Blue Archive 〜藍の外典〜   作:roimi_mark2

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 どうか、みんなを守ってくれますように

 ーある少女の願い事ー







第34話 「エピローグ 〜Signal of Abydos〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………………」

 

 

 カリカリカリ……と、紙の上をペンが走る音が聞こえる。普段は何かと賑やかな風紀委員会の執務室だが、今は机に向かうヒナ1人だけという寂しい様子だった。

 前哨基地での戦いから数日後。ゲヘナは相変わらずの様相を呈している。混沌と自由を象徴するように、自由奔放に騒ぎを起こす問題児たち。彼女らを鎮圧するために、風紀委員たちは今日も各地を巡っている。

 そんな中、ヒナは1人書類作業を進めていた。デスクには弾薬の請求書やら始末書やら色々あるが、大半はゲヘナの生徒会(パンデモニウム・ソサエティー)からの嫌がらせである。しかし、それもいつもの事なので、特になんとも思わないヒナなのであった。

 

 

「おい!食堂の方でデザートの奪い合いが起きたって!!」

 

「そうは言っても!今はチナツちゃんもイオリ先輩も出払ってて居ないよ!?」

 

「誰か〜!エルちゃんが2~3人シメたから回収して欲しいって!!」

 

「ええ〜そこまで手が回らないよ〜!!」

 

 

 執務室の外から、対応にてんてこ舞いになっている部員たちの声が聞こえてくる。普段ならヒナも巡回に出ることが多いが、実力を兼ね備えた厄介なグループ──美食研究会や温泉開発部は昨日一昨日とヒナにボコられて大人しくしている。よって今日は奇跡的に例外だ。

 ただ、それでもヒナの心が休まる様子はない。その証拠に、時折書類作業を進めていた手がピタリと止まる。そういう時のヒナの視線は、大抵手元に置かれたスマホに流れている映像へと向けられていた。

 

 

「失礼します、委員長。先日のアビドスで──ヒナ委員長?さっきからスマホを眺められて、どうしたんですか?」

 

「……ん?」

 

 

 そんな折に、問題児の事後処理に赴いていたアコが執務室へ戻ってきた。どうやらヒナの様子がおかしい理由が気になるらしい。アコが手元に束ねられた書類を整理しながらヒナの元に赴くと、ヒナも手元のスマホをアコにも見えるように調節する。

 

 

「あぁ……先日の映像ですね」

 

 

 そこに映し出されていたのは、ドローンで撮影したある少女の戦闘映像だった。一対の白い大翼をはためかせ、黒いガンケースを背負う少女。彼女はアイデンティティである黒いヘルメットを目深に被ると、いきなり敵部隊のど真ん中に飛び込み、両手に持った2種類の銃を乱射して次々と敵を屠っていった。

 一見乱雑に撃っているように見えるが、よく見れば放たれた弾丸はほとんどが敵に命中している。まさに百発百中。しかも徒手空拳やグレネードといった小物も使う様子は、さながら戦闘のスペシャリストとも言える。

 

 

「驚異的な命中精度、それに状況把握能力。……まるで昔の小鳥遊ホシノを見ているみたい」

 

「あの対策委員会の委員長さんですか?やっぱり、あの雰囲気からは想像もできませんが……」

 

「まぁ、本物はこれの数段上だから、あくまで動きが似てるってだけよ」

 

 

 画面の中の少女を、空崎ヒナはそう評価した。その姿は似ても似つかないが、戦闘スタイルはどこか似ている節がある。多数の武器を使いこなす戦闘センスに、的確な状況把握能力。そして何より、その圧倒的な暴力性。かつてゲヘナへの潜在的脅威として警戒されていた彼女と、画面の中の少女はよく似ていた。

 厳密に言えばかつての小鳥遊ホシノ程ではないが、それでも十分な戦闘力だ。ヒナが少女と初めて会った時に感じたあの感覚は、ある意味正しかったと言える。だからこそ、ヒナはかえって不思議に思うのだ。

 

