ノヴォ・アスターテ:女神の箱庭。あるいは閉ざされた星   作:白煙モクスケ

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35:熱烈な人々

 黙示録的な災害と混沌を経験したノヴォ・アスターテにおいて、宗教を“熱烈に”尊ぶ者達は時に“極端な方向”へ突っ走り、やらかす。

 たとえば、『グロテスク描写しか取り柄の無いスラッシャー映画』みたいなこととか。

 

      ○

 

「『Worship Dagon!』ダゴンを崇めよ、か」

 ユーヒチは血で壁に書き殴られた文言から目線を外し、首無し死体を積み上げた櫓と大量の血で描かれた魔法陣を見回し、心底うんざりしたように吐き捨てる。

「この手の連中はどうしてこういう真似が好きなんだろうな」

 

 歳若くもユーヒチは経験豊富な現場要員であるから、常人ならば恐れ慄きトラウマを刻まれるような光景を目の当たりにしても、正気値が下がったりしない。が、人間に対する信頼性は確実に磨り減る。

 

『そんなことぼやいてると、”また”心理分析官に長編小説染みたレポートを読まされるわよ』

『今は“迷子(キティ)”の捜索中よ。集中して』

 首狩人のぼやきに魔女が軽口を叩いたところへ、ハーフエルフ娘の叱咤が飛ぶ。

 

「そうだった」

 気を取り直し、ユーヒチは先進的技術製の戦乙女達と共にフロア内を捜索する。

 下っ端連中は大部屋にひとまとめにされ、幹部達に個室が与えられ、頭目の部屋はひときわ広い。分かり易い階級的待遇差。整理整頓がまったく行き届いてないチンピラ共の生活空間は、襲撃者達の家探しでさらに荒らされており、何がゴミで何が私物か分かり難い。

 

「ホール内の死体に女性は混じっていなかった。生きているとなると――」

 食料や飲料の備蓄庫も空。銃器類が修められていたらしい武器庫も空。頭目の部屋にあった金庫も空。通信端末や情報機器の類も見つからない。

 

 ひと際堅牢な部屋――いや、攫ってきた女達を監禁する部屋を見つけた。しかし、予想した通り、救出対象のコレル・ダンウッドも女性達の姿もない。

 

 さほど広くない部屋は陰鬱な臭気が払い難いほど強く深く染みついていた。格子で硬く封じられた窓。寒々しいコンクリ壁。数枚の粗末なマットレスと小汚い毛布。家探しで引き倒された棚などから女性物の衣類や化粧品が散乱していて、コンクリ壁には家探しする際に付いたらしい新しい傷がいくつも走っている。

 そんなコンクリ壁の床傍の辺りに、女達が描いたらしい化粧品やペンで故郷や家族らしき絵があった。

 

 そして、ひっくり返された棚の裏には殴り書きがあった。何年も前のものから数日前の新しいものまで、いくつも。

『家に帰りたい』『家族に会いたい』『ママの言う通りだった。ママ、ごめんなさい、ごめんなさい』『神様どうかお救いください』など女達の悲愴な叫びと、幾人もの名前が並ぶ。

 それは何もかも奪われ性処理玩具にまで貶められた女達が遺した、人間の証。

 

 ユーヒチは屈みこみ、一番新しい殴り書きに触れた。まだ生乾きだった。鬼灯色の瞳は微動にしない。呼吸も心拍も脳波も決して乱れない。

「あのクズ共を殺せなくて残念だ」

 それでも無機質な声に確かな怒りが宿っていた。

 

『……シンハ1。任務はまだ継続中よ。救出対象コレル・ダウンウッドと拉致被害女性達を連れ去った襲撃者達を追跡、彼女達を必ず無事に救い出すの』

 アンリエットの声は酷く強張っていた。カルトの不快極まる戯れを見た後に、この許し難い監禁部屋だ。若い地火混血娘(ハーフエルフ)が感情を揺さぶられても仕方ない。

 

「そうだな」ユーヒチは蛙面ヘルメットの中で小さく息を吐き、ふと壁の真新しい傷に目を止めた。

『どうしたの?』

「何かある」

 打ちっぱなしの鉄筋コンクリートを深々と抉る爪撃痕へ指を突っ込み、ユーヒチは“何か”を掴み取った。鋭く尖ったそれは。

 

