ノヴォ・アスターテ:女神の箱庭。あるいは閉ざされた星 作:白煙モクスケ
秋を感じさせる午前。
蠢く碧空に泳ぐ白雲に混じり、外国の揚陸飛翔艦が惑星再生機構の首都カルニオンの近傍へ姿を現した。
高度流体力学に基づく合理的なブレンデッドウィングボディの船は、惑星再生機構とは異なる方向性の技術的洗練を強く感じさせる。純白の美しい船体の船首と船尾に三色円と三つ角王冠の旗がはためく。
アースティル三冠王国の国旗を掲げる揚陸飛翔艦は、第4大管区郊外にあるパウル・ヴァン・ロー記念宇宙港ではなく、第5管区の海上船用の大型港へ入港していく。島嶼国家の三冠王国の船らしく陸上駐機より水上係留の方がよいのだろう。
外国軍の大きな艦船が内海の波を切り裂きながら着水し、案内艇に誘導されて港内へ進入していく。
「動きが滑らかだな」
港の一角、ユーヒチは贋作シェルビーの運転席ドアに腰を預けながら他国の大型船を眺める。
「サフィアリ動乱後に就役した最新鋭艦らしいわね。長距離航海の訓練を兼ねて派遣されたという噂よ」
ワーキングカジュアルな装いのユーヒチの隣に立つトリシャは、いつものように両眼を眼帯(データバンテージ)で覆っているけれど、本日は愛用のインド系民族衣装ではなく洋服姿。
「ウチの同級揚陸艦(ハイドロダマリス)より洗練されてる気がするな」
「私はハイドロダマリスの方が可愛くて好き」
惑星再生機構の主力揚陸飛翔艦はステラーカイギュウの名に相応しく丸っこい寸胴体型の船だ。もっとも、その愛嬌ある姿とは裏腹に強力なペイロードを誇り、揚陸艦らしく単艦で完結した高い戦闘力も備えているが。
そんな話をしている間に、白い揚陸飛翔艦は係留されて舷側にタラップが掛けられ、外交団が降りてくる。
地球系や火星系、土星系の様々な人種とその混血者の老若男女。背広組に制服組。役人と民間人。
外交団長はノヴォ・アスターテ全体でもマイノリティな金星系の壮年男性だった。耳角に頬やこめかみを覆う鱗。薄青い肌。ツーブロックのオールバック。筋骨たくましい体躯に勇武の相。
「強そうだな。軍隊上がりか?」
「いえ。ジム通いが趣味らしいわ。いわゆるトレーニーね」
ユーヒチの疑問にトリシャが拡張現実上へ浮かべた外交団資料の情報を読み上げ、外交団の後方にいる男女へ顔を向けた。
「新しいお友達よ」
非営利活動法人アスターテ天象会議の特別調査員という肩書で入国する4人の男女。
一〇代後半の地球日系少年。黒髪黒目。『美形』に届かない程度に整った顔立ち。中肉中背の身体をスマートなデザインの紺色スーツで包んでいる。
サフィアリのサムライ。ハルト・クサナギ。
映像で確認したものより少年ぽく見える。
若き英雄と同年代の白人の地火混血娘。薄紫髪をかっちり結い上げ、翠眼が映える美貌。アスリートを思わせるメリハリある長身に黄土色の近衛軍団礼装をまとっている。
王国近衛軍団中尉。リリア・セム・オスカリウス。
実物の美貌と高貴さときたら。王の御落胤――姫という噂も納得だ。
二十歳前後の金星日系美女。赤髪に近い明るい茶色の髪。金色の瞳。耳角に眉間と頬の鱗。薄青い肌。小柄できゃしゃな体に豊満な胸元。なんともフェティッシュな女性。
優秀なドローンプレイヤー。ヒナコ・アズ・チェルトーバ。
映像からは分からなかった小悪魔的魅力を漂わせている。
最後に二メートル越えの大柄な非性別型義体の完全サイボーグ。その姿はまるで日系ロボアニメに出てくる人型機動兵器みたいだ。まあ、流石に武装は無いと思われるが。
ノンバイナリーなホイールマン。テイラー・ネヴィル。
動き方から性別が探れるかと思ったが、男か女かまるで分からない。
特殊案件作業グループへ参加し、自分達と組む三冠王国人達を遠目に確認し、ユーヒチは微かに口元を和らげた。
「たしかに、日系アニメやゲームの主人公グループみたいだ」
トリシャは海風に揺れる長い黒髪を手で押さえながら、どこか冷ややかに言った。
「問題は彼らがどんな物語の主人公なのかってことね」
○
夜を迎え、カルニオン屈指の高級ホテルの大広間で催される外交団レセプション。
豪奢に飾られた内装に豪勢な料理と豪華な酒。瀟洒に着飾った老若男女。賑やかで煌びやかなパーティ。
薄皮を一枚剥がしたその下では、グレートゲームの権謀術数、スパイゲームの騙し合い、マネーゲームの探り合い、ワンナイト・ラブを賭けた男女のゲームが繰り広げられている。
