Blue Archive 〜藍の外典〜   作:roimi_mark2

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 ー子らよ、来てわたしに聞け、わたしは主を恐るべきことをあなたがたに教えようー

 〜詩篇34篇 第11節より〜







第30話 「助けを呼ぶ声」

 

 

 

 

 

 

「ダメだな。私にはどうにもできない」

 

 

 ゲヘナ某所、風紀委員会本部の目の前の広場に、少女の凛とした声が響く。時刻はお昼を回った頃だろうか。本部入口前の警備の任に就いていたイオリは、突然やってきた私に対して結論を伝える。

 それに対して私──天守セツナはどうにかできないかと食い下がっていた。

 

 

「うーん、そこをどうにかできたりは……?」

 

「無理だ。ゲヘナの治安の悪さは知ってるでしょ?ヒナ委員長は忙しいから、そう易々とは会えない」

 

 

 イオリの返答に、私は何とかできないかと必死に考える。そもそも何故私がゲヘナに来ることになったのか。それはゲヘナの風紀委員長であるヒナに会うためなのだが、その理由(ワケ)は数時間前の出来事がきっかけだった。

 

 

 

 

 

 事の始まりは今朝のアビドス。黒服との問答を終えた私は対策委員会の部室へと戻り、手に入れた情報をみんなに共有していた。

 

 

「ホシノの居場所がわかったよ」

 

「本当ですか!?」

 

「うん。場所はカイザーの前哨基地内部にある実験室。そこにホシノが捕まってるらしい」

 

 

 呼び掛けに集まってくれた対策委員会のみんなを見渡しながら、私はホシノの居場所を伝える。

 カイザー……いや、正確には黒服か。あいつがホシノを狙った理由。何か実験のようなものをするつもりだったらしいが、それがどんな実験なのかはまでは、はっきりいってよく分からなかった。

 ただ、それがホシノの身に危険が及ぶことはよくわかった。なので全力でそれを阻止し、ホシノの情報を聞き出して今に至るというわけだ。

 

 

「じゃあ、カイザーの基地にカチコミすれば」

 

「そうと決まったなら、直ぐにでも!!」

 

「待って。今のまま行っても、カイザーの戦力にすり潰されて終わるよ」

 

 

 今にも飛び出していきそうな2人を冷静に宥める。昨日の戦いで私たちがカイザーを相手に勝利できたのは、便利屋やヘルメット団の救援があったおかげだ。もしあれが対策委員会だけだったら、かなり苦戦を強いられていたと思う。

 さらに言えば今回は復旧中の主力部隊に加えて、前哨基地を防衛する部隊との戦闘も間違いなくある。いくら立て直し中のカイザーとはいえ、今の対策委員会の戦力では勝ち目は薄いだろう。

 

 

「ということは……今は誰かの助けが必要ってことですね」

 

「そのとおり。敵との戦力差を埋めるためにも、今はできるだけ多くの助けが欲しい」

 

 

 できれば対策委員会と同じくらい強く、かつこの問題に首を突っ込んでも問題ない立場の子達だ。最悪立場は誤魔化せるとしても、やはり強さだけはある程度求めておきたい。そうなると、自然と候補は絞られてくる。

 

 

「手伝ってくれるとしたら……便利屋の皆さんはどうでしょうか?」

 

「ヒフミにも応援を頼んでみる。モモトークならすぐに連絡できる」

 

「じゃあみんなはヒフミと便利屋に応援を要請して。私はゲヘナとヘルメット団に掛け合ってみるよ」

 

「はい!!先生もよろしくお願いします!!」

 

 

 

 

 

 そういう訳で、私は最初にゲヘナを訪れていた。風紀委員会やヒナの力を借りれれば、カイザーの部隊が相手でもかなり有利に立ち回れる。

 ゲヘナの力を借りれるかどうかで、次の作戦の進行度は大きく変わるだろう。故に、私もありとあらゆる手段を用いて、どうにかヒナと話せないか試している。

 

 

「頼む!!この通りなんだ!!」

 

 

