Blue Archive 〜藍の外典〜   作:roimi_mark2

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 いつまでも絶えることなく 友だちでいよう
 明日の日を夢見て 希望の道を

 〜森山良子「今日の日はさようなら」より〜








第20話 「また逢う日まで」

 

 

 

 

 

 

 風紀委員会による突然の襲撃から一夜明けたアビドス自治区。昨日の襲撃により風紀委員会に居場所がバレた便利屋68は、活動拠点を移すべく朝から引越し作業に勤しんでいた。

 風紀委員会もそうだが、先程アビドスを襲撃する依頼も放棄したので、今後はクライアントからも狙われるだろう。突発的な襲撃を避けるためにも、移動は必須の状況だ。この事務所はお気に入りの場所だったこともあり、アルは少しだけ落ち込んでいるようにも見える。

 ただし、誰もこの結果に後悔はしていなかった。アルは自分の道を貫くと決めているし、他のメンバーはそんなアルの姿を見れて満足そうだ。故にテキパキと梱包作業を進める皆の顔は、どこか晴れやかな様子だった。

 

 

「よ……っと。アル様!全部積み終わりました!!

 

 

 トラックに荷物を積んでいたハルカが、少し離れていたアルへと報告する。部屋の中も全て片付いて、出発する準備は万端。これでいつでも出発することはできるのだが、彼女たちには、今だに出発できない理由があった。

 

 

「それで、どこに行くの?」

 

「う──ん……どうしようかしら……」

 

「いっその事、ゲヘナに戻っちゃうとか?」

 

 

 そう、行く当てがないのである。以前までは野宿をしたり、部屋を借りたりと取れる手段は色々あった。しかし今回は突然の襲撃だったこともあり、移動先の選定が全くできていないのだ。

 それに昨日まで潤沢だった資金も、今は諸事情によりほぼ無一文の状態に戻っている。これでは部屋を借りることも出来ない。ゲヘナに戻って寮に入る手もあるが、指名手配されてしまっている以上、そう簡単には行かないだろう……。

 こうなったら野宿しかないか……と4人が顔を見合わせていると、そこに聞き覚えのある声が混ざってきた。

 

 

「おはよう、みんな。もしかして引っ越しかい?」

 

「「「「先生!!」」」」

 

 

 そこに居たのは、シャーレの先生こと天守セツナだった。どこかに寄ってきたのか、片手にビニール袋を下げての登場である。

 

 

「先生、どうしてここに?」

 

「ちょっとお礼を言おうと思ってね。柴関の跡地にあのバッグを置いてくれてたでしょ?さっきお見舞いついでに大将に届けておいたよ」

 

 

 それは、セツナが今朝に柴関の跡地を訪れた際に見つけたものだった。瓦礫の山の前にポツンと置かれた、見覚えのあるダッフルバッグ。その中には大量の現金が入っていて、それを見たセツナは落とし主の意図を静かに察した。

 だからこうして、セツナは便利屋68の元を訪れたのだった。検査入院で動けない大将の代わりに、彼女たちにお礼を言うため。そして、先の襲撃の時に自分を守ってくれた礼を言うために。

 

 

「ありがとう、便利屋68のみんな。柴大将も、私も、君たちにとっても感謝しているよ」

 

「礼はいいわ、先生。柴関の件は、私たちにも原因があったから。それにアウトローとして、ラーメンをサービスしてもらった恩を返さない訳にはいかないわ」

 

 

 当然とでも言うように、アルは堂々と言葉を返した。それは、アルがやりたいと思ったことだから。ラーメンをサービスしてもらった店を、自分たちの因縁に巻き込んで壊してしまった。自分たちにそのつもりはなくても、これでは恩を仇で返す形になってしまった。

 そんなのは、アルの目指す理想像(アウトロー)ではない。だからこれが、彼女たちにできる最大限の罪滅ぼしだ。それを喜んでもらえたのなら、その決断は決して間違っていなかったと胸を張って言えるだろう。

 

 

「改めてありがとう、アル。もし何かあったら、いつでも私を頼ってくれて良いからね」

 

「もちろんよ!先生こそ、何かあればいつでも頼ってちょうだい!!」

 

 

 ……そろそろ、お別れの時間だ。アビドスに来てからは、アルたちにとっても濃い日々になっていた。それを思い出したせいか、アルの心の中に少しばかりの寂しさが蘇る。

 色んな挫折を味わった。その分、とても素晴らしいものにも出会えたりした。特にあのラーメン屋と、アビドスの生徒達には感謝しかない。次に会う時は、あのラーメンがまた食べれるようになった時にしよう。

 

 その時は、便利屋と対策委員会ではなく。

 ただただ『友達』として……。

 

 

「それじゃ、みんな行くわよ!」

 

「いいけどアルちゃん、結局どこに行くの?」

 

「ふふふ……もちろん、夕日に向かって!

