Blue Archive 〜藍の外典〜   作:roimi_mark2

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 ー喪われし信徒こそは、力と、生命と、知恵と、勇猛と、地位と、名誉と、讃歌とを受けるにふさわしいー

 ー「藍の外典」原初の衝撃より来たれり よりー







第23話 「誰が為の弔い合戦」

 

 

 

 

 

 

「これで全員揃いましたね?」

 

 

 そこは、キヴォトスのどこかにある場所。薄暗い部屋の中央に置かれた円形のテーブル。それを取り囲むように、4人の人影が立っていた。人影……そう称するにはいささか疑問が残る姿をしているが、今の彼らにはそんなことは問題ですらない。

 

 

「皆さん、本日は急な呼び出しに応じていただき感謝します」

 

 

 そう声を上げたのは、この会議の発起人でもある黒服だ。他の者よりもまだ人らしい姿を保っているが、その頭部はひび割れ、そこから溢れる白い光の筋が、彼の目と口の代わりを務める。

 

 

「それで、私たちを呼んだのはどういった用件ですか?黒服」

 

 

 開口一番にそう問いかけるのは、彼の左側に立つ女性。彼女もまた人の形に近い形状だが、やはり異形のそれだった。肌は血のように赤く、頭部は白い花弁で覆われ、その花弁には周囲を監視するように数多の赤い瞳が瞬いている。

 彼女の名はベアトリーチェ。マダムとも呼ばれる彼女は本来あまり顔を出さないのだが、今回ばかりは黒服の熱意に押され、渋々といった様子での参加だった。

 

 

「私だけではなく、マエストロやマダムまで呼びましたか。となるとこれはつまり、あなたの研究(レポート)の集大成ということでしょうか?」

 

「えぇ、そうです。今回の件といいあの大人の件といい、協力感謝いたしますよ。ゴルコンダ」

 

 

 ゴルコンダ。そう呼ばれたのは、黒服の向かい側に佇むコートを着た首なしの男……ではなく、それが抱える額縁だった。後ろ向きの男が描かれたその額縁は、黒服の謝辞に「いえいえ」と言葉を返す。

 

 

「構いませんよ。私としても、あのような記号(テクスト)に触れるのは大変良い体験になりましたので」

 

「そういうこったぁ!!」

 

 

 今度こそ、首なし男の方が声を上げた。彼の名はデカルコマニー。ゴルコンダの良き相棒であり、互いに意識と無意識を象徴する存在だ。今回は彼らの協力もあり、このような状況を用意することが出来た。

 黒服にとって彼らの助けは、まさに渡りに船だったに違いない。何せ彼の実験は、少し前に詰んでいたのだから。それを知っているのか、彼の右に立つタキシードを着た双頭のマネキン──マエストロは黒服へと質問をなげかける。

 

 

「だが黒服。結局のところ、そなたの研究は頓挫したのではなかったのか?」

 

「えぇ。あの2つの予言書の存在は、私たちの考える結論とはまるで違いました。あの大人の到来により、既にこの世界は予言書とは違う道を歩んでいます」

 

 

 そう言って黒服が見つめるのは、テーブルの中央、円形にくり抜かれたガラスの棺に収められた2つの書物。片方は黒い表紙に覆われた羊皮紙でできた冊子で、もう片方は青い表紙に覆われた文庫本のような書物だ。

 そこに何が書いてあるのか、誰も開けて見ようとはしない。何故なら、意味が無いからだ。かつて予言書として研究の中心だったそれは、既に研究価値を失い、今やオーパーツとしてそこにあるだけ。しかし黒服だけは、どうやら違う考えがあるようだった。

 

 

「私はあれが完全に嘘だとは思えません。なので私とゴルコンダは、予言書と同じような状況を用意いたしました」

 

「喪われし神々のテクストを貼り付けるのは、中々骨が折れるものでしたがね」

 

 

 黒服が書物から視線を外すと同時に、テーブルの中央にホログラムの映像が出現した。それにつられて異形たちの視線が、ホログラムに映されたある映像へと集まる。

 

 

