Blue Archive 〜藍の外典〜   作:roimi_mark2

31 / 50





 あなたは死なないわ。私が守るもの。

 ー「エヴァンゲリオン新劇場版:序」綾波レイのセリフよりー







第28話 「アビドス市街地防衛戦」

 

 

 

 

 

 

『……それはせめて、私たちの関係が少し改善されてから……だね』

 

 

 ビナーを撃退し、セツナ先生からセキの入院場所を受け取ったあの日。私は冗談半分でそんな事を言った。あの時の私は、そんなことは起きっこないと思ってたさ。なにせ私たちは敵同士で、たった一度だけ協力した仲だったからね。

 それがまさか、こんなことになるなんて思いもしなかったさ。その後に便利屋の襲撃を受けて、セキが家出して、どうにかヘルメット団を立て直して。ここ数週間は波乱の連続だった。

 

 そして今もまだ、私らはその波乱の渦中にあった。

 

 

『リーダー!最後のロボットをぶっ壊したよ!』

 

 

 無線機からの報告に、アタシは小さくため息を吐く。太陽が見下ろす昼下がり。私らは自分達より格上の相手──カイザーPMCと戦いを繰り広げていた。

 普段の私らなら、企業の傭兵に喧嘩を売るなんて真似はしないんだが。まぁ、不良にも不良なりの面子(メンツ)ってもんがあるのさ。それに私も家族同然の仲間を傷つけられて、泣き寝入りできるような性分でもないしね。

 

 ……後はまぁ、あまり自分の要求を言ってこない愛娘が、珍しく譲らなかったってのもあるね。今この場に居ないあの子のために、私らはここで頑張ってるのさ。

 

 

「良くやった。全員、一旦待機しな。哨戒班は敵の動きを見逃すんじゃないよ」

 

『ラジャ〜!』

 

 

 哨戒中の団員にそう命じていると、背後の扉が開かれて大勢の団員がなだれ込んできた。この子らはさっきの戦闘で前線を張り、カイザーPMCと激戦を繰り広げていた子達だ。

 これまでのどの敵よりも強い敵を相手に、どの子もかなり疲弊している。私はその中でも、得物のスナイパーライフルを支えに、壁に背を預けている1人の団員へと声をかけた。

 

 

「ヨミ、あんたも一旦休みな。これだけ連戦したんだから、あんたも限界だろう」

 

 

 私がそう言うと、ヨミはゆっくりと視線を上げる。

 

 

「大丈夫です。まだ戦え(やれ)ます。先輩の代わりに、私が何とかしないと」

 

 

 はっきりとやる気に満ちた声色で答えるヨミ。でもその額には玉のような汗が浮かんでいて、呼吸も普段よりも荒い。明らかに体力の限界が近いんだろう。それでもその瞳には、消えることのない闘志が宿っていた。

 

 

『私の代わりに、みんなを守ってあげて』

 

 

 この戦いが始まる前、セキがヨミにそう伝えているのを聞いた。この戦いにセキは参加できない。だから信頼できる自分の一番弟子に、私らのことを頼んだ。

 そしてヨミも、その言葉をかけられた意味をわかっている。先輩からの信頼、それが今ヨミの身体を動かす原動力になっているんだろう。

 

 

「……ヨミ。頑張るのは構わないが、それであんたが潰れたら元も子もないからね。セキだって、それが望みじゃないんだよ」

 

「……わかってます」

 

 

 私の言葉に、ヨミは少し力を抜きながら答える。多分、これからまた戦いになる。そうなると、どうしてもヨミの力に頼らざるを得なくなる。

 本当はセキとのローテーションで動いて貰いたかったが、お生憎様、セキは今この場にいない。この戦いを切り抜けるまでは、ヨミに任せるしかないか……。そう思案している中、この部屋に新しい靴音が入ってきた。

 

 

「リーダー。こっちは負傷者3割、離脱者は13人だ。このペースなら、あと3回くらいしかやれないぞ」

 

 

 そう悩ましげに呟いたのは、黒いヘルメットに赤いスカーフを巻いた人物。手元のボードに視線を落としながら報告するそいつは、私の右腕を務める戦車長の佐山だった。

 

 

「佐山。戦車の調子はどうだい?」

 

「正直、かなりキツいぞ。元々廃品の寄せ集めだし、むしろここまで良くやった方だと思うぜ」

 

「ふーむ。いっその事、次で戦車は切り捨ててしまうか?そうすればヨミの負担も……」

 