 

「はい!一生ついて行きます!アル様!!」

 

「まだお昼前だけどね……」

 

 

 笑顔で見送るセツナに手を振り、アルたちはかつての事務所を後にする。カヨコを運転席に、助手席にアルが乗り、ダブルキャブの座席にムツキとハルカが座る。そして皆の準備が済んだのを確認したら、カヨコがゆっくりとトラックを発進させた。

 サイドミラーに映るセツナの姿が、徐々に遠のいていく。別に今生の別れという訳では無いが、その姿を見ているとなんだか鼻がツンとする。でもきっと、連絡すればどこへだって駆けつけてくれるのだろう。

 それにあの人は、便利屋68の経営顧問でもあるのだから。そう考えて前を向き、これから向かう目的地を決めようとした────その時だった。

 

 

 

 ゴトッ!!

 

 

 

「ん?何の音かしら……?」

 

「もしかして、荷物の固定が上手できてなかったんじゃ……?」

 

 

 突然後ろの方から聞こえてきた異音。荷台に積んだダンボールが崩れたのかと思い、アルたちは一旦トラックを止めて、運転席に備えられた窓から荷台を覗き込んだ。

 だがしかし、ダンボールの塔は崩れた様子はなく、薄暗がりの中で特に変わった様子もなく鎮座していた。どうやら音の原因は、荷物ではないらしい。じゃあ何の音だったんだと、彼女達が前方へと向き直った直後──

 

 

「こんにちは!!」

 

「うわぁぁぁぁ!?」

 

「っ!?」

 

 

 フロントガラスの向こう側から、白髪の少女が覗き込んでいた。

 

 

 

 

 

「驚かせちゃってごめんね?」

 

「ほんとよ!心臓止まるかと思ったんだから!!」

 

 

 あれからトラックを路肩に移動させ、アルはセキと話をしていた。どうやらあの時のゴトッ!!という音は、セキが荷台の屋根に取り付いた時の音だったらしい。だがアルはそれ以上に、セキの"ある変化"が気になって仕方がなかった。

 今の彼女は、昨日のボロボロの姿が見る影もないほど身綺麗になっていたのだ。肩にかかるルーズサイドテールも、二の腕辺りまでを覆うケープも、体を包む白い翼も、頭に被っているヘルメットも。そのどれもが真新しい輝きを放っていて、まるで気合を入れておめかしをしたみたいだ。

 

 

「門守セキ……、私たちに一体なんの用?」

 

 

 アルが荒ぶる心臓を押さえつけているうちに、トラックの点検を終えたカヨコが会話に参加する。どうやらトラックの方は問題ないようだが、その顔にはいつにも増して険しい表情が浮かんでいた。

 元々の彼女たちの関係を思い返せば、それも当然の反応と言える。セキからすれば、便利屋68は仲間の仇だ。この前は何とかなったが、今報復に来たとしてもおかしくはない。そう考えるカヨコだったが、対するセキはいつもの朗らかな笑みを浮かべていた。

 

 

「セキでいいよ。どこかに引っ越すみたいだったから、行先だけ聞いておこうかなって」

 

 

 セキ曰く、どうやらセツナとアル達が会話をしていたあたりから、ずっと彼女たちを観察していたらしい。そして会話が終わった後に便利屋たちが大荷物をもってどこかに行くのを見て、気になって追ってきたそうだ。

 

 

「別に復讐とか、そんなつもりじゃないよ?」

 

「……本当に?」

 

「本当だよ?前に言った言葉、もう忘れた?」

 

 

 セキの言葉に、カヨコの眉根が少し寄る。あの言葉……、あの時の衝撃は忘れもしない。あれは便利屋がセキと初めて邂逅した日のことだ。

 

 

『覚えたよ』

 

 

 短いその一言で、セキはクライアントからの電話を切った。そしてもう用はないとでも言いたげに出口へ向かうセキに、カヨコは緊張した面持ちでこう問いかける。

 

