ノヴォ・アスターテ:女神の箱庭。あるいは閉ざされた星   作:白煙モクスケ

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22:嫌な予感的中。

 密林の中にひっそりと軒を構えていた山荘が内に仕掛けられた爆薬や弾薬、燃料によって大爆発し、もうもうと黒煙を昇らせる。

 

 その様子をオルキナスⅣ級強行偵察艇から見届け、レーラは静かに滂沱の涙を流していた。

 ユーヒチは距離をとって感傷に浸るレーラを窺っていた。感情調整を解いていないため、兎娘を見つめる鬼灯色の瞳は酷く無機質で無情動。ホラー映画の殺人鬼の方がまだ人間らしい。

 レーラを窺いながら、ユーヒチは山荘を去る時のことを振り返る。

 

 ・・・

 

 ・・

 

 ・

 

「よし。ここから撤収する」

 脅威を排除し終え、ユーヒチはウォーロイド達へ山荘を発つと命じた。そこにレーラが待ったをかける。

「……待って」

「まだ何かあるのか?」

 

「あたしがこのままあんた達と一緒に発ったら、ここへはもう戻って来られないのよね?」

 レーラは真剣な顔で問い、ユーヒチは無機質に答えた。

「不可能ではないと思うが……一般論として、文明喪失圏(ヴォイド・エリア)に行くことは簡単じゃない。ここへ戻ることは限りなく難しいだろう」

 

「……この先もああいう連中がここにやってきて、いつかは中に残されたあたし達の物を奪って、此処に住み着くのよね?」

 レーラは苦悩を湛えて再び問い、ユーヒチは無情動に答える。

「その可能性は高いな。補給と維持整備が絶えたセントリーガンとUGVは補給が無ければ継戦能力を失う。哨戒線のセンサー網や罠網も同様に手入れが絶えれば、すぐに劣化する。いずれレイダーかスカベンジャーがここを見つけ、住み着く日が来るだろう」

 

 小さく頷き、レーラはゴーグルを額に挙げて、

「そんなのイヤよ。ここはあたし達の家。あたし達が見つけて、あたし達が直して、あたし達が暮らした家なんだ。どこかのカス共があたし達の家に住み着いて、姐さんや皆の部屋に暮らすなんて、絶対にイヤ」

 紅色の目でユーヒチを真っ直ぐ見つめる。切実な思いが宿る眼差しだった。

「ここを吹っ飛ばしたい。誰にも奪われないように」

 奪われるくらいなら自分の手で台無しにする。蛮地の人間らしい思考だった。

 

 ユーヒチはヘルメットのバイザーを上げ、鬼灯色の目でレーラを見据えて尋ねる。

「俺達と戻るんだな?」

 レーラはユーヒチの目を睨み返しながら頷いた。確かな決意と覚悟をこめて。

「ここに戻っても、もう誰もいない。他のスカベンジャーやレイダーの仲間になるなんてイヤだし、コミュニティの奴らに頭を下げて住まわせてもらうのもゴメンよ。なら、あんた達の世界でチャンスとやらを掴む方がマシ」

 

「その選択は君の人生を大きく変えると同時に、君が望む復讐を難しくもする。それでもいいのか?」

 念を押すようにユーヒチが質せば。

「姐さんは言ってた。どんなことにもやりようはあるって」

 麗しい美貌に魔女染みた悪意と殺意を湛え、レーラは宣誓するように告げた。

「いつかあんた達の首を獲る。必ず」

 

「君の選択と決断を尊重する」

 ユーヒチは控えめに口端を和らげ、ヘルメットのバイザーを閉じて、言った。

「ここから帰ろう」

 

 ・・・

 

 ・・

 

 ・

 

 ユーヒチが遠巻きにレーラの様子を窺っているところへ、ドワーフチックな赤毛娘シドニーが歩み寄り、囁くように尋ねる。

「随分と気に掛けてますけど、ひょっとして気があったりします?」

「そんな風に見えるのか?」ユーヒチが些か心外そうに答えれば。

 

「見えなくもないッス」シドニーはさらに声を潜めて「トリさんがヤキモチ焼いたら怖いなって」

「トリシャがヤキモチ? トリシャがそんな子供っぽいこと――」

 ユーヒチは笑い飛ばそうしたが、出来なかった。思わず真顔になり、次いで不安に駆られ。気づいた時には歩き出していた。

「トリシャのところへ行ってくる」

 