「戦車長としては、今後のためにも戦力を温存しておきたい。どうせこれが終わっても、スケバンとの小競り合いがあるだろうしな」

 

 

 戦力の確認をしながら、佐山と今後の動きを考える。これまでは奇襲とヨミの奮戦で何とか優位を保てていたけど、ヨミも消耗し、戦術も割れてきた今では最初ほどの優位性はない。戦術を変更するにしても、もっとヨミの負担が減るような作戦を考えないとね。

 とりあえず、今は陣地転換が先だ。敵はもうこっちの位置を掴んでるだろうし、ここで襲撃されたらたまったもんじゃない。

 

 

「全員!!拠点を変えるよ!桐谷、補給は移動しながらだ。無理やりでもついてきな」

 

「了解しました!リーダー!」

 

 

 私の号令で、ヨミ達が移動していく。その直後、市街地の方からくぐもった爆発音が響いてきた。その音に私は目を細めながら、割れた窓から見える街並みを眺める。

 

 

「さて、あっちは上手くいってるかね?」

 

 

 そうボヤく私の視線の先で、もくもくと黒煙が立ち上っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。アビドス市街地の中央では、対策委員会と便利屋が、カイザーPMCとの戦闘を繰り広げていた。

 セツナの指示によってメンバーは混成の2部隊に分かれて動き、片方がカイザーの主力部隊を釘付けにしながら、もう片方が合流しようとする部隊を各個撃破。ヘルメット団の働きもあって、合流予定のPMC部隊は順調に蹴散らされている。

 そして増援が処理しきれたなら、両隊でPMC主力部隊を挟撃し削り取っていく……。本来であればそういう算段だった。だがしかし、増援部隊の壊滅を知った理事が呼び出したある秘策が、対策委員会側の作戦を大きく狂わせていた。

 

 

 

「フハハハハッ!!!どうだこの機体の性能は!!!フハハハハッ!!!」

 

 

 

 大通りのど真ん中に陣取るように、黒く巨大な人形兵器が立ち塞がっている。そのコクピットに乗り込んだ理事が高笑いをあげると、兵器の両腕に備えられた1砲身3門のガトリング砲が唸りをあげ、銃弾を雨あられのように降り注がせる。

 彼が呼び出したのは、カイザーの主力兵器である「ゴリアテ」とよく似た人形機動兵器。コードネーム『ラフミ』と呼ばれるそれは、搭載した試験装備の可能性を探るための実証試験機だ。量産化にはコストが高すぎるとして見送られた兵器の数々が、対策委員会たちへと牙を剥く。

 

 

「圧倒的な機動力と火力、堅牢な装甲!!搭乗者の操縦をサポートする支援設備の充実!!そしてそれらを動かす、12860馬力の動力!!」

 

 

 自慢げに機体性能を叫ぶ理事。それと同時にラフミの肩口のカバーが展開され、中から大量のミサイルが発射される。対戦車・建造物用のそれが炸裂する度に、熱風が辺りを駆け抜けていった。

 

 

「ん……これはかなり厄介だね」

 

 

 瓦礫に隠れて熱風を躱しながら、シロコは厳しい表情でラフミへと視線を送る。今は周囲のビルにガトリング砲を掃射し、高所からの攻撃を警戒しているようだった。

 その様子を眺めているシロコの耳元に、セツナから新しい指示が入ってきた。

 

 

『第1部隊各位、作戦を変更するよ。シロコとセリカは、私の支援の下あの兵器を陽動。その間にムツキは爆薬を準備。アルは位置変更後、ムツキ達とタイミングを合わせて機体の体勢を崩すよ』

 

「ん、わかった」

 

 

 聞こえてきた指示に返事をしながら、シロコは自身の準備を始める。だがその心の内には、言いようのない不安が立ち込めていた。

 今はセツナが指揮をとってくれている。セツナ先生が居るなら、どんな戦いにも勝てる。これまでの戦いからそう信じているシロコだったが、それでも心の内から不安が消えることは無い。

 それはきっと、ホシノが居ないからだ。今まで誰よりも率先して前に立っていた先輩。その背中を追いかけてシロコここまで来た。でもその背中が見えなくなったから、シロコはどこか不安で仕方がなかった。

 

 

『それじゃ、作戦開始。シロコ、セリカ、始めるよ』

 

『了解!!』

 

『……ん、了解』

 

 

 ただ今だけはその不安を押し殺して、シロコは理事の前へと躍り出る。銃口を向けて睨むシロコと、忌々しげに見下ろす理事の視線がぶつかる。そしてラフミを挟んだ向こう側では、同じようにセリカもがら空きの背中へと狙いを定めていた。

 

 

「来たか!ちょこまかと動き回ったところで無駄な足掻きだ!!!!」

 

 

 シロコ達を見つけた理事が叫び、ラフミのガトリング砲がシロコへと向けられる。途端、視界に敵の攻撃範囲を示す赤いエリアが表れる。

 それを右に避けて走り出すと、直前まで自分の体があった場所を、銃弾の雨が通り過ぎていった。

 

 

 ドガガガガガガガガガガガッ!!!!!