 

「……にしても、まさかこんな子がヘルメット団に居たなんてね。少なくとも、私が情報部の頃は居るなんて情報はなかったと思うけど……」

 

「確かに……。情報部からはホシノさん含め、アビドスに危険因子は存在しないとの事でしたが……」

 

 

 そう。これほどの実力を持つ生徒の存在を、ゲヘナは全く把握出来ていなかったのである。ホシノに関する情報がないのは、およそ2年前に活動がパタリと止んだことが原因だ。

 

 要するに、脅威とはみなされなくなった。

 その経緯(・・)はヒナもよく理解している。

 

 だが、この少女は違う。過去に名前が出たことは1度もない、今回の件で初めてその存在が露呈した。ヘルメット団という、言ってしまえば取るに足らないグループだったことを差し引いても、これは異様な事だった。

 

 

「ある意味、ラッキーでしたね。たまたまあの子がデータの収集を頼んでこなければ、こんな映像は取れなかったですし」

 

 

 改めて映像を見返しながら、アコはそんなことを口にする。その言葉の通り、この映像はある生徒からの依頼で撮影したものだ。もしこの依頼がなければ、ゲヘナは彼女の存在を知ることはなかっただろう。

 ──あの子。その生徒はずっと前から、彼女のことを探していたのだという。風紀委員会の情報部すら知らなかった存在を、その子はずっと追い求めていた。その理由については、ずっと彼女の中に秘められている。

 

 

「この映像はもうあの子には送られてるんですよね?返事はあったんですか?」

 

「うん。でも、特に何か言ってた訳じゃない」

 

 

 そう言ってヒナはスマホを操作すると、モモトークを起動させた。そして『エル』と書かれた相手とのメッセージを開くと、その画面をアコに見せる。

 

『ありがとう、ヒナ先輩』

 

 そこにはたった一文だけ。感謝を伝える言葉が記されていた。

 

 

「……はぁ。あの子はもうちょっと委員長を敬うということを……」

 

「……まぁ、マイペースなのがあの子だから」

 

 

 そう言ってスマホの電源を落とすと、ヒナは再び書類作業へと戻る。アコが合流したことで、作業効率は良くなるだろう。そうして全てが終わったら、彼女もまた各地に赴くのだ。

 

 ここはゲヘナ。自由と混沌を校風(モットー)とする学び舎。そんな場所を守るべく、彼女は手元のスピードを早めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんにちは、セツナ先生。奥空アヤネです。

 

 カイザーとの戦いから1週間近く経ちました。あの日のことは、今でも夢の中の出来事な感じがします。でも、実際にホシノ先輩は戻ってきましたし、アビドスの抱える状況も少しは良くなりました。

 

 まずは対策委員会の公認化について。アビドス市街地でのシャーレの声明で、対策委員会は対外的にはアビドス生徒会公認の組織になっています。

 ただ先生の言われた通り、あれは対外的なハッタリの意味合いの方が強いです。なので改めて、私たちの方から公認化の申請を行います。その時はもしかしたら、また先生のお力を借りることになるかもしれません。

 

 次は借金に関してです。変わったことは2つ。1つ目は、違法に引き上げられた利率や保証金が取り下げられました。どうやらカイザーローンの行っていた不正金融取引がバレたようです。そのおかげか、私たちに対する利率も前よりかなり良くなりました。

 今回の件で、カイザー全体はかなりダメージを受けたようです。主にカイザーPMC理事の暴走による影響が大きく、理事本人も生徒誘拐と兵器の暴走による殺人未遂で指名手配までされているそうで……。カイザー本社もしっぽ切り等で忙しいみたいです。

 

 それともう1つ。私たちの抱えていた借金の総額が、いつの間にか半分程に減っていました。ローンの方によると、匿名で5億円近い振込みがあったそうです。

 正直、借金が減る分には有難いのですが。ただ出処不明なうえに、金額が金額なのでトラブルに巻き込まれそうで……。へ?先生が調べてくださるんですか?はい、今の私たちでは手が回りませんし、その方がこちらとしても有難いです。

