ノヴォ・アスターテ:女神の箱庭。あるいは閉ざされた星   作:白煙モクスケ

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36:ダゴンの使者

 フラッド・ボーイズの頭目ダイキ・ジャクソンは、地球ブレイジアン系の31歳。

 人類の宇宙進出が始まって以来、人種民族の混血は普遍化しているけれど(純血主義者は人類の雑種化と唾棄している)、ダイキ・ジャクソンの直近血統はアフリカ系にルーツを持つ黒人と日系家名を名乗るアジアンだった。

 

 ダイキ・ジャクソンは惑星再生機構南部の貧しいコミュニティで、典型的な貧困層非行少年として育った。

 典型的な非行少年らしくギャングに入り、様々な悪さをした。不法侵入と窃盗、暴行傷害、恐喝は当然として、暇潰しに仲間と一緒に少女をレイプしたり、笑いながら生意気なガキの手足を順番にへし折ったりした。走行中の車から敵対ギャングのバーベキュー会場に銃弾をばら撒き、流れ弾で散歩中の婆さんを撃ち殺したこともあった。

 

 何をしても、ダイキ・ジャクソンは自責の念も良心の呵責も抱かなかった(なんで俺が反省したり後悔しなきゃいけねェんだ?)。

 

 19の時にコンビニ強盗で店主を半殺しにした(比喩ではなく本当に死ぬ手前まで痛めつけた)ため逮捕状が出されると、司直の手から逃れるべく三流どころの民間軍事会社へ入り、本土外の蛮地へ逃げた。

 

 で、ダイキ・ジャクソンは文明喪失圏で5年に渡ってヘータイ稼業に精を出した。サイボーグ化を果たし、地元では決して学び得ぬ様々な知見と知識を修め、最終的に規約違反で懲戒免職になった。

 

 規約違反――随分と穏当な表現の実態は、現地人に対する複数の強盗と殺人、婦女暴行と児童誘拐に性的搾取。故郷のギャングのコネを使った禁制品の売買と密輸。懲戒免職どころか逮捕収監されてもおかしくない罪状である。

 

 この時にクラス3の高度矯正院へぶち込まれ、人格消去刑とまで言われる深度精神矯正を受けていれば、彼の人生は日の当たる場所に戻っていたかもしれない(それが幸せかは別にして)。

 

 しかし、ダイキ・ジャクソンは逮捕されることなく本土へ戻り、民間軍事会社時代の伝手を使い(クズはクズ同士でつながる)、地元には帰らず首都カルニオンの元民間軍事社員達からなる半グレグループに属し、限りなく黒寄りのグレーゾーンで悪事を重ねた。

 

 順風満帆な悪党人生はそれなりに長く続いたけれど、数年前に自分の愛人へ手を出した若い奴を半殺しにし(比喩ではなく半死半生状態にした。今もそのままだ)、治安維持局に指名手配されるに至り、第9大管区の無法地帯――水没地区に逃げ込み、半グレグループの伝手で合成麻薬や違法ナノマシンを製造販売する組織を立ち上げた。

 

 かくしてダイキ・ジャクソンはフラッド・ボーイズの頭目となり、小さな廃墟で王のように振る舞っていたのだが――

 

 今、彼は城から引きずり出され、魚の頭を被る狂人達の俎板に乗せられていた。

 

 いくつものカンテラが照らす吹き抜けの大きなエントランスホール。水没したそのホールへ突き出すように設けられた水上舞台の斎場。粘りつくように澱んだ空気は水垢の生臭さや魚介類の腐敗臭、狂人達の体臭や口臭、鉄皿に積まれた生首の発する死臭が複雑に混じっている。

 

 ナマズの頭を被った教祖が奇怪な祝詞を喚きながら、鉄皿に積み上げられた部下達の首を水面へ投げ込んでいく。その度、昂奮した大型の肉食魚達がばしゃばしゃと水面を泡立たせる。

 

 ダイキ・ジャクソンは数時間前まで『雌犬』『精液便所』と蔑み嘲り笑っていた女達と共に怯え震えつつ、同時に怒り狂ってもいた。

 

 ――なんでなんでなんで、なんで俺がこんな目に遭わなきゃならねえっ!? 俺が何をしたってんだっ! 腐れカルトの腐れ梅毒病み共がふざけやがってっ!! 俺の組織を潰しやがってっ! 絶対に許さねえっ! クソがクソがゲリクソカスがッ!

