Blue Archive 〜藍の外典〜 作:roimi_mark2
けふの音づれ 何ときくらん
〜吉田松陰 辞世の句〜
それは、柴関ラーメンが爆破される数時間前のこと。セツナとホシノ不在の中、いつも通り会議を始めようとしていたシロコ達。だがそれは突如やってきた客人によって中断された。
そして今は、その客人の対応に悩まされているのだった。これがただの客人なら、シロコ達でも一応できただろう。だが今回は、色んな意味で複雑な客がやって来ていたのだ。
「いきなり訪ねてすまないねぇ。まずは私をここまで招いてくれたことに感謝するよ」
そう言って椅子に座っているのは、カタカタヘルメット団を率いるリーダーの少女。今は口元を覆うマスクを外し、防塵ゴーグルを首にかけている。しかし頭の赤いヘルメットだけは、頑なに外そうとはしなかった。
「で、なんの用?」
敵地のど真ん中だというのに落ち着いた様子のリーダーに、シロコは冷ややかな視線と共に問いかける。しかしリーダーはその視線にたじろぐこともせず、少し驚いたような表情を浮かべるのだった。
「意外だね。てっきり罵声の1つや2つ投げられるかと思ってたんだが……」
確かに、言いたいことは沢山ある。学校のこと、シロコのこと、セリカのこと。上げ始めればキリがないくらいには。
でも、ここで争ったところで話は進まない。だから今はそれらをグッと堪えて、目の前の客人の次の言葉を待った。
「先ずはそうだね。要件は色々あるが……。まずは君たちに、謝罪をしておこうと思ってね」
そう言うと、リーダーはゆっくりと席を立った。
そして──
「度重なる学校への襲撃、それにセリカ嬢の拉致。その他君たちにやってきた多くの行為について、カタカタヘルメット団のリーダーとしてここに謝罪する」
──その言葉と共に、深々と頭を下げるのだった。突然の謝罪に驚きを隠せないシロコ達を他所に、リーダーは頭を下げたまま言葉を続ける。
「シロコ嬢にも大怪我を負わせたと、仲間から聞いている。他の子たちにも、大なり小なり、心身共に傷を負わせたとも思う」
「………………」
「ただ、そう命令したのは全て私だ。全ての責任は私にあって、あの子たちは何も悪くない。気のいい話だとはわかっているが、どうか私の身一つで許してくれないだろうか」
そう言って、より一層頭を下げるリーダー。その声色はとても落ち着いて聞こえるが、言葉の節々からは仲間を庇おうと必死な心情が垣間見えていた。
「……あれはカイザーからの依頼で、あなた達の意思じゃない」
みんなが言葉にできずに沈黙が続く中、シロコが口を開いた。
「それにそうせざるを得なかった背景も、セリカからある程度は聞いてる。あなた達と私達は似てる。どうしようもない問題に、どうにかして立ち向かうところが」
問題も、それを解決するための方法も違う。だから彼女達は、戦いという形で交わった。でも根本を見れば、あまり変わりは無いのだ。どうしようもない
彼女達のしてきたことは、確かに許されないことだ。でも彼女達の根本まで否定してしまっては、きっと自分たちのことも否定することになってしまうだろう。
だから──
「──だから、私は許す。でも、もう二度と、私たちを傷つけないで」
シロコの言葉を、リーダーは微動だにせず静かに聞いていた。そしてシロコの言葉に感化されたのか、他のメンバーも自分たちの気持ちを言葉にし始める。
「……あなた達の環境を考えれば、その選択肢しか無かったというのも理解できます。ですが、私たちにも私たちの事情があるんです」
「でも私達も、あんた達の事情を知らなかった。それに私達も、あんたの仲間を傷つけたしね。……要するに、お互い様ってことよ」
「……謝罪は受け入れます。ですのでこれからは、お互い攻撃し合うのではなく、助け合うことができれば良いな……と、私は思います」
