ノヴォ・アスターテ:女神の箱庭。あるいは閉ざされた星   作:白煙モクスケ

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2:廃墟の底。

「シンハ1よりアクチュアル。目標建物に到着。これより調査する」

『了解。空からモニタリングしているけれど、気を付けてね』

 

 ユーヒチはこの強行偵察に先駆けて、無人偵察機が撮影した航空写真や上空に居るオルキナスⅣが観測した映像を確認していたけれど、実際に目にすると中々に圧倒される。

 

 苔生す墓標が並んでいるようなビル街の一角。強行偵察の目標建物――かつて半官半民のデータセンターだったそれは、隣の雑居ビルの倒壊に巻き込まれるように大きく崩壊していた。

 

 大質量の直撃を受けた破壊に続き、長期に及ぶ自然の浸食と建材の経年劣化が加わった結果、データセンターはかつての姿が見る影もない。

 

 隣の雑居ビルと自身の重量で瓦礫の山と化し、主要構造部の太い鉄骨や鉄筋コンクリートの柱と梁がいくつも生え並び、蔦や地衣類、繫茂する無数の草木と彩豊かな花々に飾られている。

 

 草木が覆う瓦礫の山をよく見れば、大量のオフィス用家具や機材、電気機器が回収されずに埋もれている。

 

 良くない兆候だ。

 

 あらゆる物資が不足しがちな文明喪失圏(ヴォイド・エリア)内で、土着民やレイダーやスカベンジャー達がこういう“都市資源物”を回収しないということは、回収を諦めるような危険や面倒がある、ということに他ならない。

 

 とはいえ。ここまでは“予定通り”。

 

 民間軍事会社ブルーグリフォンの選抜強行偵察チーム『シンハ』の目的は、この瓦礫の山ではなく、この地下だ。

 

 惑星再生機構の史料調査局が広大な電子の海からサルベージした記録によれば、このデータセンターの地下には重要な情報保存区画があるとのこと。

 具体的には、大惨劇以前に存在したノヴォ・アスターテ惑星連合政府時代、ララーリング半島の惑星入植期から続く行政や開拓、地理等々のバックアップデータが眠っているらしい。

 

 ノヴォ・アスターテの再統一を目指す惑星再生機構(ニューオーダー)としては喉から手が出るほど欲しいデータだ。

 本当に実在するなら。あるいはまだ無事なら、だが。

 

 ゆえに、惑星再生機構は自前の偵察部隊や小銭で雇える回収業者(スカベンジャー)、この半島で利用している民兵集団などではなく、下請け民間軍事会社ブルーグリフォンに現地の調査依頼を出し、ブルーグリフォンは自社の誇る選抜強行偵察チームを現場に送り込んだわけだ。

 

 ユーヒチ達の役目はデータセンターの状態を確認すること。データの有無を確認すること。データのサンプルを持ち帰ること。そして、周辺の安危の確認。

 早い話、炭鉱のカナリアの役だ。

 

 現地の脅威がレイダーや土着コミュニティ程度ならば、大した問題ではない。

 しかし、第三次ララーリング半島戦争で惑星再生機構と戦ったアシュタロス皇国の野良無人兵器や、危険なミュータントが巣くっているなら、惑星再生機構の正規軍やブルーグリフォンの正面戦力が出張る必要がある(それはそれで、皇国を刺激する危険があるけれど)。

 

 ユーヒチは周辺を警戒しつつ、データーセンターだった瓦礫の山を小一時間ほどかけて調べて回り、参ったな、と他人事のように呟く。

「シンハ1よりアクチュアル。ダメだ。地下区画へ通じる階段やエレベーターシャフトは瓦礫の山に塞がれてる。換気口の類も見つからない」

 

『そう。地中レーダーとソナーで調べてみて。最適設置場所をHMDに転送するわ』

「了解。2、3。周辺警戒。4、5。地中調査の用意だ」

 ウォーロイド達が背中に担いだ大型バックパックを下ろし、調査機材を取り出す。

 

