ノヴォ・アスターテ:女神の箱庭。あるいは閉ざされた星   作:白煙モクスケ

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32:透明な幽霊。

 晩秋と初秋の間にある季節の午後。時刻は昼間と夕方の狭間。蠢く碧空から注ぐ疑似陽光が徐々に失われていく。

 

 風に潮の香りが混じる第9大管区の水没地域に近いエンクルマ通り。サルベージ会社に資源買い取り業者や水中作業用機材を取り扱う業者が軒を並べている。

 いわゆる産業区だ。一般住宅や一般的な商店は無いに等しい。精々が従業員寮に産業地区で働く連中向けの雑貨店(コンビニ)があるくらい。飲み屋や風俗は別の通りに集まっている。

 

 夕暮れ――水没地域の閉門時間が近いためか、早上がりしたサルベージ屋がちらほら。

 水没地域管理事務所は朝6時から夕18時までしか地域内の活動を認めていない。夜間活動を許したら、バカ共が悪さしたり事件事故を起こすに決まっているからだ(概ね正しい)。

 

 サルベージ業は水上船艇に限定されており、管理所の船着き場に係留している。漁師が自宅と港を往来するように、会社と管理所を往来するわけだ。飛翔船? 持ち込み持ち出し荷物の検査が面倒だから許可されてない(絶対に密輸をやる奴が出てくるからだ)。

 

 そんな人々の意識が昼から夕に切り替わる間際。

「シンハ1よりマー・シンヒ。目標建物前に到着した」

 透明な幽霊がエンクルマ通りの一角に建つサルベージ会社『ジョニーズ・サルベージ』を窺っていた。

 

 数階建ての建物屋上から窺う『ジョニーズ・サルベージ』は侵入防止刃付きの高いコンクリ塀に囲まれ、建物駐車場を除いた敷地を満たすように特大サイズの箱型建物だった。作業場・倉庫・事務所その他を全て建物内に収めており、外からは窺えない。駐車場には従業員のものらしい、変哲の無い一般車両が数台停まっているが、社用車はなかった。水没地区からまだ帰ってきていないらしい。

 

「こちらが観測する限り、アクティブの警備システムは建物外壁にある監視カメラだけだ。パッシブは不明」

『了解。小さなお友達を送り込んで』

 魔女の玲瓏な美声に応え、透明な幽霊は背中に担いでいたバッグから週刊誌大のケースを取り出して開く。

 

 藪蚊大の小型斥候ドローン達がケースから飛び出し、『ジョニーズ・サルベージ』へ飛翔する。敷地周辺に展開し、換気口などから屋内へ侵入。リアルタイムで建物内の間取りを作成しながら索敵を始めた。

 

 透明な幽霊は五眼式多機能フルフェイスヘルメットのヘッドマウントディスプレイに表示される偵察情報へ目を通す。

 

 警備カメラなど設置されているが、警備会社のものではなく自前の警備システムらしい。まあ、そりゃそうだ。あそこが犯罪組織の拠点なら、出来る限り他人を入れたくあるまい。

 

 建物内事務所に男女3人。1人は違法改造サイボーグ。女はナイトクラブに居た女と同一人物。

 作業場には男1人。作業アンドロイドが3機で、いずれも違法改造で対人安全装置が解除されている。

 

 脅威の総数は7。人間はフルード・ボーイズとかいう半グレだかギャングだかのメンバー。銃を持っていると考えるべきだろう。

 

 幽霊は小型斥候ドローンがマッピング完了させたことを確認。

 コレル・ダンウッドが建物内に監禁されているとしたら、ドローンが侵入できなかった倉庫区画の一部場所か事務所奥の物置部屋と当たりをつけ、頭の中で段取りを組む。

 侵入口はトイレの小窓。窓枠サイズは通行可能。まず事務所を制圧。次いで作業場の制圧。

 

「シンハ1よりアクチュアル。オーダーコード、チェック」

『こちらアクチュアル。ブルー、ブルー、ブルー』

 クレオール系ハーフエルフが緊張した堅い声で作戦開始を告げた。

 

 命令一下、透明な幽霊は建物屋上を疾風のように助走し、迷うことなく跳躍。ハイチューニングで強化された身体と積層スキンスーツのパワーアシストは幽霊をコミックの超人のように高々と、そして長々と()ばす。侵入防止刃付きの高いコンクリ塀を易々と飛び越え、塀と建物のわずかな隙間にピタリと着地。

