Blue Archive 〜藍の外典〜   作:roimi_mark2

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『目には目を歯には歯を』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。
 しかし、わたしはあなたがたに言う。悪人に手向かうな。もし、だれかがあなたの右の頬を打つなら、ほかの頬をも向けてやりなさい。

 ー マタイによる福音書 第5章 38・39節より ー







第22話 「私たちの負け戦」

 

 

 

 

 

 

 雲ひとつなく、炎天下が降り注ぐアビドス砂漠。その奥地にあるカイザーPMCの基地の内部では、2人のオートマタが佇んでいた。片方は大柄な機体で身なりの良さそうな黒いスーツを着込み、もう片方は一般的な機体の上に科学者らしい白衣を身にまとっていた。

 

 

「これが、件の『ネーメズィス』シリーズか?」

 

 

 大柄な方──カイザーPMCの理事が、隣に立つ白衣のオートマタへと声をかける。だがその視線はオートマタの方へは向けられておらず、ただ一点、この基地へと近づいてくる巨大な物体へと注がれていた。

 

 それは、複数のヘリコプターで空輸されて来た巨大な何かだった。本体らしき円盤状の基部には赤い斑点のようなパーツが取り囲むように取り付けられていて、円盤の外縁には放熱板らしき板が大量に設置されている。そして円盤の中央から伸びる触腕のようなケーブルを、8機のヘリコプターで持ち上げるような形で空輸されて来た。

 

 

「そうです。『局地戦仕様多目的兵器』もとい、対デカグラマトン用の局地戦用試作無人機『ネーメズィス』シリーズ。アビドス砂漠の劣悪な地形でも素早く行動可能な機動力と、あの大蛇の火力と耐久力に対抗できるほどの武装と装甲を有しております」

 

 

 隣に立つ白衣のオートマタことカイザーインダストリーの開発局の職員は、理事の問いかけに丁寧に答えた。一見兵器とは思えないような外見をしているが、その性能は折り紙つきだ。

 シミュレーションでは、4機もあればあのビナーを相手に勝利を収めることも可能。まさに対デカグラマトン用の名に恥じない機体性能だ。 しかし、その説明を聞いてなお、理事の懸念は消えない。

 

 

「しかし、資料の見た目とはだいぶ違うようだが?確認した資料では、もっと採掘機のような見た目だったが……」

 

 

 その資料では、あのケーブルの先には掘削機のような機構があったはずだ。しかし今は何も付いていない。それにカラーリングも、ビナーを意識していた白ではなく、黒を基調とし、各所に紫や黄色のアクセントが施された暗いトーンになっていた。

 

 

「それが……プレジデントからの指示で、あの赤いユニットを全て取り付けてから、いつの間にか"変質"しておりまして……」

 

 

 そう語る職員の視線は、あの赤い斑点のようなユニットに向けられていた。ケーブルの伸びる中央部を囲うように、合計16個もある赤い斑点。確かにあれも、資料にはなかった要素だ。

 あれを取り付けてから、『ネーメズィス』シリーズは変わったという。機械が勝手に変形する。聞けば到底信じられない話だろうが、プレジデントからの指示というのなら、その現象の原因も何となく察せられた。

 

 

「……なるほど、黒服の差し金か」

 

 

 協力者である異形の男の名を、理事は面倒くさそうに呟いた。彼は理事の協力者であると同時に、カイザーを取りまとめるプレジデント個人の協力者でもある。おそらく、黒服がプレジデントに掛け合って、これを取り付けさせたのだろう。

 ならひとまずは、我々(カイザー)に不利益なことにはならないだろう。奴は契約を遵守する。それに今このタイミングで契約を破棄する理由も、彼にはないだろう。

 

 

「それで、起動実験はいつできる?」

 

 

『ネーメズィス』シリーズが運び込まれていく様子を眺めながら、理事は本題を切り出した。

 

 

「はい。最初に運び込まれた初号機は、既に調整を終えて起動待機中です。理事のお声掛けがあれば、すぐにでも始められるでしょう」

 

 

 仕事の早い職員の答えに、理事は満足気に頷く。一機でも起動できれば、それだけでもカイザーの事業は大きく躍進するだろう。そしてそのデータを元に量産化が成功すれば、いずれはカイザーがこの学園都市を統べる者になる。

