VRMMO [AnotherWorld]   作:LostAngel

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第七話

[第七話]

 

 あの後、茶色い大地から芝生のフィールドに変更し、俺はシズクさんと一緒に魔法を使ってみた。自分の杖を持っていないので、シズクさんから予備のものを借りて、あれこれと試した。

 

 レベル1の水魔法使いが使える水属性魔法は四種類。全ての魔法の名前には、最初に『アクア』がついている。

 

 『アクア・クリエイト』は、無から純水を生成する魔法だ。空の容器を用意すれば、飲み水を確保できる。他にも植物に水を与えるなどといった便利な使い方ができる。消費魔力は1で、一回の発動につき500mLほどの水が生まれる。

 

 『アクア・ボール』は空中に水の球を出現させて相手にぶつける、汎用的な攻撃の魔法だ。魔法の発動から発射まで一秒ほど”溜め”の時間が必要で、発射の向きや速さは一定、変更はできない。おまけに、あまり攻撃力が高くないときた。消費魔力は2。

 

 『アクア・ウォール』は、発動地点の1mほど前方から水の壁をせり上がらせ、相手の攻撃から身を守る魔法だ。正直に言うとこれは微妙で、水でできているため相手は壁を通り抜けられる。一応、上に向かって流れがあり、ぶつかってきたものの勢いを多少減衰させられそうだが、高い防御力は期待できない。シズクさんも「気休め程度」と言っていた。消費魔力は5で、出現した壁は1分間持続する。

 

 『アクア・ソード』は、杖に水をまとわせ剣のように振るうことで、水属性と斬属性を兼ね備えた攻撃を行う魔法だ。ひとまず、属性云々は置いておいて魔法の説明をすると、これは水魔法の中でも貴重な近距離の攻撃手段となっている。例にもれず、他属性の『ソード』に比べて威力は低いが、相手に近づかれた場合の有効な手札となる。と俺は勝手に思っているが、シズクさん曰く、「あんまり使わない」らしい。消費魔力は3で、こちらも、1分間の持続時間がある。

 

 以上、四つの水魔法の試し打ちを楽しんだ。練習場では、魔力を消費せずに何回でも魔法を使うことができる。ま、職業レベルの経験値は入らないがな。

 

 シズクさんには後ろで見てもらい、補足情報や実戦での使い心地、フィールドでの立ち回り方などを教えてもらった。

 

 少し練習したら慣れてきたので、モンスターを投入しての模擬戦闘に切り替えた。

 

 それもだいぶ遊び尽くし、そろそろいいかなと思ったところでウインドウを操作。魔物の”湧き”を止め、俺はシズクさんの下に向かった。

 

 彼女は、体育座りをしてぼーっとした目で俺の練習する様子を眺めていた。俺が近くまで行くと、すぐに立ち上がった。

 

「ごめんなさい。色々試してたら結構時間使ってしまって」

 

「気にしなくていい。それより、トールは相手の動きを予測するのが上手い。『アクア・ボール』は充分な命中率だったし、『アクア・ソード』を使っての近接戦もなかなかのものだった」

 

「オオカミと戦い慣れて、パターンを覚えちゃっただけですよ。きっと、別の魔物なら苦労します」

 

 練習場では戦った事のあるモンスターしか出せず、俺はまだモンスターとの戦闘は経験していない。だが、そういう人のために王都周辺のフィールドに生息するモンスターを湧かせられる仕様になっている。それなら他のモンスターも出せばいいのだが、見たことのないモンスターにはフィールドで出会いたいので、ひたすらファングウルフとだけ戦っていた。

 

「それだけ動けて魔法を扱えるのなら、ソロでフィールドに行っても大丈夫。王都の近くなら、モンスターのレベルも低いし安全」

 

 やった。師匠のお墨付きをもらった。

 

 それからは、少しの間二人で話し、有意義な時間を過ごした。

 

 この練習場は、一度扉を開けてから閉じるまでに入室した人専用の空間になるので、同時に何人もの人が利用できる。そのため、何時間でもいていいということや、今俺たちがいる街、王都は周りを高い壁に覆われており、東西南北の四つの門から外に出られるということ、それに伴って、王都に隣接したフィールドのバイオームも四方に一つずつあり、マップによる下調べが重要ということなどをご教授頂いた。

 

