Blue Archive 〜藍の外典〜   作:roimi_mark2

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 僕らは夢を見る 大切な誰かと

 小指を結んで 離さないように

 ゆびきりげんまん 唱えた

 ーMili「YUBIKIRI-GENMAN」よりー







第26話 「信じられる人」

 

 

 

 

 

 

 9億6235万円。

 

 これは今現在、私達アビドスが抱えている借金の総額。砂嵐による被害を食い止めるために、歴代の生徒会が投資し、そして失敗してきた結果そのもの。その負債は一向に減ることはなく、完済には気の遠くなるような時間が必要だった。

 

 でも、希望はあった。毎月何とか利子だけでも返しながら、私達は私達の青春を送っていた。例え普通の青春とは違って砂にまみれてても、それが私の青春で、私の幸せだった。

 

 でも、状況は今日一日で一変した。カイザー理事により利率を3000%まで引き上げられ、挙句の果てに保証金の3億円を1週間以内に収めなければいけなくなってしまった。

 これまででさえ毎月の利息を払うので精一杯だったアビドスに、それだけの借金を返せる余裕は無い。セツナ先生とシロコちゃんが戻ってきてから話し合ったものの、結局結論は出ずに、一旦解散の流れとなったのだった。

 

 

 

 そして日もとっぷりと落ちた夜のアビドス高校。皆が解散した後、私は1人部室に残って机と向き合っていた。小さく灯るライトを頼りに、手の中のペンをサラサラと紙へ走らせる。

 

 その手のすぐ隣には、『退部届』と書かれた1枚の書類が置かれていた。

 

 

「よし、これで良いかな」

 

 

 書き終えた手紙を眺めながら、満足そうに呟やく。机の上にあるのは、対策委員会のみんなとセツナ先生へと宛てられた5つの手紙。それを見つめる私の脳裏には、いつかの光景が何度も過ぎっていた。

 

 

『お願いの1つ目は、私供の属する組織に身柄を預けていただきたい』

 

 

 まず最初に聞こえてくるのはそのセリフ。それは風紀委員会の襲撃があったあの日のこと。私を呼び出した黒服は、呼び出し早々2つのお願い事を頼んできた。

 

 

『従ってくださるのであれば、アビドスが現時点で負っている借金の半分を、こちらでお支払いいたしましょう』

 

 

 自らを睨みつけるような視線を意に介さず、その黒服はそう提案する。その提案に乗るだけで、今抱えている借金が半分になる。そんな夢のような話が、黒服の言うお願い事に対する報酬だった。

 ただ、それを鵜呑みにするつもりはない。あの黒服のことだ。ただこちらの利になるだけの契約を持ちかけるような男ではない。そういう信頼があるからこそ、私はその場でその契約を突っぱねていたのだが……。

 

 

『ですが私は、いつか貴方がこのお願いを叶えてくれると確信しています』

 

「……まさか、あんなやつの言葉に乗ることになるなんてね」

 

 

 部屋を出ていく直前に、黒服の言っていた言葉を思い出す。結局は黒服の思惑通り、私は今、そのお願いを聞くために退学の準備を整えていた。

 本当は私だってこんな選択はしたくなかった。でももう、四の五の言っている余裕はない。こうすることでアビドスの現状を打破できるなら、まさに藁にもすがる思いだ。そんな事を考えながら、手紙の内容を確認していたその時だった。

 

 

「あんなやつって、誰のことかな?」

 

「っ!?」

 

 

 私以外居ないはずのこの部屋に、冷たい声が響く。その声のした方を見れば、そこには廊下へと繋がる扉の前に立つ、白衣を着た大人──セツナ先生の姿があった。

 突然の侵入者に身構えたけど、よく考えればおかしなことはない。先生はこの校舎に住み込んでいる。自分以外誰も居ないはずの校舎で明かりが灯っていれば、気になって確認に来るだろう。

 

 

「せ、先生〜。居るなら声くらいかけてよ〜」

 