 トリシャが指示する位置に精密機材が詰まった杭を打ち込み、観測データを上空の空飛びシャチへ届ける送信機をセット。

 中々の重労働だが、ユーヒチはトリシャの指示に従って現場監督するだけだ。ウォーロイドは文句ひとつ言わず黙々と作業に従事し、人間をはるかに凌駕する膂力でテキパキとやるべきことを成していく。

 

 全ての準備が整い、瓦礫の山の下に電波と音波をぶち込んで反響の具合から地下の様子をマッピングしていく。

 

 多機能フルフェイスヘルメットのHMDに建物と周辺の地下マップが立体表示され、トリシャが進入路をマーキングした。

『同じブロックの北にある地下送電線の整備トンネルから、目標の地下施設へ入れそうね』

 

「分厚い鉄筋コンクリートの壁をぶち破れればな」

そんなことを可能とする機材は無い。爆破? 自分を埋葬しかねない。

『早合点しないの。整備トンネルの近くに下水道があるわ。これはデータセンターの排水パイプとつながってるの。そこから目標の地下施設へ侵入できる、はず』

 

「パイプ幅は? 俺とウォーロイドが通れるのか?」

『確認するわ』トリシャはパイプの直径と、ユーヒチとウォーロイドの体格を確認して『身一つならぎりぎり通れるくらいかな』

 

 ユーヒチは昔見た西暦時代の古典映画を思い出した。

 クライマックスで主人公が下水管を通って刑務所から脱走する作品だ。あの主人公は糞便に満ちた下水管を何百メートルも這い進んだが……その労苦の先に自由があると分かっていた。

 翻って、自分は何かの拍子で崩落して生き埋めになるかもしれないし、苦労しいしいに這い進んだ先に何があるか分からない。

 

 とはいえ……選択肢は他にない。

 ユーヒチはウォーロイド達を見回し、溜息を吐いた。

「不満を覚えないお前らが羨ましい」

 

    ○

 

 貴方は穴倉やパイプの中を這い進んだことがあるだろうか。

 真っ暗闇な閉鎖空間特有の圧迫感と恐怖感。湿っていて黴臭く息苦しい。鼠やゴキブリのクソだらけ。本能的な不安が決して消えない。

 もしも、そんな場所で進むも退くも叶わなくなったら?

 

 身動きの取れない空間で、飢えと渇きと孤独に狂い、後悔と絶望を思い知りながらゆっくりと死んでいくことになる。

 控えめに言って、最悪だ。

 

『アクチュアルよりシンハ1。地下に入ったら通信が難しいわ。通信の中継器を設置しておいて』

「いや……ここに滞空して半日経つだろ? そろそろ街の上空から離れて休息を取ってくれ」

 ユーヒチはトリシャの要請に否やを答える。

 

『あら。支援は要らないの?』どこか不満げなトリシャ。

「どれくらい時間を食うか、そもそも侵入できるかどうかすら怪しい。それに」

『それに?』

 トリシャが相槌を返せば。

 

「淑女にはティータイムが必要だろう?」

『貴方のそういうところ好きよ』トリシャは上品に喉を鳴らし『了解。一旦、街の上空から離れるわ。気を付けてね』

 

 マンホールをこじ開け、ひび割れて歪んだ昇降路に降りて排水路へ降り立つ。五眼式多機能フルフェイスヘルメットを操作して暗視モードへ。マギ波を増幅強化し、HMDに投影する。

 

 薄青色に映される暗黒の世界。ウォーロイドを先行させて前進開始。HMDに並行表示した立体マップに従い、真っ暗闇の都市洞窟を進んでいく。

 

 スキンブーツ越しに伝わってくる足元のぬめり。暗闇の冷気は溺れそうなほど濃密な湿気を伴っていて、レイヤードスキンを侵食しそうなカビと埃の臭いと腐臭と悪臭が漂っている。

 

 風化と劣化と周辺建物の倒壊のせいか、幾つかの場所で天井が崩落していた。この時点でもう嫌な予感しかしない。

 

『4より1。センサーに感。後方1893メートル、反応は23。感知数の誤差はプラマイナス4です』

 最後尾についたウォーロイドが女性的な機械音声で報告を寄こす。おそらくは鼠か虫けらがデカくなったミュータント。探索限界距離で捉えられる規模の群れ、という訳だ。

 