 話に華が咲き、ふと気になった俺はメニューで時間を確認してみる。

 

 十八時四十分。そろそろ、夕飯の準備をしないといけないな。

 

「今日はありがとうございました。申し訳ないんですが、夕飯の支度をしたいのでログアウトしたいと思います」

 

「こちらこそ、長々とありがとう。私も落ちる。私は森雫(もりしずく)って名前だから、高校で会ったらよろしく」

 

「ちょ、ちょっと待ってください。森って言いましたか?もしかして、森静さんのお姉さん?」

 

「そう。静は一つ下の妹」

 

「そうだったんですね。実は、静とは昨日知り合って、友達になったんです。席が斜め同士なんです」

 

「妹とは昨日通話した。まさか、トールが静の友達の一人だったとは」

 

 全く、世界は狭いものだ。雫さんが静の姉だったなんて。

 

 意外な事実が発覚し、俺は静の家での様子を聞き出そうとしたが、時間も差し迫っているので、またの機会でということになった。

 

 ※※※

 

 

 練習場を出て、シズクさんにもう一度感謝の言葉を述べてからログアウトした。

 

 ログアウトは、街の中でならどこででもできる。メニューの『ログアウト』からすぐだ。といっても、VRゲームの[AnotherWorld]からログアウトしただけで、VR空間から出たわけではない。

 

 数秒の暗転の後、立体的な四角いアイコンが浮かぶ白の空間でちびドラゴンに出迎えられた。

 

 今日、この子と会うのは何回目だろうか。

 

――おかえり、トオル!もうすぐ晩御飯だぞ!肉だといいな!

 

 てっきり甘いもの好きかと思ったが、ちゃんとドラゴンらしい一面もあるんだな。

 

 しかし、初めてのVRゲームでだいぶ疲れた。

 

 俺はちんまいドラゴンに話しかけたい気持ちをこらえて、右下に表示されているログアウトボタンを押し、瞬時に『はい』を選択。

 

――お疲れ!またいつでも会いに来るとよいぞ!

 

 これで、VR空間からもログアウトができた。世界を作り出すディスプレイの電源が切れたことを目で確認した俺は、コントローラを脇に置いてヘッドセットをゆっくりと外す。

 

 緊張と感動から少々汗ばんでいたが、今は体を洗うよりも食欲を満たしたい。おかずの作り置きがあるから、御飯とお味噌汁と一緒に温め直して食べようか。

 

 ぐううーっ。

 

 俺がそう思うと同時に、お腹からご飯どきを知らせる大きな音が鳴った。

 

 

 ※※※

 

 

 さて。

 

 食事と入浴を済ませた俺は、髪を乾かしながら今日のニュースをチェックする。その後、タブレットで明日の予定を頭の中に入れ、メールが来てないかを見ておく。用を済ませたタブレットの画面を閉じ、充電器につなぐ。

 

 ちらと右上の時刻を確認すると、二十一時前だった。

 

 やることはやった。ならば次は、ゲームだな。

 

 『チェリーギア』を装着し、ベッドに腰掛けた俺は、再び[AnotherWorld]にログインした。

 

 瞬時に、先ほどログアウトした魔法使いギルドの中に降り立つ。

 

 基本的に屋内でログアウトした場合、屋外のときと同様にログアウトした地点からゲームが始まる。しかし、ログイン時にその建物が侵入できない状態(お店の営業時間外など)のときは、外の出入り口にログインするようになっている。

 

 なぜ俺がこんな細かいことを知っているかというと、ログアウト中はプレイヤーのアバターが消えるという仕様を利用して、真夜中に泥棒をしようと企んだ人がいたらしい。もちろんその人は失敗し、掲示板で事の顛末を報告していたので、俺も知っていたというわけだ。

 

「よしっ」

 

 仕様を思い出した次は、これからのことについて考えよう。

 

 昼間、魔法を練習したし、対モンスターのコツもつかんだ。フィールドに出てみたいし、ここで依頼を受けてみるのもいいか。

 

 と思ったが、今の俺は初期装備で魔法を使うための杖を持っていない。そのため、ひとまず装備を見てみることにした。

 

 早速魔法使いギルドを辞去し、夕方来た道を引き返すようにして噴水広場に向かう。

 