 私たちを、撃たないのか?……と。

 

 それくらいの事をしたと、彼女たちは皆理解していた。だからこそ、彼女が現れた時から臨戦態勢で接していたのだ。最悪この場で1戦交えるつもりの便利屋に対し、セキは柔らかな声音でこう問い返した。

 

 

『例えば君たちの大事なものが誰かに撃たれたとして、君たちは撃った銃を壊したいと思うの?』

 

 

 そしてその答えを待つ間もなく、セキは部屋から出ていった。それからしばらくの間、事務所は静寂に包まれていた。

 

 セキはわかっているのだ。自分が復讐するべき相手を、その怒りの矛先を。セツナからまだ幼い子供のようだと聞いていたカヨコだったが、その子供らしくない考え方に感嘆したのを覚えている。

 

 

「……いや、忘れてない。ちゃんと覚えてるよ」

 

「……そう、なら良かった!それでどこに行くの?様子を見てた感じ、行く当ては無いみたいだったけど……?」

 

 

 カヨコの返答に軽く頷くと、セキは改めて行き先を問いかける。と言っても、行く当てなんて特にないのだが。強いていえば、この前見かけた公園とかだろうか。あそこなら、野宿するには申し分ない場所だったはず。

 

 

「あるわ!行く当ては──ええっと……」

 

 

 しかし、アルがいつものように見栄を張った。ただ、先に言った通り、彼女たちに行く当てはない。そのことをどう誤魔化そうかと口ごもるアルだったが、セキもある程度事情を察したのか、くすくすと笑いながらある提案をした。

 

 

「じゃあ、私についてきて。いい所を見つけたんだ〜!」

 

 

 

 

 

 それからはセキを車に乗せて、彼女の道案内に従いながら車を走らせていた。どうやら目的の場所は市街地から少し離れた位置にあるらしく、道の脇には人の住まなくなった空き家がチラホラと見えてきた。

 

 

「ここだよ。私のオススメの場所」

 

 

 それらが流れていく様子を見ていると、ついに目的の場所へと辿り着く。先に降りたセキの後に続き、アルたちも車を降りてその物件を確認してみたのだが──

 

 

「オススメって、これ廃屋じゃない!!」

 

「ひぇっ!?これでもちゃんと住めるんだよ!?」

 

 

 

 そこには先程までと同じ、ボロボロの空き家が鎮座していた。薄汚れた外壁に、風に運ばれてきたであろう砂山。何やらソーラーパネルや貯水タンクなどが備えられているが、周りを見る限り使い物になりそうになかった。まさか設備は自分で何とかしろとでも言うつもりだろうか。

 

 

「まぁ中に入ってみてよ〜」

 

 

 しかしセキは気にしてないのか、軽い足取りで玄関の扉を開けた。パタンと閉じる扉を前に、アルたちは互いに目を合わせる。入るべきか否か。最終的にアルが意を決したようにドアノブを捻り、他のメンバーも彼女の後に続くように入っていった。

 

 

「お邪魔します……っ!!」

 

 

 扉を開け、恐る恐る中を覗き込んだアルが見たものは、砂まみれでボロボロの室内──ではなく、綺麗に掃除され、廃屋とは思えないほど生活感の溢れる廊下だった。

 さらにその廊下の先にある扉の向こうには、まるで普通の家のようなリビングが広がっている。外の様子とは打って変わって、まるで普通の家のような光景だ。

 

 

「いらっしゃ〜い」

 

「……中は思ったより綺麗ね。正直、かなり驚いたわ」

 

「もちろん。私が頑張って掃除したんだ〜」

 

 

 靴を脱ぎ、リビングへと案内されたアルたちは、改めて内装の清潔さに驚いていた。床には埃や砂粒1つなく、まるで最近掃除されたかのように光り輝いている。セキの言う通り、本当に頑張って掃除したのだろう。

 それにリビングにはテーブルやクーラーも設置されていて、他にも少しボロボロのソファーや服をしまうクローゼットなど、ちょっとした家具も揃ってるようだった。これであれば、普通に暮らしていく分には困ることは無さそうだ。

 

 

「これは……かなり良いね」

 

「私は前よりも好きかな〜。やっぱ家なだけあって部屋がいっぱいあるし〜」

 

「水も出るみたいです。それに電気も……。こ、これ全部、セキさんがやったんですか……?」

 

