動かそうとする。どうやら四肢はある。思考する頭もある。やや全身が痛むが、今のところ致命傷を負ってはなさそうだ。『防壁(バリア)』で守ってくれたアロナに感謝しつつ、私はゆっくりと瞼を上げて周囲の状況を確認する。

 

 

「なら、先生をよろしくね。今の貴方たちならできるでしょ?」

 

「……わかったわ。先生の事は任せてちょうだい」

 

 

 最初に声のした方に視線を向けると、そこでは2人の生徒が言葉を交わしていた。片方はコートを羽織った悪魔の角を持つ少女。その対面に居るのは、ボロきれのような布を纏い、その切れ間から灰色の翼を覗かせる少女。最後の記憶に照らし合わせるなら、前者は陸八魔アルで、後者は門守セキか。

 2人は私に気づかずに会話を交わすと、やがてセキは翼を広げてどこかへと飛び去っていった。結局、なんの会話をしていたのかは分からなかった。でも雰囲気は悪いものではないようだ。そんな事を考えていると、私の頭上にすっと影が落ちる。

 

 

「……!!アルちゃん!先生起きたよ!」

 

 

 こちらを覗き込んでいたのはムツキだったらしい。どうやら他の便利屋メンバーも無傷(・・)らしく、ムツキの声を聞いて全員が心配そうにこちらを覗き込んでいた。

 

 

「先生!大丈夫!?瓦礫は退けたのだけど、ちょっと頭に怪我が……」

 

 

 心配そうに質問するアルの声で、ようやく自分の額の熱に気がつく。手を当ててみるとそこには誰かのハンカチが当てられていて、少しだけであるが赤く染っていた。

 ただ出血量は大したものではなく、既に血も止まっているようだった。なら無問題だ。自分の血に濡れたハンカチをポケットにしまいながら、私は戻ってきた感覚に従って身体を起こす。

 

 

「……大丈夫。柴大将は?」

 

「先生のおかげで無傷だよ。もう安全な所に退避してもらってる」

 

「そっか……なら良かった」

 

 

 大将の安否に胸を撫で下ろす。お店は無くなってしまったが、あの人が居るならあの味はまだ生き続ける。大将が無事なら最悪ではない。ただ、安堵する私とは対照的に、便利屋の雰囲気はひどく重たかった。

 

 

「……ごめん先生。私たちが巻き込んじゃた形になっちゃった」

 

「さっきの砲撃、多分ゲヘナ(うち)の風紀委員会のやつだよ。私たちのことを追ってきたんだろうね〜」

 

「よ、よくも先生とお店を……。許さない許さない許さない許さない……」

 

 

 ゲヘナ風紀委員会。以前アル達からその存在は聞いていた。確かチナツもそこに所属していると言っていたはずだ。さっきの砲撃の精度を見るに、実力はかなり高そうだ。ただ聞いていた限りでは、自分たちの管轄であるゲヘナ自治区からはあまり出てこない──というか、出てくる余裕がないと思っていたが……。どうやらそれは思い違いらしい。

 そんな風紀委員会が便利屋68拿捕のために、わざわざアビドス自治区まで出向いて来たらしい。その砲撃に私が巻き込まれたのだから、彼女たちが負い目を感じるのも無理はないだろう。

 

 

《先生!大丈夫ですか!?》

 

(……!アロナ!)

 

 

『シッテムの箱』の中から、あわあわとしたアロナの声が聞こえてくる。どうやら『防壁』の展開でかなりバッテリーを削られたものの、まだ稼働はできるようだ。それならまだ、いくらかやりようはありそうだ。

 

 

(守ってくれてありがとう。何か情報は集まってる?)

 

《はい。砲撃してきた方々の分析が完了しました!撃ってきたのは、ゲヘナ風紀委員会。現在歩兵部隊らしき集団が接近中です!数は中隊規模ですが、後続にまだ大勢の生徒さんが控えています》

 

(……なるほどね。こちらの状態は?)