「ブレード、いや痕跡からみてクローの切っ先か。鉄筋にぶつかって欠けたらしい。複合セラミックみたいだな」

『それ、フォボシアン・セラミックスよ。『大厄災遺産目録』に載ってる一つ。火星の衛星フォボス特産無機物を使って合成製造するものだから、カタストロフィ以降は造れないの』

『ほう』とユーヒチは感嘆をこぼして「見ただけで分かるのか。凄いな」

『流石に見ただけじゃ分からないわよ。貴方の主観映像から破断面を拡大分析したの。特徴的な構成してるからすぐ判明したわ』トリシャは種明かしをしつつ『おそらく水没地域内で回収した材料から削り出したのね。そういうことなら』

 

『マー・シンヒ。この大量のログは何だ? 何を調べている?』ディスプレイに映る作業画面に困惑するアンリエット。

『そこの死体(ゴミ)の山にサイボーグの亡骸(ゴミ)も交っていたでしょう? 持ち去られた頭の脳殻がセーフモードなら、救難信号が発信されているはずだけれど捕捉できてない。セーフモードを搭載してない違法脳殻か、脳殻を遮断ボックスに詰めてるんでしょうね。だから理屈で追跡する』

 小麦肌の魔女はロジックパズルを解くように襲撃者達の足取りを絞り込んでいく。

 

『フラッド・ボーイズ』の拠点から持ち去られた物資量の推定値、救出対象コレル・ダンウッド+拉致被害女性5名+死体を確認できなかったフラッド・ボーイズの頭目、襲撃者達の推定人数から、移送手段を舟艇と推測。

 

 積載量から舟艇のサイズを割り出したうえで、 水没地域の地図から此処『フラッド・ボーイズ』の拠点周辺を拡大切り取り、水没地域管理所の監視システムと哨戒巡視コースの捕捉範囲を地図から削ぎ落とし、残った地図内で推定舟艇が航行可能ルートを絞り込む。

 

 判明したルートは7本。

 そこへ『ジョニーズ・サルベージ』のチンピラ共から搾り取った情報と、空中から捕捉している現在活動中の密漁盗掘者達の船舶など位置を擦り合わせ、さらにルートを絞る。密漁盗掘者達も悪魔崇拝染みた真似をする連中と関わり合いになりたくないはずだから、畢竟、密漁盗掘者達の近づかないルートと地域が浮かび上がる。

 

 そして、襲撃発生から現在までの時間経過――襲撃・移送・潜伏を考慮し、襲撃者達が向かっただろう場所は、かつてマーシュ通りと言われた辺り。

 ここでカタストロフィ以前の第9大管区の建築物情報を洗い、ユーヒチが発見したフォボシアン・セラミックス材が用いられていた建物を特定した。

 

『ここが襲撃者の拠点よ』

『その推論の確度は? ここで外せば、救出対象(キティ)や拉致被害者も不味いことになる』

 アンリエットが難しい顔を浮かべて慎重に問う。

 当然の指摘だろう。ここで選択と判断を誤れば、取り返しがつかない。猟奇性癖のカルト共が若い女性をどう扱うかなんて、火を見るよりも明らかだ。

 

『数字は問題じゃないわ。重要なのは、この追跡案を採用するかどうか。それが貴女の務めよ』

 魔女の挑発的な物言いに、ハーフエルフ娘は唇を噛んで端正な美貌を歪める。

 

 ユーヒチはヘルメットの中で密やかに嘆息を吐き、助け舟を出すように告げた。

「大丈夫だ、アクチュアル。マー・シンヒの推測通りで間違いない」

 

『根拠は?』

 疑いの念を隠そうともしない声音に眉を下げつつ、ユーヒチは答えた。

「通りの名前はマーシュ。で、建物はネオバロック様式で名前はケトゥルトープ・ホテル。ここだよ。ここで間違いない」

 

 全部、クトゥルフ神話に登場するダゴン絡みの物語に出てくる名称と同じ。であれば、自分の妄想を通して世界を見るカルト共は無視できない。運命的なもの(馬鹿馬鹿しいことこの上ない)を感じ、自分達のしょうもない世界観と“物語”に組み込む。

 それがカルトという連中の習性だから。

 

『随分とクトゥルフに詳しいんだな』

 不満混じりのアンリエットへ、ユーヒチはぼやくように答えた。

「好きで詳しくなったんじゃない。クトゥルフ・カルトは蛮地でも人気なんだよ。特にイカレた奴らに」

 