「ごめんね。ホシノが手紙書くのに集中してたから、邪魔しちゃ悪いかなって」

 

 

 セツナ先生の困ったようなその言葉に、私はバツの悪そうな顔を浮かべる。正直、今この手紙を見られるのは非常に面倒だ。もしこれが後輩たちだったら、のらりくらりと躱して誤魔化しただろう。

 でも、今回の相手は大人だ。子供の抵抗なんて一瞬で見抜いてくるだろう。特にセツナ先生が相手だと、余計にそう感じる。 それでもなけなしの抵抗をしようと、私はおどけたような表情を顔に貼り付けた。

 

 

「さっきから居たの?おじさんの手紙を覗き見たところで、面白いことなんて何も無いよ〜」

 

「覗き見なんかしないよ。そこら辺のプライバシーは、ちゃんと尊重してるからね」

 

 

 冗談めいた口調の私に対し、セツナ先生もまたいつも通りの様子で言葉を返す。しかしどれだけ笑みを浮かべていようとも、その"眼"はしっかりと私のことを捉えていた。

 

 

「で、あいつって誰のことかな?」

 

「……逃がしては……くれなさそうだね」

 

 

 私の呟きに、セツナは目を細めることで応える。こうなってはもう、セツナの追求から逃げ切ることは無理だ。もしかしたら、逃げようのない決定的なタイミングで声をかけたのも、セツナの思惑通りなのかもしれない。

 まぁ、ちょうどいいや。もう手紙も書き終えてるし、退部届ももう書き終わっている。今は少し休憩も兼ねて、心の整理がしたかった。

 

 

「先生、ちょっと屋上に行こ。今日は何だか、星が見たい気分だから」

 

 

 そう言って私は席を立ち、セツナ先生の待つ扉の方へと歩いていくのだった。

 

 

 

 

 

 それから特に会話もなく、私は屋上へと繋がる扉を開けた。アビドスの星空は相変わらず綺麗に輝いていて、今日は星々に加えて明るい三日月が、私達のことを見下ろしていた。

 

 

「……そういえば。夜に先生と会うのも、これで3度目になるんだね」

 

 

 夜空を見上げながら、私はそう言葉を漏らした。1度目はセリカちゃんが攫われた夜、2度目はブラックマーケットから帰ってきた夜。特に2度目の時はちょうど流星群の日だったから、私の記憶に強く残ってる。

 それと同時に、この大人に対する色んな感情も。今思えば、これほど長く大人と接したのは、私にしては珍しいことだ。

 

 

「それで、話を聞かせてくれるかい?」

 

「そうだねぇ、どこから話したらいいかな」

 

 

 セツナ先生の言葉に促され、私もゆっくりと口を開く。しかし、いざ話そうとすると、やっぱりどこから話したらいいのか分からなくなる。それくらい、この問題は私に根深く絡みついてるから。

 でも、この話の始まりというのは、今でもはっきりと思い出せる。

 

 

「私ね、実はずっと前からスカウトを受けてたんだ」

 

「……相手は誰?」

 

「多分、カイザーコーポレーション。そのスカウトしてきてる奴を"黒服"って呼んでるんだけど、それがさっき言ってた『あんなやつ』ね」

 

 

 黒服。その名の通り、黒い服に身を包み、全身を黒く染め上げた異形の大人。そいつは随分と昔から居て、私も何回も接触してきた。

 キヴォトス中を見ても、中々見かけないタイプの大人。私は不気味なやつだと感じていたけど、あの理事ですら少し恐れている節がありそうだった。それくらい、あの大人はキヴォトスから見ても「異形の類」なんだろう。

 

 

「多分、カイザーPMCは『強い兵士』を探してるんだと思う。おじさんこれでも、昔は結構やんちゃしてからさ。それで目をつけられたんだと思う」

 

 

 無論、私は何度も断ってきた。私が居なくなれば、アビドスは確実に終わると思ってたから。でもその度にあいつは私のことを引き抜こうと、あの手この手で誘ってきていた。この前の『お願い』も、その手の内の1つだ。