 

 

 重苦しい重低音と共に、大量の銃弾が吐き出されていく。背後に銃弾の嵐が迫る中、シロコはとっさに近くにあった遮蔽物へと身を隠した。

 逃げ込んだ遮蔽物に、次々と弾丸が突き刺さっていく。瓦礫諸共シロコを吹き飛ばそうと射撃を続ける理事だったが、背後から迫るもう1人の存在に気づくと射撃を止めて振り返る。

 

 

「そんな小細工など通用せんわ!!」

 

「っ!!?」

 

 

 その巨躯に見合わぬ動きで振り返り、背後に迫っていたセリカへと拳を叩きつける。しかし振り下ろされた拳はすんでのところでセリカに躱され、代わりに舗装されたアスファルトをいともたやすく砕いた。

 突然の攻撃に冷や汗を流しながらも、セリカは咄嗟に愛銃を構えて引き金を引く。『シンシアリティ』から放たれた弾丸は面白いように吸い込まれていくが、その攻撃は装甲にかすり傷をつけるだけにとどまった。

 

 

「うっそ!?」

 

「ふん!!甘いわ!!」

 

 

 驚きの声を漏らすセリカに、ラフミの拳が横薙ぎに繰り出される。迫り来るそれをバックステップで回避しながら、セリカは今一度ラフミへの攻撃を敢行する。

 しかし、やはり結果は同じだ。放たれた弾丸は虚しい音と共に全て弾かれる。至近距離で弾いた辺りから薄々察してはいたが、やはりこの機体を相手に銃弾は効果が薄いようだ。

 しかしそれでも今は問題ない。もとより2人の役目は、理事の意識を逸らすための陽動なのだから。

 

 

『ムツキ。ありったけの爆発物を投げ込んで』

 

「おっけ〜!さぁ、いっくよ〜!!」

 

 

 セツナの指示に合わせて、ラフミの足元に爆薬が投げ込まれた。理事の意識がそちらに向いている間に、セリカが急いでその場を離脱する。その動きで理事もこの後に起こることを悟ったようだが、逃げるには気づくのが少し遅かった。

 

 

 ドゴォォォォォォォォン!!!!

 

 

 ラフミの足元から、盛大な火柱が立ち上る。C4が満載された鞄が爆発したのだから、その火力も相当なものだ。だが爆炎の中で揺らめく影を見て、セツナが僅かに顔を顰める。

 

 

『アル、目標に射撃。狙いはまかせる』

 

「わかったわ!……はぁっ!!」

 

 

 近くのビルの屋上に陣取るアルが、気迫の籠った声と共に引き金を引いた。『ワインレッドアドマイヤー』は高らかに銃声を響かせて、放たれた特製炸裂弾は空気を切り裂きながら直進し、炎で揺らめく黒鋼の巨人へと吸い込まれていく。

 着弾、そしてワンテンポ遅れての爆発。先程のC4爆薬を上書きするように爆発が起き、発生した衝撃波が辺りを駆け抜けていく。アルが狙ったのは、胴体と左腕を繋ぐ関節部。うまく直撃していれば、あの厄介なガトリング砲を腕ごともぎ取れたはずだが……。

 

 直後、立ち上る黒煙の中から赤い攻撃予告が伸びてきた。

 

 

『……っ!!アル!!』

 

「っ!?」

 

 

 攻撃予告に即座に反応し、屋上から撤退するアル。その直後、先程まで彼女が居た場所を極太のレーザーが焼き尽くした。

 

 

「猪口才な……、その程度でこの『ラフミ』を破壊できると思っているのか!!」

 

 

 そう吐き捨てる理事と共に、黒煙の中からラフミが姿を現した。機体の各所から水蒸気を吐き出して、背部のキャノン砲が放熱で揺らめいている。見たところ、致命的なダメージには至ってないようだ。

 だが、こちらの攻撃もどうやら攻撃は一定の効果を出していたようだ。機体は脚部を中心にスパークが散り、左腕の前腕部は装甲にヒビが入っている。おそらくアルからの攻撃を庇ったことでああなったのだろう。