「彼女たちの戦いは、あの文書(オーパーツ)によって定められていますから。もしかすると、面白いものが見れるかもしれませんよ?」

 

 

 そう呟く黒服の目には、舞うように敵を蹂躙する天使の姿が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、自分のことを知らない。自分がどこで生まれたのか、どうやって生きてきたのか。虚しさと冷たさが満ちるアビドス砂漠で、どうやって1人で生きてきたのか。私は、自分のことを全く知らない。

 

 でも、私は門守セキ(わたし)を知っている。何も無かった私という器に、知識を、世界を、愛情を注いでくれた人達がいる。そんな人たちのことが大好きなんだと、私は知っている。

 

 だから、私は許せない。私の大好きな人達を傷つけた奴らを。大好きな人が傷ついてる一方で、何も知らず呑気なことを考えてた自分自身を。もしも私が怪我をしてなければ、みんなを守ることだってできたかもしれない。そんな後悔が、私をここまで運んできてくれた。

 

 だから、私は決めたんだ。

 この戦いで、全てに決着をつけるんだって。

 

 私がそう話した時、セツナ先生はとても残念そうな表情をしていた。その前に私の生い立ちだって知ったはずなのに、どうしてそんな顔をするのか。私には分からなかった。

 

 でも結局、先生は助けてくれた。お陰でこうして、私は私のやりたいことをやれている。

 

 

「ほんと、助かるなぁ」

 

 

 そうボヤきながら、私は目の前の状況へと意識を戻す。今はひっくり返った黒い車に身を隠しながら、敵に突っ込む準備を整えていた。

 敵の第3波までは既に片付けてる。ここまで基本素手とハンドガンで戦ってきたから、弾薬もまだまだ余裕だ。でも流石にキツくなってきたら、ここからは色んなものを使っていかないと。

 

 

「撃て撃て!!シールド持ちは前に出ろ!」

 

「使える武装は全部持ってこい!対戦車ロケットの使用許可も降りている!相手が人だと思うな!」

 

 

 敵の兵士の声が聞こえてくるけど、特に気になるような内容じゃない。ただそろそろ遮蔽物が持たないから、ここから移動しなきゃダメそうだ。周囲にばらまいた自分の神秘に集中(フォーカス)して、相手の動きをサッと確認する。

 

 

「敵は既に消耗している!このまま集中砲火を──」

 

 

 何か喚いてたカイザーPMC兵の頭を、右手のハンドガンで弾き飛ばす。隣の兵がそれに驚いてるうちに遮蔽物から飛び出し、踏み込みで一瞬で距離を詰めてから、こちらに振り向いた兵士の頭を鷲掴みにした。

 

 

「私はこっちだよ」

 

 

 勢いそのままに頭を地面へと叩きつければ、頭のディスプレイが割れて動きが止まる。それと同時に背後からは、物々しいヘリの飛行音が近づいてきた。反射的にその場から離れると、案の定私のいた場所にロケット弾の一斉射が叩き込まれる。

 

 

「今度はヘリと、また歩兵ね」

 

 

 爆発で巻き上がる砂煙を煙幕代わりにして、私は次の獲物へと狙いを定める。辺り一帯に展開した滞留神秘で、PMCの動きは逐一伝わってくる。今は私の周りを取り囲んで、さっきみたいに集中砲火するつもりみたい。

 

 

「ならまずは、ヘリから潰そっかな」

 

 

 とりあえず、上を飛ばれると鬱陶しい。私は思いっきりジャンプすると、そのまま翼を羽ばたかせて宙へと浮き上がる。砂煙を吹き飛ばした視界には、こちらへと狙いを定める攻撃ヘリの姿があった。

 

 

「みぃつけた!それ!!」

 

 

 翼で宙に留まりながら、私はヘリのローター基部に向けて射撃を加える。ついでにグレネードも投げつけてやれば、ヘリはあっという間に炎上して墜落。ついでに真下にいた奴らも巻き込んで大爆発を起こした。

 

 

「……あっは!」

 

 

 嬉しい。嬉しくて、楽しくて、思わず口元がニヤついちゃう。みんなの仇を取れるのもそう。でもそれ以上に、私がみんなの役に立てているのを、分かりやすく実感できるから。私が1人倒せば、みんなを傷つける奴が1人減る。さっきの爆発でざっと5人くらいは吹っ飛んだんじゃないかな?