 

 

「まっ、元から引き受けるつもりなんてなかったけどね〜。あの手紙も、後で捨てておかなくちゃ」

 

 

 口ではそう言いながら、私の心は決まってる。もうこの状況を切り抜けるためには、もうその『お願い』を聞くしか方法はない。ただ先生に要らない心配はさせないように、表面上だけでも大丈夫なように見せかける。

 

 

「……でも、ホシノはもう決めてるよね。だったら手紙はそのまま置いといた方がいいと思うな」

 

 

 しかし、セツナ先生は息をするように私の嘘を見破った。月光を映す先生の藍い"眼"には、目を見開いた私の表情が映り込んでいる。

 

 

「……先生。やっぱり未来予知できたりする?」

 

 

 訝しんだ私のその一言に、セツナ先生は飄々と言葉を返してくる。

 

 

「いいや?私はただ、"視えた"ことを言ってるだけだよ」

 

「なにそれ?先生は超能力者だったりするの?」

 

「……そうだね。そうかもしれないね」

 

 

 星を眺めながら、曖昧に答えるセツナ先生。まるでこちらの質問をはぐらかすようなその答え方に、私の脳裏ではある人物たちの姿が重なっていた。

 それは、かつての大人たちだ。アビドスを貶めようと、あの手この手で騙してきた悪い大人たち。セツナののらりくらりとしたその態度は、その大人たちの中でもかなり厄介なやつとそっくりだった。

 

 

「そういうところだよ、セツナ先生」

 

 

 だからこそ、私は追求する。最後の最後に、この大人の化けの皮を剥がしてやろうと、自分の思っていたことを遠慮なく突きつけていった。

 

 

「先生ってさ。私たちと話す時は誠実そうだけど、何かを隠しながら話してるでしょ。だからさっきみたいに、大事なことははぐらかす」

 

 

 最初に疑念を抱いたのは、セリカちゃんが攫われた1度目の会合の時だった。あの時、先生は私達に断りを入れずにドローンで監視し、あまつさえそれを悪びれる様子もなかった。それが全ての始まりだった。

 ただ結果からいえば、その監視のお陰でセリカちゃんの早期奪還に繋がった。それに追求されてからとはいえ、セツナ先生もしっかりと悪意がなかったことを私達に説明している。

 しかし、だから良いと言う訳では無いのだ。現にその時感じた疑念は今日まで私の心に巣食っていて、今こうして先生への追求として表出していた。

 

 

「先生は似てるんだよ、黒服と。何か重要な情報を伝えないまま、私たちに接するところとかさ」

 

「………………」

 

「やっぱり、私は先生を信じきれないよ。何かを隠したままの大人に、シロコちゃん達を預けるなんてできない

 

 

 私の鋭い言葉の連続を、セツナ先生は静かに受け止めている。生徒に「信用していない」とまで言われても、先生は月光に照らされた藍い"眼"を細めるだけで、何も反論する様子はなかった。

 その様子に私の表情が張り詰めるが、しばらくしてから呆れたようにため息を吐いた。

 

 

「……でももう、そうも言ってられない状況だからさ。もう疑うのは辞めにするよ」

 

 

 にへらと表情を緩めながら、私はそう呟いた。そして先生の方へと1歩、また1歩と近づきながら、自身の想いを……願いを口にしていく。

 

 

「きっと"天守セツナ"は、悪い大人なんだと思う。隠し事ばっかりだし、どこかずっと、私たちのことを信じてくれない。だからまだ、私は"あなた"を信用できない

 

 

 それは1度目の夜でも、2度目の夜でも同じだ。そして今も、セツナは私達に何かを隠している。こうしてわざわざ私に会いに来た理由も、100%善意だとは思えない。

 それがこの数ヶ月の交流を経て、私が最終的に下した結論だった。この大人は、悪い大人。その認識に間違いは無かった。

 

 ……でも、私の中にはもう1つの結論もあった。

 

