12月7日 9時30分 やーまぎん県民ホール会場内出演者用楽屋
「清夏ちゃん、大変だったね……」
「リーリヤ……うん、びっくりしちゃった」
リーリヤの入室に気付かなかった。
今朝の事故の光景がまだ頭から離れなくて、ライブ前の準備に手がつかない。
あたしのプロデューサーが不在になる経緯を、リーリヤのプロデューサーさんを始めスタッフ全員に説明しに走り回った事しか出来ていない。
あたしの、プロデューサーへの気持ちについては伏せた。
「でも、ちゃんと切り替えないとね。今日のライブは絶対に成功させないと!」
「うん、二人で一緒に、アイドルになるために」
今日のステージは、『初』よりもお客さんは少ないけど、そこが大事じゃない。
やっとリーリヤと同じステージに立つんだ。
二人でより高く羽ばたく為の、大事なステージなんだ……!
『紫雲さん、葛城さん!リハーサル始めますのでステージまで移動お願いします!』
「……!はいっ!清夏ちゃん、行こう!」
大きくうなずき、二人でステージに駆けだした。
…………やるぞ!
同日 9時50分 会場内ステージ
ステージは前日入りさせてもらえたから構図は把握している。
後は音響と、何より床の踏み込み具合とステップの幅の調整を———————
「あ、れ……?」
ステップが踏めない……?
と同時に今朝の右膝を痛めた子供の姿がフラッシュバックしてくる。
みるみるうちに顔が青ざめさせていく感覚が襲ってくる。
半年以上ぶりの、あの気持ち悪い感覚。
「清夏ちゃん?」
『紫雲さんー?何か問題ありますかー?』
「い、いーえ!配置と振りのチェックは大丈夫なので音響お願いしまーす!」
咄嗟に嘘をまたついてしまった。
もう嘘はたくさんなのに……!
Pっちと一緒に克服したはずなのに……!
リーリヤと並ぶんだ……なんとしてでも……!
13時30分 ライブ開演30分前 会場内下手舞台袖
本番30分前にもなって、まだトラウマが消えてくれない……!
今までにPっちに教わったトラウマの克服法は一通り実践し直したけど、ダメだった。
ステップを踏もうとする時だけ、足が言うことを聞いてくれない。
ぽん、と肩をたたかれ、振り返ると相手の指が頬を押してきて、情けない声が漏れてしまった。
「は、はいふうほひーひひゃ!(な、何するのリーリヤ!)」
「ふふっ、やっと成功した」
え、今までずっと頬っぺたをぷにってする機会を伺ってたの?
「足、調子が悪いみたいだけど大丈夫?」
リーリヤにはバレてたか。
さっすがあたしの親友、だね……。
「踊ろうとすると、急に動けなくなるんだ。せっかく二人で立てるステージなのに……」
約束が果たせなくなっちゃう。
思えば思うほど合わせる顔が無いように思えて、顔を背ける。
程なくしてリーリヤに両手を繋がれて、向き合わされた。
「前に言ってくれたよね。わたしの歌を聞いて、頑張る勇気を貰ったって」
「リーリヤ……?」
「清夏ちゃんが立ち止まっちゃったら、今度もわたしが手を差し伸べるから!」
……やっぱりリーリヤはすごいよ。
その真剣なまなざしが、その透き通って思いをまっすぐ伝える声音が、その温かな両手が、勇気をくれる。
「ちょっと偉そうだったかな……?」
「ううん、ちゃんと頑張らなきゃって気持ちになった!ありがとうリーリヤ!」
左手の小指を立てて、リーリヤと繋ぎ直す。
「「ふたりで一緒に、アイドルになろう!!」」
14時53分 ツーマンライブ5曲目『初』 葛城リーリヤ歌唱中
何回舞台袖でもがいただろう。
リーリヤの素晴らしい歌声を聞きながら、活力になる踊りを覗き見ながら……。
どうあがいても踊れない……。
リーリヤにも、Pっちにも、ファンのみんなにも合わせる顔が——————
ガチャン!
「えっ!?Pっち!?」
「すみません!遅れました!」
Pっちが来てくれた!?
えっ嘘どうやって!?すごく嬉しい……!
一瞬で暗い気持ちが取り払われて、心身がライブをするボルテージまで高まっていくのを感じる。
やっと踊れる気がする……!
