Blue Archive 〜藍の外典〜   作:roimi_mark2

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 方舟(Κιβωτός)の子供たちはこの男と信頼を交え、方舟(Κιβωτός)に住む人々はこの男の借り物の奇跡に酔いしれている。

 〜藍の外典:「世界を浄化する執行者」より〜







第35話 「天守■■」

 

 

 

 

 

 

「『俺をお前たちの仲間(ゲマトリア)に入れろ』って言ったんだ」

 

 

 その言葉を聞いた時、黒服は驚きを隠せなかった。それは黒服の知識や記憶にない、この状況ではありえない選択。あまりの衝撃に、最初は聞き間違いか何かかと疑ったほどだった。

 しかし自身の目の前に立つ白衣を着た大人──天守刹那。自身へと突きつけられた彼の手には、くすんだ黒いカードのようなものが握られている。異様な雰囲気を漂わせるそれは、持ち主の揺るぎない覚悟のようなものを放っていた。

 

 

「一応お聞きしますが、何故そのようなことを?」

 

 

 ようやく出てきたのは、疑問だった。彼は先程、自身のことを「先生」だと主張した。子供たちのために死力を尽くし、その責任を負うものだと。その言葉に黒服は軽く感動すらしていた。

 あの予言書の通り、ここに来るのはやはり"先生"であると。歴史の修正力……というものだろうか。多少のズレがあれど、世界は予言書の通りに進むのだと。あの言葉を聞くまで、黒服はそう思っていた。

 

 だが、結果はそうではなかった。

 本当に彼が"先生"であるならば、そのような選択をするはずが無いのだから。

 

 

「……最初はこの世界のことを、少し恐ろしい場所だと思っていた。俺の元いた世界と比べて、この世界はどこか違っていたから」

 

 

 やがて、白衣の大人が口を開く。彼は外の世界からやってきた。黒服とは違う、また別の領域から。ただ違う領域とはいえ、彼のことを調べていた黒服は、彼の居た世界をよく知っていた。

 そこでは日常に銃はなく、話し合いと称した銃撃戦も起きない。それが当たり前だった彼からすれば、このキヴォトスの銃社会と言うのは、生きた心地のしない恐ろしい世界だっただろう。

 

 

「でも今は違う。この世界には、素晴らしいことで満ち溢れている。分からないことが、理解の及ばないことが多くある」

 

 

 例えば砂漠に居たビナーという名の機械仕掛けの蛇に、カイザーが使ったあの謎の兵器。さらにいえば門守セキの使う藍い霧に、黒服たちゲマトリアが持っているらしい『青の正典(ブルーアーカイブ)』という予言書など。

 それらは、外の世界には無かったもの。そしてキヴォトスの住人たちも、ごく一部を除いて知らないものだ。それらを前にして、この男はニヤリと口元を歪ませる。

 

 

 

「──本当に、本当に面白い」

 

 

 

 それは好奇心だ。知りたいという欲求だった。多くは語らないその男から、黒服は彼の行動の原動力を感じ取った。そして理解した。彼はこちら側(・・・・)の人間だと。

 彼は先生でありながら、その本質は自分と同じなのだ。まるで黒服自身が善人の皮をかぶって、自らの前に現れたかのようだった。ただそれを理解したおかげで

 黒服は彼の言わんとしていることをある程度察した。

 

 

「……なるほど。では貴方を私たちの仲間に迎え入れたとして、私たちに一体何のメリットがあるのでしょうか?」

 

 

 まるで面接官のように、見定めるような視線を刹那へと送る黒服。しかし刹那は一切動じることなく、ただ淡々と黒服たちへのメリットを説明する。

 

 

「そうだな。お前たちのやってる事が何かは知らないが、ある程度は力を貸そうじゃないか。お前たちからしたら俺──というより、俺の持ってる力が敵に回る方が厄介なんだろ?」

 

「ふむ。確かにそれはそうです。そのオーパーツも、手元のカードも、そしてその"権能"も。それらがこちら側にあると言うなら、私供としても喜ばしい限りです」

 

 

 彼の持つものは不可解ながら、ゲマトリアにとってどれも脅威となりうるものだった。言うなれば、理解できないからこそ恐ろしい。それらの限界を知らない彼らからすれば、刹那は威力の分からない兵器と同じだった。

 だが、今回の刹那の提案は悪くないものだ。『シッテムの箱』に、『大人のカード』。そして、彼に宿る『神聖と権能』。それらは敵になれば恐ろしいが、逆に味方となればこれほど心強いものもない。

 

