Blue Archive 〜藍の外典〜   作:roimi_mark2

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どうも!ハーメルンを楽しませてもらっている作者です。
長くなりましたが、今回で持ってきてた習作は最後となります。確か①②③合わせて総数5万文字越え、読むのも一苦労の第1話です。ですがそれでも、最後まで楽しんでいただけたらと。
それでは拙い文章ですが、どうぞお楽しみください。



1番括弧のプロローグ③

 

 

 

 

 

「「着いたぁ!」」

 

 

 シャーレのビルを目の前にして、私とユウカちゃんの声が重なる。巡航戦車(クルセイダー)を撃破したあと、私たちは特に苦戦することなく目的地に辿り着いた。周りにたむろしていた不良達は少なからずいたけど、ワカモ、そして巡航戦車を乗り越えた私たちでは相手にならず、あっという間に鎮圧された。まぁ少し可哀想とも思うけど……、私達も連戦で余裕が無いからね。

 

 

 〈『シャーレ』部室の奪還完了。お疲れ様でした〉

 

 

 いつの間にか近くに来ていたホログラムのリンちゃんが、私たちに労いの言葉をかける。

 

 

「ありがとう。リンちゃんの方は大丈夫?危ないこととかあった?」

 

 〈いえ、こちらは特に。私もまもなく到着予定です。建物の地下で会いましょう〉

 

「うん、わかった。残りの道のりも安全にね」

 

 〈はい、それでは〉

 

 

 そういうと、ホログラムのリンちゃんはふっと姿を消した。それにしても、長いようで短い旅路だった。キヴォトス(ここ)に来てからまだ数時間しか経ってないはずだけど、私の体感では既に1日が終わったと思えるほどだ。それくらい、この数時間が濃密だったということではあるけど……。この世界になれるには、もう少し時間がかかりそう。

 何よりも、普通の銃器が普及しているのかいちばん怖い。キヴォトスのみんななら大丈夫かもしれないが、チナツちゃんの言った通り、私が撃たれたら痛いじゃ済まない。万が一戦闘に巻き込まれて撃たれでもしたら……、考えただけでもゾッとする。それでも私がこうして生きているのは、間違いなく彼女たちのおかげだ。

 

 

「みんなありがとう。私にひとりじゃここまで無事に来れなかった思う」

 

 

 ユウカちゃんたちの方に向き直り、改めてお礼を伝える。彼女たちが戦ってくれなければ、今頃私はこの場所に近づくことさえできなかっただろう。それどころか、流れ弾に撃たれていた可能性だって否定できない。

 

 

「いえいえ、先生の指示が的確だったおかげですよ」

 

「私たちだけでは、ここに来るまでにかなり消耗していたでしょう」

 

「……うーん。なんだかこう言われると照れちゃうな」

 

 

 ユウカちゃんとハスミちゃんからのストレートな褒め言葉に、少し照れくさくなって頬をかく。

 

 

「先生、私たちはこれからはどうしますか?」

 

「シャーレビル内に敵が残っている可能性は捨てきれません。念の為、護衛するべきだと思いますが……」

 

 

 チナツちゃんたちの言葉に、私は口元に手を添えて考え込む。確かに、周辺の不良たちは全員鎮圧したとはいえ、中で悪さをしている子がいる可能性は否定できない。もし私がその子と遭遇すれば、厄介なことになりかねないだろうね……。

 でも落ち着いて耳を澄ませてみれば、周囲からは風の音と環境音、そして遠く飛んでくるからのヘリの音しか聞こえない。中で悪さをしてるならだけど、ビルの中で一切の物音がしないのはおかしい。そう考えれば、中に人がいる可能性はほとんどないじゃないだろうか。

 

 

「ううん、大丈夫。あのビルの中には、不良達はいないみたいだから」

 

「先生、ですが……」

 

「代わりにシャーレのビルの警備をお願いしてもいいかな?ビル内にはいないとはいえ、外から入ってくる可能性は全然あるし」

 

 

 最終的に不良は居ないと判断すると、私はその見解を彼女たちに伝える。それを聞いた彼女たちは少し心配そうな表情をしていたけど、私が代わりのお願いをすると再び真剣な表情が戻ってきた。

 

 

「……分かりました」

 

「先生、お気をつけて」

 

「うん。それじゃ、みんなもよろしくね!」

 

「「「「はい!!!!」」」」

 

 

 みんなの決意に満ちた声を聞きながら、私はシャーレのビル入口から中へと足を踏み入れた。ここからは、私1人。誰の助けも期待できないだろう。それでもキヴォトスで生活するためには、この状況で生きていく術を学ばなければいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──と考えていたのがつい数十分前の話だ。

 

 

 

「うーん、困りましたねぇ」

 

「……………………」

 

 

 

 シャーレの建物の地下にある部屋。本来なら誰もいないこの部屋に、〈災厄の狐〉ことワカモが、私の目の前にいる。幸いにも声が聞こえた時点で気配をできるだけ消して来たため、彼女は背後から見つめている私の存在に気づいていない。とは言っても、私は今この状況を好転させるような武器は一切持っていなかった。

 全く、何が「不良たちはいないみたいだから」だ。あの時の能天気な自分に向けて、私は心の中で文句を垂れる。まさに絵に書いたような最悪のパターン。ユウカちゃんか誰かについてきてもらわなかった自分に腹が立つ。

 

 

「これが一体何なのか、全く分かりませんね。これでは壊そうにも……」

 

 

 そう零す彼女の姿を、机の影から気配を殺してジッと観察する。この姿は教育者として大丈夫かと私の善性が訴えかけてくるが、今はそんなことを言ってる場合じゃないと私の理性が押さえつけた。そんな心の葛藤をおよそ0.3秒で片付けて、私は彼女をどうやって無力化するかを考える。

 身長だけで見れば私の方が高く、体格では私の方にアドバンテージがあるように思える。でもあれだけ暴れているのを見せられると、その体格差が有利に働くとは思えない。それに彼女は(ライフル)も持っている。あれが彼女の手元にある限り、私も下手に動けない……。

 

 

「……あら?」

 

 

 私がどうにかしてあの銃を取り上げようと考えていた最中、不意にワカモの様子が変化する。まさかバレたかと思って息を潜めるも、周囲の空気が段々と沈んでいくのが分かる。これはもしかしなくても……バレた?

