Blue Archive 〜藍の外典〜 作:roimi_mark2
〜怒りの拳 致命的な武器〜
Rapier of havoc Raised up in anger
〜惨禍のレイピアが怒りに掲げられる〜
Born to do battle Without compassion
〜戦うために生まれ、慈悲を持たず〜
ーMore than a solder More than a killerー
〜兵士を超え、殺人鬼すら超えた存在〜
ー鷺巣詩郎「The Ultimate soldier」よりー
「なんと!!!これは大変素晴らしい!!!」
「ふむ、今のはとてもくっきりと
「そういうこったぁ!!!!!」
会議室に黒服とゴルコンダ達の歓声が響く。彼らが注目している映像には、今まさにカイザーからの猛攻を防ぎ切り、まるで幽鬼のように立ち尽くすセキの姿が映し出されていた。
「黒服、あれはなんなのですか?」
興奮している2人に呆れたような視線を向けながら、ベアトリーチェはさっき起きた事象について黒服に問いかける。
ベアトリーチェの見間違えでなければ、あの少女を狙った攻撃は突然現れた障壁によって全て弾かれたように見えたのだ。歩兵の小銃や戦車の榴弾、ヘリのロケット弾に至るまで全て。見たところそういった装備の類もない中で起きたその現象に、ベアトリーチェは興味を惹かれていた。
「マダム。あれは本来、この世界には存在しえないものなのです。何故ならあれは予言書に記されている、喪われし神々の特権。彼らが持つ権能の中でも、最も普遍的なもの」
興奮冷めやらぬまま、黒服は饒舌に言葉を並べる。
曰く、あれは相手を拒絶する『意思』であり、自己を保証する『器』であり、他者との境界を線引く『心の壁』でもあるらしい。
「
A.T.フィールド。それは人が人であるために、他者を拒絶するための力。あの書物によれば、喪われし神々はこの力を物質化することも出来たようだ。それはつまり、喪われし神々は他者を必要としない純完全生命体だったということを意味している。
だがその事実を知った当時は、黒服でさえ半信半疑だった。ヒトは
「あぁ、本当に素晴らしい!貴方はどこまでも、興味深い存在です」
研究の思わぬ進捗に、黒服がより感情を昂らせる。だがしかし、その興奮に水を差すように、今まで黙っていた人物が口を開いた。
「しかし黒服。あれは正常な動作なのか?」
マエストロのその一言で、黒服のテンションが一気に冷える。その場にいた者の視線が集まる中、マエストロは画面から視線を外さず、ギシギシと体を軋ませながら自分の所感を述べていく。
「窮地からの覚醒というのも、受け取り手の期待を煽る王道の1つだが……。あれは違うものではないか?美しさとは程遠い、まるで獣のようだ」
「……ふむ、そうですね」
マエストロの言葉に促され、黒服は再び彼女の様子を観察する。するとどうにも、本当に彼女の様子がおかしいことに気がついた。
A.T.フィールドの発生。想定外の事態ではあったが、それはまだ黒服の理解の及ぶ出来事ではある。しかし今の彼女の状態だけは例外だった。
貫かれ、焼け爛れていた足はいつの間にかほとんど再生し、今は両足で地面を踏み締めて立っている。
喪われし神々がそういう権能を持っているのも知ってはいたが、確か『
それに彼女から放出されている神秘の量も、もはや致死量とでも言うべきレベルだ。 彼女にとって神秘の放出は、文字通り自身の命を削る行為。あの状態なら、持って5分と言ったところか。
本来はそうならない為のリミッターがあるはずなのだが、どうやらさっきのネーメズィスとカイザーによる攻撃で完全に外れてしまったらしい。
つまり、今の彼女の状態を言い表すなら──
「──『暴走』……と言うべきでしょうか?」