 

 

「そうか、なら今すぐに──」

 

『報告いたします!理事!』

 

 

 しかし、事を急ごうとする理事の元に、無線で報告が入ってきた。いいところで水を差されたことに少し機嫌を悪くするも、理事はすぐに無線に応答した。

 

 

「こちらは理事だ。何事だ?」

 

「観測室より、こちらに接近する人影を補足したと。上がってきている報告によると、子供が5人と大人が1人。それにドローンらしき飛行物体を複数確認」

 

 

 人影?この辺境の土地になんの用があるというのか。ここはアビドス砂漠の奥地だ。ここにはこの基地以外、ただ荒れ果てた砂漠だけが広がっているだけ。そんな場所に、一体なんの用があるのか……。

 ……いやまて、今回は子供に加えて大人もいる。しかもドローンを引き連れてこちらに向かっているとなると、理事の頭の中に1つの答えが導き出された。

 

 

「迎撃だ。客人を丁重にお迎えしてやれ」

 

『はっ!』

 

 

 無線で部下に指示を出しながら、理事は無線をオフにする。

 

 

「アビドスの子供たちに、シャーレの大人か。いい機会だ。貴様らのリードを誰が握っているか、今一度知ってもらおう」

 

 

 その声は機械音声だというのに、隠せないほどの悪意に満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日の会議から一夜明け、万全の準備を整えた対策委員会とセツナは、朝からアビドス砂漠を進んでいる。道中は廃棄されたオートマタやドローンとの戦闘が散発しただけで、特に大きな戦闘は起きなかった。

 彼女たちの目的は、砂漠奥地にあるカイザーのものらしき謎の建造物に辿り着き、何をしているのかを探ること。相手が相手なだけに、何が起きるかは分からない。万が一のため、弾薬の消費は最低限に抑えたいところだ。特にビナーの縄張りには踏み込まないように、ルートの選択は慎重におこなった。

 

 

『皆さん!前方に建造物が見えてきました!』

 

 

 そしてしばらく歩いていると、インカム越しにアヤネの声が聞こえてくる。その言葉通りに前を向くと、そこには高い外壁の聳え立つ黒鉄の建物が、圧倒的な存在感を放ちながら鎮座していた。

 

 

「こっちも確認した。写真の建物で間違いない」

 

 

 あれが、今回の目標物。ただ、ここからでは何の建物かまでは分からない。詳しく調べるためにもっと近づくシロコ達だったが、ある距離まで近づいた途端、耳元のインカムが『ザザザ……』と嫌な音を発し始める。

 

 

「目標物のジャミング有効圏内に入った。防衛型のドローンがあるとはいえ、みんな通信には気を付けてね」

 

 

 突然の状況だったが、少し後ろを歩くセツナは冷静に分析した。四六時中垂れ流されているジャミングは、無線通信やドローンの操作に影響を及ぼす。『シッテムの箱』を介した操作であれば問題は無いが、アビドス校舎から操作しているアヤネのドローンは大きな制限を受けるだろう。

 それを見越して今回は、防衛型ドローンの対電子戦モードを使用して、無理やり通信を繋げている。これならアヤネも活動できるが、性能はあくまで最低限……と言ったところだ。

 

 

「有事の際は、みんなダメージを最小限に抑えるよう動いて」

 

「わかったわ、先生」

 

 

 皆が緊張感のある返事を返す中、シロコだけはチラっと後方を歩く大人の様子を伺う。その理由はこれまでの道のりで、どこか違和感を感じていたからだ。

 今日アビドス高校を出発してから、セツナの様子がどこかおかしいのだ。ここまで来る道中の戦闘や、みんなとの会話は問題ない。ただいつもと比べてのっぺりとした口調に、貼り付けたような硬い表情。いつも着ていた白衣も纏わず、今は灰色のスーツだけ。それらがシロコに言いようのない違和感を感じさせていたのだ。

 

 

「……………………」

 

「……ん?どうしたのシロコ?」

 

「…………ん。なんでもない」

 

 

 ただ、それを問いかけれるほどの確信はシロコの中にはない。それに状況は、そんなことを気にかけている場合ではなくなっていた。

 