 

「では、貴方は私たちに何を求めるのでしょうか?」

 

 

 得るものとしては十分だ。なら次は、こちらが差し出すもの。どんなものを要求されるかと身構える黒服に対して、刹那はその視線を鋭くさせながら、自身の要求を口にした。

 

 

 

「お前らのやってること。特に今回のような、生徒に危害を加える可能性のあるものを全て止めろ。もちろん、例外なく……だ」

 

「ふむ。おかしなことを言うのですね。先程、貴方は私たちに力を貸すと言ったばかりではないですか?」

 

 

 その瞬間、黒服の表情が驚きへと変わった。その要求では先程の対価との矛盾してしまう。だがそれと同時に、彼の中の刹那のイメージが再び変化し始めていた。

 

 

「全面的に協力する……とは言ってないだろ。お前たちの研究を見て、聞いて、それを踏まえて俺が問題無いと判断すれば、いくらでも力を貸してやるよ」

 

 

 黒服の反論を一蹴しながら、刹那はそう告げる。あくまで協力するのは、生徒の脅威にならないものだけ。裏を返せば、生徒の利となることには積極的に協力するという意味でもある。

 

 

「忘れるな。俺は先生だ。お前たちのような研究者と違ってな」

 

 

 自分はあくまで先生である。ここまで踏み込んでおいて、自身の引いた線引きはしっかりと守るつもりであるらしい。

 

 

「……なるほど、"先生"では無いからこそ取れる選択ですか。これは、先程の問答が裏目に出ましたね」

 

 

 彼が"先生"だったら、この選択は取らなかっただろう。生徒を傷つけ、苦しめる存在に力を貸すことは絶対にない。故に、"先生"足り得る。生徒たちを導く大人として、そのラインは絶対に超えてはならない。

 しかし彼は違う。"先生"どころか、『青の正典(ブルーアーカイブ)』に登場すらしない、いわば物語の理から外れた存在。故に何者にでもなれるし、何者にもなれない存在だ。

 だが、今の彼には『神聖』がある。その記号(テクスト)の力ありきとはいえ、今の彼は間違いなく最も"先生"に近い大人だ。そしてその『権能』により、この契約の決定権は彼にある。

 

 

「…………仕方ありませんね。契約の大天使にそう迫られては、私としては為す術がありません」

 

 

 やれやれ……と言った様子で、刹那の要求を受け入れたような態度を見せる黒服。だがしかし、その表情を見た刹那の顔は、さっきよりもより険しいものになっていた。

 

 

「……お前、これ(・・)が狙いだったか」

 

「おや、顔に出てしまいましたか」

 

 

 刹那の指摘に、黒服はわざとらしく答える。どうやら最後の最後で、こちらの狙いがバレてしまったようだ。ならばもう、わざわざ隠す必要も無いだろう。

 

 

「えぇ、そうです。これまでの全てのこと……。カイザーに与し、アビドスを追い詰め、こうしてホシノさんを確保したのも。全ては貴方という研究対象(・・・・)を誘い出すためです」

 

 

 それが、黒服の本来の目的だった。予言書に則っているように見せかけて、その筋書きから外れている存在。彼は予言書の再現性を確かめる傍ら、刹那がここに来るのをずっと待っていたのだ。

 

 

「……なんで俺なんだ?お前はホシノを狙ってたんじゃないのか?」

 

「確かに、本来の私(・・・)であれば、おそらく小鳥遊ホシノに執着していたのでしょう。キヴォトス最高の神秘。えぇ、本当にそうであるなら、"私"としても手の内に置いておきたかった」

 

 

 セツナの当然の疑問、実際それは的を射ている。ただの大人と強力な神秘を宿す少女なら、間違いなく後者の方に興味が湧く。もっと言うなら、仮に今の天守刹那と比べた時も、軍配は少女の方に上がるだろう。

 

 ……ただし、その少女が本当にキヴォトス最高の神秘を有しているなら……だ。

 

 

「しかし、あれは違う。『地上を統べる太陽神(ラーホルアクティ)』でも、ましてや『翔く勝利の太陽神(ホルス・ベフデティ)』でもない。言うなれば『沈黙する幼き神(ハルポクラテス)』です。それに至った過程に興味はありますが、彼女自身にはあまり期待しておりません」

 

 

 キヴォトス最高の神秘の弱体化。今の彼女は、普通の生徒よりも少し強大なだけだ。それでも並の生徒よりは強力であるが、ずば抜けているとは言えない。

 キヴォトスで最も古く、最も偉大な神聖がなぜそうなったのか。彼女に対する黒服の興味はそれだけだ。故に、興味の軍配は目の前の存在に傾いている。

 