 シドニーはユーヒチの背中を見送り、うーむと呟く。

「付き合っても無いのに尻に敷かれることもあるンスね……男女の仲は奥深いっス」

 

 

 選抜強行偵察チーム『シンハ』が撤収してから二日後。

 惑星再生機構(ニューオーダー)の民間軍事会社ブルーグリフォンによる廃都市ラ・シャンテ市強襲作戦も終了した。

 彼らは押し込み強盗さながらに圧倒的戦力で街区を制圧し、廃墟の地下施設に埋没していたデータサーバーを根こそぎ回収し、街から引き揚げた。

 

 ラ・シャンテの土着コミュニティや巣を張っていたスカベンジャー、レイダーはただただ民間軍事会社の乱暴狼藉を遠巻きに窺うことしかできず。

 

 そして、ブルーグリフォンの部隊が去った後、ラ・シャンテはすぐにいつもの日常へ戻った。その日を生き延びることに必死な彼らは、考えない。

 

 宇宙時代文明を保持する列強勢力がその気になれば、自分達はいつでも踏み潰される程度の存在でしかないという事実を、考えない。

 

 明日のことは考えられても、明後日のことは分からない。そんな暮らしの中で、自分達の存在価値なんて考えても仕方ないのだから。

 

       ○

 

 ラ・シャンテ強襲作戦から数日後。

 地球アングロ・インド系の美麗な乙女トリシャ・パテルはブルーグリフォンのララーリング半島シン・スワトー支局の中央管理棟を訪ねていた。

 

 繊細な造作の細面の目元を眼帯(データバンデージ)で覆い、艶めかしい小麦肌の優美な肢体を、天然絹糸で織られた刺繡入りの紅いサリーで包んでいる。インナーのチョリとペチコートは黒で、紅いサリーとトリシャの美麗な体形を一層映えさせる。

 鴉の濡れ羽色の長い美髪へサリーと同色同細工のヴェールを被せていた。耳元や首元を上品なアクセサリで飾っているけれど、手首や指にアクセサリはない。

 

 トリシャは双眸と両手を情報端末操作のために機械化したデミサイボーグで、両手が手首の辺りまで可変する。その関係で指輪やブレスレットは付けられない。

 インド系民族衣装に身を包み、編み込みパンプスの踵をコツコツを鳴らしながら優雅に歩く姿はただただ美しい。

 

 そんなトリシャの隣を、ハイチューンドの美青年ユーヒチが護衛のように歩く。ブルーグリフォンの現場要員用の濃藍色ツナギではなく、上等なビジネススーツ姿だ。

 

 めかし込んだ2人の首元にはブルーグリフォンの社員証が下げられている。

 来客用エレベーターエントランスの前で待ちながら、ユーヒチは嫌そうにぼやく。

「……これまで部長より偉い人と会ったことないぞ。それがいきなり支局長と面談? 一体何がどうなってる」

 

「別に取って食われたりしないわよ」トリシャは典雅に喉を鳴らし「面倒な話を聞かされる可能性は高いけど」

「……やっぱりそういうことだろうなぁ」ユーヒチは小さく鼻息をつく。

 

 この中央管理棟の訪問は支局長から直々の指名だった。トリシャだけなら分かる。そもそもトリシャはトリプルA級ウィザードだ。お偉いさんから御指名で秘密の話を聞かされることもあろう。だが、優秀とはいえ、数いる現場要員の一人に過ぎない自分まで呼ばれる? 嫌な予感しかしない。

 

 来客用展望エレベーターが到着し、めかしこんだ美男美女は乗り込み、中央管理棟をぐんぐんと昇っていく。

 

 エレベーターの展望ガラスから『小規模植民地』とも言うべき、民間軍事会社の“領地”が見渡せた。

 大きな建造物が何棟も立ち、駐機場には飛翔艇や飛翔船が何隻も並ぶ。強化外骨格の隊列が行進し、重装人型機動兵器(ウォーメック)が巨大整備格納庫へ歩いていく。反応融合電池駆動の様々な自動車が敷地内道路を行き交い、訓練敷地でチューンドが汗を流し、サイボーグが動く。

 

 そして、広大な敷地の先にララーリング半島の海が見えた。蠢く碧空から注ぐ疑似太陽光を浴びてきらきらと煌めく水面が美しい。

 