 

 

「そこにいるのは、どちら様でしょうか?」

 

 ガタッ!!

 

(……あっ)

 

 

 ワカモの言葉に、私の体が正直に反応する。文字通り震え上がった身体が机と衝突し、聴き逃しようのない大きな音が出た。それは確実に、机の近くに誰かが隠れていることをワカモに教えただろう。こうなってはもう、隠れる意味もないな……。まだ話が通じる可能性にかけて、ここは大人しく正体を表そう……。

 

 

「こ、こんにちは……あはは」

 

 

 文字通りの苦笑を浮かべながら、私は机の影から姿を現した。分かりやすく両手を上にあげ、あくまで抵抗の意思はないと彼女に伝える。

 

 

「この通り、ちょ〜っとお話がしたいんだけどいいかな?ほら、私も何も持ってないから、君もその銃を置いてさ……?銃を向けられたままじゃ、怖くて話もできないよ」

 

 

 洋風ガンアクション映画に出てきそうなセリフを吐きながら、私の頭はこの状況から助かる方法を必死に探していた。とりあえず、あの銃を取り上げることが先決。でも、そこから先はどうすれば……。銃をがなかったとしても、彼女の身体能力は私とはレベチだ。それに、そもそも彼女が銃を置くとも限らない。なんなら私のセリフを無視して、今この瞬間に発砲することだって……。

 

 

「あら、あららら……」

 

 

 しかし、ワカモは撃ってこなかった。だが銃を置くこともせず、ただ私の顔を見て「あらあらあら」と声に漏らすのみ。さらにその声には、初対面の時のような純粋なマイナス感情は篭っていないようだった。これは……もしかして生き残れるんじゃ?そんな一抹の希望を胸に抱きながら、私は彼女の動向を注視する。

 

 

「あ、あ……」

 

 

 再び、ワカモが声を漏らす。やはりその声には、破壊衝動や狂気というものは一切含まれていない。ただそれと同時に、奇妙なものを彼女から感じ取る。それはこの場で感じるにはあまりにも不自然な……。でもこれは……この感情は……。

 

 

「し、し、失礼いたしました──ー!!!」

 

 

 私が声をかけるよりも早く、ワカモはピュンっとジャンプすると、そのまま入口の手すりに飛び乗って、サッと姿を消してしまった。私の目測だと、あの子の立っていた位置から手すりまでは3mくらいの高さがあると思うんだけど……。これがキヴォトスの生徒(みんな)の平均的な身体能力かは分からないけど、やっぱりフィジカル面では一向に勝てるビジョンが見えないね。

 

 

「とりあえず、助かったぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

 

 ため息とともに脱力しながら、私は近くにあったソファーへとなだれこむ。今日が始まってから、1番死が近く感じた数分だった。もし私が1個でも選択をミスっていたら、私はこの世には居ないんじゃないかと思わされる。本当に、胃が痛むような緊張感だった。今度からは、初めて行く場所には誰かを連れていこう……そうしよう。

 

 

 

 天守曖のメモ

 その2:慢心はダメ。ありとあらゆる可能性を考慮して行動しよう。

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

「お待たせしました。……何かありました?」

 

「ん……いや?何も無いよ」

 

「……そうですか」

 

 

 ワカモが逃走してから数分後、こちらに到着していたリンちゃんが部屋に入ってきた。少し疲れの見える私の態度を見てか、ここで何かあったことを察したみたい。まぁ、本当に色々あったからさ、ちょっとぐでっとしてるのは大目に見て欲しいかな。

 さて、リンちゃんも来た事だし、私もダラダラモードをOFFにして、真面目モードのスイッチを入れる。「よいしょっ」と声を出して身体を起こして立ち上がれば、リンちゃんのなんとも言えない視線が注がれる。

 

 

「ここに、連邦生徒会長の残したものが保管されています」

 

 

 そう言ってリンちゃんが歩む先には、不思議な石版が浮かぶ装置がある。それはさっきワカモが見つめていたものでもあるけど、どうやらリンちゃんの目当てのものはそれではないようで……。

 

 

「幸い、傷一つなく無事ですね」

 

 

 そういって傍にあった何かを手に取る。

 

 

「……受け取ってください」

 

「これは……タブレット端末……?」

 

 

 リンちゃんに手渡されたそれは、見る限りそれは何の変哲もない、私の見知ったタブレット端末だった。ただリンちゃんは異質なものを見るような目で、それの名前を口にした。

 

 

 

 

 

「はい、これが連邦生徒会長が先生に残した物。『シッテムの箱』です」

 

 

 

 

 

『シッテムの箱』、それがこのタブレットの名前。何の変哲もないもない、そう思っていた私だったけど、その名前を聞いて少し歪な感覚が生じる。

 

 

(どこかで聞いたことがあるような……?)

