Blue Archive 〜藍の外典〜   作:roimi_mark2

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 ーかの者は先達として前を歩き、良き理解者として隣に立ち、また悪事を隠すために背後に隠れる。その者は主の代行者であり、また主にとっての血肉であり、また、主にとっての敵対者であるー

 〜藍の外典: 神の玉座に侍る写し身より〜







第29話 「YOU ARE (NOT) TEACHER」

 

 

 

 

 

 

 ドオォォォォォォン!!!

 

 

 昼下がりのアビドス市街に、重い爆発音が轟く。理事の切り札である機動兵器ラフミは、セリカ・ムツキ・アル、そしてセキの連携により隙を作られ、最後にはシロコによって弱点である股座の関節部に集中攻撃を受けた。

 度重なる攻撃により、満身創痍だったラフミ。そのタイミングで機体を支える重要部分に攻撃を受けて、耐えられるわけがない。両脚を繋ぐ結合部が完全に折れたラフミが、断末魔と共に崩れ落ちた。

 

 

「クソッ!!このラフミが、たった5人の子供相手に……」

 

 

 倒れたラフミから這い出てきた理事が、恨み言と共にシロコたちを睨みつける。だがシロコは意に介さず鋭い眼差しで銃口を突きつけていて、その後ろではセキが憐れむような視線を送っている。

 形勢は完全に逆転。増援も期待できず、ラフミさえ失った理事。それを見下ろすのは、ほぼ無傷の生徒5人と、それを指揮する大人1人。もう、勝負はついただろう。

 

 

「……どうする?まだやるつもり?」

 

 

 冷たく、そう問いかけるシロコ。対して理事は悔しそうに目元を歪めながら、絞り出すようにこういった。

 

 

「……作戦遂行中の各部隊に通達。撤退し、戦力の再整備に取り掛かれ。ここは一旦退くぞ」

 

 

 その言葉と共に、理事は迎えのPMC兵に支えながら立ち上がった。その間に別のPMC兵が各部隊に撤退指示を伝達している。

 

 

「覚えていろ貴様ら……!次はこう上手くは行かんぞ……ッ!!」

 

 

 最後にそう吐き捨てながら、理事はゆっくりとその場を後にしていった。それと連動して、市街地に展開していた部隊も撤退を始める。

 

 

「……状況終了。みんな、お疲れ様」

 

「はぁ〜何とかなった〜」

 

『ほんと。だいぶ無茶な作戦だった』

 

 

 カイザーの撤退を確認したセツナの一言で、張り詰めていた緊張の糸が解けていく。

 カイザーの主力、そしてラフミの相手をしていた第1部隊。そしてその間に増援部隊の処理をしていた第2部隊とヘルメット団。そのどれかが欠けていたら、この作戦は成り立たなかっただろう。まさに紙一重の勝利だ。

 特に途中でセキが乱入しなければ、こうして和気あいあいとした結果にはならなかっただろう。それを誰よりもわかっているのは、彼女のおかげで助けられたシロコだった。

 

 

「ありがとうセキ、助けてくれて」

 

「気にしないで!シロコちゃんが無事なら、私はそれで良いから!」

 

 

 借りていた黒いライフルを返しながら、シロコは改めて礼を伝える。

 

『シロコちゃん達は負けないよ。私が守るから』

 

 その言葉に、シロコはかなり勇気づけられた。誰よりも先陣を切っていったその姿に、今は囚われている先輩の姿が重なった。

 そのお陰で、シロコの中に留まっていた不安が一気に晴れたのだ。あの子となら大丈夫と、そう思わせてくれた。

 

 

「……でも、無茶は良くない。その傷も、まだ治ってないでしょ?」

 

「まぁ大丈夫だよ!あれくらいの怪我なら、もうほとんど治っちゃってるし。ほら!」

 

 

 そう言って、セキは巻かれていた包帯を外す。するとたしかに、傷口はほとんど塞がっていて、少しだけ痕が残っているだけだった。前哨基地の事といい、やはりセキの回復力は並外れているらしい。

 

 

「ね?だからもう大丈夫だよ!」

 

「うん。……でも、やっぱり無理は禁物。セキが大丈夫でも、私が心配だから」

 

「そ、そう?……そう、なんだ!えへへへ……」

 

 