 でもそれだけじゃ足りない。相手はまだ沢山いる。それにこの日のために、私は沢山準備してきた。食べ物も飲み物もできるだけ抑えて、武器を買えるだけ買った。この数日間はとっても苦しかったけど、それでもみんなが受けた傷を考えれば我慢できた。

 

 それも今日で終わり。私に残された物全部使って、みんなを傷つけるヤツらを全部ぶっ壊してやる。

 

 

「怯むな!撃ち続けろ!!」

 

「重戦車が来るまでもう少しだ!もう少し耐えろ!」

 

 

 私を撃ち落としたいのか、また兵士が集まってきた。でも防弾チョッキだって用意したし、多少当たっても痛いだけだしね。正直降りたところでって感じだけど、まぁそんなにやりたいなら付き合ってあげようかな。

 

 

「それじゃ、耐えてみせてよ」

 

 

 まずは滞留神秘で索敵。真下に大量の雑兵と、ロケットランチャーっぽいのを持ったヤツが数人。それと盾持ちの重装兵士もいるね。アビドスのあの人もそうだけど、盾持ちは硬いし先に叩いておこう。

 手始めにグレネードを真下に投げつけて、雑兵たちをまとめて吹っ飛ばす。爆発するのを見てから急降下して、吹っ飛ばなかったやつに対して踵落とし。落下のスピードが乗った一撃は、オートマタの頭部を余裕でヘコませた。

 そいつを足蹴に跳躍すると、近くにいた盾持ちに体重を乗せた飛び蹴り。私も軽い方だけど、流石に受けきれなかったようで、重装兵士がたたらを踏む。私はしっかり着地してから、相手の盾に身を隠しながら懐へと潜り込んだ。

 

 

「はい、残念」

 

「な──ゴァッ!?」

 

 

 私に気づいた相手の顎を、掌底で思いっきりかちあげる。どうやらクリーンヒットしたらしく、バキャッ!とフレームの破断する音が聞こえた。そのまま仰け反った相手の首根っこを掴んで半身を捻れば、私を狙ってきた背後の兵士から身を守る即席の盾ができ上がる。

 私よりも即席の盾(オートマタ)の方が大柄だから、攻撃は全部盾が受け止める。"盾"の方もさっきの一撃で意識が飛んだのか大人しい。その隙に少し体を出して、こっちを狙うやつをライフルで1人ずつ処理していった。

 

 

「貴様、俺を盾に……こんな卑怯な真似、恥ずかしくないのか……!!」

 

「あ、まだ生きてたんだ。しぶといですね」

 

 

 銃撃音に混じって、上から恨みがましそうな声が聞こえてきた。上を向けば私が盾にしている兵士が、さっきの掌底で取れかけた頭で私のことを見下ろしている。

 それにしても卑怯……ね。私、そこまで卑怯な事してるのかな?それに卑怯なのは、カイザーの方だと思うんだけど。

 

 

「卑怯っていうのはよく分からないけど。貴方達にそれを言う資格は無いんじゃないかなぁ?」

 

「ガキが……調子乗ってんじゃ──」

 

 

 殴りかかってきた"盾"の一撃をバックステップで躱す。お返しに支えを失って倒れ込む頭に合わせて蹴りを入れれば、頭部は完全にちぎれてどこかへと飛んで行った。

 こういうのをなんて言うんだっけ?確か、お前がボールな!.だっけ?それとも、ゆっくりしていってね!だっけ?

