12月7日 早朝6:50 ホテルステイワン七日町駐車場 初星学園専用送迎車内
「Pっち~、眠いよぉ~」
「会場に着くまで15分もありませんが、その間車内で休んでください」
清夏さんの大きなあくびが車内で響いた後、車のエンジンを点ける。
早朝すぎるのもそうだが、ライブ当日にあくびをかませるようになったのは余裕を持てている証拠だろう。
今回は大講堂ライブステージのキャパシティよりも幾分か少ない2千人規模のライブだが、葛城さんとの初めてのツーマンライブだ。
清夏さん、いや、2人にとっての大事な通過点となるライブになるだろう。
「ねぇPっち。最近思うことがあるんだ」
「眠たいんじゃなかったんですか?」
「ごまかさないでよPっちそういうところ!じゃなくて、ちょっと真面目な話だから聞いて」
真剣な話であれば左を向いてしっかり目を合わせるべきだが、生憎運転中だので、頷きで続きを促す。
「学園に入学して、Pっちに出会って、色々あったじゃん。逃げてたあたしを一生懸命立派なアイドルにしようと頑張ってくれたじゃん?足のこともリーリヤとの約束の向き合い方も、全部いい方向に踏み出す手助けをしてくれてさ。Pっちには貰ってばっかりなんだ」
「……その代わりに俺は清夏さんから日々のアイドルとしての成長と、ライブでの輝く姿を見せてもらっています。貰ってばかリなどではなく、対等です」
「そ、それは分かってるつもり!その、あたしが言いたいのはね……」
……続きが聞こえない。
快晴な外は人の気配がなく、カーオーディオも点けていないため清夏さんに沈黙されると音が消えて気まずさが出てくる。
会話の内容的に何か怒らせることをしてしまっていたのだろうか。
清夏さんには度々指摘されているが、女心が一向に分からない。
右折のウインカーを出したと同時に清夏さんが開口した。
「……Pっちと付き合いたい。って……気持ちはアイドルとして、ダメかな?」
え?なんでそうなる?急にそういう遊びを始めたのか?
声色……は至ってまともだ。
清夏さんと出会って8ヶ月になる俺の耳は彼女の嘘は見抜けるはずで。
だからこそ発言の意図がわからない。
「いまは気持ちはファンの皆さんと、葛城さんに向けましょう」
無難な回答だが、ほかにいい返事が見当たらない。
予定より少し早めに葛城さんに合流させるか——————
ガシッ!
刹那、強めに肩を掴まれ、思わず清夏さんの方に顔が向く。
清夏さんと会話するには、あまりにも近すぎる距離。
「あたし、本気だから・・・・・・!」
瞳を閉じた美しい顔が禁忌を求める。
思わず息を吞み、プロデューサーとしての職務・責務を放棄しそうになる。
俺も目を瞑ろうとし、全身が強張る。
ふと、ハンドルを強く握り直したことで運転中だった事実を思い出す。
顔を正面に戻すと右折を終えようとする車体は横切る子供を捉えていた。
「—————————ッ!!」
全神経をブレーキに、間に合うか!?