 

 

「効果アリ……。しかし、トドメの一撃のつもりだったんだが、厄介だな」

 

 

 ラフミの堅牢さに、セツナは苦々しく言葉を漏らす。ここまで堅牢だと、どうしても削りきるのに時間がかかってしまう。そして時間をかければかけるほど、こちらが瓦解するリスクもどんどん高まっていくのだ。

 

 

「フハハハハッ!!どうだ、これでわかっただろう!!貴様らに勝ちの目など、万が一にも無いのだ!!!」

 

 

 そう高らかに宣告しながら、理事は攻撃を再開し始めた。両腕のガトリング砲が唸り始めると同時に、肩口のランチャーが開き周囲にミサイルをばら撒き始める。

 その狙いは特になく、まさに無差別爆撃だ。周囲の瓦礫や廃車を吹き飛ばしながら、ラフミは周囲を更地にする勢いで火力を吐き出し続ける。

 

 

「お〜と、これはちょっとまずいかもねっ!」

 

「先生!これどうにかできない!?」

 

『とりあえずみんなは回避に徹して!!』

 

 

 セリカ達にそう指示を出しながら、セツナはどうにかできないかと思考を巡らせる。今のこちらの手札は、生徒が8人とドローンが9機。数だけ見れば多く見えるが、実態はその半分もない。

 今ラフミを相手している第1部隊と、同時並行で増援の処理に回っている第2部隊。今第2部隊を引き戻したら、ヘルメット団がやられて主力部隊と合流を許してしまう。

 かと言って、生徒4人とアロナのドローン群だけで乗り切れるかも怪しい。ドローンは偵察型が4機、防衛型が1機、補給型が4機で予備機はなし。ドローン自体に打撃力がないことから、少なくとも今すぐラフミを破壊できる手段はない。

 

 

『……耐え忍ぶしかないか』

 

「でも先生、カヨコ達の方もいつ終わるかわからないのよね?」

 

「だったら、私たちでどうにかしないと──っ!!」

 

 

 シロコの言葉の続きは爆発音によってかき消された。無造作に撃ち放っていたミサイルが、シロコのすぐ側で炸裂したのだ。

 至近距離、しかも油断していたタイミング。防御姿勢もろくに取れず、吹っ飛ばされたシロコの体が地面へと叩きつけられる。

 

 

「シロコ先輩!!」

 

「シロコっ!!!」

 

「ぐ……っ!!」

 

 

 2人の声に応えるように、シロコがゆっくりと身体を起こす。だが先程の攻撃が良くないところに入ったのか、なかなか立ち上がれずにいた。

 そして理事もその隙を逃すまいと、もがくシロコへと狙いを定めた。ラフミ背部のキャノン砲がチャージを始め、シロコの視界いっぱいに攻撃予告が表示される。

 ──このままじゃまずい。それをわかっていながらも、シロコにはどうすることもできなかった。

 

 

 

「フハハハハッ!!!これで終わりだ!!」

 

 

 理事の勝利宣言と共に、ラフミの砲口から光が放たれる。それは太陽のような暖かさではなく、辺りを焼き尽くすような灼熱。明確な死のビジョンが目の前に迫ってくるのを見て、シロコは反射的に目を瞑ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 ────しかし、いつまで経っても痛みはやってこなかった。その代わりに誰かに包まれたような温かさと、バサッと翼が空気を打つ音が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

「うん、滑り込みセーフかな?」

 

 

 キャノン砲の轟音が収まった後、シロコの耳を凛とした声が打つ。どこかで聞いたことのあるような、安心するような声色。シロコが瞑っていた目を恐る恐る開けると、彼女のことを心配そうに覗き込む空色の瞳と目が合った。

 その目には、見覚えがあった。いつもキラキラしていて、希望に満ち溢れていた鮮やかな瞳。でも今はその鮮やかさの中に、どこか芯の通った真っすぐな意志がこもっていた。

 その瞳の持ち主はシロコの無事を確認すると、安心したように目じりを下げる。

 

 

「こんにちは!シロコちゃん」

 

「セキ!?」

 

 

 間一髪でシロコを助けたのは、白い天使──門守セキだった。少し荒れた翼をはためかせ、シロコを抱きかかえながら空中に留まるセキ。その顔は安心したように笑っている。

 だがその額の半分には包帯が巻かれていて、シロコ見つめる瞳も、右眼は包帯に覆われていた。その原因は間違いなく、昨日の無茶な戦いだ。あの時負った傷は明らかに重傷で、しばらくは動けるはずもない。そう思われていた存在が、シロコを窮地から救いあげた。