 

 では次に、主に柴関大将や救出作戦に協力してくださった方々について。

 

 柴大将のお店は、1度屋台として出発するそうです。セリカちゃんも変わらずバイトとして働いてるそうで、引退はまだまだ先になりそうだとか。

 ヘルメット団の方々は、以前の前哨基地に拠点を移したそうです。あの戦いの後にリーダーの方が来て「何かお礼がしたい」と言われましたが、ホシノ先輩を助けるのに協力して貰った分、今度は私たちが何かお礼をしなきゃですね。

 便利屋68の方々は、借りていたセキさんの家から拠点を移したそうです。その後の動向は情報が錯綜してて、まだはっきり掴めていません。ただセリカちゃん曰く、たまに柴関ラーメンに来るそうなので、少なくともアビドス自治区のどこかにはあるみたいです。

 

 セキさんといえば、あの後すぐに病院に搬送されました。お医者様によれば、骨にヒビが入ってたり、出血が酷かったりと、生きているのが奇跡の重症だったとか。

 それだけの怪我を負ってたはずなのに、今はもう元気いっぱいなんだそうです。お見舞いに行ったリーダーさん曰く、外出と運動を要求するくらいには回復しているとか。すごい回復力ですね……。

 

 最後に、カイザーが起動させた新兵器について。はっきり言って、何も分からず終いでした。残骸を回収してみたものの、砂漠を掘り進む採掘機に戦闘能力を付与しただけみたいです。

 ただゲヘナの方と調べてみても、あの光の柱を生み出す装置や、セキさんを貫いた黒い触手は見つかりませんでした。あれは一体なんだったんでしょう?セキさんが怪我をした以上、幻では無いと思うのですが……。

 

 あと、ホシノ先輩が言ってた黒服という人物についてなのですが──え?その件は追わなくてもいい?はい、先生がそうおっしゃるなら……。

 

 ……とりあえず。アビドスの状況はだいぶ良くなりました。前の私たちじゃ、想像もつかない状況だと思います。これもセツナ先生のおかげです。本当に、ありがとうございます。

 

 みんながめげずに頑張ってくれたおかげ……ですか?……ふふ。そう言われると、この場所を守りきったかいがありますね。

 

 さて、そろそろ時間ですし、行きましょう!

 今日もアビドス定例会議はありますから!

 

 

 

 

「それでは!アビドス定例会議を始めます!!」

 

 

 ようやく戻ってきた日常を象徴するように、部室にアヤネの声が響く。陽の光が差し込む中、5人の生徒と1人の大人による定例会議が今日も始まった。

 かなり楽になったとはいえ、借金はまだ残り続けている。それを解決する手段をあれよこれよと話し合っていた彼女たちだったが、その途中でセツナが声を上げた。

 

 

「みんな、ちょっといいかな?」

 

 

 セツナのその一言に、その場にいた全員の視線が集まる。

 

 

「ある程度の問題が解決したところで悪いんだけど。私が最初の方に言ってたことを覚えてる?」

 

「……ん?もしかして"アレ"のこと?」

 

「あ〜、"アレ"か〜」

 

「そういえば、そんな話をしてましたね。すっかり忘れてました」

 

「あの〜、みなさん、"アレ"とはなんでしょう?」

 

「なにそれ、何かあったの?」

 

「そういえば、結局セリカとノノミには伝えてなかったね」

 

 

 セツナの言葉に反応したのは、シロコにホシノ、そしてアヤネだった。彼女たちはセツナの言いたいことにすぐに気がつくと、どこか懐かしいそうに表情を緩めていた。逆にノノミとセリカは、何のことかわからず困惑していた。

 それもそのはず。この話をしたのは、セリカがまだセツナに心を開く前のこと。あの時、ノノミは部室から飛び出したセリカの様子を見るためにその場に居なかった。だから2人とも、その話を知らないのだ。