ガラス越しに逃げる子供の悲鳴が聞こえる。
———————————コンッ……ぱたっ。
………………やって、しまったぁ……。
撥ねてしまった程ではないだろうが、僅かな振動とぶつかった音が俺を前科者だと示してくる。
……事実を受け入れるのに時間が必要だ。
「あぁ……あの子、ひ、膝が……」
清夏さんの声。
そうだ、時間は待ってはくれない。
轢いたのは俺だが、清夏さんは無罪だ。
清夏さんはライブに出て貰わなければ……。
「清夏さん。運転者の俺は交通事故を起こした際、被害者を保護する義務があります。当然、全責任も俺にあります。清夏さんには申し訳ありませんが、ここから徒歩でまっすぐ会場に向かってください」
「え、いや、で、でも……」
「偶には僕からもわがまま言わせてくださいよ」
びっこを引いて逃げようとする子供を避けて少し前進し、緊急停止する。
頑張って笑顔を作って見せたつもりだが、清夏さんの顔は青ざめたままで。
「今回のツーマンは前半が葛城さんの番ですので、それまでの間にいつも通り強いあなたの仮面を被ってください。大丈夫、それまでには俺も手続きを終わらせて駆け付けます」
もちろん嘘だ。そんなに早く釈放されるわけがない。
清夏さんの嘘を吐くときのそぶりを咄嗟に真似してみたが、通用しただろうか。
「そう、だよね……リーリヤとの約束の為にも、今日のライブに穴を空けるわけにはいかないんだ……!」
「それでいい。会場に付いたらまず葛城さんの担当プロデューサーに事情を説明してください」
「……分かった!行ってくるね!」
ハザードランプを点け、ドアロックを解除し、両手で二人分のシートベルトを外す。
二人同時に車から降り、互いに違う方向へ駆け出す。
「大丈夫ですか!」
……
…………
………………
同日 14:52 やーまぎん県民ホール会場内関係者用通路
奇跡だ。奇跡的にライブに間に合うことが出来た。
通路を走ることなど叶わないと思っていた。
言い方は悪いが、子供を撥ねた条件が良かった。
まず、俺の犯した罪状は脇見運転の安全運転義務違反。
そして子供に当たりはしたが、実は怪我はなかった。
当たったのは子供のリュックであり、右足でびっこを引いていたのは事故に対する恐怖から来るものだったそうだ。
また事故現場では歩車分離式信号が使われており、押しボタンを押さずに飛び出していたらしい。
通報後、山形市警まで連行され、子供の両親にも来ていただいたが、逆に3人に謝罪されてしまった……。
結果、免許の点数2点減点と9,000円の罰則金だけで釈放された。
ガチャン!
勢いよく舞台袖のドアを開けて駆け込む。
開演時間は14時からなので遅刻だが、前半5曲+2、3回の軽いMCは葛城さんが担う。
この時間は袖で清夏さんが待機しているはずだ。
「えっ!?Pっち!?」
「すみません!遅れました!」
袖の階段で待機している清夏さんが驚きの声を上げ振り返り、それに続いてほかのスタッフも俺の存在に気付く。
「お前!まさか間に合うとは思わなかったぞ!」
同僚の葛城さんの担当プロデューサーが肩を掴んでくる。
「順調か?セトリに変更はないな?」
肯定のサムズアップ。
であれば、今流れている曲が終われば次が清夏さんの番だな。
「清夏さん、大一番に間に合ってよかったです。お二人の約束の大事な1ステップ目です。準備はいいですか?」
朝は散々だったが、何とか清夏さんの大事な通過点に立ち会える。
このライブを機に、二人でどこまでも高く羽ばたいていけるアイドルに
「———————ない」
え?
「右膝が言うことを聞かない……」
どういうことだ。
清夏さんのトラウマは夏ごろには克服されていたはずだ。
今日に至るまで身体トラブルもないのに何で……。
「あたしのトラウマ、また出てきたみたい……」
「!!まさか、今朝の撥ねてしまった子供を見て!?」
たしかに右足でびっこを引いて上手く動けていなかった姿が、トラウマのトリガーになる可能性は否めなくないか……。
その時、客席側から拍手と歓声が聞こえた。
葛城さんの出番が一度終わった合図だ。
『ありがとうございましたー!』
満面の笑顔で退場していく彼女と対照に、清夏さんの顔はどんどん青ざめていく。
「紫雲さん、頑張ってくださいよ~」
「すまない、時間をくれ。清夏さん足が不調なんだ!」
「え、は!?聞いてねえぞ!?リハの時もダンス大丈夫だから音響チェックだけでいいって……」
出会ったばかりの時の清夏さんの嘘を吐いて隠す悪循環が蘇ってしまってる……。
考えろ考えろ考えろ、足を使わずにパフォーマンス……いや、どの曲にも不自然だ。
二人同時に出て葛城さんをダンス担当に……さすがに葛城さんの体力が持たないし何より振り入れが間に合わない。
「清夏ちゃん!バトンタッ……清夏ちゃん?」
葛城さん袖の階段を降り切ってしまった。
……一度ここの人達に事情を説明するしかない。
清夏さんの足のトラウマのことは伝えず、今朝の事故でショックを受け足がすくむと説明した。
全スタッフが沈黙し、葛城さんの呼吸を整える音だけが聞こえる。
程なくして清夏さんのすすり泣く声が介入した。
「ごめんなさい……ごめ、んな、っさ……」
客席からは清夏さんの登場を心待ちにしているという意思表示の拍手の音が益々大きく聞こえる。
今はその音が焦燥感を駆り立ててきて邪魔だ……!
どうすればいい……。どうすれば…………!