 アンリエットは眉根を寄せ、眉間に深い皺を刻んで沈思黙考し、

『――分かった』

 決断した。

『屋上へ飛空艇(アシ)を回すわ。すぐに向かって』

 

     ○

 

 ケトゥルトープ・ホテルはカントリーハウス染みたネオバロック様式の石造建物で、5階建ての荘厳で豪華な高級ホテル、だった。少なくともこの星が壊れるあの日まで。

 

 空が蠢く碧に染まったあの日。グレイグー化した天蓋膜に船体を破壊された宇宙船や汚染性降下物を浴びて損傷した飛翔船と航空機の群れが次々と内海に墜落した。巨大な内海にすれば小石が落ちた程度の出来事。しかし、大量の船や飛行機が墜落し、重力制御機関や推進機関が暴走爆発した乗算効果は内海に強烈な振動波を生じさせ、大津波を引き起こした。

 内海一円を襲い、統一連合政府首都カルニオンの沿岸部大管区に大損害をもたらすほどの、大津波を。

 

 そして、大厄災から数世代の月日が流れた今。

 ケトゥルトープ・ホテルは周辺建物と共に内海へ半身浴している。白亜の外壁は堆積した埃と積み重なった水垢でどす黒く汚れ、経年劣化で一部の外壁や屋根が崩落していた。その姿はさながら水面に浮かぶ幽霊(ホーンテッド・)城(マンション)のようだ。

 

 そんなケトゥルトープ・ホテルへ熱光学迷彩装備の特殊飛翔艇が近づいていく。雲状光帯が煌めく真夜中。廃墟群の中に響く海嘯と水音。

 

 ユーヒチは蛙面ヘルメットのバイザーを上げ、船窓から不気味な幽霊城を見下ろし、思う。

 ホラー映画やゲームなら怪物の巣だろうな。

 

 詮無いことを考えながら、カルト達が巣くう廃城を窺う。玄関ホールを有する中央棟と客室を備えた右棟、各種施設を備えた左棟の左右対称構造。よく見れば、玄関ホール一帯の窓は板や布で堅牢に封じられていた。右棟の裏手外壁に大穴が空いている。

 

「察するに……右棟がドックになってるっぽいな」ユーヒチはペットボトルを呷り「屋内を窺えるか?」

『分からないわ。特殊飛翔艇(その船)の捜索追尾系は弱すぎる』と不満げなトリシャ。

 

 カメレオン・ポーコイスはあくまで隠密性重視の特殊小型飛翔艇であり、ララーリング半島で乗り回していたオルキナス級強行偵察用飛翔艇ほど強力な索敵系を積んでいない。

 

「出たとこ勝負か」

 ユーヒチはペットボトルを飲み干し、ヘルメットのバイザーを下ろした。空のペットボトルを船員に渡して内線へ告げた。

「左棟の屋上へ下ろしてくれ」

 

 リクエストに応え、小型飛翔艇が滑らかに幽霊城の左棟屋上へ降下。蛙面の首狩人と戦争人形達、タランチュラ型無人機達が屋上に飛び降りる。

 

 数世代分の堆積した埃は土と化しており、雑草を繁茂させていた。雨水排出口は詰まり、慢性的な水溜まりがちらほら。屋上出入り口には向かわず、屋上南側に空いた大穴へ近づき、そっと下の階を覗く。

 

 日光浴でもしているのか、数脚の椅子とテーブルが置かれている。日当たりの良いところにはプランターがいくつも並べられ、家庭菜園染みたものが設けられていた。不気味な幽霊城になんとも不似合いな生活の一面。

 

『無人機は中央棟と右棟、左棟にそれぞれ先行させるわ』

 トリシャの言葉が届くが早いか、イエネコ大の絡繰りタランチュラ達が幽霊城内へ展開していく。

 

 ユーヒチも手信号で戦争人形達へ指示を出す。ファーストペンギンとして1番機が飛び降り、周辺警戒。続いて最大火力の3番機が降下し、ユーヒチも続く。最後に2番機が侵入した。

 

 屋根に大穴が空いているフロア内は野菜のプランターが並び、大穴から流入する雨水対策に導水設備まで設けられていた。日光浴用のテーブルや椅子も年季が入っているけれど、よく磨かれている。何より、経年劣化の荒れはあれど整理整頓自体がしっかり行き届いていた。