 

 

「ま、盾はありがたく貰っていくね」

 

 

 動かなくなった胴体から盾を拝借して、残った兵士からの攻撃を凌ぎきる。残りは10人程度。あれを倒したら、一旦休憩はできそうかな。

 

 

「じゃ、いっちょやりますか〜」

 

 

 そう呟いて、私は一気に敵との距離を詰めた。もちろん相手も撃ってくるけど、さっき拾った盾と翼で守ればノーダメージ。そのまま盾を左手に構えてから、1番近くの敵にタックルを仕掛ける。

 

 

「ほい!」

 

「ぐっ!!」

 

 

 吹っ飛ばされた兵士を尻目に、ハンドガンで1人ずつ屠っていく。見える範囲は盾で防いで、見えない部分は翼で防ぐ。相手の動きを神秘で把握しながら、常にどちらかでガードできるように慎重に立ち回る。

 そうしていけば、敵はあっという間に全滅した。増援が来るまでの間は、ひとまず休憩タイムだ。全身の疲労感を思い出しながら、私は砂地に膝を着く。

 

 

「ふぅ……疲れた。やっぱり、これを維持し続けるのはしんどいな……」

 

 

 目の前の藍い霧を眺めながら、私はそう呟く。最初は何かよく分からなかったけど、あの黒い人曰く、これは私のやりたいことを叶えてくれるものみたい。実際これのおかげでみんなを守れることも増えた。だからこれは、私にとって良いものに違いないと思う。

 でもこれを使うのはとても疲れる。滞留神秘も便利だけど、集中してないと霧が散って意味が無くなる。それに使っている間は、大切なものを失っている気がする……。血が抜けていくみたいに、身体の奥底から湧き出てくる冷たさと恐怖。それが集中しようとする私を邪魔してくる。

 

 

「まぁ、便利だからいいか」

 

 

 そうボヤく私の耳に、新しい敵の足音が聞こえてくる。整えられた足音に、重厚感を誇示するような地響き。そして視線の先には新たに50人くらいのオートマタと、その後方で単縦陣を組んで向かってくる戦車の姿があった。

 こっちは武器の残弾は十分。グレネードやC4と言った小物もまだ数はある。無くなったら相手から武器を奪えばそれでいっか。あとは自分の体力が続く限り、敵をぶっ飛ばし続けるだけだ。

 

 

「目的優先……。まだまだ私はやれるよ」

 

 

 自分を鼓舞するためにそう呟いたけど、直後に何か違和感を感じて首を捻る。

 

 目的……目的?

 

 そもそも私は、誰の為に戦ってたんだっけ?

 

 

「…………ま、いっか。どうせやることは変わんないし」

 

 

 今はただ、目の前の敵にだけ集中する。左手の盾を構え直しながら、私は正面から来る敵を睨みつけた。

 

 

 

 

 

『チャーリー小隊との通信途絶!』

 

『第8機甲師団、主力戦車が全滅!!』

 

『クソ!ヘリがやられ──』

 

 

 次々と聞こえてくる悲惨な報告。その全てが1人の少女によって齎されていると聞けば、一体どれ程の人間がそれを信じるだろうか。

 相手は巨大な機械怪獣でも、どこかの企業のPMCでもない。そこらの砂漠を彷徨っていた、たかがチンピラの小娘だ。そんな小娘1人に良いようにされているのを見て、カイザー理事はワナワナと拳を握りしめていた。

 

 

 ──できるから言ってるんですよ。貴方のような口も頭も軽い人がリーダーなら、愚か者(わたし)1人でも十分ですので。

 

「……くそっ!たかが子供の分際で……」

 

 

 先程の少女の言葉を思い出して、理事は不愉快そうに吐き捨てた。最初こそ能のない子供の癇癪だと思っていたのに、奴は本当にカイザーPMCを一人で相手取っている。全体的に見ればまだそこまでの損失ではないが、このまま続ければ、いずれ全ての戦力を失いかねない。

 だが歩兵どころかヘリや戦車でさえ、彼女の脅威にはなり得ない。歩兵は蹂躙され、ヘリは1発も当てれず撃墜される。頼みの綱の重戦車でさえ、砲撃を盾で弾かれた上に鹵獲された対戦車ロケット弾の餌食になっていた。

 

 

「こうなったら、あの兵器を……。いやしかし、そもそも起動しない可能性も……」

 

 