 

「その点、貴方は非常に興味深い。ただの人間であるはずの貴方が、何故彼女たちと同じように神秘を宿しているのか。何故、貴方が"先生"の代行者として現れたのか……」

 

「……………………………………」

 

「とても、とても、興味深い……」

 

 

 彼の内包する謎。そもそも、当然のように神秘と神聖を宿しているのがおかしいのだ。彼は外の世界の存在、このキヴォトスに生まれたわけではない。なのに何故かその2つを有している。

 しかも他の者達と違うのは、それが彼自身を変質させていないことだ。彼は神聖を有していながら、「忘れられた神々」には至っていない。彼は人間のまま、神々と同じ高みに登っている。

 実に……実に興味深い。そんな存在が自ら仲間になりに来たことに、黒服は内心小躍りしそうな程だった。故に彼の提案が大きな制約になれど、結ぶことは絶対条件だった。

 

 

「貴方のゲマトリアへの加入。私個人としては、大いに歓迎いたします。ただし、ゲマトリアは私1人の意志では動きません。ので、貴方の提案した契約が締結されるかは、他の者たち次第ではあります」

 

 

 そう言いながら、黒服は足元からあるものを取り出した。それは横1m程はありそうな黒い箱。それを机の上へと起きながら、黒服はある話を持ちかける。

 

 

「しかし、この荷物を渡すことを見逃していただければ……。私からの誠意として、私個人の間で『生徒をこれ以上傷つけない』という契約を結んでも構いません」

 

「一応聞くが、それは何だ?」

 

「これは私に初めて興味を持たせてくれた少女──門守セキさんへの贈り物です。彼女には私の研究に大きく貢献してもらいましたから、そのお礼ですよ」

 

 

 門守セキ。『白鯨』の異名で知られる彼女もまた、『青の正典(ブルーアーカイブ)』には存在しない少女だ。そんな彼女に接触し研究することで、黒服はもう1つの予言書──『裏死海文書・外典』への理解を深めることができた。

 あれもまた、興味深いものだ。『喪われし神々』や、その模造品たち。それらを用いた儀式は狂気の沙汰ではあるが、やるだけの価値はありそうではあった。最も、黒服の望むところではないため、実際にすることはないだろうが。

 

 

「さて、どうしますか?生徒に手を出さないという制約ですから、小鳥遊ホシノの居場所をお教えできますよ?」

 

 

 黒服が望むのは、世界の探求。特にイレギュラーの多い今のキヴォトスを観察するのが、黒服の望みだ。それを実現するための第1歩として、まずは目の前の大人をこちらに引き入れる必要があるが──。

 

 

「いいだろう。今は仮で結んどいてやる」

 

 

 どうやら、心配は杞憂だったようだ。

 

 

「そうですか。では、ホシノさんの居場所ですが、カイザーPMCの前哨基地の地下実験室に隔離されています。理事が何か余計なこと(・・・・・)をする前に、救出された方が良いかと」

 

「言われるまでもないな。最初っからそのつもりだよ」

 

 

 話は終わりとでも言うように、刹那は踵を返して部屋を後にしようとする。その背中を見つめる黒服の目の前には、背後の月光に照らされた彼自身の影が落ちていた。

 

 

「そうですね……。あのセリフを言うべきでしょうか?」

 

 

 誰に聞かせるでもなく、そう呟く黒服。視線を机の上のガンケースに落としながら、どこか愉快そうに口元を歪ませる。

 

 

「……刹那さん。ゲマトリアは、あなたのことをずつと見ていますよ」

 

 

 そう言い終わるのと同時に、部屋の扉が静かに閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カイザーとの決戦から、1週間が経った。

 

 あの戦いの後、病院へと担ぎ込まれた私はそのまま5日間の入院生活を経て、無事にカタカタヘルメット団の前哨基地──いや、本拠地に帰ってきた。

 最初はみんなに怪我の心配されてたけど、当の私は至って元気。現に昨日だって、運動がてらシロコちゃんと模擬戦したしね。結果は良い勝負だったけど、黒星が1つ増える結果になった。

 

 そして今は自室に戻って、入院生活の後片付け……ではなく、新たな生活のための準備をしていた。

 

 

「これと……これと……あれと……」

 

 

 周りに集めた日用品を確認しながら、私はテキパキとリュックに物を詰めていく。着替えに、歯磨きセットに、あと救急キットと。こういうの、ずっと前に先輩たちと遠くにお出かけした時以来かな。

