Blue Archive 〜藍の外典〜 作:roimi_mark2
Please hear me I want to tell you
〜お願い、聞いて。伝えたいことがある〜
Please sing to me I wanna hear your voice
〜唄ってくれる?あなたの
ーAimer 「Re I am」よりー
運命とは、一体何なのだろうか。
彼女たちは結ばれる運命だった。人の出会いは運命で決められている。意中の人を指す言葉に、運命の人というものもある。そしてその用法の多くは、概ね好感のあるものとして扱われていた。
なら、これも運命だったのだろうか。
門守セキと砂狼シロコ。同じように居場所を守るために奮戦し、努力を重ねていった彼女たち。この2人が出会うことは、運命によって決められていたのだろうか。
もしそうなら、これほど残酷なこともない。
砂狼シロコは戦った。自分たちのたった1つの居場所を守るため。何度もヘルメット団を退け、便利屋68と接戦を繰り広げ、共にゲヘナ風紀委員会を打ち払った。
彼女は何度も戦った。そしてその度に、多くのものを手に入れた。
門守セキも戦った。自分のたった1つの居場所を守るために。何度も対策委員会と戦い、独りでマーケットガードを半壊させ、カイザーPMCの大部隊を単騎で殲滅した。
彼女は何度も戦った。そしてその度に、多くのものを失った。
守るべきもののために戦っただけなのに、何故ここまで違う結末となってしまったのだろう。
そんな彼女達が出会ったことも含めて、『そうなる運命』だったのだろうか?彼女達のどうしようもない"差"は、運命によって決定されていたのか。
2人が歩んだ過程は、何が違ったのだろうか。
それを問い質す戦いが、アビドス砂漠の辺境で繰り広げられていた。
ダダダダダダッ!!
静かだったアビドス砂漠に、5.56mmの発砲音が絶え間なく響く。シロコが放った弾丸はそのまま空気を裂いて進むと、回避行動を取ろうとしていたセキの胴へと立て続けに命中。被弾の痛みにセキの表情が歪んだ。
今のセキの状態は、はっきりいって満身創痍だ。死の淵を2回も彷徨ったせいか、いつもの神秘を用いた索敵すらままならない。それでも『シッテムの箱』の支援を受けていないシロコと互角に渡りあえている。だがやはり、普段よりも繊細さを欠くその動きは、セキの体に何度も被弾を許していた。
……でも、彼女は止まらない。未だ痛む背中の翼を大きくはためかせて跳躍すると、そのままシロコの方へと突撃する。それを見たシロコが咄嗟に腕をクロスさせると、そのど真ん中にセキの飛び蹴りが叩き込まれた。
「……っ!!」
「……チッ!」
攻撃が防がれたことに苛立つセキ。仕切り直しとばかりに一度足に力を込め、蹴り飛ばした反動で距離を取る。そして武器をハンドガンに持ち替えて突撃しつつ、逆袈裟斬りの要領で9x19mmパラベラム弾を放った。
それに対しシロコは回避を選択。素早く左に跳んで攻撃を避けるも、回避しきれなかった弾が右足に直撃する。着地の寸前だったためバランスを崩しかけるシロコ。それを逃さずセキが急接近し、持ち替えたライフルのストックを勢いよくシロコへと振り下ろす。
ガキンッ!!!