 通常兵器では歯が立たない。ならもう、あれを試すしかないではないか。だがあれはまだ起動実験すら済んでいない未完成品だ。そもそも起動しないのであれば、通常兵器未満のガラクタになる可能性も大いにある。

 使えないかもしれないゴミに賭けるか、このままセキの消耗を狙って総力戦を行うか。どちらにせよ、カイザーPMCは大打撃を受ける可能性が高いだろう。2つの選択に揺れる理事の元に、新たな通信が入ってきた。

 

 

『理事!ご報告が!!』

 

「何だ!!この忙しい時に!!」

 

 

 この状況での通信に、理事は苛立ちを抑えぬまま怒鳴りつける。だが次の瞬間には、その怒りも全て吹き飛ばされた。

 

 

『それが……「ネーメズィス」シリーズが──』

 

「……?何……?」

 

 

 理事のその言葉と同時に、前哨基地の中から爆発音が轟いた。もくもくと立ち上る黒煙に、非常事態を知らせる不快な警報音。徐々に煤けた匂いも漂ってきて、理事は呆然としながらもすぐに何かあったのだと気がついた。

 そして理事が状況を知るよりも早く、事態は刻刻と変わっていく。次に起きたのは、戦車のそれとは比べ物にならないほどの重い地鳴りだった。

 

 

「…………っ?」

 

「なんだ!?」

 

「まさか……あの大蛇か!?」

 

 

 腹の底に訴えるような、底知れぬ恐怖を感じる地鳴り。これには戦闘中だったセキやPMC兵も動きを止めて、辺りの様子を静かに伺っていた。だが地面が揺れるばかりで、いつまでたっても辺りに変化はない。

 しかしこの場で唯一、この状況の不味さを察知している人物が居た。その人物はこの地鳴りの原因に気がつくと、即座に自分の持ち主である大人へと警告を飛ばす。

 

 

《先生!!何かが地中を移動しています!!》

 

「………地中を?それはビナーとは違うのかい?」

 

《ビナーではありません!見たことない波長です!まもなくセキさんの直下(ました)に到達します!》

 

 

 アロナがそう叫ぶと同時に、セキの周囲に8本の砂柱が立ち上った。その中から姿を現したのは、まるで帯のような8本の黒い触手。内側を鈍色に煌めかせるその触手は、しばらく獲物を探すように蠢いた後、全てが一斉にセキへと狙いを定めて突っ込み始めた。

 

 

「何これ……!鬱陶しい……!!」

 

 

 自分の数倍はあろうそれを、セキはかろうじて躱していく。突如現れた謎の物体への動揺か、彼女の額には冷や汗が滲んでいた。

 滞留神秘を用いて回避運動を続けるセキに対し、触手は休む暇も与えず次々と殺到する。さらに突然の状況に呆然とするカイザーPMCに対しても、その触腕は容赦なく振り下ろされた。

 

 

「なんだこいつ!?」

 

「やめろ、こっちに来るな──ガッ」

 

 

 どうやらあの触手には敵味方の判断もできないらしい。邪魔だと言わんばかりに、彼らの鋼鉄のフレームをいとも容易く貫き、引き裂くように切断していく。視界の端でバラバラになるPMC兵の様子を見て、セキはより焦りを募らせていた。

 

 

「ほんとに……邪魔!!」

 

 

 若干回避を捨てながら、反撃とばかりにライフルによる銃撃を叩き込むセキ。だが放った銃弾は大したダメージにはなっていないようで、むしろ触手の勢いはより苛烈になっていった。

 攻撃によって生じた隙を、触手は容赦なく突いてくる。甘くなった回避を狩るように飛んでくる攻撃。触手が擦った肌からは血が滲み、普段は防御に役立つ大きな翼も、今だけはただの的だった。そしてついに1本の触手が、セキの右脚を深々と貫いた。

 

 

「いっ……!!!!」

 

 

 体を走る痛みに、苦悶の声を漏らすセキ。引き抜かれた触手からパタパタと血が滴り落ち、傷口からはとめどなく赤黒い液体が流れ出る。それでも噴き出す血を押さえつけながら、セキはどうにか立ち上がろうともがく。