 

《『シッテムの箱』の残り稼働時間はおよそ25分です。それと今、アビドス高校からドローンが向かっていて、第1陣が後2分で到着予定です!》

 

(……時間稼ぎくらいしかできなさそうかな)

 

 

 わかりやすい戦力差に、顎に手を添えて私はうーんと唸る。アルたちを逃がそうにも、こうなると話し合いでもどれほど時間を稼げるかは分からない。

 アル達の様子を見るに最低でも10分、最大15分稼げれば上出来……と言ったところか。兎にも角にも、アル達にはなるべく早くこの場から逃げてもらわなければ。

 

 

「アルたちは逃げて。私ができるだけ時間を稼ぐから、その間に──」

 

「逃げるわけないでしょ!」

 

 

 しかし、アルはそれをはっきりと拒否した。

 

 

「うちの経営顧問を傷つけられといて、しっぽを巻いて逃げるなんてしないわ!あいつらに1発決めてやるわよ!」

 

 

 愛銃である『ワインレッド・アドマイアー』を握りしめ、アルは覚悟を決めたような表情でそう言った。予想外の反応に目を見開く私に対して、他のみんなも各々の武器を構えながら、纏う雰囲気を徐々に剣呑なものへと変えていく。

 

 

「そうだね〜。少なくとも、1回くらい大きな花火を上げとかないとね?」

 

「……ま、そんな事だろうと思った。雇ってた傭兵ももう近くに来てるみたいだし、やってみるのもありかもね」

 

「はい!アル様と先生の邪魔する奴は、私が全部薙ぎ倒します!」

 

 

 アルの覚悟に触発されたのか、他の3人も戦闘態勢に入る。どうやら彼女たちは、風紀委員会と1戦交えるつもりらしい。さらに彼女達の想いを後押しするように、私の周囲に4機のドローンが降り立った。

 

 

《先生!ドローン第1陣が到着しました!防衛型が2機と、偵察型が2機です!第2陣も間もなく到着します!》

 

 

 どうや最低限戦える用意は整ったようだ。アルたちのコンディションは最高潮。『シッテムの箱』のバッテリー残量が気になるが、恐らく『防壁』を使わない限りは問題ないはずだ。

 そしてその『防壁』を使わせないための防衛型ドローン2機と、風紀委員の動きを筒抜けにできる偵察型ドローンが2機。それに時間が経てば随時ドローンの数は増えていく。この状態なら、悪くない勝負ができるかも。

 

 

「……なら、一泡吹かせにいこうか」

 

 

 そのついでに事情聴取と、人の土地をいきなり砲撃するなとお説教もしなきゃね。不敵な笑みでこちらを見つめる彼女と同じように、私もまだ静かに覚悟を決めるのだった。

 

 

 

 

 

「イオリ……射撃地点の周囲の安全確認はしなくても良かったのですか?」

 

「する必要あるのか?事前のリサーチじゃ、ここら一帯は既に空き家だ。居たとしても、ヘルメット団とかの不良でしょ」

 

 

 柴関ラーメンから少し離れた位置で、2人の少女が何やら言葉を交わしている。その背後には、同じ制服を纏ったたくさんの人影。彼女たちの腕には特徴的な腕章が巻かれていて、そこには『風紀』の2文字が、彼女たちの所属を主張していた。

 彼女たちは、ゲヘナ風紀委員会。ゲヘナの問題児を取り締まる治安機関──のはずなのだが、何故か今は遠く離れたアビドスまで進出し、あろうことか攻撃までしていたのだった。

 

 

「観測班!便利屋の奴らはまだ出てこないのか!?」

 

 

 インカムに向けてそう問いかけるのは、2年生の切り込み隊長、銀鏡(しろみ)イオリ。あまりの動きのなさに、彼女は退屈そうに問いかけていた。

 

 

『はい!まもなく粉塵が晴れますが、今のところ市民らしき人影が出たっきりで、便利屋の姿は確認できてません!』

 

「……さっきの砲撃でくたばったかな?」

 

 

 本来なら不意打ちで榴弾砲を2発ぶち込んでやるつもりだったのが、一発目は知らない奴に迎撃されたせいで不発に終わってしまった。その分2発目はクリーンヒットしたようだったので、気絶しててもおかしくはないだろうが……。

 

 

『……!こちら観測班!爆撃地点に人影を確認!』

 

 

 とその時、観測班からの続報が届いた。どうやら粉塵の晴れた先で、人影を見つけたらしい。直撃からしばらく時間はあったが、その場から動いてないあたり2発目はそうとう良いところに入ったようだ。

 

 

「……流石、あの子(・・・)が鍛えた子達だ。前よりも練度が高くなってるな」

 

 

 そんな事を呟いていたイオリだったが、次の瞬間、観測班から耳を疑うような報告が飛んできた。

 

 

『いえ!違いま・・!あ・・は便利屋・・はあ・・ませ・・・・!!』

 

「ん?おい!観測班!応答しろ!」

 

 

 観測班の報告が、途中でノイズによってかき消される。しかも聞こえなくなったのは自分だけでは無いようで、隣の火宮チナツも、背後の部下たちも、皆困惑した表情でインカムに手を当てていた。