 

 

 違和感……。いや、この場合は既視感……と言うやつかな。ともかく初めて見て、初めて聞いた名前のはずなのに、私にはもう何十回も重ねた邂逅のように感じた。

 

 

「普通のタブレットに見えますが、実は正体の分からないものです。製造会社も、OSも、システム構造も、動く仕組みのすべてが不明。連邦生徒会長は、この『シッテムの箱』は先生の物で、先生がこれでタワーの制御権を回復されるはずだと言っていました」

 

「……私のモノ……?」

 

 

 私のモノという事実を明かされてなお、やはり私の中に心当たりはない。ないはずなのに、「それは私のモノ」という認識をすんなり受け入れる自分もいる。えもいえぬ奇妙な感覚に、私はただただ押し黙ることしかできなかった。

 

 

「私たちでは起動すらできなかった物でしたが、先生ならこれを起動できるのでしょうか、それとも…………」

 

「………………………………」

 

「……では、私はここまでです。ここから先は、先生にかかっています。……私は邪魔にならないよう、離れています」

 

 

 そう言ってリンちゃんは私の座っていたソファーに座った。それ以降、特にリンちゃんから何か言われることは無い。本当に、ここからは私がどうにかしなくちゃいけないようだ……。

 

 

(……とりあえず、起動だけしてみようか)

 

 

 その言葉と共に、側面の電源らしいもののスイッチを押す。すると先程まで真っ黒だった画面に光が灯り、徐々に青く、淡い光で私の顔を照らした。

 

 

 

 "Independent Federal Investigation Club"

 

 

 "Connecting to the Crate of Shittim"

 

 

 青白い画面に、英語の文字列が表示される。それを見ると同時に、私の意識が徐々にどこかへと引き込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 ……Connecting to the Crate of Shittim

 

 

 

 

 

 システム接続パスワードをご入力ください。

 

 

 

 

 ……システム接続パスワード?そんな物、心当たりないけどなぁ……。というか、これってリンちゃん辺りから事前に伝えられるやつじゃないの?リンちゃん何も言ってこなかったけど。

 まぁそう文句言っても、この状況から一向に進む気配がないんじゃ意味ないなぁ……。……とりあえず、適当に頭に浮かんだものを入れてみようか。

 

 

 

……我々は望む、()()()()()()()()

……我々は覚えている、()()()()()()

 

 

 

 

 ……さて、これでどうだろう?

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 接続パスワード承認。

 

 現在の接続者情報は天守(あまもり) (アイ)、確認できました。

 

 

 

 おっ、なんかいけたみたい。本当に思いついただけのやつなんだけど、これセキュリティとか大丈夫なのかな……?てか本当にこんなの設定した憶えとかないんだけど……?

 

 

 

 

『シッテムの箱』にようこそ、天守 曖先生。

 

 

 

 

 

 

 

 生体認証及び証書作成のため、メインオペレートシステムA.R.O.N.Aに変換します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チャプン

 

 

 そんな音ともに、足が地に着く感覚がする。さっきまでのフワフワとした感覚とは違い、はっきりと実体を捉えているような感覚に、私は少し安心した。足元を見ると、何の変哲もない教室のタイルがある。ただ足首の下辺りまで水が張っているように見えるが、何故か濡れたような感触も一切しない。というかそもそもの話、ここはどこ?

 辺りを見回すと、先程の地下部屋とは明らかに違う景色が広がっていた。その場所を分かりやすく言い表すなら、「ボロボロの教室」……かな?教室にはたくさんの机や椅子があるが、大半は隅の方に山積みにされていて、小高い山を作っている。さらには壁や天井には大きな穴が空き、澄み渡る青空と眩しい太陽がこちらを覗いている。これがホントの青空教室〜なんて冗談は、残念ながら誰も聞いてくれそうにない。

 

 …………ただ、目に映るあの子を例外として。

 

 

「…………………………」

 

 

 教室の奥の方、少し暗がりの所に女の子が立っている。一瞬見間違いかとも思ったが、暗がりでも目立つ白い髪と、頭上に浮かぶ赤紫の輪っかを見れば、それが見間違いではないとわかる。

 

 

「……天守先生による認証を確認。メインOS、待機状態を解除」

 

「……え!?今喋った?」

 

 

 驚く私の目の前で、その少女は閉じていた瞳を開ける。右の瞳は前髪に隠れて見えにくいが、代わりに灰色の虹彩と赤紫の瞳孔を持つ左の瞳が私を捉える。少し光の少ないその瞳が彼女の纏う儚げな雰囲気を助長しているように見えるが、その雰囲気とは裏腹に、彼女の放つ言葉は確かな重みがあり、彼女は確実にそこにいると私に教えてくれる。

 しばらくこちらの様子を見つめていた彼女だったが、不意に歩みを進めると、暗がりから陽射しの方へと姿を現す。黒のセーラー服に黒のコート、同色のローファーやタイツ、さらには手に抱える傘まで黒と、全体的に真っ黒な出で立ち。でも逆に、それが彼女の持つ明るい白髪や白磁のような肌、そしてセーラー服のスカーフや頭についていたリボンを映えさせている。暗がりにいた時は気づかなかったが、よく見ると白髪の内側は桃色になっていたり、髪を三つ編みにしていたりと、素敵なオシャレポイントもたくさんあった。要するに、めっちゃ可愛い。

 私が自分の容姿にメロメロになっているのを知ってか知らずか、彼女は私の前で歩みを止めると、綺麗な所作でペコリと一礼した。

 

 

「初めまして、私の名前は『A.R.O.N.A』。この『シッテムの箱』に常駐するシステム管理者であり、メインOS。そして、これから先生をアシストする者です。先生がこちらにいらっしゃるのを、お待ちしていました」

 

 

 すっと伏せていた顔を上げて、淡々と自らの名前と役割を説明してくれるA.R.O.N.Aちゃん。私のアシストをしてくれるってことは……要するに私専属の秘書さんってこと!?こんな可愛い子に秘書をしてもらえるなんて、なんだか幸せだな。

 

 

「うん!えっと……」

 

 

 "よろしく"と言おうとした矢先、私の言葉が喉元で詰まる。少し落ち着いて考えてみたら、"A.R.O.N.A"という名前はちょっとばかり呼びにくい気がしてきた。だから代わりになにかもっと可愛らしい、別の名前を考えてあげようと思うのだが……。

 

 

 A.R.O.N.A……A.R.O.N.A……

 

 ARONA……アロナ……アロナ!!