 先ほどの時間にシズクさんから、「まずは広場のエクリプス装備店とチルマ雑貨店を覗いてみるのがいい」とアドバイスをもらっていた。この二つの店とホテルハミングバードは、現代でいうところ大型チェーンのような店で、王都だけでなく世界中の街に支店を展開している。よって、商品の一般的な相場や種類別の流通量を知るにはもってこい、とのことだった。

 

 そんなことを反芻しながら魔法使い通りを抜け、北の大通りに差し掛かると、人々の賑わいは一層激しくなっていた。学生専用のこのサーバーにはこんなにプレイヤーはいないので、喧騒の大部分は一杯ひっかけに来た王都民や、狩りから帰還した冒険者のNPCから発せられるものだろう。

 

 俺はそんな声たちを聴きながら、街の中心に急ぐ人々の流れに乗るようにして歩いていく。

 

 少し進むと、道を挟むようにして大きな建物が左右から浮き上がった。左がエクリプス装備店、右がホテルハミングバード王都店だ。同時に、道を行く人々の密度がさらに濃くなった気がする。

 

「雑貨屋は広場の反対側だし、まずは装備店から行くか」

 

 エクリプス装備店の外観は、木造の校舎のようだった。古びた金属の枠組みが組まれており、何百枚もの焦げ茶色の板が縦向きに打ち立てられ、レトロな外壁を作っていた。高さから推測するに、建物は四階建てで、各階にガラス張りの小窓が並んでいる。屋根は水平で、屋上に上がるための非常階段の一部がここからも見える。

 

 そんなわけで、やっと装備店側面の左側に位置する入口の前に到着した。

 

 広場の北東に位置するエクリプス装備店には、広場に面した入口と東の大通りに面した入口、ここ北の大通りに面した入口の三つがある。それぞれの扉に面した壁はショーウインドウになっていて、今は漆黒のローブとつばの広い帽子が飾られている。どちらも、スポットライトで照らされていなければ、何も飾っていないと勘違いしてしまうほど、夜の闇に溶け込んでいる。

 

 扉は一枚の大きな木の板をくりぬいて板ガラスをはめ込んだ作りだ。俺の目線あたりの高さに、白いギザギザの輪で縁取られた黒い円形のプレートが提げられている。プレートには『絶賛営業中』と手書きで書かれている。

 

 広場側の入口が開けっ放しだったが、こっちから入っても大丈夫だよなと思いながら、俺は武骨なつくりのノブを捻り扉を開けた。ここも内開きだった。

 

「いらっしゃいませ、エクリプス装備店へようこそ!」

 

 中に入ると、快活な声がすぐ右から聞こえた。

 

 ショーウインドウの内側はレジになっている。オレンジのパッツン前髪でおさげを左右から下ろした女の子が番をしていた。灰色のワークジャケットの上に、黒地に白のギザギザが縁取られたドアプレートと同じ色合いのエプロンを着ている。

 

 ひとまず軽く会釈をし、店内をぐるりと眺めてみる。 

 

 店内は盛況のようだ。テーマパークの土産物屋さんのように、各入口の近くにレジが置かれている。店内で商品を見ている人のほとんど、いや全員が冒険者といった格好だ。

 

 並んでいるものからして、どうやら一階は防具を取り扱っているみたいだ。色、デザインが統一されたセット装備がマネキン売りされている。

 

 俺はマネキンの木々を縫うようにして近くを通りかかった、一人の従業員に声をかけてみる。店員は共通のデザインのエプロンを着けているようで、客と見間違える心配はない。

 

「すいません。聞きたいことがあるんですけど」

 

「はいっ。なんでしょうっ」

 

 俺は恐縮気味に少し声を張って呼び止めると、早口で返事が返ってきた。

 

 栗色の短髪に、ひょろひょろの体型の男性店員だ。

 

「初めて来たんですけど、この店について教えて頂けますか?何階はこのコーナーです、みたいな感じの」

 

「はいっ。お安い御用ですっ」

 

 オルカと名乗った店員は、ところどころ舌を噛みそうになりながら説明してくれた。

 

 彼によると、俺の見立て通り、装備店は四つのフロアで構成され、

 

〇一階にはセット装備を並べている。戦闘職、生産職に関わらず、広く流通する廉価版の商品がほとんど。とはいえ、基本一式でのお買い求めになるので、値段はそれなりにする。