「5、4に代わって殿へつけ。距離300でフラッシュライト照射。ライトで止まらなかったら掃射を浴びせろ」

『了解しました』

 中口径汎用機関銃を持ったウォーロイドを最後尾へ回す。

 

 ウォーロイドは機関銃の安全装置を外し、機関部の排熱口を開けた。

 惑星再生機構の実包火器は基本的にケースレス弾薬だ。完全励起性装薬で弾体をコーティングしてある。金属薬莢を使わず従来の燃焼性火薬と違うため、一発当たりの弾薬を軽量/小型化できる。また、励起性装薬は燃焼性装薬のような煤が生じない。

 

 ただ励起時の発生熱エネルギーが火薬より高いため、銃身だけでなく機関部の排熱にも留意した素材と構造が必要だった。

 つまり、銃の単価が高い。弾は安く上がるが、銃は高くなった。痛し痒し。

 

『来ます』

 ユーヒチも視認する。

 中型犬くらいありそうなネズミの群れが、耳障りな鳴き声を上げながら殺到してくる。

 

 諸兄諸姉はデカい鼠と聞けば、ヌートリアかカピバラを想像するだろうか。

 が、迫りくるネズミは単純にドブネズミがデカくなったような見た目で、しかも暗闇に特化して突然変異した種らしく、双眸はほとんど退化しており、代わりに両耳と鼻が異様にデカい。つまり聴覚と嗅覚で食い物を探知して襲いかかってくる。

 

『脅威集団へ、フラッシュライト照射』

 高出力の照明を放つ。目が退化しているなら、光に弱いかもしれない。

 読み通り、照射を浴びた先頭集団は大きく怯んだ。が、後続集団に押されて結局強引に突っ込んでくる。なんともおぞましい。

 

『脅威集団、止まらず。発砲します』

 ウォーロイドは汎用機関銃を腰だめに構え、分間800発の連射速度で8ミリケースレス小銃弾をばら撒く。高回転2ストエンジン染みた発砲音が地下道につんざき、青緑色の励起反応光が地下道の暗闇を払拭する。

 

 突撃銃の弾頭よりも大きく重い中口径弾はネズミ共を文字通り、叩き切っていく。たちまち小さな肉塊と化すネズミ達。十数発に一発の割合で交じる曳光弾が闇の中を駆け抜け、地下道の床を糊塗する血肉を照らした。

 一連射数十発。追い払えればいい程度に思っていたが、一群が根絶やしになっていた。

 

『脅威集団、殲滅完了』

 掃射の反響が長く残る中、ウォーロイドが女性的な機械音声で告げた。

「前進再開」

 畜生の大量殺戮を終え、ユーヒチと戦争人形達は排水路を進む。

 簡単な戦闘からそう間が開かないうちに、背後の闇から鼠達の死体を貪る音色が聞こえてきた。

 

 そして――

 

 時間の感覚が把握し難い暗闇の閉鎖空間を進み続け、ようやっと目的の排水パイプを発見。

「……狭いな」

 ぼやきつつ、ユーヒチは偽装ポンチョを脱ぎ、バックパックを下ろしてポンチョと突撃銃をバックパックに突っ込む。そして、バックパックをパラコートで左足首に結ぶ。

 

 戦争人形達もユーヒチに倣って準備を整え、ユーヒチを先頭に排水パイプへ潜っていく。

 パイプが出入り口まできちんと通じているかも、そもそも出入り口があるのかも不明なまま、狭隘で窮屈なパイプを這い進む。

 はっきり言って狂気の沙汰だ。

 

 多機能フルフェイスヘルメットのエアクリーナエレメント越しにも、錆とカビと腐敗の悪臭が届く。限界まで体を伏せて芋虫のように這っても背中や肩が擦れる。

 

 ユーヒチは身長180センチ。体重こそ平均値だが、痩身と呼ぶほどひょろくない。まして、戦争人形達はユーヒチより縦にも横にも大きいから、本当にぎりぎりだった。

 

 名状し難き汚物の上を通り、奇怪なゴキブリや不気味なナメクジを体ですり潰し、漆黒の閉所を虫けらさながらに匍匐前進していると、ふと疑問が湧く。

 