さながら伏魔殿の宴。
電子の魔女は美麗な紅いサリードレス姿で、眼帯(データバンテージ)も金で幾何紋様が描かれたものを巻いている。その傍らにビジネススーツ姿の首狩人が付き添っている。
トリシャがパーティに参加する肩書は名門パティル家御令嬢。つまり兄スートニアス夫妻のオマケ。ユーヒチはさらにそのオマケの護衛(トリシャは当初、婚約者という肩書でユーヒチを付き添わせようとしたが、スートニアスに睨まれたくないユーヒチが絶対固辞した)。
少し離れたところで、男女共用(ユニセックス)の給仕衣装を着たアンリエットが卓の間を巡り、ドリンクを渡したり空のグラスを回収したり。
「この部屋、凄い通信量よ」上流階級の一人であるトリシャは細いシャンパングラスを右手で揺らしながら微笑み「鬱陶しいから全部吹き飛ばしてやろうかしら」
「怒られるぞ」トリシャの半歩後ろに控え、ユーヒチはちらりとパーティ会場の一角を窺い「英雄殿と御姫様は大人気だな」
サムライのハルトと美少女将校リリアにはそれぞれ人だかりが出来ている。
まあ、三冠王国で有名な若き英雄と王の御落胤という噂の美少女だ。打算無しのミーハーな連中が『お話してみたい』と思っても無理はない。
金星娘のヒナコと性別不明サイボーグのテイラーもそれなりに人気だ。
もっとも前者はフェティッシュな彼女と一夜を共にしたいポコチン共が主で、後者はメカ好きな連中のようだが。
「物語ならパーティ会場に襲撃が起きて、主人公グループが解決して、最後に因縁のライバルと邂逅するパターンね」
「無いな。当局の警備は“本気”だ」
第9大管区水没地域の騒ぎ以来、統括保安部と治安維持局は失点を取り戻すべく躍起だ。この外交団歓迎会の警備も本腰を入れている。このホテルは勿論のこと地下道を含めて周辺1ブロック内を完全に消毒済みだった。
しかも有事に備え、保安部の特殊部隊が一般客としてホテルに潜り込んでいる。もしも映画よろしくテロリストがホテルを襲撃したら、完全装備の特殊部隊が一般宿泊室からぞろぞろと出てくるわけだ。
「ここを本気で襲うなら正規軍の強襲、急襲レベルの人員と装備が要る。もしくは馬鹿馬鹿しいほど大規模な手かな」
『TPOを考えろ。物騒な会話はやめてくれ』
拡張現実(AR)のメッセージでアンリエットの苦言が届く。麗しきハーフエルフ娘が盆を手に近づいてきた。
「お手元のグラスが空いてらっしゃいますが、新しいお飲み物は如何ですか?」『レセプション終了後、上層スイートで彼らと顔合わせする。飲みすぎるなよ』
アンリエットの声とメッセージが同時に届く。
ユーヒチは了承するように空いたグラスをアンリエットに渡し、代わりのマティーニを受け取る。
「引き続きお楽しみください」と営業スマイルを残し、アンリエットが離れていく。
「楽しめと言われてもね。狐狸狢とじゃれて遊ぶ趣味は無いのだけれど」
「なら、セラーズみたくお兄さんの傍で営業スマイルを湛えてるとか」
トリシャはユーヒチの提案を聞き、薄く笑う。怖い笑みだった。
「イジメて欲しいの?」
「悪かったよ」ユーヒチは即座に降伏した。迂闊に女性を怒らせてはならない。特に相手が魔女の場合は。
「良いアイデアがあるわ」トリシャが官能的な唇を妖艶に曲げて「パーティを抜け出してえっちするのはどう?」
「俺はもっと良いアイデアを思いついた」ユーヒチは鬼灯色の目を細めて「この会場のフィンガーフードを制覇して食欲を満たそう」
「つまらない案ね」
トリシャは不満げにシャンパングラスを傾けた。
○
レセプションが終わり、小一時間経った頃。
広々としたリビングと2ベッドルーム、それぞれのベッドルームに付帯するバストイレとクローゼット。それにメスホール。
楕円形のテーブル。その左側に惑星再生機構の3人。その右側に三冠王国の4人が座る。
それぞれの自己紹介はさらりと済まされ、大事なことを確認する。
――国同士のわだかまりはこの場に持ち込まない。
最低限のコンセンサスが確立されたところで、アンリエットがこの場を仕切る。
「まず説明させていただこう。惑星再生機構は南大洋ポエニカ小大陸を占拠状態の都市級要塞母艦グウェンドリン攻略を企図し、統合情報部は専従の調査・情報収集部署を設けた。特殊案件作業グループ――SIWG。我々はSIWG隷下の、三冠王国のNGOノヴォ・アスターテ天象会議の特別調査員と合同チーム。あくまでSIWG内にあるチームだと理解してくれ」