金属同士のぶつかる硬い音が響く。セキの振り下ろしたストックは、横に構えられたライフルによって受け止められていた。セキはそのまま振り抜こうと力を込めるが、シロコも押し返して鍔迫り合いへともつれ込む。
「シロコちゃんは良いよね」
拮抗状態が続く中、唐突にセキが口を開いた。
「私たちヘルメット団に、便利屋に、風紀委員会に。色んな大変なことに立ち向かって、良い結果を手に入れてる」
その口調は落ち着いたものだったが、振り下ろされた銃越しに覗く瞳は、明確な怒りの色が宿っている。今までにないほど敵意を滲ませるその瞳を、シロコは正面から睨み返していた。
「君は居場所を守れた。それでいいじゃん。なんで私の邪魔をするの」
そう問いかけるセキに、シロコは冷静に言葉を返す。
「それは、セキの事をほっとけないから。君と私は同じ、だから1度話を──」
「っ!!同じ!!!??……同じなわけない!!!!」
言葉を続けようとしたシロコ。しかしそれを遮るように、セキの痛ましい絶叫が響く。
「だったら私は、なんで守れなかったの!!?なんで君と違って、自分の大切なものを奪われなきゃいけなかったの!!」
その絶叫を皮切りに、セキの攻撃がより激しくなった。振り下ろした銃を思いっきり横に振り払い、無防備になったシロコの土手っ腹にハンドガンで銃撃を叩き込む。
「ぐぅ……っ!!」
連続して襲ってくる衝撃に、シロコから苦しげな声が漏れた。たたらを踏むシロコに、セキの足が横薙ぎになって襲いかかる。
それを後方に飛んで回避するシロコだったが、セキは間を開けずに距離を詰めてくる。シロコが体勢を整えている間にハンドガンをホルスターに収め、空いた手に力を込めてシロコへと殴り掛かった。
バシッ!という音が鳴り、シロコの両手がセキの拳を受け止めた。受け止めたその手はふるふると震えていて、彼女の抱えているものをダイレクトにシロコへと伝えている。そして再び膠着状態へと陥る中、セキは吐き捨てるように言葉を漏らす。
「それに言ったよね!前哨基地に来た時に、『なんでそんなにも戦うの』って!!」
その言葉で思い浮かぶのは、かつての戦い。ヘルメット団の前哨基地を攻めようとした対策委員会と、足止めに来たセキが戦ったあの日のことだ。
あの時、セキはボロボロになっても戦うことを辞めなかった。それに対して、シロコは確かに問いかけた。「なんでセキはそこまで必死なの?」……と。
「シロコちゃんなら、わかってくれると思ってたんだけど……」
悲しそうにそう返したセキの姿も、はっきりと覚えている。
「私と同じならわかるよね!?でもシロコちゃんは分からなかった!!それなのに同じだなんて言わないで!!!!私のことを、わかったように言わないで!!!!」
止められた拳を振りほどきながらセキは叫ぶ。「あなたと私は同じ」。その言葉はかつてセキが期待していた物。そしてシロコ自身に否定された物だ。
自分たちは鏡写しだった。生まれや境遇は違うけど、守りたい場所のために戦ってきた。時に勝ち、時に負け。多くの引き分けを経験して、自分たちは強くなっていくんだと。
……そう思っていた。でも、そうはならなかった。
「シロコちゃんは十分勝った!!私たちにも、便利屋にも、風紀委員会にも!!でも私は奪われた!!!償いの場も、勝利も、価値も、居場所も……生きる意味も!!!全部全部……全部っ!!」
自分たちは違ったのだ。この状況こそがその証拠だ。 セキは負け続け、ついに全てを失った。でもシロコは勝ち続け、多くのものを手に入れた。そんな相手に……、自分よりも多くのものを得てきた
それは耐え難い屈辱だった。
「だったら!!1つくらい私にもちょうだい!!これ以上……私から奪わないで!!!」
これ以上自分が存在する『意味』を奪われまいと、セキは攻撃の手を緩めない。ライフルに備えられた発射機にグレネードを詰めて、シロコの動きを止めるように発射する。爆発で舞った砂埃が煙幕の代わりになり、それが攻撃の起点となる。
だが既に体はボロボロだ。自慢の翼は動かす度に悲鳴をあげ、両腕からは骨が軋むような嫌な音がする。擦り傷だらけの足は踏みしめる度に痛みを訴えてきて、絶え間なく繰り出す攻撃は徐々にキレや鋭さを失っていく。
何よりも、心がもう限界だった。自分が失ってきたものに押し潰されて、彼女の心は破裂寸前だ。その悲鳴を聞かないように耳を塞いでも、今の彼女には否応なく聞こえてしまう。弱く脆い、脆弱な自分の声が聞こえてくる。
「……こんなことになるなら!私の想いは、全部無駄だったの!!?生きてて良いって思うのは、こんなことをされるくらい悪いことなの!!!?」
悔しさで顔を歪ませながら、セキはそう問いかける。彼女はただ、生きる理由が欲しかった。居てもいい理由が欲しかった。ただ、それだけだった。
命を救ってもらったから、救ってもらった人を守るために命を賭けて守る。それこそが自分の生きる理由だと、そう思っていた。
しかし、それももう失われてしまった。生きる理由も、守るべき信念も何もかも。自分が弱いせいで失った。そしてついには、償うチャンスさえも奪われてしまった。
これはもう贖罪でもなんでもない。ただ自分の運命を呪う少女が、
「私は勝たなきゃダメなの!!みんなの為にも、私のためにも!!だから……私に勝たせてよ!!!!」
ぐちゃぐちゃになった心情を吐き出しながら、セキは今一度攻勢をかける。射撃でシロコの視線を誘導しながら、その足元にグレネードを投げ込んだ。それが爆発したのを合図に上空へと飛翔し、空から2挺の愛銃を乱射する。
しかし、砂煙の晴れたその場所にシロコの姿はなかった。
「なん──痛っ!!」
ダダダダダダッ!!