 

「ん、あれは……」

 

 

 吹雪く砂塵が晴れて、視界がクリアになる。おかげで外壁に書かれているマークが、とても良く見えた。三角形の内側に、機械化されたタコのようなシンボル。そしてその下部には、そのマークが示す所属が記されていた。

 

 

「カイザー……PMC?」

 

「PMCということは……民間警備会社です」

 

「……つまり、本物の軍隊……か」

 

 

 セツナのぼやきに、その場にいた4人が静かに唾を飲む。ヘルメット団とも、便利屋とも、風紀委員会とも違う。純粋に戦闘のみを目的とする集団。これまで戦ってきた相手とは、確実に一線を画す相手だろう。それを示すかのように、彼女たちに対する動きもかなり早かった。

 接近する対策委員会を探知したのか、けたたましい警報と共に正面ゲートが開かれる。そこから出てきたのは、どこか見覚えのある重戦車に、大量の歩兵。さらに上空には武装ヘリが飛来し、ローター音や地響きを響かせながら、対策委員会の方へと向かってきていた。

 

 

「目標物から、迎撃部隊と見られる集団が接近。みんな、戦闘用意」

 

 

 静かに告げるセツナの言葉に、対策委員会はそれぞれ武器を構えた。想定以上の敵の数に、武器を持つ手が少し震える。しかし誰も、その引き金を引こうとはしない。一触即発の緊張感の中、セリカが前を見据えながらセツナへと問いかける。

 

 

「手を出しちゃ、ダメなんだよね?」

 

「そうだよ。この後の為にも、なるべく弱味は減らしておく」

 

 

 そう言うセツナの"眼"もまた、迫り来る敵部隊の方を見つめている。いや、より正確に言えば、その部隊の後方を走る、たいそうご立派な高級車を……だが。

 やがて部隊は対策委員会の前で停止すると、整った動作で道を開けた。そしてその開いた道を、例の高級車が我が物顔で進んでいく。突如現れたそれに、セツナ達の意識がそちらに向けられる。皆の視線が集まる中、高級車の扉が開かれて、中から大柄なオートマタが姿を現した。

 

 

「ほう……。これほどの部隊を前にしても、引き金を引かんとは。随分と賢いじゃないか。それとも、そこの大人の入れ知恵か?」

 

 

 開口一番にそう言い放ったオートマタ。その声は悪意に満ちていて、シロコ達の顔がムッと歪む。唯一セツナの表情は変わらなかったが、その顔から覗く視線は、刺々しく鋭いものだった。

 

 

「あなたは誰?」

 

 

 張り詰めた緊張感の中、一番最初に口火を切ったのはシロコだった。たった一言だが、その言葉の裏には数多くの思いがある。

 

 

「ふむ、君たちなら知っていると思っていたがね。まぁいい、この際はっきりさせておこう」

 

 

 それを知ってか知らずか、問われたオートマタはやや拍子抜けといった様子で肩を竦めていた。そしてその高級そうなスーツについて砂埃を払いながら、オートマタは呆れた様子でこう名乗った。

 

 

「私は、カイザーコーポレーションで理事をしているものだ。それ以外にもカイザーローンとカイザーコンストラクションの幹部、そしてこのカイザーPMCの代表取締役をさせてもらっている」

 

「じゃあつまり……」

 

「あぁそうだ。要するに、君たちが借金をしている相手……という事だ」

 

 

 自分たちの借金相手。そう名乗ったカイザー理事に対しして、対策委員会の反応は様々だった。驚きで口が塞がらない者、静かに理事を睨みつける者。中でもシロコとセリカの2人は、これまで自分たちを苦しめてきた者が現れたということもあり、纏う雰囲気が一気に殺気立っていた。

 

 

「なるほど。つまり、あなたがアビドスを苦しめてきた原因ってこと?」

 

「そうよ!便利屋やヘルメット団を消しかけてきて!あんたのせいで私たちや、ヘルメット団の子たちも……ッ!!」

 

 

 2人が怒りの言葉とともに理事に銃口を向ける。だが理事は特段慌てることなく、怒りに燃える2人の瞳を見て静かに驚いていた。

 