そう呟く黒服の視線の先で、少女の咆哮が空へと轟いた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
私はキヴォトスに来てから、様々な事を知った。みんなが当たり前のように銃を持ち、そして当たり前のように銃撃に耐えれること。一般市民でさえ、護身用としてグレネードを携帯していること。そして生徒の頭上に浮かぶ、ヘイローと呼ばれる天使の輪のこと。
外の世界とは違う事象の数々に、私は驚きながらも適応していった。今ではすっかり、キヴォトスで生きる常識が身についたとも思っている。でも今目の前で起きている状況だけは、その理解の外側の出来事だった。
⟬「────────────!!!!!」⟭
悲鳴か、絶叫かも分からない。まるで獣の雄叫びのような声が、アビドス砂漠に響き渡る。その声の主は、焼けこげた地面に佇むの天使の少女。彼女の頭上には変質した赤いヘイローが浮かんでいる。
その少女は先程まで死にかけていたはずだ。PMCの部隊を相手に果敢に立ち回り、突如現れた赤い光に貫かれ、その後に集中砲火を受けた。彼女のタフさは知っていたが、それでも致命傷だと思った。
……だが、彼女は再び立ち上がった。
世の理から外れた力を携えて。
「……アロナ。状況の報告をお願い」
目の前で繰り広げられる戦闘を見つめながら、私は相棒へと静かに呼びかける。すると手元の『シッテムの箱』が点灯し、どこからか困惑したような声が聞こえてくる。
《はい、えっと……。まずカイザーの部隊ですが、今まで確認された戦力は、予想される総戦力の45%。そのほとんどが、セキさんによって破壊されています》
アロナの言葉通り、カイザーの部隊は悲惨な状況だった。セキの強襲の対応に出てきた部隊は、そのほとんどが返り討ちされて壊滅。基地の防衛のことも考えれば、これ以上の戦力は出せないだろう。
《シッテムの箱》の支援なしでこれなのだ。以前の前哨基地やアビドス高校防衛戦の時とは比較にならない戦闘力。それが自分を顧みない無茶な戦い方によって実現しているというのは、なんとも複雑な気分だ。
そしてその戦い方の極地が、今のセキの姿だった。
《セキさんは……。はっきり言って分かりません。バイタルのモニタリングもできませんし、戦闘支援システムの接続も受け付けません。でも……。あれはまるで、『暴走』しているような……》
アロナの語るように、今のセキの姿は異質そのものだった。ヘイローの変質、負っていた傷の完全治癒。それに加え、体から炎のように噴き出る藍い霧に、突如現れた藍いバリアのようなもの。その姿は明らかに常軌を逸している。
ただそれでも、『セキが苦しんでいる』……それだけは確かだった。さっきから悲鳴のような
なら私のしなければいけないことは決まってる。ヘルメット団のみんなの、そしてシロコの願いに応える。そのためにも、私は目の前の生徒を救わなければいけない。
しかしそれを実行に移そうにも、私の思考はそれを躊躇っていた。
「カイザーの部隊が邪魔。私の身体が邪魔。あとはセキ次第か……」
懸念点は主に3つ。1つ目はカイザーの展開している部隊。あれがずっとセキを攻撃しているせいで、私が迂闊に近づけない。しかしこれは、アロナのドローンで撹乱すれば解決する。だが2つ目の懸念点が、その選択を取れなくしていた。
2つ目の懸念点。それは私だ。キヴォトス外の私の身体では、戦車の砲撃一発で吹き飛ばされてしまうだろう。そのためにもアロナの『
よしんばこの2つの懸念点をクリアしても、最後の懸念点……セキのあの状態が関わってくる。あの状態についてはまだ情報が足りないが、仮に近寄るだけで危険な状態だとしたら?さらに言えば、もしこちらを攻撃してきたら?