 人目をはばからず、私は地に頭をつけて頼み込んだ。人通りの多い広場での土下座に、道行く人の視線が私に集まる。いいさ、いくらでも見るといい。ホシノを助けれるなら、恥のひとつくらいかいてやる。

 そんな私の誠意が伝わったのか、目の前のイオリから伝わる雰囲気が明らかに変化した。

 

 

「そうだな、じゃあこうしよう」

 

 

 少し面白がるような……いや、どこか嗜虐的な声色で、イオリはある提案を持ちかけてきた。

 

 

「その状態で私の足を舐めたら、私が風紀委員長に掛け合ってあげる」

 

 

 それは、屈服の証明。ある意味、人としての尊厳そのものを失いかねない屈辱的な要求だった。大の大人が、たかが子供に跪く。話の展開次第では、とんでもない尊厳破壊にだってなり得るだろう

 だが、今の私は違う。屈辱的なんて微塵も思っていない。むしろ聞きたい言葉を引き出せて嬉しいとさえ思っていた。

 

 

「……その言葉、二言は無いね?」

 

「もちろん。まぁ、そんな犬みたいなこと──」

 

 

 

 言質はとった。そう認識したセツナの行動は早かった。

 

 まず彼女の脚を包む靴と靴下を脱がし、それを丁寧に畳んですぐ横に置いておく。

 

 そして美脚のかかとに手を添えると、歯を立てないように気をつけながら────

 

 

「ひゃうっ!!???」

 

 

 かぷっと、優しく口に含んだ。

 

 

「ちょっ!?まだ話の途中だし!!?というか!大人としてのプライドとかないのか!!!???」

 

 

 セツナの行動の速さに余程驚いたのか、イオリが上擦った声で騒いでいる。

 イオリの言う通り、確かにセツナにもプライドがある。大人として、あるいは個人として。絶対に折れてはならない矜恃がセツナにもある。

 それを今この場で語るつもりもない。ただ今この状況においてそのプライドは、道端の石ころみたいなものだということだけは確かだった。

 

 

ふぇいふぉのいのふぃがかふぁってるんふぁ(生徒の命がかかってるんだ)ぷふぁいふぉのひふぉつくふぁい(プライドの1つくらい)すふぇふぉるふぉ(捨てれるよ)!!」

 

 

「ひうっ!?足を舐めながらしゃべるな!!!!」

 

 

 再びイオリの上擦った声が広場に響く。いつの間にか人はかなり履けたようで、広場にはセツナとイオリ、そして静かに近づいてくるもう1人の人物しかいないようだった。

 

 

「随分と楽しそうね?」

 

「い、委員長!!?これは……!!!」

 

 

 ゲヘナ風紀委員会、そのトップである空崎ヒナその人である。待ち望んでいた人物の到来に、セツナは内心でガッツポーズすると共にイオリへの感謝を告げた。

 一方のヒナはセツナの姿を見つけると、足を止めて驚きの表情を浮かべていた。

 

 

「……驚いた。今まで自分のために膝を着く人は大勢いたけど、誰かのために跪く人は初めてだわ」

 

 

 その立場上、きっとヒナは多くの命乞いに耳を傾けたのだろう。でもその全てが自分本位。まぁそれがゲヘナですからと言われればそれまでだが。

 でも、今回は違う。目の前の大人は自分のためにプライドを投げ捨てたのではない。たった一人の生徒を救う為だけに、恥も外聞も全部かなぐり捨てて、こうしてヒナのもとにやってきていたのだ。

 だから、ヒナは応えようと思った。その誠意と、生徒への真摯な態度に免じて。自分の力を頼りに来た目の前の大人に、ヒナは優しい声色で手を差し伸べる。

 

 

「顔を上げて、セツナ先生。私に何かして欲しいことがあるのでしょう?」

 

「……ふぁふぃがふぉう(ありがとう)ふぃな(ヒナ)!!」

 

 

 そのヒナの優しさに、セツナは心からの感謝を伝える。これで私たちは、ホシノ救出により1歩近づくことができる。セツナが達成感に浸っている中、ヒナはついに気になっていたことを口にする。

 

 

「……ところで、なんでそんなにもごついてるの? 」

 

 