 

 

「よろしくね!!アロナちゃん!!」

 

 

 うん、こっちの方が断然可愛い。問題は当の本人が嫌がらないかという話だが……。驚きのあまり目を見開いた彼女の表情は、次第に柔和な笑みへと変わっていった。この反応は……、どうやら特段嫌という訳ではなさそう。あっ、よく見ると頭の輪っかも形が変わってる。ハート型かな?これもまた可愛い。まぁとりあえずは、受け入れてもらえて良かった良かった。

 

 

「まだ身体のバージョンが……特に声帯周りの調整が完了していませんが、適時アップデートしていきますので、これからよろしくお願いします」

 

「うん、私もいっぱい迷惑をかけちゃうかもだけど、よろしくね」

 

 

 そう言葉を交わしてから、改めてお互いペコリと一礼を交わす。そしてほぼ同じタイミングで顔を上げれば、そこには立派で頼りがいのある私専属の秘書さんがいた。

 

 

「それでは、まず初めに生体認証を行います。どうぞ、こちらへ……」

 

 

 彼女の言葉に従って、私も1歩彼女に近づく。すると彼女は私に向けて、ピンッと右の人差し指を突き立てた。

 

 

「私のこの指に、先生の指を当ててください」

 

「あっうん。おっけ〜!」

 

 

 気の抜けた返事と共に、私も右の人差し指を差し出す。なんだ指切りげんまんのような、約束事をするような感覚。なんでそう感じたのかは、私にもよく分からない。しかし、そう思っていたのもつかの間、私の指がアロナちゃんの指に触れた。

 触れると同時に、彼女の温もりが私へと伝わってくる。その温もりは正しく人の温もり。等身大の人と遜色ない暖かさだった。メインOSって言ってたから実体のないAIみたいなのかなっと思っていたけど、そこにいるのは、間違いなく1人の子供だった。

 

 

「……疑問。何故先生は膝立ちなのですか?」

 

 

 ……とここで、アロナちゃんが私の体勢に疑問を持ち始めた。今の私は片膝を着いて、アロナちゃんと指をくっつけている。多分指をくっつけるだけでいいのに、何故わざわざこんな姿勢でやっているのかが気になったんだろう。

 

 

「ん?なんかこういうのって、目と目を合わせてやった方がいいかなっと思って。それに、この方がアロナちゃんの可愛いお顔が見れるしね♪」

 

「……理解不能」

 

 

 私の心からの言葉に、アロナちゃんの頬が少しだけ赤く染まる。あっ、また輪っかの形が変わってる。この子、表情はあんまり変わらないけど、頭の輪っかはコロコロ変わって表情豊かだ。

 

 

「指紋……認識完了。……生体登録完了」

 

 

 しばらくそのままで居ると、アロナちゃんはそう言って指を離す。

 

 

「ありがとうございました。お疲れ様です」

 

 

 どうやら、これで生体認証の登録作業は終わったらしい。なんだか最近のスマホとかに搭載されてる指紋認証と似てるな……なんて思いながら、私も「よっと」という掛け声と共に腰を上げ、思いっきり体を伸ばす。膝立ち姿勢だったからズボンとか濡れてるんじゃないかと思ったけど、やっぱり靴と同じように濡れて湿る気配は一つもない。やっぱり、ここは不思議な空間だな……。

 

 

「ありがとうアロナちゃん。それと、早速で悪いんだけど、手伝って欲しいことがあって……」

 

「……?手伝って欲しいこと、ですか?」

 

 

 とりあえずアロナちゃんにお礼を言った私は、今まで起きていたことを順に説明していく。私が連邦生徒会長に指名されてキヴォトスに来たことと、その連邦生徒会長が行方不明なこと。さらにそれが原因で発生した、キヴォトスの大混乱のこと。そしてその大混乱を収めるためには、サンクトゥムタワーの制御権を取り戻さないといけないことまで。私が話をしている間、アロナちゃんは目を伏せ、静かに私の話を聞いていた。

 

 

「……把握。先生を取り巻く事情は理解しました」

 

 

 私が話終えると、アロナちゃんは伏せていた目を開けて、問題の要点を確認するように独りごつ。

 

 

「連邦生徒会長の失踪により、連邦生徒会はサンクトゥムタワーを制御する手段を失った……」

 

「そうなの。そういえば、アロナちゃんは連邦生徒会長がどんな人なのか知ってたりするの?」

 

「……回答。私はキヴォトスに関する多くの情報を保持していますが、連邦生徒会長に該当する情報はあまりありません。彼女が何者なのか、何故姿を消したのか……」

 

「お役に立てず。すみません」と申し訳なさそうに言う彼女に、私は「いいよ、ありがとう」と優しく答える。それにしても、アロナちゃんの言葉が本当なら、彼女はキヴォトスに関するだいたいのことは知ってるってことなのかな。それでも充分すごいことだけど、その彼女を持ってしても「知らない」と言わしめる連邦生徒会長とは、一体どんな人なのだろうか。

 

 

「……ですが、サンクトゥムタワーの制御問題に関しては、私の方で解決することが可能です」

 

 

 私が一人物思いにふけっていると、アロナちゃんが自信満々と言った感じで報告する。私が「本当!?」と目を輝かせて言えば、「もちろんです」と誇らしげな鼻息がフンスと鳴る。なるほど、リンちゃんが私が解決者(フィクサー)になると言っていたのはこのことか。やっと見えてきた問題解決のゴールに、私はとても晴れやかな笑顔をしていたことだろう。

 

 

「よしっ、それじゃお願いね!」

 

「……分かりました。それでは、サンクトゥムタワーのアクセス権回復作業を開始します」

 

 

 そう言うと、アロナちゃんが再び瞳を閉じる。すると頭上の輪っかがまたまた変化し、今度は(ムゲン)のような形になった。さらによく見ると、そのムゲンの中を光の点のようなものが規則正しくくるくると周っている。なんだかゲームのロード画面とかによくありそうだな……なんて思いながら、私は彼女が頑張っている様子をじっと見つめていた。

 

 

 

 ──────────────

 

 

 

 ウィィィィィィィィィン

 

 

 

 真っ暗なシャーレ地下の部屋に、突如として駆動音が響く。その音にソファーに私──七神リンはすぐ気づくと、異音の音の原因を探るべく、周囲を見回した。しかし周囲には特に変化はなく、何かが動く気配もない。それは物だけではなく、今隣に座っている1人の女性もそうだ。

 ──先生。天守 アイ先生。連邦生徒会長が指名した大人の1人であり、このキヴォトスを覆う混乱を晴らす唯一の解決者(フィクサー)。最初こそは子供らしい一面が目立っていたこの人は、私がその場の成り行きで結成した生徒たちを纏めあげ、シャーレビル付近で暴動を起こしていた生徒たちをあっという間に鎮圧した。その素早い手腕は間違いなく大人であり、連邦生徒会長が認めた力そのものだった。

 

 

 チチチ……チカッ!