 やがて不調が治ったのか、ノイズは徐々に治まっていった。だが一体なんだったんだと思う間もなく、今度はインカムから知らない声が聞こえてくる。

 

 

『あーあー、マイクテステス』

 

「っ!通信に介入!?誰だお前は!」

 

 

 それは男の声だった。ただ、よく見る機械人形(オートマタ)や獣人とは違う声。それが風紀委員会の通信回線を通じて全員に流されていたのだ。どうやったのか知らないが、風紀委員会が使用する通信回線がまるまる乗っ取られたらしい。

 

 

「この声、まさか……っ!でもそれじゃ……!?」

 

 

 突然の事態に部隊中に混乱が伝染していく中、唯一チナツだけはその声から何かを思い出していたようだった。記憶の中から同じ声を手繰り寄せ、その声の主を確信する。

 それと同時に、彼女の顔が段々と蒼白へと染まっていった。先程まで自分たちの行動と、このタイミングで彼が介入してくることを考えれば 、自分たちが何をしたのかを理解するのは容易いだろう。

 

 

『私は連邦捜査部シャーレ顧問兼、アビドス廃校対策委員会顧問の天守刹那だ。君たちはゲヘナの風紀委員会で間違いないかい?』

 

 

 声の主は天守セツナ。連邦捜査部シャーレとアビドス廃校対策委員会両方の顧問を務める人間。ただその名乗りを聞いてなお、風紀委員達は「なんだそれ」と困惑した様子。イオリも「ん?シャーレ?」と、その組織名にいまいちピンと来ていないようだった。

 ただ、チナツにとっては違う。それはもう、よく知っている。何せ発足当初はよく連絡を受け、時々当番としてお手伝いにも行っていたのだから。だから、この通信越しの相手がどんな人物であるかも、容易に想像できた。

 

 

「……やっぱり、先生なんですね」

 

 

 そう呟くチナツの視界の先で、柴関ラーメンの跡地から1人の大人が出てくる。少し煤けた白衣と、首から下げられたホルダーにはシャーレのエンブレム。そして黒髪の下から覗く"眼"は、間違いなくチナツの瞳孔を射抜いていた。さっき榴弾砲の至近弾を受けたはずだと言うのに、まるで負傷しているようには見えない。

 チナツの風紀委員会での役割は、もっぱら現場で負傷したメンバーの医療だ。そのため医療知識は高い水準で備えているし、人体の作りについてもある程度知っている。ただその知識に従えば、外から来た人であるセツナが榴弾砲の至近弾を無傷で耐えるのは、現実的に見て有り得ない状況だった。

 

 

「久しぶりだね、チナツ。シャーレ奪還作戦以来かな」

 

 

 なのに目の前の大人は、何事も無かったように気さくに挨拶を交わすのだ。本当に、何事も無かったかのように。だからこそチナツは、思わず聞かずにはいられなかった。

 

 

「先生…。その……お怪我は……」

 

奇跡的に(・・・・)無傷だよ。それよりも、人の居る建物をいきなり吹っ飛ばすのが、ゲヘナ流の挨拶なのかな?

 

 

 返ってきた想定外の皮肉に、チナツは思わず言葉に詰まってしまう。その場にいた殆どがセツナと初対面だったが、その様子から間違いなくセツナが怒っているということが察せられた。

 

 

「今回の攻撃に対する意図を知りたい。少し指揮をしてる子と話をさせてくれないかな?」

 

 

 その表情は笑顔のように見えるが、辺りには重苦しいプレッシャーが漂っていた。何をしてくるか分からない不気味さを感じさせるそれに、風紀委員会は何もすることが出来ずに、視線だけがセツナへと集中する。

 しかし、その雰囲気を見かねたのか、通信回線に新たな声が割り込んできた。

 

 

『それは、私の方から説明させていただきます』

 

 

 その声と共に、セツナの目の前にホログラムが展開された。映し出されたのは空色の髪にカチューシャが映える生徒。その腕にはイオリやチナツ達と同じ腕章が巻かれていて、まさに指揮官然とした雰囲気を醸し出していた。どうやら彼女が、今回の件の責任者……らしい。

 

 

『お初お目にかかります。シャーレのセツナ先生。私は天雨(あまう)アコ。風紀委員会で行政官を務めています』

 

 

 行政官の天雨アコ。そう名乗った少女は、ホログラム越しにペコリと一礼する。その立ち振る舞いや毅然とした口調から、彼女はかなりのやり手だとセツナは見抜いた。

 

 