 

 先ほど侵入したチンピラ共の巣とは大違いだ。

 屋内に漂う空気の質も、全く違う。クズ共の反道徳的不快感とは一線を画す、粘りつく不穏な雰囲気は瘴気や妖気と表しても良いだろう。

 

 先行するタランチュラ型UGVの寄越す映像にカルト共の姿はまったくない。救出対象と被害者女性達の発見報告はまだない、が。

 中央棟と左右棟の内部状況が分かった。

 

 自分達がいる左棟はカルト内の公共施設のようなものらしい。食堂、キッチン、物資保管庫、何かの作業場等々、どこも整理整頓と清掃が行き届いていた。もちろん廃墟らしく経年劣化や損傷などの荒廃はあるが、修繕の努力が見られる。何より、チンピラ共の巣穴と違ってゴミやガラクタの類はなかった。灯りの絶えた廊下にしても、足音を響かせないためのカーペット敷きは真っ黒に汚れているけれど、壁に落書きもない。

 

 一方で、宿泊客室が並ぶ右棟はカルト達が私室として使用しているようで、スラムの最底辺集合団地並みに荒廃していた。廊下の壁には様々な落書き――主に宗教関連の戯言、奇怪な図形が書き殴られ、廊下にはガラクタや建材片が散乱している。廊下のあちこちに照明としてカンテラ型蓄光灯が置かれていた。それに水没階や冠水階の壁や天井をぶち抜いてドックを設けてあり、サルベージ業者か何かから強奪したらしい舟艇が係留してある。

 

 ここまではまさしく秘密基地といった具合だ。

 然して、最後の中央棟は――このケトゥルトープ・ホテルがカルトの巣窟である証左となっていた。

 

 タランチュラ型UGVが寄越す中央棟の映像は、実にホラー映画チックで実にイカレている。

 そこかしこに置かれたカンテラが照らす吹き抜けの正面ホールは完全に水没しており、二階部へ通じる双子階段の間に瓦礫と廃材で水上舞台が築かれ、祭壇が設けられていた。

 

 フォボシアン・セラミックスのタイルや建材で造られた祭壇卓の先、水上舞台の先端に魚や人間の骨と皮と鱗で造られた冒涜的な御神体(オベリスク)が建つ。

 

 祭壇卓前に立ち、オベリスクに向き合う“教祖”。傍らに立つ完全サイボーグの侍者達。吹き抜けホールの回遊廊下に跪いて並ぶ数十人の信徒達。それに、水上舞台袖で怯え慄く若い女性達と小太りの中年チンピラ――フラッド・ボーイズの頭目。

 

 信徒達は全員がここらの水中に生息する大型魚――歯を生やしたナマズや四つ目コイの頭を被り、男達も少数の女達も全裸で体に不気味な幾何学的紋様を描いていた。中には肌に鱗を貼り付けたり縫い付けたりしている者までいる。

 

 彼ら信徒達の視線を集める舞台上の完全サイボーグ達もやはり裸で、腕にブレードやクローを装着したり、防弾プレートを直付けするなど違法改造した歪で奇怪な義体に紋様を描き、魚の頭を被っていた。

 

 ナマズの頭を被った教祖は完全サイボーグで、でっぷりとした体躯を様々な鱗と魚の骨で飾り、左右サイズ違いの乳房と棍棒みたいな陰茎をぶら下げていた。どうやら半陰半陽の身体を持つことで男女を超越した存在だと言いたいらしい。

 

「―――――ッ! ―――――――っ! ―――――っ! ―――ッ!」

 教祖は聞き取り不能な得体のしれない祈祷を捧げながら、祭壇卓に置かれた大皿から時折、何かを取り上げ、正面ホールを満たす水面へ投げ込む。ぼちゃんと何かが水面へ落ちる度、水中にいる肉食魚達が水面で激しく暴れる。

 

 UGVがカメラをズームし、大皿に積み上げられた何かを映し出す。

 人間の頭だった。おそらくフラッド・ボーイズの構成員達の。

 