 

 

 私が追想にふけっている間に、今まで真っ暗だったこの部屋に電気が灯る。今まで真っ暗だったこの部屋も、眩しい光によって隅々まで照らされる。それはこの部屋だけではなく、えもいわれぬ不安に覆われていた私の心にまで射し込んでくるようだった。しかしその感覚に感動する間もなく、私のスマホがブルブルと震え出す。どうやら私宛に電話がかかってきたようだ。

 

 

「はい、七神です」

 

 

 直ぐにスマホを手に取り、電話の応対をする。普段なら厄介事しか運んでこないこの電話も、今回ばかりは吉報を運んできてくれた気がした。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 

「サンクトゥムタワーのadmin権限……取得完了」

 

 

 しばらくして、瞳を閉じていたアロナちゃんがボソリと呟く。それと同時に頭の輪っかも元の形に戻り、閉じていた瞳もぱっちりと開いた。

 

 

「先生、サンクトゥムタワーの制御権を回収しました。今サンクトゥムタワーは、私A.R.O.N.Aの統制下にあります。先生は今、実質キヴォトスの支配者です」

 

「おぉ……キヴォトスの支配者か……。なんだか悪いことをしてる気分だね」

 

 

 アロナちゃんのちょっと怖い冗談を受け流しつつ、サンクトゥムタワーの制御権が復旧したことに安堵する。とりあえず、これでキヴォトスを襲う混乱はどんどん下火になっていくことだろう。あとはこれを連邦生徒会にお返しすれば、私の着任後最初のお仕事は無事に終了する。

 

 

「よし、アロナちゃん。その制御権を連邦生徒会の方に移せたりできないかな?」

 

「可能。先生の承認があれば、タワーの制御権を連邦生徒会に移管できます」

 

「本当?ならすぐにでも渡しちゃおう〜♪」

 

 

 無事に仕事が終わることを嬉しく思う私。しかし、それとは逆にアロナちゃんはなんだが不安そうな表情をしていた。

 

 

「……確認。本当に連邦生徒会に制御権を渡してもいいんでしょうか?」

 

 

 最後の確認と言わんばかりに、アロナちゃんがもう一度問いかけてくる。さすがにそう念を押されては、私も1度落ち着いて考えざるを得ない。

 しかし私自身あのサンクトゥムタワーが何か完璧に理解して(わかって)ない以上、その制御権を渡されても使いこなせる気はしない。それにさっきのアロナちゃんが言っていた"キヴォトスの支配者"という言葉。私は支配者なんかに興味はないね。それよりも、みんなと何かするほうがきっと楽しい。要するに、タワーの制御権はいらないというのが私の選択だ。

 

 

「うん。渡しちゃっても大丈夫だよ。ありがとうね、アロナちゃん」

 

「……分かりました。これより、移管作業を開始します」

 

 

 再び、アロナちゃんが作業モードに突入する。こうなるとまたしばらく暇になるので、もう1回彼女の顔を眺めてみようかななんて思っていた矢先、私の意識がすうっとこの空間から引き剥がされていく。

 

 

(あぁ、……もうそんな時間か)

 

 

 心の中でこの異常事態をすんなりと受け入れながら、私は記憶の本流に身を任せて、ゆっくりと意識を手放していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コポコポと、水の中にいるような音と共に、ぼんやりとしていた意識が戻ってくる。

 

 

 

 ────……はい、分かりました」

 

 

 

 リンちゃんが誰かと会話してる声が聞こえる。辺りを見回すとここはあの壊れた教室ではなく、私が訪れていたシャーレ地下の部屋だった。そこにはもちろん水浸しの床や積み上げられた机と椅子もないし、たくさんお話したアロナちゃんの姿もない。まるでさっきまで見ていたのは夢だったように、あの世界の痕跡は綺麗さっぱり残っていなかった。

 ただ、私ははっきりと覚えている。太陽が照らす水面の眩しさも、私が歩く度にチャプンと鳴った水の音も、そして、彼女に触れた時の温かさも。ここでふと手に持っていた『シッテムの箱』を見てみると、最初の青い画面に、少し薄紫のグラデーションが加わった画面が映し出されていた。それに少しだけ彼女の名残を感じて、私は自分が体験したことは夢ではないと確信した。

 

 

「サンクトゥムタワーの制御権の確保が確認できました。これからは、連邦生徒会長がいた頃と同じように、行政管理を進められますね」

 

 

 誰かとの電話を終えたらしいリンちゃんが、コツコツ特つ音を鳴らして歩みよる。そして私の前で足を止めると、靴先を揃えて深く頭を下げる。

 

 

「お疲れ様でした、先生。キヴォトスの混乱を防いでくれたことに、連邦生徒会を代表して深く感謝いたします」

 

「ううん。お礼ならお外で警備してくれてるあの子たちに言ってあげて。あの子たちがいなかったら、私はここまで辿り着けなかったよ」

 

「はい。ですが、サンクトゥムタワーの制御権を取り戻せたのは、間違いなくアイ先生のおかげです。その点は、素直に受け取って貰えると」

 

「……うん、そうだね。ありがとう。リンちゃんもここまでの対応お疲れ様」

 

 