 

 

「はぁっはぁっ、痛い、痛いけど……っ!!」

 

 

 このままでは、あの兵隊たちと同じようにバラバラにされてしまうだろう。その結末だけはどうにか回避しようと、セキは翼をはためかせて体勢を立て直した。

 そんな彼女に対して、触手は容赦なく襲いかかる────と思われたが、何故か触手はそれっきり動きを止めていた。急に敵の動きが止まったことに嫌な予感を感じるセキだったが、コンマ数秒後にそれは現実となった。

 

 

「…………っ!!?」

 

 

 彼女の足元、ちょうど触手の檻の中心に当たる位置が赤く発光する。それはライトで照らされたような赤ではなく、熱されてドロドロに溶けた鉄などに近い赤だった。

 身の危険を感じたセキが、即座にその場を飛び去ろうと翼を羽ばたかせる。だがそれよりも早く足元の地面に亀裂が入り、そこから迸った赤い光が、セキの両脚を一瞬で飲み込んだ。

 

 

 ギャア"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ッ!!!

 

 

 噴き出した光は巨大な光柱になると 、周囲に金切り声のような悲鳴を響き渡らせる。先程の触手とは違う、明らかに異質な攻撃。しかしそのことを考える間もなく、セキの思考を激痛が押しつぶしていった。

 

 

「っあ"ぁ"ぁ"ぁぁ……ッ!!!!」

 

 

 光の柱に触れている部分が、滅多刺しにされたような痛みに絶え間なく襲われる。今まで感じたことのない、まるで"中身"に響くような苦痛。あまりの激痛に回避行動をしていたことも忘れ、そのまま受け身も取らずに地面に打ち付けられた。

 

 

「セキっ!!」

 

 

 セツナが呼びかけるが、セキには届いていないようだった。うずくまる彼女の腕の隙間から見えるのは、赤や白の斑模様。まるで火傷を負ったように爛れているその足は、彼女がもう動けないことをわかりやすく示していた。

 幸いにも、光の柱は追撃することなくすぐに消失した。周囲の触手も先程の攻撃で力尽きたのか、地面に横たわって動く様子はない。

 

 

「今だ、奴に全火力を叩き込め!!」

 

「っ!!マズイ……っ!!!」

 

 

 しかしここが好機といわんばかりに、理事が部下たちに攻撃命令を下した。今のセキの状態では、まともに防御はできない。それにあの怪我、下手しなくてもヘイローが砕ける可能性も────

 

 

 

「撃てぇ!!!」

 

 

 

 だが、現実はどこまでも残酷だった。セツナのドローンも間に合わず、うずくまるセキにヘリからのロケット弾が次々と直撃する。さらには戦車砲や対戦車ロケット、スナイパーやライフルまでもがセキを狙い、容赦なく攻撃を叩き込んでいく。

 

 攻撃は、数十秒続いた。その間に夥しい量の攻撃が叩き込まれた。目を背けたくなるような蹂躙が、そこでは繰り広げられていた。そして全ての攻撃が終わった後には、赤黒く染った大地に、ボロボロになった少女だけが残されていた。

 

 白かった大翼は赤くひしゃげ、同じように赤く染まった衣服から覗く素肌は、もはや肌と言える箇所が見当たらない。両腕もあちこちが折れて血塗れになり、焼け爛れていた両足はもはやピクリとも動かない。

 

 しかしそれでも彼女は生きていた。頭上の二重円のヘイローをチカチカと明滅させながら、セキはどうにか立ち上がろうと身体を動かす。だがその度にあちこちから血が噴き出てきて、彼女は力無く体勢を崩した。

 

 

「……っ!!セキ…………っ!!?」

 

 

 もはやクラウンとして取り繕う余裕もなく、セキを助けようとするセツナ。しかし彼が動こうとしたその時、再び奇妙な咆哮が辺り一帯に轟いた。

 

 

 ⟬・ー・・・・ー・・・・・ー・・ーー・・ーーーー・⟭

 