 

「ほう……。まさかそんな言葉が聞けるとはな。やはりあのチンピラ共は、処理しておいて正解だったらしい」

 

「……っ!」

 

「こいつ……っ!!」

 

 

 淡々とした理事の言葉が、余計に2人の怒りを煽る。今にも引き金を引きそうになるシロコ達だったが、先程セツナに言われたことを思い出して、無理やり怒りを収めていた。

 

 

「……話を戻そう。今君たちは、私たちカイザーPMCが合法的に事業を営んでいる場所に無断で侵入している。その事を咎めてやってもいいが……。まぁ、発砲してこなかった度胸と賢さに免じて見逃してやろう」

 

 

 上から目線の発言が、この場にいた者の神経を逆撫でする。だが誰も、手を出すことはしない。ここで攻撃すれば、それをダシに何をされるか分からない。最初にセツナが先手を取らなかったのも、それを見越してのことだった。

 そして理事もそれがわかっているのか、横柄な態度を辞めるつもりは無さそうだった。

 

 

「君たちがここに来た理由はなんだ?まぁ、だいたい予想はつく。私たち(カイザー)が何をしているのか、それを知りに来たんだろう。ならば教えてやろう」

 

 

 こちらの目的は察していたらしく、理事はご丁寧に目的を教えてくれるようだ。彼の言葉を信用していいのかは定かではないが、少なくとも聞く価値はありそうだ。

 そうして皆が静かに聞き耳を立てる中、理事はまるで宣言するように、自分たちの目的を語り出した。

 

 

「私たちは、アビドスに眠る『お宝』を探しているのだ」

 

「……『お宝』?」

 

 

 突然放たれた場違いな言葉。これほどの規模の戦力を用意しておきながら、やることが子供じみた『宝探し』。こんなの、ふざけてるとしか思えない回答だった。

 

 

「……じゃあ、この戦力は何?宝探しをするだけなら、こんな数の兵器や兵士はいらないはず」

 

「……はぁ。この大量の戦力を、君たちたった5人の為に使うとでも?子供の癇癪じゃないんだ。冗談ではない」

 

 

 至極当然なシロコの指摘に、理事はやれやれと両手を広げる。まるで子供の駄々を見て呆れる大人のような態度に、対策委員会の怒りがまた溜まり始める。

 しかし理事はそんな彼女たちを嘲笑うように、最も効果的な一手を打ってきた。

 

 

「君たち相手なら、もっとスマートな対応の仕方があるのだよ」

 

 

 そう言ってスマホを取り出して、理事はどこかへと連絡を取り始めた。シロコ達が何事かと見つめる中、電話を終えた理事はとても残念そうな様子でこちらへある宣告をするのだった。

 

 

「非常に残念なお知らせだ。君たちの信用が落ちてしまったようだよ」

 

 

 こちらを嘲るように、そう語るカイザー理事。そして事態はシロコ達が理解するよりも早く、しかし確実に悪化していった。その先駆けは、通信越しのアヤネの絶叫から始まった。

 

 

『はい、もしもし。……えぇ!?なんで!?そんないきなり──』

 

「アヤネちゃん!?どうしたんですか!?」

 

『借金の利率が3000%に……。来月の返済額が9100万になってしまいました!』

 

「「えぇ!!!??」」

 

 

 アヤネからもたらされた報告に、皆が驚愕の声を上げる。彼のやった事は至極単純だ。自分が幹部を務めるカイザーローンに連絡し、部下にアビドスの利率を上げるよう直接命じたのだ。

 まさかの事態に、対策委員会が狼狽えている。その様子が余程滑稽だったのか、理事は「くはは!」と嗤い声を上げながら、改めて自分たちの立場というものを突きつけてきた。

 

 

「さて、これで君たちの首輪が誰に繋がれているかはわかったかな?このままでも面白いが……。そうだな、借金9億円の保証金として、3億円を1週間以内には納めてもらおうか」

 

 

 そう言って嗤う理事の姿は正しく、子供を弄ぶ大人の姿った。あまりにも横暴な行いに、怒り心頭のセリカが理事へと噛み付く。

 

 

「はぁ!!?そんなの払えるわけないでしょ!!」

 