「……最悪、カイザーとセキを同時に相手しなきゃか。心臓に悪いどころの話じゃないね」
しかし、悪態をついたところで状況は変わらない。いっその事『防壁』を切ってドローンの電磁バリアに頼るという手もあるが、『防壁』ほどの防御は期待できない。かと言って、このまま手をこまねいてても埒が明かない……。最悪急所さえ外れればいいから、最低限の防御で突っ込むのもアリか。
「先生!!」
そんな時、背後から私の名前を呼ぶ声がした。振り返ってみるとそこには先に学校に戻っていたはずの砂狼シロコの姿があった。
「シロコ!?先に戻ってって言ったのに」
「ん!でも、
急いで走ってきたのか、少し息を切らしながら喋るシロコ。しかしその言葉は途中で不自然に途切れた。その視線は私にではなく、私の背後────すなわち、変わり果てた姿のセキへと注がれている。
「あれは……セキ?」
「……ごめん。私が間に合わなかった……」
シロコの疑問を、謝罪の言葉と共に肯定する。本当はああなる前に助けたかった。想定外の事態が重なったとは言え、もっと私の判断が早ければ……。彼女をここまで追い詰めることにはならなかった。
「……でも、今ならまだ間に合う。……違う?」
しかし、シロコは前を向いてそう言った。その視線は変わらず、セキの方へと向けられている。きっとシロコの中では、どうにかしてセキを助けようと色んなことを考えているのだろう。その姿に私は静かに胸を打たれた。
そうだ。まだ彼女は終わってない。なら私にはまだやれることはあるはずだ。謝罪や言い訳をする時間があるなら、一分一秒でも早く彼女を助け出す。その事に心血を注ぐべきだ。
「……そうだね。泣き言はあとにしよう」
そう言葉にしながら、私は改めて作戦を練り始める。と言っても、さっきの作戦を流用したものだ。シロコが協力してくれるなら、さっきの懸念点の大半が解消されるだろう。しかしその分、新たな問題が出てきた。
私は今、一応「覆面水着団のクラウン」としてここに居る。それは「シャーレの先生」という立場を偽り、アビドス高校とこの一連の戦闘の関連性を断ち切るためだ。
しかしシロコが介入してしまえば元も子もない。さらにその事実を利用して、カイザー圧力をかけてくる可能性もある。それを防ぐためにも、どうにかしてシロコの素性を誤魔化したいが……。
「シロコ、顔を隠すものとかある?」
「……ん!!」
私の問にシロコは力強く頷くと、ゴソゴソと制服のポケットを漁り始める。そしてその中から見覚えのある青い覆面を取り出すと、それを頭に被ってからグッとサムズアップを送ってきた。
「……OK、ならそれで行こう」
この際、なんで持ってるのかはツッコまない。実際他のものよりその覆面を被った方が、色々と都合が良さそうだ。欲を言えば制服の方も隠したかったが、そこは砂煙等で誤魔化せることを祈ろう。
「……あとは、タイミング次第かな」
そう言葉を零しながら、私はセキの方へと意識を集中させる。介入のタイミングを逃さないように、彼女の些細な変化を見逃さないように。私たちは戦いの成り行きを見つめていた。
『生きなさい』
その声は突然、私の頭に響いてきた。耳も聞こえない、身体の感覚もない。なのにその声は、変わらず私に何かを訴えかけてきている。
『生きなさい』
生きなさいって……。
どうやって生きればいいの?
私は守れなかった。
居場所も、大切な人も、自分の在り方も。
そんな私に、あなたはどう生きろって言うの?