 その後、セリカが打ち解けた後に話す予定ではあったものの、ビナーの襲撃によりそのことはセツナ本人からもすっかり忘れられていた。

 

 

「君たちと私の協力関係。君たちの問題を解決する代わりに、私は君たちから対価を頂く。2人が居ない間にそんな話をしてたんだ」

 

 

 元々この話は、シロコたちが後ろめたさを感じないように提案していた案だった。最初の救援要請はあくまでヘルメット団を追い払うことだったから、借金問題にまで手を貸して貰うのに、シロコたちはかなり消極的だった。

 そこで、セツナは提案した。シロコたちに手を貸す代わりに、自分も少し手を貸してもらおうという訳だ。お互いがお互いを利用する関係であれば、後ろめたさは感じない。その代わり信頼関係も生まれにくいと考えていたが、どうやらそこは少し誤算だったようだ。

 

 

「──でも結局、全員とちゃんと話し合いができなかったから、無しにしようとも思ったんだ。だけど、この先(・・・)のことも考えると、そうもいかなくてね」

 

 

 そう言って1呼吸置いてから、セツナは事の本題へと入っていった。

 

 

「君たちに、私から1つお願いをしたい。良いかな?」

 

「ん、私は良いよ」

 

「もちろん!これだけしてもらって、お願い1つ聞かないのはフェアじゃないしね!」

 

「私も賛成です!今ならなんでも聞いちゃいますよ〜☆」

 

「……私が言うのもなんだけど、もうちょっと警戒したりしたりしないのかい?せめてこう……どんな話なのか質問するとか」

 

 

 シロコ・セリカ・ノノミの即答。これには話を振ったセツナも困惑していた。予想外の回答、しかも勢いのあるそれに、思わずツッコまずにはいられなかった。

 これは先程の誤算(・・)にも絡む話だが、セツナは基本的に他人の評価というものに疎い。より正確に言うなら、他人からの評価を自分の中で決めつける節がある。しかも基本的にネガティブな評価を付けがちなため、こういうギャップに翻弄されることが多い。

 そういう意味では、ホシノのような徹頭徹尾疑ってかかっている方が、セツナ的にはありがたかったりする。それが先生として良い事なのかは疑問だが……。

 

 

「ホシノ先輩はどうですか?」

 

「うへ、もちろん良いよ〜。今回の恩返しも兼ねて、おじさん何でもしちゃうよ〜」

 

 

 しかし、今回の場合は事が事だ。アビドスの抱えていた問題の大半を解決し、自分たちを日常へと連れ戻してくれた大人を、一切信じれないというのは無理がある。

 特にホシノは、セツナの暗部(・・)とも言える側面を知った上でである。そのセリフの持つ意味は、その砕けた口調以上に重い。ここまで言われれば、セツナとしても躊躇う理由はない。

 

 

「みんな、ありがとう。それじゃ、これを見て欲しい」

 

 

 そう言うと彼は懐から5枚の紙切れを取り出して、それをシロコたちが見やすいようにテーブルの上に広げた。

 見たところ、A4の契約書か何かだろうか。それ以外は特に何も無いようだ。さっそく手に取ったシロコが、そこに書かれている文字をゆっくりと読み上げていく。

 

 

 

「『シャーレ 入部届け』」

 

 

 

 それは間違いなく、シャーレに入部するための書類だった。

 

 

「先生、これって……」

 

「そう。君たちに、シャーレの部員になって欲しいんだ。恥ずかしながら、今のシャーレは動ける人が少なくてね。なるべく色んな人に入って欲しいんだ」

 

 

 それが、セツナの手伝って欲しいこと。今のシャーレの在籍生徒は4人。ただ4人とも立場上あまり頻繁にシャーレに来れない。そのため書類仕事はともかく、外回りの仕事に回すだけの人員が足りていないのが現状だった。

 しかしここでアビドスの5人が加われば、その問題は大きく改善される。元々外回りの範囲もD.U区内の一部だけであり、1人2人居ればそれでだけで大きく変わるだろう。セツナにとっては、それだけでかなり助かるのだ。