「では退学すれば良い。そもそもあれも君たちの借金ではないのだから。退学すれば、それで済む。違うか?」

 

「……っ!そんなの……っ!!」

 

 

 そんなの、できるわけがない。あの学校はシロコ達にとって、たった一つの居場所なのだ。それを置いて去れだなんて、どうしてできるだろうか。それに学校から逃げてしまえば、理事たちカイザーPMCの思う壷だ。

 だがしかし、突如膨れ上がった借金も、現実的に見て返せるわけがない。身動きの取れない八方塞がりな状況に、対策委員会の勢いが徐々に衰えていく。

 

 

「……みんな、帰ろう。これ以上居ても、ただ弄ばれるだけだよ」

 

 

 そんな中、今まで黙っていたホシノが声を上げた。これ以上話しても埒が明かないと思ったのか、ホシノは踵を返すと、ゆっくりとその場を立ち去ろうとする。

 

 

『ホシノ先輩!?』

 

「でも……っ!」

 

「……仕方ないよ。残念だけど、今回は私たちの負け。だからこれ以上状況が悪化する前に、早く帰ろう?」

 

 

 納得がいかない様子の皆を、ホシノが冷静になだめていた。ホシノの言う通り、これ以上対策委員会に打つ手はない。そんな状況で長居したところで、いい事なんてひとつも無いだろう。

 ホシノの説得で納得したのか、他のメンバーも悔しそうにしながらも撤退を始める。それを見て感心したのか、理事は立ち去ろうとするホシノに向けて語りかけた。

 

 

「ほう。賢いな副生徒会長。あの男が目をつけるだけの事はある」

 

「…………」

 

「…………いい判断だ。いつも一緒にいたあのまったくもって馬鹿な生徒会長も、少しは見習えば良かったのだがな?」

 

「ッ!!!!!!!」

 

 

 瞬間。理事の言葉が逆鱗に触れたのか、ホシノが憤怒の形相で振り返り、理事へとショットガンの銃口を向けた。その切っ先はカタカタと震えていて、ホシノらしくない、抑えきれないほどの怒りが滲み出ていた。

 

 

「ホシノ」

 

 

 だがホシノが引き金を引くよりも先に、セツナの言葉がホシノを引き止める。その声は相変わらずなんの感情も感じさせないが、そのおかげか、たった一言でホシノの中の怒りが急速に冷え込んでいった。

 

 

「……わかってる」

 

 

 そう呟くと、ホシノは銃口を下ろしてその場を立ち去って行った。それに続くようにシロコ達も踵を返し、悔しさを胸に抱きながら帰路へとついていく。

 

 ただセツナだけは、例外だった。

 

 ホシノが、ノノミが、セリカが、そしてシロコが。それぞれが肩を落として帰ろうとする中、唯一セツナだけは、何故か理事の方をじっと見つめていた。

 

 

「……先生?」

 

 

 その隣を通り過ぎる間際、シロコは沈黙する大人へと問いかける。その横顔は朝から全く変わりないが、心做しかどこか怖い表情を浮かべているような気がした。

 

 

「シロコたちは先に戻ってて。私は少し、用事があるから」

 

 

 理事たちから視線を外すことなく、セツナはそう言った。要するに1人っきりにして欲しいらしい。自分たちの護衛もなく、セツナ1人で何をするのか。そう聞きたかったシロコだったが、背後からセリカ達の呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 

「行って、シロコ」

 

「……ん、わかった」

 

 

 簡潔なその一言で、シロコは少し不満げにその場を後にした。そうして対策委員会が立ち去った後には、理事たちカイザーPMCと、彼らを睨みつける1人の大人だけが残された。

 先程までの喧騒がまるで嘘のよう。突如生まれた静寂を埋めるように、静かな風の音が鳴いていた。だがその静寂も長くは続かない。先に話を切り出したのは、意外にも理事の方からだった。

 

 

「それで、何の用だ?シャーレの天守セツナ先生。まさかあの子たちの借金を減らせなどと、我儘じみたことを言うんじゃないだろうな?」

 

 