『生きなさい』
……そう、答えてくれないんだ。
まぁ多分、私の身体はもう死んでるでしょ。
両足とも使えないし、確か腕は折れてるし。
あの時は意識がボヤっとしてたけど、感じた痛みや熱は確実に私の命を削っていた。
……やっぱり、私は負けたんだ。
改めて認めると、どうしようもなく悲しいね。
最初から無理だってわかってた。あの変な光の柱がなくても、きっとカイザー全員を潰すなんて無理だった。そこだけはあのカイザーの理事さんの言う通りで、少し悔しいけど。
でも、後悔はしてない。
私はちゃんと『守れた』から。
私が倒した敵が、これ以上みんなを傷つけることは無い。私一人で、どれくらい潰せたかな?でもきっと、あの時傷ついたみんなの復讐は果たせたと思う。私の命1つとのトレードなら、まぁ悪くないんじゃないかな。
後はもう大丈夫。リーダー先輩が生きてる。きっと先輩なら、皆を正しく導いてくれる。私の命を拾ってもらった時みたいに。飛葉ちゃんも最初と比べてればとっても強くなった。私の代わりに、みんなの事を守ってくれる。
少し心残りがあるとすれば。こんな形で終わっちゃったことかな。みんなに救って貰った命だから、みんなの為に使おうと決めてはいた。命をかけて、色んな危険からみんなを守る。そうやって生きていこうとは思ってたけど……。
でも結局、私は守れなかったから。だからせめてもの贖罪として、カイザーに特攻をかけてみたわけだけど……。まぁ結果はこの通り、変なやつに邪魔されて、おじゃんになっちゃった。
『生きなさい』
……しつこいなぁ。私の役目は終わったんだってば。これ以上、何のために生きればいいの?
ヘルメット団のみんなのため?
役目も果たせない私が居ても意味ないよ。
代わりの案も出せないなら、ちょっと黙ってて欲しいかな。
『生きなさい』
『誰かの為じゃない』
『あなた自身の願いのために』
そう聞こえた直後、私の視界が一気に白く塗りつぶされる。そして徐々に世界が彩りを取り戻すと、そこはさっきまで戦ってたカイザー基地の目の前だった。
天気も周りの景色も、特に変わった様子は無い。さっきまで戦ってたカイザーの兵隊たちも、変わらず私を取り囲んで空爆や砲撃で攻撃しようとして……いや、
状況は一切変わってない。
変わったのはそう……私の方だ。
まずカイザーの攻撃が、一切私の方に届いてない。私の前に現れた、八角形の藍いバリア。それがカイザーの攻撃を全部受け止めていて、私は棒立ちなのに無傷のままだった。
……そう、無傷。
さっきまでの戦闘で傷だらけの身体も、いつの間にか元通りになってる。刺されて光に焼かれた足も、今まで負ってきた体中の痣や傷痕も消えていて、まるで最初っからそうだったみたいに綺麗な肌に戻っていた。
それに体が動かない。いや違う……、感覚がないんだ。指先から翼に至るまで。痛みも、冷たさも、熱も。私の身体は、もう何も感じない。その代わりに胸の奥の方だけは、トクトクとあたたかい熱を発していた。
すごい。原理は分からないけど、これが私の力なんだってことは直感で理解できた。よく分からないバリアに、これまたよく分からないけど全快した身体。前に飛葉ちゃんが教えてくれた、『強くなってニューゲーム』ってやつかな?
体を動かせないのが難点だけど、そこは周りにばら撒かれた滞留神秘で補える。それに何も感じないなら、痛みで心が折れることは無いよね。
『あなた自身の願いのために』
さっきあの声が言ってたことを思い出す。この力を使って、願いを叶えてみろってことかな?
私の願い。私自身の願い……。
そもそも私は、なんで戦ってたんだっけ?
そうだ、思い出した。
私はただ、証明したかったんだ。
記憶も何も無い、空っぽな私だから。
貰ってばっかりの、手のかかる私だから。
だから、守ろうとしたんだ。
居てもいいよって、言って欲しくて。
でも私が弱いから負けた。
弱いから守れない……そう思ってた。
でも、こんな力があるなら……!
私はもう一度、証明できる!!
「私だけの!!