「そうだよ〜。水道も使えるようにしたし、元々付いてたソーラーパネルも使えるしね。外見よりかは、しっかりしてると思うよ〜」

 

 

 便利屋たちの歓声に、人数分のお水を用意したセキが誇らしげに反応する。どうやら水道や電気も自分で何とかしたらしく、洗面所や台所、家中の家電も普通に使えるらしい。ただ使える家具は残っているものだけのようで、後は自分たちで揃えなければいけないようだ。

 

 

「他にも質問があるなら遠慮なく言ってね!大体のことは、答えられると思うから」

 

 

 アルたちの対面に座りながら、まるで不動産屋のようにのたまうセキ。ただ、質問……と言っても、今は家の事より彼女に聞きたいことが山ほどある。まずどこから聞こうかと悩んでいる中、1番最初に口を開いたのはカヨコだった。

 

 

「じゃあ、私から質問」

 

「はい、えーと……」

 

「鬼形カヨコ。カヨコでいいよ」

 

「ありがとう。じゃあカヨコちゃん、どうぞ!」

 

 

 元気の良いセキの声に促されながら、カヨコは1番気になっていた事を口にする。

 

 

 

「ここ、セキの家じゃないの?」

 

 

 

 瞬間、ピシッと空気に亀裂が入った気がした。その原因は、先程までこの部屋を紹介していたの少女。彼女はカヨコの質問に答えることなく、ただ貼り付けたような笑みだけを浮かべている。その様子に、カヨコは自分の予想が大方当たっていることを直感したのだった。

 

 

「見つけてきたって割には、家の間取りや仕組みにかなり詳しい。それに水道直したり部屋を掃除したり。はっきり言って、セキが私たちのためにここまでする理由なんてないと思うんだけど」

 

「……」

 

 

 カヨコの追撃に、セキは静かに顔を伏せる。言いたいことは他にもある。水を用意したり、コップの場所を把握していたり、やけにその動作が手馴れていた。まるで自宅に招いた客人に、飲み物を出すように。それは他人の家では絶対にありえない行動だと思った。

 

 

「セキ……」

 

「違うよ?ここは私の家じゃない(・・・・・・・)

 

 

 気にかけるアルの言葉を、セキの声がはっきりと遮る。その声はまるで、自分にそう言い聞かせているように聞こえた。しかし浮かべる表情はまったく逆で、むしろアルたちにそう言い聞かせているようにも見える。有無を言わさぬようなその気迫に、アルたちは口を噤む他なかった。

 セキも、アルも、カヨコも、ムツキも、ハルカも。誰も何も言えないまま、時間だけが過ぎていく。それからしばらくの間沈黙が続いていたが、それを先に破ったのはセキの方だった。

 

 

「……もう、私には必要ないと思うから。だから、君たちにあげる(・・・)よ。大事に使ってくれると、私は嬉しいかな」

 

 

 ゆっくりと腰を上げ、部屋を出ていこうとするセキ。先程までとの変わり様に、違和感を覚えたアルが問いかける。

 

 

「……じゃあ、セキはどうするの?」

 

「……」

 

 

 ドアノブに手をかけたまま、セキは何も言わない。何か彼女の様子がおかしい。それに、嫌な胸騒ぎがする。しかしアルが行動を起こすよりも先に、セキがドアノブを捻って扉を開けた。

 

 

 

「じゃあね、便利屋68のみんな」

 

 

「また逢う日まで」

 最後にそう言い残して、セキはこの家を去っていった。

 

 

 

 

 

 太陽が燦々と照らすお昼頃。大将のお見舞いと便利屋68のお見送りを終えた私は、現在アビドス高校の対策委員会の部室に居た。そこでは対策委員会が全員勢揃いで待っていてのだが、何やら部屋には重苦しい雰囲気が漂っていた。

 発信源はおそらくシロコ、それとホシノ……か。シロコは訝しげな様子でホシノを見てるし、ホシノは無理して平静を装っているように見える。私が定位置に着くと同時に、アヤネが静かに口を開く。

 

 

「みなさん、まずはこちらを見てください」

 

 

 そう言ってアヤネが差し出したタブレットには、何やらこの辺り一帯の地図が表示されていた。しかもそれはただの地図ではなく、地番や土地の境界線等が引かれた少し珍しいものだった。

 

 