『今回はこちらの手違いにより、先生に危害を加える結果となってしまいましたが……。シャーレと敵対する意思は無いことをお伝えしておきます』

 

「なるほどね。その言葉、そのまま受け取っておくよ」

 

 

 アコの言葉に、少々疑念を込めて返す。おそらく本当に敵意はないのだろうが、それ以外の意図は多分に含まれていそうだった。でなければ、いきなり人の居る店を榴弾砲で吹っ飛ばしたりはしないだろう。これがゲヘナ流のご挨拶でなければの話だが。

 

 

「じゃあ本題に入ろう。今回の攻撃の意図を確認してもいいかな?ゲヘナ所属の風紀委員会が、アビドス自治区で部隊を動かすなんて一切聞いてないよ」

 

 

 反撃とばかりに、セツナは1番聞きたいことを質問した。ここはアビドス自治区。その名の通り、この土地をアビドスが統治する以上、ここでの活動は一度アビドス高校に話を通さないといけない。

 しかし、今回は特にその類の報告は受けていないのだ。他校の自地区での通告無しの戦闘行為など、外交問題にも発展しかねないほどの大問題だ。これについて、天雨アコはどのような回答を用意しているのだろうか。

 

 

『それに関しては、まずこちらの疑問に答えて頂きたいです。先生が顧問をされている「アビドス廃校対策委員会」というのは、このような介入をできるような組織なんでしょうか?』

 

 

 しかし、返ってきたのは回答ではなく質問だった。要はつまり、「その組織に、外交に口出しする権利はあるのか」と言いたいのだろう。あくまで外交を担当するのは生徒会やそれに準ずる組織であり、その他の組織には介入する権利は無い。

 これに関しては、セツナもはっきりと即答はできなかった。それは分からないからではなく、当たり前(・・・・)だったから。アビドス廃校対策委員会は、アビドス高校に存続する唯一の部活。全校生徒が所属し、運営方針の決定していたのを傍で見てきた。これを生徒会と言わずしてなんといえば──

 

 

 

「……そうだよ。全校生徒が加入する、ただ唯一の部活だ。生徒会としての機能を有していると、私は判断したよ」

 

 

 ただ、今はその疑問を飲み込んだ。少し間のあったセツナの疑問に、アコは『そうですか』とだけ言い今回の攻撃の意図について説明を始めた。

 

 

『不甲斐ない限りですが、それもこちらの不手際です。いくらアビドス自治区の近くとはいえ、事前に通達すべきでしたね』

 

 

 まず最初に謝罪。やはり今回の行動はこちらに対して何ら通報はしていなかったようだ。だがその理由については、何か引っかかる事を言っていた。しかしそれを追求するよりも先に、アコが続けて口を開く。

 

 

『今回の攻撃は便利屋68の無力化が目的でした。まさか近くに先生が居るとは思ってもいませんでしたが……。それも、こちらの想定不足(・・・・)ですね』

 

 

 ホログラムでもわかりやすく肩を落とすアコ。その表情はやれやれといった様子で、どうやら今回の件は彼女にとっても想定外の事態だったようだ。なら今回は「次から気をつけよう」ということで、攻撃の件は水に流そうと思っていた──その時だった。

 

 

『いや。そうじゃないでしょ、天雨アコ』

 

 

 乗っ取った通信回線から、カヨコの鋭い声が聞こえた。再び困惑する現場やアコを置き去りにしながら、カヨコは淡々と言葉を紡いでいく。

 

 

『これも想定内なんじゃないの。あの弾頭、普段のに比べて威力が控えめだった。私たちや先生が無傷で済むくらい。最初は建物への被害を考えてたのかと思ってたけど、この戦力、便利屋68(わたしたち)を相手取るには多すぎる。それにあの風紀委員長なら、こんな非効率な戦力の使い方はしないだろうね』

 

 

 それは、風紀委員会と何度も対峙した便利屋68だからわかる事だった。普段の容赦ない攻撃の嵐や、ゲヘナ全土の治安を維持するための効率的な部隊運用。それらを知っているからこそ、今回の攻撃の違和感に気づきくことが出来た。

 威力の低い弾頭。1組織に対しての過剰な戦力。その過剰な戦力を、わざわざ外交リスクを冒してまで他校の自地区で運用している。それらの情報から、カヨコが導き出した結論はこうだった。

 

 

『だったらこの行為は天雨アコ(あんた)の独断。そして狙いは私たちじゃなくて、シャーレのセツナ先生。私たちはただの大義名分で、本当は先生を無力化する魂胆だった。そういうことじゃないの?』

 

 

