Blue Archive 〜藍の外典〜   作:roimi_mark2

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「始まりと終わりは同じ所にある。よい。全てはこれでよい」

 〜 「新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に」から キール・ローレンツの台詞より〜







第19話 「舞い降りる翼たち」

 

 

 

 

 

 

「ふむ、どうやらアビドス市街の方で戦闘が起きているようですね」

 

 

 セツナ達と風紀委員会が激戦を繰り広げている頃、アビドス市街から少し離れた位置に聳え立つビルの一室では、2人の人物がソファーに向かい合って座っていた。

 その2人の間にはテーブルが置かれており、その上には小さなモニターが設置されている。そしてそれには、今まさにアビドス市街で繰り広げられている激闘が映し出されていた。

 

 

「おや。あれはゲヘナの生徒達のようですね。こんな所に来るなんて、大変珍しい」

 

 

 そう口にするのは、全身を黒に統一した異形の大人──黒服。黒いスーツに身を包み、地肌さえも真っ黒なその大人は、頭部に走る口のような亀裂を歪ませて、少女たちの戦いを興味深そうに観察している。

 そしてその反対側に座るのは、アビドスの制服を纏った桃色の長髪の少女──小鳥遊ホシノ。 彼女は膝の上の手を静かに震わせながら、モニターに映し出された戦いを食い入るように見つめていた。

 

 

「あぁ、行ってもらって構いませんよ。話の方は、もう終わりましたので」

 

 

 その様子を見かねてか、黒服は歪んだ口元のままホシノへと語りかける。まるでこちらの様子を見て嘲笑うような態度の黒服に対し、ホシノは射抜くような鋭い視線を向ける。その脳裏には、先程までの会話が蘇っていた。

 

 

 

 

 そもそもこの邂逅も、これが初めてではない。1番古い記憶でも、遡ってみれば2年前。1年ほどパタリと止んだ期間はあったが、最近になってまた増えてきていた。

 そして会う度に、黒服は『契約』だの『提案』だのと、あの手この手と言葉を変えて話を振ってくる。でもどれだけ言葉を変えようとも、ホシノに望んでいることには一切変化がない。それがわかっているから、ホシノはウンザリするのだった。

 

 

「クックック……。今回も小鳥遊ホシノさんに提案を…… と言いたいところですが。2つほどお願いがあります」

 

 

 しかし、今回は違った。普段は対等な立場で話そうとしていた黒服が、何故か『お願い』という言葉を持ち出してきたのだ。それはつまり、目の前の大人が下手に出てきたということ。普段の様子からはありえない態度に、ホシノの中で不信感が急速に高まっていく。

 

 

「……断る。って言ったらどうするつもりなのさ?」

 

「その場合は別のプランを用意していますよ。そうですね……。貴方の後輩であれば──」

 

「っ!!」

 

 

 黒服の言葉に、ホシノの中で何かが弾ける。この男は今、ホシノのみならず他のアビドス生徒も狙っていると言ったのだ。それは間違いなくアビドスに対する害意であり、この男の本質たる悪意の表れだ。

 怒りに身を任せたまま立ち上がり、きつく黒服を睨みつけるが、対する黒服は一切動じる様子は無い。怒りを露わにするホシノを嘲るでもなく窘めるでもなく。手を小さく組みながら、ただただ冷静にホシノを宥める。

 

 

「まぁまぁ、そう怒らないでください。そもそもの話、これは強制ではありません。"お願い"だと、最初にも言ったはずです」

 

「…………………………………………」

 

「もちろん、報酬も用意いたします。私からの目線にはなりますが、悪くないものだと思いますよ?」

 

 

 これまでとは違い、強制力はない。選択権は貴方にあるのだと、黒服は主張する。さらにはその願い事を聞けば、何か報酬を与えるつもりでもあるらしい。これまでにない新たなアプローチ法に、ホシノの眉間のしわがさらに深くなる。

 しかし黒服らしくない、こちらに利益しかない不平等な話だ。こういった行為をすることで、この男になんのメリットがあるというのか。それを知るためにも、ホシノはあえて話に乗るフリをすることにしたのだった。

 

 

 

 

 

「──言っとくけど、そのお願いは聞かないからね」

 

「ええ、それで結構です。ですが私は、いつか貴方がこのお願いを叶えてくれると確信しています」

 

「…………………」

 

 