 まるで口に何かを含んでいるような、不明瞭な声色。何も知らないヒナは当然のように気になっていた。そしてそれに答えたのはセツナではなく──────

 

 

「それは……先生は跪いてるんじゃなくて……」

 

「………………ん?」

 

 

 おそるおそると言った感じのイオリの言葉に、ヒナは改めてセツナを注視する。さっきはその誠意に心を打たれてよく見てなかったが、よく見ればセツナが部下の足を咥えているような──────

 

 

 

 

 

「────────ッ!!!???」

 

 

 

 

 

 瞬間、ヒナの声にならない悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

「どうかしたの?シロコ先輩?」

 

「……いや、何か悲鳴が聞こえた気がして」

 

 

 場所は移り、トリニティ総合学園。シロコ達対策委員会のメンバーは、ヒフミへ助けを求めるため、トリニティ総合学園を訪れていた。

 シロコ達にとって、トリニティは初めての場所。最初にその街並みを見た時は、荘厳な出で立ちに圧倒されていた。『マンモス校』・『お嬢様学校』と言われるのも納得できる。その高貴な雰囲気と圧倒的な規模に、対策委員会は何度も驚かされることとなる。

 

 そして今は……とても困っていた。アビドスとは比べ物にならない規模の学校だ。その敷地面積も、設備や施設の数も段違い。初めて訪れた彼女達が迷うのも必然のことであった………。

 

 

「第23校舎って言われましたけど……。そもそも、ここがどの辺りなのかも見当がつきませんね……」

 

「いっその事、そこら辺の人に聞いてみるとか?」

 

 

 ヒフミから送られてきたモモトークを眺めなが、どうにか解決策を模索する対策委員会。ただ広すぎて地図を見るのも一苦労で、なかなか目的地まで辿り着けない。

 幸いにも約束の時間までまだ時間はあるが、このままじゃ間に合わないんじゃ……?そんな不安が彼女たちの脳裏をよぎる。

 

 

「どうかされましたか?」

 

「のわっ!?」

 

 

 そんな中、彼女たちの背後から知らない声が聞こえてきた。近づいてくる気配もなく、不意に聞こえてきたその声に、シロコ達は驚きながら振り返る。

 

 

「すみません、驚かせてしまいましたか」

 

 

 振り返った彼女たちの表情(かお)を見て、その人物は困ったようにそう言った。しかしその姿が目に留まると、シロコは更なる衝撃に襲われる。

 

 そこに居たのは、大きな翼を持ち、どこか浮世離れした雰囲気を纏う少女。その姿を見たシロコの脳裏にヘルメットを被った友人の姿が過ぎるが、すぐに目の前の人物が別人だと気づく。

 

 違いはいくつかあるが、まずはその翼だ。あの子のは白い一対の大翼だったのに対して、目の前の少女は黒いことに加え、大きな翼の付け根からもう一対小さな翼が生えていた。

 

 そして何よりも違うのは、その服装。一言で表すなら、正統派の修道女(シスター)風の服装と言ったところか。頭にはウィンプルを被り、その胸元には赤いロザリオがかけられている。彼女の纏う浮世離れした雰囲気も、これが原因なのかもしれない。

 

 

「わぁ〜!!その服装、もしかしてシスターさんですか〜!?」

 

「えぇ、私も一応シスターの端くれです。見たところ他校からいらしたお客様……ですかね?困っているようなのでお声掛けをさせていただきましたが……」

 

 

 どうやら、悪い人では無いようだ。顔はウィンプルのベールに隠れていて見えないが、その口元には聖母のような笑みが浮かんでいる。その声からも、悪意のようなものは感じ取れなかった。

 

 

「ん、友達と会う予定なんだけど。場所がわからなくて」

 

 

 そう言ってシロコがモモトークの画面を差し出すと、シスターの少女はそっと画面を覗き込んだ。

 

 

「ふむ。第23校舎ですか……。でしたらこちらです」

 

 

 そう言って、少女はどこかへと歩き始める。どうやら案内してくれるらしい。これで予定の時間に遅れることは無さそうだ。シロコ達は安堵に胸を撫で下ろしながら、少女の背中をゆっくりと追っていった。