ノノミが、セリカが、アヤネが。それぞれの言葉で、"許し"を形にしていく。きっと以前の彼女達なら、許せずに糾弾していたことだろう。
最初にシロコはああ言ったが、そもそも対策委員会は間違いなく被害者だ。その事を糾弾する権利も、リーダーだが言うように彼女を裁く権利もある。
いっその事裁いてしまった方が、きっと楽だっただろう。でも、ヘルメット団の背景を知ってしまっては、それもできなくなってしまった。
ならもう、残る選択肢は1つだけ。傷つけて禍根を残すより、手を取りあって未来に進めるように。それが、この場にいるメンバーが導き出した結論だった。
「すまない……ありがとう……」
対策委員会の言葉を聞き届けたリーダーは、絞り出すような声でそう零していた。
委員長であるホシノ不在の中、対策委員会は1つの『解』を出した。この解が正しいものなのかは分からない。もしかしたら、この選択が悪い未来に繋がっているかもしれない。
でもこれは、彼女たちの心からの想いだ。自分たちで選択したこの解を、後悔することはきっとないだろう。
「そういえば今更だけど、ヨミは……他の仲間はどうしたのよ?」
対策委員会とヘルメット団の和解が成立した後、顔を上げたリーダーの少女にセリカが問いかける。それは他のメンバーも薄々感じていたことだった。
襲撃時はあんなに居た他の団員も、今は誰一人居ない。最初は敵意が無いことをアピールする為なのかと考えていたが、リーダーの苦々しい表情を見る限り、どうやらそういう訳でもないらしい。
「あぁ、他の子はまだ便利屋からの傷が癒えてなくてね。ヨミもまだしばらく動けないだろうね」
「便利屋!?それって便利屋68!?」
突如出てきた便利屋68の名前に、その場にいた全員が驚きの表情を見せた。対策委員会のその様子に、リーダーもびっくりしたのか目を見開いていた。
「なんだい、知らなかったのかい。あたしらカタカタヘルメット団は、便利屋68の襲撃で壊滅したよ。今は拠点を移して、メンバーの療養中だ」
リーダーから告げられたその事実に、シロコ達は驚きを隠せなかった。いや、そもそも便利屋とヘルメット団の関係性を考えれば理解はできるが、まさかそこまでやるのかと言ったような意味合いの方が強かった。
突然の事実にみんなが混乱する中、1人だけ何かを考えていたシロコが、なにかに気づいたのかリーダーへと問いかける。
「……もしかして、あの状態のセキと関係がある?」
シロコの脳裏に思い浮かぶのは、少し前にブラックマーケットで見たセキの姿。ボロボロの衣服を身にまとい、振り向きざまに目が合ったその瞳からは、かつてのキラキラ光るような生気は喪われていた。
セキのあの姿は、もしかしたらその襲撃の件が関係しているのでは?そう考えていたシロコだったが、次の瞬間、その疑問は再び驚きによって塗りつぶされてしまった。
「セキ……!?シロコ嬢、あんたセキを見たのかい!?」
今まで落ち着いた様子だったリーダーが、突然血相を変えたようにそう聞いてきたからだ。たじろぐシロコ達など眼中に無いのか、机から身を乗り出して、食い入るようにシロコを見つめるリーダー。その顔にはどこか余裕のない表情が浮かんでいた。
「ん……。ブラックマーケットで1回だけ。でも、前とは全然印象が違ってた」
一瞬、他人の空似だと思った。その前にセキと会ったのは、前哨基地前での戦いだった。そこから数日で、あそこまで人は変わるものなのかと。でも、リーダーのこの反応を見るに、シロコの予想は大方当たっていそうだった。
「そうか……そうかい。生きてるんだね……」
シロコの言葉を聞いてか、リーダーはへなへなと言った様子で椅子に座った。そして安心したように天を仰ぎながら、彼女は事の顛末を語り始める。