言い終わるよりも先に、銃声と共に背中に激痛が走る。撃たれた方を見ると、そこには砂漠を走るシロコの姿が。爆発をもろに食らったのか傷は増えているが、悠々と弾倉を交換する余裕はあるようだ。
きっと以前のセキなら、最後の追撃も当てられただろう。爆発で目眩しされても、神秘による索敵で即座に位置を特定して追撃に移れていた。しかし今のセキは……。
「なんで……なんでッ!!!!」
内側から聞こえてくる声を掻き消すように、セキはシロコへと突撃する。それを見たシロコからの銃撃も意に介さず、彼女はライフルを握る左手に力を込めた。
きっとこれが、最後の攻撃だ。もう何もかも限界だった。傷だらけの体も、ボロボロの心も。もうこれ以上頑張れない。
それにもう、自分の声を無視できなくなっていた。心の声が、この状況が、自分の弱さを嫌なくらい突きつけてくる。
「……っ!!私は強い!!私は守れる!!私は……門守セキだからっ!!!」
笑う門を守る、『奇跡』の子。
自らの名に込められた想いを、今一度強く意識する。弱い自分を振り払うため。そして、目の前の
右手のハンドガンを発砲しながら、密かに左手のライフルを再び持ち替える。ハンドガンを撃ち尽くしたらそちらの方も持ち替えて、銃床で殴りつけるように
それと同時に、セキもハンドガンを手放す。まるで落としてしまったように見せかけつつ、セキは左手に握ったライフルを横薙ぎに繰り出した。フェイントに引っかかったシロコの横顔に、ライフルのストックが迫る────
────その寸前で、シロコの右手がそれを止めた。
「知ってる」
セキの瞳を見つめながら、シロコはそう呟いた。渾身の一撃を止められたことに驚くセキ。その数秒にも満たない間にシロコは体を捻ると、無防備なセキの胴体へ回し蹴りを叩き込んだ。
「っ……かは……」
乾いた声を漏らしながら、セキの体が砂地を転がる。完全に意識外から飛んできた攻撃は、セキの痛いところを的確についていた。それでも何とか体勢を立て直そうと、セキは体を起こそうともがく。
しかし、身体は既に言うことを聞いていなかった。どれだけ腕に力を込めようと、這いつくばった体が動くことはない。それでも何とか立ち上がろうと足掻くセキの耳元で、誰かの声が静かに囁く。
もう十分じゃないかな……と。
「なんで……なんで……」
なんで、そんなことが言えるのか。何が十分だ。私はまだ、何もできてないのに……。
呪いのようにそう呟きながら、セキは身体を無理やり起こしていく。上体を起こし、翼を広げて、どうにか立とうと片足で地面を踏みしめる。そこまで動いたところで、彼女の体はピタリと動きを止める。
それがセキの限界だった。どれだけ強い意志を持とうとも、どれだけ痛みに耐えようとも。彼女の体はそれ以上動くことはない。
「なんで……私は……」
膝をつき、そう声を漏らすセキ。そんな彼女の元へと、シロコはゆっくりと近づいていった。シロコもまたボロボロだったが、セキと比べればまだ軽傷だった。
それが彼我の差を見せつけているようで、セキはシロコから目を逸らす。そんな彼女の前で、シロコも同じように膝をついた。そして痛みとやるせなさに体を震わせるセキに向けて、ポツポツと言葉を紡いでいく。
「ごめん。セキのことをわかってあげられなくて」
「ごめん。セキの気持ちに、気づくのが遅れちゃって」
「ごめん。セキをもっと早く、救ってあげられなくて」
それは謝罪だった。上辺だけのものじゃない、心からの言葉。シロコが言葉を零していくのを、セキは黙って聞いていた。
「セキは覚えてる?私が初めて、セキに負けた日のこと」