 心配されるのに慣れていないのか、セキがあわあわし始める。本人は必死に隠そうとしているようだが、背中の翼がパタパタと動いていていじらしい。

 今までは戦っている彼女しか見たことがないシロコの目には、その様子が少し新鮮に映った。微笑ましい雰囲気が漂う中、おずおずと近づく人影があった。

 

 

「あの、これはどういう状況でしょうか……?」

 

 

 そう声をかけたのは、少し困惑した表情を浮かべたノノミだった。どうやらいつの間にか第2部隊も合流していたようで、彼女の背後にはアヤネとセリカも居た。

 

 

「どういう……て、どうなのかな?」

 

「助けてもらったから、お礼をしてた」

 

「いえ!それはそうなんですけど、いつの間にそこまで仲良くなられたのかと……」

 

「ほんと。さっき戦ってた時はなんとも思わなかったけど、今思えば何があったの!?って思って」

 

「あぁ……そういえば、みんなには言ってなかったけ」

 

 

 ノノミ達の疑問は当然のものだった。彼女達が最後にセキと会ったのは、1ヶ月近く前の前哨基地での戦いのこと。それからシロコは度々会う機会があったが、ノノミ達はそれっきりだった。

 1ヶ月前は敵だった人物が、今は何故か自分たちの仲間を助けて、当たり前のように仲良く言葉を交わしている。そんな状況を目の当たりにすれば、疑問が出てくるのも必然だろう。しかし、その過程を説明すると長い話になってしまうが……。

 

 

「ちょっと色々あったんだ。それはまた追々説明するね」

 

 

 あとからやって来たセツナによって、その話は一旦流されることとなった。

 

 

「セキ、改めてありがとう。シロコを守ってくれて。一緒に戦ってくれて。おかげでアビドスを守ることができた」

 

 

 セキと向き合いながら、セツナもまた礼を伝える。彼女の助けのおかげで、シロコは無事に戦い抜けた。彼女が誰よりも前に立ってくれたおかげで、みんなが勇気づけられた。

 ラフミを前に折れかけていたみんなの心を、セキが繋げれくれたのだ。それがどれだけありがたかったか。それを言葉にして伝えれば、セキの表情がまた少し緩む。

 しかし、それはほんの一瞬のこと。セキの視線がセツナの手元──折りたたまれた黒い盾に留まると、その表情が固くなった。

 

 

「でも、まだ終わりじゃないんですよね?」

 

 

 その言葉に、シロコ達の雰囲気が一気に引き締まる。そうだ、これはまだ前哨戦だ。カイザーに囚われたホシノを助け出すその時には、これ以上の戦いが繰り広げられるだろう。

 

 

「そうだね。むしろここからが本番だ」

 

「ホシノ先輩を取り返す」

 

「そうよ!カイザーの奴らなんかに負けてらんないわ!」

 

「……でも、ホシノ先輩は今どこにいるんでしょう?」

 

「まずはホシノ先輩を見つけなきゃですが……。理事も居ない現状じゃ、情報があまりないですね……」

 

 

 状況は八方塞がり……とまでは行かないが、行き止まりにぶつかったことは確かだ。この広大な砂漠の中から人を見つけ出すのは、現状じゃ不可能に近い。せめてもう少し情報が欲しいところだが……。

 

 

「私に任せて。少し心当たりがある」

 

 

 打開策は既に、セツナの中にあった。

 

 

「ほんと!?なら今すぐにでも!!」

 

「いや、今日のところはもう休もう。ホシノの場所はわかり次第伝えるから、みんなは次の戦いに備えて」

 

 

 今にも駆け出しそうなシロコ達を宥めながら、セツナは困ったように笑った。

 今日の戦闘は今までの戦闘よりもかなり堪えた。それは肉体的な面もそうだが、何より精神的な面も大きい。一時的とは言え、彼女たちは自分たちの全てを奪われたのだから。

 今は便利屋やヘルメット団、セキの協力やセツナの切り札等で状況をひっくり返った高揚感があるが、冷静になれば思い出したかのように疲れが戻ってくるだろう。今はしっかりと身体を休めて、次の戦いに備えなければならない。

 

 きっと次は、こう上手くは行かない。カイザー理事だって馬鹿では無いのだ。今回の件を踏まえ、より戦力を増やして応戦してくるに違いない。

 幸いなのは、対策委員会側にも戦力を増やす時間があるということだ。ラフミの破壊に複数部隊の殲滅。おそらく彼らも立て直しに時間を要するだろう。

 そしてその時間は、対策委員会が体勢を立て直すには十分すぎる時間。ならカイザーが体勢を立て直すよりも早く、対策委員会側も戦力を揃えて強襲するのが理想だが……。

 