 

『お見事。10点満点をあげる』

 魔女の軽口が耳朶をくすぐり、無駄口を叩く魔女に御不満らしい生真面目なハーフエルフの鼻息が微かに聞こえた。

 

『シンハ1、侵入口へ向かう』

 声ではなく文字通信で告げ、幽霊は狭い隙間を音もなく進み、トイレの小窓の傍へ。

 

 斥候ドローンの寄越す情報では、トイレ内が無人状態で施錠はクレセント鍵のみで補助錠は無し。

 パウチから単分子コーティングされたツールナイフを取り出し、鍵の位置に合わせてガラスを切り取る。切断したガラスをトイレ内へ落とさないよう注意して外し、作った小穴から手を差し込んで開錠。

 

 幽霊はナイフをパウチへ収め、窓を開けてトイレ内に侵入。窓を閉じて切り落とした鍵の金具を拾ってから出入り口へ。ドアを微かに開ける。

 

 多機能ヘルメットの集音センサーが事務所で視聴中らしいスポーツ実況とスタジアムの歓声、それに男達の贔屓のチームへ捧げる応援と罵倒を拾う。

 

 ドローンが寄越す映像だと、女はスポーツに興味がないらしくタブレットで電子ファッション誌を読んでいた。

 作業場の方は、アンドロイド達がガラクタを分別しており、監督役を務める男がパイプ椅子に腰かけてスマートホン型端末でゲームをしている。

 

『アクチュアルよりシンハ1。この女を確保して。情報を得たい』

『他は?』

 地火混血のハーフエルフ娘の要請に、幽霊が文字通信で端的に問う。

 

 その短い言葉を読んだ時、ハーフエルフは思わず息を呑んだ。

 作戦開始前に“脅威”の扱いについては殺害を含めた状況判断をすると決められ、ハーフエルフも覚悟を決めていた。しかし、実際に決断を下す場面へ向き合った時のプレッシャーは、事前に備えた心構えを容易く消し飛ばしてしまう。

 無理もない。彼女はまだ人間を殺したことも、殺すよう命じたこともないのだから。

 

 歳若いハーフエルフは大きく深呼吸し、命令(オーダー)を告げる。酷く強張った声で。

『殺さずに無力化して。ただし……喫緊の場合は殺害も認める』

 

『了解』

 幽霊は無情動に応じ、腰から高性能減音器付きの45口径自動拳銃を抜いた。

 

 減音器と銃はナノ・セル被膜が施してあり、下部フレームに装着した機材でスーツの熱光学迷彩とシンクロ透過処理している。実包の弾倉を抜き、非殺傷弾頭に変更。スライドを引いて初弾を薬室に送り込む。

 

 音を立てずにトイレから廊下へ出て、そっとドアを閉めた。

 左手で腰から高伝導性の複合材で造られた電撃(ボルト)ナイフを抜き、逆手に握る。

 ナイフを握る弓手で馬手を支えるように拳銃を構え、素早く静かに廊下を進み、事務所ドアの傍でエントリー・スタンバイ。

 

 透明な幽霊は羽虫姿のドローンが寄越す映像で室内の様子を探りつつ、突入の機を窺う。脳内で突入後の動きを幾度も演習(シミュレーション)する。呼吸も心拍も完全に凪いでいる。さざ波どころか波紋一つ生じない。

 

 そして、

『ゴ―――――――――――――――――――ルッ!!』

『ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

「おっしゃあああああああああああああああああっ!!」

 ディスプレイから実況の雄叫びと観客の歓声がつんざき、室内で男達の喝采が上がった刹那。

 

 透明の幽霊は事務所ドアを押し開け、突入した。

 ディスプレイのスピーカーから歓喜の大波が押し寄せている中、幽霊はディスプレイ前に並べられたパイプに腰かけているサイボーグへ向けて疾風のように駆けながら、生身の3人へ迅速に拳銃を撃つ。

 

 発砲音は高性能減音器によって完全に押さえ込まれ、スライドやボルトの駆動音は大歓声の海嘯に呑み込まれた。

 3発の45口径ケースレス非殺傷弾が亜音速で飛翔し、初弾は吸い込まれるようにデスクで電子ファッション誌を読む女の眉間を捉え、次弾と3発目はディスプレイ前に並んで座る男達の後頭部の真ん中へそれぞれ着弾。脳に激甚な衝撃を浴び、生身の3人は状況を理解する間もなく失神昏倒する。