 

 

「……本当に、こんなことで良いんですか?」

 

「うん!こんなことで十分なんだよ」

 

「ほんと?先生、また何か隠してるんじゃないでしょうね?」

 

「まさか。そんな隠すようなこともないし、何よりこっちはお願いする立場だからね。そこは私に誓って、嘘なんかつかないよ!」

 

「ふ〜ん。でもおじさん、似たような状況で気をつけるべきだって言われたけど〜?」

 

「そう言われると、なんとも返しづらいネ。でも、こればかりはホントなんデスヨ??」

 

「ん、クラウンが言う時は大抵裏がある」

 

「ソンナコトナイデスヨ、ブルーさん」

 

 

 そうした他愛のない会話をする度に、対策委員会の顔に笑顔の花が咲く。こうして笑い合う姿は以前の対策委員会と同じだが、今は心做しか、前よりも輝いて見える。

 それはきっとこの事件を経て、彼女たちが気づいたからだ。自分たちの日常が急に崩れ去る恐ろしさを。その先で取り戻した日常が、どれだけ尊く、幸福だったかを。それを知ったからこそ、この結果へと導いてくれたこの大人に、何か恩返しをしたいと思うのだ。

 

 

「で、どうかな?このお願い、引き受けてくれるかい?」

 

 

 改めて対策委員会に問い直すセツナ。その質問にシロコたちは互いに目を合わせた後、いっせーので答えを言うのだった。

 

 

 

 

 

 戻ってきた日常もあっという間で、日付が変わってから少し経った頃。私は「ふぁ〜」と欠伸を噛み殺しながら、アビドス高校のある一室に向かっていた。

 あの後、私たちはシャーレの入部届にサインをすると、そのまま柴関ラーメンでお昼にした。お店の頃と同じはずなのに、屋台で食べるラーメンは何だか美味しかったな〜。

 きっと、久しぶりにみんなと食べたからかな。ココ最近は色々あって、あんまり食べに来れなかったし。そんなことを考えていると、目的地の部屋の前までたどり着いた。

 扉の前に吊るされているボード。前までは「先生の部屋」と書かれていたそれには、今は消された痕しか残っていない。それを少し寂しく思いながらも、私はその扉をためらいなくスライドさせた。

 

 

「や、ホシノ。相変わらず、こんな夜中にどうしたんだい?」

 

 

 部屋に入ると、さっそくセツナ先生が出迎えてくれた。カタカタカタと、キーボードを打つ音が静かに響く。こんな時間になっても、先生は相変わらず働き詰めみいだ。

 

 

「ん〜?夜のパトロールが終わったから、ちょっと寄っておこうかな〜って」

 

 

 そう言いながら、私は部屋の内側へと1歩踏み出す。こうして夜に先生と会うのは、これで4度目になる。この部屋に関しては2回目だ。なんだかもう、これがずっと前からの習慣だったみたいに感じるね。

 ただ前に来た時と違うのは、部屋の様相かな。前に来たのは随分と前だけど、その朧気な記憶でもわかるくらい。今の部屋はずいぶんと変わっていた。

 

 

「荷物。だいぶ少なくなったね」

 

 

 本当に、かなりスッキリした。数日前は書類の山だったテーブルも、たくさんの資料が貼られていたホワイトボードも。今は何事も無かったみたいに綺麗に片付けられてる。あちこちに資料が山積みになっていた"全盛期"を知ってると、なんだか寂しさすら感じる光景だった。

 こうして部屋が綺麗になった理由は単純。アビドスの問題が片付いたので、先生はD.Uへと帰っちゃうのだ。ただそのための荷造りにも時間がかかるから、もうしばらくここに居るみたい。

 

 

「2ヶ月……いや、ほぼ3ヶ月かな。まさかこんなことになるだなんて思いもしなかったよ」

 

 

 そう声を零しながら、私はこれまでのことを思い返している。この大人がやってきてから、アビドスは大きく様変わりした。それはもう、当時の自分じゃ想像もつかないくらいに。