 そして現実へと意識を戻しながら、改めて断言するホシノ。しかし黒服は意味深なことを言いながら、獲物が罠にかかったかのようにニタリと笑みを浮かべた。その様子にホシノの背中を冷たいものが伝うが、それを知ってか知らずか、黒服は「クックック……」と小さく嗤いながら饒舌に言葉を紡ぐ。

 

 

「『始まりと終わりは同じところにある』。貴方が"小鳥遊ホシノ(あなた)"である以上、これは避けられないことです」

 

 

 何が面白いのか、「クックック……」と嗤い続ける黒服に背を向けて、ホシノは急いで部屋を出ていくのだった。

 

 

 

「次に会う時を楽しみにしていますよ。ハルポ──いえ、小鳥遊ホシノさん」

 

 

 

 笑みを含んだ黒服の言葉を背に受けながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、アビドス市街での戦闘はより激しさを増していた。物量で押し潰そうとする風紀委員会に対して、一時休戦で手を組んだ対策委員会と便利屋の連合チームがどうにか攻勢を押しとどめている。

 

 

『シロコ、10秒後に再突撃』

 

「ん、了解」

 

『アル、移動は完了した?』

 

「もちろんよ!」

 

『OK。セリカとカヨコはどう?』

 

「問題ないわ!」

 

「支援の準備はできてる」

 

『了解。ならシロコの突撃に合わせて支援射撃。やり方はさっきの通りでいいよ』

 

「「「「了解!!!!」」」」

 

 

 セツナの指示を受けながら、シロコ・セリカ・アル・カヨコの4人が攻撃を開始する。戦闘開始からしばらく経つが、4人とも目立った外傷は負っていない。しかしそれは相手も同じで、互いに決定打を与えられない泥仕合と化していた。

 

 

「こいつら……!さっき手を組んばかりだろ!なんでこんな連携ができるんだよ!!」

 

 

 切り込み隊長として先頭に立っているイオリは、敵の動きの異様さにそう愚痴を零す。その視線の先では、シロコのアサルトライフルが銃口を煌めかせ、直前まで顔があった空間を撃ち抜いていた。

 持ち前の瞬発力でそれを躱したイオリだったが、その隙を埋めるように足元にグレネードが転がってくる。それに気づいて速攻で蹴り返すものの、視線を戻すとそこにシロコの姿はなかった。

 

 

「クソッ!どこ行った──ッ!!」

 

 

 悪態をつく暇もなく、今度はスナイパーライフルによる狙撃が飛んでくる。それもすんでのところで交わして撃たれた方を見れば、そこにはビルの屋上から逃げる赤いコートが一瞬だけ見えた。

 そしてイオリがその姿を追っているうちに、姿勢を低く保ったシロコが背後から奇襲をかける。先手で体勢を崩すべく足払いをかけるが、それは直前に気づいたイオリが飛び去った事で失敗した。

 

 

「……っ!?」

 

「ゲヘナ風紀委員会のスナイパーを、舐めるな!」

 

 

 驚くシロコを視界の捉えながら、イオリは冷静に愛銃『クラックショット』を構えた。しかしイオリが引き金を引くよりも早く、銃身の横っ面をライフルの速射が襲っう。さらにライフルの射撃とは別方向から、ハンドガンによる狙い済ませた一撃がイオリの頭部を直撃した。

 

 

「痛っ!あぁもう!またどっか行ったし!!」

 

 

 イオリの意識が外れた途端、シロコは再び姿を消した。さっきからずっとこの調子だ。シロコが突撃し、セリカ・アル・カヨコでそれをサポート。イオリに攻撃の隙を与えず、反撃をなるべく受けないように立ち回る。

 普段ならもっと攻撃的な立ち回りを用いるセツナだったが、今回はそうもいかない。相手が自分たちより質も量も高い……というのもあるが、今回の作戦はかなりの綱渡りになっているからだ。

 

 

《先生!まもなく2分です!》

 

「……わかった。第1部隊は潜伏!全員弾薬の補給と位置変更を!30秒後に再突撃用意!カヨコ、3分間指揮をお願い!」

 

「わかった。なるべく時間は稼ぐよ」

 

 

 アロナの報告を耳にすると同時に、セツナは『シッテムの箱』を操作する。そして第1部隊──即ち先程の3人とサブオペレーターのカヨコにそう伝えてから、彼女たちと戦闘支援システムの同調(リンク)切断した(・・・・)。その後、彼女たちとは別に、風紀委員の大軍を相手している第2部隊へと戦闘支援システムを接続する。

 

 

《接続完了!同時に3分のタイマーを開始します!》

 