「セキはね……、まだ行方が分からないんだ。あんたらとビナーを追い返したあの日の夜に合流する予定だったんだけど、その前に便利屋からの襲撃を受けてね………」
それっきり、セキはヘルメット団の前に姿を見せなかった。ヘルメット団も復帰したメンバーで探したものの、手がかりは殆ど見つからない。それでもまだ、彼女たちはセキのことを探しているらしい。
「……貴方にとって、セキはそれほど大事なの?」
一通り話したリーダーに、シロコが問いかける。はっきり言ってしまえば、ヘルメット団はもっと薄情な組織だとシロコ達は思っていた。でも実際はそうじゃなくて、自分たちとそう変わらない、絆で繋がった仲間達の集まりだった。
その絆の中でも、リーダーとセキの繋がりは、何か特別なものに見えるのだ。他の仲間とは違う、もっと深いところで繋がっているもの。それを知るために問いかけたシロコに対して、リーダーは優しさとは違う、不思議な表情を浮かべながらこう言った。
「当たり前さ。
……一瞬、辺りが静まり返った。シロコも、ノノミも、セリカも、アヤネも。みんなその言葉の意味を一瞬理解できなかったが──
「「「母親!!!???」」」
理解した瞬間、耳を劈くほどの絶叫があたりに響き渡った。
「母親!?つまり、あんたが産んだの!?」
「でも、私たちと歳はそう変わりませんよね!?」
「え、えっと……?どういうことなんでしょうか……?」
先程とは違う意味で混乱する彼女たちを見てか、リーダーの少女は「はぁ……」と盛大にため息をつくと、うんざりしたような表情を浮かべながらこう補足した。
「……言っておくけど、別に私が産んだ訳じゃないからね。血の繋がりのない、育ての親だってだけさ」
「……あ、そうなの?」
「びっくりしました……。まさか私たちとそう変わらない歳で結婚されたのかと……」
「……まぁ、今のは私の言い方も悪かったね。でも、嘘は言ってないよ。あの子は私が育てた。だからそういう意味では、あんたらの言ってることも間違いじゃないかもしれないねぇ」
やや複雑な表情で呟くリーダー。どこか遠くを見つめるその瞳には、様々な想いが渦巻いているのが見えた。
「私はあの子に生き方を教えて、ずっと成長を見守ってきた。本物の親子と比べれば随分と短い間だが……。それでも、私は胸を張ってあの子の母親を名乗れると思っているよ」
リーダーの言葉を、他のメンバーは黙って聞いていた。その時、先のパニックの中1人だけ真剣な表情を浮かべていたシロコがゆっくりと口を開く。
「……教えて、セキの事」
その言葉に、皆の視線が彼女へと向けられる。
シロコはずっと気になっていた。あの前哨基地の戦いの中で、セキが自分に言っていたことが。
『なんで…………か。シロコちゃんなら、わかってくれると思ってたんだけど……』
あの時は、なんでそんなことを言っていたのか分からなかった。あるいは、敵と同じように思われたくないという思いもあったのかもしれない。でもブラックマーケットでセキを見たあの時に、シロコの中で言いようのないモヤモヤが生まれたのだ。
そしてそのモヤモヤは日に日に強くなっていった。そしてヘルメット団のことを知った今は、明確な胸騒ぎになってシロコの中でずっと警鐘を鳴らしている。
「育ての親のあなたなら、誰よりもセキに詳しいはず。もし良かったら、セキのことを教えて欲しい」
「……そうさね。少なくとも、シロコ嬢は知っておくべきかもしれないね」
何か意味深なことを言いながら、リーダーの少女はヘルメットを深く被り直すと、窓から見える外の景色を見つめながら、ポツポツと昔話を始めるのだった。
「それじゃ、教えてやるよ。あの子の生い立ち、その『奇跡』を────
──あれは2年前のことだったか。その当時のカタカタヘルメット団ってのは、まだ十何人にも満たない小さな集団だった。それでも何とか食いつないでたのさ。今思えば、当時のリーダーは相当苦労したんだろうねぇ。