それは、ヘルメット団による3回目の襲撃があった時の事だ。その時のシロコは、セキを相手に勝ち越していた。だから心のどこかで、彼女には負けないとタカをくくっていた節があった。
だから、足元をすくわれた。シロコの動きを理解していたセキに翻弄されて、シロコはあっけなくやられてしまったのだ。その後の戦いとしては、ホシノの奮戦により対策委員会側の勝利で幕を閉じた。
でも、シロコにとっては"負け"だった。その日の夜は悔しさが込み上げてきてずっと眠れなかった。だからこそこの出来事は、シロコに敗北の記憶として色濃く刻まれている。それと同時に、今のシロコを形作る転機でもあったのだ。
「だから私も頑張った。セキの動きを見て、セキの癖を見て、どうやったらあの強さになれるのか。ずっと考えてた」
シロコの強さの根元には、セキがあった。彼女の動きを知って、次にどんな手を打ってくるか。それをしっかりと学びながら、シロコはセキとの戦いを繰り広げていた。
そこからは引き分けになることも多くなった。勝って、負けてを繰り返しながら、シロコは徐々に力をつけていった。傷を負うこともあった、苦しいと思うこともあった。でもそれでも、シロコはセキと戦うことを止めなかった。
その根底には、「この
「……私が強くなろうとしたのは、あの学校を守りたかったから。でもそれは、セキも同じだったんだよね?だから前哨基地の時も、ボロボロになってまで私たちを止めようとした」
セキがあの時発した言葉の意味を、今更ながら理解する。あれは間違いなく、シロコと同じだったからだ。
『自分のたった一つの居場所を守る』
あの場で2人が抱いていたもの。それは確かに同じだった。しかし当時のシロコは、それに気づくことができなかった。ヘルメット団と対策委員会。それぞれの所属が、敵という認識が、それを認めることを許さなかった。
その認識を壊したのは、ヘルメット団のリーダーによって語られたセキの過去だった。記憶を喪い、ヘルメット団に拾われ、我が子のように育てられた。その話を聞いて、シロコの認識は大きく変わったのだ。
「セキの昔の話を、リーダーの人から聞いた。私も
あてのない恐怖を、何も無い心細さを。
拠り所のある安堵を、愛情の温かさを。
シロコもかつて、それらを感じたことがあった。それらの経験を経て、今の砂狼シロコが居る。だからシロコはあの学校を守りたいと思ったのだ。
だから、奪われたセキの気持ちもわかる。もし自分が全部奪われてしまったら。もし自分が失ったものを、全部もってる人がどこかに居たら。きっとシロコも、その運命を呪っていただろう。
「……じゃあなんで、私を止めたの……っ!!」
シロコのその言葉を聞いて、セキが悔しそうに拳を握りしめる。その慟哭に、シロコは目を伏せながら答えた。
「……やっぱり、貴方は私だから。私が辛い目にあってるのを、私は黙って見てられない」
例え手に入れた結果が違っても、経験したものが違っても。他人とは言いきれない程、彼女たちはよく似ていた。
運命共同体とも、一心同体の片割れとも言えるような、不思議な2人。だからこそ、シロコは目の前で助けを求める
どれだけ否定されようとも、
「セキ、一緒に強くなろう。生きる意味を探そう。私と一緒に、自分の大切な物を全部守れるようになるまで」
その言葉を聞いて、セキがハッと顔を上げる。そこにはいつもの表情よりも柔和な笑みを浮かべたシロコが、セキに向けてその手を差し伸べていた。
「鏡写しの私たちだから、きっとできる。だって私は、そうやって強くなったから」
その言葉に、セキは見開いていた目を伏せる。そして次に開かれたその瞳からは、一筋の光が流れていた。そして震える手を伸ばすと、シロコの差し出したその手をそっと、優しく握った。