 だがしばらく街並みを眺めて居ると、シロコ達は徐々に違和感に気づき始める。最初にそれを口に出したのは、最後尾を歩いていたアヤネだった。

 

 

「なんだか……かなり視線を感じますね……」

 

 

 そう、見られているのだ。人通りが多いのは当然なのだが、それにしては誰かしらと目が合うことが多い。そして目が合った人は決まって視線を逸らしてから、そばに居た人とコソコソ何かを言い合っているのが気味悪く感じた。

 さらに言えば、視線だけではない。シロコやセリカの持つ獣耳は、近くを通る度に聞こえてくる会話をポツポツと拾ってきていた。

 

『珍しい』『団長』『慈母』『他校』

 

 会話にしてはなんだかチグハグな単語の数々に、聞いていたシロコは首を傾げるしか無かった。

 

 

「トリニティに他校からの来客は珍しいですから。周りの方は皆さんに興味があるのでしょう」

 

 

 そんな彼女たちの雰囲気を感じ取ったのか、前を歩くシスターの少女が口を開いた。

 

 

「あるいは私に……でしょうか」

 

 

 シロコでもギリギリ聞き取れた程の小さな声。一瞬その言葉の意味を聞こうとしたシロコだったが、その声色に諦観のようなものがあった気がして、開きかけた口を閉じた。

 そこからしばらく無言の時間が続いた。幸いにも人は徐々にまばらになっていき、目的地に着いた頃には視線や会話はほとんど気にならなくなっていた。

 

 

「こちらです。ここでお待ちいただければ、ご友人も来られるかと」

 

「わざわざありがとうございます!助かりました!」

 

「いえいえ。これもまた、私の仕事ですから」

 

 

 目的地の第23校舎に着くと、シロコ達はお礼を伝えた。現在時刻は、約束の時間の5分前。もし彼女の助けがなければ、シロコ達は確実に遅れてしまっていただろう。

 

 

「それでは、今日も平和と安寧があなたと共にあらんことを……」

 

 

 最後にそう言うと、シスターの少女は踵を返して立ち去っていった。最初は不思議な出会いだったが、声をかけてくれたのはまさに渡りに船だった。

 もし次に会う機会があるのなら、改めてお礼をしよう。自分たちに近づいて来る足音を聴きながら、シロコ達はそう考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〇月‪✕‬日:本日の天気は快晴なり。

 

 日記にそう書けそうなくらいには、今日のアビドス砂漠は平和だった。雲ひとつない青空、燦々と照らしてくる陽の光、辺りを吹き抜けていく風。優雅な午後を過ごすのにはピッタリな爽やかな天気だ。

 でも、私──門守セキの心は違う。晴れ空の下、見張り台から辺りを見回している最中も、私の心はどこか遠くの世界を見ている。

 一応ようやく普段通りになった神秘を使って索敵はしてるけど、気がつけばずっと、同じことを考えていた。

 

 その原因は、ここ最近の私自身だ。シロコちゃんに救われたあの日、私はようやく生きる理由を見つけた。誰にも負けないように……そう、強くなりたいと思った。

 シロコちゃんの隣に並べるくらい強くなって、みんなを守れたら良いなって思ったの。そしていつか、シロコちゃんのことも守ってあげられたらいいなって、そう考えてた。

 

 でもこの数日の家出で、私は知った。『強さ』っていうのは、何も力だけじゃない。この砂だらけの景色だけじゃ分からないものが、この世界にはいっぱいあるんだって。

 謀略・策略・大人の悪意。どうしようもない状況に陥ったり、他人を使って攻撃してきたり。力だけじゃどうにもできないことが、この世界にはいっぱいあることを知ったの。

 

 じゃあ、どうすればいいの?

 力だけじゃどうしようもないことに、私はどうやって対応すればいいの?

