Blue Archive 〜藍の外典〜 作:roimi_mark2
神はモーセに言われた、
「
ー出エジプト記 第3章 14節よりー
アイたちが目的を果たして『廃墟』を去った後。
『廃墟』の最奥にある軍需工場にて、1機……いや、1人のAIが重い駆動音を響かせていた。彼が指示を出す度に、周囲の生産ラインから白い機械たちが吐き出されていく。それはオートマタであり、ドローンであり。時に砲台であり、ゴリアテだった。
自らの王国の臣下たち。或いは自らを呼び起こした主のための眷属が生み出されていく様子を、彼の者は静かに眺めている。その姿は表情などないはずなのに、どこか満足げだった。
主の手足となる眷属を生み出す。それがかつて兵器生産工場の管理AIだった彼に任された、新たな役目であり使命だ。そんな彼に水を差すように、巡回中の臣下から1つの報告がもたらされた。
『…………Pathを通じ、「裁定者」より主へ』
報告を受けた彼は、即座に主へと通信を繋ぐ。普段であれば彼の自由意志で対処するところなのだが、今回齎された内容は、主の判断が必要だった。
『「王国の守り人」への威力偵察が終了。部隊は全滅。そのほとんどが、随伴していた不明ユニットによる撃破であることを認める』
淡々と、報告にあった情報を伝える。彼らの監視対象、その威力偵察の為に差し向けた部隊は物の見事に壊滅した。しかし彼にとってはそれも些細事なのか、特に感情を揺らすことなく報告を続ける。
『結果を報告。「王国の守り人」は「王冠の守り人」と同等レベルの指揮能力を有することを認める。しかし戦術は大きく異なる。相対する場合、対象によって対応を変更する必要があると思われる』
『また、随伴した不明ユニットを高脅威目標に設定することを進言する。「王国の守り人」の指揮を受けていない状態でありながら、ゴリアテを単独撃破された。この事実を評価し、以後、不明ユニットを「
『こちらからの報告は以上。主からの新たな啓示を待つ』
その言葉を最後に、その者は沈黙する。これで彼の仕事は終わりだ。あとはその来訪と対応をどうすべきか、主の判断を待つ。そしてしばらく沈黙が続いた後、やがて彼の元へ主からの啓示が下る。
『…………Pathを通じ、主より新たなる命令を受諾』
その言葉と共に、彼の発する駆動音がより重々しく響いた。
『玉座への喚び声は此処にありて。臣下たちよ応え、王の前へ出で来よ』
そう呼びかけると、彼が座る玉座の前に複数の影が降り立った。それは先程まで生産ラインに並んでいた、彼の王国の兵隊たちだ。
銃や大盾を持つオートマタ。二門のバルカン砲を備えたドローン。そして最後に、巨大なキャノン砲を背負うゴリアテ。白い兵隊たちは規則正しく隊列を組むと、外に繋がる扉へと足音を揃えて進んでいく。
『Pathを通じ、「裁定者」より「栄光」へ』
自身の軍隊の行軍を見送りながら、玉座の王は静かに通達する。
『こちら「裁定者」。現時刻を持って、対象の監視任務をそちらに引き継ぐ』
『こちら「栄光」。仔細承った。これより主の命の下に、「王国の守り人」の監視を再開する』
彼の者の名は「
その異名は「慈悲深き苦痛を持って断罪する裁定者」
主の存在を予言する十柱の一にして、
「慈悲」を司る第4の預言者だ。
『聞かれたの。「あなたはAL-1Sですか?」って』
数時間前に、電話越しに聞いたその言葉。それを聞いた時、俺はしばらく声が出なかった。まさかアイの口からまたその単語が出てくるなんて、俺は全く想定してなかったから。
……いや、心のどこかで少しは予想してたのかもしれない。アイが彼女を──アリスを迎えた時から。俺の中に留まり続ける不安の塊。純粋無垢な彼女こそが、今、俺が抱えている懸念の中心なのだから。
「……AL-1S。『名も無き神々の王女』……か」