 

「……でも"セツナ先生"は、ずっと私たちのために頑張ってくれた。ヘルメット団のこともそうだし、セリカちゃんの時や便利屋の時もそう。ゲヘナ風紀委員会の時だって、私が居ない間にシロコちゃん達のことを守ってくれた」

 

 

 それもまた、私が下した結論だった。セツナ先生が来てから、アビドスの抱える問題は驚くほど進展した。ヘルメット団の襲撃に決着をつけ、襲撃の裏に隠れた黒幕の陰謀を暴き、風紀委員会との衝突も穏便に終わらせた。

 それらは全て、セツナ先生が居なければできなかったことだ。時に矢面に立って仲裁したり、時に変装して私たちのサポートをしたり。中には褒められない手段もあったけど、それらの行動は全部私達(アビドス)の問題解決へと繋がっていた。

 

 信じきれない人(天守セツナ)信じられる人(セツナ先生)。それらが同じ人物だと言うのは、かなり矛盾しているようにも感じる。実際2度目の夜の会合の後、私もその矛盾に気づいて困惑したしね。

 

 ただ、その問題を解消する"答え"は、随分と前にセツナ先生自身の口から提示されていたのを思い出す。

 

 

「『私のことは(天守刹那を)信用しなくてもいい。ただ、私に課せられた存在意義(やくめ)のことは、信用して欲しい』。……あの時の言葉の意味が、ようやくわかった気がするよ」

 

 

 それは、セリカちゃんを救出した時にセツナ先生が言っていた言葉。あの時はヘルメット団や、分かりやすく反発してたセリカちゃんに向けられた言葉だと思っていた。けどそうではなく、あれは私に向けられた言葉でもあったんだ。

 

 

「お願い、セツナ先生。さっきはああ言ったけど、それでも半分くらいは先生のことを信じてるんだ。だから……シロコちゃん達のことを、これからも守ってくれないかな?」

 

 

 そう言って私は、セツナ先生に向けてゆっくりと手を伸ばした。まるで握手を求めるように差し出されたその手を、先生は変わりない"眼"でジッと見つめている。

 

 

「ホシノ。さっき私と黒服は似てるって言ってたよね?」

 

 

 私の言葉を確認するような、どこか認めるような口調でそう言うセツナ先生。それと同時に彼の纏う雰囲気が徐々に変わっていく。それが何なのかは分からなかったが、私は「化けの皮を剥がした」という確信があった。

 

 

「なら"" の立場から言わせて貰うけど、俺ならその契約に罠を張る。言ってない情報を言い訳に、自分の目的だけを達成するだろうね」

 

 

 明確に、セツナ先生の一人称が変わった。それに合わせて口調も以前の諭すようなものから、淡々と事実だけを突きつけるようなものに変わる。それでもあの藍い"眼"だけは、変わらず私の瞳を射抜いていた。

 これがセツナの素の立ち振る舞いなんだろうか。その変化に少しだけ緊張感を滲ませる私に対して、セツナ先生はただ淡々と言葉を投げ続ける。

 

 

「そのお願いに強制力はない。それは一見こちらに選択権があるような言葉だけど、言い換えればとても曖昧な縛りだ。契約と違って、あとからいくらでも要件を増やすこともできるよ」

 

「でも、今のアビドスの借金が半分まで減るなら、私は喜んでお願いを引き受けるよ。例えそれが罠だったとしても、私1人で済むなら安いものだしね」

 

 

 私の反論に、今度はセツナが黙った。今更何を言っても、もう手遅れだ。例えセツナがどれだけ説得しようが、私の中でこれは決定事項だった。

 今のアビドスは、はっきり言って詰み1歩手前だ。ただし完全に詰んでいる訳ではない。その理由が黒服の「お願い」だ。自分の身分1つで、抱える借金の量がかなり楽になる。これほど破格の条件も無いよね。

 ……例え、それが罠だったとしても。アビドスが生き延びる道があるとすれば、もうこの道しかないのだ。だからこそ、私の決意は固かった。

 