 

 ……多分、その答えはもう私の中にある。

 でも今はまだ、その決心がついてないだけ……。

 

 そんなことを悶々と考えていると、私の張っていた索敵網に誰かが足を踏み入れた。

 

 

「ふむ。ようやく神秘が戻ってきたようですね」

 

 

 直後、見張り台の真下から声が聞こえてくる。まさか考え事に夢中で見逃しちゃってた?そう思ってすぐ柵から身を乗り出して覗き込むと、そこには影よりも黒い、スーツを着た大人の人の姿があった。

 セツナ先生とは違う、まるで御伽噺に出てくる怪物のような見た目。でもこの人はその見た目とは裏腹に、親切で優しい人なんだと私は知ってる。

 

 

「あ!お久しぶりです、黒いおじさん!」

 

 

 満面の笑みでそう呼び掛けながら、私は思いっきり柵から身を乗り出す。そのまま体を一回転させて宙に身を投げると、翼を使って制動をかけながらおじさんの目の前に着地した。

 この人は『黒いおじさん』。本名は知らないけど、初めて会った時にそう呼んだら、それで良いって言ってくれたから『黒いおじさん』だ。

 普段はどこで何をしてるか知らないけど、時々こうやって会いに来て、色んなことを教えてくれていた。

 

 

「えぇ。お久しぶりです、門守セキさん。今日も見張りですか?」

 

「はい!リーダー先輩が昨日の件でカイザーが報復に来るのを警戒してみたいなんで」

 

 

 おじさんは不思議な存在だった。この『神秘』について教えてくれたり、何かよく分からないことを説明してくれたり。正直、神秘の使い方以外はバカな私の頭じゃあんまり理解できなかった。

 でも、おじさんの教えてくれた神秘のおかげで、私はみんなを守れている。時々失敗したりもするけど、それでも何とかなってるのは、おじさんの教えてくれたことのおかげだ。

 ある意味、家族のようなものかもしれない。リーダー先輩がお母さんなら、この人はお父さん?……うーん、思ったよりしっくり来ない。やっぱりおじさんはおじさんなのかもしれない。

 

 

「それで、おじさんはどうしたんですか?前に来た時は確か半年以上前ですよね?」

 

「そうですね。あなたに贈り物を届けに来ました。もう貴方とも会えなくなってしまうので、餞別の品……と言うわけです」

 

「そうなんですか?別に何時でも来てくれていいのに……」

 

「そういう気持ちは山々ですが、あいにく『契約』を結んでしまったので。今回は特別に見逃してもらっていますが、次からはそうもいかないでしょう」

 

 

 そんなことを言いながら、おじさんはあるものを手渡してきた。

 

 

「これが、貴方への最後の贈り物です」

 

 

 それは、黒い長方形のケースだった。飛葉ちゃんが使うスナイパーライフルくらい横に長い。少し重厚感の漂う金属製のケースは、まるで貴重なものが入ってそうだった。

 おじさんに促されるまま手に取ると、それはずっしりと重くて、どこか手に馴染む感覚がした。

 

 

「なにこれ……銃?」

 

「正確に言えば違いますが、そう捉えてもらっても構いません。これはあなたの"本質"に同調し、あなたの本来の力を引き出すものになります」

 

「私の……本来の力?」

 

 

 私がその言葉に反応すると、おじさんは少し神妙な雰囲気を滲ませ始める。

 

 

「セキさん。今の貴方はまだ至って(・・・)いません。例えるなら……そうですね。箸を持ててはいるが、使い方を分かっていない状態……とでも言いましょうか」

 

「本当?これだけ色んなことに使えてるのに?」

 

「はい。そしてその銃は、今のままでは扱えません。しかし、あなたが至ることができれば、きっとあらゆる障害を貫き通す強力な槍となるでしょう」

 

 

 囁くように語られるその言葉を、私は静かに聞いていた。おじさんに教えられた神秘の活用。それは一通りできるようになったと思ってる。

 衝撃波みたいに放つ索敵神秘。場に留めて鳴子のように使う滞留神秘。どれも実戦レベルに仕上げたつもりだった。でもそれでもまだ至ってないと言うのなら、心当たりはもう1つしかない。

 一昨日の前哨基地で使った、あの壁のような神秘。防御壁のように使ったり、反発力を利用して敵を潰していたのをはっきりと覚えている。でもそのシーンを覚えているだけで、あれがどうやって使えていたのかは分からなかった。

 

 

「ねぇおじさん、どうすればいいの?どうすれば使えるようになるの?」

 