 静まり返った空気に、カヨコの声が鋭く突き刺さる。イオリも、チナツも、他の隊員たちも。みんな驚いたような表情で、ただ一人を見つめている。

 そしてそのただ一人はと言うと、最初こそ驚いたような表情を見せていたものの、すぐに"失敗した"とばかりに「はぁ……」とため息をついた。

 

 

『……そういえば、そちらにはカヨコさんが居ましたね。おしゃべりに興じてる余裕はありませんでした。流石です。正確には及第点と言った所でしょうか』

 

 

 それはつまり、先程のカヨコの結論が正しいと自白したようなものだった。

 

 

『全てをお話しましょう。事の発端は、トリニティの生徒会(ティーパーティー)がシャーレに関する報告書を手に入れた……という情報から始まりました』

 

 

 そうしてアコは事の顛末を語り始める。

 ゲヘナ学園と険悪な中にあるトリニティ総合学園の生徒会組織『ティーパーティー』が、シャーレに関する情報を握っているという話が入ってきたのが全ての始まりだった。おそらくブラックマーケットでお世話になったヒフミが、約束通りアビドスの現状について報告したのだろう。

 

 トリニティが持つ情報なら、ゲヘナも持っておかなければならない。特に「エデン条約」が控えている今の時期ななら尚のこと。

 

 そう考えて情報を集めていくうちに、アコは初めてシャーレという組織を知った。 天守セツナという人物が一人で統括する超法規的機関。そうしてシャーレという組織を知る度に、アコの中である考えが強まっていく。

 

 この組織は、不確定要素の塊だ。

 放置しておくにはあまりにも危険すぎる……と。

 

 

『なので「条約」の締結が終わるまで、先生にはゲヘナでゆっくりしてもらおうかと思いまして』

 

 

『もちろん先生の身の安全と、これまで通りの業務は保証します』と語るアコに、セツナは「なるほどね」と淡白に返す。ようはシャーレを手の内に収めておいて、不確定要素をできるだけ消しておきたいのだろう。

 確かに、アコの判断は理解できるところも多い。その「エデン条約」が何なのかは知らないが、おそらく名前負けしない程度には重要なものなのだと推測する。それを前にして爆弾か何か分からないものがあれば、念の為被害の出ない安全な位置に置いておきたいのは当然だ。

 

 

 

「うーん。かなり魅力的だけど、今回は断らせてもらおうかな」

 

 

 ただ、セツナの考えは最初から決まっていた。アコに行政官としての考えがあるように、セツナにも先生としての考えがあるのだ。

 

 

「私はまだ、アビドスの子たちを助けれてない。あの子たちの問題を解決するまで、私はあの子たちの『先生』だよ」

 

 

 そう宣言するセツナ。その胸には、先の柴大将の言葉がしっかりと刻まれていた。あの子たちの笑顔を守るためにも、ここで彼女たちを置いてはいけない。アビドスを離れることがあるとすれば、それは彼女たちの抱える問題を解決できた時だ。

 

 

『そうですか……。では仕方がありませんね』

 

 

 やれやれといった様子で、アコはパチンッと指を鳴らす。するとそれが合図だったのか、周囲から地鳴りと近づく足音が聞こえてくる。おそらくは、伏せていた部隊の一部だ。カヨコの見抜いた通り、やはり最初から未知数の戦力(シャーレ)を相手にするつもりだったらしい。

 

 

『実力行使はしたくなかったのですが……。風紀委員会は必要とあれば、戦力の行使も辞さない。そして1度判断すれば、遠慮もいたしません』

 

 

 重装部隊に、後方には榴弾砲。それ以外にも歩兵が多数。武装の質はもちろん、練度も並々ならないものだ。それを1人の大人に対して切るというのは、アコの過剰とまで言える慎重さが現れているようだった。

 正しく、万事休す。それをわかっているのか、アコのその口元には笑みが浮かんでいた。ただそれは、目の前の大人も同じ。こんな状況だというのに微笑をうかべる大人に、アコの脳裏に一抹の不安がよぎる。だが、ここからひっくり返せるわけはない。頭の中でそう割り切ってから改めて命令を下した。

 

 

『イオリ、チナツ。先生を保護してください。もちろん、一切の怪我を終わせないように』

 

「全く……アコちゃんも無茶言うなぁ」

 

 

 アコの命令にイオリはげんなりしたような表情を浮かべる。弱い相手に手加減するのは、強い相手に全力を出すよりも難しい。ただ、今回は外から来た大人が相手だ。おそらく腕を折らない程度に押さえつければ、それで無力化できるだろう。

 

 