 

 それはこれまで何度も聞いてきた白鯨の唄声。しかし以前までのそれと違い、途切れ途切れで、まるでもがき苦しんでいるようだった。そして咆哮が轟くのに合わせて、セキの方にも変化が生じ始める。

 

 明滅していたヘイローがしっかりと明かりを取り戻し、それを中心に続々と光が集まっていった。やがて砂粒のようなその光は、彼女のヘイローを取り囲むようにグルグルと回りはじめる。 そして綺麗な円環状になると、ヘイローと同じように山吹色に染まったのだ。

 

 二重円から、三重円のヘイローに。ヘイローの変形という聞いた事のない事象に、セツナは驚くことしか出来なかった。そんな中、山吹色だったヘイローは徐々にその色を変え、やがて今の彼女と同じ美しい赤へと変色する。

 

 そしてボタボタと血を撒き散らしながら、セキはおぼつかない足取りで立ち上がった。いつの間にか足の斑模様は消えていて、身体中の傷跡も、血の跡だけを残しながら、まるで何事も無かったように消えていく。

 

 再生……。そうとしか表現できないような現象が、セキの身体で起きていた。その様子を見ていた理事は驚いたようだったが、すぐに正気に戻って改めて攻撃命令を出す。

 

 

「まだ生きていたか、しぶとい。全部隊、もう一度総攻撃だ!!」

 

 

 理事の号令と共に、再びPMCによる総攻撃が開始された。ロケット弾や対戦車ロケット、砲撃や爆撃、歩兵による攻撃など。ありとあらゆる攻撃が、瀕死のセキに向けて放たれる。

 対するセキはもう動けないのか、その場に立ち尽くしたままで静かに項垂れていた。

 

 

 ────そう。項垂れていたはずだった。

 

 

 ドゴォン!!!

 

 

 まず最初に重戦車の砲弾が、セキの目と鼻の先で炸裂した。次にロケットランチャーの弾頭が飛来したが、これも同じようにセキに届く前に爆発する。その後に来たロケット弾も、絶え間なく浴びせられる銃撃も、全てがセキの目の前で弾かれ、1発も彼女に届くことは無い。

 その変化にいち早く気づいたのは、セキの状況を注視していたセツナだった。そして少し遅れる形で、理事も自分たちの攻撃が通らないことと、その原因と思われるものに気づき始める。

 

 

「なんだ……あれは……」

 

 

 そうつぶやく理事。その視線はセキの目の前の空間へと向けられている。そこは先程まで攻撃が弾かれていた場所。爆炎の晴れたその場所には、ついさっきまではなかった物体が佇んでいる。

 

 

 

 それはセキを守るように立ち塞がる、

 

 藍い霧でできた障壁(バリア)だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私たちは、何を間違えたんだろう。

 

 私たちはただ、知りたいだけだった。私たちの借金と、その裏で暗躍するカイザーの真意を。でも悪い大人はそれすらも利用して、私たちを貶めてきた。

 

 知ろうとしたのが、間違いだったのかな。

 

 自分の知らない事を知ろうとすることは、間違った事なのかな。何かを……誰かを知りたいと思うのは、自分のわからないことを理解しよう(わかろう)とすることは、ここまでされなきゃいけないほどダメな事なのかな……。

 

 

──先輩シロコ先輩!!

 

「……!!」

 

 

 考え込んでいた私を誰かが呼んでいる。顔を上げればそこにはセリカがいて、なんだか心配そうな表情(かお)で私の顔を覗き込んでる。その後ろにはノノミやホシノ先輩も居て、セリカと同じように私のことを見つめていた。

 

 

「……ん。どうしたの?」

 

「どうしたのって……。さっきから話しかけてるのに返事もしないし。それにシロコ先輩、ずっと浮かない顔だったから」

 

「……なんでもない。ありがとう、セリカ」

 

 

 そう言うとセリカは疑うような視線を向けてきたけど、結局それ以上の追求はせずに前を向いて歩き始める。ノノミも、ホシノ先輩も、通信で話を聞いていたアヤネも。誰も一言も発することなく、とぼとぼと家路を進んでいた。

 浮かない顔……。それはきっと、この場にいるみんなも同じ。カイザーにいいようにやられて、借金を増やされて。しかも無理難題まで押し付けられた。もうどうしたらいいのか、私たちには分からない。

 

 セツナ先生なら……。私たちの問題に寄り添ってくれたあの大人なら、何か解決策があったのかな。もしかしたら基地に残ったのも、何かカイザーに対する策があるから?