 

 彼の罵詈雑言が発せられることはない。拉致された時から延々と喧しいので口に布切れを押し込まれ、太い鋼線で後ろ手に拘束されていた。

 

 不意に、教祖がぐろりと身を翻し、ダイキ・ジャクソンと女達へ顔を向けた。

 白濁したナマズの目玉と歯列の隙間から覗くサイボーグ眼球の光に、ビクッと身を震わせるダイキ・ジャクソンと女達。

 

 左右非対称の乳房と棍棒染みた陰茎を晒し、身体中を幾何紋様と魚の骨や鱗で飾った教祖が、腹や腿の贅肉を揺らしながら叫ぶ。

「女達に洗礼を施し、我らの家族とすっ!! 偉大なる海神ダゴンへ供物を捧げ、洗礼の福音を賜らんっ!!」

 

 いあいあ、だごんっ! いあいあ、だごんっ! いあいあっ!!

 

 信徒達が得体のしれぬ祝詞を歌い始め、ホールに反響する中、侍者として教祖の傍らに控えていた違法改造サイボーグ達が、女達を舞台上へ連れていく。

 

 泣き喚いて暴れる娘。諦念にすすり泣く乙女。絶望の嗚咽をこぼす少女。恐怖に感情がマヒし、茫洋とするうら若い女性。そして、いまだ体調が回復しないコレル・ダンウッドは朦朧としたまま、他の女達共に水上舞台へ連行され、フォボシアン・セラミックス製の祭壇前に跪かされる。

 

 教祖が手を振り、違法改造サイボーグ達が女達の服や下着を引きちぎって裸に剥く。次いで、一人ずつ両手を掴んで吊し上げたところへ、教祖が大皿の人血を使って女達の柔肌を嬲るように幾何紋様を描いていく。首元。乳房。腰回りを通って下腹部から股間へ。最後に額へ“真理の目”を記す。

 

 裸にした6人の娘達へ酷く淫猥で冒涜的な作業を終えると、教祖は叫んだ。

「供物を用意せよッ!」

 

 違法改造サイボーグ達がダイキ・ジャクソンの両脇を掴んで担ぎ上げ、女達と同じように衣服を引き毟って裸へ剝く。

 逆三角形のマッスルなサイボーグボディはブレイジアンらしい焦げ茶色の肌に様々なタトゥーが描かれている。特に右腕の“撃墜マーク”群はダイキ・ジャクソンが殺した人数と犯した女の数だった。

 

「――――――――――――――――――っ!!」

 どこまでも救い難いクズ、ダイキ・ジャクソンの布を押し込まれた口からくぐもった悲鳴が上がるが、一顧する者などこの場にはいない。

 

 サイボーグの侍者はリモコンを操り、ホールの天井付近に渡された太い梁からフック付きワイヤーを降ろした。他のサイボーグ達がフラッド・ボーイズの頭目の足首へぐるぐると鋼線を巻いてフックに引っかけ、逆さ吊りにする。

 

「――――――――――――――――――っ!!」

 くぐもった悲鳴を上げながら、全裸のダイキ・ジャクソンは激しく悶え暴れるも、容赦なくワイヤーは巻き上げられ、その体躯を宙吊りにしてゆく。

 

「いあいあ、だごんっ! いあいあ、だごんっ! いあいあっ!!」

 教祖が叫び、信徒達が歌う。

 

 リモコンで操作されるフック付きワイヤーが、高々と逆さ吊りにしたダイキ・ジャクソンをゆぅっくりと水面上へ運んでいく。

 

「――――――――――――――――――――――――っ!!」

 ダイキ・ジャクソンは海老のように目を剥き、布を深く押し込まれた口から言葉にも声にもならぬ絶叫と怒号を発し続ける。

 

 いあいあ、だごんっ! いあいあ、だごんっ! いあいあっ!! いあいあ、だごんっ! いあいあ、だごんっ! いあいあっ!! いあいあ、だごんっ! いあいあ、だごんっ! いあいあっ!!