『――なんておぞましい』

 アンリエットが呻くように吐き捨てた。彼女の言葉は今、この映像を見ている者達の総意だろう。SIWG本部の管理官アンディ・ルッソやサポートチームに情報本部のお偉方。全員がこの光景に対し、自分達の善悪正邪の価値観では断じて許容できない『邪悪』を感じ取っている。

 

 例外は魔女と首狩人だけだ。

『屋内の全員がホールに集結してるわ。今なら自由に動けるわよ』

 魔女はどこまでも客観的に作戦へ向き合い、

「サイボーグ以外は非武装だ。蹴散らして救出対象(キティ)と被害者女性達の救出は難しくないな。連中が彼女達を集魚撒き餌(コマセ)にする前に動こう」

 首狩人は無機質に仕事を進める。女体型戦争人形達を連れ、菜園フロアから廊下へ出る。“礼拝堂”へ向かいながら段取りを組んでいく。

 

「狙撃でサイボーグ達を始末し、催涙ガスで狂人共を混乱させる。そこへ便乗してキティと女性達を救出し、屋上へ移動。飛翔艇で撤収だ。もちろん、皆殺しにして悠々と帰還しても良いが」

『無用よ』新米指揮官は緊張した声でベテランの物騒な提案を却下し『凶悪で残忍なカルト集団は確かに問題だけれど、キティと被害者女性達を救出できれば良い。それから……この作戦はあくまでキティが目的。女性達は“オマケ”。そこはきちんと弁えて』

 アンリエットはそう語りながらも納得してない口振りだった。

 

 スレていない青臭さと言ってしまえばそれまでだけれど、酷く『邪悪』なものを見せられている今、アンリエットの不器用な正義感は好ましい。

 ユーヒチは真っ暗な左棟の廊下を音もなく進みながら、言った。

「ハッピーエンドになるよう努める」




どうでもいいTips
作中世界における宗教のお話。読まなくても良いです。

 人類種の宇宙進出は、信教の多様化を伴った。
 地球から太陽系のあちこちへ広がっていく中で、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教など一神教から仏教やヒンドゥー教などの多神教まで、例外なく変質や変容を起こした。
 たとえば、キリスト教系の土星正教はグノーシス主義に傾倒しているし、水星仏教はサイバネ化した信徒が多い関係で仏像がサイバーパンク化する始末。

 七星連合の各主星――神話において星々を司る神々を信仰する新興宗教(あるいは復興宗教)も山ほど出来た。金星女神信仰はイシュタル派とヴィナス派とアフロディテ派など宗派が信徒数を競っている。

 復興神話信仰が既存宗教と習合してややこしいことになった例もある。とある太陽系外縁入植惑星ではイスラム教が他宗教の輪廻転生思想と融合し『預言者ムハンマドは度々転生を繰り返して人々を導いてきた』などと主張する“回帰派”を創設した。
 むろん、こうした宗教の変化変質変容に反発する伝統至上主義者や原理主義者も非常に多い。

 新興宗教はもはや増えすぎて誰も把握していない。
 メジャーどころでは、宇宙世界そのものを信仰対象と見做すコスモ・ペイガニズム、惑星級AIや星間ネットワークなど巨大知やマクロ集合知を崇めるビッグ・ブラザー信奉。サイボーグ化やマギ・テクなどから新たな神や宗派を創りだす例も多い。

 かつての創作物が思想化、宗教化する事例も多かった。
 伝説的スペースオペラ『スターウォーズ』に出てくる秩序と平和の守護者『ジェダイ』の思想を元にした宗教団体や、日本のSF作品『攻殻機動隊』に登場する『ゴースト』という自我概念を信仰するコミュニティなどなど。

 かくも宗教が百花繚乱するこの世界において、最も花咲いた創作物系宗教といえば――
 クトゥルフだ。

 怪奇小説家H・P・ラブクラフトが作りだしたこのシェアワールド作品は七星連合体制時代において、最も宗教化された作品の一つだった。
 ラブクラフトを『神々から言葉を授かって物語を紡いだ開祖』と見做し、彼の作品以外を外典や偽典とする原神話派、世界観を拡張した別作者ダーレスの作品群も重視する新神話派、物語に登場する神々を信仰する信徒派、この世界が白痴の魔王が見る夢という設定を本気で信じる終末論者などなど。

 西暦時代の観測でクトゥルフ領域と名付けられた冥王星の赤道褐色領域や水星のラブクラフト・クレーターは今や聖地扱いとなっている。
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