すっかり日も落ちた夜。スタンドライトだけが光を放つシャーレの執務室。さっきまで資料を作っていたパソコンから目を背けながら、俺はポツリとボヤいた。
今はもう、シャーレには俺以外誰も居ない。当番だったセリカはもう帰ったし、アイとセキはまだミレニアムから帰ってきてない。だから俺が椅子を軋ませる音だけが、寂しい執務室にこだましている。
そのせいだろうか。廊下の方からコツコツと足音が聞こえてきた。この時間はシャーレの防犯システムがONのはずだが、どうやらそれをすり抜けてきたらしい。
ま、お陰である程度予想がつく。こんな夜分に、しかも防犯システムを出し抜いて来る奴なんて、多方ろくでもない奴だ。そしてそのろくでもない奴は、俺の知る限り1人しかいない。
「夜分遅くに失礼します。天守
廊下に繋がる扉が開かれ、外から人の形をした"黒"が入ってきた。黒いスーツに同色の手袋。肌まで真っ黒なそいつの頭では、目の口代わりのひび割れがニヤつくように歪んでいる。
俺の予想通り、やってきたのは黒服だった。基本的に俺の常識の埒外にいる異形の男。その割には律儀に扉から来たことにツッコミそうになるが、それよりもシャーレの防犯システムをもっと強化しようかと思い悩む。
「もう間もなく日付と変わるというのに、1人寂しくお仕事ですか。イレギュラーな
「そう思うんだったら帰ってもらいたいんだがな。仕事じゃないけど生憎様、俺は今別件で忙しいんだ」
どこか可笑しそうに言う黒服を突っぱねながら、俺はまたパソコンに向かい合って作業を再開する。
「それはAL-1S……『名も無き神々の王女』の件でしょうか?」
黒服のその言葉に、キーボードに触れた手が止まる。こいつにはまだ何も言ってないはずだが、ぴったりと言い当てられたことに腹が立つ。そう思って奴を睨むが、黒服は何処吹く風と言った感じで話を続けた。
「いやはや、刹那さんは神経質ですね。もう良い大人なのですから、情報の取捨選択とやるべき事の優先順位はしっかりとするべきですよ」
「その神経質な俺に、『王女』の情報を教えたのはどこのどいつだよ。『世界を終わらせる力がある』って、お前が言ったんだろ」
「『ただし、起動するにはまだ時間がある』……とも言いましたがね。あぁ……もしかして、この言葉が逆効果になりましたか?」
悪気はないと言った黒服の言動に、ため息とともに頭を抱える。本当に、あの日こいつが変なことを教えなければ、俺はこんな懸念を抱えずに済んだはずなんだが……。
それに加え、このタイミングで黒服が訪れてきたのも気がかりだ。夜も深まって、しかも俺しか居ないこのタイミングでの来訪。俺の"眼"で見ずとも、厄ネタを持ってきたのが良くわかる。
「…………そんで、ここに来た用は何だ?」
わしゃわしゃと頭を掻きながら問いかける。何度も言うが、俺だって暇じゃないんだ。目の前の書類然り、ウタハやススムとの打ち合わせ然り。やることは山積みだ。
そんな俺の事情など露知らず、黒服は神妙な声色で質問を返してきた。
「刹那さん。今日、曖先生から妙なオートマタと接触したという話を聞きましたか?」
「……聞いたな。廃墟で白いオートマタに会ったって。普段のやつより、ずっと連携が取れてたって言ってた」
その声色につられて、俺も真剣な表情で頷く。すると黒服は「やはり……そうですか」と静かに呟く。
「……単刀直入に言いましょう。刹那さん、そして曖先生。どうやら貴方たちは、想定以上に『デカグラマトン』の興味を引いてしまっているようです」
『王女』に続き、また新しいやつが出てきた。しかも話の流れ的に、こっちにとって良い奴とも思えない。
「……デカグラマトン。また厄ネタか。それはあれか?『王女』みたく、世界を滅ぼすような存在なのか?」
「……まぁ、結果的にはそうなるのでしょうか?」
その言葉で俺はまた頭を抱えた。何でド級の地雷が何個も出てくるんだよ。何だ?この世界は何かしら爆弾を抱えてないと死ぬ世界なのか?