全員の首肯を確認し、
「SIWGはグウェンドリン攻略につながる情報の入手、確保を目的としている。主となる調査対象はララーリング半島で回収された脳殻――大厄災時にグウェンドリンに乗艦していたはずのウィリアム・アンダーソン大佐。彼の記憶情報と彼の足取りを軸に行う」
同時に、とアンリエットは続けた。
「アンダーソン大佐の不可解な足取りに関与している、と推定されるこの女性の正体を調査する」
用意されたディスプレイに、正体不明の地球スラブ系美女と美少女、両者の顔貌が一致する生成マグショットが映し出される。
仮称『ジェーン・ドゥズ』。
三冠王国人達の顔が明確に強張る。どうやら腹芸の類は得意じゃないらしい。
「御存じのようね」
トリシャがさらりと指摘する。
「アースティル諸島からお越しになったのも、彼女達が理由かしら」
サムライ殿と姫将校と小悪魔金星娘が互いに顔を見合わせる。性別不明の完全サイボーグは腕組みして微動にしない。
リリア・セム・オスカリウスが意を決して口を開く。
「我が国では2年前、内乱が生じました。一般に『サフィアリ動乱』と呼ばれるものです」
サフィアリ動乱。
2年前。アースティル諸島三冠王国内でも有数の資源産出地であるこの島で、分離独立派による武装蜂起が起きた。
分離独立派は王都同時多発テロを起こし、その混乱に乗じてサフィアリ島制圧に加え、近隣島嶼にも侵攻。さらに民族浄化を行った。
約1年に渡るサフィアリ動乱は三冠王国に深い傷を残した。王と王妃はテロで斃れ、王太子も戦いに亡くなった。現在は王女が暫定王位継承者となっており、即位自体は内定しているものの、サフィアリ動乱後の復興再建を優先して戴冠即位を先送りしている。
「こちらをご覧ください」
リリアが小さく合図し、隣の小悪魔系金星娘が手元のタブレットを操作した。
地球スラブ系の美熟女がディスプレイに映し出される。
「似てるな」ディスプレイに映る美熟女を見据え、ユーヒチが呟く。「ジェーン・ドゥズに」
「彼女は何者ですか?」
アンリエットが問うも、三冠王国の面々は苦い表情を返す。完全サイボーグのテイラーは腕組みした拳をみしりと握りこんだ。
「名前はオリガ。姓は不明。サフィアリ動乱劈頭の王都同時多発テロに際し、王宮を襲撃して国王、王妃両陛下の弑逆に関与した女です」
ハーフエルフ美少女将校は険しい顔つきで呻くように続けた。
「動乱後の捜査や調査で、オリガが動乱勃発そのものに深く関与していることが分かりました。叛乱勢力へ武器弾薬、重装備、傭兵などの調達など重要な役割を担っていたようです。ですが、それだけです。年齢、出身、家族構成、信教、所属、経歴、何一つ分かっていません。精確には、我々のアクセスし得る王国内外のデータベースのどこにも存在しない」
「情報上の幽霊か。ジェーン・ドゥズと同じだな」
ユーヒチは眉根を寄せて呟き、王国人達へ問う。
「この女の生死は?」
「俺が倒しました。死んだのは間違いありません」
若き英雄の日系少年がアンリエットへ答え、惑星再生機構の3人へ続ける。
「幾度か邂逅した中で、オリガは言っていました。この動乱は“この星の奇蹟と可能性を最大に活かすための犠牲”だと」
「? この星の奇跡と可能性? 何のことだ?」
当惑気味なアンリエットへ王国人達は首を横に振るか、あるいはただ口を噤む。答えを持っていないことを悔しがるように。
その時、トリシャが手元のタブレット上で指を踊らせ、ディスプレイに映像を流す。
質の良くない監視カメラの映像。
ガラの悪そうな地球日系人中高年男、スーツ姿の金星系男性とメイド服姿の白人少女。そして、彼らに銃を構えるサイボーグ・ニンジャな皇国軍特殊部隊。
ディスプレイの中で金星男が演技がかった身振り手振りをしながら宣い騒ぐ。
『この星は宇宙文明人類史からこぼれた一冊の本だ。まっさらな美しい本なんだ……っ! 地球圏の歴史的因業や七星連合体制の政治的軛から解放された、無地の白本なんだっ! だというのに、君達は愚かにも! 地球史の焼き直しにうつつを抜かしているっ! 愚か! あまりにも愚かっ! 君達は分かってない分かってなぁああいいっ!!』
「……この映像は?」