 

 祝詞を繰り返す信徒達はこれから起こるだろう出来事に昂奮し、狂奔し、歓喜していた。男性信徒の中には勃起している者も少なくなく、少数の女性信者の中には股を濡らす者までいた。

 

 ダイキ・ジャクソンが汽水で満ちている玄関ホールの中心上に吊るされたところで、教祖が鉄皿に残っていた生首をひとまとめに水面へ投げ込んだ。肉食魚達によって泡立てられる水面へ向け、教祖はひと際は大きな声で絶叫した。

「来たれ、ダゴンの使者よっ! 我らに偉大なる海神の福音を届け給うっ!」

 

     ○

 

 いあいあ、だごんっ! いあいあ、だごんっ! いあいあっ!!

 水没した正面ホールを奇々怪々な歌と熱狂が満たす中、正面玄関ホール最上階回遊廊下で蛙面の狩人達が音もなく暗躍する。信者達は水上舞台に近い下階回遊廊下へ詰め、舞台上のおぞましい儀式に熱中しているため、頭上で密やかに動く者達の存在に気付かない。

 

 回遊廊下の手すりの隙間から眼下の狂気的祭事を見下ろしながら、ユーヒチは思う。

 ーーどうしてこういう連中は何かにつけて生贄をしたがるんだろう。

 

 ブルパップ・カービンを扱うユーヒチと2機のウォーロイドは弾倉を軟頭弾(マッシュルーム)から対サイボーグ用の二重弾芯高速徹甲弾(ブルーケース)に換えた。

 

 援護役の2番機と3番機が得物の照準を違法改造サイボーグや信徒達へ重ねる。

『シンハ2、イン・ポジション。スタンバイ』『シンハ3、イン・ポジション、スタンバイ』

 救出対象(キティ)と女性達を救い出すため、ユーヒチと共に水上舞台へ突入降下する4番機がしっとりした人工的女性音声で告げる。

『シンハ4、イン・ポジション、スタンバイ』

 

 ユーヒチは女体型戦争機械達へ頷き、カンテラの群れが照らす狂気の斎場を見下ろし、通信機へ言った。

「アクチュアル。オーダーコード、チェック」

 通信機の向こうでアンリエットが深呼吸する音色が聞こえ、地火混血のクレオール系ハーフエルフが口を開く、その機先。

 

 ホールの水面が大きく盛り上がるように隆起し、大きな水音と大歓声がホール内に大反響した。そこかしこに据えられたカンテラ群の仄かな灯りが、“それ”を照らす出す。

 

「――――」

 歳若くも鉄火場の経験豊富なユーヒチをおして言葉を失う“それ”は、人間を一飲みに出来そうなほど大きな頭だ。ぬめぬめとした光沢を放つ傷だらけのどす黒い皮膚。八つの目が左右非対称に並び、薄く開かれた大きな口には乱杭歯の列が覗く巨大な頭。

 

 “それ”は入植惑星第427号のテラフォーミング化工程で散布された環境適応処理された地球系生物群の一種で、ケイナン大陸の大内海の汽水に適応進化した有尾目両生類であり、大厄災時に落ちた多くの宇宙船や飛翔船、航空機から漏れ出した放射能や化学薬品やマギ物質の影響で突然変異した――ウーパールーパーモドキだ。

 

「いあいあ、だごんっ! いあいあ、だごんっ! いあいあっ!!」

 信徒達の熱狂的熱唱がとぐろを巻く中、水面に頭を出した巨大怪奇ミュータントは不揃いな八つの目玉をぎょろりぎょろりと巡らせ、頭上で逆さ吊りになっている“餌”へぎょろっと八つの目線を注いだ。

 

 ダイキ・ジャクソンが恐怖に凍る。もはや呻き声すら出せない。飽和した恐怖によって目(アイボールセンサー)から保湿洗浄液(なみだ)が溢れ、腹側に向かって垂れ下がる逸物から循環水(おしっこ)が放出される。

―――(おかあさん)

 布が押し込まれた口腔の奥でダイキ・ジャクソンにしか聞こえない言葉が発せられた直後。

 超巨大ウーパールーパーが水面から垂直に飛び上がり、

 

 ばっくん。

 