 

「その前に、話を付けとかないとな」

 

 

 そう呟くセツナの表情には珍しく影が差していた。

 

 

 

 

 

 静かだ。

 風の音が聞こえるほど、辺りは静まり返っている。

 

 アビドスでの防衛戦を終え、アビドスには束の間の平穏が戻ってきていた。ただし、それは賑やかなものではなく、人っ子一人居ない閑散としたものだが。

 そんな静寂の中、私は瓦礫や穴ぼこを避けながら歩いていた。砂漠の夜はやはり冷える。いつもの白衣とスーツを着た私には少しこたえる寒さだが、それに関してはあまり気にならない。

 

 ……何故なら今、私は怒られているからだ。

 

 

『で、これはどういうことでしょうか?』

 

 

 スマホの向こうから、静かな怒気を含んだ声が聞こえてくる。電話の相手は七神リンことリンちゃん。シャーレが活動を始めてから度々お世話になっている彼女だが、ここまで怒っているのは珍しいかもしれない。

 

 

『「私の出した声明にコメントするだけで良い」。……昨日の夜、先生はそうおっしゃいましたね?まさか他学園への内政干渉のような内容だとは思いませんでしたが』

 

「はい……」

 

『おかげさまで、連邦生徒会にシャーレ宛の問い合わせがかなりの量来ています。先生は大人です。まさかとは思いますが、自身の扱う事の重大さとシャーレの影響力を分からないとは言いませんよね?』

 

「その件については誠に申し訳なく思います……」

 

 

 矢継ぎ早に飛んでくる指摘の数々が、私の体をチクチクと刺している。でも実際、リンちゃんの言うことは間違ってないのだから、私には反論する権利は無いのだ。

 

 話はホシノが学校を去った後のこと。カイザーの用いるであろうロジックを悟った私は、彼らが想定していた勝利の道を舗装するついでに地雷を埋めまくった。

 その一環としてリンちゃんに連絡を取ったのだが、スピード重視で説明したせいで、「アビドスの生徒会機能を移す話」をし忘れたのだ。

 しかも内容が内容のだけに、本来ならシャーレに集中するはずだった問い合わせが、コメントをした連邦生徒会にも行く始末。これに関しては、見切り発車で強行した私の責任だった。

 

 

『連邦生徒会も、今は立て直しで忙しいんです。今回の件はまだ対応できる範囲でしたが、事によってはできかねないこともあります。そういう判断も含めて、今度からは事前にちゃんと相談してください』

 

「ごめんね……でもありがとう。リンちゃん」

 

『誰がリンちゃんですか。……はぁ、まぁ今回は大目に見ます。次からはちゃんと事前に相談してください』

 

「ごめん……本当にありがとうね……」

 

 

 連邦生徒会長が失踪してから、リンちゃんはずっと代行として頑張っている。そんな中で私の突然のお願いを聞いてくれた彼女には感謝しかない。いつかはまた、埋め合わせをしてあげなくちゃと思う。

 

 

『あぁ、それと。セツナ先生にお伝えしたいことが』

 

「ん?どうしたの?」

 

 

 そんな物思いに耽っていた私を、リンちゃんの声が現実に引き戻す。どうやらリンちゃん直々に何か伝えたいことがあるようだ。

 

 

『本日、シャーレに────はい?いえ、はい。天守セツナ先生ですが……』

 

 

 しかし、電話越しに聞こえてきたのは、彼女の少し驚いたような声だった。

 

 

「どうしたの?」

 

『いえ、何も。少しだけお待ちいただいてもよろしいですか?』

 

「うん。大丈夫だよ?」

 

『ありがとうございます。では少しだけ……』

 

 その言葉と共に、リンちゃんの声が遠のいていく。さっきの声は、彼女にしては珍しいどこか困惑したような感じだった。そして微かだけど、電話向こうから人の話す声が聞こえた気がした。

 リンちゃんはその役職柄、常に仕事が舞い込んでくる。少し前に手伝いがてらリンちゃんのデスクワークを見ていると、365日徹夜上等のデスマーチを行っているようだった。

 役職が役職とは言え、学生なんだから休んで遊んだりして欲しいと切実に思うが、今回の私は仕事を増やしてしまった口なので何も言えない。

 