 ユーヒチは悪鬼染みた大型兵器を眺めながら言った。

「一時期、ウォーメックのパイロットになりたかった」

 

「それ、日本製アニメの影響でしょ?」トリシャはくすくすと笑い「アレを見たオトコノコは皆人型ロボットが好きになるもの」

「否定はしない」ユーヒチも和やかに笑う。

 

 2人の間の雰囲気が弛緩した一瞬。

「あの兎娘をどうする気?」

 トリシャは眼帯で覆われた麗貌をユーヒチへ向ける。眼帯の奥に瞳は存在しないはずだけれど、確かな眼差しを――女性特有の探偵染みた目つきが感じられる。

 

「どうするも何も。お別れだろ」

「随分と気に掛けていたのに、素っ気ないのね」

 トリシャの試すような物言いに小さく溜息を吐き、ユーヒチはいくらか言葉を選びながら続けた。

「気に掛けてはいた。俺は……絆(ほだ)されたからな。目の前で愁嘆場を見せられて、罪悪感を覚えたわけじゃない。ただ、あの“家族”の愛情とか絆とかを見せられて、絆された。我ながら甘いとは思ってる」

 

「そんなことはどうでも良いの」

 電子の魔女はユーヒチの感傷的な言葉を大上段からばっさりと斬り捨てた。

 

「大事なことは、あの兎娘が貴方の趣味嗜好なのかって話」

 ずいっと身を寄せ、上品なサイズの胸をユーヒチへ押し付けて、たおやかな右手人差し指をユウゴの顎先へぴたりと触れた。

「ポッと現れたケモ娘に貴方を盗られたら……私、本当に魔女になっちゃうから」

 

 冗談めかした玲瓏な美声と自嘲的な微笑。しかし、刹那に放たれた峻烈な殺気と濃密な情念は、ハイチューンドのユーヒチの心胆を寒からしめるほど凄まじかった。

 

    ○

 

 エレベーターが最上階に到着し、2人は目的の部屋の前に到着した。

 2人はエントランスホールの受付嬢へ身分証を掲示しつつ、アポイントがあることを告げた。

 

 ユーヒチは極自然に観察し、思う。

 ……受付嬢は俺と同等かそれ以上のハイチューンド。机の下にはマシンピストル。ホール橋のソファにいる男はハイエンドサイボーグで腰に単分子ブレード。ソファ内に散弾銃かショートバレルのARが仕込んである。

 

 受付嬢へ廊下を進むよう言われ、ユーヒチはトリシャをエスコートしながら進む。

 廊下の屋根の複数個所にガンタレット。厳重警備だな。支局長ってのはそれほど危険な仕事なのか、それともパラノイア的人間不信なのか。興味深いな。

 

 目的の部屋の前で、男性と女性のハイエンドサイボーグ警備員がそれぞれトリシャとユーヒチを丁重に迎え、丁寧に身体チェック後、入室の許可を得てからドアを開けた。

 

 入室。室内に警備員はいない。

 ただ一人、黒肌黒髪のエルフ耳サイボーグ美少年(属性過多)が大きな執務机から、2人を迎えた。

 

「御足労だったね。支局長のアウグスト・ヴァン・ゾーンダイクだ。パティル嬢とは面識があるが……君とは初対面だな、ユーヒチ・ムナカタ君」

 最高級楽器のように華麗なボーイソプラノ。この声帯と調整だけでいくらするだろう。

 

「はい。選抜強行偵察員ユーヒチ・ムナカタです。支局長に名前を存じて頂いて光栄です」

 ユーヒチは最大の礼節を示し、挨拶する。見た目はエルフ美少年でも中身は惑星再生機構の大手民間軍事会社の大重役だ。なんなら媚びへつらったって良いくらい。

 

「優秀な選抜資格者にそう言って貰えると、私も嬉しい。さぁ掛けてくれ」

 黒肌黒髪のエルフ耳サイボーグ美少年アウグストは至極自然に手を振り、執務机前に用意されていた椅子を示す。

 

 ユーヒチとトリシャが礼儀正しく椅子に腰かけてから、アウグストは話しを始める。

「お茶が届くまで少し話そう。そうだな……君達が皇国系民兵拠点で遭遇した謎の金星系とスラブ系少女について、はどうかな?」

 

「御存じなので?」

 トリシャが真っ先に食いついた。手間暇をかけて回収したノーヴェンダー・インファタスの情報端末と手記から分かったことは多くない。無駄足に終わったと言い換えても良い。

 