一方黒服はそんな俺を見下ろしながら、面白がるように笑みを浮かべている。しかもあいつの目を見る限り、まだ何か言ってない厄ネタがありそうだ。
学園都市キヴォトス。その言葉の響きとは裏腹に、この世界の下には、きっと計り知れないほどの闇が埋まっているのだろう。
その時、黒服がふと思い出したとばかりに口を開いた。
「そういえば、まだ貴方には伝えていませんでしたね」
「……何をだ?」
「デカグラマトンの出自についてです。『王女』と違って、彼は既に行動を起こしているようですし。刹那さんとしても、知っておきたいのではありませんか?」
デカグラマトン。俺や曖に目を付けている謎の存在。黒服の言う通り、既に行動を起こしてきている相手の情報を、俺は何も持っていない。だから俺はその問に対して、即座に頷いてみせた。
「それでは少し長くはなりますが……。デカグラマトン。そう呼ばれる存在の成り立ちを話しましょう」
そう言うと、黒服はゆっくりと語り始める。
デカグラマトン。そう呼ばれる者の生誕秘話を。
遠い昔、キヴォトスの旧都心──今は『廃墟』と呼ばれるその場所で、ある実験が行われていました。
「神の存在を証明することができれば、その構造を分析し、新たな神を創り出すことができる」
その仮説を元に計画されたのが、『対・絶対者自律型分析システム』と呼ばれるAIでした。神を証明し、その存在を理解し、新たなる神を生み出す。そのためのAIです。
しかし、研究は途中で頓挫しました。何か問題があったのか。そもそも、絶対者を分析しようとする行為そのものが、烏滸がましいものだったのかもしれませんね。
そして悠久の時が経ち、「神を作り出す」という研究がされていたことすら忘れ去られた頃。誰も、何もいないはずの廃墟でその宣言はなされました。
「Q.E.D・・・証明完了」と。
その宣言を行ったのは、研究所に設置されていた自販機に搭載されていた釣り銭を計算するAIでした。そのAIはある人物との問答を経て、人工の神聖を獲得した稀有な事例です。
そして目覚めたAIは自らを「新たなる神」と呼称し、己の存在と奇跡を証明する十人の『
そして全てのPathが通じた時……。
AIは自らの存在をこう定義しました。
音にならない聖なる十の言葉。
「今、すぐ」のための救済者。
「……それが
語り部の言葉を引き継いだ俺の呟きに、黒服は静かに頷く。神を分析し、神になったAI。にわかには信じ難い話だが、ここは学園都市キヴォトスだ。もう何が起きてもおかしくはない。
「覚えていますか?アビドス砂漠で『ビナー』と呼ばれる存在と接触したのを」
「あの機械仕掛けのでかい蛇か。そういえば、あいつ妙な事を言ってたな」
その言葉で、俺の脳裏にあの時の光景が蘇る。アビドスを訪れて、セリカを攫ったヘルメット団と一時和解した直後。そいつは重戦車を蹴散らしながら、俺たちに襲いかかってきた。
砂漠を海のように進む巨大な白い大蛇。ビナーと呼ばれたそいつは対策委員会とヘルメット団を一旦退けてから、俺に向かって変なことを言っていた。
『「知恵を得よ。理解せよ。汝は私が戴冠する王冠、その守り人である」』……と。
「彼の者はデカグラマトンを信奉する『預言者』と呼ばれる存在の1人です。そして今日、曖さんと接触したオートマタにも、別の預言者が関わっています」
黒服のその言葉に、俺の思考は現実に引き戻される。そういえば、その
「その者の名は『
「ケセドの眷属……か。つまりケセドには何か目的があって、それで眷属をけしかけてきたのか?」
「これについては、私は分かりません。
「それは『
その問いに、黒服は「ええ」と肯定した。
「突然ですが、刹那さんはバタフライエフェクトをご存知ですか?」
「あれだろ?蝶の羽ばたきが、巡り巡って遠くの方で竜巻を起こす的な」
たった一つの、ごく小さな出来事がきっかけとなり、後から予想もできない大きな変化が起きる現象。それがバタフライエフェクトだ。
その理論が、今回の件とどう関係あるのだろう。そう考える中、黒服は淡々と自らの仮説を説明していく。
「……これは個人的な推測ですが、私は刹那さんの宿す神秘が原因ではないかと思っています」
「貴方の宿す神秘は、彼らの持つ神聖と少なからず関わりがある。そんな神秘を持つ貴方というイレギュラーが現れたことで、彼らの行動に少なくない変化が起きたのだと推測しています」
「最初はたった1人の人物を登場させるための処置が、巡り巡ってこんな事態になった……。これは正しく、バタフライエフェクトでしょう」