「ララーリング半島で我々が接敵した素性不明の武器商人よ」
質すリリアへ淡白に答え、トリシャは映像を顎先で示す。とにかく見てみろ、と。
ニンジャ達に銃を突きつけられている日系中高年が呆れ顔で、
『お前、頭おかしいンじゃねェか?』
『ミスタ・イジューイン。私が狂っているのではない。この星にある奇跡と可能性に気付いていない君達が愚鈍なのだ』
金星人の言葉に王国人達が思わず息を呑み――
直後、金星人男は水風船のように破裂し、男の血を浴びたニンジャ達が突然、日系人中高年男を殺して仲間割れを始め、全滅。メイド少女だけが生き残る。
生き残った少女はぐろりと振り返り、監視カメラを見た。
そこで映像が止め、トリシャは少女の顔を拡大してオリガなるテロリストの隣に並べ、少女の顔を画像加工により加齢させ、オリガの顔を若返らせていく。
やがて同年代に達した時、瓜二つの顔が並んだ。
「―――っ!」
王国人達が再び息を呑む。サムライ少年はぎゅっと拳を握り込み、ハーフエルフの姫将校は眉間に深い皺を刻み、フェティッシュな金星娘はごくりと喉を鳴らし、性別不明な完全サイボーグはアイボールカメラを蠢かせる。
「――何が、起きたんだ? この映像はいったい……」美貌を強張らせるリリア。
「ナノマシンによる直接的なボディクラッキングよ」さらりと告げるトリシャ。
「このニンジャ、皇国軍特殊部隊よね? 皇国最新鋭のボディを侵食するナノマシンなんて聞いたことないよ」
動揺しているのか、ヒナコはタメ口で疑念を吐露する。
『我々が知らないことと、存在しないことはイコールではないぞ』テイラーが渋いバリトンで言い『事実を直視しろ。存在するんだ。得体のしれないナノマシンも、このオリガに似た少女も』とガールソプラノで続けた。
声まで性別定かならぬ完全サイボーグに、ユーヒチとアンリエットが目を瞬かせる。も、トリシャは気にせず薄く微笑む。
「私達には共通の探し人がいることは分かったわ」
トリシャはデータバンデージで覆った双眸を王国人達へ向け、冷笑を大きくする。
「ところで、円滑に捜査を進めるためにも是非、伺いたいの。貴方達がわざわざアースティル諸島から押しかけてきた本当の理由は何? それも政府ではなくNGOの調査員という体裁を取ってまで。ああ、既に殺害した女の追跡調査なんて言わないでちょうだいね? そんな与太話されたら、私達は貴方達を常に疑ってかからなくてはいけなくなるわ」
わざわざ水を向けてやるなんて、どういう風の吹き回しやら。ユーヒチはトリシャを横目に思う。セラーズが凄く怖い顔で睨んでるぞ。
三冠王国人御一行は互いの顔を見合わせている。どうしよう、と言いたげに。きっと今頃、ARか電脳でコショコショと相談しているのだろう。
おいおい。ユーヒチは眉を下げた。外交や諜報の心得がある人間が皆無なのか。いや年齢と出身成分的に考えれば無理もないのか。最年長者らしい完全サイボーグも世話役や引率係という訳でもないようだし……
『これは本命の諜報員が別に居るパターンね。この子達は本命の存在を知らないでしょ』
ユーヒチの思考を読んだみたいなタイミングで、トリシャが拡張現実の非公開(プライベート)回線で告げた。
『炙り出しのつもりか? だとしても乱暴に過ぎるだろう』とアンリエットが割り込みを掛けてくる。案の定、御立腹だ。
『迂遠なやりとりで言葉の裏を読み合いながら腹の探り合い、なんて暇なことは外交屋や商人がやっていればいい。私達は実務屋らしく実務的にやりましょ』
『だとしても――』
涼しい顔の魔女へクレオール系ハーフエルフ娘がなおも噛みつこうとした矢先。
「分かりました。話します」
意を決したように、若き英雄ハルト・クサナギが居住まいを正した。もしも畳の上ならサムライのように正座してピンと背筋を伸ばしていただろう。
「俺がオリガを斃した時、彼女は最期に言ったんです。瀕死の状態で朦朧としながら」
ハルトはユーヒチ達を真っ直ぐ見つめながら、告げた。
「
その言葉を理解した時、魔女とハーフエルフ娘の顔がみるみる険しく強張らせていく傍ら、ユーヒチはどこか他人事のように受け止めた。
「こういうことか。この星を宇宙世界から断絶させた天蓋膜のグレイグー化、この星の全人口30億人のうち最終的25億人を死に至らしめたあのカタストロフィが」
首狩人は軽く言い放つ。
「テロで起きたと」