 ……少し恥ずかしいな。そう思いながら、私は片頬をポリポリと掻く。あんまり褒められるのは慣れてないから、咄嗟に自分を下げちゃいがちなんだよなぁ。普段の会話の流れとかならなんともないんだけど、こうも改まった感じで言われると……ちょっと……ね?そんな私の表情に怪訝な反応をしつつも、リンちゃんはスルーして話を続けた。

 

 

「ここを攻撃していた生徒たちについては、これから追跡して討伐しますので、ご心配なく」

 

「討伐……。ほどほどに……お願いね?」

 

「……善処します。それでは、『シッテムの箱』は渡しましたし、私の役目は終わりですね」

 

 

 そんな会話を交わしたあと、リンちゃんはクルッと踵を返した。どうやら、もうここには用はないみたい。タダでさえ代行として色んなことをしなきゃいけないのに、こうして時間を割いて貰っているのは少し申し訳なく思う。

 

 

「……あ、もう一つありました」

 

 

 そう言ってリンちゃんがピタッと立ち止まる。そして肩口からチラッと横顔をのぞかせれば。その顔には最初に見た時と同じような、でも気持ち明るくなった微笑が輝いていた。

 

 

 

「ついてきてください、連邦捜査部『S.C.H.A.L.E(シャーレ)』をご紹介いたします」

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 地下から地上に戻って、そこから更に上へ。エレベーターを降りてまっすぐ進んだその先に、その扉は静かに鎮座していた。

 

 

「ここが、シャーレのメインロビーです」

 

 

 "空室 近々始業予定"と書かれた張り紙の貼られた扉。そのすぐ横の壁には、連邦捜査部の名前と十字と円が組み合わさったロゴが彫刻された金属板が埋め込まれている。何となく想像は着いていたけど、やっばしっかりとした組織なんだなぁ……と、今更ながら。

 

 

「長い間空っぽでしたけど、ようやく主人を迎えることになりましたね」

 

 

 四隅にはられたテープを剥がしながら、リンちゃんが感慨深げに言葉を零す。確かに、私がここに来るまでの1週間、あるいはそのもっと前からこの部屋は準備されていた。そして長い準備期間を経て私が来たことにより、この場所は部屋としての本来の意味を取り戻す。そう考えると、リンちゃんが感傷的になるのも少しわかる気がする。

 ただ当のリンちゃんは既に剥がした紙をクシャクシャに丸め、遠慮なく中へと入っていく。なんか……切り替え早いね?まぁ、それもいいことなんだけどね。

 

 

「そして、ここがシャーレの部室です」

 

「おぉ……。すっごく素敵……!!」

 

 

 リンちゃんに案内されて中に踏み込めば、そこにはピカピカでキラキラなシャーレの部室が広がっていた。一面ガラス張り大きな窓や、空中回廊のような足場。更には大きなホワイトボードや向かい合ったソファー、そしてキヴォトスらしい銃を掛ける場所まで。そして部屋の中央には、多くのモニターやペンケース、沢山積まれた書類やライトスタンドも。元いた場所で見たような、それでもキヴォトスらしさも溢れる素敵な仕事部屋があったのだ。

 

 

「ねぇ、これ本当に私が使ってもいいの?」

 

「はい。ここで先生の仕事を始めると良いでしょう」

 

「わぁ……ありがとうね。リンちゃん」

 

「……はぁ。今だけは許します」

 

 

 リンちゃんの不満気なため息が聞こえたが、正直、そんなの気にならないくらいこの部屋に見惚れていた。なんだか自分だけで上手く使えるかは分からないけど、この部屋を使って色んなことが出来るな……と、頭の中で妄想がギュンギュン加速する。

 でも、それと同時に不安でもある。これ程の設備を用意してもらったということは、シャーレの活動というのは、私が思っているよりも難しいんじゃないか?。というかそもそも、シャーレって何か目標とか目的があったりするのかな……?

 

 

「ねぇ、シャーレって何をすればいいの?」

 

 

 確認も兼ねて、リンちゃんに問いかけてみる。私の問いかけにキョトンとしていたリンちゃんだったが、しばらくすると口元に手を当てて何やら考えている様子だった。だけどそれも数秒で終わり、直ぐにいつものリンちゃんが戻ってくる。

 

 

「…………シャーレは、権限だけはありますが目標のない組織ですので、特に何かをやらなきゃいけない……という強制力は存在しません。少し前に申し上げた通り、キヴォトスのどんな学園の自治区にも自由に出入りでき、所属に関係なく、先生が希望する生徒たちを部員として加入させることも可能です……」

 

「ほうほう、なんだか本当にやりたい放題……って感じだね」

 

「面白いですよね。捜査部とは呼んでいますが、その部分に関しては連邦生徒会長も特に触れていませんでした。つまり、何でも先生がやりたいことをやって良い……ということですね」

 

「…………そっか」

 

 

 本来なら面倒臭い手続きが要りそうな学園自治区への出入りが自由。それに加えて、学園の垣根を越えて様々な生徒を入部させることができる。これだけの権力(ちから)を持っていながら、シャーレ自体に目的や目標は無く、全ては私の意思次第……。これはたまげたね。

 

 

「連邦生徒会長は、どうしてシャーレにこんな権限をつけたんだろうね?」

 

「……分かりません。本人に聞いてみたくても、連邦生徒会長は相変わらず行方不明のままですし」

 

 

 そう言うと、彼女は物憂げな表情を浮かべる。

 

 

「私たちは彼女を探すのに全力を尽くしているため、キヴォトスのあちこちで起きる問題に対応できるほどよ余力がありません。今も連邦生徒会に寄せられてくるあらゆる苦情……。支援物資の要請、環境改善、落第生への特別授業、部の支援要請などなど……」

 

 

 問題を列挙していくとキリがない。これにはリンちゃんも頭に手を当てて、今日1番の重いため息をついている。うーん。なんというか、連邦生徒会は常日頃から大変なんだね……。なんて思っていたら、ふと先程のリンちゃんの言葉が思い浮かぶ。