 

 

「貴様、門守セキか!その傷でまだ生きていたとは……!」

 

 

 理事もまた、セキの登場に驚いていた。頭だけではない。セキの身体には、昨日の激戦の傷跡が生々しく残っていた。

 身体のあちこちにガーゼが貼られ、体中に巻かれた包帯には血が滲み、一部は解けて風になびいている。見るからに万全の状態ではない彼女。だが、昨日の戦いでは2度も死にかけたのだ。むしろそれくらいで済んでいる方がおかしい。

 

 

「セキ……なんでここに?」

 

「なんで……か。シロコちゃんなら、わかると思うよ?」

 

 

 驚きのあまり目を見開くシロコが、セキへと問いかける。それに対し、彼女はいつかの意趣返しのように言葉を返すのだった。

 

 

 

私は守りたい物のためにここに居る。シロコちゃんもそうでしょ?」

 

 

 

 それだけ。たったそれだけの理由だった。

 それだけのためにセキは傷を押し、自分の先輩に無理を通し、こうして戦場に姿を現した。まるで古の物語に出てくる『白鯨』のように、どれだけ傷ついても関係ない。その原動力になっているのは、「自分の守りたいものを守る」。たったそれだけの、単純ながらにとても強い想いだった。

 それはシロコ達も同じだった。自分たちのたった一つの居場所を、自分たちの大切な先輩を助け出すために戦った。シロコとセキ。それぞれ立場の違う2人だったが、守りたい物を守るという想いは同じだった。そして今、ようやく2人の想いは肩を並べ、同じ方向を向くことができた。

 

 

「ふん!だがこの機体を出した以上、それも些細な事だ。例え貴様が加わったところで、戦局は何一つ変わらん!貴様らの負けは確定したのだ!!」

 

 

 セキの出現に動揺していた理事が、普段の調子を取り戻しながら豪語する。依然としてラフミは健在。4人を圧倒する性能を前に、子供が1人増えたところで大した障害にはならない。その自信に裏打ちされた理事の言葉を聞いてなお、セキの信念は一切揺らぐことはなかった。

 

 

シロコちゃん達は負けないよ。私が守るから

 

「……っ!できるものなら、やってみろ!!!」

 

 

 堂々と言い切るセキに向け、理事は怒りに身を任せながらガトリング砲を構える。

 

 

「シロコちゃん、口閉じてて」

 

「ん、わか──っ!!」

 

 

 シロコがそう言い終えるより先に、セキは力強く翼をはためかせて飛翔した。それと同時にラフミの両腕が唸りを上げ、蜂の巣にするべくセキを追う。濃厚な殺意を背後に感じながらも、セキはシロコを抱えて銃弾の雨から逃げ続ける。

 

 

「…………っ…………っ」

 

 

 目と口を閉じるシロコの耳に、少し苦しそうなセキの息遣いが響く。いつもの神秘による索敵も使えず、視覚も片方が塞がれ、音も轟音で掻き消されて聞こえない。情報を集める手段をほとんど失った現状では、セキの強みである状況を読む力を十全に発揮できなかった。

 そんな中でも、セキは動き続けた。街灯やビルの外壁を蹴って足場にしながら、まるでピンボールのように跳ね回る。そうして攻撃を躱しているうちに、ラフミのシステムが悲鳴(アラート)をあげ始めた。

 

 

「クソッ!冷却か……!!」

 

 

 やかましいアラートの音で冷静になったのか、理事も射撃を止めて砲身の放熱へと注力する。そして射撃が止まった事を確認したセキも、1度地上に降りてから、ゆっくりとシロコを下ろした。

 

 

「動ける?シロコちゃん」

 

「ん、問題ない……」

 

 

 シロコの安否を確認すると、セキは改めてラフミに向き直る。見たところ、どうやらさっきの連続射撃で砲身の冷却モードに入ったらしい。ラフミの様子を伺うセキ達の元に、空からセツナのドローンが舞い降りる。

 

 

『2人とも、無事?』

 

「ん、私は無事。セキが助けてくれた」

 

「私も大丈夫です。先生。状況は分かりませんが、とりあえずカイザーを追い払えば良いんですよね?」

 

 

 服に着いた砂埃を払いながら、セキはドローン越しにセツナに問いかける。

 

 

『……それは協力してくれるってことでいいのかな?』

 

「はい!それがシロコちゃんやみんなの為になると思いますから!」

 

 