 

 

「よし、行こっかな」

 

 

 そして全ての荷物を詰めてから、私はリュックを背負って立ち上がる。門守セキ(わたし)が生まれてから、ずっと使ってきたこの部屋ともお別れだ。それが少し名残惜しくて、離れようとする足が重くなる。

 でも、それでも行かなきゃ。心の中でそう呟きながら、私は今度こそ部屋を出ていった。まだ日が昇ってそんなに経ってないせいか、空気はどこかひんやりしている。

 静まり返った私たち前哨基地。私のこれまでが詰まった場所を歩いていると、入口のところで佇んでいる人影があった。その人は私と目が合うと、トレードマークの赤いヘルメットを被り直して立ち上がる。

 

 

「準備できたかい?」

 

 

 たった一言。リーダー先輩はそれだけ確認してきた。大丈夫。必要なものは全部背中のリュックに詰めてあるはず。残ったものは、私が自分で手放したものだけだ。

 

 

「はい、ないはずです」

 

「よし。それじゃ、いくとするかね」

 

 

 私がそう言うと、リーダー先輩はゆっくり歩き始めた。私もその背中を追いかけながら、静かに目的地まで歩き始める。

 そこからは、私たちが砂を踏みしめる音だけが聞こえていた。先輩も、私も。お互いに一言も発することなく、黙々と歩を進め続ける。ここまで口数の少ない先輩は、初めて見るかもしれない。

 ただ私は、リーダー先輩に言わなくちゃいけないことがある。そのためにも私は1度ゆっくりと息を吐いてしてから、意を決して沈黙を破った。

 

 

「リーダー先輩」

 

「ん?なんだい?」

 

「ありがとうございます。私を送り出してくれて」

 

 

 そう言って私は、深々と頭を下げた。突然の私の行動に先輩は少し驚いたみたいだったけど、すぐにいつもの調子に戻って頬をかく。

 

 

「まぁいいさ、外の世界を知るんだろう?この閉鎖的なアビドス砂漠じゃ、学ぶことに限度があるからねぇ。シャーレの専属生徒になるってのは、中々良い案だと思うね」

 

 

 そう、私は今から、シャーレの専属生徒としてD.Uというところに行くことになった。今は迎えのセツナ先生と合流するため、待ち合わせの場所まで先輩と一緒に向かっているところだ。

 

 でも私がシャーレ専属になるということは、カタカタヘルメット団という居場所を去ることと同じだった。リーダー先輩を、飛葉ちゃんを。みんなを置いて、私は新しい場所を目指すことになる。 その一歩を踏み出すための戦いが、この前のカイザーとの決戦だった。

 

 あの時、セツナ先生と交わしたのは、『私をシャーレで雇って欲しい』という約束だった。その約束を守ってもらうために、私はリーダー先輩に交渉して、最後の戦いで死力を尽くして戦った。

 

 その全ては、みんなを守るため。外の世界と戦う術を知らない私は、これからシャーレを通じて外の世界を知っていく。そしてシャーレで学んだことを糧に、このアビドス砂漠の私のたった一つの居場所や、守りたいものを全部守る。

 

 そのために私は、私の大切なものを──家族と居場所を手放すことに決めた。その事を話した時、リーダー先輩は驚いたような、どこか喜んでいるような不思議な表情をしていた。

 

 

「そうやって知ろうとするのは良い事だ。あんたが成長してくれて、私は本当に嬉しいよ」

 

 

 柔らかい声色でそう言うと、先輩はまた歩き始めた。そうして、また私たちの間に静寂が訪れる──かと思ったけど、しばらくしてリーダー先輩が急に立ち止まった。

 

 

「セキ、少しいいかい?」

 

「はい、なんです──」

 

 

 すると私が言い終わるよりも先に、先輩はいきなり振り返って私をギュッと抱きしめてきた。いきなりの抱擁(ハグ)に私が目を白黒させていると、胸元からくぐもった声が聞こえてくる。

 

 

「しばらく、こうさせて欲しい……」

 

 

 それは先輩にしては珍しい、弱々しい声だった。カタカタヘルメット団のリーダーでも、私の保護者でもない。何も飾らない素の先輩が顔を出していた。

 その先輩の姿はまるで、触れれば壊れてしまうガラス細工みたい。いつも見ていた大きなその背中は、よく見れば私よりもずっと小さかった。

 

 

「セキ」

 

「なんですか?先輩」

 

 

 抱きしめる力を強くする先輩が、震える声で私の名前を呼ぶ。

 