 やや小馬鹿にしたように笑うカイザー理事。相手を煽るようなその態度とは裏腹に、理事は内心とても警戒していた。何せ相手は超法規的機関であるシャーレだ。何が出てきてもいいように、理事は周囲の状況に気を配っている。

 それに対して、相変わらず立ち尽くす大人は、先程から変わりない機械的な声色で言葉を返した。

 

 

「いいや?別にそんなことは言わないよ。言ったところで、何も解決しないだろうから」

 

「ほう……意外だな。シャーレは子供のための組織だと聞いていたが、存外冷たい一面があるじゃないか」

 

 

 少し予想外な回答に、理事は片眉をあげるような仕草を見せる。てっきりアビドスを理由に子供のような持論を持ち出してくるとでも思っていたが……。

 この大人は、思っていたより現実を見ているらしい。そう思っていた理事だったが、次の瞬間その考えが間違いだったと気付かされる。

 

 

「まぁ、私はシャーレじゃないですからネ」

 

 

 その一言と共に、大人の口調がガラリと変わった。口調だけでは無い。その声からは最低限の人間らしささえ消え失せて、どこかノイズ混じりの、抑揚のない機械的な音声に変わる。そして理事を嘲笑うかのように、目の前の大人から「クックック……」と気味の悪い笑い声が聞こえてきた。

 

 

「1つ訂正。ワタシは天守セツナではありません。今頃本物の方は、いつもの机に突っ伏して寝ている頃でショウ」

 

「……は?」

 

 

 困惑する理事の前で、大人は自身の顔へと手を伸ばす。そして額を掴んで力を込めると、そのまま服を脱ぐような要領で自らの皮膚を引きちぎった。

 ブチッと引き裂かれる音とともに、張り付いたような表情が脱ぎ捨てられる。その表情の下からでてきたのは血まみれの肉──ーではなく、自分たちとよく似たオートマタのヘッドユニットだった。

 

 

「お初お目にかかりマス、カイザーPMCの皆様方。ワタクシは覆面水着団の『Crown(クラウン)』。先日のブラックマーケットでは、大変お世話になりマシタ」

 

 

 その一言と共に、顔に当たるディスプレイが点灯する。そこに現れたのは、両目の下にトランプのダイヤのようなペイントが入れられた白塗りの面。それは正しく、道化師(クラウン)の名に相応しい表情だった。

 

 

「貴様……ふざけているのか?」

 

 

 突如現れたクラウンに、理事の言葉に怒りがこもる。それも当然だ。奴が所属していると言った『覆面水着団』には、先日闇銀行を襲撃されたばかりなのだから。しかも結局行方を掴めなかったばかりに、今この男が現れたのは、それに対する煽りのように見えて仕方がなかった。

 ただそれと同時に、理事は言いようのない気味悪さも感じていた。それはあの黒服と似たような、掴みどころのない感覚。何を考えているか分からない所などは、本当に彼とそっくりだった。

 

 

「ふざけている?イヤイヤ、ワタクシは本気ですトモ」

 

 

 対するクラウンは、余裕のある態度を崩さない。どこからか取り出した灰色の中折帽を被りながら、今回自分がやってきた理由(ワケ)を語り出す。

 

 

「実は先日、ワタクシの方にある依頼がありまシテ。今回はその依頼の遂行に来ただけですヨ」

 

 

 その理由を聞いて、今度は理事が嘲笑を浮かべる。

 

 

「何をするつもりだ?まさか、我々PMCと戦うつもりではないだろうな?」

 

 

 そう言って理事は、自身の持つ駒を誇示するように腕を広げた。

 

 

「戦力差は圧倒的だ。我々には戦車も、ヘリも、大勢の兵も居る。貴様1人で、この戦力差を覆せるとでも?」

 

 

 理事の言う通りだ。理事にはPMCとしての戦力がある。戦車も、ヘリも、数百トンもの爆薬も。全て理事の思うままに動かすことができる。

 対するクラウンは、見たところ丸腰だ。相手がシャーレであれば、伏兵を警戒する必要があっただろう。しかし相手は小さなギャング集団だ。見たところ仲間も居ない男一人に、そこまでの戦力を用意できるとは思えない。

 …………だと言うのに、目の前の男は焦りすらしない。まるでそれが当然とでも言うように、感情のない声色で淡々と言葉を吐き続ける。

 

 

「えぇ、ワタクシもそう思いマス。でも彼女(・・)もやる気のようですカラ、ワタクシはその手段を見てみたいだけデス」

 

 

 そう言って男は懐へと手を突っ込んで、そこからあるものを取り出した。それは白と赤に塗り分けられた、ハンドガンのようなもの。男はそれを天に向けて掲げると、躊躇いなく引き金を引いた。

 

 ボシュッ!!