「これは地籍図と呼ばれる、土地の取引等が記録されている台帳になるのですが……」

 

 

 そう言って視線を落とすアヤネ。それにつられて皆の視線が地籍図へと集まる。地籍図には、その土地の管理者の名前が記されている。つまりアビドス自治区であれば、そこには「アビドス高校」の名前が記されているはずなのだが……。

 

 

「カイザーコンストラクション……」

 

 

 そこにはアビドス高校の代わりに、見覚えのある企業の名前が記されていた。カイザーコンストラクション。おそらくは、カイザー系列の中でも建築業を生業とする部門だろう。

 ただ正直、そこはさほど問題ではない。問題は、何故アビドス自治区の土地を、彼らが保有しているのかということだ。

 

 

「どういうことですか!?アビドスの土地は、アビドス高校所有のはずでは!?」

 

「私たちも、これを見るまでそう思ってたのよ!でも大将がお見舞いの時に、『退去通知が来てた』って!」

 

「それで急いで確認してみたら、こんな事になっていました……」

 

 

 対策委員会に混乱が広がるが、私は逆に納得がいった。昨日の風紀委員会の行動やアコの『自治区の近く』という言葉。あれは言い訳でもなんでもなく、本当にそうだったと言うことだ。

 自治区の土地は、学校の保有する資産でもあり、自治区に帰属するもの。それが当たり前すぎて、あの時に気づくことができなかったのが悔やまれる。

 

 

「でも、どうやって土地を手に入れたんだろ」

 

「記録では、アビドス高校の生徒会との取引であると記されています。残っているのは今本館として使用しているこの辺り一帯で、それ以外はほとんどが……」

 

 

 アヤネの言う通り、今この場所の周囲以外は、ほとんどがカイザーの手に渡っているようだ。そして地籍図には、その取引はアビドス生徒会によって行われたと記されている。見たところは、不正等もない正当な取引だったようだ。

 

 

「何してんのよ生徒会の奴らは!学校の主体は生徒でしょ!?」

 

「……もしかしたら生徒会の人たちにとっても、学校を守るための苦肉の策だったのかもしれないね。人って追い詰められたら、案外なんでもやっちゃうから」

 

 

 憤慨するセリカに対し、ホシノが半ば同情したように生徒会を擁護する。その様子にノノミとアヤネは何かを思い出したのか、2人の注目がホシノへと向けられた。

 

 

「……そういえば、ホシノ先輩も生徒会の人でしたよね」

 

「それに……、最後の副会長だったと聞きました」

 

「うへ……、まぁそんなこともあったね」

 

 

 2人の指摘に、ホシノは少し驚いたような表情を浮かべた。その反応を見るに、どうやら彼女が生徒会に入っていたことは事実らしい。

 ならこの取引について何かを知ってるんじゃないか?そう期待を込めた視線に気づいたのか、ホシノはかぶりを振ってその期待を否定する。

 

 

「私が入った時にはもう、生徒会の人たちは居なかったからさ。残念だけど、その取引のこともあんまり知らないんだ」

 

 

 どこか懐かしむように、ホシノはその時のアビドスを語った。その当時は在校生も二桁しかおらず、教員も授業も途絶えていて、もはや"学校"としての機能は死んでいたらしい。それに砂嵐を避けるために本館を移動させてた時期でもあったらしく、引き継ぎ書類もない有様だったそうだ。

 

 

「そんな時に生徒会にいたのは、校内一お人好しでバカな会長と、頑固で意地悪でバカな副会長の2人。……いやはや、今考えてもしっちゃかめっちゃかだったなぁ」

 

「………………」

 

「生徒会ってのはもう肩書きだけになっちゃって。あちこちに行って……。ほんと、あの頃は何も知らなかったな……」

 

 

 そう呟くホシノの声は、少しだけ震えているような気がした。普段は昼行灯なようで、どこか達観した雰囲気を纏うホシノ。ただその瞬間だけは、高校生の少女らしい柔和な表情を見せていたように思う。

 ただそれと同時に、その声色にはどこか自嘲するような感情が乗っているようにも聞こえた。それは、底の見えないほどの後悔か、あるいはどうしようもないという諦観か。どちらにせよ、齢17歳の少女から感じるものではない。

 

 

「……ホシノ先輩が責任を感じることじゃない」

 

 

 同じものを感じたのか、シロコがホシノを見つめながらそう言った。

 

 