 

「先生に迷惑かけないようにね」

 

「……はい」

 

「変な奴に気をつけてね」

 

「……はい」

 

「体を壊さないようにね」

 

「……はい」

 

「本当にわかってるのかね。現にセキはいつも大怪我してばっかだからね」

 

「ひぇっ……それはそうですけどぉ……」

 

 

 痛いところを突かれて情けない声を出す私。そんな私の声を聞いてか、胸元の声は少し明るさを取り戻したみたいだった。

 

 

「…………いつでも、帰ってきていいんだからね」

 

 

 その言葉に、私の心がキュッと締まる。

 

 

(あぁ……。やっぱり、離れたくないなぁ)

 

 

 別にもう二度と会えない訳じゃない。きっといつか、また会える日が来る。私がもっと立派になって、リーダー先輩がみんなを導いてくれれば、会えない日なんて来ない。

 でも、それでもなんでか、その言葉が妙に心を打った。言いたい想い(こと)は、言わなきゃいけない。当たり前の日常が急になくなることを、私たちは今回の件で思い知ったから。そう思うと、私の口から言いたいことが次々と零れ始めた。

 

 

「先輩。今までお世話になりました。それと、私を見つけてくれて、ここまで育ててくれて、ありがとうございます」

 

 

 もしも、先輩が私を見つけられなかったら。

 もしも、先輩が私を見捨てしまっていたら。

 もしも、先輩が世界を教えてくれなかったら。

 もしも、先輩が私を導いてくれなかったら。

 

 幾つもの、気が遠くなるほどのもしも(If)を手繰り寄せたから、今の私がある。その最初に立ち会ってから今までずっと、先輩は私のことをずっと気にかけてくれて、今も、私の心配をしてくれている。

 

『当たり前さ。母親として、子を想うことは当たり前だろう?』

 

 前にシロコちゃん経由で聞いた、リーダー先輩の本音。もちろん私と先輩には、なんの血の繋がりもない。ただの子供と、その子供に拾われた捨て子。他人からすれば、赤の他人も同然だ。

 

 でも、それでも、私たちは家族だった。

 

 血の繋がりがなくても、ただの子供同士だったとしても。誰がなんと言おうと、私にとってのお母さんは、間違いなくこの人なんだ。

 

 

「私にとって先輩は、本当のお母さんでした」

 

「私にとって先輩は、そばに居ると安心できて、ずっとそばに居たい人……っです」

 

「本当っに……本当に……っ。大好きです……っ」

 

「これまでも……っこれからっも。ずっと大っ好きです……っ」

 

 

 先輩の体を強く抱き締め返しながら、私は抱えきれない想いを全部吐き出した。途中からは涙まじりで上手く言葉に出来なかったけど、それでも私の思いの丈を、悔いのないように全部吐き出す。

 言葉が出なくなったら、代わりに涙が溢れてくる。涙が出なくなったら、今度は言葉にならない声で泣く。そうしてしばらくの間、私も先輩も、お互いに言葉を紡がないまま、自分たちの想いを伝え合っていた。

 

 

 

 

 

 それからどれくらい経ったか。泣き腫らして、抱えていた想いを出し尽くした私たちは、また無言で砂漠をゆっくりと歩いていった。

 景色は相変わらずだけど、私たちの間の沈黙はさっきとは違って、どこか居心地の良さを感じる。もしかしたら思いっきり泣いたお陰で、私の心に整理が着いたからかな。気のせいか今の私は、どこか清々しさを感じていた。

 

 そうして歩いていると、ついにセツナ先生との合流地点に着いた。そしてそこには白衣を着た大人が立っていて、こちらに気がつくとにこやかな笑みを浮かべて手を振っている。

 先輩が着いてきてくれるのはここまで。ここから先は、私の意志で歩いていく。大好きな人たちを、大好きな居場所を守るため、私は大好きなものを手放さなきゃいけない。

 

 それは怖いけど、もう立ち止まらない。

 その覚悟は、もうできてるから。

 

 

「……それじゃ、先輩──」

 

「ちょっと待ちな」

 

 

 しかし、1歩踏み出そうとしたところで、背後のリーダー先輩に呼び止められる。振り返ってみると、先輩は何やら渡したいものがあるのか、ジャージのポケットをゴソゴソと漁っていた。

 

 

「あんたにこれをやるよ」

 

 

 そうして出てきたのは、白い小さな麻袋みたいなもの。受け取ってみるとそれは手のひらサイズの小さなさで、傾けてみると中のものがザラザラと擦れる音がした。

 

 

「先輩、これって……?」

 

「その中には、植物の種が入ってる。それが何の植物か、どうやって育てるか、私は一切教えない。次に戻ってきた時は、それを育てられるようになっておきな」

 

 

 それはつまり、先輩からの宿題だ。私が外の世界で何を学んだかを確認するための、たった一つの問題提示。それに答えを出すのが、私の長い旅の終着点の1つだ。

 

 

「……はい!では、行ってきます!