心の底からそう叫ぶと同時に、正面に展開していたカイザーの部隊が左右に分かれた。片方は戦車と複数の歩兵部隊、もう片方は攻撃ヘリ2機編隊。両方ともバリアの裏をかくように回り込んでくると、そのまま重厚な音と共に砲弾を撃ってくる。
「あっは!!無駄だよ!!」
それを見て両手を伸ばせば、その先の空間に藍い障壁が現れ、攻撃を全て防いでくれた。その後に続く銃撃や爆撃も、全てがバリアに防がれて意味を成さない。その間も正面から攻撃されてるけど、どのバリアも未だに割れそうな感じはしなかった。
でも多分、バリアの使い方はこれだけじゃない。そのままヘリの方へと向き直ると、私は両手を前に突き出して、空中で力を込める。すると攻撃を防いでいたバリアの手前に、もう1枚新しいバリアが現れた。
「……せぇのっ!!!!」
そして力を込めていた腕を押し込むように動かせば、バリア同士が反発し合って、奥のバリアが勢いよく吹き飛んでいった。飛んでったバリアは勢いそのままヘリに激突し、2機とも吹っ飛ばされて堕ちていく。やっぱり、このバリアは攻撃にも使える。
それを傍目に背後へと振り返れば、そこには相変わらず攻撃してくる戦車と歩兵の姿が。どうやら動くつもりはないみたいだから、私は両手を掲げて戦車の上に2枚のバリアを生み出す。あとはさっきと同じ。反発して押し出されたバリアに潰されて、戦車やオートマタは軒並みぺちゃんこになった。
「……あっは、あはははっ!!すごい!すごい!!すごい!!!」
あれだけ手間のかかった敵を、こんなにあっさり倒せるなんて!
これなら、どんな敵だって倒せる!
どんな時だって守れる!!
「これなら…….どんなやつが相手だって!!」
次は正面の大部隊を睨みつけながら、私は目の前の空間に意識を集中する。すると周りの霧が一気に集まってきて、チカチカと光る砂粒のような形になった。さらに意識を集中させていると、その光を囲うように小さなバリアいくつも現れる。
すると最初はふわふわと漂っていた光が、バリアの反発力で徐々に形を変え始める。そしてそのまま圧力をかけ続けていると、光は十字架みたいな形になって、淡い熱を放ち始めた。
「…….綺麗」
瞬いてる光の温かさと美しさに、思わずそんな言葉が漏れる。多分これで完成かな。あとはこれを目の前の部隊にぶつけるだけだ。
カイザーも私の目論見がわかったのか、散り散りに部隊を退却させている。でも、絶対に逃がさない。あいつらさえ倒せば、私の証明は終わるんだから。
……そう、これでまた証明できる。
私はみんなを守れる。居てもいいってことを。
そう思ってた、矢先の事だった。
ガコンッ!!
何かの電源が落ちる音と共に、目の前の藍いバリアが霧散する。バリアだけじゃない。集まっていた光も、ばらまいていた滞留神秘も、全てが蜃気楼のように揺らめいてから消えていった。
そして私が何が起きたか理解する前に、私の身体もグラりと体勢を崩して倒れ込む。未だに感覚はないから痛くは無いけど、滞留神秘が無いから上手く身体を起こせない。
「なんで……。動いて……動いてよ……っ!!」
どうにか立ち上がろうと力を込めるけど、私の身体が浮くことはない。腕も、脚も、翼も。どれだけ動けと命令しても、まるで虚空を掴むように手応えがない。
何とか眼だけで辺りを見渡すと、そこには逃げていたカイザーの部隊がまた集まっていて、その銃口を
…………いやだ。
いやだ いやだ いやだ……!!
いやだ いやだ いやだ いやだ いやだ!!!
私はまだ、証明できてないのに!!
せっかく証明できる力を手に入れたのに!!
こんな所で終わりなんて……いやだ!!!