 一切の迷いなく、セキは協力を申し出る。手数の足りない今、セツナにはその申し出を断る理由もない。むしろありがたいぐらいだった。

 

 

『……わかった。じゃあこれを』

 

 

 その言葉と共に、セキの前にもう一機のドローンがやってきた。その下部のアームにはシロコ達と同じインカムが取り付けられている。それが何かを察したセキは、すぐにインカムを受け取ると耳元へと装着した。

 その直後、セキのヘイローが淡く発光しはじめた。彼女自身は初めて体験する『シッテムの箱』の戦闘支援システム。その接続プロセスに、セキは驚きの声をあげる。

 

 

「ひえっ!?なにこれ……っ!?」

 

『戦闘支援システムに接続したよ。ちょっと気持ち悪いかもしれないけど、少しだけ我慢してね』

 

 

 ムズ痒い感覚を我慢していると、セキの視界に様々な情報が表示され始める。戦場のあらゆる情報が手に取るようにわかる感覚。初めて感じる全能感に、セキの口から「わぁ……!」と感嘆の声が漏れていた。

 そんな彼女との同調(リンク)を確認すると、セツナは『シッテムの箱』を操作しながら口を開く。

 

 

『じゃあ、改めて作戦を伝達するよ。シロコとセキは遊撃。あの機体の弱点っぽい部分をマーカで送るから、そこを叩いていって欲しい』

 

「ん、わかった」

「了解です!」

 

『セリカ、ムツキは2人のサポート。アルは位置情報を送るから、その地点で別命あるまで待機』

 

「まかせて!」

「おっけ〜!」

「わかったわ!」

 

 

 セツナの指示と共に、生徒達が着々と準備を整えいく。セキの右手にはスリングで保持していた黒いアサルトライフルが、そして左手には太腿のホルスターから抜いた同色のハンドガンが握られていた。

 2つでひとつ。まさにニコイチなセキの愛銃──『ヴィダーシュプルーフ』。それらの弾薬を確認しながら、セキは背後のシロコへと語りかける。

 

 

「シロコちゃんは自由に動いて。私が動きを合わせるから!」

 

「……でもセキ、私たちでできるかな」

 

 

 着々と戦う準備を整えるセキに、シロコは問いかける。セキの実力は、これまでの戦いで知っている。でも今のセキは本調子ではない上に、ラフミのスペックはまさに規格外だ。セツナの支援込みとはいえ、勝てるかどうかは怪しかった。

 そんなシロコの不安を察してか、振り返ったセキはにこやかな表情を向けながら断言した。

 

 

「やれるよ。私達2人なら、きっとね」

 

 

 そう言うと、セキは勢いよく地を蹴ってラフミとの距離を一気に詰めていった。シロコもその後を追うように駆け出して、最初の目標へと向かっていく。

 マーカーに示されたポイントは3つ。そのうちの1つである左腕部へとシロコは走る。そこは先のアルの攻撃により、装甲にヒビが入っていた。

 

 

「ほらほら!こっち見なさい!」

 

「懐が隙だらけですよ〜!!」

 

「このっ!!小癪なぁ!!!」

 

 

 セキとセリカが煽りながら、理事の注意を引きつける。もちろん攻撃は2人へと向けられるが、『シッテムの箱』の支援を受けた2人は、銃弾の雨を容易く躱していく。

 そしてヘイトが2人に向くことにより、シロコへの注意が疎かになった。その証拠に、理事が攻撃のために旋回するにつれ、マーカーのついた左腕部がシロコの前へと差し出される。

 

 

『シロコ、ドローン展開。攻撃始め』

 

「ん。ターゲット、設定完了」

 

 

 シロコのドローンから放たれたロケット弾が、次々と左腕に叩き込まれた。その効果は目に見えて明らかで、ひび割れがさらに広がり、フレームから火花が散り始める。

 

 

「っ!?このっ!!」

 

『よし、効果確認。シロコは下がって』

 

「了解──っ!!」

 

 

 目の前に振り下ろされる拳を避けながら、シロコは一旦ラフミから距離をとる。いきなりターゲットを変更してきたのには驚いたが、理事はさっきの攻撃がそれほど嫌だったらしい。

 

 

「まだ歯向かうか!!たかが子供1人増えたところで、このラフミは破れんと言っているだろう!!」

 

 

 怒り狂った理事が、狙いをシロコへと変更する。後方へと下がるシロコに追撃を入れるが、その隙をついて背後からセキがラフミの機体を登っていった。

 そしてコクピットのある中央部に踏み込むと、2つ目のマーカーが付けられたキャノン砲の基部へと狙いをつける。

 