 

「あぁ、行ってらっしゃい

 

 

 先輩の優しい声を背中に受けながら、私は軽やかに砂地を蹴った。そして寂しさを置き去りにするように、心の中で固く決意する。

 

 ありがとうございます。リーダー先輩。

 私、みんなを守れるよう強くなります。

 

 強くなる。力だけじゃなく、もっと他のことでも守れるように。そう心に誓いながら、私はそれを教えてくれる人の元に駆け寄った。

 

 

「おはようございます!セツナ先生!」

 

「おはよう、セキ。もう良いのかい?」

 

 

 さっきの一部始終を見てたのか、セツナ先生は意外そうに私に問いかける。確かに、傍から見ればただ何かを渡して軽く会話しただけに見えたかもしれない。

 でももう十分なほど、私は想いを伝えれてる。だからもう、これ以上は必要ない。飛葉ちゃんや他のみんなも、昨日の夜の送別会?みたいなヤツで沢山想いを伝えたしね。

 

 

「はい。これ以上は、私が辛くなっちゃうので」

 

 

 キッパリとした私の言葉に、先生は驚きながらも「そっか」と満足そうに笑っていた。

 それから先生は私の荷物を預かると、先生専用だという小さな輸送機のようなものに詰めて送ってくれた。こんなものが個人で支給されてるなんて、外の世界はアビドスと違ってすごいのかもしれない。

 

 

「それじゃ、頼むよアロナ」

 

 

 先生がそう言うと、輸送機がプロペラを回転させて空へと舞い上がる。そしてあっという間に加速すると、一瞬で空の彼方へと消えていった。どうでもいいことだけど、アロナっていうのがあの機体の名前なのかな?

 

 

「セキはさ、何でシャーレ専属になろうと思ったの?」

 

 

 私がどうでもいいことに現を抜かしてると、不意にセツナ先生はそんな質問を投げかけてきた。

 

 

「外の世界を知るためなら、アビドスの子たちみたいに通うことだってできたでしょ?わざわざシャーレに住み込むことはしなくても良かったのに」

 

 

 確かに、先生の言うことはもっともだ。移動の交通費はシャーレの方で負担してくれるらしいし、世界を知るためには、シャーレ専属になる必要はないんだから。

 でも、私の中には確かにある。シャーレ専属に……いや、なるべく"シャーレでいるための時間"を増やしたい理由が。ただ自分でもなんでそう思うか分からなくて、それが自分のことなのに笑えてくるの。

 

 

「…………笑わないでくださいね?」

 

「うん、笑わないよ」

 

 

 ただ、この人には言ってもいいかもしれない。先生はなんだかんだで、私のことを考えてくれてたから。きっと先生なら、笑わないで聞いてくれる。

 

 

「……はっきり言うと、私にも分からないんです。ただただ漠然と、『誰かに会いたい』って気持ちが溢れてきて……」

 

 

 不明瞭で、曖昧な理由。それが今回の行動原理の1つでもあり、私がずっと抱えていた「もう1つの夢」だった。理由と言っていかさえ怪しい、ずいぶんとあやふやな話だ。

 

 

「なるほどね。その誰かに心当たりとかは?」

 

 

 でもその夢を聞いたセツナ先生は笑うどころか、とても真剣な表情でそう尋ねてきた。その表情を見て、私の心が安心感で満たされる。

 あぁ、本当にちゃんと聞いてくれたんだって感じがして、私も何とかそれを言語化しようと頭を回転させた。

 

 

「ない……ですね。ただ時々、もう会ってる気がするんです。でもしばらくしたら、また会いたいって思っちゃって……」

 

 

 誰かに会いたい。そう思っても、誰に会いたいかは分からない。自分の本当の親?生き別れた姉妹?それとも何か、もっと大切な人?私の頭の中では、色んな可能性が浮かんでは消えていった。

 そんなことを考えていると、いつの間にか「会いたい」という気持ちは収まって、「やっと会えた」気持ちで胸が満たされる。最初の方はその感情に振り回されて、一人で泣いてたりしたっけ。

 