でも、もうどうしようもない。唯一動くのは眼だけで、身体は何も感じない。それに視界の方も、だんだんと霧がかってきた。薄れる意識をどうにか繋ぎ止めようとしても、私には止める術はない。
「撃て!!今度こそトドメを刺せ!!」
理事のその声を皮切りに、再び数多の砲声が轟く。戦車が、ヘリが歩兵の銃が。けたたましい音と共に殺意の塊を吐き出している。その狙いは、もちろん私。身動きの取れない私に向けて、攻撃は容赦なく降り注ぐ。
──そう思っていたのに、攻撃は1発も私に届かなかった。
ジジジジジジジジジジ・・・
轟く砲声の合間をぬって、羽音のような飛行音が聞こえる。その音の発生源を知りたいけど、視界はもう殆ど見えない。かろうじて見えたのは、私の前に立ち塞がる白い何かだった。
それが何かわかるよりも先に、視界がまた暗闇に覆われる。とうとう見えなくなったのかと思ったけど、しばらくすると目線が少し上に上がった。どうもさっきの暗闇は人影だったみたいで、その証拠に遠ざかっていく景色と、風になびく青いマフラーが映った。
「……シ……ロコ……ちゃん……?」
そう問いかけても、答えは返ってこない。いや、もしかしたらもう聞こえないのかもしれない。頑張って保ってたけど、私の意識ももう限界が来た。
視界が徐々にブラックアウトする中、私の心にどうしようもない悔しさが込み上げてくる。
まだやれるのに……まだ……戦えるのに……。
そう心の中で呟くも、それが言葉になることはなかった。
『先生!!セキの回収終わった!!』
「わかった!!シロコはそのまま離脱!!私と合流して撤退するよ!!」
シロコからの報告に、私は短く指示を出す。
とりあえず、間一髪でセキの救出に成功したみたいだ。カイザーの攻撃に介入するのは一か八かの賭けだったが、シロコの手際の良さと、アロナの完璧な介入タイミングのおかげで賭けに勝てた。
しかし、喜んでいる暇はない。セキを背負って離脱するシロコを守りながら、自分も撤退しなきゃいけない。しかも戦闘のプロであるカイザーPMCを相手にしながらだ。全くもって気が抜けない。
それを示すようにシロコとセキを狙う攻撃は激しさを増している。攻撃は全て防衛型ドローンの電磁シールドが受け止めているが、それもいつまで持つかは分からない。そう考えていたところで、PMC兵の放ったロケット弾がシールド諸共ドローンを吹き飛ばした。
《2番機損傷!電磁シールドシステムダウンです!》
こちらに報告しながら、アロナがドローンの体勢を立て直している。吹っ飛ばされた機体はスパークを散らしながらも、なんとか飛行を続けている状態だ。おそらく被弾の直前で、アロナが地面に叩きつけられないよう調整したのだろう。
「動かせるなら大丈夫!!1番機のシールドでシロコを守って!!」
アロナに次の指示を伝えつつ、自分も撤退準備を整える。アロナのおかげで、シロコ達は無事にこちらに向かいつつある。このまま行けば、ドローン1機でも十分守り切れるはずだ。
それにカイザーもどうやらこれ以上追ってくる様子はない。このまま行けば、無事にセキを救出できる。そう思っていた矢先に、離脱するシロコ達の背後で巨大な砂柱が立ち上った。
────その中から姿を表したのは、さっきまで沈黙していたはずの黒い触手だった。
「……クソッ!カイザーめ。さっきから追撃してこないのは、こいつが復活したからか……!!」
もうすぐ逃げれるというこのタイミングで……、まさに最悪の状況でやつは再起動してきた。だが、全てが悪いことでは無い。なぜならさっきとは違って、現れた触手は1本だけだからだ。
しかし、それでも今の状況ではカイザー以上の脅威であることには変わりない。再起動したそれはさっきと同じようにうねった後、すぐに獲物を──セキを背負って逃げているシロコの方へと一直線に向かっていく。