彼がいるだけで一気に動ける気がした。
さすが、あたしの好きなプロデューサー……。
「右膝が言うことを聞かない……」
あたしがPっちに恋愛感情を向けたから、Pっちにすごい迷惑をかけたし、子供を大きく傷つけた。
アイドルが恋愛感情なんか持ってはいけないのに、持ってしまった罰だ。
Pっちを好きになったら踊れないままなんだ。
もうPっちと一緒にいてはいけないんだ。
「ごめんなさい……ごめ、んな、っさ……」
Pっちともう一緒に歩んではいけない、そう思うと涙が止まらない。
周りから輝きが消えていく。
観客のクラップも声援も聞こえなくなっていく。
へたり込むあたしに聞こえてくるのは、情けない自身の泣く声だけだ。
あたしの嗚咽だけが耳に入ってくる。
あたしの嗚咽とあたしの曲のインストが耳に入ってくる……。
あたしの曲のインストとあたしの喋る声がステージから聞こえる……?
「清夏さん、まずは落ち着いて、顔を上げてください」
声のままに、ゆっくりと顔を上げる。
優しい顔のPっちと、不安げに見つめるリーリヤがそこにいた。
その周りは殺伐とした空気が立ち込めている。
言葉を発そうとした瞬間リーリヤに涙を拭われて、Pっちに肩を優しく掴まれる。
「清夏ちゃん、泣かないで。せっかくのメイクが落ちちゃうよ」
「急ごしらえですが、以前没にしたPVを流して場は繋いであります。さあ、次は立ちましょう」
二人に手を取ってもらい、立ち上がる。
まだ……支えてもらっても、踊れる気がしない。
あたしの表情からそれが読み取られたのか、二人とも何かをすごく考え込んでいる。
程なくしてリーリヤは彼女のプロデューサーさんの所に駆け寄っていった。
「朝の事故の件ですが、子供はリュックが当たっただけで無事でした。びっこを引いていたのは単に轢かれた恐怖から来たものです」
「そ、そっかぁ……良かった……!」
「気休めにならないかもしれませんが、貴女が気負うことは何もありません。この大事なステージでやり切ることを——————」
Pっちが不意に口を閉ざし、袖の階段の方を目を見開いて向いた。
向くと、リーリヤが再びステージに駆けあがりそうで。
「リーリヤ!?」「葛城さん!?」
「葛城さんにやらせてください!曲順そのまま!ピッチ調整もなしで大丈夫です!照明は可能であれば白色に合わせてください!5曲一気に通します!」
リーリヤのプロデューサーさんが大声で他のスタッフさんに指示を出す間にもリーリヤは無言でステージまでの階段を駆け上がる。
待って!!
そう口にしようとした途端、リーリヤが立ち止まる。
あと一段で観客の完成を浴びれる位置で、振り返る。
リーリヤは言葉を発さなかった。
代わりにあたしに向かって右こぶしを突き出し、親指を人差し指の下に握って微笑んだ。
たぶん、この会場で私とリーリヤだけが知っているハンドサインだ。
二人が仲良くなりだした頃に彼女に教わった、スウェーデンのハンドサイン。
たしか、幸運を祈る意味で、この場合は……
「うまく、行きますように……?」
約束が、叶いますように。
こぶしで、そう伝えたリーリヤが歓声を浴びていき、次第にPVの音が消えていく。
『みんなー!まだまだ行くよー!!』
少しずつ観客から困惑の声が聞こえてくる。
当然だろう、本来今ステージに立っているのはあたしの筈なんだから。
……あたしの曲を聞きに来たファンに合わせる顔がない。
あたしのせいでおそらくセトリがもう一度ループするのだろうか。
となるとライブは失敗だろう。
この会場全ての人に合わせる顔がない……。
『♪Tame-Lie-One-Step』
曲が流れ出した。
あたしの、あたしがPっちから貰った、あたしだけの曲。
Tame-Lie-One-Stepが今この瞬間、葛城リーリヤの曲に変化した。
大きなどよめきが会場を埋め尽くしたのも束の間、クラップがあたしの曲に順応する。
『♪後ろ姿見つけては諦めるためのreason 探してもう最初からGive it up Give it up』
スピーカーを通じて、歌詞があたしの心を揺らす。
元の振り付けよりも少し大ぶりなダンスが、あたしの体を熱くさせる。
Tame-Lie-One-Stepはあたしを通じて、勇気を届ける歌だ。
それを、一番の親友であるリーリヤが精一杯歌っている。
先程まで焦燥感に押し潰されていたのに、勇気と活力で満たされていく。
「『♪止まない2step 踊ってたいよ君と』」
自然とリーリヤが歌う歌詞に合わせて口ずさみ、右膝でリズムを取っていた。
踊、れる……?
試しにその場でペンシルターン……サイドステップ……いける!