「ごめん!時間になったらまた報告をお願い!」

 

 

 アロナの声に耳を傾けながら、セツナは第2部隊への指揮を始める。これが今回の作戦である。複数の部隊を編成して交互に支援することで、擬似的に支援人数の上限を突破する戦法だ。

 支援できない間は戦闘力がやや低下するが、そもそも"低下しても問題ない状況を作ればいい"のだ。そのために第1部隊は接続解除中は補給と移動、第2部隊は指揮中に指示したポイントの攻撃をおこなっている。

 ただ、この作戦は双方の戦況を正確に把握する必要がある。常人であれば難しい話であったが、セツナは違った。指揮を切り替える度に、直前に指示した内容と現在の状況が頭に流れ込んできていた。

 

 まるで誰かが教えてくれる(・・・・・・・・・)ように。

 

 

「お待たせ!状況は変わりないかい!?」

 

『先生!こちらは特に怪我とかはないんですが……』

 

『ちょっとハルカちゃんが突っ込みすぎかも〜』

 

『こちらの方で適宜支援してますが、これ以上潜られるとドローンへの被弾が……』

 

『死んでください死んでください死んでください!!!!!!!』

 

 

 第2部隊ではハルカ・ムツキ・アヤネ・ノノミの4人と、便利屋の雇った傭兵たちで組んでもらい、風紀委員会の主力部隊に対するゲリラ戦を展開してもらっていた。こちらではアヤネをサブオペレーターに任せて、地の利を生かした奇襲攻撃で風紀委員の数を減らしていた。

 突出したハルカが優先的に狙われた結果、注意がそちらに向いた隙を、ノノミのミニガンやムツキの爆弾とアサルトライフルの斉射が容赦なく攻撃する。さらにハルカの支援を務めるアヤネの手が開けば、そこから更にムツキの持ってきた爆薬を投下してさらに被害を拡大させる。そこにセツナの支援が入れば、連合チームの攻勢がより強くなっていた。

 

 

「不味いですね……。流石にこれ以上の戦力投下は、私も反省文を書かなくちゃならないかもですし……」

 

 

 これには余裕綽々だったアコも、最初に比べて明らかに焦ってきていた。一応風紀委員会には、まだ後方待機させている部隊がある。それを投入すれば、おそらく戦局そのものもは好転するだろう。

 ただこれ以上の損害を出せば、流石に誤魔化すことはできない。だからこそ、バレる前に決着をつける予定だったのだが……。残念ながら、タイムリミットはすぐそこに迫っていたようだ。アコの耳元のインカムから、ノイズの音ともに敬愛する人の声が聞こえてきた。

 

 

『アコ、今どこに居るの?』

 

「ひ……、ヒナ委員長!?」

 

 

 アコの裏返ったような声を聞いて、その場にいた風紀委員達の動きが止まる。イオリも、チナツも、他の風紀委員達も。皆時を停められたように固まって、「嘘でしょ?」とでも言いたいような視線をアコへと向けていた。

 一方のアコはと言うと、今回の件がバレないようにどうにか誤魔化そうと必死になっていた。もし委員長不在の状況で兵を動かし、挙句の果てに他校の組織と敵対するなんてことがバレれば……おそらく、反省文100枚では足りないだろう。

 

 

「今ちょっと風紀委員会の皆とパトロール中でして!それよりも!委員長は出張中だったのでは!?」

 

『今帰ってきたとこ。……それにしても、そっちはだいぶ苦戦してそうね。私が出向いた方がいいかしら?』

 

「いえいえ!!もう少しで片付くので、委員長はそのままゆっくりなさってください!」

 

『いいのかしら?

 

 

 

 

「他の学園の自地区内で部下が独断で戦闘行為を行ったなんて、私が出向かないとダメな案件だと思うのだけれど」』

 

「────へ?」

 

 

 凛とした2つの声が、僅かに重なって聞こえた。

 

 

 

 

 

《先生!風紀委員会の動きが止まりました!》

 

「……?なんで……?」

 

 

 指揮にてんてこ舞いになっていた私に、アロナから予想外の報告が届く。こちらは攻勢を押しとどめるので精一杯だと言うのに、風紀委員会が動きを止める理由が分からない。しかし困惑しながら視線を上げれば、すぐにその理由がわかった。

 そこには少女が居た。腰まで靡くくせっ毛のある白髪と悪魔のような角と翼を持ち、小柄な体躯に迫るほどの大型のマシンガンを持った少女。彼女の羽織るコートの腕には、目の前と集団と同じ『風紀』の腕章が巻かれていた。