 

〇二階は、一点ものの防具のフロア。一点ものというのは、バラ売りの防具のこと。胴を覆う鎧や、足から脛を衝撃から守るブーツなど。セット防具を個別に売っているお求めやすいものから、希少な素材を扱った高級品まで幅広くある。

 

〇三階は武器を売っている。戦闘職が扱う豊富な種類の武器が所狭しと並んでいて、こちらも二階と同様にピンからキリまで、様々な価格帯で提供されている。ただ、生産職で必要な道具や器具は売っていないので注意。

 

〇四階は、オーダーメードを受け付けている。オフィスのように窓口が並んでいて、やってきたお客さんの注文通りの装備を作る。とてつもなく刃が長い刀や、バネが仕込まれており大きくジャンプできるシューズなど、突飛な注文であっても大抵は応えてくれる。素材を持ち込めば多少の値引きになるが、それでも法外な値段がするので、お金に余裕ができたら行くといい。

 

 とのことだった。

 

 彼の話はせかせかとしているにもかかわらず要領が掴めており、聞いていて分かりやすかった。

 

 他には、使わなくなった装備を買い取る窓口が屋上にあるので、装備の更新の際には古いものを持ち込むとよい、防御力のないファッション用の装備を指す、服飾は取り扱っていないので、専門のお店に行ってほしい、ショーウインドウの装備は目が飛び出るほどの値段なので、見るだけに留めておくのが吉だ、など、初心者の俺に細かく教えてくれた。

 

「失礼ですがっ、職業を伺ってもっよろしいですかっ?」

 

「はい、水魔法使いです」

 

「それならっ、お値打ちのセット装備がありますよっ!」

 

 語尾が切れるような口調なのに、どうして疑問や強調の意が伝わってくるのだろうと疑問に思いながら、俺は大股で店の奥に進むオルカさんについていった。

 

 案内されたのは、ローブとバケットハットの格好をしたマネキンの集団だった。それぞれのマネキンが身に着けている装備の色は別々で、赤、青、白、茶と四種類ある。濃い色の一色で統一されており、雨の日に着るカッパみたいでダサい。

 

「初心者魔法使いセットでございますっ。お客様は水魔法使いでいらっしゃいますのでっ、こちらの青のセットがおすすめですっ!」

 

 彼は息も絶え絶えに、一式の紹介をしてくれた。

 

 よく見ると、マネキンはローブと同じく真っ青のズボンとつま先のとんがった靴を履いている。

 

 すでに心は決まっているが、一応聞いておく。

 

「これ、お値段はいくらですか?」

 

「こちら一式で、一万六千タメルになりますっ!」

 

 それを聞いた俺は、ここで初めてメニューの『所持品』をチェックする。

 

 このウインドウでは、上部に四十枠のアイテムインベントリ、下部に[AnotherWorld]で流通する通貨、タメルの所持金額が表示される。

 

 アイテムインベントリには、モンスターの素材や採取したアイテムなどを、一種類につき九十九個まで収納できる一枠の四角がいくつも並んでいる。ただ、装備している防具やアクセサリー、武器はカウントされない。

 

 現在俺が持っているアイテムは体力回復薬、魔力回復薬と名付けられている、栓をした試験管に入った飲み薬だけ。薬の色は、体力回復薬が緑色、魔力回復薬がオレンジ色で、左上のインベントリ枠にアイコンとして表示されている。アイコンの右下には10と数字で書いてある。おそらくこれが所持している個数だろう。

 

 それは置いておいて、今大事になってくるのは所持タメルの方だ。

 

 俺はウインドウ下部の数字を素早く確認する。

 

 肝心の所持金は、一万タメルだった。これでは、値切ってみてもカッパ装備は買えなさそうだ。 

 

「ちょっと、持ち合わせがありませんでした……」

 

 俺は申し訳なさそうにオルカさんに伝え、また来ます、と言い残してそそくさとその場を離れる。

 

 一式装備はまだ早かったな。せめて、二階でローブくらいは見繕おう。

 

 

 ※※※

 

 

 ちなみに、[AnotherWorld]で流通する通貨の名称が、タメルという奇天烈なネーミングに至るまでには、紆余曲折があった。

 