 

 最初にセツナ先生と会った時、私は「何だか気味の悪い大人が来た」と思ってた。どこかやり手のような、でも同時に情けないような大人。当時の私は特に警戒心が強かったし、先生に対してあまり良い感情は抱いていなかったな〜。

 そんな私に対して、セツナ先生は行動で示し続けてた。ヘルメット団の撃破に始まり、便利屋68やゲヘナ風紀委員会を撃退し、最後には私をカイザーから救い出してくれた。その上、まさかこうして借金の問題まで改善されるなんて、当時の私は夢にも思わなかったよ。

 

 

「言ったでしょ。『その先にホシノの思い描く未来があるとは限らないよ』って」

 

「うん。でもまさか、あれから状況が良くなるだなんて思わなかったけど」

 

 

 あの夜、追い詰められていた私に送った言葉を、セツナは今一度口にする。あの時は焦ってた私に対する忠告のように聞こえたけど、今では少し違って聞こえる。

 あれはきっと、私のことを心から心配してくれてたんだ。そう考えれば、先生は私たちの味方。今ではその想いの方が強いけれど、それと同時に私はまだ少しだけ先生のことを警戒していた。

 その理由は、先生と指切りをしたあの夜のこと。あの時私と交わした『みんなを守る』という約束を、先生は自身の都合の良い様に解釈していた。しかも私との認識の齟齬を知ってるのに、ワザと知らないフリをしているみたいだった。

 その手法は間違いなく、黒服のそれと同じだ。今回はたまたま良い方に解釈されたけど、これがもし悪い方向にされていたなら……。今の幸せな日常は無かったかもしれない。

 

 

「やっぱり、先生は悪い大人だよ」

 

「そうだね。だからこそ、全部欲しくなっちゃうんだ」

 

「うへへ。そういえば、先生はそういう人だったね」

 

 

 子供みたいに欲張りで、大人みたいに狡猾な人。そんな人が、私を……私たちを救ってくれた。どうしようもない現状を、かけがえのない日常へと繋げてくれた。本当に、感謝してもしきれない。

 喪ってばかりの私が掴めた、もう一度やり直せるチャンス。それを用意してくれた大人は悪い大人だけど、少なくとも私にとっては、もう"悪い大人"では無くなっていた。

 

 

「ありがとう、セツナ先生。お陰で私は、やっと大事なものを喪わずに済みそうだよ」

 

 

 私がそう言うと、セツナ先生は「うむ」と言いながら頷いていた。その表情はどこか満足したようなもので、何だか口元が緩んでしまう。

 

 

「ホシノ。もうわかってると思うけど、"小鳥遊ホシノ"は君だけのものじゃないよ。ホシノが自分自身を蔑ろにする度に、悲しむ人が居るんだから」

 

「うん。あの後みんなにこってり絞られたからね。もう1人で居なくなったりはしないよ」

 

「なら、もし次独断専行したら。今度こそ串刺しの刑に処しちゃおうかな〜」

 

「うへ〜、"先生"はそんなことしないでしょ」

 

「なら"先生"を辞めてでも止めに行ってあげるよ」

 

「そしたら先生はただの悪い大人だね〜」

 

 

 そんなことを言い合いながら、私たちは笑っていた。またこうして笑い合えるのも、こうして『ありがとう』と言えるのも、ほんの小さな奇跡の積み重ね。今回の一連の事件は、私にその尊さを教えてくれていた。

 何もかも手遅れで、喪ってばかりの私に与えられた、最初で最後のやり直しのチャンス。その機会を無駄にしないよう、私はもう一度、みんなと歩いていく。

 

 みんなが何事もなく、平和に過ごせますように。

 

 いつか、星の落ちる夜に願った私の想い。それを他でもない、自分の手で叶えるために。

 

 シロコちゃん

 ノノミちゃん

 セリカちゃん

 アヤネちゃん

 

 そして……セツナ先生。

 

 