「ホシノ先輩はダメなところも多いけど、尊敬はしてる」

 

「それ悪口なのか褒めてるのかどっちなのよ……。まぁいつも昼寝ばっかりだけど、尊敬してるのはそうね……」

 

「……そうだね。学校を襲撃された時も、セリカ救出の時も、ビナーとの戦いの時も。1番前で戦ってたのは、いつもホシノだったね」

 

「そうです!セリカちゃんが攫われた時だって、冷静にみんなを集めてくれました」

 

「いつも私たちのこと、ちゃんと見てくれてますもんね☆」

 

「うへ〜!?みんなどうしたのさ!?おじさん、こういう雰囲気苦手なんだけど!?」

 

 

 みんなからの突然の褒め殺しに、ホシノが顔を真っ赤にしてあわあわし始める。そこにはもう、先程の暗い感情は残っていないようだった。

 ただ、あれは間違いなく、ホシノの根幹に根ざしているものだ。こんな形での一時凌ぎではなく、いつかちゃんと向き合わなければ……。心の片隅でそう決めながら、わたしは1度両手を合わせて場の空気をリセットした。

 

 

「……つまり、こういうことだね」

 

 

 脱線した話を戻すために、これまでにわかった事の経緯をかいつまんで整理しよう。

 

 

「まず最新にカイザーローンが、当時のアビドス生徒会に融資を提案する。もしかしたら最初は、まだ現実的な数字だったんじゃないかな?」

 

 

 しかし、当時砂嵐の被害に苦しんでいたアビドスには、それを返せるだけの余力はなかった。その結果として元金は一向に減らず、利子だけが膨れ上がっていく。そしてどんどん、手に負えなくなってくるのだ。

 でも、アビドスにはそれをどうにかする力は無い。そして最終的には、またローンに借金をする。そういった悪循環ができてしまっていたのだろう。

 

 

「ただ、ローンも貸すばかりじゃない。なんとか利子だけでも払わせようと、使わない土地を売るように仕向ける」

 

 

 最初は用途のない荒地や砂地を。しかし、そんな土地が高値で売れるわけが無い。次第に荒地から普通の土地に、そしてまだ砂漠化の進んでない市街地へと、その魔の手は際限なく広がっていった。

 そしてそれだけの事をしても、膨れ上がった借金には焼け石に水だった。結果的に言えば、アビドスは自治区の大半の土地を取り上げられてしまったのだ。

 

 

「それの結果が、今のこの地籍図の通りって訳ね……」

 

 

 セリカが悔しそうに地籍図を睨みつける。本当に、大人気ない悪質な手口だ。以前ヒフミから聞いていた、カイザーの運営スタンス。それを見事なまでに表現した姑息な手だった。

 ただ、カイザーもここまでは良かったのだろう。しかし2年前のアビドス生徒会の消滅により、カイザーは土地を手に入れるためのルートを失った。しかもまだ未回収の土地があるのにもかかわらず……だ。

 そこでカイザーは、ある策を思いついた。アビドスに残る生徒はもはや居ないも同然。なら力づくで奪ってしまえばいいと。しかも誰か別の人間に手を下させることで、自分たちの手は汚れることなく欲しいものが手に入る。

 

 

「残った土地を回収するために、便利屋68やカタカタヘルメット団を利用して、私たちを排除しようとした……」

 

「つまり、カイザーの目的はお金じゃなくて土地……。そういうことで良いと思います」

 

 

 アヤネの一言に、その場に居た全員が頷く。集金表を確保した時に感じた疑問も、この仮説であれば説明できる。最初からカイザーの目的は土地なのだから、彼女たちが居なくなった方がむしろ好都合だったというわけだ。

 なら次の疑問は、「何故カイザーは土地が必要なのか」。彼らがアビドスの土地を欲するのは、何故なのだろうか。ちょうどいいことに、私はそのヒントになりそうな情報を既に入手していた。

 

 

「理由に関しては、手がかりがあるかもしれない」

 

 

 そう言って私は『シッテムの箱』を操作すると、ある画面を表示してみんなに見せる。そこにはつい先日完成した、アビドス自治区の広域マップが映されていた。そしてみんなの視線は、そのマップのある1点に注がれている。

 そこには、ぽっかりと穴が空いたような"空白"が在った。他のところはきちんととマッピングされているのに、そこだけは何の情報もない。

 

 