 そして何よりも印象的なのが、風紀委員会も含め、その場にいた人間を黙らせるほどのプレッシャー。おそらく彼女の実力を知らない者でも、このプレッシャーを感じればその圧倒的な実力差に気付かされるだろう。

 

 

「あれが………ゲヘナの風紀委員長」

 

『ゲヘナ風紀委員会、委員長の空崎ヒナ……。外見情報も一致します。ということは……文字通り、ゲヘナ最強の人物です』

 

「……ゲヘナ最強……か」

 

 

 アヤネの言葉に、私は眉を顰める。以前聞かされていた"ゲヘナ最強"についての話。高い実力を持つ便利屋68でも逃げることしか出来ず、風紀委員会の全戦力の半分を担う少女の話。最初こそ冗談かなにかだと思っていたが、こうして目の前にすると、あれが決して冗談ではなかったことを思い知らされる。

 そしてそんな彼女が来たという事は、私たちにとってもタイムリミットだ。先程まででもようやく五分だったというのに、実質相手の戦力が倍になっては勝ち目はない。

 

 

「……分が悪いね。みんな、撤収する準備をしておいて」

 

「ん、便利屋はもう撤収してる」

 

「委員長さんが来てから、一目散に逃げていきましたね……」

 

「……なるほど。流石ゲヘナ育ち……」

 

 

 既に撤収した便利屋に驚きながらも、視線の端でヒナの動きを追い続ける。今この場の支配者は彼女だ。ヒナがどう動くかによって、こちらの対応も色々と変わってくる。だが今のところは、すぐに戦闘を再開するという雰囲気では無さそうだ。

 

 

『委員長、全てを説明し──』

 

「いや、だいたいわかったわ。要するにゲヘナに対する不確定要素の確認、および排除。そういう政治的な活動の一環ってところね」

 

『はい……』

 

 

 アコの言葉を一蹴し、目の前に広がる情報からヒナはこの場で巡らされた思索を看破する。そして「はぁ……」と小さくため息をついてから、アコに向けて冷ややかにこう告げた。

 

 

「でもアコ、私たちは風紀委員会。そういうのは『万魔殿(パンデモニウム)』のタヌキ達に任せておけばいい。詳しい話は帰ってするから、通信を切って待機してて」

 

『……はい』

 

 

 落ち込んだ声を最後に、アコのホログラムはブツリと姿を消した。どうやらひとまず、あちらは争うつもりはないらしい。ならばと私は風紀委員会へと近づくと、鋭い視線をこちらに飛ばすヒナへと問いかける。

 

 

「……君が、風紀委員会のトップってことでいいんだね?」

 

「そうよ。初めまして、シャーレの先生。私は空崎ヒナ。今回は部下が色々と迷惑をかけたわね」

 

「その事に関しては、こちらからもう咎めることはしないよ。多分ヒナが、この後こってり絞ってくれるだろうしね」

 

 

 互いに握手を交わしながら、私とヒナは互いに見つめ合う。疑念、謝意、そして興味と期待。ヒナの向ける視線には、色んな感情をないまぜにしたものが込められていた。この反応は多分、悪いものではない。ならばと僅かな期待を込めながら、私はヒナに1つ提案をした。

 

 

「それでなんだけど、ここはお互い武器を下ろさないかい?こちらはホシノ──対策委員会の委員長が不在のうえ戦力的に乏しい。風紀委員会としても、これ以上他校との衝突は避けたいと思うんだけど。どうかな?」

 

 

 要するに、ここで打ち止めに……ということだ。風紀委員会の方が優勢な以上、ここで手打ちにしないとこちらが負ける。風紀委員会もこれ以上他校の自治区で戦闘はしたくないだろう。こちらに悪感情を向けてないなら、この提案も了承してくれそうだが……。

 ただヒナから返ってきた反応は、私の思っていたものとは全く違うものだった。

 

 

「ホシノ……?それって、小鳥遊ホシノのこと?」

 

「……?そうだよ。3年生の小鳥遊ホシノ」

 

 

 ホシノのことを知っているのか、ヒナはその名前を再度問い直す。何が気になるのかと問いかけようとしたが、その続きは妙に間の抜けた声によって遮られた。

 

 

「うへ〜。こりゃまたしっちゃかめっちゃかな状況だね〜」

 

 

 噂をすれば何とやら。声のした方を見れば、そこには今まで居なかったホシノの姿があった。急いで走ってきたのか、僅かに息が上がっている。ただこの状況での登場に、対策委員会からは盛大なツッコミが入るのだった。