 でも今日のセツナ先生は、いつも以上に考えが読めない。あの張り付いた表情の下で何を考えているのか。きっと、私たちにも教えるつもりは無いのかも。

 

 

 ⟬──────────────⟭

 

「…………!」

 

 

 その時、私の耳があの唄声を捉えた。よく聞き馴染んだ、でも最近はほとんど聞くことのなかった声。それは聞き間違いじゃなければ、私たちの背後──カイザーの基地があった方向から聞こえた気がした。

 

 

「……セキ?」

 

 

 思わず立ち止まって、今まで歩いてきた道を振り返る。その唄声は、それと同時に、私はあのヘルメット団の少女を思い浮かべる。よく笑い、よく私と戦っていたセキ。彼女が戦う前はいつも、どこからかあの唄が聞こえてきてた。

 でもさっきのは今までの唄声とは違う、まるで虫のさえずりのようなか細く響く声だった。その声を聞いた私の脳裏を、最後に見たあの子の痛々しい姿が脳裏をよぎった。それがこのタイミングで、しかもカイザーの基地の方から聞こえてきたこと。それが私の中で嫌な不安を掻き立てる。

 

 

「……シロコちゃん?」

 

 

 急に止まった私に、ホシノ先輩が声をかける。そっちを見ると、みんな不思議な表情で私に向けていた。

 

 

「あの唄が聞こえた。もしかしたら、セキが近くにいるかも」

 

「唄声?何も聞こえなかったけど……?」

 

「……ん?さっき聞こえなかった?」

 

「私も特に聞こえませんでしたけど……」

 

 

 ノノミの言葉に、セリカもコクコクと首を振る。聞こえてたのは、私だけ?これまで何回もあの唄を聞いたけど、私だけしか聞こえないというのは初めてだった。わけも分からず困惑する私のもとに、またあの唄声が聞こえてくる。

 

 ⟬・・・ーーー・・・・・・ーーー・・・⟭

 

 

 弱々しく、途切れ途切れなその唄声。まるで助けを求めるような小さな声だったけど、私の耳ははっきりと捉えていた。

 聞こえてきた方向も、カイザー基地の方で間違いない。きっとあの場所に行けば、セキに会うことができる。

 

 

「……行かなきゃ」

 

『シロコ先輩!?』

 

「ちょ、シロコちゃん!?」

 

 

 あの子が、私を呼んでいる。

 

 ホシノ先輩たちの止める声を振り切って、私の脚が砂地を蹴った。

 

 

 

 

 

 










 ▽門守セキ
 喪われし神々、その依代。
 本来の力を取り戻しかけている。

 ▽ネーメズィスシリーズ
 喪われし神々、その模造品。
 本来よりふたまわり程小さい。

 ▽天守セツナ
 想定外の事態に激焦り中
 化けの皮(クラウン)を被る余裕もない

 ▽カイザー理事
 想定外の事態に激焦り中
 子供にいいようにされてイライラしている。

 ▽砂狼シロコ
 唯一、セキの唄声が聞こえた。
 彼女たちは何かで繋がっている。

 ▽アビドス廃校対策委員会
 聞こえなかった人たち。
 実際、彼女たちには聞こえない音。

 ▽カイザーPMC
 なにかと不憫な立ち位置の人達。
 新兵器の事は何も知らされていない。



あとがき


梯スバル実装!梯スバル実装!
イケメン!イケボ!美少女!

オラトリオ3章公開と同時に、梯スバルのエントリーだ!





 次回 第24話 「The Ultimate Soldier」

「全部……全部、ぶっ壊さなきゃ……」




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