 ダイキ・ジャクソンを食った。

 フック部に足首を残して怪物の巨体が水面に戻り、激しく波打つ水面から大量の飛沫がホール全体を濡らす。

 

「いあいあ、だご―――――――――んっ!! いあいあ――――――――っ!!」

 飛沫や波を被った信者達が爆発的に湧き上がる大歓声。

 冒涜的熱狂がとぐろを巻く最中、

「チャージッ!!」

 首狩人が動く。

 

 2番機が人間離れした速度でブルパップ・カービンの三点射を放つ。消音器によって電子励起炸薬の金属的発砲音も蒼い発砲光も生じない。無薬莢弾薬のため排莢も起きない。音速で放たれた対サイボーグ用の6・5ミリ二重弾芯高速徹甲弾が違法改造サイボーグの侍従達を穿ち貫く。

 

 3番機が混乱を引き起こすため、回遊廊下に並ぶ信者達へ向かって自動散弾銃を掃射する。こちらも消音器と無薬莢弾薬により発砲音も発砲光も排莢も生じない、が6・5ミリよりずっと大きな12ゲージ弾を扱う遊底(ボルト)の駆動音が漏れる。

 

 ユーヒチと4番機は円筒型の白煙催涙弾を水上舞台とその付近へ投げ込み、迷うことなく水上舞台へ向かって飛び降りた。

 

 刹那の浮遊感。直後に生じる落下感と加速荷重。約十数メートルの自由落下加速と着地衝撃。催涙成分を有する白煙が漂う水上舞台へ着地と同時に、狙撃から漏れた侍従の違法サイボーグへ照準を重ね、引き金を引く。

 

 蛙面ヘルメット内の薄膜HMDに表示される照準クロスと重なるターゲットボックスへ、寸分違わず6・5ミリ高速徹甲弾が着弾。穿たれる魚頭の被り物。爆ぜる脳殻。紋様と魚鱗で飾られたボディの正中線に小さな穴が生じ、背中から突き抜けた弾丸が回遊廊下で恐慌状態の信徒の頭を貫き、壁にめり込む。

 

 荒事慣れしているのか、不意の急襲に動じない違法改造サイボーグの一人が即応。。右腕からクローを剥き、襲い掛かってくる。

 

 ユーヒチは袈裟に振られた爪撃を腰落とすように床へ伏せて回避し、同時にサイボーグの右足へ三点射の御返し。

 膝を破壊されて自身へ向かって倒れ込むサイボーグの顎先を、身を起こしながらの銃床アッパーで歓迎。

 ハイエンド・チューンドの高い身体能力と積層ナノスキンのパワーアシストによるジョルトアッパーモドキは、人造の上下顎骨と前歯を砕き、頸骨のうなじ当たりをテコの原理でへし折る。びたん! と舞台の床に倒れ込んだサイボーグの後頭部へ、即座に2発撃ち込む。

 

 共に降下した4番機は罰当たり? なことに祭壇上へ着地したらしくフォボシアン・セラミックス製の祭壇を踏み砕いて転倒中。横倒しになった体勢のまま、残る違法改造サイボーグ達へ高速徹甲弾を浴びせている。

 

 ユーヒチは催涙ガスで咳き込み喘ぐ女性達を確保すべく動く。も、混乱する教祖が動線上に入り込む。射線上に女性の一人が重なったため、発砲せずに思いっきり前蹴りを食らわせた。

 

「ぬぁっ!?」

 教祖は贅肉と左右非対称の乳房と棍棒大の逸物をぶるんと揺らしながら大きくよろけ、4番機が踏み砕いた祭壇の欠片を踏んで姿勢を崩し、水上舞台先端の奇怪なオベリスクにぶつかった。

 彼らの信仰の偶像たるオベリスクは教祖の体躯を支えきれず、ボキッ! とへし折れ。

 

「へぁっ!?」

 支えを失くし、教祖は重力に引かれるままに折れたオベリスクともども水中に落ちた。

 人間を一飲みにする巨大な化け物がいる水中に。

 

 もちろん、海神の使者とあがめられようとも、巨大な脳ミソを持っていようとも、その知能はウーパールーパーと大差なく。眼前に落ちてきた“餌”を見れば躊躇することなく――

 

 ばっくん。

 