 

 

「ホシノ先輩!!?」

 

「ごめんね〜。昼寝してたら遅れちゃって〜」

 

「昼寝ぇ!?こっちはゲヘナのヤツらが攻めてきて大変だったのよ!!? 」

 

 

「ごめんごめん」と謝りながら、ホシノは風紀委員会の前へと立ちはだかる。その瞳には普段ののんびりとした雰囲気はなく、目の前の集団を見定めるような鋭い光が宿っていた。

 

 

「ゲヘナの風紀委員会かぁ。便利屋の子達を追ってきたのかな?これで対策委員会は全員揃ったけど、改めてやり合ってみる?

 

 

 放たれたのはプレッシャーか、あるいは闘気か。それはヒナに近い、強者だけが発するオーラだ。目の前の少女から離たれる威圧感に、風紀委員会が少し後ずさる。だが、それをものともしない人物が1人だけいた。

 

 ──そう、ゲヘナ最強その人である。

 

 

「……間違いない。アビドスの小鳥遊ホシノ」

 

「ん?何なに?私の事知ってるの?」

 

「……1年生の時から随分と変わった。まるで人違いかと思うくらいに。かなりまるくなった(・・・・・・)………。そうか。だからシャーレが……」

 

「…………………………」

 

 

 消え入りそうなヒナの一声は、まるで独り言のよう。本人も誰かに聞かせるつもりもないのか、何かをポツポツと零しているだけだ。その様子をホシノが怪訝そうに見つめる中、ヒナは何か納得して様子で俯いていた顔を上げた。

 

 

「まぁいい。シャーレの先生、あなたの提案を受け入れるわ」

 

 

 そう言って背後へと視線を向けたヒナは、その様子をハラハラした様子で見つめていた風紀委員たちへとこう告げるのだった。

 

 

「イオリ、チナツ、撤収準備」

 

 

 その言葉に、私は静かに胸を撫で下ろす。どうやら風紀委員会も、これ以上戦闘を続けるつもりはないようだ。何か言いたげな風紀委員も何人かは居るようだったが、その子たちは皆ヒナの無言の圧力に黙ってしまう。

 そして最後に、ヒナは私と対策委員会に向き直ると、スっと静かに頭を下げて口を開いた。

 

 

「事前通達無しの兵力の無断運用、並びに他校の自地区内で騒ぎを起こしたこと。このことについて、ゲヘナの風紀委員会・委員長の空崎ヒナから、アビドスの対策委員会に公式に謝罪する」

 

 

 もう二度と、アビドスの土地で風紀委員会が許可なく暴れることはしない。そうつけ加えて、ヒナは下げていた頭を上げた。1組織を束ねる長として、しっかりと情勢を見極めて適切に対処する。まさに委員長として正しい行動だった。

 

 

「それとシャーレの先生。あなたに伝えておきたいこと事がある」

 

「ん?私にかい?」

 

 

 風紀委員会が撤収する間際、ヒナはこちらに声をかけた。どうやら私に向けて、何か話しておきたいことがあるらしい。

 

 

「これは直接言っておいた方がいいと思って。カイザーコーポレーションについて、知ってるかしら?」

 

「……ある程度は」

 

「そう。ならあなたに伝えておくわ。これはまだ、万魔殿もティーパーティーも知らない情報なのだけれど……」

 

 

 もしかして、カイザーに関することだろうか。仮想敵に対する情報が不足している現状、カイザーのことならなるべく耳に入れておきたい。そう考えた私は、ヒナの言葉を聞き漏らさないよう、静かに耳を澄ませた。

 

 

 

⟬─────────!!!!⟭

 

 

 

 だが次の瞬間、聞こえてきたのはヒナの声ではなく、唸るような咆哮だった。それは、久しぶりに聞く鯨の唄声。まるで獣の遠吠えのように響くそれは、戦闘による硝煙が晴れた藍い空へと溶けていくように消えていった。

 

 

「…………………セキ」

 

 

 皆が押し黙る中、ポツリとシロコがその名を呼ぶ。その声には以前のものとは違う、焦燥にも似た感情が籠っているような感じがした。だがシロコの感情の変化に驚くまもなく、私の身体をあの冷たい感覚が貫いた。

 

 

「……っ!!?」

 

「……!?何、この感覚……」

 

 