 

『すみません、お待たせしました』

 

 

 しばらくして、リンちゃんが戻ってきたようだ。だが離れる前と比べて、その声はどこか疲れているように聞こえる。

 

 

「大丈夫そう?忙しいなら、また後でも構わないけど」

 

『いえ、少し人が来ていまして。特に問題はありません』

 

 

 そう言われてしまえば、私は特に言えることはない。余計な詮索を思考の隅に置いてから、リンちゃんからの伝言に耳を傾けた。

 

 

『とりあえず本題です。シャーレに新たに人員補充がありました』

 

「人員補充?その言い方だと、部員(せいと)じゃなくて運営(こっち)側の補充ってこと?」

 

『はい。出張を取りやめる必要はありませんが、なるべく早くお伝えしようと思いまして』

 

 

 その内容に、私は静かに首を捻る。確かに、今のシャーレは人手不足だ。しかしそれは生徒達に任せていた実働部分の話で、書類処理等のデスクワークは私一人でも何とかなると思う。はっきり言えば、運営側の人員補充はあまり必要無いかもしれない。

 でも確か、誰かを手助けして欲しいとも言われた気がする。その人を守れ……と、朧気な記憶が何かを訴えかけてくる。ただいくら思い出そうとしても、まるで雲を掴んだように手応えがなかった。

 

 

「うん、わかった。とりあえず相手には、挨拶が遅れることと、シャーレにようこそって伝えておいて」

 

『わかりました。では先生。次に何かやる時は連絡をお願いしますよ?』

 

「はい、心得ております……」

 

 

 そのお小言を最後に、リンちゃんとの電話は切れた。とりあえず、これでアビドスの生徒会周りの問題は粗方片付いた。後は勝手に移乗させた生徒会権限を、対策委員会に承認してもらうだけだ。

 今回の件で、みんなは生徒会組織の重要性が嫌という程わかっただろう。承認の方は、おそらく反対意見は出ずに通る。だからこそ、私は最後に残った問題を片付けるのに集中できる。

 

 

(…………ここだな)

 

 

 アビドス市街の中央から少し離れたビル街。その一角に陣取るビルの前で、私は足を止めた。それはごくありふれた普通のビルだが、漂っている雰囲気はどこか重苦しい重圧を放っていて、余所者を拒んでいるようだった。

 その重圧を肌で感じながら、私は迷わず中へと足を踏み入れる。何せ目的地はここなのだから、躊躇う理由は微塵もない。階段を登り、エレベーターに乗り、ついに辿り着いたのは、どこかへと繋がる扉の前だった。

 

 

(……アロナ。ここで間違いはない?)

 

《はい先生!!昨日の夜、ホシノさんのスマホはこの地点まで来ています。ここを最後に途切れているので、可能性は高いと思います》

 

(わかった。一応『防壁』の用意と、外にドローンを待機させておいて)

 

《了解です!!》

 

 

 アロナと心の内で会話しながら、私は目の前のドアノブへと手をかける。捻ってみればどうやら鍵はかかっていないようで、すぐにカチャッと扉の開く音が聞こえた。

 

 

(……まるで、誘われてるみたいだ)

 

 

 少し警戒しながらも、私はゆっくりとドアを開けていく。扉の先に広がっていたのは、光の差し込まない真っ黒な部屋だった。まるで墨汁で満たされたような奇妙な部屋だったが、よく"眼"を凝らしてみればあちらこちらに人痕跡が残されていた。

 そしてその奥、私から一番遠いその場所には、何か人のようなものが居る。暗すぎて、姿形までは見えない。だがこちらを見定めるような、粘ついた気色の悪い視線が、私の体を舐めまわすように這っている。

 

 

「おや?珍しく来客かと思いましたが……あなたでしたか」

 

 

 私が足を踏み入れた途端。少し驚いたような声が聞こえてくる。それと同時に窓際にかけられた遮光カーテンが開かれ、室内に藍い月光が差し込んできた。

 そのお陰で、さっきの声の主もようやく見えるようになった。予想通り、それは窓際に置かれたデスクに居座っている人物の声だった。

 

 

「どうしてここがわかったんですか?この場所は、あなたがここに来るのは早すぎる(・・・・)と思うのですが」

 

「そんなどうでもいい話は後にしよう。私には時間が無いんだ」

 

 