 ゲームの開発にあたり、通貨の名前を何にしようと『チェリーアプリ』の[AnotherWorld]開発チームが頭を捻っていたとき、社長がこう言ったのだ。

 

「お金は使うものだから、『ツカウ』なんてどうだ?」

 

「いいじゃないか!桜」

 

 さほど大きな会議でもないのに、なぜか出席している株式会社チェリーアプリ取締役の灰ヶ崎敦《はいがさきあつし》は、即座に白峰社長の発言に賛同した。

 

 彼は白峰社長の右腕であり、会社の経営を司るトップだ。普段はクールで知的な印象を振りまく二枚目だが、桜のことになると人格が豹変する。

 

 彼女の言うことは絶対である、彼女のためなら何でもしてあげたい、彼女の情報は何でも知りたい。灰ヶ崎は、そんな歪んだ思考の持ち主だった。

 

 桜自身も彼の言動に度々辟易とさせられていたが、会社をここまで大きくするのに最も貢献した人物の一人である。優秀すぎるくらいに頭も切れる。なあに、ちょっとくらい癖がある方が人間として魅力的じゃないか、という考えの下、彼に全幅の信頼を寄せて今まで一緒に仕事をやってきている。

 

「皆さんも、いいと思いますよね!?」

 

「いや、流石に『ツカウ』はちょっと……」

 

 灰ヶ崎の有無を言わせぬ物言いで議論が収束しかけていたそのとき、反対意見と共におずおずと手を挙げたのが、黒川開発部長だった。

 

「少しいいですか?そもそも、『ツカウ』だと少し品がないというか、がめついイメージというか、いや、何も取締役がそうだと言っているわけじゃないですよ。ただ、ちょっとストレートすぎるかな、と思いまして。苦節数年、我々は若い世代をターゲットにして[AnotherWorld]の製作に尽力してきました。正式にリリースされれば、学校に通うくらいの年の、いたいけな学生さん方も遊ばれることでしょう。そのようなことが見込める中、プレイヤーが最も目にし、その名を口にするであろう通貨の名前を、そのような名前にするのはいかがなものかと、開発部長として提言したいのです。もちろん、通貨をもじって『ツカウ』という名に決めた社長の慧眼はお見事と……」

 

 長い。

 

 誰もがそう思ったが、幸か不幸か桜と灰ヶ崎の二人は、黒川の催眠術に耐性のある数少ない人物であった。

 

 しかし、他のメンバーは耐えきれず、ことごとくが眠りについていた。

 

「つまり、黒川部長は桜のアイデアに反対ということですか!?」

 

「はい」

 

 適当なタイミングで詰問を差し込んだ灰ヶ崎に、黒川はきっぱりと言い放った。

 

「じゃあ万が一にも、そんなことはないと思うが、桜よりも素晴らしい案があるということですか!?」

 

「はい」

 

 またも、はっきりと言う開発部長。

 

「では、それはなんですか!?」

 

「それは……」

 

 なぜか、いつも饒舌な彼に珍しく、えらくもったいぶった物言いに変わった。

 

 黒川は一度口を閉じて生唾を飲み込むと、真剣なまなざしで灰ヶ崎を見据える。

 

「『タメル』、です」

 

 黒川は、お金は貯蓄する派だった。

 

「いいじゃないか!」

 

「いいじゃないですか!黒川部長!」

 

 今度は桜が間髪入れずに賛成する番だった。すぐさま灰ヶ崎も続く。

 

 大多数の棄権により、この場の有権者は三名。その全員がイエスに票を投じたので、メンバーの多くが目覚めた十分後にはすでに、『タメル』で決定したものとして、次の議題に移っていたのであった。

 

 

 ※※※

 

 

 近くに階段があったので、一段飛ばしで駆け上がる。踊り場で折り返し、さらに上っていく。途中で何人もの客とすれ違った。

 

 二階にも客が多く、混雑していた。レジは階段の横に三つあるが、どれも列ができている。

 

 俺は人を避けながら、一番手前の売り場に到着した。

 

 いくつも並んだ白色の棚に、いくつもの兜や帽子が詰め込まれている。ここは頭装備のスペースのようだ。

 

「意外に安いな。ローブだけと言わず、全身の装備をそろえられるんじゃないか?」

 

 頭装備を物色しつつ、そう思った俺は、魔力や魔法の威力に補正のかかる装備がないか探しながら、フロア中を駆けずりまわって全身のコーディネートを行った。

 