「ダメですイオリ!無策で突撃しては──」

 

 

 しかし、チナツは違った。この2人の差は、やはり経験の差。シャーレ奪還作戦でのセツナの戦い方を知っているからこそ、チナツは一度体勢を立て直すべきだと考えていた。

 あの時もそうだ。たむろしていた不良に対して気さくに話しかけ、注意を引いたそのあとは──。その先はチナツが口にするよりも早く、目の前で起こり始めていた。

 

 

「ごめんね。今回は私も引けないんだ」

 

 

 セツナがそう言うと同時に、周囲の路地裏から部隊の中央に向けて何かが投げ込まれた。ゴトッと重い音ともに落下したそれは、特に何も起こることなく静かに中央で鎮座している。

 

 

「ん……なにこれ?バック?」

 

 

 見てみればそれは、黒いダッフルバックのようなもの。それがどこから投げ込まれたのか、一体何が入っているのか。そんな事を考えるよりも先に、その場にいた隊員たちの脳裏には、そのバックの持ち主の姿が一瞬で過ぎっていた。

 

 

「おい!あのバックは確か──」

 

 ダァンッ!!!

 

 

 その先を言い終わるよりも先に、1発の銃声と共にバックが撃ち抜かれる。そして周囲の隊員が防御姿勢を取る間もなく、ダッフルバックは激しい爆発と共に辺り一帯を吹き飛ばした。

 いきなり部隊の中央を吹き飛ばされたことで、皆の視線がそちらへと集中する。その間にセツナが戦場となったその場から離脱すると、それと入れ替わるように紫色の疾風が風紀委員会へと突撃していった。

 

 

「死んでください死んでください死んでください死んでください死んでください死んでくださぁぁぁぁい!!!」

 

「ぐあっ!?」

 

「痛っ!!」

 

 

 突っ込んでいったのは、普段よりも殺意を2割増にさせた伊草ハルカだ。愛銃の『ブローアウェイ』を敵に叩き込んでいきながら、爆発の余波から立ち直りつつある風紀委員会へと追撃をかけていった。

 ハルカの攻撃で混乱が深まる風紀委員会だったが、さらに周囲の建物から傭兵が射撃や爆撃を加える。四方八方からの攻撃に、風紀委員会の指揮がどんどん乱れていった。こんな状態では、榴弾砲も使えないだろう。敵の最大火力を封じながら、こちらは常時最大火力を押し付けていた。

 

 

「かなりヒヤヒヤしたけど、なんとか奇襲は成功したわね」

 

「そうだね。まぁ、ここからが本番だ」

 

 

 後方からハルカを援護していたアルと合流して、セツナほっと一息つく。とりあえず、初手の奇襲は成功した。風紀委員会の動揺を誘って隙を作り、そこから穴を空けて損害を広げていく。途中色々あったものの、今やれることは全てやれただろう。

 しかし、ここからが本番だ。こちらの目的は「一泡吹かせること」だ。決して風紀委員会に勝つことではない。そもそもこの戦力差なのだから、勝ち目はないに等しかった。だからセツナの勝利条件は、アルたち便利屋68と、出来れば傭兵の子達を無事に逃がすこと。それをどうにか達成できないものかと思案していたその時だった。

 

 

「ちょっとあんた達!どういうつもり!!!」

 

 

 セツナたちの背後から、聞き覚えのある怒声が飛んできた。背後を振り返ると、そこには戦闘態勢の対策委員会の姿が。恐らく私たちの戦闘を察して、ここまで来てくれたのだろう。ただ委員長であるホシノの姿だけはどこにも見当たらなかった。

 

 

「ん……先生?」

 

「奥で戦っているのは……便利屋68の方々ですか!?」

 

『あれは……ゲヘナの風紀委員会!?先生!?これは一体どう言った状況で!?』

 

 

 彼女たちは若干この状況が飲み込めていないようだった。だが無惨にも崩れ去った柴関ラーメンの跡地が視界に入ると、その原因が目の前の集団との戦闘であることをすぐに理解したようだ。

 特に他のメンバーより柴関との縁が深かったセリカは、怒りで手を震わせながら、先程よりも殺気の籠った怒声でアル達を糾弾する。

 

 

「……よくも柴関を……ッ!!あんたら、絶対に許さないんだから!!!」

 

「セリカ!これはちょっとした──」

 

 

 誤解を解こうとするセツナの言葉は、傍に居たアルによって遮られる。なんでとセツナが問うよりも先に、アルは芯の通った瞳でセツナのことを見つめていた。

 

 

 私に任せてちょうだい。

 