そして私もその小さな集団の一員で、その時は拠点の見張りをしてたんだったか。当時は少し砂嵐が酷かったが、見張り台の上から必死に目を凝らして見張ってた。そしたら砂だらけの視界の中に、目立つほど白いナニカが映ったんだ。
「……?ボロ布?」
最初はそう思ってたんだが、どうも違う。気になって寄ってみたら、それははっきりと人の形をしてたからね。痩せこけた人間の手足に、羽根が抜け落ちて無惨になった翼。知識ではそういう人も居るとは知っていたが、まぁ、正直参考にはならないくらいボロボロな奴だった。
「誰か!子供だ!子供が倒れてる」
私はすぐに助けを呼んだ。当時は冬真っ只中で、前の日には雪が降ってたくらいだった。そんな中でこんなボロボロな状態で倒れられちゃ、見捨てるなんて選択はできなかったさ。
「メイ、どうしたの?」
「リーダー!子供が倒れてて、動かなくて!」
やってきたのは、当時リーダーを務めていた先輩だった。メイってのは私の名前だ。当時の私は、ただの一般ヘルメット団員だったからねぇ。
やってきたリーダーは、私の傍に転がる子供を見るなりすぐにヘルスチェックに入った。脈を取ったり、外傷を確認したり。その時にちらっと見えたが、その子供は骨が浮くくらいやせ細っていたよ。
「……虫の息だけど、まだやりようはあるわ。メイは仲間を呼んできて!私が何とかしとくから!」
「はい!!」
リーダーの指示で、私は仲間を呼びに行った。そこから早いもんさ。すぐに子供を部屋に連れ込んで、温めたり流動食を与えたり。ともかく、あの時はみんな子供を救おうと必死だったよ。
その甲斐もあってか、2日もしたら子供は目を覚ました。どうやら機能障害もなく、言葉も話せるし自分で飲み食いもできる。私たちとのコミュニケーションも、問題なくやれるくらいだった。
やった!これで一件落着だ!!
……なんて、そんな簡単な話でもなかったけどね。
「君、自分の名前はわかる?」
「……??わかんない……です……」
「どこの学園出身とか、どこで暮らしてたとかは?」
「…………わかんない」
「……そう。ありがとうね」
リーダーとその子が会話してるのを、私たちは険しい顔で見ていた。乖離性記憶障害……だったか?まぁともかく、私たちが救った子は、記憶喪失になっていた。
自分の名前も、出身も、家族も、全部分からない。まるで産まれたての赤子みたいだった。私たちは不良の身分で、身元不明の子供を預かることになっちまったというわけさ。
「リーダー、あの子はどうするんですか?」
「……正直、私たちの手に負える話じゃない。記憶喪失の子供を預かったところで、私たちがより負担を抱えるだけだもの」
私が問いかけた時、リーダーはそう答えた。これは非情でもなんでもない、現実的な視点からの結論だった。
「……でも、メイは嫌だって顔してる」
ただリーダーは私の顔を見てそう言った。心を読まれたのかと私は思ったけど、どうやら私は顔に出やすいタイプみたいでね。私の顔には、きっと「離れたくない」って書かれてたんだろうさ。
「私はあの子とメイが出会ったのは、偶然じゃないと思うわ。メイはどうしたい?」
優しくそう聞いてきたリーダー。私はその問いに、心から思ったことを答えてやった。
「……見捨てたくない。あの子を見捨てたら、自分の中で大事なものを失いそうだから」
私たちははぐれ者だ。理由はどうであれ、学生という身分を持たない者たち。……いや、学生であるという身分を捨てた者たちだ。それを捨てることによってどんな弊害があるか、それを知った上で選択した人間さ。
でもあの子は違う。そんな選択すらなく、私たちが助けなければ壊れていた命だ。まだ何も知らないこの子が、何も知らないまま居なくなるのを、私はなぜか許せなかったのさ。当時の私は不良だったとは言え、もしかしたら最低限の良心はあったのかもしれないねぇ。