 どうやらヒナも、同じ感覚を体感したようだ。よく見ると私たちを包むように、あの藍い霧が立ち込めている。直接見るのは、あの前哨基地での戦い以来だ。あの時は膝下あたりまで立ち込めていたが、今は私の頭からつま先でヒナと一緒に包むように発生していた。

 以前は索敵のために用いられた藍い霧。ここでそれを展開しているということは、もしかしたらこの霧は彼女の耳のようなものなのかもしれない。目的は分からないが、どうや彼女はこの話が気になるようだ。

 

 

「……気にしないで、続けてもらえるかな」

 

「……わかった」

 

 

 なら聞かせてあげよう。そう思って私は話を続けるようヒナに促す。ヒナの方も少し気になったようだったが、私の言葉でそれを無理やり思考の隅に追いやってくれたようで、本題へと話を進めた。

 

 

「アビドス砂漠の奥地で、カイザーコーポレーションが何かを企んでいるわ」

 

 

 アビドス砂漠の奥地、そしてカイザーコーポレーション。その言葉に、私の中である出来事がフラッシュバックする。

 

 

「……あれか」

 

「……?知っていたの?」

 

「いや、ただ少しだけ心当たりがあるんだ」

 

 

 正確に言うなら、まだ確信には至ってない。ただここまであちこちで影をチラつかせるカイザーと、ヒナの話してくれたその情報を合わせれば、おそらくほぼ間違いないだろうとは思う。

 

 

「ありがとうヒナ。おかげで、私たちはまた1歩踏み出せそうだよ」

 

「礼はいいわ。今日の件に関する迷惑料よ」

 

 

「それじゃ、またね」

 そう言って、ヒナは風紀委員会を引き連れて撤退して行った。その背中を静かに見送りながら、セツナは今日の出来事を頭の中で振り返る。

 アルの進路相談に始まり、ゲヘナ風紀委員会の襲撃、そして対策委員会と便利屋の共闘に、ヒナからの情報提供。これが1日どころか半日で起きたのだから、休息も兼ねて1度の情報整理をした方が良さそうだった。

 

 

「……先生」

 

「……この件は、また明日伝えるよ。今日のところは、現状確認とその共有だけしておこうか」

 

「……うん。わかった」

 

 

 何か言いたげなシロコにそう言って、私は壊れてしまった柴関のお店へと視線を移す。あの場所は、みんなの憩いの場だった。借金返済に苦しむ彼女たちが、そういったしがらみを忘れて笑える場所だった。

 それを私が原因で壊してしまった。シャーレの持つ強力な権限。その力が与える影響を、私は軽視していた。もしも()が力のある者なら、その権力をどうにかしたいと考えていただろうに……。彼女たちと接することが増えて、どうも気が緩んでいたらしい。

 

 

「………今度は守れるようにしなくちゃ」

 

 

 そう呟いてから、私はみんなの元へと歩んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……疲れた……」

 

 

 撤退する風紀委員会の最後尾で、イオリがため息とともにそうぼやく。イオリにとって今日は散々な1日だった。いきなりアコから招集をかけられたと思ったら、ろくに事情も説明されずアビドスまでやってきてこのザマだ。

 これならまだ、ゲヘナで不良達の相手をしていた方が随分マシだった。そう思っていたのは自分だけではないようで、隣を歩くチナツがイオリに向けて生暖かい視線を送っている。

 

 

「なぁ、その可愛そうな犬を見るような目はやめてくれないか?」

 

「……それもお互い様ですね」

 

 

 そしてそれは、イオリも同じようだ。2人して見合ったあと、2人のため息がピッタリ重なる。どちらもアコの独断専行に振り回された仲間。そういう意味では、どちらも被害者なのだから。

 今日はもうこのまま、何事もなく帰りたい。というか、ここで騒ぎが起きればまた面倒くさいことになる。そう心の中でボヤく2人だったが、残念ながらそう上手くはいかないのが世の常だった。

 

 

 

「すみません、ちょっといいですか?」

 

 

 

 突然、背後から誰かに呼び止められた。振り返ってみればそこには翼の生えた少女が居て、彼女たちと視線が合うと、にこやかに手を振っている。

 突如現れた少女に、風紀委員会の間では困惑した雰囲気が漂っていたが、誰かの「あっ」という声を皮切りに、その雰囲気は異様なものへと変わっていく。

 

 

「………おまえ、なんで。いや、違う……」

 

 

 途切れ途切れに、そう呟くイオリ。その視線は困惑した表情を浮かべる少女から離すことかできない。そばにいたチナツも、目を見開き口に手を当てて、「そんな……」とか細い言葉を零していた。