 

 違法改造サイボーグの男が振り返った時には、既に透明の幽霊が背後へ迫り、左手の刃渡り約20センチの刃を振り下ろしていた。

 超硬合金製ブレードがサイボーグ男の無防備な左肩へ深々と突き刺さる。切っ先が高強度外殻と増強した人造筋肉を貫き、人工血液で脳殻内に酸素とエネルギー物質を送る主要大動脈(メインパイプ)を両断した感触。同時に幽霊がナイフの柄にあるトリガーを握った。

 

 グリップ内のマギ・マテリアルが高伝導鋼製ブレードを通じ、サイボーグの体内へ高圧の大電流をぶちまける。破壊的な大電流がサイボーグの体内を駆け巡った。体内電子部品を焼き潰し、体内生体部品を熱収縮させ、人工血液を煮立て、生命維持制御系をショートさせ、電脳を生命保護モードにダウンさせる。

 

 幽霊は無力化したサイボーグからナイフを引き抜き、流れるように作業場へ向かう。

 拳銃の弾倉を抜いてダンプパウチに突っ込み、流れるようにパウチから実包の弾倉を取り出して装填。スライドを引いて薬室内の非殺傷弾を排出しつつ実包を薬室へセット。宙を踊る非殺傷弾を、ナイフを握ったままの左手で器用に掴み取りながら、作業場へ通じる別のドアへ向かって素早く移動。

 

 作業場のアンドロイド3機と監督係の男はまだ事務所の異変に気づいていない。

 

 ドアを押し開け、幽霊は椅子に腰かけて通信端末のゲームをしている監督係へ向かって疾駆しながら、アンドロイド達をテンポよく銃撃。

 

 45口径高貫徹亜音速弾。弾頭直径11・5ミリのこの拳銃弾は、減音器の消音性を高めるため弾速が遅い。そして、低い速度エネルギーを補うために弾芯に高密比重芯材を用いており、クラス2防弾プレート相当の外殻を持つサイボーグやウォーロイドを貫徹・破壊できるという評価を得ている。

 

 その評価は正しかった。

 3機のアンドロイドは回避する間もなく頭を精密に打ち砕かれ、体幹中央――動力系ユニットを精確に撃ち抜かれ、破片と循環液をまき散らしながら作業場の床へ崩れ落ちていく。

 

 監督係の男が何事かと吃驚を上げながら椅子から腰を浮かせたと同時に、透明の幽霊が肉薄。男は眼前の脅威に気付くことなく、ナイフの柄頭を顎に叩き込まれた。バキンと顎が砕け、ぷるんと脳が揺れ、ぐるんと白目を剥き、監督係の男はアンドロイド達と同じく床へ倒れた。

 

 屋内の全脅威が『無力化』された。

 

 事務所のドアを開けてから壁時計の秒針はまだ半周もしていない。

 ふぅ、と五眼式多機能フルフェイスヘルメットの中で小さく息を吐き、幽霊は淡々と告げる。

「制圧完了」

 

      ○

 

『突入開始から全目標の無力化まで21秒。寄生型反応(パラサイト・)支援機構(イージス)と心理調整無しと考えたら、良いタイムじゃない?』

 両目と両手をスーパーグレード端末に直結したトリシャが、くすくすと微笑む。まるでスポーツでも観戦したような感想だった。

 

『素人相手に20秒切れなかった。訓練(ドリル)教官(サージャント)に知られたら腕立て伏せだ』

 ユーヒチが光学迷彩を解かず姿を消したまま、失神昏倒した男女4人を頑健無比な結束バンドで拘束し、軽口を叩く。まるでゲームのタイムアタックに失敗したような言い草だった。

 

 ヘッドセットを装着して端末に向き合うアンリエットは、ただただ紺色の目を見開き、絶句していた。

 

『特殊部隊用の熱光学迷彩とスキンスーツを使わせてほしい』というユーヒチの要望。

『彼の実力をその目で確認する良い機会よ、マネージャー』というトリシャの横車。

 管理官ルッソに助力を頼み、アンリエットは首都近郊にある軍総司令部装備監理局から半ば強奪するように特殊部隊用の高性能熱光学迷彩とスキンスーツを持ってきたが……仮に無くても、ユーヒチ・ムナカタは難なくこの建物を制圧したに違いなかった。