「私はこれからも強くなる。セキを見て、セキから学んで、セキを超えるくらい強くなる。だからセキも、私のことを見てて欲しい」
伸ばされたその手をしっかりと握り返しながら、シロコはそう宣言した。それを聞いたセキは少し顔を赤らめながらも、困ったように笑うのだった。
「……眩しくて、私には見えないよ」
シロコに支えられながら、セキがゆっくりと立ち上がる。どうやら身体のダメージも、動けるレベルまで回復したようだ。
それ以上に、もう彼女を苛む声も聞こえない。その代わりに、どこか満ち足りた感覚と、少しのむず痒さがセキの心を満たしていた。
「……ありがとう、シロコちゃん。やっと、欲しいものが手に入った気がするよ」
セキの言葉に、シロコは笑顔で頷く。
ようやく、2人の間に結ばれた因縁に決着が付けられた。小さなズレから始まった彼女たちのすれ違いは、様々な事件と出来事を経て、互いに理解し合うことで終わりを迎えたのだった。
「2人とも大丈夫?」
2人の様子を見計らって、今まで離れて見守っていた大人がやって来た。その手には救急箱のようなものが抱えられていて、どうやら不足の事態に備えていたようだった。
「ん、私は大丈夫」
「私も大丈夫です。どれもかすり傷で──」
「ダメ。セキはさっきから戦いっぱなしだし、血も流しすぎだからちゃんと手当してもらうべき」
「ひえっ!?シロコちゃん!?」
断ろうとしたセキを、シロコが食い気味に窘める。実際セキは1度完全回復したとはいえ、カイザーの前哨基地からずっと戦いっぱなしだ。見た目の傷は癒えても、中身までは回復してないだろう。
それに先程までのシロコとの戦いでも傷を負った。セキもそれがわかっているのか、その後はされるがままにセツナの応急処置を受けていた。
「……ごめんなさい、先生」
傷口の消毒をしているセツナに向けて、セキは申し訳なさそうにそう言った。それを聞いたセツナは1度だけセキの様子を伺うと、再び視線を戻して傷口の処置に専念した。
セツナはセキを助けたかった。だからシロコと共に、ピンチのセキを救出した。でも当時のセキにとって、その行為は邪魔でしか無かった。極度の強迫観念と絶望に染まったセキの頭では、彼の想いをちゃんと受け止めることができなかった。
今の冷静な頭で考えれば、あの時言った言葉はどれも間違いだった。助けてくれた人を邪魔者呼ばわりした。今思えば、どれだけ恩知らずだっただろうか。
「セキ。私からは一言だけ言わせてもらうよ 」
消毒を終えた傷口にガーゼを貼りながら、セツナはゆっくりと語り始める。
「別に守る必要も無い。誰かの役に立つ必要も無い。ただ、君が
それは、シロコとはまた違った答え。そして守ることだけが存在意義だったセキにとっては、全く考えたことのない初めての考え方だった。
「『生きなさい』。それが私やシロコ、ヘルメット団のみんなが願ってることだよ」
誰も、セキを失うことを望んでいなかった。伊佐波メイも、飛葉山ヨミも、ヘルメット団のメンバーも。シロコやセツナだって、彼女が消えることを阻止したかったから介入した。
ただ、その想いよりもセキの信念が上回ってしまった。それが今回の悲劇の遠因でもあった。でも今なら、きっとセキも理解するだろう。生きてて良い理由なんて、案外簡単で良いものなんだと。
「……はい!」
いつもの調子でそう返すセキを、セツナは優しげな眼差しで見つめていた。
「ありがとうございました。色々と迷惑をかけちゃってごめんなさい」