「アビドス砂漠のマッピング中、そこのエリアだけノイズが酷くてね。何かおかしいなと思って、離れてからカメラで撮影してみたんだよ」

 

 

 再び『シッテムの箱』を操作して、その時撮った写真をみんなに見せる。そこには何も無い砂漠のど真ん中に居座る巨大な建造物が映されていた。周囲を高い外壁で囲み、中には何か施設らしき建造物が複数ある。一見すれば、まるで要塞のようだった。

 正直、この写真を撮った当時は、そこまで重要だとは考えていなかった。ジャミングを仕掛けていたり、強固な外壁を備えてるあたり、おそらく何かの重要施設。これ以上厄介事を増やしたくないと思って、私はそっと記憶に蓋をして忘れようとした。

 ただ、つい昨日その蓋をこじ開けるような出来事があったのだ。

 

 

アビドス砂漠の奥地で、カイザーコーポレーションが何かを企んでいる

 

 

 あの時ヒナが伝えてくれた言葉を、そのまま彼女たちに伝える。きっとこの言葉がなければ、私はこの件を忘れていただろう。だが、あれがカイザーに関わるモノの可能性がある以上、この手がかりを逃す理由は無い。

 

 

「しかし、カイザーの企みとは何なのでしょうか?」

 

「場所がわかってるなら、直接確かめに行けばいいんじゃない?」

 

「おぉ、セリカちゃんがしっかりしてる〜。後輩の成長ぶりに、ママは涙が止まらないよ」

 

「なるほど、要するにカチコミだね。準備してくる」

 

「ダメですよシロコ先輩!見に行くだけです!」

 

「ん……わかってる」

 

 

 どうやら、対策委員会は確かめに行く方針に決まったらしい。個人的にはもう少し様子を見て備えたいところだが、事実、私も気になってはいるのだ。最低限の準備を整えて、あとは現場でどうにか対応してみよう。

 

 

「なら私も少し仕込みをしておきたいから、時間だけ貰えないかな?」

 

「わかりました!では明日の朝、この部室に集合ということで。各自しっかり準備をお願いします!」

 

 

 こうして、今日の対策会議は幕を閉じるのだった。

 

 

 

 

 

「先生、ちょっといい?」

 

 

 みんなが準備のために部屋を出る中、シロコが話しかけてくる。準備を進める手を止めて顔を上げれば、そこには真剣な表情を浮かべるシロコが居た。

 

 

「どうしたのシロコ?」

 

「相談したいことがあるの。ちょっとだけ、時間をくれる?」

 

「もちろん構わないよ。場所は変える?」

 

「ん、このままでいい。ありがとう」

 

 

 目の前の椅子に座るよう促しながら、私も彼女と向かい合うように座る。対面からこちらを見つめる彼女の瞳は、どこか不安げな色を帯びている。普段の彼女らしくないその様子に、私は手を組んで彼女の言葉を待った。

 

 

「……ホシノ先輩、多分何か隠してる」

 

 

 しばらくしてシロコが話し出したのは、ホシノに関することだった。

 

 

「……それは、どうしてそう思うんだい?」

 

「昨日の風紀委員会の件。ホシノ先輩があんなに席を外すことも、あそこまで遅れてくることも今まで無かった」

 

「…………」

 

「なんだか、とても不安になって……。ホシノ先輩が、どこかに行っちゃうんじゃないかって」

 

 

 ぽつぽつと、そう呟くシロコ。昨日から感じていたホシノが遠のいていく感覚。ただ、そう思う根拠のようなものは無いらしくて、いわば"直感"に近いものらしい。

 さらに今朝ホシノが寝ている間に彼女の鞄を漁ったりしたらしいのだが、結局は何も見つけられなかったと、落ち込んだ様子で呟いていた。

 

 

「……ごめんなさい。悪いことなのは分かってる。生徒以前に人として、怒られるのは当然のこと」

 

「……まぁ、そうだね。ただ、シロコはそれを怒って欲しいん訳じゃないよね?」

 

 

 私の一言に、シロコがこくりと頷く。

 

 

「……先生。ホシノ先輩を助けて欲しい。私には、先輩が何を抱えてるのか分からない。でも、このままホシノ先輩がどこかに行くのは……嫌だから」

 

 

 痛いほど、彼女の想いが伝わってくる。どうしようもないもどかしさと、どうにかしたい優しさが、彼女の中で渦巻いている。それほどまでに、ホシノのことを大切に想っているんだろう。