 

 不意に体が震え、アンリエットは息を呑む。

 自分の許に居る魔女と首狩人の恐ろしいまでの実力を肌で実感し、体験として理解した。本当の意味で正しい価値を知った。

 この2人の上に立つことに凄まじいまでの不安と重圧を覚える。

 この2人を部下として扱えることに興奮と期待を抱く。

 

 そして、疑問も生じる。

 シビアな人生を送ってきたアンリエットは本質的に悲観論者だ。幸運を信じない。

 ――新米の私にどうしてこの2人が委ねられたの? この2人の実力にもっと相応しいベテランが担当しなかったのはなぜ?

 

『脅威を排除したからって気を抜かないの。肝心の人質がまだ見つかってないわ。集中して』

 トリシャの冷徹な美声が鼓膜を叩き、アンリエットはハッと我に返る。

「ごめんなさい」素直に詫び、現場へ指示を出す。「アクチュアルよりシンハ1、建物内を捜索して」

 

『お待ち』トリシャが口を挟む。『捜索へ取り掛かる前に事務所の管理端末へ枝を付けて。そこの端末、独立閉鎖系で外から触れられないの。枝をつけてくれれば警備システムを切れるし、シンハ1が建物を捜索している間にデータを探れるわ』

 

 なるほど、とアンリエットは納得し「シンハ1、マー・シンヒの通りに」

『了解』

 ユーヒチが建物内の人間を拘束し終え、事務所の端末へUSB型無線通信機を接続。直後、トリシャが『ジョニーズ・サルベージ』社の管理端末を掌握した。監視カメラなど警備システムを切り、データを洗い始める。

 

『警備システムを切ったわ。熱光学迷彩を解いて大丈夫よ』

『了解』

 ユーヒチが熱光学迷彩を切り、透明化が解かれて姿を現す。

 ダークの五眼式多機能フルフェイスヘルメットに積層スキンスーツ。チェストリグを巻き、背中にハイドロバッグみたいな熱光学迷彩システムが装着され、ヘルメットとスーツに接続されていた。

 

 ユーヒチの主観映像が事務所奥にある物置部屋のドアを開ける。

 事務用品やら雑用品やら日用品やら非常食やら。コレル・ダンウッドの姿はない。間取り図と見比べながら壁や床を調べてみるも隠し扉、隠し戸の類は無し。見つかったのは隠匿していた拳銃や短機関銃、散弾銃と弾薬。それに金や書類を収める小型の据え置き金庫だけ。

 

『物置部屋は外れだ。倉庫を当たる』

 ユーヒチは事務所を出て作業場を通り、倉庫へ。広い倉庫を単独捜索は時間が掛かり過ぎるため、羽虫のような小型偵察ドローン達も集まって倉庫内を探し回る。

 

 売却予定らしい、水没地域内から違法回収した遺棄物品や違法採取した資源物。

 合成麻薬の原料にトリップ・ナノマシンの原料部品。逆に製造された合成麻薬やトリップ・ナノマシンなどの“商品”。おそらく水没地区内の拠点に『製造工場(ラボ)』があるのだろう。

 

 そして――ガラクタと仕切り板で偽装設置された隠しスペース。中には小汚い古毛布とバケツ、床には鎖を固定するボルトがいくつか打ち込んであり、壁には引っ搔いたような生々しい跡。それに、髪の毛や爪、古い血痕。

 クズ共が人身売買の“商品”を保管したり、性的搾取・虐待したりする“玩具”の檻だ。

 

 ユーヒチから届く映像を目の当たりにし、アンリエットは若者らしい正義感と女性的義憤を強く刺激され、怒りの熱が込み上がってくる。

 けれど、本命の捜索対象コレル・ダンウッドの姿はない。

 

『事前情報より悪辣な手合いだな』

 ユーヒチがボルトの一つに真新しい使用痕――拘束鎖が擦れた跡を見つめながら告げる。無機質な声。しかし、そこにはこの非道に対する抑えがたい憤りが確かにあった。

 