 

 

「ねぇ、あの人『教官』さん?」

 

「違うくない?髪とか真っ白だよ?」

 

「でも顔とかそっくりじゃない?」

 

「そうだよ!私が見間違えるはずないもん!」

 

「でも翼が足りないし、いつもの髪飾りも……」

 

 

 イオリやチナツだけでは無い。周囲の風紀委員たちも、目の前の少女の存在に違和感を覚えているようだった。知っているはずなのに知らない人。まるで人が変わったかのよう(・・・・・・・・・・)。そのちぐはぐな感覚が、風紀委員たちの間で確かに共有されていた。

 

 

「貴方達、今度は何を騒いで……」

 

 

 とそこへ、騒めく隊列をかき分けてヒナがやって来た。いきなり後方の動きが鈍くなったため、気になって様子を見に来たのだ。そして少女もヒナの姿を見つけると、より一層笑顔を輝かせながら、1歩ヒナの方へと歩み寄る。

 

 

「こんにちは!確かあなたが1番偉い人ですよね?」

 

 

 にこやかに語りかける少女に対して、ヒナは皆と同じように目を見開いていた。ただそれもほんの一瞬の事で、すぐに表情を引き締めると、隊列から1歩前に出て目の前の少女へと問いかける。

 

 

「私たちに何の用かしら?なるべく荒事はしたくないんだけど」

 

 

 相手の様子を観察しながら問いかけるヒナ。見たところ浮浪者のような姿だが、これほどの人数を前にして緊張している様子はない。それに名実共に高い実力を誇るヒナに対して、一切怖気付くこともしていない。

 目の前の少女の目的はなんなのか。戦闘……というのであれば、さっきのこともあるのでできるだけ避けたい。そう考えていたヒナに対して、少女はニッと笑って口を開いた。

 

 

「ついさっきの事ですけど、先生と何を話してました?私、ちょっと気になっちゃって。良ければ教えて貰えますか?」

 

 

 ついさっきの事……とは、恐らくヒナが先生にカイザーの事を伝えた時だろう。なるほど、あの時感じた悪寒と奇妙な咆哮、それにセツナの妙な反応。ヒナの中で目の前の少女に対する警戒度が一気に跳ね上がった。

 

 

「……貴方に話す理由はあるのかしら?」

 

「そうですね、特にありません。強いて言うなら、痛い思いをしないようにするため……ですかね?」

 

 

 少女はそう言うと、ボロ布のようなローブの下から腕を伸ばす。その手には黒いハンドガンが握られていて、その銃口は真っ直ぐにヒナの眉間へと向けられていた。それを見た風紀委員達がすぐに銃口を向けるが、ヒナは右手を上げてそれを制した。

 ここはまだアビドスの近くだ。ここで少女と戦闘しようものなら、またアビドスや先生に迷惑がかかる。それにヒナならハンドガンの銃撃くらいであれば、至近距離で食らっても重症にはなり得ないだろう。

 それを知っているのか、目の前の少女はヒナが風紀委員達を制したのを見て、目を細めながら銃を下ろした。

 

 

「そうですよね。私も今はあんまり怪我したくありません。あなた方もあんな戦いの後で、また戦うのは疲れるんじゃないですか?」

 

 

 そう問いかける少女に対して、ヒナは「そうね」と短く言葉を返す。なんだか、とてもやりにくい。まるで他校の要注意人物を相手にしてるような、そんな緊張感をヒナは感じていた。しかし元情報部のヒナであっても、こんな人物が居るなんて話は聞いたことはなかった。

 アビドスの要注意人物といえば、あの小鳥遊ホシノ。そして目の前の少女も、彼女と似たような雰囲気を醸し出している。恐らく本気でやりあえば確実に勝てるだろうが、風紀委員会側もタダでは済まないだろう。

 幸いなのは、少女に積極的に戦う意思がないことだ。ならこちらが情報を渡せば、彼女も大人しく手を引くだろう。ただ、すんなりと情報を渡したりはしない。彼女の容姿を見て、ヒナは彼女に問いたいことがあるのだった。

 

 

「…………ならいくつか質問に答えて貰えるかしら?その質問に答えてくれたら、あなたの知りたいことを教えてあげる」

 

「わかりました」

 

 

 ヒナの提案をすんなりと了承する少女。取引が成立したことを確認してから、ヒナは少女に向けていくつか質問を投げかけていった。

 

 

「貴方、ゲヘナに来たことはある?」

 