 

 "権限だけはありますが目標のない組織"

 

 "何でも先生のやりたい事をやっても良い"

 

 私のやりたいことが、シャーレの目的になる。なら私のやりたいこととはなんだ?私は何者なんだ?そう考えた時には、考えていた事が既に口から飛び出していた。

 

 

「ねぇリンちゃん。ならその仕事をシャーレが引き受けるって言うのはどうかな?」

 

「……はい?」

 

 

 私の突拍子のない一言に、一瞬だけリンちゃんがフリーズする。余程驚いていたのか、私が『リンちゃん』と呼んだのを訂正する言葉もない。そんな彼女にお構いなく、私の口は次の言葉を紡いでいく。

 

 

「私は先生だから、生徒たちが困っているのを助けてあげたい。それが物資の支援であれ特別授業であれ、何かしらのことで生徒たちのためになるなら、私は喜んでその仕事を引き受けるよ」

 

「……先生」

 

「それにこの仕事を全部引き受ければ、リンちゃんたち連邦生徒会のみんなも助かって、連邦生徒会長を探すのに全力を出せるでしょ?」

 

 

 私は連邦生徒会を含めた生徒たちの助けになれる。そして連邦生徒会も対応するトラブルの件数を大きく減らせて、空いた人員を連邦生徒会長捜索に充てることが出来る。つまり、これは両者win-winの取引じゃないだろうか?そしてそう考えたのは、どうやら私だけでは無いようだ。

 

 

「……そうですね。もしかしたら、時間が有り余っている『シャーレ』なら、この面倒な苦情の数々を解決できるかもしれませんね」

 

「……あれ?もしかしてリンちゃん怒ってる?」

 

「……いいえ?怒っていませんよ?」

 

 

 そう言うリンちゃんの眼鏡の奥は、ゾッとするぐらい笑っていなかった。もしかして、さっきのリンちゃん呼びが今になって効いてきたかな……。その笑顔、本当に怖いからちょっとやめて欲しいな〜なんて……。

 

 

「それはともかく、トラブルに関する書類は、先生の机の上にたくさん置いておきました。気が向いたらお読みください。全ては、先生の自由ですので」

 

 

 そう言ってリンちゃんが指さした先には、机の上にこんもりと置かれた資料の山が。おう……、本当に沢山あるなぁ……。ナルホド、リンちゃんが頭を抱えるわけだ。

 

 

「それではごゆっくり、必要な時には、またご連絡いたします」

 

「うん、ありがとう。またね!」

 

 

 最後に私とそんな会話を交わしてから、彼女はシャーレの部室を後にした。去り際に少し視線が合ったので、私はヒラヒラと手を振って笑顔で見送る。最後に見た彼女の顔は、少し安心したような、気の抜けた笑みだった。

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

「えぇ、サンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会が取り戻したことを確認したわ」

 

「ワカモは自治区に逃げてしまったのですけど……すぐ捕まるでしょう。私たちはここまで、あとは担当者に任せます」

 

 

 シャーレビルの外に出ると同時に、そんな会話が聞こえてくる。リンちゃんとの会話を終えた私は、警備を任せていたユウカちゃん達の元へと戻ってきていた。話を聞く限り、あの時地下で遭遇したワカモは、どうやらもう遠くに行ってしまったらしい。それ以外に私が不良達と出くわさなかったのも、私が安全にタワーの制御権を取り返せたのも、彼女達の尽力があってこその結果だった。

 

 

「お疲れ様でした、先生。先生の活躍はキヴォトス全域に広がるでしょう。すぐSNSで話題になってしまうかもしれませんね?」

 

「おぉ、つまり私は有名人だね!でも、ここまでこれたのは君たちのおかげだよ。改めて、ありがとう」

 

 

 私が一礼と共に感謝を伝えると、彼女達も「いえいえ、こちらこそ」と同じように一礼する。本当に、高校生とは思えない、礼儀正しい子供たちだなと感嘆せざるを得ない。

 

 

「今度お礼をしたいから、またみんなで集まろうね!」

 

「はい。これでお別れですが、近いうちにぜひ、トリニティ総合学園に立ち寄ってください。先生」

 

「その時は、是非私に一報をください。先生のことを、しっかりと警護しますので」

 

「私も、風紀委員長に今日のことを報告しに戻ります。ゲヘナ学園にいらっしゃった時は、ぜひ訪ねてください」

 

「ミレニアムサイエンススクールに来てくだされば、また……お会いできるかも?先生、ではまた!」

 

 

 また今度集まる約束をしてから4人と連絡先を交換し、そのあとは4人ともそれぞれ帰路へとついた。銃弾が飛び交うキヴォトスに生きる、少女たちの逞しい背中を見つめる。その背中が見えなくなったあたりで、私はスマホに視線を落とした。時刻は16時28分。そろそろ夕日が落ちる頃合いだろう。元いた世界と同じように、学園都市キヴォトスでも、1日の帳が降りようとしている。

 

 

「私も、一旦部室に戻って休もうかな」

 

 

 誰かに聞かせる訳でも無く、静かにぽそっと呟く。ちょっとだけ「ん〜〜!」と身体を伸ばしてから、私はシャーレビルの中へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 そんな彼女の様子を、ビルの上から眺める少女が1人。

 

 

「……あぁ……これは困りましたねぇ……?」

 

 

 恍惚とした様子でそう零すのは、細身の(ライフル)を携え、狐耳と大きなしっぽを備える和風な少女。先程まで不良を従え、自治区に逃げていたと思われていたワカモその人だった。

 

 

「フフ……フフフ」

 

 

 顔を覆う狐の面から、邪悪な笑い声が漏れ出てくる。だがもし彼女の耳にそれが届いていれば、きっと"邪悪"だなんて表現はしなかっただろう。しかし何も知らない人からすれば、その声だけでも〈災厄の狐〉の恐ろしさを理解するには十分すぎる効果を持つ。