リーリヤの背中を押すパフォーマンスのお陰で、踊る準備が、整った……!
振り返って二人のプロデューサーに準備が出来た事を伝えようとしたら、何かをすごく言い争っていた。
あたしとリーリヤのことだろうけど、今から取り返すから……!
『続けて、行き……ます!』
拍手喝采の中、リーリヤが2曲目に入ろうとしていた。
あたしのソロ2曲目はTame-Lie-One-Stepよりもハイテンポで、よりスタミナを必要とする曲だ。
「待たせてごめんなさい!あたし、今度こそステージに上がれます!やらせてください!じゃないとリーリヤが!」
「そうだ!いくら葛城さんでも、こんなダンサブルな曲を立て続けには無理だぞ!!」
Pっちと意見が一致していた。
従来のセトリ通りで進めていくなら、さらに激しいあたしのソロ3曲目ののち、初、Campus mode!!の計5曲をほぼノンストップでやり切ることになる。
「そんなことは分かっている!だがこれは葛城さんの意志だ!彼女が出し尽くすまでは、だれにも止めさせない!」
「狂ったかお前!担当アイドルの苦痛の軽減の術をもっと模索しろよ!」
「朝一事故って担当の晴れ舞台に来れなくなりかけた男が意見するな!紫雲さんには申し訳ないが、今日のライブは俺と葛城さんで成功させます……!」
リーリヤのプロデューサーさんの真剣な眼差しが、レッスンをしている時のリーリヤのそれと瓜二つだった。
リーリヤと同じで、一度決めたことは必ずやり遂げる人なんだろう。
反論しようとするPっちを制止して、深呼吸する。
「わかりました。でも、もしリーリヤが限界になったらあたしの番に戻らせてください!」
渋々頷いたプロデューサーさんはモニターに向かい、他のスタッフさんに指示出しをしに行った。
「Pっち、お願いがあるの。あたしの番で歌う曲なんだけど——————」
15時21分 8曲目 葛城リーリヤ歌唱後
……限界だ。
観客からはそう見えないだろう。
だが、あたしと、二人のプロデューサーはリーリヤの僅かな手足の震えから察することが出来た。
「「マイクをオフに!暗幕を掛けてください!!」」
さっきまで言い争いをしていた二人のプロデューサーの叫びがぴったり一致していた。
暗幕が降りきるや否や、リーリヤに向かってあたしが真っ先に駆けだしていた。
あたし、こんなに早く走れるんだ……。
「リーリヤぁっ!!」
足がもつれて大きく倒れこもうとするリーリヤを、寸での所で抱き留めることが出来た。
「はぁ……はぁ……フーっ、す、清、けほっ……かはっ、センパイっ……」
顔は血の気が引いて冷や汗が噴き出ており、息が全く整わない。
すぐさまリーリヤのプロデューサーさんが駆け込み、手に持っていた担架と酸素スプレーを使った。
数名でリーリヤを舞台袖まで救護する中、あたしは彼女の手を握りながら、名前と謝罪の言葉を叫び続ける事しか出来なかった。
観客はリーリヤの状態を知る由もなく、拍手と声援を送り続ける。
「アンコール!アンコール!アンコール!」
次第にアンコールを求める声に変わっていった。
その中にはあたしの名前を叫ぶ声も交じっている。
今、ステージに立つからね。
リーリヤから手を放し、立ち上がった瞬間にあたしの右足首が掴まれた。
「清夏ちゃん……はぁ、膝はもう……大丈、夫?」
「リーリヤ……!本当にごめんね!リーリヤの歌に勇気をいっぱい貰えたから、いけるよ!」
「……!良かった。二人で一緒に、ステージに立つことは……今日は、無理だけど……」
「それについては本当にごめん!謝っても許されることじゃないけど、ごめん!」
今日のライブのセトリは前半5曲をリーリヤが、後半5曲をあたしが、アンコールで披露する2曲を二人でする予定だった。
いくらすごいリーリヤでも、ぶっ続けで8曲もやり切った後では一緒に歌うことは無理だ。
「ううん。責めているわけじゃないの……。えっと、わたし、これ以上は踊れないかもだから……」
言いながら回復体位を解いて座り直す。
じっとりとリーリヤが触れていた担架に汗が染みついていた。
「これを……わたしだと思って、一緒に踊って……!」
そういってリーリヤは息を整えながら、彼女の髪に結んであるリボンをほどき、あたしの右膝に結び直した。
結ばれたリボンからリーリヤの温かさが全身に広がる感じがする……!