「……?ゲヘナ?あぁ、確かあなた方の所属している学校でしたっけ?」

 

 

 最初の質問は、ゲヘナへの来歴について。

 少女の反応を見るに、そもそもゲヘナについても知らないようだった。その答えを聞いて、ヒナの中である可能性が消失する。

 

 

「なら次。貴方の出身はどこ?」

 

「………。出身はここ、アビドスです。アビドス生まれのアビドス育ちですよ」

 

 

 次の質問は、彼女の生まれについて。

 この質問に対して、少女は少し考える素振りを見せていたた。その時見せた表情は、まるで不意をつかれたような『無』。ただそれも一瞬のうちに消えてしまい、先程までの笑顔の彼女が戻ってきていた。

 

 

「じゃあ最後。貴方の名前は?」

 

 

 そして最後は、彼女の名前について。

 これが最後だ。目の前の少女がどのような人物であるか、それを決める最後のピース。少女の方もこれには迷う要素もないようで、ヒナの瞳を真っ直ぐ射抜きながら、自分の名前を口にした。

 

 

「私はセキ。……門守セキです」

 

 

 

 門守……セキ。

 ……………なるほど。間違いない。

 

 

「……そう。ありがとう。なら約束通り、先生に話していた内容をそのまま伝えるわ」

 

 

 その名前を脳内で反芻しながら、ヒナは先生に教えた内容を1字1句違わずセキへと伝えた。アビドス砂漠の奥地で、カイザーが何かを企んでいる。そんな情報が何故浮浪者然とした少女に必要なのか、それは分からないがきっと相手もさっきの質問で同じことを考えたことだろう。

 

 

「ありがとうございます。穏便に解決して良かったです!私はここまで(・・・・)ですが、またアビドスに来た時は、楽しんでいってください!」

 

 

 ヒナの言葉を幾度か呟いたあと、セキは来た時とは少し違う笑顔を浮かべながらそう言った。あれだけ市街地で大暴れしたというのに、彼女はどうやら風紀委員会を受け入れているらしい。

 それから2、3度会話を交わしたあと、セキは翼を広げて去っていった。いきなり現れて、あっという間にどこかへいく。まるで嵐のようなその動きに、ヒナは既視感を感じるのだった。

 

 

 

「委員長……あの人は……」

 

 

 おずおずと言った様子で、ヒナへと声をかけるチナツ。恐らくイオリも、その他の風紀委員達も、皆同じ言葉が続いてるのだろう。

 

 

「多分、あの子の探してる子ね」

 

 

 その言葉を代弁しながら、ヒナはスマホのモモトークを起動させる。そして目当ての名前をタップしてから、そのまま電話を繋げて静かに待つ。そして呼び出し音が二度、三度、四度と鳴った後で、ブツっという音と共に通話が繋がった。

 

 

「もしもし。ちょっといいかしら?」

 

『ふぁ〜い。どうしたのヒナ先輩〜。悪いけど、今からお昼寝だから手はかせないよ〜』

 

 

 聞こえてきたのは、欠伸混じりの間延びした声。どうも画面の向こうの人物は、まもなく寝る予定だったようだ。ならちょうど良かった。相手が寝る前に話だけ伝えるべく、ヒナは間髪入れずに口を開いた。

 

 

「あなたの探してる子が見つかったわよ

 

 

 

 

 

 

──────エル

 

 

 

 

 

 







 ▽天守セツナ
 今回は割と焦ってた人。
 最近は少し気が抜けていた。


 ▽小鳥遊ホシノ
 キヴォトス最高の神秘?
 昔に比べて随分と……。

 ▽空崎ヒナ
 ゲヘナ最強の風紀委員長。
 ホシノの全盛期を知る数少ない人物。

 ▽門守セキ
 情報が手に入ってご満悦。
 ここからは、彼女のターン。

 ▽アビドス廃校対策委員会
 鯨の唄声に聞き入っていた。
 今は、彼女を探している。

 ▽便利屋68
 迅速な判断で速攻離脱した。
 アビドスから撤退する準備中……。

 ▽ゲヘナ風紀委員会
 アコちゃんに振り回された方々。
 その帰り道で衝撃の邂逅を果たす。



あとがき

今回は間に合ったぜ。
そんでもってここで一区切りついたから、またしばらくお休みすると思います。対策委員会編1章も終盤に差し掛かったので、これからも何卒よろしくお願いします┏○ペコッ



 次回 第20話 「また逢う日まで」


「もう、私には必要ないと思うから」




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