 

「……なるほどね。そこまで言うなら、俺は何も言わないよ」

 

 

 私の覚悟を見て、細めていた目を伏せながらそう呟くセツナ。あっさりと引き下がったセツナのその様子に、私はおもわず目を丸くした。

 

 

「……意外。正直先生なら止めてくると思ってたけど」

 

「……まぁ、それが"私"のやり方だからね」

 

 

 スイッチを切り替えるように、再び諭すような口調が戻ってくる。それは先程までの大人の姿ではなく、1人の生徒と向き合う先生の姿だった。

 

 

「アドバイスしたり、障害を排除したり。生徒が自分の人生(みち)を作る状況(ばしょ)選択肢(どうぐ)は用意するけど、そこからどんな選択(ほうほう)で作るかは、君たち次第だ」

 

 

 夜空の星々を見上げながら、初めて自分の理念のようなものを口にするセツナ。その時の表情は私には伺えなかったけど、ポツポツと語るその声色は、今までにないくらい柔らかく、暖かいものだった。

 

 

(……それをもっと早く知りたかったな)

 

 

 もしもっと早く知れてたら、私も安心してあの子たちを預けられたのに……。そう思う私のことなど露知らず、セツナ先生は私と視線を合わせて話を続ける。

 

 

「その上で、一言だけ言わせてもらうね」

 

 

 そう前置きをしてから、セツナ先生はゆっくりと言葉を綴っていった。

 

 

未来っていうのは、未知数なんだ。ホシノの選択は尊重するけど、その先にホシノの思い描く未来があるとは限らないよ

 

 

 そう語るセツナ先生の表情は、真剣そのものだった。ただ諭すようなその声色には、どこか恐れているような、未来への不安のようなものが含まれているような気がした。先生程の人でも、未来を怖いと思うのかな。

 でも確かに、未来っていうのは怖い。まるで一寸先の暗闇の中を手探りで歩いているような、そんな感じだ。私のこの選択で、アビドスは助かる。そんな未来はもしかしたら来ないかもしれない。セツナ先生は、そういう事を言いたいんだろう。

 

 

「……なら先生、約束してよ。『アビドスを、みんなを守る』って」

 

 

 たとえ未来が決まっていなくても、自分の選択が間違っていたとしても。せめて後輩たちが苦しまないように。自分の代わりに、あの子たちを守って欲しい。そんな想いを、目の前の大人へと託す。

 それに対してセツナは少し驚いた様子だったが、すぐにいつもの頼もしい表情に戻ると、ホシノのその想いに真っ直ぐに向かい合った。

 

 

「……約束する。私が『アビドスとみんなを守ってみせる』よ」

 

 

 そう言うと、今度はセツナ先生の方が手を差し伸べる。しかしその手はしっかりと握られていて、小指だけがぴょこんと伸ばされていた。

 それはいわゆる、『指切りげんまん』の形だった。確かに約束すると言ったが、まさかこうした形で約束することになるとは予想外だった。でもこうまでして願いを聞こうとしてくれるその姿に、私は苦笑と共に手を伸ばす。

 

 

「破った罰は何にする?」

 

「針千本でも良いけど。串刺しの刑とかはどうかな?」

 

「うへ、それは物騒すぎない?」

 

「でもホシノだって、串刺しにはなりたくないでしょ?」

 

「まぁね〜」

 

 

 そんな言葉を交わし合いながら、私達は互いの小指をしっかりと結ぶ。まるで子供がするような、可愛らしい契りの儀式。でもその約束には、私の思いの丈が全て込められていた。

 そして月と星が見守る中、私はおまじないのようにその言葉を紡いでいく。

 

 

「指切り拳万、嘘ついたら針千本呑〜ます」

 

「「指切った」」

 

 

 そよ風が吹くアビドス砂漠に、2人の無邪気な声が木霊する。アビドスを守る。その想いが込められた『約束』が、私達の間に確かに結ばれた。それと同時に、私の胸中にはある変化が起き始める。