 

 

「…………ウフフフフフフ♡」

 

 

 少女の周りには誰もいない。これはまだ、彼女の中だけの秘め事だ。その蕾が花開くのは、きっとまだ先のことだろう。

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

「お疲れ様です、先生。周囲の状況は、ある程度落ち着いたようです」

 

 

 あの後、シャーレの部室に戻ってから、私は再びあの壊れた教室を訪れていた。どうやらこの教室へは『シッテムの箱』を通じて自由に出入りできるみたいで、そこにはアロナちゃんもしっかりと存在していた。

 そしてどうやらアロナちゃんは、私の見てない間にも情報収集をしていたらしい。私が何も言わずとも、今必要なことを理解して実行する。本当に、頼もしい秘書さんだ。

 

 

「ありがとう。アロナちゃんもお疲れ様。ほんとに今日は大変な1日だったねぇ……」

 

 

 一方私の方はと言うと、先程から日陰にある机に突っ伏し脱力していた。お昼前から夕方頃まで、初めてのキヴォトスでの活動は、知らないことの連続だった。銃撃戦が当たり前の世界、そして銃に撃たれても死なない子供たち。それを当たり前のように受け入れるのは、私にはまだ厳しかった。

 

 

「……しかし、本当に大変なのはこれからです」

 

 

 ぐでっとしている私を見下ろしながら、アロナちゃんは穏やかに告げる。

 

 

「先生は私と共に、これから生徒の皆さんが直面している問題を解決しなければなりません。単純に見えて、決して簡単では無い……。極めて重要なことです」

 

「……そうだね。そこを見極めるのが、先生(わたし)のやらなきゃいけないことかな」

 

 

 人の心と言うのは、とても複雑だ。自分の心でもそう思うのだから、他人の心なんてもっと分からない。それでも、この世界の子供たちが抱えるそれぞれの問題を解決するためには、当事者の声を聞かなければいけない。子供たちの心の声を聞き逃さないように。声を聞き、雁字搦めになった心を解くのが、大人である私の仕事だ。

 

 

「それではキヴォトスを、シャーレを、よろしくお願いします、先生」

 

「うん。でもその前に今日はもう寝るよ。色々ありすぎて、ちょっと疲れちゃった」

 

 

「ふわぁ……」と大きな欠伸をしながら、私はすぐに睡眠姿勢に入る。顔を腕枕に埋めて目を閉じれば、そこには安心できる暗闇があった。

 

 

「……疑問。着替えや食事、入浴等はしないのですか?」

 

 

 頭上から、アロナちゃんの声が降ってくる。確かに服装はスーツのままだし、少しお腹も空いてはいるけど……。

 

 

「あ〜。今日はいいかな。それよりも眠気が……」

 

「……推測。先生は生活能力がないのでは?」

 

「あはは……痛いところを突いてくるね……」

 

 

 実際、生活能力がないのは確かだしね。ご飯はあんまり作れないし、部屋はよく散らかるし。きっと誰か見てくれる人がいないと、私が社会で生きていくことは厳しいだろう。

 

 

「……では、先生は寝ていてください。その間に優先度の高い仕事の選別をしておきます」

 

「本当?なら急用があったら起こしてくれないかな?」

 

「はい。何か連絡があれば、お伝えします」

 

 

「はぁ……」と言うため息が聞こえてくる。ごめんね……。でも今はほんとに眠くて、もう一歩も体を動かせそうにないや……。

 

 

「ごめん……ありが…………──」

 

 

 意識が徐々に途切れ始める。いよいよ、を保つのも限界が来た。壊れた教室(この世界)で寝落ちするとどうなるんだろうと疑問に思ったけど、それを深く考える余裕はなく、私はゆっくりと眠りの水底へと沈んで行く。

 

 

 おやすみなさい。どうか良い夢を、先生。

 

 

 アロナちゃんの優しい声が聞こえる。それを最後に、私の意識は完全にブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 天守曖のメモ

 その3:身体を痛めたくなければ、『シッテムの箱』の中で寝落ちするのはやめよう。

 

 

 

 




名前 天守 曖(あまもり アイ)
年齢 24歳
性格 天真爛漫・快活で直感的に行動する気質
身長 167cm
体重 59kg
血液型 0型
誕生日 12月6日
誕生星座 いて座
趣味・甘いもの巡り、ボードゲーム。

連邦生徒会長の指名により、キヴォトスに赴任してきた『先生』。
元々は地元の高校で音楽を教えており、楽器の演奏も一通りこなすことが出来る。人当たりもよく、周りからはムードメーカーとして愛されていた。また美人で声もイイため、男の子はもちろんのこと、女の子も無意識にオトす天性の人たらしでもある。

ただ見た目に反して生活能力は壊滅的。その場の欲にかなり忠実に動く。家事全般は苦手で、料理はあまりせず、ゴミ出し等もよく忘れて部屋をゴミ屋敷にすることがある。

戦うのはあまり得意では無いが、将棋やチェス等で鍛えた俯瞰的視点を用いて戦術指揮で貢献する。主な戦術は火力押し。敵の弱点を見抜き、そこに火力を集中させる集団vs集団戦向き。

とある理由で"耳"が良い。聴く力に長けている。
相手の声の調子からある程度心情を推測するのが得意。



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皆様、如何だったでしょうか?
これにて『Blue Archive 〜藍の外典〜』の前日譚「1番括弧のプロローグ」は終わりとなります。拙い文章ですが、ここまで読んでくれた貴方に感謝を。

この後は特に投稿する予定は無いです。もし次があるとすれば、恐らく12月6日になるでしょう。えっ?何故12月6日なのか……ですって?……まぁ、その日に意味があるからでしょうか。この話の中にそのヒントもあるので、考察してみるのも一興かもしれませんね。

ちなみに、私は曇らせは好きです。


それでは、また逢う日があればその時まで。
皆さんの良きハーメルンライフをお祈り申し上げます。┏〇゛
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