 以前、ステータスでパラメータが表記されないと説明した通り、防具を装備する前後で攻撃力等の増減を確認することはできない。しかし、内部のシステムではしっかり適用されているので、直感的ではあるが装備の恩恵は感じられるようになっている。

 

 というわけで、今の俺の装備はこんな感じになった。

 

〇頭:湿地のベースボールキャップ ¥1000 効果:灼熱耐性・小

 王都南のフィールド、アヤカシ湿原でとれるアヤカシ葦を編んで作った麦色のキャップ。通気性が高く、着用者を日差しから守る。

 

〇胴、上腕、前腕:たなびくポロシャツ ¥2000 効果:濡れ耐性・中、炎属性倍加

 同じくアヤカシ湿原に生え、扁平で細長い綿を実らせる植物、イッタンモメンを縒って作られた白い長袖のポロシャツ。薄くて軽く、撥水に優れる。反面、火に弱い。

 

〇胴:水玉のマント ¥2500 効果:濡れ耐性・中、水属性魔法威力強化・微

 東の豊穣の海に生息するスウィムフィッシュの鱗をところどころにあしらった鳩尾丈の短いマント。水属性魔法の威力をわずかに強化する。

 

〇腰、大腿、脛:ぶよぶよのスウェットパンツ ¥2000 効果:打属性耐性・中、斬属性倍加、刺属性倍加

 アヤカシ湿原のモンスター、チョウチンガエルの皮で作ったパンツ。伸縮自在の生地は打撃を軽減するが、斬撃、刺突に脆弱である。腰ひもがあるのである程度ぶかぶかになっても履ける。

 

〇足:スニー『キング』・スニーカー ¥1500 効果:静音

 王都周辺に広く分布するファングウルフの足の構造を参考に生み出されたスニーカー。皮、爪、肉球といった彼らの素材を用いることで、発せられる足音を小さくすることに成功した。老舗にして一大ブランドである靴工房、『キングの足下』が提供する大量生産品。

 

 合計、9000タメル。残りは1000タメルになってしまった。

 

 ただ、初心者装備に関しては屋内のカウンターでも買い取ってくれるらしく、『初心者シリーズ』の装備を全て売り払ったことで、合計3500タメルになった。

 

「ありがとうございました」

 

 会計をしてくれた窓口の店員は女性の人だったが、混雑していたため必要最低限の会話しかしなかった。

 

 お世話になるかもしれないから、名前だけでも聞いておけばよかったな。

 

 気を取り直し、階段を上って三階に向かう。

 

 せっかくだし、杖も買おう。

 

 たとえ魔法使いであっても、杖を装備していなければ魔法を使うことができない。まさに、杖は魔法使いにとってなくてはならないものだ。

 

 三階は、武器が種類ごとに並べられていた。一番手前の棚には、いくつもの剣が柄をこちらにしてきれいに置かれている。

 

 俺はキョロキョロしながら、魔法使い用の杖の売り場を探す。

 

 どうやら、左半分が剣、槍、槌などの近接武器、右半分がまるまる杖のコーナーのようだ。

 

 近接武器は大量生産品が多く、在庫が多い。ある程度ぞんざいに扱っても大丈夫なので、省スペースのため敷き詰めるようにして武器が収納されている。これだと、取り出すときに手を切ってしまいそうだ。

 

 杖は長さや属性ごとに色々な種類があり、またデリケートに扱う必要があるので、商品の間にゆとりをもって並べられている。こっちは、落とさないように注意しないとな。

 

 しかし、どれも結構高い。その上、指揮者が振るうタクトのような、細く短い杖の方が高い傾向にある。製作難度と使用素材がハイレベルなんだろう。

 

 俺は数ある杖のうち、水属性魔法を扱える一番安い杖を選んだ。

 

〇熱帯の海の杖 ¥3000 水属性 効果:水属性魔法威力強化・微、打属性倍加

 南の海のフィールド、アロハリュウグウのサンゴ礁でとれるトロピカルサンゴを使った杖。表面がごつごつしていてそのままでは持ちづらいので、ヤドカリヤシの取っ手をつけている。打撃に脆いので注意。

 