 

 独特な発砲音と共に、青空に向けて何かが発射される。それは煙を吐きながら空へと昇っていくと、「パァンッ!!」という破裂音と共に赤い光を撒き散らした。

 それはいわゆる、フレアガンと呼ばれるものだった。遭難した場合に空へと打ち上げて、自分の居場所を伝える役目を持つ銃。だが今回の使用用途は、本来のそれとは少し違う。

 

 

 

「やってみせて、セキ」

 

 

 

 周囲の音にかき消される程の音量で、男はその名前を呼ぶ。そしてそれが合図だったかのように、理事に背後で盛大な爆発音が轟いた。

 

 

「ぐあッ!!?」

 

「ぎゃあ!!?」

 

 

 爆発はオートマタの兵士たちを吹き飛ばし、それによって響く悲鳴をまた爆発音が上書きしていく。2度や3度どころの話ではない、十数回もの爆撃を受けて、カイザーPMCは混乱状態に陥っていった。

 

 

「なんだ、何事だ!?」

 

 

 突然の襲撃に、理事も徐々に余裕がなくなっていく。だが彼とてPMCを従える指揮官だ。すぐに部下に状況を把握させるよう指示を出しながら、恨めしそうにクラウンを睨みつける。

 

 

「貴様……!正気か!?」

 

「……………………」

 

 

 理事の問いかけに、クラウンは何も答えない。ただその代わり、彼らの間に割り込むように、天から何かが降り立ってきた。もはや激突と言っていいほどの勢いに、辺りに砂煙が立ちのぼる。

 

 

「……あっは!みぃつけた!!

 

 

 そして砂煙の中から無邪気な子供のような声が聞こえてきた。その声を聞いた理事の背中を、いつかの悪寒が走る。その声はあの襲撃があった日に、便利屋の電話越しに聞いた声だった。そのおかげもあってか、理事はすぐさまその声の主に勘づいた。

 

 

「なるほど……。貴様か、門守セキ」

 

 

 砂煙の方を睨みつけながら、理事は忌々しそうに声を漏らす。砂煙の晴れた先では、予想通り一対の大翼を広げた子どもの姿があった。『白鯨』とも呼ばれた、天使のような少女──門守セキ。ただその姿は、天使と言うにはあまりにも無骨な姿をしていた。

 右の手には使い込まれたハンドガンを握りしめ、左の手にはカスタマイズの施されたアサルトライフルを携えて、セキはカイザーPMCを見定めるように視線を送っている。その頭には彼女の所属を表すヘルメットを被り、華奢な身体には防弾チョッキのようなものを着込んでいた。

 

 

「あなたがこの兵隊さん達のボスでいいのかな?」

 

 

 相変わらず無邪気な声で問いかけるセキ。それに対し理事は少し落ち着いた様子で、理事の質問に答えていく、

 

 

「……あぁ、そうだとも。私はカイザーPMCの理事だ。正確に言えば、カイザーコンストラクション、カイザーローンの幹部も務めているがね」

 

 

 余計な一言を加える理事の言葉に「そこまで聞いてないんですけどね〜」と返しながら、セキは変わらぬ調子で理事へと問いかける。

 

 

「私のことはもう調べてますよね?もちろん、私が来た理由も」

 

「あぁ、そうだとも。その上で言わせてもらおう。君の行いは、最も無駄で愚かなことだと。たった一人で、私たちカイザーPMCを相手出来るのかね?」

 

 

 理事の言葉に、部下の兵士たちが一斉に銃を構える。既に先の爆撃による混乱からは立ち直り、目の前の少女を敵と認識して戦闘態勢に入っている。その復帰の速さは、彼らが生半可な兵士では無いことを如実に表していた、