 そう言って、私はさらに一歩踏み出した。それにつられて、その人物の見た目が細部までよく見えるようになっていく。

 部屋を満たす暗闇に負けないくらいの黒。来ているスーツも、その肌の色も、光を吸い込んでしまいそうなほど黒い。そして何より、その頭はひび割れていて、そこから白い光が漏れている。

 なるほど、確かにホシノの言った通りだ。私もキヴォトスに来てしばらく経つが、こんな大人(バケモノ)は見たことがない。

 

 

「初めまして。お前がホシノの言っていた大人だな?」

 

 

 確認の意味も込めてそう尋ねると、そいつは先程より少し落ち着いた様子で口を開いた。

 

 

「えぇその通りですよ。天守刹那さん。とりあえず、自己紹介から始めましょうか」

 

 

 口元の亀裂をニタリと歪ませながら、ヤツは座っていた椅子から腰をあげた。

 

 

「私たちは『ゲマトリア』。このキヴォトスにおける未知を開拓し、あらゆる事象を解明する探求者にして観測者。そして私の事は黒服……とお呼びください。私自身、この名前を気に入っておりますので」

 

 

 黒服。それがヤツの名前らしい。見た目はかなり化け物じみているが、どうやら話はできるようだ。むしろ所作の節々から滲み出る礼節が、奴を大人だと証明しているようだった。

 そして射抜くような視線の中に、気持ち悪い悪意のようなものを感じる。言動からまともそうな印象を受けるが、どうやらヤツは腹の中まで真っ黒らしい。

 

 

「……私に何を求めているのかな?」

 

「……流石。その"眼"の前では、私の魂胆などお見通しのようですね」

 

 

 私が"見たまま"のことを問いかけると、黒服はまた口元をニヤつかせる。それにしても、"眼"か。キヴォトスに来てから、どこか変になった私の"眼"。それを奴は知っているらしい。

 この"眼"は見えないものが見える。相手の抱いている感情や考えていることが、朧気ながら頭に飛び込んでくるのだ。だから目の前の男がろくな事を考えていないのも、嫌という程良くわかった。

 

 

「単刀直入に言いましょう。我々の仲間(ゲマトリア)に加わり、実験に協力していただきたいのです。私が求めるのは、ホシノの身柄。それが手に入るなら、私はあらゆる代償を払いましょう」

 

「却下だ。ホシノは返してもらう」

 

「ふむ……。一応聞きますが、退学書類は確認されましたか?大人たるもの、共有された書類の内容は速やかに確認するべきではないでしょうか?」

 

「もちろん確認したさ。だから私はサインしていない。あれは退部届だからね。私が認めない限り、ホシノは私の生徒だ」

 

 

 何を言われようとも、私はホシノを譲るつもりはない。特に事前にホシノから黒服のやり口は聞いている。相手が契約を武器にするというのなら、こちらは制度(ルール)を盾に反論を繰り返す。

 ホシノが用意していた退部届。あれに顧問の印を押す欄があったのが幸いだ。おかげでこうして、「先生と生徒」の関係が使える。

 

 

「……なるほど。生徒の去就には顧問(あなた)のサインが必要ですか。学校であるからこその先生と生徒。厄介な概念ですね」

 

 

 私の反論に、黒服はしぶしぶと言った様子でそう独りごちる。だが、私はまだ気を緩めない。一見折れたようなその態度とは裏腹に、ヤツの視線はブレることなく私のことを見定めている。

 その視線に含まれているのは、ねちっこくへばりつくような悪意。そして気のせいでなければ、こちらに対する純粋な興味が渦巻いているようだった。その視線を真っ向から受け止めていたさなか、黒服はこちらを試すように口を開く。

 

 

 

 

 

「しかし、そもそもあなたは"先生"なのでしょうか?」

 

 

 

 

 

 突然の黒服の問いに、私は眉根を寄せる。何を今更そんなことを。呆れと困惑が入り交じった感情を顔に出していると、黒服は特に気にせずに話を続けた。

 

 

「話は変わりますが、我々ゲマトリアは未来を知っています。……いえ、未来だけではありません。過去、そして現在(いま)。この世界で起きた、あるいは起きるであろう全ての事象を、私たちは把握しています」

 

 

 椅子に座り直し、手を組んで口元に寄せながら、黒服は淡々と言葉を続ける。

 曰く、彼らは1年半ほど前に、ある"オーパーツ"を手に入れたらしい。そこに綴られていたのは、このキヴォトスに襲い来る数多の事象。まるで預言書のようなその内容に、彼らはかなり驚いたそうだ。