「……わかったわ。なら、あの子の事はメイに任せるわね。ただし、ヴァルキューレの方に届出は出しておくから、親御さんが見つかるまでの間だけよ」
「……っ!!ありがとうございます!!」
私の答えを聞いて、リーダーは優しげに微笑んでいた。一方の私はと言うと、柄にもなく喜んであの子のところに走っていったさ。それからきっと何も分かってないその子の小さな体を、壊れないようにぎゅっと抱きしめてやった。
「大丈夫、あんたはもう独りじゃないよ」
「……???」
相変わらず、その子は何も分かってなさそうな表情を浮かべてた。ただ温もりを求めるみたいに、私の体をその細い腕でぎゅっと抱き返してきたのは、今でも覚えてるよ。
それから、私はその子に色んなことを教えてやった。どうやら基本的な常識とかは覚えていたから、柄にもなくお勉強を教えてやったり、このアビドス砂漠で生きるための方法を教えてやったりした。
その子も面白い子で、私の話をよく聞いてくれた。そんで周りの団員たちからも色んなことを教えてもらいながら、色んなことに挑戦していたさ。あの子は吸収するのも早かったから、他の団員の仕事を手伝ったりもしてたよ。
それに、あの子は戦うのも上手かった。センスが良いって言うのかね。物を使うのが上手くて、武器の使い方を教えれば、それを最大限利用した戦い方ができるようになってた。
そのうち武器にも拘りだして、コツコツ貯めたお小遣いで自分のハンドガンを買ったりしてたね。最初は私と同じアサルトライフルを仕込んでたもんだから、ちょっとだけ寂しくもあった。まぁ、結局アサルトライフルも使って戦ってたりしたけどね。
そんな日々が1年続いて、私はカタカタヘルメット団の新しいリーダーになった。あの子に教えるうちに、自分にも学がついたんだろうね。リーダーだった先輩は、相も変わらず優しげな笑顔で私のことを見てたよ。
そしてあの子も、拾った時に比べて随分と大きくなった。背丈も私より大きくなって、肉付きも見違えるほど良くなった。元々栄養失調気味だったろうし、そこに成長期が重なった結果だろうねぇ。
そんで、新しいリーダーになった私に向けて、その子はあることを問いかけてきたんだ。
「リーダー先輩!そろそろ私の名前を決めないんですか?」
1年以上の付き合いだったが、私たちはその子に名前をつけてなかった。もともと親が来るまでの仮初の家族だ。名前をつけて変な情が湧けば、別れる時が辛くなる。そう思ってた私たちはずっと名前を付けずにいたのさ。
「ん?……そうだね。そろそろ決めておこうか」
でも丁度、それももうやめようと思っていた頃だった。1年以上経ったと言うのに、ヴァルキューレからの連絡は無い。ならこのまま、私たちの子にしてしまえば良いかと、当時の私は考えていた。
もっと俗っぽく言えば、「1年以上放置している親の元に、私の可愛い娘を返せるわけないだろ」ってところかね。まぁ要するに、私はもう、あの子に情が移っちまってたってことさ。名前をつけるまでもなく……ね。
そういう背景もあったからかね。あの子にそう言われて、私もようやく名付ける決心がついたのさ。
「そうさね。あんたは今、やりたいことはあるかい?」
私がそう問いかければ、その子は一瞬悩んだ素振りを見せた。
「みんな良い人です。見ず知らずの私の事を育ててくれて、まるで本当のお母さんみたいで……」
少しづつ絞り出すように、自分の感情を吐き出していく愛娘。その様子を私は静かに見守っていたさ。私の視線に見守られる中、その子は自分のやりたいことを、決意に満ちた声で私に宣言した。
「私はそんなみんなの事を守りたい。みんなが救ってくれた私の命で、今度は私がみんなの命を守りたいんです」
「……そうかい。ありがとうね」