 暖かい。まるで心の中に火がついたような感覚が、私の体に広がっていった。突然産まれた灯火は私の心を奥の方からゆっくりと暖めながら、疑念や不安を燃やして私を安心させてくれる。

 

 

「……なんだか、だいぶ心が軽くなったよ」

 

「なら良かった。でも、本当はそんな選択を取らないで欲しいんだけどね」

 

 

 結んでいた小指を解きながら、苦笑するセツナ先生。やっぱ先生として、見え透いた罠に生徒を送り込むのは思うところがあるのだろう。でも私にとっては、さっきの約束をしてくれただけでも十分だった。

 

 

「先生が気に病む必要はないって。これは私の選択だから。その代わり、ちゃんと約束は守ってよ〜?」

 

 

 そうやっておどけたように笑いながら、ホシノは出口の方へと歩み始める。その足取りは軽やかに見えて、しっかりと床を踏みしめていた。

 

 

「……行くんだね」

 

 

 そう一言呟くセツナに、私はしっかりと相槌を返す。もう十分だ。伝えたいことは伝えたし、アビドスや借金、可愛い後輩のことも大丈夫だろう。そして足りてなかった覚悟も、たった今決まったところだ。

 

 

「じゃあね、セツナ先生。私、先生のこと──」

 

 

 その先を伝えようとしたけど、途中で言葉が喉につっかえる。……まぁ、言わなくていっか。どのみち手紙に同じことを書いてるんだから、ちゃんと先生には伝わるはずだ。

 

 

「……ん〜ん。やっぱなんでもないや。さよなら、セツナ先生」

 

 

 

 

 

 その言葉を最後に、ホシノの姿は扉の向こうの闇に飲まれた。そうして屋上には静寂と、彼女の消えた闇を見つめる1人の大人だけが残された。やがて大人もツカツカと靴音を鳴らして、屋上に張り巡らされたフェンスへと体重を預ける。

 

 

「…………………………………」

 

 

 そしてまた、沈黙だけが辺りを満たした。そよ風の駆ける音とフェンスが軋む音だけが、その存在を主張する。一方の大人はと言うと、白衣に手を突っ込み、瞳を伏せて、ただブツブツと音にもならない何かを吐き出していた。

 

 

「……何故?」

 

 

 やがて生まれたのは、疑問だった。それはホシノを止められなかったことではない、ましてやホシノの決意の固さに対してでもない。セツナが疑問に思うのは「何故ホシノである必要があったか」の一点だけだった。

 

 スカウトされた理由について、ホシノは「強い奴を集めている」との予想を立てていた。確かにホシノは強い。セツナは戦士ではないが、指揮する者として、彼女の素質の高さには薄々勘づいていた。

 だがもし私が同じ立場で「強い奴」を求めるなら、ホシノだけを狙わない。シロコやノノミ、セリカ、アヤネ。ホシノ以外の4人も、十分な実力を備えている。その実力は、これまでの戦いで証明済みだ。

 そしてこの状況でホシノが頷いたとなれば、他の4人も同じ選択をしただろう。つまりこの時点で、カイザーは強い駒を5人も手に入れられたことになる。その上全員を引き抜けば、生徒のいないアビドス高校は事実上廃校だ。カイザーにとっては、まさに一石二鳥だろう。

 

 つまり「強さ」を基準としているなら、皆同じ話を聞いているはずだ。しかし、現時点でホシノ以外から同様の話を聞いたことはない。

 

 なら彼らがホシノを狙う理由は、必然的にホシノ固有のものが関わっているはずだ。シロコたちと違う、ホシノのだけが持つ要素……。

 何か手がかりがないか、記憶の箱をひっくり返して漁っていく。そして手当たり次第に探っているうちに、いくつかのセリフが引っかかった。

 

 

『先生が顧問をされている「アビドス廃校対策委員会」というのは、このような介入をできるような組織なんでしょうか?』

 