《先生!!さっきの触手が再起動!シロコさんたちに向かっています!!》
「こんな時に!!アロナ!ドローンは間に合う!?」
《ダメです!!1番機はカイザーの部隊を引きつけるのに手一杯で!!》
……万事休すか。今のシロコじゃ、迎撃も回避も無理だ。シロコもその事がわかっているのか、額に汗を滲ませながら徐々に走る速度をあげていく。
だが触手にとってその程度の変化は些細なことのようだ。触手は鈍色に煌めく黒腕をしならせると、一瞬でシロコ達の背後へと追いついた。そしてその腕を天高く振り上げると、そのまま叩き潰す勢いで振り降ろした。
「シロコッ!!!セキッ!!!」
私の叫びが届くよりも速く、巨大な触腕が2人に迫る。もう回避も妨害も間に合わない。それでも何とか2人を救おうと、私は必死に腕を延ばす。
シロコも背後からの攻撃を避けるべく、振り返って触手の位置を確認する。しかし彼女は見てしまった。その触腕の太さを、その一撃の"重さ"を。コンマ数秒後に自分に訪れる結末を悟り、その瞳が絶望と恐怖に染まる。
────パリ……パリパリ……ッ!!
だが何かが弾けるような音が聞こえた直後、シロコの視界を青白い光が焼き尽くした。その光はいきなり天から落ちてきて、シロコ達へと迫る触手に直撃する。
バゴォン……ッ!!!!
轟音が周囲に轟くと同時に、シロコへと迫っていた触手が力なく地面へと横たわった。その衝撃に驚いたシロコがバランスを崩しかけたが、何とか体勢を立て直して無事にこちらと合流した。
「先生……今のって……」
その言葉に、私は静かに頷く。シロコはきっと分からなかっただろう。落ちた位置が近かったうえに、その光を直で見てしまったから。
でも私は違う。シロコ達に比べて少し遠かったから、何が起きたがはっきり見えていた。あの触手に何が直撃したのか。それは一瞬のうちに天から降ってきた、青い電撃の矢だった。
それは一般的に『落雷』と呼ばれる自然現象だ。
雲ひとつない快晴で、何の予兆もなく発生したことを除けば……だが。
ゴァ"ォォォォォォォォン……ッ!!
遠くの空から、唸るような遠雷の音が聞こえてくる。それからはまるで生き物のような……、『怒り』とも取れる感情を感じたような気がした。
「……ともかく、早く離脱しよう。どうやらカイザーも、ちょっと混乱しているみたいだ。この機に乗じよう」
「ん……わかった」
私もシロコも、疑問に思うことは沢山ある。あの触手は何なのか、さっきの落雷はたまたまだったのか。しかし今はそれらの疑問を飲み込みながら、私たちはセキを連れて急いでその場から離脱するのだった。
その後、セツナ達は何事もなく砂漠を歩いていた。あの落雷以降触手は起き上がることはなく、カイザーの追撃もない。おかげで適度に休憩を挟む余裕もあり、さっきの戦闘で消耗した体力もかなり回復させることができていた。
「……う…………うぅ…………」
しばらく歩いていると、シロコの背中から微かに呻き声が聞こえてくる。それに気づいたシロコが視線を向けると、目の前で背中のセキのヘイローがゆっくりと灯りを取り戻していく。
「先生。セキが起きた」
先を往く大人に声をかけながら、シロコはセキをゆっくりと地面に下ろした。意識が戻ったセキはしばらく混乱していた様子だったが、心配そうに見下ろすシロコと目が合うと、驚いた様子で目を見開いていた。
そんな彼女に、シロコはあるものを差し出した。
「これ、セキの持ってた銃。落ちてたから、一緒に拾ってきた」
それは、セキの愛用していた2挺の銃。使い込まれたカスタムライフルと、少し汚れた綺麗なハンドガンだった。セキは無言でその2つを手に取ると、そのまま力なく項垂れる。