 みんなと一緒に、私は日常(キセキ)を歩んでいくんだ。

 

 

 

 

 

「じゃ、おじさんはそろそろ帰るよ〜。先生も、あんまり夜更かししないようにね」

 

「うん。おやすみ、ホシノ」

 

 

 あれからしばらく談笑した後、ホシノはそう言って部屋を後にした。夜も更け、まもなく丑三つ時になろうかと言う頃のこと。その部屋には、1人の大人だけが残されていた。

 

 

 カタカタカタカタカタカタ……

 

 

 静寂が部屋を満たす中、キーボードを叩く音だけが響いている。一切の迷いのないブラインドタッチ。白紙のページに綴られていく文字列を、その大人は瞬きすることなく見つめていた。

 

アビドス高校で発生した事案について

 

 それは誰に宛てるでもない、強いて言うなら未来の自分に当てた研究報告書(レポート)。そこに記されているのは、この一連の事件で起きた事象や、アビドスに関連する情報など。この数ヶ月でセツナが実際に見聞きした全てが、このレポートにまとめられていた。

 誰かに言われた訳でもない。そうするのが、彼の性分と言うだけだった。情報を纏め、参照しやすい形に紐付け、理解するために保存する。端的に言えば、彼は不安なのだ。このキヴォトスには、まだ彼の知らない部分が多くあるから。

 セツナがシャーレの顧問として赴任してから、まもなく半年が経とうとしている。長かったような短かったようなその時間の中で、セツナはキヴォトスの様々な側面に触れてきた。特にアビドスの一連の事件では、この世界の"裏側"とも言える側面がセツナの前に現れた。

 

 

「ゲマトリア……か」

 

 

 子供たちのための学園都市に根付く、不可解な者たち。カイザーPMC理事とは違う、異形の大人。"次元が違う"とでも言うべきか。その存在は、セツナに大きな衝撃をもたらした。

 彼の知らないものを知り、彼の知らない情報を持って彼を断罪していた黒服。彼は誰よりもセツナの身に起きた変化を知っていた。その知見の深さは、間違いなくキヴォトス最上位といっていいだろう。

 

 故に、セツナは欲した。

 彼らの持つ情報の全てを。

 

 

「………はっ。これじゃ、ホシノに顔向けできないね」

 

 

 自虐的に、乾いた笑いを漏らすセツナ。その脳裏には、ある取引の記憶が思い返されていた。

 

 

 

 

 

「…………今、なんとおっしゃいましたか?」

 

 

 それは、セツナが黒服と初対面した日のこと。暗い部屋に月光が差し込む中、セツナが発した言葉に、黒服は理解できないといった表情でそう返した。

 まるで怪物でも見るかのような、ありえないといった視線を向ける黒服。その視線に対し当のセツナはその"眼"を細め、落ち着き払った様子で口を開く。

 

 

「聞き間違いが心配なら、何回でも言うぞ」

 

 

 そうして先程と同じ言葉を、今一度口にした。

 

 

「『俺をお前たちの仲間(ゲマトリア)に入れろ』って言ったんだ」

 

 

 黒く焦げた大人のカードを突きつけながら、その大人ははっきりとそう告げるのだった。

 

 

 

 

 

 








 ▽小鳥遊ホシノ
 想いを改め、再出発する。
 セツナのことは前よりも信用している。

 ▽天守セツナ
 裏切り者。悪い大人。
 欲しいもののためなら手段を問わない。

 ▽アビドス廃校対策委員会
 本来の筋書きより、少し良くなって再出発。
 ただその分、抱える爆弾も増えたようだが……。





あとがき

次回、アビドス編Vol.1-1最終回です。
次のVol.1-2は3章の予定ですが、原作ストーリー通りに進行するので、彼女たちとはしばらくお別れとなります。

P.S コノカの声がメロすぎる。局長とは別ベクトルで癖すぎるんだが?ヴァルキューレはこんなやつばっかかよ(褒め言葉)





 次回 第35話「天守■■」

「ただいま」




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