 

 視線でそう訴えかけられて、セツナは葛藤の末に口を噤む。今のアルは、心の中の確固たる想いに従って動いてるみたいだった。

 

 

 

「ごめんなさい。私は貴方達アビドスに、謝らなければいけないことが沢山あるわ」

 

 

 アルの言葉は、アビドスに対する謝罪から始まった。

 

 

「1つは、貴方達の学校を襲撃したこと。もう1つは、私たちの問題に柴関ラーメンを巻き込んで、お店を壊してしまったこと。そして最後に、貴方達の先生に怪我を負わせてしまったこと」

 

 

 自分達の罪を列挙していくアル。それらは過去の自分が選んだ結果でもあり、制御しようのない余波でもあった。過去の自分が考えなしに選んだ結果、そのツケは自分自身に返ってきていた。

 だから、今その罪過を精算するのだ。これはもうアビドスに危害を加えないという宣誓でもあり、過去の自分との決別でもあり、これからの自分に対する責任を負うという覚悟でもあった。

 

 

「謝れば許して貰えるなんて思ってないわ。でも、こうしないと私の中でケジメがつかないの。だから、謝らせてちょうだい」

 

 

 そう言って頭を下げるアル。それに対して対策委員会は、皆驚いたような表情を浮かべていた。さっきまで怒り心頭だったセリカも、今は面食らったような表情でアルのことを見つめている。

 次会うときは戦う時だと思っていたのに、まさか再会直後に頭を下げて謝罪されたのだから、彼女達の複雑な気持ちもよくわかる。ただその直後、アルは再び驚きの内容を口にした。

 

 

「その上でお願いがあるの。先生を逃がすのに手を貸してくれないかしら。風紀委員会の狙いは先生よ。私たちがあいつらの気を引くから、その間に先生を連れて離脱してちょうだい」

 

「……っ!?アルっ!!」

 

 

 これには思わずセツナが声を上げた。それではアル達が風紀委員会に捕まってしまう。まだ包囲網すら突破できてないこの状態では、便利屋68は確実に捕まる。それも、セツナを逃がす為だけに。

 それはセツナの中では許されないことだった。彼女たちが捕まってしまっては元も子もない。例えそれがアルの覚悟だとしてもだ。しかしセツナが止める間もなく、状況は刻々と変わっていく。

 

 

 

「……断る」

 

 

 

 一言そう発してから、シロコは一瞬でライフルを構え、躊躇うことなく発砲した。

 

 

 ダンッ!!

 

「あがっ!」

 

 

 放たれた弾丸はアルの横を通り抜けて、アルの背後に近づいていた風紀委員会の頭へと吸い込まれて行った。突然の出来事に唖然とするセツナとアルに対して、シロコは真剣な眼差しのまま口を開く。

 

 

「離脱はしない。ここは私たちの土地(アビドス)。他校の風紀委員会に好き勝手されて、黙ってる訳にはいかない」

 

『シロコ先輩の言う通りです!この土地は私たちアビドス高校の管轄。それに何か事情があるかは知りませんが、私たちは便利屋の皆さんに事情聴取する権利があります!』

 

 

 シロコとアヤネが、それぞれ自分の意見を主張する。2人とも風紀委員会の通達なしの行動を許せないようで、ひとまずは風紀委員会をどうにかするために協力してくれるらしい。

 

 

「……正直、まだあんたらを許してない。でも、こんな状況じゃ謝罪なんか受け取れないわ!まずは私たちの土地で暴れてるアイツらを何とかしないと!!」

 

「そうです!謝るならちゃんと、謝る時と状況があります!ちゃんとした状況で謝ってこそ、仲直りができるんですから!」

 

 

 先に宣言した2人に続いて、セリカとノノミもそれぞれ自分の意見を主張する。アルの謝罪の是非はともかく、こんな状況ではまともに話すこともできない。だからこそ、2人は先に風紀委員会から片付けることにしたようだ。

 

 

「貴方達……。やっぱり、素敵ね」

 

 

 対策委員会それぞれの言葉を受けて、アルはぽそっと言葉を零す。その脳裏には、ブラックマーケットで闇銀行を襲撃していた彼女たちの覆面姿が重なっていた。

 ただ、感傷に浸っている時間はない。今もアル達の背後では、風紀委員会との激戦が繰り広げられている。それはアルも理解していたようだ。

 

 

「先生、指揮をお願いできるかしら?」

 

「……そうだね。ちょっと時間を貰えるかな」

 

 

 激しくなる背後の戦闘音を聴きながら、セツナは『箱』を使って戦況の把握に務める。

 

 

(アロナ。現在の戦況は?)