「……ありがとうリーリヤ!あたし、全部出し切るから!見ててね♪」
あたしはお返しに満面の笑みで右こぶしを突き出し、親指を人差し指の下に握った。
リーリヤもすぐに同じハンドサインを返してくれた。
「「うまくいきますように!」」
舞台袖の階段を駆け上がると、ステージと袖を隔てるカーテン裏にいつの間にかPっちが待機していた。
「本当にお待たせ。今度こそ逃げないから、見てて!」
「……俺は最初から信じていますので、何も言いません」
「はいはい。……やっぱり、なんか一言、ちょーだい?」
すっとPっちがこぶしを突き出し、
「……頑張れ」
「りょーかい♪いってくるね、プロデューサー!」
互いにこぶしを突き合わせ、ステージ中央まで駆けた。
……ありがと、気持ちはもうちょっと秘めるようにするけど、好きだよ。
「アンコール!アンコうおおおおおおおおおおおおお!!!」
暗幕が上がり、観客の完成を一気に浴びる。
歌う前に、まずは謝らないと。
『みんな!待たせて本当にごめんなさい!ちょっとトラブルがあって、足が言うことを聞かなくなっていました!』
当然だが、観客がざわめきだす。
『でも、リーリヤの歌が、踊りが!アタシに元気をくれた!勇気をくれた!今ここに建てるのは彼女のお陰!舞台袖で休んでいるリーリヤに聞こえるくらい大きな拍手を!!』
観客のざわめきを、会場が割れんばかりの拍手に塗り替えることが出来た。
膝も問題なくステップを踏めるようになっている。
全ての準備が、ようやく整った。
『それじゃあ、聞いてね♪白線!』
あたしのサムズアップを合図に、ドラムカウントの4音。
『♪澄み渡った空に白線 あの地平線を超えて』
Pっちに掛け合って、セトリを変更してもらった。
今日のライブでリーリヤに並ぶどころか、大きく差が広がることになる。
その差を少しでも埋め直すには、このやり方しかないと思えたから。
『♪かすれたエコーでも答えはもう はじめからちゃんと持っていたんだよ』
リーリヤの曲を歌うことで観客はどんどん盛り上がっているけど、まだ足りない。
今まで培ってきたすべてを使って追いつくぞ、紫雲清夏!
『♪もっと高く高くまで羽ばたいてみたい 今日に未来色の軌道描いて 地平の先まで』
白線のサビから本来の振り付けを逸脱させる。
結果、大きな歓声が上がった。
——————振り付けにバレエのステップを全面的に取り入れたのだ。
Pっちに最後に一度見せて、バレエとはお別れするつもりだったけど。
……もう一回だけ、嘘を吐かせてね。
このライブを成功に持っていくには、これしか思いつかないや。
『♪もっと高く高く高く飛んでいける!』
ここからはあたしのステージだ、何もかも出し尽くして、最高の時間にする!
『ありがとー♪びっくりしたっしょ!?あたし実はバレエ得意だったんだー!次の曲でもやって見せるから、見逃すなよー?』
拍手が鳴りやまぬまま『初』を歌唱する。
振り付けはすべて創作バレエを歌いながら考案し、踊る。
頭がパンクしそうだけど、今のあたしならやり遂げられる!
無事にやり切ることが出来、会場のボルテージは最高潮になった。
『ありがとー!次で最後の曲です!改めて、今日はステージに全然立てなくて、本当にごめんなさい!ま——————』
ぽん、と誰かに肩をたたかれ、振り返った。
『リーリヤ!?うそ、もう動けるようになったの!?』
『うん、本当はもうヘロヘロだけど、清夏ちゃんの歌と踊りを見てたら元気が出てきたんだ』
安堵と感動で涙が出てきた。
リーリヤは優しく抱きしめてくれる。
『もう、清夏ちゃんったら。そんなに泣いたらまたメイクが落ちちゃうよ』
そんなこと言ったってぇ……。
泣き止むまで1分は軽く要しただろう。
気付けば下のガイドモニター一面に『巻きで!!』の文字が。
慌てて顔を上げ最後の曲の準備をする。
『清夏ちゃん、最後は一緒に歌おう!』
『!!うんっ!ありがとうリーリヤ!みんなもいいよね!?』
大きな歓声が響き渡る。
今日は大変なことが色々あったけど、みんながいて良かったと強く思える日になった。
このライブを機に、もっと羽ばたいていこう。
『ふたりで一緒に、アイドルになろう!』
本当にありがとうリーリヤ、あたしを助けてくれて。
世界で一番、大好きだよ!!
『『聞いて下さい!!Campus mode!!』』