 

 少し言葉足らずになりながらも、私はおじさんに問いかける。あの力があれば、きっとみんなを守れる。シロコちゃんも、リーダー先輩も、ヘルメット団のみんなも。私の目に見える範囲のもの全てを、守ることができる。

 それは他人のためじゃない。生きるためでもない。ただ私が守りたいと思ったから、そう思えたものを守りたいと思ったから。そのためにも、私はその力の使い方を知らなきゃいけない。

 

 

「そうですね……。少しルール違反ですが、まぁいいでしょう」

 

 

 少し困ったような表情を浮かべるおじさん。何かを考えてるみたいだったけど、それもすぐ終わって、少しかしこまった雰囲気と共に口を開いた。

 

 

「セキさん。あなたの心臓……いえ、心は特別です。他の者達とは違う、神に近い無限の可能性を秘めています。その心に集中し、自らの使命を理解できれば……あるいは……」

 

 

 私の心臓……心?また分からない言葉が出てきたけど、それが何なのか聞こうとしたけど、気がつけばおじさんは視線を上げて、どこか遠くの方を見つめていた。

 

 

「……と、どうやらタイムリミットのようですね。私はこれでおいとまさせていただきます」

 

「もう行っちゃうの?」

 

 

 私のその一言に、立ち去ろうとしていたおじさんの足がピタリと止まる。でも振り向いたその顔にはいつもの笑みを浮かんでいて、それが何だか少し怖く見えた。

 

 

「それでは、門守セキさん。あなたが本当の自分を見つけられることを、ささやかながら願っていますよ」

 

 

 そう言い残したが最後、私が瞬きをする間に、黒いおじさんの姿が消える。まるで最初からいなかったようなその場所には、誰かが歩んだ足跡だけが残っていた。

 

 

「本当の私か……」

 

 

 本当の私ってなんだろう。おじさんは物知りだけど、私のことも何か知ってるのかな?私の知らない、"私"が知らない"ワタシ(・・・)"を……。

 

 

「……ん?」

 

 

 そんなことを考えていると、誰かが索敵網に引っかかった。さっきのおじさんとは違って、今回はしっかりと捉え続けている。しかもその気配は、私の知っている人のものだった。

 しばらく待っていると、地平線の向こうから誰かが歩いてくるのが見えた。その人が近づくにつれて、風にたなびく白衣と、くせ毛の黒髪がよく見えるようになる。

 

 

「セキ、ちょっといいかな」

 

「セツナ先生!」

 

 

 やっぱり、やってきたのは私の予想通りの人だった。ただ、セツナ先生がここに来るなんて初めてのこと。一応ここは前まで前哨基地として使ってたところだから、先生も知ってはいたのかもしれない。

 一方セツナ先生はと言うと、最初こそニコニコと笑みを浮かべていたものの、私が手に持っている黒いケースに気づいた途端、妙に嫌そうな表情をしていた。

 

 

「そのケース。あいつが来てたんだな」

 

「はい?もしかして、先生は黒いおじさんの事を知ってるんですか?」

 

「……まぁ、色々あってね。あいつはろくでもない奴だから、セキはあまり関わらない方がいいよ」

 

 

 意外……。まさか先生とおじさんが知り合いだったなんて。それに先生はおじさんのことを「ろくでもない奴」って思ってるんだ。なんやかんや先生とおじさんは気が合いそうだから、それにも少し驚いた。

 

 

「本題に入るけど、今日はセキにお願いがあってきたんだ」

 

 

 その事についてあまり触れられたくないのか、先生はささっと話題を切り替える。

 

 

「私たちは明日、ホシノを奪還するためにカイザーPMCの基地を強襲する。でも今の私たちじゃ、カイザーの兵力を相手取るのに戦力が足りないんだ」

 

 

 ホシノ……多分、アビドスに居た盾使いのあの人のことかな。昨日の市街地での戦いでも見なかったし、先生の言い方的に、カイザーに捕まってるってことっぽいね。

 

 

「……何やってんだか、あのバカ」

 

 

 ……ん?私今なんて言った?