 

《はい!現在正面をハルカさん、左翼をムツキさん、右翼をカヨコさんが、それぞれ傭兵を率いて抑えています!ゲヘナ風紀委員会側は離脱者が多数。でも先程、増援としてさらに2小隊が参戦しました》

 

 

 戦況の方はセツナ側がやや不利。風紀委員会側の戦力はまだまだ健在だし、元々の戦力差がモロに響いていた。対するこちらは便利屋の雇っていた傭兵がかなり数を減らしていたが、対策委員会が加わるのであれば多少なりとも勢いを取り戻せそうだ。

 

 

(……ただ、これ以上は指揮が乱れるな)

 

 

 しかし、対策委員会が来て心強い反面、新たな問題もある。『シッテムの箱』の戦闘支援システムは、最大でも6人しか支援できない。一応支援システムを介さずに指揮することは可能だが、その分を"眼"をもってしても指揮の精度は格段に落ちる。

 それに対して今の人数は、便利屋が4人で対策委員会が4人、そこに傭兵が16人程でかなりの大所帯だ。 先程までは便利屋の皆を司令塔として、4グループに分けた傭兵を間接的に指揮していたけど、流石に対策委員会まで加わるとそれも難しくなる。

 

 

(指揮系統もそうだけど……。『シッテムの箱』の残り稼働時間は?)

 

《残りおよそ20分です!でも『防壁』のことを考えるなら、およそ2~3分程に……》

 

 

 さらに、問題はそれだけではない。『シッテムの箱』のバッテリー切れが近づいているのだ。万が一のため『防壁』用の電力を残すなら、あまり猶予は残されていない。その残された2~3分で、風紀委員会を相手しなければならないというのは、いささか厳しい。

 

 

(……こりゃあ、力押ししかないな)

 

 

 落ち着いて戦略を立てる余裕もない。しかし幸いにも便利屋も対策委員会もかなりの実力者。そこに傭兵の子たちも加わるのだから、多少のゴリ押しは通用するはずだ。

 

 

「よし!みんな!これからの動きを伝達するよ!」

 

 

 皆の実力を、そして自分自身の実力を信じる。そう決めて最低限の動きだけ組み立ててから、セツナは皆に作戦を伝達した。

 

 

「確認した。いいよ」

 

「わかりました……!」

 

「うん、おっけ〜!」

 

「わかったわ!」

 

「ん……了解!」

 

「よしっ!やってやるわよ!」

 

「準備万端です☆」

 

『ドローンによる支援、いつでも行けます!』

 

 

 それを聞いた皆は少し驚いたような表情を浮かべていたものの、すぐに理解してくれたようで頼りがいのある返事を返してくれた。便利屋と対策委員会による共闘。ヘルメット団の時もそうだが、まさか彼女たちが手を取り合うとは思わなかった。

 だがその感傷に浸れるほど、今のセツナに心のゆとりは無い。この作戦は彼女たちよりもセツナの方が大役だ。それをしっかりと意識しながらも、セツナは荒ぶる心臓を抑えるように2度3度と深く息を吸う。

 

 

「戦闘開始。62秒でケリをつけるよ」

 

 

 そして落ち着いたセツナの掛け声を合図に、風紀委員会との戦いは第2ラウンドに突入した。

 

 

 

 

 

 










 ▽天守セツナ
 騙し討ち上等。割と脳筋。
 よくする戦術は速攻と囮。

 ▽陸八魔アル
 肝心な時に役に立ちまくる女。
 覚悟を決めたアルちゃんはかっこいい(By 幼馴染)

 ▽天雨アコ
 ご存知ゲヘナのNo.2
 本当は爆撃でアビドスと先生を釣り出す予定だった。


 ▽便利屋68
 やる気とセツナの指揮により超強化。
 傭兵を間接的に指揮することで、シッテムの箱の指揮上限問題を解消していた。

 ▽ゲヘナ風紀委員会
 委員長不在の治安機関。
 ある人物により、委員長不在でも侮れない実力を持つ。

 ▽アビドス廃校対策委員会
 通知とドローンが飛び出すのを見て現場に急行。
 "お客さん"には、一旦帰ってもらった。



あとがき
前話投稿時点で6割方完成してたのに、構成考えてたら結局1週間経ってました……。
いやはや、構成作りって難しい。

あとミヨから想定外の重力を感じました。
拍手喝采です。ありがとうブルーアーカイブ。



 次回 第19話「舞い降りる翼たち」


「貴方、ゲヘナに来たことはある?」




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