セキの応急処置が終わった頃には、辺りを夕日が照らしていた。セキの傷はあらかた処置したが、流石にちゃんとした治療はできないので、後日病院に行って検査する必要があるだろう。
「セキ。一応私の連絡先を渡しておくよ。何かあったら、いつでも連絡して」
「はい!ありがとうございます」
そう言ってセツナから連絡先の書かれた紙切れを受け取るセキ。前哨基地の時と比べれば、メンタルもだいぶ回復してきたようだ。だがそれでも、セキを取り巻く状況はあまり変わっていない。
「セキ。帰る場所はあるの?」
どこかへ去ろうとするセキを、シロコの疑問が引き止める。今のセキは、帰る場所がない。ヘルメット団の居場所はわからないまま。連絡のつくメンバーも、誰一人としていない。
しかもここは、アビドス砂漠のど真ん中だ。例え土地勘が良かったとしても、砂漠を歩いて抜ける体力が今の彼女にあるかはわからない。
「……わからない。でも、私は生きるって決めたから」
それでも、セキはそう言って歩いていった。その姿に前哨基地での彼女が重なるが、あの時と違って、前向きに進もうとする意志が見えていた。
「……帰ろう。先生」
「そうだね。まだやらなきゃいけない事が山積みだ」
セキの後ろ姿が見えなくなった頃。どちらともなくそう呟いた2人は、アビドス高校へと続く帰路へとついた。セキとの因縁に決着がついても、彼女たちの抱える問題は依然として悪意を放っている。
それらへの決着をつけるためにも、2人は気持ちを新たに前へと進んでいくのだった。
私は今日、証明するつもりだった。自分が居てもいいってことを。自分はまだ誰かを守れるってこと。その結果自分が死んじゃっても、その程度の人で終わったんだって思ってた。
でも、それを許さない人たちが居た。その人たちは私を止めて、新しい生き方を教えてくれた。そして手を差し伸べてくれた。
その時、私は初めて生きてても良いんだって思ったの。例え守れなくても生きてて欲しい。守れないなら一緒に強くなればいい。そう教えてくれた人達のお陰で、私はこうして生きている。
「……私って、生きててもいいんだ」
その事実を噛み締めるように、私は何度もその言葉を呟いていた。既に日は沈んで、お月様と星空が私のことを見下ろしている。砂漠の夜はとても寒いから、そろそろどこかで休まなきゃ……。
「……わっ!?」
そんな事を考えていたせいか、私は足元の段差に気付かずに足を滑らせた。ゴロゴロと転がる私の身体。今日はよく地面に転がってるな……なんて脳天気なことをボヤきながら、私は体を起こそうと力を込める。
「…………あれ?動かないや」
ただ、私の体は言うことを聞かなかった。正確に言えば、動きが鈍い。まるで体全体が鉛になったみたいに、とてつもない重さで私に何かを訴えかけてくる。
さっき休憩したばっかりなのに、もうバテちゃったのかな?……そういえば、今日はずっと戦ってたから、血が足りてないのかもしれない。今思えば、今日だけで2回も死にかけたから、身体の方が限界なのかもしれない。
喉もカラカラだし、お腹も空いた。それになんだか、眠たくなってきた。どんどん瞼が重くなってくるけど、私はどうにかしてそれを跳ね除けようとしていた。
「……いやだ。私はまだ生きたい……っ!」
そんな私を嘲笑うかのように、遠くから雷の音が聞こえてくる。砂嵐……もしくは雷雨かな。どちらにせよ、夜のアビドス砂漠との相性は抜群だ。対策してないと雨風で体温を奪われて、すぐに低体温症になってしまう。
ここで終りなんて ……そんなの、絶対に嫌だ!!
その一心で私は足掻いた。死にたくないと、必死に足掻いた。せっかく生きて良いって言われたのに、やっと自分のことをわかってくれる人に出会えたのに……っ!