その決意を聞いて、私は静かに愛娘の頭を撫でる。背伸びしないと撫でれないのが、ちょっとかっこ悪いけどね。それから数分考え込んだ後に、私は愛娘に付ける名前をはっきりと言霊に乗せて伝えた。
「あんたの名前はセキ……
笑う門を守る、
だからこそ、この子の名前はセキだ。これからもその名前のように、多くの奇跡を起こす。そしてこの子が辛い生まれを忘れられるほど、とびっきり幸せになるための名前だ。
「……門守セキ。かどもり、セキ……」
まるで噛み締めるように、セキは何度もその名前を口ずさむ。一音一音を確かめるように、ポロポロと零れる涙と一緒に。そしてその名前に満足したのか、セキは何度も何度も頷いてから、優しく見つめる私の方を見た。
「ありがとうございます!リーダー先輩!!」
そう言ったセキの顔には、まるでお日様のような笑顔が咲いていた。
シロコがその
「……それで、その後はどうなったの?」
「ん。その話が終わったあたりで、柴関が爆破された。だからその時にリーダーには帰ってもらったんだけど……」
「……だけど?」
「……去り際に、先生への伝言を託された」
ヘルメット団のリーダー、メイという少女からの伝言。以前彼女には電話番号を渡していたはずだが、彼女の中では、まだ私に連絡する決心が付いていないということだろうか。
「聞かせてくれるかな。その伝言を」
私がそう促すと、シロコは「ん」と頷いてから、彼女の──いや、彼女
「『セキを見つけて、救って欲しい。私たちの代わりに、導いて欲しい』」
「……………うん。心得たよ」
「……先生。私からもお願い。セキを、どうにかして助けて欲しい」
そう言うシロコの表情は、いつになく真剣なものだった。それこそ、ホシノのことをお願いされた時と同じくらいの。私個人としては、シロコの中でそこまでセキのことを気にかけているとは思いもしなかった。
「もちろんだけど。どうしてか教えてくれるかい?」
「……セキの昔の頃の話を聞いて、あの時の言葉の意味がわかったから。だから……セキと話をしたいの」
私の問いかけに応えるように、シロコの視線が真正面から私を射抜く。それは少し迷いを含んでいながらも、確かな意志を持った決意の瞳だった。
きっと彼女の中で、セキに対する答えが出たんだろう。ならもう、私は何も言わない。セキを変えるための最後の鍵が、これでようやく揃ったのだから。
それに、生徒に頼られた以上、それに応えるのが私の
「わかった。こちらの方でも探しておくよ。シロコも今日のところはここまでだから、明日に向けて準備をしてきて」
「ん、わかった。よろしくね、先生」
そう言ってシロコは席を立ち、教室から出て行った。風の音だけが、寂しげな音を教室に響かせている。少し重い空気が残ったままのその教室に残されたのは、小さく「さてと……」と呟く私と────
────さっきから人の話を盗み聞きしているもう1人の来訪者しかいなかった。
「……随分と、懐かしい話ですね」
何かが羽ばたく音と共に、風の吹き込む窓の方から、聞き覚えのある声が聞こえてくる。視線だけをそちらに向ければ、開け放たれた窓辺に腰掛けるように、1人の少女が佇んでいた。
「……セキ」
その少女の名前を呟く。驚きはしない。何せさっきの会議のあたりから、アロナが近くにいることを教えてくれていたから。そして今回は自分から近づいてきたのを考えるに、どうやら今回は私に用がありそうだった。
「こんにちは先生!こうしてちゃんと会うのは、ブラックマーケット以来ですかね?」
「そうだね。正確に言えば、この前の柴関ラーメンの時に君とアルが話してるのを見てたよ」
「なんだ〜、気づいてたんですか?」
「まぁね。それにしても、随分と身奇麗になったね」
「ありがとうございます〜!貯めてたお金で奮発したんですよ〜」