 

 ほんとにいきなり口に出たせいで、自分でも何を言ったか分からなかった。幸い先生には聞こえなかったみたいで、私の様子を少し気にしつつも、私へのお願いを口にしていく。

 

 

「だから、カタカタヘルメット団の力を貸して欲しい。私にできることなら何でもするから、ホシノを助ける手助けをしてくれないかな?」

 

 

 なるほどね。要するに、今先生は戦力を集めるのに必死なわけだ。昨日の戦いでカイザーも手酷いダメージを負ったとはいえ、先生からすればまだ脅威には変わりないんだろう。

 その気持ちは私も同じだ。なにせ私自身、身をもってそれを知ってるから。だから先生の助けが欲しい気持ちも、ホシノさんを助けたい気持ちもよくわかる。

 

 

「ごめんなさい。それは私1人の意志じゃどうしようもないです」

 

 

 でも、それとこれとは別問題だ。

 

 

「私たちはようやく立ち直れました。生活も、やっと前の状態に戻りつつあります。今はこれ以上、この平和が壊されないのを、みんな望んでいます。それに昨日の戦いでかなり無茶をしましたから、今回は手助けできないかも」

 

 

 今のヘルメット団は、文字通り死に体だ。メンバーは全員戻ったとは言え、生活水準も前と比べたらかなり落ちた。今はその日を凌ぐので精一杯で、明日の予定すらままならない。

 それに昨日の戦いでなけなしの戦車も壊れたし、飛葉ちゃん達も怪我をした。その傷の治療も無理矢理やりくりしてるだけだし、戦力として期待できることは、はっきりいってあまりない。

 

 全体を見れば、そうなんだと思う。

 ここで断るのは、当然の判断だ。

 

 ……でも、私は自分の気持ちに嘘はつけない。

 

 

「……でも、私は助けたいです。ですから、リーダー先輩に掛け合ってみます。納得してくれるかは分かりませんけど、それでも話し合えばきっと……」

 

 

 上手くいくかは分からない。最近は迷惑をかけっぱなしだし、ずっと我儘を言ってるから。それにリーダー先輩は私に甘いところがあるけど、それでもリーダーとして必要な判断は迷いなく下してきた。

 今回もきっと、先輩はリーダーとして正しい判断をすると思う。それをどうやって説得するか。今の私にはまだ何の案も思いついてなかった。

 

 いや、あるにはある。結局は我儘を言うことになってしまうけど、リーダー先輩をどうにか納得させれるかもしれない案がひとつだけ。でも、それをするには、まだ私の心の準備が出来てなかった。

 

 ……違う、「できてない」で終わっちゃダメだ。今から、今ここで準備するんだ。

 

 

「セツナ先生。もし説得が上手くいって、あの人を救出できたら。私のお願い、聞いてくれますか?」

 

 

 少しだけ背中を押して貰いたくて、私はセツナ先生に2回目のお願い事をする。1回目……ブラックマーケットの時は断られちゃったけど、今回のセツナ先生は少し驚いたような表情(かお)をした後、「いいよ」と言って頷いてくれた。

 

 

「でしたら、私の願い事は────

 

 

 嬉しさに口元を緩めながら、私は自分の願い事を口にしていく。

 もしかしたら、それは先生にはできないことかもしれない。もしかしたら、それは終わりの見えない願いなのかもしれない。

 それでも先生は嫌な顔ひとつせず、静かに私のお願い事を聞いてくれていた。

 

 

「もちろん。私にできることなら、なんでも」

 

 

 そして最後まで言い終えると、はっきりとした声色で私の願いを了承してくれた。それと同時に、私の中に暖かい熱のようなものが灯る。

 体中にじんわりと広がっていくその熱は、心の内から私を勇気づけてくれるみたいだ。その熱に浮かされて、私の気分も段々と昂っていく。

 

 

「ありがとうございます。先生」

 

 

 ただ、その昂りを表に出さないよう、私は噛み締めながらお礼を伝えた。そうして私は踵を返し、前哨基地へ──リーダー先輩の所へと戻っていく。

 

 

 いつか先輩が言っていた『後悔のない選択』。

 それをする時が、ようやくやってきた。

 

 

 

 

 

 