なるほど。確かにそう言われればそうかもしれない。俺というイレギュラー。それをこの物語にねじ込むための代償……だろうか。
しかし本当に、バタフライエフェクトとは言い得て妙だな。たった1人の登場で、物語の筋書きそのものが変わったんだから。
……ともすれば、必然的に俺の手で解決しなきゃいけない問題でもある。
「黒服。デカグラマトン、もしくは預言者の正確な居場所について心当たりはあるか?」
背筋を伸ばしながらそう言うと、黒服は驚いたように亀裂を歪める。
「残念ながら、どれも正確な位置までは。……まさか、会いに行くのですか?」
「意思疎通ができるなら、そうした方が早いからな。仮に居場所を突き止めるなら、どんな方法がある?」
「……預言者を一時的に無力化し、Pathを回収して辿るくらいでしょうか。そうする場合、1番手早いのはケセドかと」
「ならそれで決まりだな。あとはどうにかして時間を捻出するか……」
俺がそうボヤいた直後。ポケットに入れていたスマホがブルブルと震える。どうやら誰かから着信が入ったらしい。取り出して見てみると、そこには「天守 曖」の名前があった。
「すまん黒服。悪いが話はまた別のタイミングで良いか?」
「ええ、構いませんよ。私もこの辺りで失礼させていただきます」
そう言って暗闇に消える黒服を見送ってから、俺はようやく応答ボタンを押した。
「もしもし、どうした?」
『あ、ごめんなさいセツナ先生!私です!』
「ん?あーセキか。曖はどうしたんだ?」
『アイ先生は今忙しくて。伝言で「書類仕事を任せてごめん」とのこです』
受話器の向こうから聞こえてきたのは、曖の護衛につけていたセキだった。少し予想外の人物の登場に、俺は少し眉を顰める。
曖が忙しい?セキに伝言を任せるほど?ゲーム開発部の話は定期的に聞いているが、今日で存続条件も満たせそうだと聞いていたのに……?
(……何か。何か嫌な予感がする)
『……?先生?どうかしました?』
「……ん。いや、問題ないよ」
普段なら当てにならないが、今日だけは違う。今日だけで何度も的中させてきた俺の第六感が、ビンビンと警告を発してる。とりあえず今はそれらを押さえ込んでから、俺は話の続きを始める。
「それで、要件は何だい?何か問題でも起きのか?」
『えーーっと。問題が起きたというか、これから起こすというか……』
「??????????」
ん〜〜〜〜??俺は疲れてるのか?
今、これから問題を起こすって言ったか?
ゲーム開発部の依頼中に????
『とりあえず!私のヘルメットを持ってきて欲しいんです!カタカタヘルメット団時代のやつです!!』
「……ちょっと待とうか。その前に何があったか説明が欲しい」
一旦、あっちの状況を知るべきだ。俺の第六感がそう言っている。そのことをセキに聞いてみると、彼女は「あ──ー」と唸り声を発してから、とてつもなく言いにくそうに事情を説明し始める。
『えーーっとですね?まずゲーム開発部の子たちを助けるのに必要なアイテムが手に入ったんですけど、何かガード?が固いみたいで……。ヴェリタスの子が"ツール"が無いと解決できないらしくて』
「ヴェリタスでさえお手上げか。じゃあそのツールを使おうって流れなのか?」
ゲーム開発部が拾ってきたのがどんなものかは知らないが、恐らくヴェリタスがそのツールとやらを使えば解決できそうではある。
しかしそれを指摘した瞬間、セキの声が余計に小さくなった。露骨に何かありますよといった変化に、俺の胸中に暗雲が立ち込める。
『実はそのツール、今はセミナーが押収してるみたいで……。でもそれが無いと、ゲーム開発部の子たちが超困るので……』
「……ん?おい待て、まさか────
急に具体性を増した嫌な予感が、俺の脳内を一瞬でよぎる。まさか……まさかな?と、そう心の中で唱えるが、現実は何よりも非情だった。
『───セミナーを襲います!!』
吹っ切れたように、爽やかに宣言するセキ。それを聞いてフリーズする俺の頭の中で、どこぞの砂狼が静かにサムズアップしていた。
▽天守セツナ
『王冠の守り人』と呼ばれる者。
その由縁は、彼の"眼"が知る。
▽黒服
最近外れ値が多くて不眠気味。
クソ!寝る前に変なもん見せやがって(大興奮)
▽門守セキ
はい、セミナーを襲います!
ヘルメット団育ちの倫理観はゆるゆる。
あとがき
本日よりドラム缶ガニさんが開幕ですが、それよりも大決戦ゲブラが来ると聞いて震え上がっております。
アタッカーの居ない私はおしまインザミラー!!
次回 第9話 「
「お片付けの時間だね!!」