そう言って笑う今の少女は、ブラックマーケット出会った時とは見違えるほど変わっていた。肩に掛かる三つ編みの白髪も、パタパタと小さくはためく翼も。全てが白色を取り戻し、かつての快活なセキの姿が思い浮かぶ。
でも、それは見た目だけ。中身は全く別人のような雰囲気を醸し出している。一体何が、そうさせたのか。その答えは、さっきの話を聞けば自ずと察せられた。
「それで、早速本題なんですが……。その前に、ここに居ることは、シロコちゃん達には内緒にしておいてくださいね」
セキはにこやかにそう言うと、窓際から離れて私の目の前の椅子へと座った。その様子が先程のシロコと重なるが、今のセキは彼女と決定的に違う点が1つある。
……迷いがないのだ。その声からも、纏う雰囲気からも、一切のブレを感じられない。ただ自分の目的のために、他を顧みずに進み続ける覚悟のようなものを感じる。おそらくセキの中で、なにか踏ん切りがついたんだろう。
今回はそれが嫌な方向に働いていそうだった。
「……『君はこの結末を受け入れるのか』。今日はこの前先生が言ってた話に、自分なりの答えを出せたので来ました」
その問いは、ブラックマーケットでセキと会った時に話した事だ。ヘルメット団は壊滅し、自分以外はみんな死んだ。そんな結末を君は信じるのかと、私は彼女に聞いていた。
そして結果的にいえば、その結末は間違っていた。リーダーであるメイや他の団員も生きている。誰も死んでないし、誰もセキを置いて行ってない。きっとセキも、さっきの話を聞いていたはずだ。その上で、彼女はどんな『解』を用意しているのか……。
「リーダー先輩や飛葉ちゃん達は生きてる。そう思うことに決めました。それにさっきの話で、私の決断は間違ってなかったって確信しました」
私がじっと見つめる中、セキは自分の出した『解』を吐露していく。
「みんな生きているなら、きっと何とでもなります。リーダー先輩なら、みんなを導けると思いますから。……だから私も、自分の
ぽつぽつと語られるその言葉には、色んな感情が含まれていた。敬愛、郷愁、安堵、期待、希望、決意。それらが混ざりあった声色は、……少し震えているような気がした。
「……じゃあ聞かせてもらおうかな。セキはこれから、何をするつもりなんだい?」
その言葉の先を確かめるべく、私は静かに問いかける。セキは1度その青い瞳を伏せていたが、その顔には少し悲しげな表情を浮かべているように見えた。しかし次に顔を上げた時にはその表情は消え失せていて、そこには彼女らしくない真剣な表情が浮かんでいた。
「カイザーを叩きます。リーダー先輩のために、みんなのために」
はっきりと、そう宣言するセキ。その瞬間、私は悟ってしまった。
「……それが君の答えなんだね」
セキはもう、止まらない。私が、メイが、シロコが。誰がどんな言葉を尽くそうとも、彼女は決して歩みを止めないだろう。だってそう思わされるほど、彼女から読み取れる感情は強かったから。
「はい!先生は止めますか?まぁ止めるなら、私も容赦はしませんけど」
「……いや、それが君の選んだ選択なら。どのみち君はもう、止まるつもりも無いんだよね?」
「……まぁそうですね。それが私の贖罪ですから」
……本当に、悲しい話だ。さっきシロコからメイの話を聞いたからこそ、尚のことそう思う。メイは今でも、セキのことを想っている。それはセキも同じで、仲間を大切に想うからこそ、きっと自分が許せないんだ。
互いが互いを想い合う。本来ならとても良いことのはずなのに、今回はそれが上手く噛み合っていなかった。セキの身を案じるメイの想いを、 セキは聞いていたはずなのに……。
それを聞いてなお……いや、それを聞いてしまったからこそ、セキはより一層、自分の意志を固めてしまったんだろう。この想い違いがどんな結末を招くのか。それは分からないが、決してハッピーエンドには辿り着かないのはわかる。