 

 

 

「我々はそれを『青の正典(ブルーアーカイブ)』と呼称しています。儚くも美しい、生徒と先生が紡ぐ奇跡の物語。我々はその物語(オーパーツ)を研究し尽くし、深い知見を得ました」

 

 

 

青の正典(ブルーアーカイブ)』。それがその預言書の名前らしい。この世の全ての出来事が記された書物。まるでアカシックレコードのようなものが、この世界に実在するらしい。

 それに関して興味が無い訳では無いが、それはいわゆる「そうなる運命」が書かれた書物なんだろう。そう考えれば、そのブルーアーカイブとやらを読もうとは思わない。

 だが目の前のこいつは違う。その書物を読み、解析し、深く知った。この世の理を、因果を、未来さえも。だからこそ、その言葉は世界による裁定に等しかった。

 

 

 

「その知見の中に、あなたの名前はありません。天守刹那という存在は、ブルーアーカイブには登場しません。本来ここに来るべきなのは"先生"であって、天守刹那(あなた)ではないのです」

 

 

 少し語気を強めながら、黒服は宣告する。

 

 

「もう一度問いましょう。天守刹那さん、あなたは何者なのでしょうか?」

 

 

 そして問う。私はなんなのだと。

 

 

「連邦生徒会長が呼び寄せた不可解な存在?『シッテムの箱』を操り、生徒たちを導く大人?えぇ、あなたのこれまでの所業は、正しく"先生"と言って差し支えないでしょう」

 

「しかし、それは"先生"の役目です。決して、あなたのものではない」

 

「ただの大人でありながら、その身体に宿るはずのない神秘を宿し、この時点であの(・・)AI(・・)の興味を引いた。そして"先生"なら取らないであろう行動の数々。ここに来れたのも、大方ホシノを監視していたからでしょう?」

 

断言しましょう。貴方は間違いなく、"先生"ではありません

 

 

 反論する隙も与えず、黒服は淡々と事実を列挙し、『私』の存在を否定していく。

 

『神秘』『あのAI』『"先生"の行動』

 

 それらの言葉の意味は分からないが、おそらく例のオーパーツからしてみれば、私の存在はかなり異質なんだろう

 

 

「だと言うのに……あなたは何故、"先生"を名乗っているのですか?」

 

 

 故に、黒服は今一度問いかける。私が先生を名乗る理由を。本来の"先生"に成り代わり、こうして彼の前に立つ私の存在を問う。

 

 私の存在……存在か。

 なんで、私はここに来たのか。

 なんで、"先生"でもないのに、生徒を助けるのか。

 

 何故『"先生"』ではないのに「先生」を名乗るのか。

 

 

「……愚問。あるいはどうでもいい話だな」

 

「……どうでもいい、ですか」

 

 

 私の言葉に、怪訝そうに呟く黒服。

 

 だってそうだろう?黒服のその疑問の答えは、既に黒服自身の口から出ているんだから。

 

 

「じゃあ逆に聞くけど。お前は何故、"黒服"と名乗っているんだ?」

 

 

 私が逆にそう問いかけてやれば、黒服はキュッと口を噤んだ。

 

『私の事は黒服……とお呼びください。私自身、この名前を気に入っておりますので』

 

 さっきの自己紹介の時に、奴はそう言ったのだ。黒服という名前は、ホシノがそう呼んでいるだけだ。もしかしたらこいつには、本当の名前があるのかもしれない。もしかしたら、あまりそう呼ばれたくないのかもしれない。

 でもこいつは『黒服』という名前を選んだ。本名を明かす訳でも、別の名前を使う訳でもなく。それを選んだ理由は、「その名前を気に入っている」というだけだった。

 

 

「わかるだろ?それが、『私』を『私』たらしめるものだからだ。私の信念を、方法を、評価を。それら全てを過不足なく表せる言葉が『先生』だ」

 

 

 生徒に寄り添い、支え、自分の選びたい選択を選べるようにする。それが私の存在意義(やくめ)。それはこのキヴォトスに来た時から……いや、"あの時"から一切変わることの無い私の信念だ。

 

 幼い頃。どうしようもない未来に絶望し、塞ぎ込む俺を救ってくれたあの子のように。子供たちにとって希望のある未来を作る手助けをするために、私は先生を名乗るのだ。

 

