「あれ、これ誰のだろ。アヤネちゃん知ってる?」
「なにが、って刀?えー、誰のだろう……」
「脇差ってやつ?なんか短いし」
「ホシノ先輩……いや、ノノミ先輩?」
「あとはシロコ先輩。うーん、持ってるイメージ湧かないなぁ」
アビドス対策委員会室、校舎の中でも唯一砂の粒が全くないその部屋。アヤネとセリカの2人は、部屋の片隅にまとめられていたダンボールを開けていた。
誰かの私物だったら、というアヤネの声もあったが、2人とも好奇心には勝てず、ついついダンボールの封を切ってしまう。
「あとは、ブレザー?穴だらけだし、なんか嗅いだことない匂い……」
「アビドスのものだけど、微妙にデザインが違う……。それにすごい大きいよね」
「うわ、見てこれアヤネちゃん。すっごい袖余る!」
「胸周りも腕のところも、一回り以上は大きい……」
「なんかあれじゃない、百鬼夜行の羽織!」
「ちょ、ちょっとセリカちゃん!刀は危ないよ」
「ん、何してるの」
ダンボールから出てきたのは3、40cm程の小ぶりな刀と、いくつか穴と焦げ目のついた大きなブレザー。それといくつかの小箱。
早速ブレザーを羽織って遊び始めるセリカに、入室したシロコが声をかけた。趣味のライディングの帰りなのだろうか、制服に着替えてはいるが頬がまだ赤らんでいる。
セリカは先輩であるシロコなら知っているのではないかと振り返って顔を見る。その顔には驚きと動揺の混じったような、普段の彼女には珍しい表情だった。
「─────っ!それ」
「あ、シロコ先輩!これ、誰のか知ってる?」
「えっと、なにか大切なものだったり……?」
「……ん、すごく、大切なもの」
「大切?」
「雑に扱うとホシノ先輩が怒るよ」
「げ、まじで?あぁちょっと、引っ張らなくても脱ぐってば!」
「っ、セリカちゃん、はやく脱いで!」
慌てた様子でいそいそとブレザーを脱ぎ、そして脱がしにかかる後輩2人をよそに、シロコはスマホを取り出した。
開くのは写真が保存されているアプリ。画面を下へとスクロールして、保存されたいちばん古い写真の辺りへと表示を進める。
「ん、これ」
「……これ、ホシノ先輩に、ノノミ先輩とシロコ先輩。それと……?」
「男の人……もしかして、この人がアビドスの“黒影”なんですか」
「“黒影”……ってえぇ!?シロコ先輩知り合いなの!?」
シロコは、ブレザーを最初よりも丁寧に畳んで刀とともにダンボールへと戻して一息ついていた2人に、スマホに保存された1枚の写真を見せた。そこにはポニーテールにしていた頃のホシノ。まだかなり小さいシロコ。今とそこまで変化のないノノミ。そして3人の肩を抱き寄せて笑うジン……男子生徒が写っている。
写真を見て首を傾げるセリカだったが、アヤネは彼が噂に聞いたことのある“黒影”なのかとシロコに尋ねた。
「アビドスの“黒影”。本人は『シュヴァルツァ・シャッツェン!』って喜んでた」
「うわ、なんか痛い……それで、その人はどんな人だったの?」
「装備は2本の刀とマシンガン。戦闘中、あまりにも速すぎて黒い影としか目で追えないことから付いた通り名だと聞いてことが。あ、あと高身長イケメンでファンクラブもできたことあるとか!」
「ファンクラブ……?は、知らないけど、2つ名の由来は合ってる。黒川 ジンって言って、ホシノ先輩の同級生で、私とノノミの先輩」
「もう1人、先輩がいたんだ」
「しかも男の人……」
キヴォトスにおいて男子生徒の存在は非常に稀有なもの。1年生組にとって、もう1人知らない先輩がいたうえにそれが男子生徒だったと知って驚いていた。
一方のシロコは、落ち着き始めた頬を再び赤らめ、少し懐かしむような顔で言った。
「ん、私の番にする人」
「……えぇっ!?つ、つが、番!?」
「あと、ホシノ先輩が片思いしてた」
「ほ、ホシノ先輩までっ!?」
「でも、ジンはノノミで逆玉の輿狙ってた」
「─────それ、ダメな人じゃないですかッ!」
「いつもそれとなくだけど、アピールしてた。でも、ジンはトウヘンボク?だから気づかない。よくホシノが怒ってた」
「ホシノ先輩、怒るんだ……」
シロコの脳裏に、あのころの記憶が蘇った。
△
「んっ!」
「おっと、いいとこついてくるじゃん!でも、まだまだッ」
「んっ!?─────あぅ」
「ほい、いっちょあがり」
ジンは強かった。だから私は強くなるために何度もジンに挑んで、その度に軽くいなされた。すごく強いジンと戦えば私も強くなれる。そう思っていたが、私は簡単に負けてばかり、とてもじゃないが足元にも及ばなかった。
「もぅ、またやってるのふたりとも〜。こんな暑いのによくやるよ。もうおじさん参っちゃうよ」
「お、ホシノにノノミちゃん!」