『今君たちは、私たちカイザーPMCが合法的に事業を営んでいる場所に無断で侵入している。その事を咎めてやってもいいが……』

 

 

『……そういえば、ホシノ先輩も生徒会の人でしたよね』

 

 

「……あぁ、そうか。なるほど、そこをついてくるわけか」

 

 

 何かに気づいたのか、セツナの口元がニタリと弧を描く。その顔はイタズラを画策する無邪気な子供のようであり、悪意に満ちた悪い大人のようでもあった。

 

 

「手口がわかったなら、あとは上手いこと誘導するか」

 

 

 きっとあの理事の事だ。タネ明かしをする時は自分から出張ってくるだろう。ならしっかりと、彼の歩む勝利への道も作ってあげなければ。そう考えたセツナは、懐からスマホを取り出して、モモトークを起動するのだった。

 

 

 

 

 

 日付も変わり、夜も深まった頃。セツナと別れたホシノは、そのままある場所を訪れていた。アビドス市街地にある、とあるビルの一室。そこへ繋がる扉を開けると、部屋の中からどこか喜色の見える声が聞こえてくる。

 声の聞こえた方に視線を向ければ、そこには既に席につき、手を組みながらこちらを見つめる黒服の姿があった。

 

 

「……おや、こんな夜更けにどうしましたか?」

 

 

 自らのオフィスに現れた訪問者を、黒服は嫌な顔ひとつせず出迎える。まるで自分が来ることも想定済みだったかのようなその態度に、ホシノの中で僅かに苛立ちが生まれた。

 しかし、ここで怒ったところで意味はない。その怒りを押し込めながら、ホシノは淡々とここに来た目的を話し始める。

 

 

「黒服。前に聞いてたお願いを果たしに来たよ」

 

「おやおや。それはまたどういった心変わりで──」

 

 

 そう言いかけた黒服の声が不自然に止まる。その目はジッとホシノの事を見つめていて、心なしか先程までの喜色も、どこか鳴りを潜めたようだった。態度の急変にホシノが困惑する中、黒服はどこか不服そうな様子で口を開いた。

 

 

「あぁ、なるほど。そういう事ですか」

 

 

 そう言うと黒服は机の上から1枚の紙を手繰り寄せ、それをホシノ方へと手渡した。受け取った紙はA4サイズのありふれた紙で、その1番上には『契約書』と書かれていた。

 

 

「では、この契約書にサインを。小鳥遊ホシノさん」

 

「……私は『お願い』を聞きに来たんだけど?」

 

「えぇ。ですからこれは、あくまで形だけのものです。一応形だけでも、私共の組織に属することになりますので」

 

 

 その言葉に、ホシノは契約内容の書かれた場所へと視線を落とす。するとそこには『この契約内容は甲:小鳥遊ホシノと乙:黒服の間に課された約束に干渉しない』と明記されていて、確かに拘束力を持つものではないようだった。

 それと同時に『このサインに署名した瞬間より、乙:黒服はアビドス高等学校の借金の半分、及び保証金3億円を支払う義務が生じる』とも書かれていた。つまりこれに署名すれば、アビドスはひとまず延命できるというわけだ。

 

 

(……セツナ先生。みんなのこと、よろしくね)

 

 

 心の中でそう唱えながら、ホシノは契約書へとサインをする。そんな彼女を見守るように、心の内に灯る炎が静かに揺らめいていた。

 

 

 

 

 









 ▽小鳥遊ホシノ
 全ては■■■■のシナリオ通りに。
 結局セツナの事を信じきれなかった。

 ▽天守セツナ
 二面性を持つ教師。
「約束」は必ず履行する。



あとがき

1日遅刻しました┏○ペコッ
こっからはなるべくペースを早めて、年末までに完結を狙いたい……。
ま、多分無理なんですけどね。それでも気長に待っていただけると幸いです。





 次回 第27話「非常に残念なお知らせ」


「どうやら君たちの正当性は失われてしまったようだよ」




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