 でも、きっと黒服の言う"先生"はそうではないのだろう。青の正典(ブルーアーカイブ)という運命に定められた、たった一人の人物。役職や呼称なんてものじゃない。もっと運命的な意味合いを持つものなんだろう。

 

 

 だからなんだ。それがどうした。

 

 

 

「"先生"がどうとか、私が"先生"じゃないとか知ったことか。私は先生(わたし)だ。私の生き方を、他人に指図されるなんて御免だね」

 

 

 

 私の選択は、私のものだ。

 私の歩んだ道は、私の意志だ。

 私の作る道は、私の未来だ。

 

 失敗も成功も、勝利も敗北も。山あり谷ありの道を歩んだ後で、最後には胸を張って「私が選んだ道」だと言えるように。その選択に伴う責任や義務を背負いながら、私はここまで歩いてきた。

 そして私は、選択した。ホシノを止めずに送り出す選択を。ホシノは黒服の提案に縋った。アビドスが助かるならと、自らの身を投げ打ってまでアビドスを救おうとした。

 でもそれは裏切られ、アビドスは攻め込まれた。私がもしホシノを止めていれば、こうなることはなかったかもしれない。

 

 だったら私はその責任を取る。

 だから『約束』したんだ。

 

『アビドスとみんなを守ってみせる』って。

 

 

「私は先生として、あの子の選択に報いる責任がある。あの子の『約束』を守る義務がある」

 

「責任?義務?何の関係もない赤の他人の責任を取るというのですか?それに『約束』という曖昧な契約に縛られて、とる必要のない責任を背負うというのですか?」

 

「それが大人として、天守刹那として。私が果たすべき責任だからね」

 

「いいえ違います、天守刹那さん。大人とは世界を決める者。平凡と秀才を、富と貧しさを、弱者と強者の線を引くものです。強いものが弱いものを搾取する。それがこの世界のルールではありませんか?」

 

「そうかもしれないね。でも、それがもし子供に牙を剥くと言うなら。私は抗ってみせるよ。どんな手段を使っても、何を犠牲にしようとも……ね」

 

 

 そう言って私は、胸ポケットに収まっていたあるものを取り出した。

 それは、どこにでもあるような大人のカードだった。ただし、その全体は黒く煤けたように変色していて、触れた指からは、トクトクと暖かい熱が伝わってきている。

 私の"眼"と同じように、このキヴォトスに来てから変質したものの一つ。それが大人のカード。それを突きつけられた黒服からは、理解できないというような感情が覗いていた。

 

 

「……………………正気ですか?」

 

 

 これを切る意味を理解しているのか、黒服がそう尋ねる。その言葉を聞いて、私は口元が緩むのを感じた。

 

 

「……お前、やっぱり知ってるんだな」

 

 

 彼の言葉に私は──いや、俺は心から笑みを浮かべる。それはこのカードが効果を示したことにではなく、黒服がこのカードに妙な反応をしたからだ。

 実は俺自身、このカードを切ることの恐ろしさは感覚的にしか理解できていない。どうにかして知ろうとはしたものの、結局は何も分からずお手上げ状態だった。

 

 だがあの反応を見る限り、黒服はこのカードの危険性をある程度理解しているようだ。

 

 理解している。識っている。それはつまり、こいつは俺以上に俺の変化を知っている。さっきの"眼"のことと言い、黒服の知識はかなりの水準であるようだ。

 

 つまり──こいつの知識は使える。

 俺の変化を知るのに、こいつの知識は是非とも欲しい。

 

 

「じゃあ話を続けようか、黒服」

 

 

 より一層警戒心を強める黒服に対し、俺は口元を歪ませながら静かに告げた。

 

 

「お前に絶対に断れない提案をしてやるよ」

 

 

 

 

 

 









 ▽天守刹那
 先生。それ以上でもそれ以下でもない。
 何が起きようとも、その信念は曲がらない。

 ▽黒服
 "ブルーアーカイブ"を知る者。
 あなた達と同じ、でも少し違う外の世界の者。










 ▽青の正典
 あなたも知ってるだろ?
 だから今、この物語を読んでるんだ。









あとがき

ブルーアーカイブ5周年おめでとう!!
預言者レイド実装最高!!!!
臨戦シリーズの実装ありがとう!!!!!!!





 次回 第30話「助けを呼ぶ声」


「……その言葉、二言は無いね?」




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