 結局のところ、何も分からないのだ。

 この感情の出処も、会いたい人が誰なのかも。

 

 

「……まぁ、理由はそんなところなんです。外の世界のことを学びながら、その人に会えたらいいなって」

 

 

 シャーレは色んなところで活躍してるって、この前病院でシロコちゃんから聞いた。つまり色んなところに行けるってことは、色んな人に会えるってこと。色んな人と出会いを繰り返していくうちに、いつかその人に出会えることもあるかもしれない。

 

 

「なら、私も頑張らないとね。セキのためにも、シャーレを大きくして色んなところに行けるようにしなきゃ」

 

 

 そう言いながら、逞しく胸を叩く先生。そうやってまっすぐ私の夢に向き合ってくれる姿に、私もたくさん頑張ろうって心に決めた。

 

 外の世界を知って、外の世界を学んで。その傍らで人を探しながら、シャーレの──先生の力になる。それが私、門守セキの新しい生き方だ。

 

 

 

「ありがとうございます、先生。それと、改めてよろしくお願いします!」

 

「うん、こちらこそよろしくね」

 

 

 そうして私たちは笑い合いながら、アビドス砂漠に新たな1歩の足跡を残した。

 

 それはきっと、明日にも掻き消されてしまう小さな1歩だけど、私たちにとっては、新たな世界を拓く大きな1歩だ。

 

 手に入れたもの、そのために手放したもの。

 

 それはきっと人それぞれ違うと思うけど。手放したものに報いれるよう、私はずっと、前を向いて1歩を歩んでいくんだ。

 

 

 

 

 

 

 グォォォォォォォォン…………!!

 

 

 それを祝福するように、私たちの背後の雲間で青い雷鳴が唸っていた。

 

 

 

 

 

「Vol.1-1 手に入れたもの、手放したもの」

 

 

~ 完 ~

 

 

 

 To be Continued……

 

 

Next chapter 「Vol.1-2 ユメが見せた幻想(まほろば)

 

 

Waiting for Vol. 1-2……

 

 

 

 

 

 











 アビドスでの出張を終えて、私は久々にD.Uへと戻ってきていた。長いような短いような時間の中で、私は新しい仲間をシャーレへと迎え入れることになった。
 門守セキ。カタカタヘルメット団出身の彼女は、社会復帰のための更生プログラムという名目で、シャーレ専属の生徒として活動していくことになる。もちろんこの事は、事前にリンちゃんに報告済みだ。


「ようこそシャーレへ!!」

「ひえっ!?」


 突然の大声に、セキが可愛らしい悲鳴をあげる。周りに見とれているところで申し訳ないが、もうシャーレの入るビルに着いてしまったのだ。彼女にはここに住んでもらう以上、シャーレの構造については知っておいて欲しい。


「それじゃまず、セキにこれを渡しておくね」


 そう言って私は、懐からセキのIDカードを取り出した。シャーレに入るのには学生証が必要になるけど、セキのような学校に籍を置かない子には、こうしてIDカードを配っている。
 シャーレに用がある時に入口でこれをかざせば、スケバンやヘルメット団のような子でも、何時でもシャーレに入れると言うわけだ。ちなみに、こうした対応は今に始まったことじゃないから、カード自体は直ぐに作れた。


「じゃ、早速中に入ろうか。ここがこれから、セキの新しい家になるんだよ」

「はい!よろしくお願いしますね、先生!!」


 元気いっぱいの挨拶と共に、私たちは入口の扉をくぐった。どうやらセキのカードも問題なく使えるみたいだ。対応してくれた連邦生徒会の子に感謝しつつ、私はセキに設備の簡単な使い方を説明していった。
 コンビニやトレーニングルームなど、幅広く活動できる居住区。射撃場や教室、実験室など、様々な学びに関することができるオフィスなど。クラフトチェンバーがある地下以外の設備をざっと見て回る。


「ここは図書館で、何か資料とか──」

「…………………………………………」


 そんな感じで説明している間、珍しくセキは一言も発さなかった。最初こそ私の説明がつまらないのかな〜なんて思っていたけど、横目で見た彼女の表情を見て、その心配は杞憂だったと気づいた。
 教室に、コンビニに、実験室に。施設を巡って説明を聞く彼女の目は、とても輝きに満ちていた。セキの言っていたここに来た理由、彼女にとって『初めての世界』を目の当たりにして興味が尽きないんだろう。
 ここに来るまでも、D.Uの街並みに見とれる彼女を何度も見た。アビドスとは違う、砂に塗れていない新しい世界。その中を歩くセキは、とても輝いていた。