 俺はなんでこんなことをしているんだろう。

 他に選択肢はなかったのだろうか。この仕事のことではない。生き方の選択だ。俺の人生はこの選択で良かったのだろうか。このままで良いのだろうか。この稼業は冒険的で刺激的だけれど、新しい生き方を考えてもいいのではないか。

 

 何一つ益のない無駄なことを考えながら、ユーヒチは戦闘人形を率いてひたすら進む。HMD上に浮かぶマップを頼りに黙々と這っていく。

 

 この苦行が永劫に続くような錯覚を抱き始めた頃。

 ゴールが見えた。

 

     ○

 

 単分子コーティングされたタクティカルナイフで金網を強引に切り裂き、レイヤードスキンのパワーアシストも駆使して無理やりこじ開けて、排水槽へ侵入する。

 暗闇続きだけれど、狭隘で閉鎖的な排水パイプに比べたら格段に広い。

 

 周囲を見回す。どうやら災害などで雨水が施設地下へ流入した際、サーバールームを雨水から護るための排水槽ならば、メンテナンスハッチがあるはず……

 

 あった。

 

 ウォーロイドのマッシブなパワーで頑強に固着したメンテナンスハッチを力づくで開放。

 ユーヒチがハッチから出てみれば。

 

 暗闇の空気が変わった。

 カビと埃に泥と腐った雨水の臭いは変わらないが、屎尿の臭いはない。つまり、この空間内に生物が侵入したことが無いか、生物が出入りしなくなって久しいということ。

 

 空間内大気の成分に異常はない。けれど、油断はできない。長期に渡って換気されていなかったのなら、何かしらの有害成分が介在していてもおかしくない。

 

 拾い上げたバックパックから突撃銃を抜き取り、バックパックを背負う。

 自身が中心に位置するようY字隊形を組み、地下施設内をマッピングしつつ進んでいく。

 

 まずはサーバー管理室を目指そう。

 目的のデータが眠るサーバーを特定しなければならないが、各サーバールームは強固な隔壁でそれぞれ封印されていて、システムが稼働していない以上、ハッキングして開けられない。

 

 それに、まだ生きたガードボットやセキュリティロイドがいるかもしれない。

 いずれにせよ、情報が要る。

 

 ウォーロイドを率いながら暗黒の地下施設内を探索し、ユーヒチは瓦礫で埋もれたエレベーターエントランスの前に、サーバー管理室と警備室を発見。

 

 警備室には白骨化した死体が複数。往時の大災害時に地下へ閉じ込められてしまった警備とシステムエンジニアらしい。エンジニアの死骸からIDカードを回収。

 

 適当な端末を弄ってみるが、うんともすんとも言わない。電気が来ていないのだから、当然と言えば当然だった。

 

 管理室の奥にある設備室を調べる。この手の施設は非常時に備えて必ず自前の非常用発電設備を備えているもの。ただまぁ動かなくなって久しい年代物の発電機だ。稼働するかどうかは分からないけれども。

 

「エネルギーの供給は……マギ・マテリアル式か」

 ユーヒチがヘルメットの中で小さく息を吐く脇で、ウォーロイドの一体が担いでいたバックパックを下ろし、中から工具一式と500ミリペットボトルサイズのマギ・マテリアルを取り出した。

 

 電池が進化の過程で高出力化と小型化を歩んだように、マギ・マテリアルも小型で高出力なものが開発されている。往時ならダンプカーの荷台一杯あった容量を、500ミリペットボトルサイズへ圧縮できるほどに。

 

 マギ・マテリアルにアダプターを装着し、発電機のマギ・マテリアル用ソケットへねじ込む。

 

 さて、どうか。

 ユーヒチが発電機のスイッチとブレーカーを入れる、と。

 

 発電機は永い眠りから目を覚まし、地下施設の非常灯が点った。とはいえ、まだサーバールームや隔壁にエネルギーは供給されない。サーバー管理室の端末から再起動プロトコルを踏む必要があり、それは現場要員のユーヒチには出来ない。

 

 ここからは魔女の出番だ。




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