「それで、私はどうすればいいんだい?」
セキに、そして自分自身に問いかける。どうすれば、その結末を回避できる?私が何をすれば、あの子たちはハッピーエンドに辿り着ける?その事だけを考えながら、私はセキの反応を伺った。
「さっきの会議は聞いてました。明日、カイザーの基地っぽいところに行くんですよね?」
「……まぁ、そうだね」
「なら、私も一緒に行きます。ただ、みんなとは別で行動しますから、私の事は黙っていてください」
「……それが、私へのお願いでいいのかな?」
「はい!それさえ守ってくれれば、特に文句はありませんよ」
セキは屈託のない笑顔でそう言った。……何故、そんな笑っていられるのか。それが本望だとでも言うのか。もう既に、彼女は戻れない所まで来てしまっているのかもしれない。
……でも私は、セキの提示したその条件に、僅かに希望を見いだしていた。そう、確かに言った。「それさえ守れば、文句は無い」と。それが聞けただけで、私の中で少しだけ解決の糸口が見え始める。
「……わかった。私たちは明日の朝、ここを出発する予定だよ。それと、手を出すタイミングは私に任せて欲しいかな」
「良いですよ〜。元はと言えば、そちらの話が先ですもんね」
試しに追加で注文を出してみたが、セキは特に渋る様子もなく了承した。本当に、さっきの条件以外のことは特に気にしないみたいだ。
「ありがとうございます。では、また明日!」
そう言って一礼してから、セキは窓から飛び去っていった。その姿が見えなくなるまで見送ってから、私は小さくないため息をつく。
おそらくセキは、本気でカイザーと一戦交えるつもりなのだろう。今の覚悟を決めたセキには、私の言葉も通じない。かと言って力で止めようにも、彼女の戦闘力では軽くあしらわれる。もう私にはセキを止める手段はない……。
……だけど、それは私が彼女を救う努力をしない理由にはならない。セキがどれだけ準備をしているかは分からないけど、結局どこまで行っても相手は大企業だ。セキの戦闘力は確かに強大だが、個人で企業をひっくり返せる程ではない。要するに、最初から負け戦なのだ。
それを見過ごせるほど、私は諦めが良くない。
「……念入りに準備しないとな」
こうなれば、私も手段を選んでいる暇は無いね。あらゆる手を使って、彼女の自暴自棄を阻止しないといけない。まずそのための手段の1つとして、私はスマホのモモトーク画面を開いて、ある人物へと電話を繋げた。
『やぁ、先生。連絡をくれるのは、この前のドローン以来かな?』
幸いにも相手はすぐに電話に出てくれた。ただ電話の向こうから工具の音が聞こえるあたり、どうやら取り込み中だったらしい。
普段ならまた後でかけ直すところだが、今回ばかりはそうもいかない。こっちもあまり時間が無いんだ。心の中で「ごめん」と謝りながら、私は電話の向こうの相手へと要件を伝えた。
「久しぶりだね、ウタハ。早速で悪いんだけど、至急の依頼を頼みたい」
▽天守セツナ
負けず嫌いで、諦めが悪い。
割と手段を選ばない。
▽門守セキ
ドレスコードはばっちり。
サバイバル術も、みんなに教えてもらった。
▽リーダー先輩
本名:
セキの育ての親。結構親バカ。
▽アビドス廃校対策委員会
未来のための決断をした。
この決断が、いずれ実を結ぶ。
▽カタカタヘルメット団
親バカたちの集まり
今も血眼になって探している
あとがき
コソコソ裏話
実はヘルメット団リーダーのこのキャラ付けは、Vol.1-1が始まってから決まったよ。最初はここまでキャラが確立される予定ではなかったのだ。
先のライブでラブちゃんの実装が決まりましたね!
これで色んな情報をセキの方にフィードバックできる〜!
次回 第22話 「私たちの負け戦」
「組織の長が愚かな子供というのは見るに堪えんな」