「じゃ、最後は仕事部屋になる執務室を紹介するね」


 そして最後にいつもの執務室を紹介しようと、私はドアノブに手をかけて捻った。


 ガチャッ


 しかしその音が聞こえた途端、私はピタリと動きを止めた。


「……?先生、どうしたんですか?」


 背後から不思議そうに呼びかけるセキの声。ただその声に応えることはせず、私は静かに視線をドアノブに落とし続けていた。


「……開いてる(・・・・)


 私が捻ったことで、執務室の扉は少しだけ開いている。当然と言えば当然だ。何せ扉はドアノブを捻れば開くのだから。ドアノブが着いている以上、この扉はスライド式ではない。その動作には、なんの問題もなかった。

 ただ、私は出張に出る前に、ここの鍵を閉めたはずだった。シャーレには仕事の都合上、大切な資料が置いてあることもある。その管理の一環として、基本的に私か当番の生徒がいない限り、この部屋はしっかりと施錠していた。


「セキはここで待ってて。ちょっと知らない人が入ってるかもしれない」


 私の言いたいことを察したのか、セキが緊張した面持ちで聞いてくる。


「つまり、泥棒。……ってことですか?」

「……いや、少し違うかな」


 私の予想では少し違う。そもそも、ドアノブの鍵は壊されていない。見たところ、扉本体も壊された様子は無い。つまり無理やりこじ開けた訳ではなく、正規の手段で開けたことになる。
 もちろん、室内のガラスを割って中から開けた可能性もあるが、そもそもこのフロアはかなり高い階にある。その可能性は限りなくゼロに近いだろう。となると、残る可能性は1つだけだ。


「実はちょっと前に、シャーレに新しい人が増えたんだ。もしかしたら、その人が閉め忘れたのかもしれない」


 あの夜、黒服と対峙する前にリンちゃんから告げられた、シャーレの新しい運営人員の話。おそらくその人なら、ここの鍵も預かっているだろう。
 私が居ない間にここを出入りするのはいいけど、もう少し管理意識をしっかり持って欲しいかなぁ。


「まぁ、そういう訳だから。セキの心配するようなことはないと思う。ただちょっと中の様子を確認するから、少し待ってて欲しい」

「……わかりました」


 少し心配そうな表情を浮かべながらも、セキは大人しく1歩身を引いてくれた。それに「ありがとう」と礼を伝えながら、私は扉を開けて中へと足を踏み入れた。
 中は真っ暗だった。お昼だと言うのにカーテンは締め切られていて、電気も一切つけられていない。これでは歩くのもままならないため、壁にある照明のスイッチを押しに行こうとしたその時だった。

 カチッ!

 その音と共に、部屋が光で満たされる。突然の光私は思わず細めるが、すぐに慣れて目を開く。

 そして次の瞬間、私は目を見開いた。

 照明のスイッチの傍、壁によりかかるように人が居た。確かに、私が触れる前に照明が点いたのだから、人がいることは理解していた。ただ、私が驚いたのはその姿だ。

 私よりも少し低い背丈、そして細身な体。そして後ろの方で1本に束ねられた亜麻色の長髪が、彼女の性別を暗に告げる。
 服装はフォーマルな黒いスーツのズボンに白のブラウスを着込み、その上から私と同じ連邦生徒会のコートを羽織っていた。

 そしてその顔は、私ととても良く似ていた。


 “ おかえり〜!”


 驚く私の顔がそんなに面白いのか、その女性はニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべている。それはまるで、イタズラが成功した子供のような、どこか懐かしい無邪気な様子だった。
 そこでようやく私は再起動した。だが彼女の顔立ちを、そして首元にかけられたパスケースを見て、先程のが比にならない衝撃に襲われる。


 私と同じ、連邦生徒会のロゴが書かれたパスケース。そこには彼女の名前と、与えられた肩書きが記されている。


 そこには、間違いなく。
 どうしようも、見間違えようもなく。










 “ 久しぶり、お兄ちゃん!”


連邦捜査部S.C.H.A.L.E 顧問│天守 (アイ)
 ──そう記されていた。





あとがき

アビドス編Vol.1-1これにて完結です。
ある種、ここまでがこの物語のチュートリアル。ここを起点に、物語はさらに進んでいきます。

ここから先、どうなるのか。もしこの物語が面白いと感じていただければ、どうぞ気長にお待ちくださいませ……。





 次回 閑話その1 「"先生"」

 “ 私は天守アイ。これからよろしくね!”




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