 エルフ美少年サイボーグは微苦笑を浮かべ、

「期待させておいてなんだけれど、私も具体的な情報を持っているわけではないよ。ただこの件はNACCPが強い関心を抱いているようだ」

 

「NACCP?」

 聞きなれない単語に訝るユーヒチへ、トリシャが簡単に説明した。

「ノヴォ・アスターテ天象会議。ノヴォ・アスターテの宇宙世界復帰を目指し、天蓋膜のグレイグー化の原因究明と解決を研究している国際的非営利活動組織よ」

「そんな団体があったのか。全然知らなかった」素朴な調子で呟くユーヒチ。

 

「つまるところ、君が知らない程度の組織だ。彼らの理念と目的、熱意は評価に値するが、それだけとも言える。まぁ、グレイグー化した天蓋膜は解決の糸口すらない難題だからね。成果を挙げられずとも無理はないけれど」

 アウグストは人造の美貌を悲しげに曇らせた。どうやらNACCPという組織に同情的な理解があるらしい。

 

 もっとも、トリシャもユーヒチも“そんなこと”はどうでも良い。

「NACCPはあの金星系男とスラブ系少女がグレイグー・カタストロフィと関係があると見做している、そういうことでしょうか?」

「妥当な推測だ。が、推測の域を出ない。ただ金星系男性とスラブ系少女の正体を調査するうえでは、アプローチの一つになりえるだろう」

「ええ。たしかに」

 サイボーグ美少年の言葉にデミサイボーグの魔女は首肯する。

 

 会話に間が生じた瞬間、狙い澄ましたようにドアがノックされ、アウグストの許可と共に女性が姿を見せる。

 地球ヒスパニック系の豊満な美女は盆を持って入室し、まずトリシャとユーヒチへ紅茶の注がれたカップとソーサーを渡し、次いでアウグストの手元にカップを置き、去っていく。

 

 全員が紅茶を嗜み、茶葉についていくらかの雑談を交わした後、アウグストは本題に入った。

「先のラ・シャンテで実施した作戦は良好な成果を上げた。回収したデータサーバーからカタストロフィ以前の貴重な情報をいくつも入手できた。しかし、意外なことに最も興味深い成果は君達がスカベンジャーの拠点から回収した電脳だった。いや、これは本当に意外だった」

 

 ユーヒチとトリシャは互いに顔を見合わせ、理解した。

『大厄災遺産目録』に載っている貴重な電脳。その状態チェックとデータ解析はブルーグリフォンの技研へ委託したが……解析報告書をまだ受け取っていない。

 

 そして、その内容は解析を委託した自分達や、自分達の担当管理官であるマック・デッカーやその上司やさらにその上司ではなく、支局長のアウグストへ届けられたらしい。

 その結果がこの面談を生んだわけだ。

 

 アウグストはカップを口元に運んでから、トリシャとユーヒチを順に見る。

「これから君達に機密レベルの高い話をする。拒否権はない。他言したり情報を流出させたりしたら、死んでもらう」

 

 生殺与奪を握った発言。ユーヒチもトリシャも動揺したり狼狽えたりしない。殺し殺される商売で飯を食ってきたのだ。お偉いさんに名指しで呼ばれた時点で、こんな展開を予想していた。的中して欲しくはなかったけれど。

 

「素晴らしい」

 まったく動じない2人の反応に微笑み、アウグストは話を始めた。

「君達が回収した電脳の主は、ウィリアム・アンダーソンというノヴォ・アスターテ統合軍の大佐で、七星連合相手の連絡調整部に務めていた高官の一人だ。いわゆる背広組で生粋の軍人ではない。本巣は統一連合政府内務省、統合保安庁だ」

 

「悪名高き秘密警察ですね」

「その悪評は否定しないが……この星が一枚岩として結束するためには、彼らのような役割も必要だった、と言っておこう」

 トリシャの指摘にアウグストは微苦笑を浮かべ、続ける。

「アンダーソン大佐は行方不明(MIA)となっていたが、死んだものと見做されていた。なぜなら、彼はグレイグーが起きたあの日、グウェンドリンに乗っていたからね」

 

「ポエニカ小大陸の、あのグウェンドリンですか?」

 予期せぬ名前にユーヒチが思わず尋ね、アウグストは深く頷いた。

「そうだ。ポエニカの触れ得ざる女王グウェンドリンだ」

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