 しかし、セキは何も言い返さない。その顔には、心底どうでもいいと言うような表情が浮かんでいた。それをだんまりと捉えたのか、カイザー理事はその舌をより饒舌に回し始める。

 

 

「そうだとも、君らにはできないだろう。子供は何も知らない。だから、できないことに首を突っ込んで、そうして自滅していくのだ。だから君らヘルメット団もアビドスも、等しく愚か者だ。だから子供なのだ!」

 

 

 自分が優位だと認識したのか、理事の饒舌は止まらない。セキやクラウンが何も言わないのも、余計に理事を調子に乗らせている。そのかいもあってか、調子に乗った理事は、この場で最も言ってはいけない事を口走ってしまった。

 

 

 

 

君のリーダーも実に馬鹿だった。アビドスといいヘルメット団といい、組織の長が愚かな子供というのは見るに堪んな

 

 

 

 

 

 理事がそのセリフを吐いたその瞬間、場の空気が一気に冷える。それは目の前の少女から迸る、藍い霧の影響だった。

 

 

 ⟬──────────!!!!!!!⟭

 

 

 晴天の空に、鯨の唄声が響く。その声は以前にも増して敵意が剥き出しになり、それに呼応してセキの頭上のヘイローも、一気に山吹色へと染まっていく。間違いなく、さっきの言葉は彼女の逆鱗に触れていたのだ。

 そこでようやく事態の急変に気づいたのか、理事は焦った様子で辺りを見回した。その様子が滑稽だったのか、セキは乾いた笑いを漏らしながら、ゾッとするような冷たい声で呟いた。

 

 

「ほんと、そうですよね。自分が誰に手を出したか、まだ分かってないんですから」

 

 

 彼女の『愛銃』を持つ両の手が、カタカタと小刻みに震える。それは抑えきれないほどの彼女の怒りの発露なのか、あるいはこれだけの敵を相手にすることへの武者震いなのか。

 

 もしくは、その両方かもしれない。

 

 

「貴方のような上司を持ってしまって、部下の方には同情しますよ」

 

 

 そう言ってセキは素早くハンドガンを構えると、躊躇いなく理事の部下へと向けて発砲した。早撃ちに近いその速度に部下は反応できず、ディスプレイに一撃を受けてたたらを踏む。それに他の兵の視線が集まっているうちに、セキはグレネードをピンを抜いて後方の部隊へと投げ込んだ。

 再度、大規模な爆発で何人か吹き飛ばされる。そこでようやくセキのやった事を認識したのか、理事はありえないと言った表情でセキのことを見つめていた。その視線の先ではセキが擲弾発射器に弾を込めながら、余裕そうな表情で理事のことを睨み返している。

 

 

「できるから言ってるんですよ。貴方のような口も頭も軽い人がリーダーなら、愚か者(わたし)1人でも十分ですので

 

 

 そう一言だけ言うと、セキは強く地面を蹴って、一直線に敵集団へと突っ込んで行った。

 

 

 

 

 

 









 ▽天守セツナ/クラウン
 まさかの再登場
 ヘッドユニットはエンジニア部の特注品。

 ▽カイザーPMC理事
 ようやく登場した黒幕。
 少しだけ黒服の技術を理解している。

 ▽門守セキ
 フルアーマー門守セキ。
 口調とは裏腹に、完全に冷静さを欠いている。

 ▽ネーメズィスシリーズ
 元は砂漠を掘り進むための機械
 現在の識別コードは「コード4C」

 ▽アビドス廃校対策委員会
 彼女たちの負け戦
 このまま校舎へと帰る予定……だが?

 ▽カイザーPMC
 目立った戦闘はせずアビドスを逃す
 がしかし、直後にセキの強襲を受けた。



あとがき

魔法少女イベ、めっちゃ良かったですね!
私はああいうテーマの物語は好きなので、最高に楽しめました。
ラブちゃんスキ……

そして本日より、新総力戦イェソドが開幕です。
こちらも楽しみにしてたイベントなので、全力で楽しませて貰いますわ!







 次回 第23話「誰が為の弔い合戦」


「彼女たちの戦いは、あの文書(オーパーツ)によって定められていますから」

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