もがく私を追い立てるように、雷鳴は勢いを増していく。私が思ったよりも、嵐はすぐ近くで発生してたみたい。
それでも尚、私は足掻き続ける。
そんな時に、その声は聞こえてきた。
「…………やっと見つけた」
聞き覚えのある、懐かしい声。それが聞こえてくると、鳴っていた雷鳴も一瞬で掻き消えた。そしてその声に導かれるように顔をあげると、そこには赤いヘルメットを被った、よく知っている人がいた。
「遅くなってすまないね。セキ」
「……リーダー、先輩……」
本当に、久しぶりに見るその顔に、私の声が微かに震える。私の守りたかったものの象徴が、今目の前に居る。それが少しだけ信じられなくて、私は口を開けたまましばらく固まってしまった。
「……全く、なんて顔してるんだい。まるで死人でも見たような顔じゃないか」
そう言いながら、リーダー先輩は私に手を差し伸べてきた。その手を恐る恐る取ると、確かな温かさが伝わってくる。その温もりがあまりにも懐かしくて、また泣きそうになった。
それからリーダー先輩は私を座らせてから、怪我が無いか確認していた。でも見える怪我は大体セツナ先生に手当してもらったから、先輩も特に気になる箇所はなかったみたいだった。
それがわかると、次に先輩はどこかへと連絡していた。どうも先輩以外にも私を探してる人が居るようで、今は私が見つかったことをあちこちに知らせているみたいだった。
「私だ。セキを見つけたよ。ピックアップを頼めるかい?」
『もちろんよ!!場所はどこかしら?座標を送ってくれたら、カヨコ課長と一緒に迎えに行くわ!』
「アビドス砂漠の奥の──あぁいや、私らが向かった方がいいね。あんたらは予定してた合流ポイントで──」
……何か、聞き覚えのある声が聞こえてきた気がする。そういえば、便利屋の子達に自分の家を押し付けてきたんだった。今思えば踏ん切りをつけるためとはいえ、あれはなかなか強引だったな……。
「────じゃ、出迎えの準備は佐山に任せるよ。あの時と同じだ。記憶喪失でボロボロの子供を相手すると思いな」
その言葉を最後に、リーダー先輩は電話を切った。それから深めのため息をつくと、私の隣にゆっくりと腰を下ろした。
しばらく、私たちは無言で星空を眺めていた。リーダー先輩は宙を見上げるだけで、何も言わない。私も何をどう話せばいいのか分からなくて、先輩と同じように黙って星を眺めていた。
先輩、怒ってるのかな、もうずっと、このままなのかな。そう思っていたけど、先に沈黙を破ったのはリーダー先輩の深いため息だった。
「しかし、家出したバカ娘を探すのがここまで大変だとは……。ま、教科書代としては悪くないか」
呆れたような疲れ果てたような、そんな感じの声でリーダー先輩は呟いた。その声が私がどれだけ迷惑をかけてきたかを表しているようで、私は申し訳なさに膝を抱えて顔を埋める。
「……ごめんなさい。みんなを守れなくって、みんなの所に戻らなくて……」
「……いいさ。あんたが生きて帰ってきたんだから、あたしらはそれ以上望まないよ」
「怒って……ないんですか?」
「怒ってない……と言ったら嘘になるね。でも、あんたをもう一度拾ってやれたんだ。この世界に神様が居るなら、感謝したいくらいさ」
星空に見守られながら、私たちはそんな会話を交わした。その会話は私の守りたかった日常で、それがこうして戻ってきたんだと、そんな実感が湧いてくる。それと同時に、少しだけこの人に甘えたくなった。
「先輩、肩を借りてもいいですか?」
「……なら私は、あんたの翼を借りようかね」
リーダー先輩がそう言うので、私は翼を広げて先輩の体を包む。それから先輩が肩を開けてくれたので、そのままポスッと頭を預けた。
「リーダー先輩。ごめんなさい。それと……ありがとうございます」
「……多くは言わない。ただ、今回の家出で学んだことを糧に、次は後悔のない選択をしな」
今回の事で学んだこと。それはもう、数え切れない程ある。辛かったことも、悲しかったことも、どうしようもないことも、苦しいことも。もちろん、嬉しいことも。
悪いこともあれば良いこともあった。私がこの数日で経験したことは、確実に私を変えてくれた。だからこそ、リーダー先輩の言わんとしていることが何となくわかる。
先輩の言う後悔のない選択。
それを選ぶ時は、意外と近いのかもしれない。
でも今は……今だけは。
この温もりが恋しかった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
▽門守セキ
彼女の贖罪は、ようやく終わった。
ここから彼女の人生が始まる。
▽砂狼シロコ
ようやくセキを救いあげた。
彼女の戦いはこれから始まる。
▽天守セツナ
戦いを見守っていた人。
シロコの過去は知らない。
▽リーダー先輩
やっと見つけた。
娘に変わらない愛情を注ぐ。
あとがき
滑り込みセーフ
描写に四苦八苦してるうちに投稿日終わるギリギリになってしまっただよ。でもその分、満足いくものができたので、良かったと思ってもらえれば幸いです。
次回 第26話「信じられる人」
「やっぱり、私は先生を信じきれないよ」