「セキ、大丈夫かい?」
駆けつけたセツナが、項垂れるセキへと問いかける。彼女のヘイローは光を取り戻したが、未だにノイズのような明滅を繰り返している。
先の変質の事といい、彼女の容態は分からないことの方が多い。だからこそ、セツナはその"眼"でしっかりと状況を把握しようと勤めていたが……。
「セツナ……先生……」
ポツリと、セキが言葉を零す。
その言葉は、痛いくらい震えていた。
しかしそれは、不調によるものではなく────
「……なんで、私を助けたんですか……っ!」
溢れんばかりの、怒りの発露によるものだった。
「セキ……?」
「なんであのまま戦わせてくれなかったんですか!!まだ敵はいっぱい居たのに!!私はまだ戦えたのに!!」
困惑するセツナ達に対し、セキは顔を上げながらそう怒鳴る。その
「やっと守れると思ったのに……っ!やっと証明できると思ったのに……っ!!しかもシロコちゃんを連れてきて!!せっかく勝てそうだったのに……っ!!」
「……セキ、勝負はもうついてたよ。仮に戦い続けたとしても、あのままじゃ君の方が先に──」
「うるさい……うるさいうるさいうるさい!!!!!」
セツナの言葉も煩わしいのか、セキは苦しそうに頭を振った。「うるさい……うるさい」と、自分に降りかかる全てを拒絶しながら。
「先生も……、先生まで私の邪魔をするんですか……!!?私も生徒だから……助けてくれるんじゃなかったんですか!!!!」
「違うよ、セキ。助けたいから私は──」
「何も違いません!!助けたいんだったら、そのまま何もしてくれない方が良かった!!シロコちゃんも、先生も!!」
それは、セキの本心だった。あのまま戦わせて欲しかった。私に証明させて欲しかった。でも目の前の2人が、その機会をいきなり奪っていった。
しかも片方は最後まで信頼していた大人で、もう片方は自分にとって羨望と嫉妬の象徴だ。それが自分のしたいことを妨害してくる。ならもうセキにとって、彼らは"邪魔者"でしかない。
「邪魔をするんだったら……容赦はしません……っ!!あの戦いは、私の
その言葉と共に、セキの雰囲気が一気に変わる。重苦しい怒りはそのままに、その中に2人を射抜くような敵意が混ざっている。その様子から、この後セキが何をするつもりなのかが容易に想像できた。
「先生、下がってて」
「シロコ……?」
その気配から察したのか、シロコがセツナに下がるよう促す。そして手元の愛銃の状態を素早く確認すると、目の前の天使と静かに向かい合う。
「あの子と、話がしたい」
そう語りながら、シロコは銃の
ジリジリと皮膚を刺すような敵意を滲ませて、その口からはボトボトと呪詛を零しながら。絶望に染まった顔で、セキもシロコと相対していた。
「全部……全部……ぶっ壊さなきゃ……。邪魔になるもの……全部……全部!!!!」
「……ん、させない」
顔を上げたセキの敵意に満ちた眼と、それを見つめるシロコの決意に満ちた瞳が静かにぶつかる。そして両者が互いに銃口を向けると、2つの発砲音が同時に響いた。
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▽天守セツナ
結構自分の命を軽く見てる。
だが無責任に死ぬことはしない。
▽砂狼シロコ
呼ばれるべくして呼ばれた子。
ついに"あの言葉"と向き合う覚悟ができた。
▽門守セキ
『奇跡』にも『贖罪』にもなれない。
ただ壊すことしかできない子供。
あとがき
アロナ「アイドルマリーさん復刻ですね」
先生「いやぁ……30連じゃキツイかなぁ」
アロナ「じゃあ負けちゃう?」
先生「勝つさ(特大フラグ)」
次回 第25話 「私たち」
「もうこれ以上……私から奪わないでよ!!!!」