 アロハリュウグウは王都から結構離れたフィールドだが、サンゴの生息数が多く、採取で容易に手に入るので、リーズナブルなお値段で杖をお届けできるとのことだった。

 

 枝分かれした赤いサンゴがかわいらしいが、男の俺が持つのはちょっと不格好かもしれない。

 

 さて、必要な装備を揃え終わったところで、残りの所持金は500タメルになった。余裕があればアイテムも見てみようと思っていたが、やめておく。

 

 階段で一階まで下り、エクリプス装備店の広場側の出口から出る。

 

 ポロシャツにスウェットといったラフな格好もサンゴの枝を持った出で立ちのため、周りの目が気になるが、これは気にしてもしょうがない。

 

 そのまま噴水広場を縦断し、南の大通りを進んでいく。

 

 色んなお店が並んでいるが、北の大通りよりも若干、アイテムを売っているお店が多いか?

 

 そんな感想を抱きながらも、南門を目指しててくてくと歩く。

 

 王都の東西南北の門の隣には、外壁に接するように騎士団員の詰め所がある。

 

 王国の全ての街には王都騎士団と呼ばれる、現代でいうところの警察みたいな組織が存在し、各街に人員が配置されている。犯罪を犯したNPCや、悪意のある迷惑行為をしたプレイヤーなどを処罰するためだ。

 

 大人しく捕まった場合や軽度の犯罪を犯した場合は、犯人は地下の牢屋に押し込まれるだけで済むが、激しく抵抗した場合や凶悪な指名手配犯の場合は、捕縛の過程で容赦なく攻撃され、死に戻りすることが多い。また街を出入りする全ての人は門で身元を確認されるので、犯罪者は街を利用することが難しくなる。ま、ゲームの世界であっても悪いことはやめようということだ。

 

 夜も更けていることもあり、外開きの南門はちょっとしか開いていない。詰め所の壁に寄り掛かっている男性と、フィールドから帰ってきた冒険者に話しかけている女性が門の傍にいる。二人とも灰色の甲冑を全身にまとっているが、フルフェイスの兜は脱いでいる。

 

 あの人たちが、身元を確認する騎士たちか。

 

 この時間帯、王都から外に出る人はほとんどいない。

 

 すぐに俺がチェックを受ける番になった。半分眠っていたおじさん騎士が近づいてきた俺の気配に気づき、体を前のめりにして前に出てくる。

 

「おう、こんな夜更けに出るのか?危険だからおすすめしないぜ。そのちんちくりんの格好を見るに、あんた新米だろ」

 

 確かに、シズクさんから夜の狩りはやめた方がいいと言われたが、玉砕覚悟で行くなら、タメル、アイテムをほとんど持っていない今がベストだ。

 

 [AnotherWorld]でプレイヤーが死に戻りすると、所持タメルの半減、一定確率での所持アイテムのロストが行われ、一番近くの訪れたことのある街にリスポーンする仕様になっている。装備はロストすることはないので、買ったばかりの装備は無事で済む。

 

「なけなしのお金で用意したので、見た目は勘弁してください。それに、必ず生きて帰ってくるので大丈夫です。ぜひ、トールって名前を覚えておいてください」

 

「調子いいこと言うな。まあ、期待しないで待ってるよ。俺はガンケン、あっちの怪力女はオミナだ」

 

 斜め後ろを親指で指しながら、見た目通りの渋い声でおじさん騎士がそう言うと、オミナと紹介された女性の首がぎゅるんっ、と回る。

 

「ガンケンさん、一言多いですよ!」

 

 対応に忙しいのか、それともいつものことなのか。鬼神のごとき表情をしているが、オミナさんはこちらまで詰め寄ってこない。

 

「見ての通り、声まででかい」

 

「ガンケンさん!」

 

 彼は、怒鳴られてもどこ吹く風だ。

 

 いや、早くしてほしいんだが。

 

「ええっと、トールだな?……おっ。今日登録を済ませたやつの中に名前がある、通ってよし。くれぐれも、外で悪さするなよ?」

 

 ガンケンさんは、持っていたバインダー上の用紙に素早く目を通し、手早く身元の確認を終わらせた。

 

「もちろんです」

 

 ここは素直に従った方がいいと思い、短く返しておく。

 

 驚くほどあっという間にチェックを終えると、俺は見上げるほど高い門から南のフィールドに出るのであった。

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