 やるべき事はやった。

 私たちは残された時間で、できるだけ沢山の人に声をかけた。返ってきた返事は良いものばかりではなかったけれど、それでもできるだけの説得をして、協力してくれる人を募ることができた。
 あとはもう、私たち次第。ホシノをカイザーから奪い返すため、私たちは前哨基地の付近に陣取り、静かに準備を整えていた。


「突入部隊各位、戦闘準備」


 私の呟きと同時に、シッテムの箱の戦闘支援システムの同調(リンク)が完了する。画面に映し出された4人の状態は概ね良好。バイタルも弾薬も全て問題なく、全員が予定通りの地点で待機していた。
 全員、戦闘配置についてる。協力者達についても、どうやらみんな準備はできたようだった。戦いの狼煙は私たちがあげることになってるから、あとは私たちがおっぱじめればそれでいい。

 ただ、最後にこれだけはしておかないとね。


「……それじゃ、点呼を始めるよ!」

『えぇ!??今からするの!?』

「もちろん!誰1人欠けちゃダメだからね」


 セリカのツッコミを軽く受け流しながら、私は生徒名簿を用意する。そういえば、最初にアビドスに来た時も、同じように点呼をしたっけな。今思うと、あれから随分と状況が変わったものだ。
 そんな懐かしい記憶を思い出しながら、私は生徒名簿へと視線を落とす。そしてそこに記された名前を、1音1音噛み締めるように読んでいく。


「それじゃまずは……1年生、奥空アヤネ!」

『はい!』

「同じく1年生、黒見セリカ!」

『はいは〜い!』

「2年生、十六夜ノノミ!」

『は〜い♣️』

「同じく2年生、砂狼シロコ!」

『……ん!!』


 私が名前を読み上げる度、インカムから元気な返事が聞こえる。それを聞きながらも手元を動かし、名前(タグ)役割(ロール)立ち位置(ポジション)を登録していく。
 あの時と違うのは、1人だけ返事の聞こえない生徒がいることかな。生徒名簿の1番上、今は居ないその生徒の名前を指でなぞりながら、私は改めて今回の目的を告げる。


「そして最後に3年生の小鳥遊ホシノさんですが、本日は遅刻と聞いています。だから、今からみんなで迎えに行ってあげようか」


 そう言うと、無線越しに張り詰めた空気感が伝わってくる。間もなく作戦開始時刻。改めて、みんなの準備は万端だ。
 ここからは、これまでに無いくらいの激戦になるだろう。きっと誰も無傷では終われない、キツイ戦いが幕を開ける。でも、そうはさせない。『アビドスとみんな(・・・)を守る』ために、私はここまで来たんだ。

 絶対に、誰も欠けさせやしない。
 あの子とそう『約束』したから。


「よし!それじゃあみんな、攻撃開始!!」

『『『『はい!!!!』』』』


 その返事を皮切りに、みんなが一斉に駆け出す。それと同時にアロナのドローンが彼女達の後を追従し、上空では4機のドローンがそれを見守っていた。

 時刻は8時を少し回ったところ。
 ホシノ奪還作戦の火蓋が切って落とされた。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





 ▽天守セツナ
 プライドは高いが、すぐに捨てれる。
 例のシーンはアニメ準拠で補完を。

 ▽黒服
 通称:黒いおじさん
 とある人物と『契約』を結んだ。

 ▽門守セキ
 まだ『覚醒』していない。
 ただ、その下準備は出来ている。

 ▽アビドス廃校対策委員会
 あの後、無事にヒフミと合流できた。
「おかえり」を言うために死力を尽くす。





あとがき

黒服との対話がカットされてますが、そちらについてはまた今度ということで……。
次週は1回別小説を上げて、次の更新からアビドス編に決着をつけようと思います。
それまでは何卒お待ちください……。


P.S ゲーム最新ストーリーに出てきた例の巨大変身合体怪獣ロボットのおかげで、デカグラマトン編周りのプロットが死にました()
構想時点では出るなんて思ってなかったんです(泣)





 次回 第31話「ホシノ奪還作戦 Phase:1」

「何も知らないあんたに、何ができるのさ?」




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