『既に移送されたようだ。管理端末(そっち)はどうだ?』

『裏帳簿と取引のやり取りがあったわ。でも、コレル・ダンウッドや水没地域内の拠点に関する具体的な記録はない。生け捕りした連中を尋問するしかなさそうね』

『尋問は構わないが……水没地域に出向いてた連中がそろそろ戻ってくる頃じゃないか?』

『そうね。なら、その連中を待ち伏せして無力化してからやりましょう。残りの連中は管理所の入場記録を確認した限りだと、拉致誘拐に関わった3人と他2人。アンドロイドが4機よ』

『迅速に片付けるにはウォーロイドが欲しいな』

『本部施設から特急で配達させるわ。せっかくララーリング半島から持ち帰ってきたんだから、使わないとね』

 

 どんどん話を進めていく2人へ、アンリエットが慌てて口を挟む。

「勝手に段取りを組まないで。何をするにしても上へ報告してからよ」

『なら、急ぐことね。ちんたらしてたら向こうが帰ってきちゃうわよ』

 冷ややかに告げる魔女に負けん気が刺激され、アンリエットは下唇を噛みつつも管理官ルッソへ緊急連絡を入れた。

 

      ○

 

 疑似陽光の夕焼けが夜色に塗り潰されていく。

 街頭や看板灯に明かりが点り、道行く自動車がヘッドランプを点す。仕事が終わった人々が帰路に着き、夜勤の者達が出勤の支度を始め、腹ペコ達が飲食店やコンビニに足を運ぶ。

 

 そんな平凡な日常の光景の中。『ジョニーズ・サルベージ』社の自動正面ゲートが開かれ、2台の2トントラックが大きな建物内に入っていく。荷台には水没地域から回収された様々なガラクタや資源ゴミが満載されていた。

 

 2台のトラックが停車し、男達が降り立つ。完全サイボーグが2人。生身が3人。年齢層は40代から20代前半まで。人種は全員が地球系だけれど、肌の色は白かったり黒かったり黄色だったり茶だったり、と多様性的だ。

 

 朝から今の今まで水没地区で“働いていた”彼らは疲れ切っており、荷下ろしを会社に詰めていた者達とアンドロイドに委ねる。いつもなら。

 

「?」最年長の四十男が眉根を寄せて「エイブリー! ビンプ! ダミアンッ! カトーッ! どこにいるっ! さっさとここに来て荷下ろししやがれっ!」

 しかし、今日は社に詰めているボンクラ共が出てこない。怒声を張っても反応がない。それどころか――

 

「ジョニー。アンドロイドすら出てこねえぞ? どうなってんだ?」

 オーストラロイドの大男が怪訝そうに眉根を寄せた。

「まだ事務所で試合見てんじゃないスか?」

 若い韓国系青年がスポーツ中継の音が漏れ聞こえてくる事務所を指差した。硝子戸の先に椅子に腰かけ、壁の大型ディスプレイを視聴する連中の背中が見えた。

 

「ふざけやがってっ!」

 ジョニーと呼ばれた40代のアメリカ南部系(ディープサウシー)男は苛立ちと憤懣をぶちまける。

「こっちゃあくたくたンなるまで水浸しの廃墟ン中を漁ってきたってのに、テメェらは玉蹴り遊び夢中だぁっ!? ざっけんじゃねえっ!!」

 

 事務所へ向かって歩きながら、鞭の代わりにすべくズボンのベルトを抜いた。

 ジョニーは男根主義的教育法の熱烈な支持者だ。父からベルトで打たれて育ち、父から学んだように妻子をベルトで打って躾してきた(で、家庭内暴力と傷害で逮捕収監され、妻子に逃げられた)。

 

「クソバカ共、今日という今日はきっちり“教育”してやるっ!!」

 憤慨するジョニーが乱暴に事務所のドアを開け、事務所内に踏み込む。

 

 直後、ジョニーは顎先へ激烈な衝撃を食らった。“とても強く”揺さぶられた脳は痛覚の信号を受け取れず、意識をシャットダウンし始めた。

 腰を抜かすように床へ崩れ落ちる間際。ジョニーの暗く塗り潰されていく視界に映る。

 トラックの近くにいた部下達がどこからか放たれた非殺傷制圧弾の斉射を受け、悲鳴を上げる間もなく昏倒する様が。

 

 そして、ジョニーは完全に失神する寸前、虚空から突然姿を現した幽霊の声を聴いた。

「全脅威の制圧完了」




Tips
 シンハ、マー・シンヒ。
 共にサンスクリット語で獅子、母獅子の意味。
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