 食われる者はダイキ・ジャクソンと教祖に限らない。

 先ほどまでホールを満たしていた熱狂的歓喜は今や恐怖と混沌に変わっていた。

 回遊廊下の信徒達は銃撃と催涙ガスでパニックを起こし、我先とこの場から逃げ出そうとして押し合いへし合いが生じ、銃弾に死傷したり転倒したりした者達が同胞によって踏み砕かれ、あるいは突き飛ばされてホールの水面へ落ちていき、ダゴンの使者として歓呼の声で招いた怪物にばっくんばっくん食われ、あるいは肉食魚達に食い散らかされる。

 

 4番機は水上舞台の隅で催涙ガスと戦闘の恐怖に怯え竦む女達の許へ駆け寄り、『救出部隊です。皆さんをここから脱出させますので指示に従ってください』と人造の女性声で語りかけている。

 

 ユーヒチは倒れ伏している違法海賊サイボーグ達の頭へ手早く確認殺害の弾を打ち込み、4番機が護る女達の許に向かい、コレル・ダンウッドの容態を確認しつつ、女達へ問う。

「君達の中でこの娘以外に歩けない者は?」

 

 ゾッとするほど平坦で無機質な声に、裸に剥かれた女達の怯えが大きくなる。土星系イスパニア系のブルネット娘がおずおずと手を上げ、隣の地球ガリア系娘を示す。

「あ、あの、この娘も連れ去られた時に足を痛めていて、あ、歩けないと思います」

 

 蛙面の首狩人は頷き、上階へ向かって右手を振った。

 直後、2番機が即座に飛び降りてくる。ひぃっと怯える女達を余所に、

「2。救出対象(キティ)を抱き上げ、この娘を背負え」

 ユーヒチは戦争人形達へ命じ、次いで女達へ告げた。

「歩けない娘はこいつの背にしがみつけ。他の娘はこいつの後に続け。4、ポイントマン。ウェポンズフリー。障害は全て実力で排除しろ。全員理解したか? 理解したら動け」

 

 2番機が背中のバックパックを下ろし、保護シートとロープを取り出して即席のおんぶ紐(ベビーキャリー)を作ってガリア娘を背負い、救出対象のコレル・ダンウッドを横抱き(御姫様抱っこ)で抱え上げた。

 移動の準備が整い、ユーヒチが救出対象とオマケ5人を連れてホールから脱出しようとした矢先。

 

人間の血肉を味わって昂ったのか、巨大ウーパールーパーが暴れ出した。乱杭歯が並ぶ大口を開けて水上舞台へ襲い掛かってきた。

 

「退避しろ、急げっ!!」

 ユーヒチの怒声に、女達が悲鳴を上げながらウォーロイドに続いて駆け出した。

一同が水上舞台から慌てて脱した直後、ダゴンの使者と呼ばれた巨大ミュータントのバカデカい顎が水上舞台を噛み砕いた。

 

      ○

 

 信徒達は恐れ、怯え、混乱し、ホールから脱していく。

 そして、危機を脱した彼らの恐怖と怯懦は神聖な祭事を台無しにし、教祖や侍者達を殺した襲撃者共への憤怒に塗り替えられた。

 

 右棟に逃れた信徒達は私室や倉庫に備えた鉄パイプや鉄板などから作った棍棒や鉈、フォボシアン・セラミックスなどの高硬度建材を削り出した斧や槍、何処から手に入れた銃を持ち出し、逆襲に出る。

「追え追え追えーぃ!!」「殺せ絶対に殺せーッ!」「奴らを八つ裂きにし、ダゴンの供物にするのだ!!」

 口々に怒声罵声を発しながら襲撃者達が逃げた左棟へ向かうため中央棟の廊下へ踏み入った、瞬間。

 

 壁や床がぶち抜かれ、巨大ミュータントの特大な乱杭歯が彼らを襲う。

 海神ダゴンの使者として呼び出された怪物は、普段より多くの人肉を食って興奮状態に陥っており、この廃墟に巣くう全ての可食生物を食らいに出ていた。

 

 声帯を持たぬ怪物は戯画的な咆哮を上げることはなく。ただただ建材の破壊音と信徒達の悲鳴と絶叫が幽霊城内に響き渡る。

 

 夜はまだ終わらない。

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