「お疲れ様です。飲み物持ってきましたよ♣︎」
「いやっふぅー待ってましたぁ!」
ジンが駆け足でノノミの元へ向かい、手渡されたドリンクを呷った。口に含まれるドリンクが嚥下されるその度に、私たちには無い喉仏?っていうのが上下に動く。
ブルリ、と体の中に何かが走った。
「?…………っ?」
時々、こうなることが多くなった気がする。ジンの私たちと違うところ、というかオスを感じる時にこうなる。なんだかムズムズして無性に淋しくなる。
「ん、どうしたんだシロコ。こっち来いよ」
「シロコちゃん?」
「ん、……ん、いまはいい」
「シロコちゃん、どこか痛いの?ジンがやりすぎたんじゃない」
「マジ?ちょ、シロコ大丈夫か?」
あっという間に空になったドリンクをノノミに手渡して、ジンが慌ててこちらへ駆け寄って私を抱き上げた。脇の下に入れられた大きな手がくすぐったい。
心配そうなジンの顔が近づいてきて、その目は私だけを見ている。ジンの酸っぱい汗とシトラス系制汗剤の匂いが鼻をくすぐった。
どんどん顔が熱くなって、呼吸も荒くなって。ついつい口からあんな言葉がこぼれてしまった。
「─────ん、ジンは私の番になるべき」
「……いや、何言って」
「私が勝ったら、ジンはわたしと番になる。ジンが勝ったら、私と番になれる。次からはこの条件で模擬戦しよう」
「選択肢がない!?てか番ってなんだよ、言い方が野生児すぎるだろ!」
「……ジン、シロコちゃんに何教えたの。正直に答えて」
「何も教えてないっての。だから銃口やめてぇ!?」
「し、シロコちゃん?突然どうしたんですか……?」
「……わかんかい。でも、なんかムズムズして……」
─────今思えば、ただの
△
「ん……っ!?」
「うわ、シロコ先輩顔真っ赤じゃん!?」
「どうしたんですかシロコ先輩!?」
「たっだいまぁ〜……って、あれ?」
「アイス買ってきました〜。……シロコちゃん、そんなに暑いですか?」
買い出しから帰ってきたホシノとノノミが見たのは、何故か顔を真っ赤にして頭を抱えるシロコの姿だった。
「その、シロコ先輩からジンさんって方の話を聞いてて……」
「急になんか思い出してるなーって思ったら、今度はこんな調子で……」
「ジンの話?」
「うーん、もしかしてあの件ですか?」
「やめてノノミ。掘り返さないで」
「あの件?……あぁ、あれかぁ!あったねぇ、そんなことも」
「……ん、若さ故の過ち」
「ホントに何があったのよ……」
ニヤニヤと笑う2人に、シロコは顔を完全に隠して対応した。その光景に1年生2人の困惑は増すばかりだった。
「ん、今日はもう帰る!」
「ちょっとまってよシロコちゃーん」
「まぁまぁ、これ以上はやめにしましょ?それより、ジン先輩といえばホシノ先輩も」
「「そうだ!ホシノ先輩が片思いしてたって、シロコ先輩が!」
「じ、実際のところどうなんですか!?」
「う、うへぇっ!?そ、その話題はなしかなぁ。ってかシロコちゃんも何とんでもないこと言ってくれてるのぉ!」
「ホシノ先輩、ジン先輩の前だとすっごくかわいいんですよねぇ」
「ノノミちゃぁん!?」
「「ホシノ先輩!」」
「ふ、2人とも落ち着いてぇ〜」
△
ホシノ、シロコ、ノノミ。これを読んでるってことは、俺はもう死んでるかもしれねぇ。
俺はこれからちょっと危険な仕事に就く事になった。相当危険な上、ハードな仕事だ。正直、生きて帰れるか分からない。まぁそこはハイリスクハイリターン、金はたんまりと入るぜ。
だからまぁ、こうして遺言というか、メッセージだけ残しとく。俺が死んだ時は、ゲヘナの知り合いに送って貰う手筈だ。この手紙と、俺のネックレス、あとは刀をな。
ネックレスと刀は、まぁ保管してくれてもいいが、それなりに高く売れるはずだ。刀はブラックマーケットなり百鬼夜行連合なりのしっかりした質屋に持っていけばひと目でわかる業物だからな。
ホシノ、1人にしちまって悪いが、これからもアビドスを頼む。
シロコ、俺を番にしたいならもっとでかくなれよ。ちんちくりんじゃなびかねぇからな俺は。
ノノミ、ホシノのやつを支えてやってくれ。1人になったら危なっかしいったらありゃしねぇ。
んじゃ、ちょっくら行ってくるわ。
相手は繧上¢縺ョ繧上─────縺醍黄……敵討ちとか、しようと思うなよ?そんなことでお前らまで死んじまったら俺は耐えらんねぇからな。
アビドスを、頼んだ。
─────アビドス高等学校所属 “黒影” 黒川 ジン 遺言書
─────ゲヘナ学園救急医療部 氷室 セナ 差出人
“現場には脇差しかなかった。それに私は彼の死体を見ていない。……彼は、生きているかもしれない”
結構な方が、救いを望んでいるのですね……