 

 

「シロコは、ホシノの事が大好きなんだね」

 

「……うん。でも私だけじゃない。ノノミも、アヤネも、セリカも。みんな、ホシノ先輩のことが大好きだから」

 

 

 少し頬を赤らめながら、シロコはそう言った。その言葉は決して照れ隠しや誤魔化しではない。シロコもシロコ以外の3人も、みんなホシノのことが大好きなのだ。

 砂だらけの砂漠に囲まれて、たった5人だけで過ごした学校生活。その中で培われた絆の深さを目の当たりにして、私も思わず、口にする言葉に熱が籠った。

 

 

「わかった。それが君の……いや、君たちの望むことなら」

 

 

 ホシノの抱える問題の全貌は、未だに明らかになっていない。たださっきの様子を見る限り、おそらくあまり猶予は残されていなさそうだ。でも、今の状態では情報が少なすぎて仮説も立てられない。少なくとも1回、直接会って話をする必要はありそうだった。

 なら今のうちに、できる仕込みはしておこう。そう思って席を立とうとした私を、シロコの「待って」という声が呼び止める。

 

 

「それともう1つ、聞いて欲しいことがある」

 

 

 その言葉を聞いて、私は改めて席に座り直した。しかし次の問題はホシノの件とは何か違うようで、彼女の中でうまく言葉になっていない様子だった。

 それでもじっと彼女の言葉を待っていると、シロコもようやく言葉の整理がついたのか、ゆっくりと言葉を紡ぎ始める。そこから語られたのは、ある人物との出会いについてだった。

 

 

「実は昨日、先生が柴関に居た時に、カタカタヘルメット団のリーダーがここを訪ねて来てたの」

 

「……!!」

 

 

 その言葉に、私の眉がぴくりと跳ねる。カタカタヘルメット団はセキ以外の行方が分からなかったのだが、どうやらリーダーの少女は生きていたようだ。

 ただ、カタカタヘルメット団は既に壊滅状態だ。他の団員の行方は分からないが、少なくともセキとはまだ合流できていない。そんな中で彼女がアビドス高校を訪れた理由。それは至ってシンプルなものだった。

 

 

「話をしに来たって言ってた。……最初は疑ってたんだけど、別に悪いことはしなかった。ただ、本当に……話をしに来ただけで……

 

 

 シロコが言葉を紡ぐにつれて、徐々に歯切れが悪くなっていく。その表情には何かを思い悩むような、小さくない苦悩の色が見え隠れしているように見えた。

 その話がいったいどんなものなのか、私は知らない。ただ、それを知らなければならないと、そう思った。彼女の裏に映る苦悩を、理解しなければならない……と。

 

 

「……どんな話をしたか、聞かせてくれるかい?」

 

 

 私の静かな問いかけに、シロコがコクリと頷く。

 

 

「うん。でもやっぱり、私もまだ気持ちの整理がついてない。ゆっくりになるけど、良い?」

 

「構わないよ。シロコの思う言葉で、伝えて欲しいな」

 

 

 しばらく、私たちの間に沈黙が流れる。シロコが頑張って言葉にするのを、私はじっと待っていた。そうしてしばらく時間が経った後、シロコがぽつぽつと語り始める。

 

 

「リーダーが来たのは、昨日の対策会議が始まってすぐだった」

 

 

 そこから始まる物語を、私は静かに聞き続けた。

 

 

 

 

 

 








 ▽天守セツナ
 念入りに事前準備するタイプ。
 遠足の荷物が多くなりがちな人。

 ▽砂狼シロコ
 精神的にやや不安定。
 想うことが沢山ある。

 ▽小鳥遊ホシノ
 まだ退部に踏み切れていない。
 ただ、それも時間の問題……。

 ▽門守セキ
 身だしなみを整えた。
 ある程度のサバイバル術はある。

 ▽アビドス廃校対策委員会
 アビドス砂漠に行く準備中
 シロコの語る物話を、ホシノ以外は知っている。

 ▽便利屋68
 結局、あの家を使うことに
 その代わり、出ていった家主を捜索している



あとがき

思ったより早く完成しましたわ
こっからおそらく週1投稿で4回した後に、またおやすみをもらう予定です(あくまで予定)



 次回 第21話「想い違い」

「あんたの名前はセキ……門守(かどもり)セキだよ」




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