 

「できるから言ってるんですよ。この話、昨日もしましたよね?」

 

「っ!!ほざけ!!子供風情が!!!!!」

 

 

 セキが引き金を引こうとした直前、セキの視界に警告が表示される。それに気づいたセキが背後に飛び去ると、彼女が居たその場所を巨大な両腕が挟み込んだ。

 

 

「貴様こそ、昨日の結果をもう忘れたか!貴様は結局、我々に負けた!!そして今回もそれは同じだ!!」

 

 

 ばら撒かれるミサイルを回避しながら、セキは苦々しく表情を歪める。理事の言う事は最もだ。昨日の戦いは、間違いなくセキの負けだ。それはどう足掻こうが変えられない、たった一つだけの真実だ。

 

 

「確かに、私は負けたよ。自分で全部解決しようとして、他人(ひと)の話も聞かなくて。結局自己満足で終わろうとしたよ」

 

 

 あの時のセキは、証明したかった。自分が生きる理由が欲しくて、どうにかしようとで足掻いていた。しかしそれと同時に、自分の罪を、自分の命で贖おうともしていた。だからセキはたった一人で無謀な特攻を試みたのだった。

 でも、今のセキは違う。生きる理由を見失って、自暴自棄になっていたあの頃のセキはもう居ない。人はもっと単純でいい。それを教えてくれた人の為に、彼女はこうして戦場に立っていた。

 

 

「負けないよ。私はもう、孤独(ひとり)じゃない」

 

 

 そう言い放つセキの耳元で、セツナの鋭い指示が飛ぶ。

 

 

『アル。撃って』

 

 ダァンッ!!!!!!

 

 

 その声から間髪入れず、遠くから飛来した炸裂弾が、ラフミ右側のミサイルポッドに直撃する。そこにはまだ発射前のミサイルが詰まっていて、炸裂したアルの弾に誘爆する形で盛大な大爆発を引き起こした。

 

 

「ぐぁぁぁぁっ!!!」

 

「あっはは!どうかしら!貴方なんて一撃で十分よ!!」

 

 

 理事の苦しげな悲鳴に、アルの高笑いが重なって響く。ミサイルポッドの誘爆により、ラフミは右腕を失った。右腕のガトリング砲と、右肩のミサイルポッド。攻撃力の半分近くを奪った今こそ、ラフミを仕留めるには絶好の機会だ。

 

 

『みんな、ラストアタックだよ!!』

 

「は〜い!じゃ、いっくよ〜!!」

「了解!やってやるわよ!!」

 

 

 その声とともに、セリカとムツキが動き出す。セキが飛び回って注意を引いている間に、セリカはコクピットに向けて精密射撃。ムツキはマシンガンの射撃の合間に、グレネードを投げ込んでダメージを重ねていく。

 

 

「ぐッ!このぉッ!!」

 

 

 四方八方、さらには上空からの攻撃に、徐々に防戦一方となっていくラフミ。いくら銃弾によるダメージが効きにくいとは言っても、それも数を重ねれば致命傷になる。

 それは理事もわかっているようで、時折残った左腕で周囲を薙ぎ払おうとする。だが動かそうとする度にアルの狙撃が妨害していた。やがて狙撃を受け続けた左腕が、黒煙を吐いて動きを止める。

 

 

「今だよシロコちゃん!!」

 

「ん!わかった!」

 

 

 その様子を見たセキが、シロコへと合図を送る。そして自らのアサルトライフルをシロコへと投げ渡した。

 

 

「弾倉30!!発射器榴弾1!!」

 

 

 手短に伝えられたその内容から、シロコはセキの意図を察した。素早く弾倉と発射器をチェックし、しっかりと言われた通りの物が入っていることを確認する。

 自分のものとは違うライフルを握りしめながら、シロコは地を蹴ってラフミへと突撃した。それを確認した理事も、セキの相手をやめてシロコへと向き直る。

 

 

「正面突破とは、死にに来たか!!」

 

 

 ラフミに残された武装群が、全てシロコへと向けられる。だが両腕のガトリング砲は使えず、残った左肩のミサイルランチャーは、アルの狙撃を警戒して使えない。だからこそ、理事は最大火力を誇るキャノン砲に全てを賭けた。

 ラフミ背部のキャノン砲が赤い光を放つ中、シロコは億さずラフミとの距離を詰める。キャノン砲が放たれるのが先か、シロコが肉薄するのが先か。両者の距離が詰まるにつれて、周囲の空気が段々と張り詰めていく。

 

 

 残り、150m。両者共に動きはない。

 

 残り、100m。武器を握る手に力が籠る。

 

 残り、50m。その瞬間、シロコの視界に警告が現れた。

 

 

 それはつまり、理事が先に攻撃準備を整えたということだ。

 

 

「これで終わりだァ!!!!」

 

 

 勝利を確信した笑みと共に、射撃ボタンへと手を伸ばす理事。だがその指がボタンを押し込むより早く、目の前にバサリと影が落ちる。

 発射直前の砲口。その眼前に姿を晒したセキ。ニヒルな笑みを浮かべた彼女は、翼をはためかせながら手に持っているものを見せびらかす。

 

 それは既にピンの抜かれた違法改造のグレネードだった。

 

 

「っ!!!!!門守セキッ!!!!!」

 

「あっは!お届け物でーす!」

 

 

 理事の怨嗟の声を聴きながら、セキはグレネードをキャノン砲の砲口へと投げ込む。既に臨界目前の砲塔。高密度のエネルギーの渦巻くそこに爆薬を投げ込めば、あとはもう想像通りだ。

 

 

 ドゴォォォォォォォォン!!!!

 

 

 赤い閃光を撒き散らしながら、砲塔が中央から爆発した。射撃直前のエネルギーの塊が、グレネードの爆発によって刺激され炸裂。ラフミの最大火力であるキャノン砲は、爆発により完全に沈黙する。

 

 

「ありがとう、セキ」

 

 

 隙を作ってくれたことに礼を伝えながら、シロコは再び自分のドローンを起動させる。そしてキャノン砲の暴発で大ダメージを受けたラフミの懐へと潜り込み、最後のマーカーがつけられたポイントへと接近した。

 

 これまでの戦いから、セツナはラフミの弱点として2つの仮説を建てていた。1つは爆発物。ムツキの爆薬やアルの炸裂弾など、ラフミは爆発物に対してダメージを受けている様子が複数確認されていた。

 

 このことから、ラフミの装甲は"面"の攻撃に弱い。さらにいえば、爆発の衝撃による内部機構へのダメージも期待できるだろう。

 

 そしてもう1つは、関節部だ。ラフミの装甲は銃弾を弾く。だから理事はああも堂々としていた。だがアルの関節部を狙った一撃には、初めて防御反応を示した。

 

 おそらくラフミの装甲配置は、西洋の鎧と似ているのだ。鎧は全身を覆っているように見せかけて、関節部等は可動域確保のために覆われていない。そのため通常の銃弾でもダメージが通るので、理事はアルの狙撃から身を守った。

 

 この2つの仮説を真として、セツナはマーカーを設定した。ただし、他の2つは確認と陽動のため。シロコの狙った左腕と、セキが狙ったキャノン砲の基部。攻撃が機体の上半身に集中したことで、理事の中では次の攻撃も上半身狙いと考えるだろう。

 

 だから必然的に、下半身への警戒が疎かになる。あちこちから黒煙を吐き、既に満身創痍のラフミの股下をくぐり抜けるシロコ。その数秒の間にマーカーで示された位置──両脚を繋ぐ関節部へと狙いを定める。

 

 

「ん、ここだね」

 

 

 そしてドローンのロケット弾と共に、躊躇いなくグレネードと射撃を叩き込むのだった。

 

 

 

 

 










 ▽砂狼シロコ
 今は居ない先輩の影を追う。
 セキ共に戦い、彼女の心強さを知る。

 ▽門守セキ
 イメージは「エヴァ2号機α 臨時暫定仕様」。
 傷の手当はしたものの、まだ本調子ではない。

 ▽第2部隊(遊撃部隊)
 ノノミ・アヤネ・ハルカ・カヨコで編成。
 カヨコ指揮のもと、増援部隊を蹴散らし続けた。

 ▽カタカタヘルメット団
 リベンジマッチに燃える集団。
 戦車は便利屋が壊したものからスクラップアンドビルドした。

 ▽ラフミ
 元はゴリアテとのコンペに破れた機体。
 一機のみ建造され、新兵装の実証試験機(テストベット)として運用された。





あとがき

皆様、あけましておめでとうございます!
新年の挨拶が少し遅くなりました┏○ペコッ
毎度稚拙な遅筆な私に今年もお付き合いください。次は水曜に投稿できたらいいけど、かなり怪しいかなぁ……(´・ω・`)





 次回 第29話「YOU ARE (NOT) TEACHER



「あなたは何故、"先生"を名乗っているのですか?」





  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。